7:行動指針
リリスは一つ溜め息をついて間を置くと、笑顔をかたどった仮面のような表情をした。
「名前はぁ、貴方が自分を取り戻してから改めて考えなさいなぁ」
「自分を、取り戻す?」
「そ。ここの病院の中ならぁ、自由に歩いていいからぁ、色々見て聞いて回りなさいなぁ」
「そうしたら、記憶を取り戻せるんですか?」
「さぁ? でも、なぁんにもしないよりはいいでしょお?」
「それは、確かにそうかもしれません」
「それにぃ、ここには色んな子がいるからぁ、お話しするだけでもいい刺激になると思うわよぉ」
「他にも人がいるんですね?」
「多分ねぇ」
「多分?」
「とりあえずぅ、好きに出歩いていいからぁ、適当に回ってみなさいなぁ」
多分の答えを言わずに、リリスはこちらに背を向けて扉へ歩いていく。
歩くたびに大きなお尻が左右に振られ、目が吸い寄せられる。
まさか、これが魔女が使う呪いか。尻から目を離せなくなるとかそんなん。
しかし思うのだけど、やはり尻はデカイに限る。小尻がなんだというのか。
そんな小さな尻に色気はやどらん。肉のついた尻こそが、尻と呼べる代物なのだ。
などと、わけのわからん事を考えていると、
「あぁ、そうそう。立入禁止って書いてあるところはぁ、入らないでねぇ」
リリスは扉の前で立ち止まって、顔だけこちらに向けて忠告してきた。
最後にウインクを残すと、ゆったりとした動作で扉の向こうへ消えていった。
「立入禁止、ね」
言われなくても、そんな表記があれば行くつもりはなかったのだけど、
駄目だと念押しされれば行きたくなるのが人情ってもんだ。
とりあえず、せっかくだから散歩でもして、その立入禁止とやらを確認してこよう。
もちろん入るつもりは無い。
ただ、普通の区域を回って、面白いものが無かったら、うっかり表記を見落として立入禁止区域に入ってしまうかもしれない。
うっかりなので仕方が無い。
――にしても、こんな事を考えるとは、もしかして記憶を失う前は結構あまのじゃくな人間だったんだろうか。