第1話 暗殺者 グリムリーパー
―――やっとこの退屈な世界から解放される。
そう思えば、自然と口角が上がった。
前後を警官服を着た男達に挟まれながら廊下を歩いていく。歩く度に警官の靴の音と、裸足で歩く僕の足音、そして手首に掛けられたアルミ製の手錠の冷たい感触が肌を擦った。
前を歩いていた警官が目的の部屋まで来ると、足を止め、ドアを開ける。
「早く入れ」
「そう焦らなくてもちゃんと入りますよ」
ふふふっ、と微笑みかければ警官は気持ち悪いものでも見るような顔をする。
沁み一つない、白い部屋の中央には手術台のようなベットが置かれていて、その横には薬品が入った瓶が取り付けられた機械が置かれている。
そして、機械に寄り添うように白衣を着た神経質そうな老人が立っていた。
今から僕はあのベッドの上で死ぬのか。
恐怖はない。死が間近に迫っているというのに、心は穏やかな海のように落ち着いていた。
「グリムリーパー」
部屋に取り付けられたスピーカーから野太い男の声がして、機械のモーター音が低く唸る部屋を小さく揺らす。見上げると、正面をガラスで仕切られた部屋に、両隣に立っている警官達の上官と思われる五十代ほどの男が立っていた。
上官はマイクを掴むと、先ほどと同じ落ち着いた声で言った。
「第一級殺人犯、グリムリーパー。423人を殺害した容疑で薬剤刑に処す。……最後に言い残すことはあるか」
「そうですね……。あえて言うなら、殺した人数は444人です。情報は正確にお願いします」
もう一つ訂正するなら、"グリムリーパー"という名前は僕の名前ではない。
僕は暗殺者。
グリムリーパーは暗殺者としての通り名だ。
だからといって、本名を尋ねられても、僕には名乗れる名前がない。
僕の一家は先祖代々暗殺を生業としていて、三人兄弟の末っ子として生まれた僕は、兄弟の中で一番暗殺の才能があった。
その才能を生まれた瞬間に見抜いた父親は、僕に名を与えず、戸籍にも登録せず、世間に存在しない最強の暗殺者を作ろうとした。
外界に隠されるようにして育てられた僕は、父親の期待通りの暗殺者になった。
でも、暗殺者として400人程の命を奪った頃から、暗殺者として生きることがつまらなくなった。
最初は刺激的だった相手の命を奪う感触も、ただの単純作業に変わって。
なにより心地よかった断末魔の叫びも、ただの雑音に変わった。
僕は退屈が嫌いだ。
だから退屈としか感じない、暗殺の仕事が苦痛になった。
暗殺者をやめればいいと思うけど、僕は暗殺以外何も知らない。
僕は暗殺者になるためだけに育てられたから。人を殺す方法しか知らない。
それに、暗殺以上に刺激的なことなんて存在しないから。
そして、ある日。僕は家族と屋敷で働いていた使用人達を惨殺した。
理由は家族と使用人の数と僕が今まで殺してきた人数を合計すると"444"人になるからだ。
444という数字はエンジェルナンバーと言われていて、天界と繋がる力が強くなるそうだ。
だから444という数字を作って、今まで僕や僕の一族に殺された人達が少しでも救われるようにっていう、僕なりの優しさかな。
そして、僕は家族を惨殺した後、警察に自首した。
自首をしたのは、僕を何度も追い詰めようとして、時には楽しませてくれた警察達への感謝の礼だ。
キミ達のおかげで単純な毎日にスパイスのような刺激を感じたよ。
「刑を執行する」
上官の言葉を合図に警官達がベッドへ誘導する。ベッドに横になれば、両手足にベルトの拘束具がつけられ、顔にかかった髪を払うことすらできない。
警官が退くと、入れ替わるように白衣を着た男が出てくる。そして、僕の腕に薬品に繋がった静脈針を刺した。
白衣の男は注射に慣れているらしく、針が肌を刺し静脈に入ったにもかかわらず、痛みを感じなかった。
見る限り、きちんと静脈に針が通っている。
今まで薬剤刑に処された者の中には、静脈にうまく針が入らず、通常十分ほどで終わる刑が二十分または三十分以上かかったこともあるらしい。なお、失敗すれば地獄のような痛みがするとか。
どうやらその危険はないようだ。
「では……始めろ」
上官に向かって白衣の男が頷くと、機械のスイッチを押す。機械は唸るような音をあげて薬品を流し始める。薬品はつながれたチューブを通って、僕の体内へと入っていく。
数秒で意識が薄れていく。
僕は見下ろす上官の姿を最後に目を閉じた。
少しずつ息を吸うのが難しくなり、身体の自由がなくなる感じは、身体が深海へ沈んで行くような感じだ。
意識も闇の奥へ、奥へと沈んでゆく。
そして、僕は眠るように最期を迎えた。
閲覧ありがとうございます。少しでも皆様が楽しんでいただけるような作品を目指します。