32:素直になれない素直な子
目を開けると、見覚えのある天井が出迎えてくれた。
「ここは……」
なんとなしに声を発してみると、すぐ横から返事があった。
「ここは御主人様の病室です」
顔を横に向けると天使がいた。
「あれ? 死んだのか? お迎え?」
「何を言ってるんですか? あれで死ぬのはさすがにどうかと思うのですが……」
やや呆れ顔で苦言を呈すのは知ってる顔だった。
「ん、アリシア?」
「はい、そうですよ御主人様。何だと思ったんですか?」
くすくすと困った顔で笑う姿は本当に可愛くて、やっぱり天使じゃないかと思ってしまった。
「いや、あんまり可愛いから天使がお迎えにでも来たのかと思って」
本音がポロリと出てしまった。
「え、そ、そんな……」
ストレートに褒められたのが嬉しかったのか恥ずかしかったのか、アリシアは真っ赤な顔で戸惑っている。
その姿を見ながらボーっとしていると、徐々に意識がクリアになっていく。
って、いまボケっとしてたからってとんでもないこと口走らなかった?
今更ながらに恥ずかしくなってきた!
寝起きの発言だからノーカンよか言いたくなるけど、1度出た言葉は残念ながら取り消せない。
恥ずかしいのは我慢するしかない。
幸い、アリシアは嫌そうではないし。
これであからさまに嫌な顔をされたら傷つく。
「えぇと、なにがあったの?」
照れ隠しに話を変えてみる。
けれど、それが聞きたいのは本当だ。
そもそも何でベッドで寝てたのかを思い出せない。
「覚えてらっしゃらないんですか?」
アリシアの問いに頭を捻ってみるけど、上手く思い出せない。
なにかとんでもないことがあったのは覚えてるんだけど。
「アリシアとリリスが喧嘩して、部屋が大きくなって、アリシアが捕われて、んで大声出したら床と柱が壊れてリリスが飛んでって……そんで何があったんだっけ?」
本当に思い出せない。
すっごいもったいないような気はするんだけど。
というか、リリスはどうなったんだ?
室内を見回してみるけど、リリスの姿はない。
それを見て察したのか、アリシアが説明をしてくれた。
「あの魔女なら無事ですよ。忌まわしいですが、あの女があれくらいでどうにかなるわけもありませんし。いまはピンピンしてます。他に仕事があるとかでここにはいませんが」
そうか、それはよかった。
ホッと胸を撫で下ろす。
いくらなんでもあれで大怪我とかしてたら夢見が悪すぎる。
「それに、今回の何もかもがあの魔女の思惑通りだったみたいですからね。それで怪我なんてしないでしょう。本当に腹の立つ」
「何もかも? どういうこと?」
「私と御主人様が言い争ったのも、魔女と喧嘩をしたのも、全部目論見どおりだったんですよ。あの女はそうじゃないとは言いましたが、よく考えれば不自然なことだらけでした。あの女は人をからかうのは好きですが、あそこまで本気で仲違いさせるような事は嫌いな相手以外にはしません」
へぇ、そうなんだ。
何だかんだで実はアリシアもリリスのことをよく知ってるんだな。
「それに、結果だけ見れば、私と御主人様のわだかまりも軽減されましたし」
確かにそうだ。
アリシアとはちょっと言い争う形になったけど、結果的に不安を言えてスッキリした。
あのまま不安を隠したまま付き合っていても、それは本当に表面をなぞるだけの付き合いで、アリシアを信用しようなんて気持ちは生まれなかっただろう。
さすがに全面的に信用するってまでは行かないけど、それの為の大切な一歩は踏み出せたと思う。
「あの女はいつもそうです。訳知り顔でお節介を焼いて、必要とあらば自分は悪役になるように振舞って。それで何度も損をして。本っ当に気に入らない」
そうやって悪態をつくアリシアを見ると何だか笑いがこみ上げてきて、
「ぷっ、ははは。あはははっ」
我慢が出来ずに吹きだして、そのまま笑ってしまった。
「な、なんですか急に笑い出して!」
「い、いや、なんでもないよ。はははっ」
「もうっ」
アリシアが不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。
でも、それも可愛らしくて、暖かい感情が胸に溢れて、また声を上げて笑ってしまった。




