50:逆襲
その時の感想は「やったぜ!」よりも「やってしまった」のほうが近いと思う。
手が出てしまった以上、説得したかったので本当はこんなことしたくなかったんです、なんて言ってももはや聞いてはもらえまい。
いや、元々聞いてもらえてなかったけれど、それ以上に困難になったということだ。
しかしそれを嘆いていても仕方ない。
こうなった以上は実力行使に出るしかない。
なんとかナイフを取り上げて、助けを呼ぶ。
「えーと、大丈夫ですか?」
そんな風に決めたのに、口から出たのはなんとも情けない言葉だった。
殴った相手を気遣ってどうする。しかもナイフ持ってる相手に。
「……」
相手は派手に床を転がっていったのだけど、割と平気そうに立ち上がった。
残念ながらナイフはいまも右手に握られている。
これで落としてくれてたら楽だったのに。
とりあえず、右手を蹴るとかなんとかしてナイフを離させないと。関節技とか使えたらいいんだけど、生憎その手の記憶はない。
こちらから向かうわけにも行かないので、注意して待ち構えていると、少しの間を置いて相手が走り出した。
先程までが様子見と言わんばかりの速さだった。
「ちょ」
文句を言う間もなく、ナイフが繰り出される。
「まっ、てっ、ほっ」
右から左から来るナイフを目一杯状態を逸らして避ける。
い、意外とかわせる。
そんな事を考えてしまったからか、またつい手が出た。
振られた右手が切り返される前に押さえ、がら空きになった腹に放った蹴りは驚くほど綺麗に入った。
掌底を決めたときより豪快に飛んでいく。
その吹っ飛びっぷりは思わずこっちが心配してしまうほどだった。
「え、えーと……」
大丈夫かな? と思って見ていると、また何事もなかったように立ち上がってきた。
そして相変わらずナイフはしっかり握ったままだった。
ダメージを感じさせない相手に不安を感じると共に、思った以上に動ける自分に驚く。
もしかしてそういう訓練をした経験でもあるのかな?
記憶を失う前は格闘技か何かしてたのかもしれない。
とりあえず、これならいけそうだ。相手の動きはよく見えるし、ナイフがあるといっても当たる気があんまりしない。避ければ反撃の機会もある。何度かやればそのうちナイフを手放してくれるだろう。
そう考えていた。
そう考えてしまった。
つまりは、油断した。
「限界解除。レベル3」
立ち上がったまま動かなかった相手の口から、ボソリと漏れ聞こえたその言葉。
次の瞬間、そいつは目の前にいた。
正確なところを言うと、動きはなんとか見えた。
ただ早すぎて目で追いきれなくて、もちろん身体の反応は余計に追いついていなかった。
次に胸に衝撃。
硬いものが折れて砕ける音、肉に何かが刺さる感触。
それが同時に自分の体内から聞こえた。
「げぼぉっ」
あまりにもの嫌悪感に思わずこみ上げてきたものを吐くと、それは真っ赤な色をしていた。
「あ……」
それが何かを考える間もなく、頭を掴まれ壁に叩きつけられた。
衝撃が後頭部から脳を伝わり眼球から抜ける。
思考が一気に持っていかれる。
そして暗くなる視界の中に見えたのは、首向かって真っ直ぐ向かってくるナイフ。
真っ直ぐ、真っ直ぐ、真っ直ぐ。
中々到達しないそれを見ながら、思った。
痛そうだな――。
そして、意識が闇に呑み込まれた。
という夢をみた。




