無機物系勇者
説明不足で「ん?」てなる人多数だと思います。
でも説明を入れると不自然になりそうなので省きました。文章力ェ……
「おーぅいタナダー。後どんくらいで均し終わる?」
「だいたい3往復くらいですかね」
周りは鉄パイプと板で覆われた更地、とある建設現場。そこでは一つのロードローラーが地面を均す作業をしている真っ只中だった。
「終わったら出しといてな」
地面に立つ男は止まった黄色い車両、その運転席にいる男に缶を投げる。
「うぃーす」
危なげもなく缶を受け取る男。
そして、タナダと呼ばれた男はそれから改めてハンドルを切る。ハンドルが切られた方向と同じに曲がる黄色で塗装されたロードローラー。
そんな日常は当たり前て平和とと思われた。
突然ロードローラーが眩く輝くまでは……
「え?」
辺りが途端に光ったと思ったら石造りの建物、その屋内にいるようだった。
「成功だっ!」
ロードローラーのエンジンの音に紛れてそんな声が聞こえ、次に歓声が沸き起こる。
タナダは未だに現状を飲み込めていない。いや、(転生や転移がテンプレとしてなりたっている『なろう』ではこういう展開は寒さにしか繋がらないが)この状況を即座に納得できる人間が果たしているのだろうか。辺りを見回せばそれはそれは見慣れない景色のオンパレード。
舗装のいらない石畳に見ただけでわかるフワフワの絨毯、床と同じ色の壁、騒ぐ人々(ワールドカップ並)。そのどれもがタナダの知る世界ではない。
「ハハ、オワタ。俺オワタ……」
タナダは一瞬死ぬことも殺されることも考えた。すると思考が段々とダークサイドに寄って行ってしまいプラス思考でいられなくなり、遂に終わりの呪文を唱えてしまった。
周りに群がる人達は騒ぐことをやめ、ロードローラーに何かを話しかけているが声量が低いのか運転席までなにも聞こえてこない。
周りには槍を持っている者がいたりするが構えられていないところを見るに敵意は向けられていないのだろうか。と、冷やしすぎた頭で考えてタナダは外に出ることにした。
「あの〜、何か用ですか?」
タナダはとりあえずドアを開け頭だけを外に出すことにした。しかし、こちらを見てくる者は誰もいない。
「え?もしかして俺いない者されてる?」
再びタナダの思考はダークサイドへと旅に出た。
謎の光に包まれて石畳にロードローラーで乗り出してしまった。それから時間にして30分程経っただろうか。未だにタナダを気にかける者はいない。
いや、チラチラ見られてる気はする。目だって合う者もいる。だと言うのにすぐにタナダからは目をそらし物言わぬ黄色い『はたらくのりもの』に話しかけてしまう。
不条理ここに極まれり、だ。慣れない言葉を慣れない環境で身をもってその意味を理解することになろうとは皮肉にも程がある。
することもなくシートに身を預け、狭い天を仰ぐ。自身の右腕に着けている時計はその針を正確に動かし続けているだけで、変わらぬものがここにはあるのに、それが一向に釈然としなかった。
何かを思い出してしまえば泣いてしまいそうだった。
作業着にヘルメット、これといって特殊な操作を要さない車両のため他の車とはとは対して変わらない運転席。
「はあ……」
孤独はこんなに堪えるものなのかと、なぜ俺がこんな思いをしなければならないのかと、一体ここはどこなのかと、ヘルメットを抱き抱えながら虚に問う。
それでも答えは返ってくるはずもなく、ただ胸が暑さと冷たさを訴えるだけだった。
▽
まこと勝手な依頼してもあったものだと、それを受けてしまった自分の心に膿のような感情が溜まるのもそれすら気にならなくなる程の現象を引き起こした。
泥にまみれながらも強くなにかを感じさせる黄色いなにか。前面部には灰色のなにかを抱えており、何の目的のものなのかもよくわからなかった。
具体的な説明をさせない程の威圧感、これはもはや我々の言葉では語りを許さぬ存在なのだと、一瞬でそう感じた。
同時に不安を抱いてしまう。
この圧倒的な存在に、その前にさらされる人々の事を思ってしまう。心中を誰にも悟られぬように私は叫んだ。
「成功だっ!」
▽
なにが起きているのか、全く理解できずにタナダは行動を起こそうと決意した。
若干鬱に傾き世界を恨む手前までいってしまったが「そこまでネガティブに陥る必要もないんじゃね?」と自分に言い聞かせ、ロードローラーから降りる事にした。
