27:ホンネ
「あらぁ、怖い顔ねぇ。別に何もしてないわよぉ」
表情はアリシアの背中で見えないけど、リリスが茶化すような口調で答えた。
「それだけあからさまに殺気を飛ばしておいて、何もしてないなんて通じるわけないでしょう」
「まぁまぁ、気にしちゃダメよぉ」
「いいから早く答えて下さい。何をしようとしたんですか?」
「んー、どぉしよぉかなぁ」
「いい加減にして下さい。ぶち殺しますよ?」
「仕方ないわねぇ。ちょぉっと教えた上げてただけよぉ」
「教えた?」
「そそ、記憶喪失の話をしたときのアリシアちゃんの反応よぉ」
「なっ、なに勝手に話してるんですか!」
話して欲しくなかったことを話されてしまい、抗議の声が上がる。
しかしリリスは動じることなく、
「話してはいけないとは聞いてなかったので」
と、先程聞いた台詞をそのまま口にした。
「ぐっ」
対するアリシアは自分の言葉をそっくりそのまま返され、ぐぅの音も出な……いや、ぐは出たか。とりあえず、押し黙った。
「まぁそういうことよぉ」
愉しそうに言うアリシアを睨みながら、リリスは血が出そうなぐらいに拳を強く握りしめている。
相当悔しいんだろうな。
「そ、それで」
アリシアは搾り出すように声を出した。
「何処まで話したんですか?」
「それはぁ、貴女のご主人様に聞いてみなさいなぁ」
アリシアの問いに、リリスはこちらを指差して答えた。
「ちなみにぃ、私はもう答えないわよぉ」
ついでに釘も刺した。
アリシアは親の敵でも見るような目でリリスを睨んだ後、振り返った。
その目には複雑な感情が渦巻いているのが見て取れた。
「御主人様、ご質問を宜しいでしょうか?」
けれど声や仕草はとても丁寧で、動揺を感じさせないものだった。
「え、あぁ、うん、どうぞ」
そして情けない口調で許可を出す。
「何処までお聞きになりましたか?」
その質問に、さっきリリスから聞いたことをそのまま伝えると、アリシアの顔がみるみる赤くなっていった。
そしてリリスへと顔を向けると、怒りのこもった声で言った。
「やっぱりぶち殺します」
「やぁねぇ、そんな怒らないでよぉ。でもねぇ、改めて考えてみなさいなぁ。やっぱりその男は姿かたちや声は彼と同じだけどぉ、別物なのよぉ。彼とは違うのぉ」
「しかし」
「いや、リリスの言うとおりだよ」
アリシアの反論を遮る形で、同意する。
「記憶がない以上、君が慕ってくれた男と、ここにいる男は別物だ。君がそこまで親身になってくれる道理はない」
「そんなことは!」
「ないって言うのぉ? それこそないわよぉ。彼に尽くす必要は貴女にはないわぁ」
「そうだよ、だからアリシアも無理はしないでいいんだ。過去の誰かに引きづられて、いまを犠牲にする必要はない」
言い切った。言い切ってしまった。
ここまで言えばアリシアも自分のあり方を考え直すだろう。
そう期待をこめてアリシアを見た。
けれど、そこにあったのは想像していたものとは違う。
ただひたすらに優しげな目だった。
「それは違います御主人様。私はなんと言われようと、御主人様と共にいます」
アリシアはそう言って手を差し出してきた。
しかし、それを握ることなく否定の言葉を続ける。
「なん、で。君が恩を感じているのは過去の人間で、ここにいる男は君に対して何もしてないし、何も覚えてないのに」
それに対してアリシアは子どもの疑問に答える母親のように優しく答えた。
「例えば、御主人様に命の恩人がいたとしましょう」
「え?」
「そして、その恩人がある日突然記憶を失ってしまったとして、じゃあもうどうでもいいと言って、恩を忘れるのですか?」
「いや、さすがにそれは」
ない。
むしろ、それならば、とその恩人の力になろうとするだろう。
そう思ったとき、アリシアの言いたいことが分かった。
「そうです、それと同じですよ。私は御主人様に救われました。それは命の恩人などという言葉では到底表せないほどに大きな救いでした。ならばこそ、私は御主人様のお力になりたいのです。ここで私が御主人様を見捨ててしまえば、私はとんだ恩知らずとして、自分自身を許すことが出来ないでしょう」
そう言われてしまっては言い返す言葉なんて見つけようがなかった。
その真っ直ぐな目を見て、その思いを否定するなんて出来ない。
それは彼女の人格をも否定しかねないから。
「それにですね、私も御主人様と新たな関係を構築していきたいと考えているんですよ」
「新たな関係?」
それは気休め程度の発案だった。
「そうです、過去の御主人様ではない、いまの御主人様と、新たな関係を築いていきたいのです。もうここまできたら言ってしまいますけど、私もともとはこんなキャラじゃないんですよ?」
「へ?」
「もっと根暗で無口な性格だったんです。でも、御主人様と新たに生きようと思って、私も新たなキャラに挑戦してるんですよ」
「ぷっ、なにそれ」
変な告白に思わず笑ってしまう。
「だから、新しい御主人様と、新しい私で、一緒に歩んでいきましょう」
アリシアはそう言って、そっと手を差し伸べてきた。
今度は、その手を迷いながらも握り返すことが出来た。




