82:目を背けていたこと
「い、いきなり殴るなんて酷い!」
「うっさい! アンタが悪い!」
一体何をしたというのだろうか。
理不尽な怒りをぶつけられてしまっても困る。
「うぅ、顎痛いし後頭部ぶつけてそっちも痛いし」
「ふんっ、自業自得や」
「だから何したって言うのさ」
理由を尋ねると、狐々乃月はまた顔を赤くして怒鳴ってきた。
「んなもん自分で考えーや!」
「えぇ、そんなぁ」
「情けない声ださんといてーや」
情けない声を出させているのは誰だと思っているのか。
「はぁ、ウチも何であんなんで……」
しかも何かブツブツ言い始めた。
むぅ、ブツブツ言いたいのはこっちなんだけどなぁ。
「まぁええわ。で、丁度いいことに、アンタの疑問解消されそうやで」
「え?」
「って、自分からは見えへんのか。鏡もないしな」
「どういうことさ?」
「さっき言ってきたやろ。痣が無いって」
「うん、言った」
「いまウチが殴ったことで顎に痣が出来てんけど」
「え、なんてことしてくれたのさ!」
「うっさい。ちょお黙ってーや」
ひどっ。
「その今し方こさえた痣、消えたで」
「えっ!?」
「触ってみーや。もう痛くもなんともないやろ?」
言われてみれば確かに痛みが引いている。
あれだけ強く殴られたのに、そんなことなんてなかったってくらいに痛みがない。
違和感がなさ過ぎて違和感がある。
さすっても押しても痛まない。
「どういう……ことなの?」
疑問が自分の中で収まりきらないせいで、狐々乃月を見る目が縋る目つきになってしまっていた。
彼女はバツが悪そうに頬を掻くと、そっぽを向いたまま聞かせるような独り言を呟いた。
「何から説明すればええんかな。ホンマは口止めされてたんやけど、迂闊なことしたんはリリスのメイドやし、ええかな。うん」
考えがまとまったのだろう、狐々乃月は確りと目を合わせてから説明を始めた。
「ウチが人外やったり、アリシアが規格外の動きを見せたり、リリスが特殊な能力を使ったりで、その可能性を考えてたりする思うけど、アンタもまた普通とは違うモノを持ってる」
極力考えないようにしてたけど、薄々分かってはいた。
昨日今日で出会った4人中3人が普通じゃなかった。
イデアも今のところそういった何かを知らないだけで、やっぱり普通とは違うのかもしれない。
それならば。
それならば当然自分も普通じゃないんじゃないのか。
むしろ、自分だけが普通の人間であることのほうがおかしくないだろうか。
こんな、異質が集まる病院でたまたま自分だけが何もない平凡な人間だ、と?
その考えのほうが不自然だ。
4人中4人が人外の存在ならば、やはり5人目も人外であるべきだ。
わざわざ考えようとはしなかったけど、頭の片隅では思っていた。
目を逸らしていた。
その事実を受け止められるか分からなくて。
けれど、何となくでも考えてたおかげだろう。
事実を告げられても、
あぁやっぱり――
と思ってしまうのは。
予想以上に冷静に、あるいは予想通り冷静に、その事実を受け止めると、単純な疑問を狐々乃月に投げかけることにした。
「うん、そっか。そんな気はしてた」
「やろな」
「それで、じゃあその普通じゃない――つまり特別な力っていうのは異常な回復力ってことなのかな?」
「そう……やな。そう思ってもらっても構へんと思う」
「煮え切らない返事だね」
「厳密に言うとちょっとちゃうしな。けど、解釈としては間違ってへん」
「どういうこと?」
「うーん、悪いんやけどウチもよお分からへんねん」
「それは説明しないんじゃなくて、説明できないってこと?」
「そういうことやな」
そっか、なら問い詰めても仕方ないのか。
「ま、別に害があるわけでもなし。便利な身体やーくらいに思っていたらええんちゃうかな」
「そんな簡単に割り切れるか分からないけど、うん、努力してみるよ。ありがとう」
「えーよえーよ」




