43:亀と鶴の舌戦
「もぅ会っちゃったのぉ?」
突然投げかけられた声に驚いて振り向くと、遥かなるおっぱいが入り口に出現していた。
「まだ先の予定だったのにぃ」
溜め息と共におっぱいが上下に揺れる。
つられて目線も上下に揺れる。
「リリスか。なにしにきてん」
あ、そうだ。おっぱいじゃなくてリリスだ。
あまりにものインパクトに、思考がそれ一色になっていた。
凄いな、おっぱい。
「何しにってぇ、ご挨拶ねぇ。まだ面会予定になかった貴方達が会っちゃったからぁ、様子を見に来たんでしょぉ」
うっふん、とか語尾に付きそうな喋り方をするリリス。
前から思ってたんだけど、あれわざとなんだろうか、素なんだろうか?
「ほーか、まぁウチらは問題ないし、もう帰ってもろてええで」
しっしと虫を追い払うように狐々乃月が手を振る。
なんだ、アリシアだけじゃなくて狐々乃月もリリスのことが嫌いなのか。
「それを判断するのはぁ、貴女じゃなくて私よぉ?」
「なら、さっさと用事済ませてーや」
ちなみに、アリシアはリリスの姿を認めてからずっと不機嫌オーラ全開で睨みつけている。
リリスのことは口で言うほど嫌ってないのまでは分かったけど、表面上はやっぱり仲良くはなれないんだな。
それでも、ちゃんとリリスのいいところを口に出して認められるアリシアは凄いと思う。
狐々乃月はどうなんだろ?
今のところは嫌っているのが見て取れるけど、やっぱり本当はそんなでもないのだろうか?
本人に直接聞くわけにも行かないから、会話を聞いて見て判断するしかないけど。
「んー」
リリスが探るような視線を向けてくる。
「貴方、何か変わったことなぁい? 気持ちが沈むとか逆に高揚するとか、頭が痛いとかぁ?」
「いや、特にはないけど」
狐々乃月が可愛いので、そういう意味では気分は高揚してるけど。
その後も何点か精神的なことから物理的なことまで、割と医者として常識的な質問を受け、それに答えていく。
「確かにぃ、問題はなさそうねぇ」
「ほらみ、言うたやん」
リリスが問診を終え、その表情が安心したものへと変わった。
こうして変化を間近で見たから分かったけど、この部屋に入ったときは実は心配して表情がやや強張ってたらしい。
それをおくびにも出そうとしないのは医者ゆえか、それとも感情を悟られたくない面倒くさい性格ゆえか。
「気にしすぎやねん。記憶喪失って言うと大げさに聞こえるけど、ただえらい物忘れしただけのことやん」
いや、さすがにそれは暴論過ぎる気がするんだけど。
「さすがにそれは大雑把よぉ。年のせいかしらぁ?」
あれ、いま余計な一言付け足さなかった?
「あぁん?」
案の定というか何というか、狐々乃月が声を荒げた。
「ウチはまだまだ若いんやけどなぁ。見た目も中身もババアの誰かさんに年がどうこう言われたくないなぁ」
「あらぁ、誰の見た目がババアですってぇ?」
ヒートアップしていく両者。
幼女と女医がこめかみに血管を浮かべてにらみ合う様は中々にシュールなんだけど、それは対岸にいたら楽しめるものであって、こんなすぐ傍で繰り広げられたら胃が痛くなるだけだ。
というか、このリリスと誰かが言い合ってるシーン、さっきも見た気がするんだけど。
「御主人様、こちらに」
そしてその誰かが避難を促してくる。
「そこにいたら巻き込まれかねませんので」
自分のことじゃないと冷静だなこの子。
言われるままに部屋の隅により、成り行きを見守る体制に入る。
アリシアはそんなヘタレ御主人様を守るように、自分が盾になるような位置に立つ。
やだ、頼もしいこの背中。
思わずキュンときてしまう。
「なんや、自分の年も忘れたんか? 化粧の仕方より、数をかぞえることを学んだほうがえんちゃうか?」
いや、あんたも300歳くらいとか言ってたじゃん。数えてないじゃん。
「あらぁ、成長が皆無のおこちゃまには色気を出す為の化粧いらないものねぇ? せっかくだし今度教えてあげましょうかぁ? ベビーパウダー持ってきてあげるからぁ」
「なんやてェ」
怒りのオーラを迸らせる狐々乃月。心なしか周りの空気まで歪んでるように見える。
っていうか、本当に歪んでない? あと、この部屋やたら暑くなってない?
そんなことを思っていると、狐々乃月の周囲に火の玉が現れ始めた。




