46:1日の終わり
凄く柔らかかったです。
「いいなぁ、あれ」
尻尾で追い返されてからの第一声がそれだった。
フサフサしてるわ柔らかいわで、強制退室させられた割には不快感がなかった。
なんならもう一回くらいやって欲しい。いつかあの尻尾を思う存分触りたい。
「そんなこと頼んだら本気で怒られますよ」
そんな妄想をアリシアの言葉が遮った。
「って、声に出てた?」
「いえ、声には出ていませんでしたが、目が口ほどにものを言っていました」
どうやら考えが思いっきり顔に出てたらしい。
「とりあえず御主人様の病室に戻りましょうか」
「うん、そうだね」
追い出された部屋に戻るのも、このまま廊下で突っ立てるのもなんだしね。
トイレを挟んだ向こう側、こうして廊下から見ると狐々乃月の病室とは本当に近かった。
数十歩で移動を終えて扉を開けると、何もない真っ白な部屋が待っていた。
狐々乃月の部屋は白を基調として、構造もおおよそ同じだったけど、私物であろう調度品や小物が配置されており、個性が表されていた。
対してこの部屋には個性がない。ただの無機質で面白みのない部屋だ。
それが空っぽの頭の中を表してるみたいで、少し嫌になった。
「さて御主人様。窓や時計がないので分かりにくいとは思いますが、実はもうそれなりに遅い時間になっています。そろそろお休みになりますか? サッパリされたいのであれば、お湯とタオルをご用意いたしますが」
「あ、いつの間にか夜になってたんだ」
「はい。いつの間に、と問われれば御主人様が気を失っていらした時ですが」
そういえば一度気を失ってたっけ。
未だに気を失った原因が思い出せないんだけど。思い出せないと凄くもったいない気がする。
「今日のところはもう寝ようかな。起きてる時間が短かった割に妙に怠いし」
長い眠りから目を覚まして、さらに気絶して、活動時間はそんなにない筈なのにやたら疲れてる気がする。
「ご主人様はおおよそ1年ぶりにお身体を動かされたのですから、それは疲れるでしょう」
「それもそうか」
そもそも寝たきりから目覚めて早々に歩き回ってたこと事態があり得ないんだから、少しの活動で疲労するのは当然のことか。むしろ元気すぎるくらいだよね。
疲れを自覚すると今度は猛烈な睡魔が襲いかかってきた。
「ふあ~ぁ」
欠伸をしている隙に、アリシアが手早くベッドを整えて掛け布団を捲り、寝転ぶよう促してきた。
早業過ぎる。
「さぁどうぞ御主人様」
「うん、ありがとう」
あんまり仰々しく世話を焼かれても困るのだけど、ここで遠慮すると逆に失礼かと思い、素直にお礼を言ってベッドに入る。
そしてアリシアが隣に寝転んだ。
「おやすみなさいませ、御主人様」
「うん、おやすみ――って、おぉぃ!」
眠いせいで脳の処理が遅れてしまったけれど、 許容しきれない事態に飛び起きてツッコミを入れる。
「ど、どうされたのですか、御主人様?」
「どうされたのも何もないよ! 何してんのさ!」
「いえ、添い寝を」
「そんな当然のことをしたまでです、みたいな顔しないで! こっちが間違ってる気になってくるから!」
そんで、間違いを起こしちゃうから!
「私は体温も高いですし、そこそこ脂肪がついてるので抱き心地もいいはずですので、抱く枕に最適だと思うのですが」
「違うから! 問題にしてるのそこじゃないから! そんなアピールされてもダメだから!」
なおも何故といった表情を続けるアリシア。
今日一日で分かったことだけど、常識を照らし合わせてこの子を説得するのって困難だよね。
「とりあえず、出て! ベッドから出て! お願いします!」
その命令もとい懇願に、不承不承といった感じでベッドから出るアリシア。
「むぅ、残念です」
本当に残念だよ、色々と。
「はいはーい、そこまでよぉ」
いつも急に現れるリリスが今回も前振りなしで登場した。
「なんですか魔女。貴女に用はありません」
「貴女になくてもぉ、私にはあるのよねぇ。と言うかぁ、貴女の同室は認めないからぁ、寝るなら部屋に戻ってねぇ」
そして、むんずとアリシアの後ろ襟を掴み、ズルズルと引き摺っていく。
「ああ! 離しなさい! 私は御主人様とご一緒に一晩明かすんです!」
「そんなの許可するわけないでしょぉ? それに、そんなことしたら襲われるわよぉ」
襲わないよ!
「私は御主人様に襲われるなら本望です!」
「誰が貴女が襲われるって言ったのよぉ。貴女が襲うんでしょう」
その言葉に黙りこくるアリシア。
え、まさか本気で?
「あれでも彼は病人なんだからぁ、医者として許可しませぇん」
その意外としっかりした理由に反論を封じられたアリシアは、大人しく引き摺られていった。
「えーと」
何か色々あってドタバタしてしまったけど。
「おやすみなさい」
深く考えるのは止めて、寝ることにした。




