8:本分
「そうだ、探検に行こう」
「なんや、藪から棒に」
昼食を終え、いつも通り風呂にも入って、その後狐々乃月の部屋で寛いでいる時、ふと思い立った事を口にしてみた。
なお、狐々乃月はいつものようにベッドに座りながら読書――もちろん恋愛小説だ――をしていて、僕はそんな狐々乃月の耳をモフり続けていた。
最初は、と言っても10日位だけど、それくらい前までは僕の前では恋愛小説は極力読まないようにしてたし、読んでも文学色の強いものだったし、耳をモフることも基本的にはやんわり断られてたんだけど、最近はもう慣れたのか諦めたのかはたまた呆れたのか、平気であまあまの恋愛小説を読むようになったし、耳くらいなら触らせてくれるようになった。
相変わらず尻尾は触らせて貰えないけど、それも時間の問題ではないかと踏んでいる。
狐々乃月は幼女の割に――見た目だけだけど――確りとした自意識を持っているし、簡単に意見を左右されたりもしないんだけど、頼み事をとなると途端に弱くなる。
なのでこのまま押し続ければいつかは折れるんじゃないかと思っているのだ。
もしそうなれば、この見るからに柔らかそうでふかふかしている尻尾を思う存分モフることが出来る。
正直、客観的に見たら幼女のお尻――狐々乃月いわく尻尾はお尻の延長のようなもの――をつけ狙い執拗に迫る成人男性、という危ない構図が出来上がっているのだけど、残念ながらこの尻尾を目の前にした僕にそこまでの理性は働いたりはしない。
もししたとしても、中身は300歳超えの大人だし、実際にお尻ではなく尻尾だしということで無理矢理自分を説き伏せてしまうのだが。
まさか狐々乃月も耳を触らせている男がそんなことを考えているとは思うまい。
まぁ思われたらその時点でアウト。
火葬一直線だ。
きっと狐々乃月の火力なら骨も残らない。
ちなみに、ここまでで一切話に出てこないアリシアは用事があるとかでいない。
「探検って、この病院の中を探検するん?」
「うん、そういえば全然この病院の中を知らないなと思ってさ」
目が覚めてから1ヶ月位経つだろうか?
その間ほとんど自室周りから動いていない。
せいぜい迷路と称してリリスに何処かに放り込まれるくらいだ。
前に1度だけ先の方まで行ったことがあるけど、その時はあまりにも何もないため戻ったのだった。
「そーか。まぁ好きにし」
僕の話を聞いた狐々乃月は、それこそとりあえず聞いた、というポーズを取りながら読書に戻った。
「出来れば、狐々乃月も一緒に来てほしんだけど」
「は? なんでウチが」
「さっきも言ったけど、前に散歩した時は何にもなさすぎて引き返しちゃったんだよ。まぁリリスに呼び止められたってのもあるけど」
「リリスに? あぁ、あん時のことか」
「って、何か知ってるの?」
狐々乃月に散歩のことは話した覚えがないんだけど。
「前にリリスが、アンタがエリザに見つかったかもしれんって言うててんけど、多分その時なんやろな思て」
「え、でもその時は誰にも会ってないよ」
「霧化した状態のエリザに見つかった言うてたからな。アンタからは見えてへんかったんやと思うわ」
そう言われてみれば、確かあの時変なモヤみたいなものが見えた気がする。
もしかして――
「もしかせんでもそれやろな」
もしかして――
「そや。その時のが原因で例の襲撃に繋がったんや。まぁ防ぎようのない、いわば事故みたいなもんやったし、しゃーないけどな」
「人の心を先読みして話すのやめてよ」
「なんでやな。手間が省けていいやろ?」
「確かにそうだけど、なんかこう――」
「気味が悪い、か?」
「また……」
もしかして本当に心を読まれてるんじゃ?
「心を読んだりは出来ひんよ。けどまぁ、久しぶりに本分果たせたみたいな気分やな」
「本分?」
「そや。ウチはこう見えても妖怪やねんで。それも最上級の」
「それは知ってるけど」
「妖怪の本分なんやと思ってんねんな」
「妖怪の本分? ――あぁ、もしかして」
「そや。人を驚かすことや。気味悪がってくれたんなら成果としては上々やな」
狐々乃月が人を喰ったような笑顔でそう言った。
そして僕は思ってしまった。
「やられた――」