閉めていたドアを開け身を外に出す。ロードローラーの運転席とは中々に高さがあるもので、降りる時は軸にする足を結構曲げる。しかしそこは現役建設作業員、危なげもなにもなく無難に着地する。
履きなれたスニーカーが石の質を伝わらせるが、それがアスファルトとどう違うのかサッパリ分からない。
それをどうでもいい事と切り捨て、タナダは思い切ってロードローラーに群がる人に声をかけた。
「すいません。……なにが起きたんですか?」
一度発すれば後には戻れない、と言葉を選んでみたものの稚拙でしかないその言葉はタナダの緊張を締め付ける。
視線を向けられ落ち着かない感覚とやっと話を聞けるという期待に揉まれながらタナダの目の前は黒く染まっていった。
▽
先月、王が亡くなった。さしていい事をした人ではなかったが、かといって悪い事を起こした人でもなく至って普通の王だった。その王が亡くなった。
多くの人はそれに不安を抱いた。私もその一人だった。
なぜなら王位継承権を持つ男が、それはそれは自分主義のワガママ王子だったからだ。
気に入らなければ(あらゆる方向から)叩き潰される。それを見て笑う事も、蔑むこともせずに去っていく、ガキだ。
そんな王子はなぜか反対など持たれず、やりたいことを通していきます。
「スラムを潰してこい」
「商団が多い、減らせ」
「税率を上げろ、いや下げろ」
とにかくその場の気分で命令をすると有名で、気まぐれで、しかし誰も逆らわない。
不思議とはこのことだろうか。そして先日王子はこう命令をしたらしい。
「影の民を滅せ」
影の民、この国を文字通り裏から支えてきたという集団の呼び名。その名から忌み名と言う印象を受け、今では迫害種となってしまっている。
だからと言って殺す理由はない。
これはまたワガママなことだ。
▽
眼が覚めるとそこは知らない世界だった。
タナダは重い頭を起こせずに自分が寝ていたことを理解する。仰向けに寝かされていた。
一瞬なにも考えられなかったが次に自分はちゃんと存在するものとして扱われていたことに安堵する。そしてまだ体が起き上がらないのでとりあえず寝返りをと横をむけばそこには別の誰かが顔を向け寝ていて、褐色の肌に艶のない若干青みのある灰色の髪、そしてそれが女であると理解した時にタナダの動かなかった体は大きく跳ねる。
ドンと背中が床に叩きつけられ、完璧に眼が覚めた。
しかし今の状況は果たして受け入れられない。いくら思い返してもロードローラーから降りた後の記憶がない。
誘拐、夢遊病、はては多重人格まで疑ってしまったが頭に浮かび上がる直後にそれはないとかき消される。
「ん……、ふあぁ。おはよう」
タナダの床に落ちた音で眼が覚めたのか、褐色の女は眼をこすりながら上体を起こしタナダに話しかける。
ここでタナダは自分がなにかをしてしまったのではないかということに思考を割いており、言葉が通じることに違和感を持っていなかった。
「どうしたの?挨拶くらいしてくれてもいいんじゃない?ボク寂しいなぁ」
未だに口をパクパクさせながら後手に床に手をついているタナダは寝台の上で伸びをする女に、日差しで逆光になりシルエットでしか見えないことに不思議な感覚を持った。
「どう……し」
どうして、その一言すらまともに言えない、顎が思うように動かない。女は寝台から降りタナダに歩み寄る。幾分かゆるい浴衣と同じような作りの服は寝巻きだと判断できる。そんな浴衣は足元をスリットのように足をチラつかせるが、それ以上にタナダにとって眼を奪われるものがあった。
尻尾だ。髪の色と同じ灰色の、猫のような尻尾。それは彼女が歩くたびに微妙に揺れて、これは異常なことなんだとタナダに告げる。
「ダメだよまだ動いちゃ。大人しく寝ててね」
「うわっ⁉︎」
近づいてきた女にヒョイと持ち上げられれば情けない声も出よう。しかも横抱き、情けないにも程がある。
抱え上げられ女の顔を見れば、眼が合ってしまい思わずそらす。
そして、今チラと見たのは一瞬だが彼女には耳がないように見えた。そしてオズオズと目だけで女の顔を見れば、普通耳があるはずの部位は髪と同じ色の毛に覆われていた。しかし耳は伺える、ケモノのそれと同じものが。
寝台に乗せられ毛布をかけられるとなにがなんだかわからないと女に視線を向ける。
しかしそれが理解されることはなくただ笑顔を向けられるだけだった。
「いや〜、まさかタナダにもう一度会えるなんて思ってなかったよ。また会えて嬉しい」
「え?」
「え?」
「……会ったことあ、るわけないだろ?」
