87:夜の診察
事のあらましを説明すると、話が進むごとにリリスの表情が険しくなっていった。
最終的には怒りを通り越して呆れた顔になっていた。
「ねぇ、念のために言っておくけどぉ、彼、入院患者なのよぉ」
と、当たり前かつそろそろ頭から抜けかけていた事実を口にした。
いや、ちゃんとそのことは頭にはあったはずだけど、それを字面でしか受け止めてなかった。
あんまり(身体的には)自由だから気にしてなかったけど、普通は入院患者って激しい運動とか――もちろん一方的に殴られるのを含む――厳禁だよね。
「でも、イデアにもボコボコにされたらしーやん。それはええの?」
責められた形になった狐々乃月がちょと不機嫌そうに反論した。
「イデアが勝手にコイツと訓練したとは思えへん。アンタが指示したんとちゃうん?」
「うーん、イデアに指示だしたのは確かに私だけどねぇ。けどぉ、打撃はなしってなってるはずよぉ。頭部を殴ってはいないわよねぇ?」
「ja、投ゲ技ノミ。頭部ハオロカ、打撃自体行ッテオリマセン。投ゲタ際モ、頭部カラハ落トサナイ様ニ致シマシタ」
「彼はねぇ、記憶喪失で入院してるのよぉ。確かに身体はもう完治してるけどぉ、さすがに頭部への直接的な衝撃は控えて欲しいのよぉ」
投げ飛ばされるのはよくて、殴るのはダメというのは詳しくは分からないけど、おおまかな意味の理解は出来る。
まぁ漫画とかなら頭に強い衝撃を与えたら記憶戻ったりするんだろうけど。
「ほぉら、分かったならもうやらないでねぇ」
狐々乃月は嫌そうな顔をしながらも頷いた。
ともあれ、殴られないで済むようになるのは嬉しい。
「殴るときはボディとかにお願いねぇ」
「なにそのイジメの時の注意点みたいなの!」
助かったと思ったら違いました。
「分かった、次からは目立たへんとこにするわ」
「その相槌もおかしい!」
ふてくされていたはずなのに、もう悪乗りしてるよこの幼女。
「さぁて、話も終わったところでぇ」
「終わってない、終わってないよ! 大事なところが未解決だよ!」
「診察しましょうかぁ」
「聞こえてるよね! 無視しないでー!」
「じゃあ、服脱いでねぇ」
「あ、もうこれダメだ!」
これ以上の講義は無意味と諦め、大人しく着たばかりの服を脱ぐ。
もちろん上だけだ。
「はい、ではお預かりしますね」
素早い動作でアリシアがシャツを奪い取っていった。
渡したつもりもなく手からなくなっているのだから、奪い取られたという表現で間違いないはず。
「はぁい、大きく息を吸ってー吸ってー吐いてー、空気全部出すつもりで吐いてー」
言われるがままに息を吸ったり吐いたり、他にもまぁ色々としながら診察は続いていく。
こういうことをしている時のリリスは本当に医者以外の何者にも見えない。
まぁ黒い白衣もとい黒衣とか開きすぎた胸元とかツッコミどころはあるけど。
「ん、問題ないわねぇ。でもぉ、頭打ったなら一度ちゃんと検査しなおしたほうがいいかもねぇ」
「うっ」
横で狐々乃月の罪悪感が刺激された音が聞こえた。
「まぁそれに関してはぉ、後日改めて行うわねぇ。一応事前に通達するからぁ、そのつもりでねぇ」
「あ、はい分かりました」
真面目な話なのでつい返事も丁寧になってしまった。
「あとはねぇ、何か違和感とかなぁい? ここが痛いとかぁ、視界がぼやけるとかぁ、何かあったら何でも言ってねぇ」
素人判断は危険だから、と言外に言われた気がした。
いまのところそういったものはないけれど、聞きたいことはあった。
この異常な回復力のことだ。
「あ、でもぉ、股間が張って痛いから診てくださいっていうのはなしねぇ」
「言わないよ!」
あぁ真面目な空気がどっかいった。
真面目なこと聞こうと思ってたのに。
「えーと、聞きたいことはあるんだ」
一度咳払いしてから切り出した。
「なぁに?」
空気を読み取ってくれたのか、リリスが居住まいを正して聞く姿勢を取ってくれる。
「うん、この身体の回復力が高すぎるんだ」
リリスは黙ったまま話を聞いている。
「怪我をしても数秒後には治ってる。これについて詳しいことを知らないかな?」
彼女はなおも黙ったまま、難しい顔で真っ直ぐ見てくる。
それはどちらかと言うと、観察するかのような視線だった。




