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Hollow cathedral  作者: 林檎亭
第1章 目覚め
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49:説得術

 さてさて、ふざけるのはここまでにして、いまはこの状況をどう切り抜けるかを考えよう。

 正直なところ、刃物を持っている人間を相手に勝てる気がしない。

 別に護身術を修めてるわけでもないし、驚異的な身体能力を誇るわけでもない。

 いや、前はそういう事もあったかもしれないけれど、少なくとも現在の記憶にはない。

 そんな昔やってたかもしれない、とかいう曖昧な希望に命を託すのは無理だ。

 ならどうするか。

 暴力っていけないと思います。

 というわけで、説得だ。

 でも、説得って何すればいいんだろな?

 とりあえずは相手を知ることからかな。


「えーと、そこの全身黒のコーディネートがハイカラな君」


 ひゅん


 ナイフが眼前を通る。

 どうやら掛けた言葉がお気に召さなかったらしい。

 これでも精一杯褒めたつもりだったんだけど。

 じゃあ、次は名前でも聞いてみるか?

 そうだよね、お互いの名前を知ることは基本だよね。


「君は名前はなんてんだい?」


 お、黒い人が止まった。


「ほら、初対面ならまずはお互い自己紹介しようじゃないか。え、自分から名乗れって? おーけー。名前ね、名前……」


 いや、名前ないっつーの。

 え、満足に自己紹介もできないの? 名乗れもしないのに説得とか無理じゃない?


「ごめん、名前はないんだーって、うお!」


 また切りつけられた。

 なんだか質問を失敗すると切られるゲームみたいなってない?


「いや、からかってるとかじゃないんだ。記憶、そう記憶喪失でーって、つぇい!」


 あっぶねぇ!

 そうだよね! 記憶喪失とか言われたらふざけてるとしか思われないよね!

 本当なのに!

 あぁ、分かってもらえないって悲しいなぁ。

 本当のことを言ってるはずなのに責められる(刃物で)やるせなさ。

 冤罪で捕まった人ってこんな気分なんだろうか。

 え、一緒にするなって?

 いや、うん、一緒にしてごめんなさい、怒らないで。

 でもこっちも命が掛かってるんで、勘弁してくれると嬉しい。

 さて、服装を褒めるもダメ、名前を尋ねるもダメ。

 そもそも普通に考えて、殺しにかかってきてる人が本名なんて名乗らないよね。

 どうやらこの案は実行する前から失敗が決定付けられてたらしい。

 うぅむ、次はどうするか。

 服装がダメなら他を褒めてみるか?

 でも、褒められそうなとこないしなぁ。

 全身上から下まで真っ黒で、外見的に目が行くとこもうないんだけど。

 いや、あった。

 とびきり気になるところ。


「えーと、そのナイフ素敵ですね。無駄に装飾がなくて、まさに切るという機能にのみ特化したような洗練されたフォルム。そんなナイフならさぞかし切れ味がいいんでしょうね。どんなものでもスパッと……」


 って、ヤバイこと言っちゃってね? なんか煽ってしまってるような――


「そぉーい!」


 やっぱり切りかかってきた!

 そうだよね! いまから切ろうとしてる相手に切れ味の話とかしちゃダメだよね! そりゃ目の前の獲物で切れ味確かめようとするよね!

 むぅ、褒め殺し作戦は失敗か?

 だがしかし、人間の知恵はこんな程度で負けないのだ。

 数々の肉食獣を出し抜いて、生存競争を生き抜いてきた人間の知恵を舐めるなよ。

 ちょいと知恵を振り絞ればこの程度の窮地軽く脱してみせよう。


「って、全然思いつかねー!」


 人間の知恵が暴力に屈した瞬間であった。


「くそっ、説得するにも何か取っ掛かりがないと」


 更に目を凝らして相手を観察する。

 それこそ穴が開くんじゃないかってくらい凝視する。

 しかし相手はそんな事はおかまいなしに距離を詰めてきた。

 今度は払いではなく突きで。

 右手が一直線に顔に迫る。

 それをなんとか首を捻ることで回避し、なんとなく思ってしまった。

 あ、これイケるんじゃないか?

 ほとんど反射的に右手を突き出している相手の身体に密着するように踏み込み、鳩尾めがけて肘を繰り出した。

 拍子抜けするほど綺麗に決まり、相手の身体が痛みによりくの字に曲がる。そこですかさず下がっている顔に掌底をぶち込んだ。

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