「あるよ?」
「え?」
「え?」
お互いに聞き直すが話がかみ合わない。頭が働かないせいか?言葉もうまくでてこない。
「タナダは覚えてないの?「俺たちは兄妹だ」って言ってくれたじゃない」
「なんっ……!そんな、恥ずかしいこと言うかよ」
「言ったよ」
「言ってない」
「言った」
「言ってない」
「言った」
「言ってない」
「言った」
「言ってな……しつこい!」
水掛け論を止めて、頭が冴えてきたことを確認する。
タナダは横になったままでは下に見られるかもと思い、上体を起こす。
「だいたいなんの確証も無しに言われたって……」
「写真あるよ」
どこからか取り出された一枚の紙。そこには目の前の女と、タナダがはっきり写っていた。それも今より若く、笑顔で。
「よく撮れてるでしょ。なんてったってボクが作った撮影機を使ったからね」
「ウソー……」
▽
タナダという男が来たのは、ひとえにボクのせいだった。
新しい魔法を作ったからと手当たり次第に使ったのがいけなかった。今となっては薬になっていて自重している。
責任として昔住んでた実家で面倒を見ていたわけだ。
さて、タナダという男が始めて来たのは7年前。その時もあの黄色い塊をこちらに来た。彼はアレを『ロードローラー』と呼んでいたのでボクもそう呼ぶのに時間はかからなかった。
聞くにそのロードローラーは燃料で動くものらしく無限に動けるものではないとか。
ボクにとっては興味深かったので一回バラして魔力でも動けるようにしたりした。
懐かしい。
ああ、タナダの話だったか。
彼は一言で言うなら『バカ』だった。簡単にボクを許したり、街に出れば面倒に巻き込まれたり、果ては王様と飲んだりしてたそうだ(このことはボクはあまり知らない)。
そんなバカでも嫌いになれなかったのはなんでだろうか……、多分バカの後に『優しい』がつく奴だったからなんだろうな。
ボクは一応タナダを元の世界に返すために頑張った。そして2年かかってしまったが無事その魔法は完成した。
帰る時に、つい泣き出してしまったボクにタナダは言った。
「たった2年だけど俺はお前のこと妹だと思ってる、家族だ。大丈夫。家族の繋がりってのはたとえ別世界に行こうが、たとえ死のうが切れるもんじゃない。だから大丈夫、俺たちは兄妹だ、な?」
タナダの言葉は嬉しかった。でも心にチクっと刺さるものがあった。それを知ることもないままタナダは帰ってしまった。
それから時が流れボクは王宮の魔導士になった。主に研究する側に立っている。
タナダが帰ってからもボクは魔法をガンガン考えていった。王宮は少しおかしくなっていったけど充実した日々だった。
そんなある日、ボクの知らないところでタナダが召喚された。再びロードローラーと一緒に。
他の皆は魔動式のロードローラーを見てガヤガヤやってたからタナダは置いてけぼりで、しかも召喚の影響で体力がゴッソリ削られていたらしく倒れていた。それをボクは引き取り、寝かしつけた。
タナダの寝てる姿を見てなんとなく落ち着かなかった。
久しぶりに会えたわけだし、そりゃ嬉しくて……お兄ちゃんなら甘えてもいいかな?
言い訳じみながらもボクはとりあえず寝ることにした。タナダの隣で。
▽
「……と、いうことなんだけど」
「アハハ、そりゃ昔の俺はすごいことしてたんだなー……」
「ボクも王様と飲んだって聞いた時はキモを冷やしたよ。タナダは別の世界の人だから礼儀とか大丈夫かな?って。でも何もなくてよかった」
「お、おお……」
『モキノ』と名乗った目の前の女の話は全く身に覚えのないことのオンパレードで、タナダの頭はついていけない。
「本当に何も覚えてないの?」
「……ごめん」
「謝らないでよ」モキノの一言はタナダには届かず、その場は沈黙が支配した。
「え!?泣いてる?」
「あ……」
モキノの目には涙が溜まっていて、タナダもそれに気づく。目尻を擦りながらモキノは小さく肩を揺らす。
「ご、ごめん!」
「おい?」
モキノが人のそれでは決して追いつけない速度で駆け出し部屋を後にする。追いかけることもできないまま、ただ呆然と立ち尽くすタナダ。
彼の身に突然振動が響くまでは。
▽
かの者は言いました。
俺はまるで悪魔だと。
だから本当に悪魔になってやろうと思った。軽い気持ちでやったわけでも、深く罪を感じるわけでもなく。
やがて俺は天界を降りた。一人の心を掌握することから始まり、そして王すらも思い通りに動かすようになった。
