73:リハビリ
neinは否定の言葉です
「忠告シタデショウ? 手加減ヲスルナ、ト」
未だ痛む背中をさすりへたり込む姿を見下ろしながら、イデアは面白くなさそうに吐き捨てた。
「うぅ……」
けれど、実際その通りなので言い返すことが出来ない。
でも、やっぱり女の子にいきなり全力で殴りかかるなんて出来ないって、という言い訳を飲み込みつつ、立ち上がる。
「之デ懲リタデショウ? 次ハ本気デ掛カッテ来テ下サイ」
今度は確りと頷いて、拳を握る。
ついさっき投げられた事を思えば、多分本気で殴りかかったところで当たるまい。
こっちはイデアの動きが見えなかったくらいなんだから、それなりの実力差があることが想像出来るからだ。
「よし、じゃあ行くよ」
「ja、何時デモドウゾ」
膝を沈めて勢いをつけ、その反動で前へと突進し真っ直ぐに拳を突き出す。
自分としては掛け値なしの全速全開の一撃だ。
ただ、さすがに顔を狙うのは躊躇われたから、胸の中心辺りを狙ってだけど。
「マァマァデスネ」
スピードの乗ったその拳を、しかしイデアは事も無げに払うと、体勢の崩れたこちらの身体を軽く押した。
それだけで、盛大に転んでしまった。
全力で駆けていた分、こけた時もすぐには止まれず無様に地面を転がりまわりながら、何回転かしてようやく止まった。
投げられた時ほどではないけど、これもこれで体中が痛い。
「何時マデ転ガッテイルノデスカ、早ク立ッテ次ヲ打チ込ンデ来テ下サイ」
「え、まだやるの?」
「当タリ前デス。訓練ガぱんち一発二発打ッタダケデ終ワル訳ガ無イデショウ。私ガ良シト言ウマデ来テ下サイ」
「えぇー。というかそもそも何で格闘訓練なのさ。理由もなしにこんな痛い目に合いたくないんだけど」
疑問を再びぶつけてみる。
最初にハッキリ聞くべきだったんだけど、まさかこんなに痛い目に合うとは思ってなかったんだから仕様がないと思う。
「説明ハ面倒ダト言イマシタ」
「いや、確かに聞いたけどさ。でもやっぱり理不尽だよ、こんなの」
あるいは根性なしだと思われるかもしれないけど、理由もなしにただ痛い思いをするなんて誰でも嫌だと思う。そりゃ世の中にはイデアみたいな美人に痛くされるのはご褒美だって輩もいるかもしれないけど――自分もある程度はそう思えるけど、度が過ぎるとやっぱり辛い。
その訴えに観念したのか、イデアは溜め息をつくと説明を始めてくれた。
「仕方アリマセンネ。簡単ニ説明シマスト、之ハりはびりデス」
「リハビリ?」
「ja。貴方ハ三百四十一日ニモ及ブ寝タ切リ生活デ肉体ガ非常ニ衰エテイマス。院内ナラ兎モ角、社会復帰ニハ厳シイ体力ダト言ワザルヲ得マセン。其ノ為ノ訓練デス」
「なるほど、言いたいことは分かったよ」
社会復帰のための体力づくりを目的としたリハビリ。
それなら身体を動かすことは仕方ない。
むしろこっちから頼んでもいいくらいだ。
「けど、なんで格闘訓練? 他でもいいんじゃないの?」
そう、わざわざ痛い目を見る必要はないのでは。
「其レハ私ガ楽シイカラ……デハ無ク護身ノ為デス」
「いま楽しいからって言わなかった!?」
「nein。言ッテマセン。貴方ノ痛ガル様ヲ見テ悦ンデナドイマセン」
「酷い趣味! あともっと本音を隠す努力しようよ!」
「嘘ヲ吐クノハ良クナイ事デスヨ」
「嘘と建前は別物だから! 建前って大事だから!」
「全ク、腕ハ立タナイノニ口バカリ立チマスネ」
「なんで呆れられたの!?」
「煩イ、サッサト次行キマスヨ」
「理不尽!」
「分カリマシタ分カリマシタ。格闘訓練ナノハ本当ニ護身の為デス。後、私ガ教エラレルノガ格闘術位シカ無イカラデスヨ。之デ満足シマシタカ?」
「こっちがすっごい我がまま言ったみたいな反応! てか、最初からそうやって説明してくれればいいのに!」
「モウ説明シタカラ良イデショウ? サア、構エテ下サイ」
「うーあー! 釈然としない!」
頭をかきむしりながらぶつける所のないモヤモヤを抱えながら、それでもこれ以上の問答は精神衛生上よくないと判断し、言い返すのを止めた。
2014/2/20 誤字修正




