98:百里を行くものは九十里を半ばとす
「ちょっと待って! 難易度上がり過ぎじゃない!?」
石が半分になったから単純に難易度が倍になったってことでは済まない。
ここまで登ってきたから理解できることなんだけど、欲しいところに取っ掛かりがあるっていうのは楽だし安心できる。
そもそもの石の数が多かったおかげでルートとかも気にする必要がなかった。
ただ上を目指せばよかったのである。
しかし今はもう適当には登れない。
ルートを間違えたら手足を置く石の数が足りなくなって、やり直すはめになるだろう。
そして、その時に問題になるのが下りるという作業だ。
壁を下りるのは登る以上に困難だ。
なぜなら、
「ひっ」
下を見たせいで悲鳴が漏れた。
そう、下りるには足場を探すために下を見ないといけない。
命綱も何もない、身一つで壁にしがみついている状態で8mもの高さにいるのは相当怖い。
想像してみて欲しい。
ビルの3階部分にしがみつく自分を。
「あらあらぁ、どうしたのぉ? 足が止まってるわよぉ」
こっちの苦労も知らずにリリスの間の伸びた声が聞こえてくる。
普段は鼻に掛かったような口調が色っぽいとも感じられるけど、こういう余裕のない時に聞くと神経が逆撫でられる。
「そんな簡単に進めたら苦労しないよ!」
なので思わず反論が口をつく。
けれど、リリスは忍び笑いを漏らすだけだった。
あの女、愉しんでやがる!
ワイングラス片手に愉悦ってる姿が思い浮かぶ。
「超似合う……」
変な想像をしてしまったせいでこっちまで笑いそうになる。
けれどそれが功を奏したのか、ちょっと身体から硬さが取れたような気がした。
難易度がだだ上がりしたせいで緊張してしまっていたらしい。
「ここで文句言ってても体力を消耗するだけだし、挑戦するしかないか」
一旦緊張がほぐれると、思考も上を向きやすい。
結果、視界も広くなる。
というか、視界まで狭まってたのか。
「えーと、登るのはいいけど考えなしはダメだ。こっから2m、どこにどう手足を置いて登るか決めてから行かないと」
首を回して周囲の石を確認し、自分の登る様をシミュレートする。
結果、今いる場所から右に進んで、そこから斜め左上に進むルートが1番最適だと判明した。
もちろん素人考えだから他にもいいルートがあるのかもしれないけど、いまは手足が確り届いて登れるのなら問題ない。
体力も十分持ちそうだ。
「そうと決まればこんな所に長居は無用だ」
何処の石にどう手足を置くかも考えてある。
まずはその通りに手足を引っ掛けて横に移動していく。
「あらぁ、ついに進み始めたわねぇ」
「ja、進ムるーとハ想定シテイルヨウデス」
「がんばってねぇ」
誰のおかげで難易度上がったんだと思ってるのさ!
おっと、いかん集中集中。
余計な思考が混じり始めたので、外野からの声を意図的に無視する。
そのおかげか、問題なく決めていたルートを進み、まもなく残り1mというところになった。
ここまでくればあとはただ上を目指すだけだ。
そして最後の石に手を掛けた瞬間。
「えい」
リリスの掛け声と共に、その掴もうとしていた石が引っ込んだ。
「なっ」
右手は空を切り、そこに体重を掛ける気でいた身体はバランスを崩した。
――落ちる。
下までは10m。
落ちたら登り直しになるし、多分タダじゃ済まない。
ゴールは目の前だというのに。
「んなろぉぉぉぉお!」
諦めそうになる心を奮い立たせて、最後の手段に出る。
石に乗っている膝の曲がった状態の右足を勢いよく伸ばした。
要は片足で踏み切ってジャンプした。
そして左手を目一杯伸ばす。
「とどけぇ!」
そしてその指先は――。
初心者はこんな体力もちません