全ては全能の神のおかげだ。俺に『心を操る力』与えてしまったのだから。
だから俺は変えてやると決めた。全てをアイツの、思いを捻じ曲げることばかりをすると。
なんでもよかった。
だから、あいつが俺のところに来た時は驚いた。
異界の者を支配して俺を、潰しに来た。
あいつは最後まで泣いてくれていた。俺のせいなのに……、心がないと言ったのに……、泣かないでおくれ。
ごめんよ、イスカ。
▽
あるところに心を支配する神様がいました。その神様はある王の心を乗っ取り、とにかくワガママ放題に部下に命令を出しました。
部下達も最初は品対しましたが心を支配する神様には逆らえません。
やがて王は暴君と呼ばれ不自然な国は荒れて行きました。
ある時王様は罪なき人々を殺せと命令を出しました。そして殺すのに最適な者をなんでもいい、呼べと。
そして黄色い塊が呼ばれました。
神様はそれにいたく感心し、塊に近寄りました。
すると黄色い塊はまるで神様に引かれるように輝き出し、そして動き出しました。
なんと黄色い塊には別の神様が乗り移っていたのです。
そして黄色い塊は光を伴った大きな車輪で王から、心を支配する神様を押し出しました。
「なぜだ?なぜ支配できない」
神様は言いました。
「この塊には『心』がないからですよ」
神様が言いました。
そして王は支配から解放され、国は元の平和な国に戻りました。
▽
「タナダー、そこの紫の液体取って」
「へいよ、こんな怪しいの何に使うんだ?」
王宮の一室、魔法で明るくされた部屋ではせかせかと女が働いていた。
タナダと呼ばれた男は大きめのビーカーに入った透明な紫の液体を一瞥しながらも女に渡す。
「これはただの果汁だよ。毒ないから安心」
「ふーん」
手を動かしているのは女だけで、男は呼ばれた時以外は手持ち無沙汰にしている。
「モキノさん、これ確認して欲しいのですが」
「はいはい後でね、そこ置いといて」
紙の束を抱えてやってきた若い男を顎で使いながらテキパキと手を動かすモキノと呼ばれた女。
「なに作ってんの?」
「あのロードローラーの燃料」
「植物由来で動くかよ」
タナダは頬に手を当てるという、とても良いとは言えない態度で座る。
「王様は元に戻ったけどまだあのロードローラーにはなんかして欲しいらしいじゃない、だっら燃料あった方がいいでしょ?それにボクは天才だからね」
沸騰する緑色の液体に紫の液体を投入しながらもモキノは言う。
「ま、これは別モノなんだけどね」
「おい」
どういう反応を遂げたのか、ビーカーの中は赤い液体で満たされた。
「これを冷やして……完成」
モキノの手に光が宿り、そしてビーカーから湯気が消えた。
「さ、飲んでみ」
「なんでこんな怪しいのを……」
「媚薬だよ」
「なんで!?」
「ウソウソ、ただのジュース」
「本当かよ……」
しばらくビーカーとにらめっこするタナダ。前の女のニコニコ笑顔に、なんとなく飲まなければならない気配を感じているのだ。
やがてビーカーを傾ける。
「辛っ!」
「だろうね」
置かれた書類をバサバサとすごい勢いでめくっていくモキノは笑顔でそう答える。
「で、タナダはロードローラーでどこ行くの?」
「なんだよ……、なんか吸血鬼のとこだってさ」
「ならこのジュースを持っていくといいよ。あいつらこれで酔うから」
「まじか……」
▽
それから黄色い塊は国のために働いてくれました。しかしその塊は今この国にはありません。なぜなら元の世界に帰ってしまったからです。
▽
「タナダはいつ帰りたいとかないの?いつでも帰らせてあげるよ?」
「んーもうちょいいるわ。なんか思い出せそう」
「そう」
吸血鬼の森から帰ってきたタナダは研究室に入入り浸っていた。
「タナダよくここ来るね」
「しゃあねえだろ。俺、お前以外に知り合いいねえもん」
「今回の遠征で友達できなかったの?」
「今みんな訓練で忙しい」
「友達できてんじゃん」
「今みんな忙しいんだよ」
「ボクが忙しくないみたいだね」
「いいじゃん、家族なんだろ?」
「!……そうだね」
「ズルい」その一言はタナダに届くこともなく消えた。
▽
城には神様を敬いロードローラーの石像を建てました。
「シュールだ……」
「そう?」
本当はロードローラーがクレーン車になったりトラックになったり節操なくやりたかったですけどね。
閲覧ありがとうございます。
足りない部分は自由に考えていただければな、と思います。