90:独りで気付けた事
寝て起きたら、それが朝。
と言うべきか、この部屋は時計もなければ窓もないせいで時間が全く分からない。
廊下に出てトイレやお風呂に行っても同じだ。
時間が分かるようなものは何一つない。
どうしよう?
目が覚めたけど、このまま起きていいのだろうか。
実はまだ夜中とかじゃないだろうか。
いっそアリシアが起こしにくるまで寝てたほうがいいのかもしれない。
眠気は……微妙。
起きるには抵抗がないくらいにはスッキリしていし、だからと言って二度寝が出来ないほどではない。
「とりあえず、起きるか」
結局そういう結論におちついた。
部屋に備え付けの洗面台を使って顔を洗うと、僅かに残っていた眠気も綺麗になくなった。
この洗面台もボタン1つで出てくる家具だ。
リリスの能力って便利だよね、本当に。
軽くストレッチなどで身体をほぐして時間を潰してみても、アリシアが来る気配はない。
朝食の時間になったら来る、としか言ってなかったから、正確に来る時間も分からないし、それに結局時間そのものが把握できていない。
「どうしよ。うーん、散歩? そうだね」
誰に、と言うより自分に問いかけて自分の中で賛成する。
一見するとただの危ない人である。
けど、散歩は妙案かもしれない。
時間を潰すにはもってこいだし、なにより目を覚ましてから1度も院内を探索していないからだ。
現在の行動範囲は、トイレかお風呂か狐々乃月の部屋かイデアの部屋だ。
うん、凄く狭い。
とくこれだけで2日過ごしたな。
ちょっと自分でも感心する。
せっかくだから今日は他の知らないところを開拓してみよう。
もしかしたら、あるいは少しは記憶に繋がる手掛かりもあるかもしれない。
「そうと決まったら早速出発だな」
動きやすいようにジャージ(部屋のクローゼットにあった)に着替え、散歩という探検を開始した。
* * * * * * * * * *
とりあえず理由はないけど、扉を出て左――狐々乃月の部屋がある方向へと歩き出した。
「全然人の気配がしないなぁ。やっぱりまだ早い時間過ぎてみんな寝てるのかな?」
もしくは、誰もいないか。
その考えに至って背筋に寒いものが走った。
でも、考えてみれば変な話だ。
目覚めて2日、行動範囲は極狭。
けど、何度も廊下は歩いている。
それなのに、リリスとアリシアと狐々乃月とイデア以外の人を見たことがない。
それはつまり、院内には他に誰もいないのではないだろうか。
コツコツと廊下に響く自分だけの足音が、孤独感を更に加速させる。
「そ、そういえばアリシアの部屋はどこだろなー。あとリリスの、診察室? もあるのかな?」
背後にへばりつく悪寒を振り払うように、わざとらしく声を上げてみる。
しかし、その声も静かな廊下の遠くまで響いていき、逆に人気のなさを強調する結果となった。
廊下の先は真っ暗で見通しがきかないため、足もだんだんと重くなっていく。
「やめとけばよかった……」
まさか独りを意識すると、ここまで不安になるなんて。
アリシアたちの存在は、記憶を喪っている中で思った以上に安らぎの素となっていたようだ。
根は優しい彼女たちのことだ。
もしかしたら本当にそのために面白おかしく騒いでくれたのかもしれない。
「ははっ」
その姿を思い浮かべると、自然と笑いが込み上げてきた。
「あれ?」
そして軽くなっている心に驚く。
「気付かないうちにたくさん助けられてたんだな」
すでに足取りは軽く、目の前は明るくなっていた。
「うん、もうちょっと先まで行こう」
そう決心して再び歩き出した。




