91:陽炎ホールウェイ
しかし、やる気が出たのも最初のほうだけで、今ではすっかりダレてきていた。
それもそのはず。
景色が変わらないのだ。
白一色で統一された廊下に、等間隔でならぶ同じ形の扉。
ひたすらそれが続いている。
扉の横にはネームプレートがあるんだけど、それも全てが真っ白。
イデアと狐々乃月の部屋のネームプレートには実はちゃんと名前が記載されていた為、誰かいるなら名前が掲げてあると思うんだけど、そんなものは全くなかった。
アリシアやリリスの名前も見つけていない。
ゆっくり歩いているから見落とした可能性は少ないし、おそらく逆方向にあったんだろう。つまりイデア側。
まぁ自分の部屋には名前がなかったから、もしかしたら白紙でも誰かが入室しているってこともあるだろうけど、さすがに誰とも知れない部屋に勝手に入るのは気が引ける。
残念ながらそんなコミュ力はないし。
「さすがに飽きてきた!」
かれこれ体感で500mは歩いている。
距離にするとそれほどでもないんだけど、変わらない景色かつ建物の中だとかなり長く感じる。
というか直線で500m以上ある建物ってどんなだよ、とツッコミすらいれたくなる。
やはりそこはリリスの病院、常識は通用しないのだろうか。
そうなのだとしたらリリスの病院って書いて、魔女の館ってルビを振りたくなる。
リリスの病院。
やってみた。
うん、違和感ないな。
よし、これから頭の中ではそう変換しよう。
それはそれとして。
現実逃避はこれまでとして、今からどうしよう?
まぁどうすると言っても、選択肢は限られている。
進むか戻るかだ。
正直、このまま進んでも同じ景色が続くだけなんじゃないかっていう気はする。
確信ってレベルですらある。
なにせここはリリスの病院なのだから。
……ちょっと気に入ったので使ってみた。
で、普通に考えたら戻るほうがいいだろう。
どうせ収穫なんて期待できそうにないし。
「でも、せっかくここまで来たんだから何かあるまでは歩きたいよなぁ」
なんて考えたりもする。
人間、なにかに労力を費やすと、それを無駄だと思いたくなくなるものなのだ。
薄々無駄だと気付いていても、成果が上がるまでは続けてしまう。
「ま、そう思うなら戻れって話なんだけどね」
けど、そう簡単に割り切れないのが人情ってものである。
こういう時に便利なのは、この発想だ。
「じゃあ、あと扉を5つ通過するまでに何もなかったら戻ろう」
ちょっと先までの目標で区切ってしまう。
これだとちょっとだけ諦めやすくなる。
「そうと決まれば歩くか」
それに目的地が定まればモチベーションも回復するし、自分に言い訳も立てやすくなる。
うーん、まさに逃げの発想。
いや、でも大事だよこういうの、きっと。
経験則も何も、記憶ないから説得力もないけど。
「とか考えてるうちに扉をすでに2つ過ぎてしまった」
3つ目も目の前だーっと、通り過ぎた。
そしてやっぱり何事もなく4つ目も通り過ぎる。
「これで5つ目っと」
やっぱり何もなかった。
けど、諦めもついた。あとは戻るだけだ。
「ん?」
戻ろうと思った矢先に、廊下の先に何かを見つけた。
何十mか先。
何かがあるというより、何かがあるのだろうか、と言った感じだ。
ハッキリと見えるわけじゃないけど、本来ならその距離にあるものならハッキリと見えるはずなんだけど、いまはそれが曖昧だった。
存在が曖昧だった。
なぜならそれは、廊下の真ん中で立ち上る陽炎だったから。




