19:微笑み
「んふぅ、落ち着いたかしらぁ」
別の意味で混乱しかけていた脳に、聞き覚えのある声が届いた。
「り、リリス?」
声のしたほう、後ろを振り返ると、バケツを片手に提げたダイナマイトバディな美女が立っていた。
「はぁい、リリスさんですよぉ」
「魔女――っ」
びしょ濡れであっけに取られている横でアリシアが忌々しげに呟いた。
それに対しリリスは呆れたように溜め息をつくと、少し強めの口調で言った。
「アリシアちゃん? 貴女、いま何しようとしたのかしら? それ、院内では使わないようにって言ったわよね?」
「くっ」
「くっ、じゃないわよ。私が嫌いなのは分かるけど、ちゃんとルールは守ってちょうだい」
リリスの叱責に、アリシアは反論もせず俯いたまま拳を握っていた。
そして僅かの間を置いて、
「申し訳、御座いませんでした……」
と搾り出すように頭を下げたのだった。
ちなみに何か意味深な会話をしているのは分かるのだけど、内容の肝心なトコはボカされていてよく分からなかった。
察するに、アリシアが何か禁止されていることをしようとして、それをリリスが止めたってことになるのだろうか?
しかし、病室で患者に冷水をぶっかけるのは禁止されていないんだろうか?
どうせならそれも禁止して欲しいものだけど、それで正気を取り戻した身としては提案出来るはずもなかった。
「さて、もう一度聞くけどぉ、貴方は落ち着いたぁ?」
直前の真面目な雰囲気を一変して、また妙に鼻に掛かった声でリリスが尋ねてきた。
なんでいちいちエロい口調で話すんだ、この人。
「あぁ、はい、落ち着きました」
「そぉお? ならよかったわぁ。とりあえずぅ、女の子に乱暴しちゃダメよぉ」
乱暴というのはさっきアリシアを問い詰めていたことを指しているんだろう。
正直、あれは完全に自分が悪いので、ただ素直に頷くしか出来ない。
「はい、ご迷惑かけたみたいで申し訳ないです」
「んー、反省してくれたのならいいのよぉ。まぁ私も貴方への精神面への配慮が足りなかったかもしれないしねぇ」
「いえ、それでも今のはなかったです。アリシア、ごめんな」
まだアリシアに謝っていなかったことを思い出して頭を下げる。
「い、いえ、そんな頭をお上げ下さい御主人様! 私の事など気になさらないようにして下さい」
「いや、それは無理だよ。気にする。君を気にするのもそうだし、それ以上に自分で気にするから」
その台詞が意外だったのか、アリシアは目を丸くしてから、
「ふふっ」
くすぐったそうに微笑んだ。
その笑顔がやけに心に突き刺さって、思わず見惚れてしまう。




