74:鬼が出るか蛇が出るか
その後、何度か同じような事――殴りかかっては投げられる――を繰り返してから最終的にイデアが下した判断は、
「身体ヲ動カストイウ点ニ於イテハ問題無イデショウ。後ハ単純ニ技術的ナ問題ダケデスネ」
「そうなの? 寝たきりだったのに?」
「ja。其ノ辺リハりりす様ノ治療術ノ賜物デショウ」
それならやっぱりリリスになおさら感謝しないといけないのかな。
キャラがあれだから感謝しにくいけど。
「今日ハ様子見ダケノツモリデシタノデ、ココデ終ワリニシマショウ」
「あ、もういいんだ?」
「之以上ヤッテモ身体ヲ痛メルダケデスカラネ」
いや、もう十分痛んでるんですけど。
「デハ、マタ明日同ジ時間ニ再開シマショウ」
「やっぱり続くんだ……」
「当タリ前デショウ。一日ダケ、然モ投ゲラレルダケノ訓練ナド有リマセン」
「だよねぇ」
「其ノじゃーじハ脱イデ適当ニ置イテイッテ下サイ。明日マデニ洗濯シテオキマスノデ」
「え、それはさすがに自分でやるよ」
「洗濯機ノ場所モ分カラナイノニ、デスカ?」
「ぐっ」
確かにそうだった。
いまは自室とトイレと狐々乃月の部屋とイデアの部屋しか分からないんだった。
「で、でも教えてくれれば」
「現状、貴方ノ行動可能範囲内ニ洗濯機及ビ其ニ準ズル設備ハ有リマセン」
「そうなんだ」
それだとどうしようもないか。
「ソウイウ理由デスノデ、サッサト此処カラ出テ私ノ部屋デ着替エテ自室ニ戻ッテ下サイ。ソロソロありしあガ昼食ノ準備ヲ済マセテイル頃デス」
「えっ」
もうそんな時間なのか、というのとアリシアが昼食を用意してくれているという、両方の意味で驚いた。
「分かった。じゃあ、お暇するよ。服はお言葉に甘えて置いていくね」
「ja。ソウシテ下サイ」
「うん、じゃあまたね」
いつまでもこの場でウダウダしてるわけにもいかないので、挨拶を切っ掛けに扉を抜けてイデアの部屋で着替えを済まし、自分の部屋へと急いだ。
* * * * * * * * * * * *
イデア1人になった空間に、高い足音が響いた。
「どぉだったぁ?」
扉とは逆方向から掛けられた声に、しかしイデアは驚く素振りも見せず、
「矢張リ駄目デスネ。戦イ方モ全ク覚エテイマセン」
淡々と報告を上げた。
「異能力の発現もなしかしらぁ?」
「其レ所カ、身体能力ノ向上スラ見ラレマセンデシタ」
「そ、やっぱり失っちゃったのかしらぁ」
「nein。失ッテハイナイカト思ワレマス。単ニ使イ方ヲ忘レテルダケカト」
「へぇ、どうしてそう思うのかしらぁ?」
「其レニ関シテハ今朝ゴ報告シタ通リデス」
「あぁそうねぇ、そうだったわねぇ」
「ソレデ、如何致シマショウ?」
「そうねぇ……今の所は様子見かしらぁ。このまま通常の訓練だけ続けてぇ」
「此ノ訓練ノミデ良イノデスネ?」
「えぇ、藪を突いて蛇が出るくらいならいんだけどぉ、鬼が出てきちゃったら貴女だけじゃどぉにもならないしねぇ」
「……」
「うん、そぉいうわけでぇ、よろしくねぇ」
「ja」
もう1度ハイヒール独特の高い足音が鳴ると、その空間にいるのはイデアだけになった。
イデアは目を閉じて今の命令を反芻し、記憶に刻み込む。
そして、同時に闇夜に浮かぶ金色を思い出し、身震いした。
「鬼ガ出タラ……」
普段は感情を表に出さないイデアだが、不安げに呟くその表情には間違いなく恐怖の色が浮かんでいた。




