26:一方通行
アリシアが1番問題ないから。
ともすれば、アリシアが常識人であるかのような言葉に驚きを隠せない。
「ほ、本当に?」
「本当よぉ」
聞き間違いかと思い確認してみたけど、残念ながらそんなことはなかったらしい。
「もう、御主人様ったらそれはどういう意味ですか」
アリシアが可愛らしく頬を膨らめて抗議してくる。
いや、確かにそう見た目は可愛いのだけど、こればっかりは納得できない。
さっきまでの言動を思い出して欲しい。
「メス豚とお呼び下さい」「貴方の性奴隷です」「這って部屋に入ります」「乱暴してどうぞ」「下着の色」「焦らしプレイもあり」「お仕置きを」「じゅるり」
……うん、変態だ。
というか彼女と出会って、彼女からしたら再会してからまだ10分かそこらしか経ってないはずなのに、これである。
しかも途中リリスと話してたり、お茶を淹れに席を立ったりもしてる。
え、なに? これで1番まともなの?
なんか急に他の人に会いたくなくなってきたな。
「ねぇ、リリス」
「死んだ魚みたいな目ねぇ。どうしたのぉ?」
「正直、他の人と交流できる自信ないんだけど。もうアリシアとリリスだけ会うのじゃダメかな?」
「え、御主人様それって……」
アリシアは何か勘違いしてトリップを始めたけど、それを視界の外に追いやる。
「うぅん、それだと治療に支障きたしちゃうかもよぉ?」
「いや、もう会ったほうが精神に支障きたしそうなんだけど」
マジで。
「あぁ、そういうことねぇ。ちょっと勘違いしてるみたいだから、補足するわねぇ」
「勘違い?」
「そ。アリシアが1番大丈夫っていうのはぁ、別にこの子が1番まともってことじゃないのよぉ。むしろ逆かしらぁ?」
「逆?」
「まともな子っていうのはねぇ、ショックを受けて立ち直るのに時間が掛かるのよねぇ。だから、そういう意味で後回しにしてる子もいるのよぉ。この子は貴方の記憶喪失を聞いても1番ブレなかった子なのよぉ」
光明が指した気がした。
まだ、まだまともな人がいる可能性が!
いや、むしろいまの説明の仕方だと確実にいる!
「神はまだ見捨ててなかったっ」
思わず感極まって神に祈りを捧げてしまった。
「そんな可哀想なこと思ってあげないのぉ」
しかし、リリスがそんな気持ちに水を差すかのように窘めてきた。
そしてアリシアに聞こえないように、耳元に口を近づけて囁いた。
ちょっと耳に息が掛かって、ゾクゾク来たのは内緒だ。
「確かにアリシアちゃんは少し非常識なところはあるけどねぇ、貴方の状態を聞いても貴方への信頼を一切揺らがせなかったのよぉ。記憶がないっていうのはぁ、もうほぼ別人になったと言ってもいいわぁ。けれど、貴方が貴方だからって、記憶があろうがなかろうが、姿形が醜く変貌してようが、それでも貴方を真っ直ぐ見つめたのはあの子だけよぉ」
「それは……」
なんて答えたらいいのか分からなかった。
彼女の気持ちも知らず、なんて酷いことを考えてしまったんだろう。なんて最低な奴なんだろう。そう思った。
それも思った。
そして、そんな強い気持ちを向けられて困るとも思ってしまった。
彼女の気持ちは嬉しい。
それはもちろんだ。
けれど、そんな彼女の気持ちに答えることは出来ない。
だって、そんな気持ちを与えられる理由が自分の中にないから。
記憶がないから。
彼女とそこまでの関係を気づいたのは、別人だ。
自分であって自分でない。
だから――困る。
「悩んでるわねぇ」
俯く先に顔を出し、リリスは意味ありげに微笑む。
「だって、そんな事を言われても……」
「でしょおねぇ。だからアリシアちゃんは貴方にそれを言わなかった。貴方に自分の思いを伝えることで、それが重荷になって欲しくなかったから」
「じゃあ何で伝えたんだよ!」
悲鳴を上げるように声をぶつけた。
けれどリリスはそれがなんでもないように、口元を歪めて笑った。
「んふふ、だってぇ、重荷になればいいと思ったからよぉ」
「なっ」
なんて言ったコイツ!
しかし、声を荒げる前にリリスが機先を制して言った。
「あらぁ、貴方に怒る資格なんてないわよぉ」
そして、さっきまでの性悪な笑みを消し、顔一杯に怒りを湛えて続けた。
「記憶を失ったからって、許されると思わないことね」
「っ!」
心臓を鷲掴みにされかと思うような圧迫感、いや恐怖を感じた。
魔女
その単語が頭を過ぎる。
と同時に、その恐怖は消え去った。
理由は簡単だった。
「魔女、御主人様に何をしているんですか」
アリシアがリリスとの間に立ちはだかったからだ。




