6:落し物のお礼の相場
「死ぬ……むしろ死んだ」
昼食前、訓練を終えた僕は微動だにできないほど疲れ果てていた。
イデアの訓練――訓練と称した拷問は苛烈を極め、常人なら死んでもおかしくないほどに厳しい物だった。
というか、何百kgもの重さの鈍器で殴られたら普通に死ぬ。
鬼の身体だからこそ耐えられたんだけど、逆に鬼の身体だからそこまでの無茶をされたんだろうな。
そう考えると今すぐにでもこの特異な身体を投げて捨てたくなってきた。
まぁ、これが無ければ10日前にアリシアを助けることが出来なかったんだけど、でもそもそも鬼じゃなければあんな目にも合わなかったんじゃ――って、これじゃキリがないな。
こういう思考は行き着くところまで行き着けば生まれなければ――ってなってしまうし。
さすがにそこまでネガティブに落ちたくない。
「ダラシナイデスネ。モウ訓練ハ終ワリデスカラ、トットト部屋カラ出テ行ッテ下サイ」
イデアに引きずられるままに訓練部屋から強制退室させられる。
そういえば、怪我とかすぐ治るし体力の上限も大幅に向上してるし、衝撃などへの耐性もかなりのものだけど、疲労が思ったより回復しないな。
倒れこんでから5分位経つけど、まだ動ける気がしない。
それこそ怪我ならば、骨が折れても1分もすれば元通りになってたのに。
もちろん骨はさっきの訓練中に折れた。
しかも何回もポキポキポキポキとスティック菓子感覚で簡単に折られて、骨折ってこんな気軽に負う程度の怪我だっけ? なんて恐ろしい勘違いまでしそうになった。
すぐ治るからって痛いものは痛いんだし、途中から変な風にドーパミン的なものが出て痛覚がかなり鈍ったけど、骨折はそもそも重症と呼ばれる類いの怪我だ。
骨折は重症。骨折は重症。骨折は重症。
認識を改めるために自分に言い聞かせる。
放っておくと洗脳状態になって後々厄介なことになりそうだし。
「イデア、御主人様こちらにいらっしゃいませんか?」
僕が床に倒れ、イデアが冷めた目でそれを見下ろしていると、扉が静かにノックされた。
訪問者はアリシアのようだ。
多分、昼食の時間になったから呼びに来たんだろう。
「ja。此処ニ落チテイマスノデ、自由ニ回収シテイッテ下サイ」
まさかの落とし物扱いである。
「では、失礼しますね」
折り目正しい所作で扉が開かれる。
アリシアは何気にこういう一つ一つの動作はきっちりしている。
品があるって感じではないんだけど、キビキビしていて見ていると気持ちがいい。
「あ、落ちてるって、本当に言葉のままだったんですね」
床にうつ伏せで寝そべったまま動かない僕を見て、アリシアが少し驚いた表情を浮かべた。
そして、そのまま何かを考えこむと、
「落し物を拾ったら、お礼に1割貰えるんでしょうか?」
などと訳の分からない事を言い出した。
「いやいやいや、確かに床に落ちてるような状態だけど、別に紛失物というわけじゃないからね? しかも1割って何をどう貰うつもりなのさ」
考えようによっては――物理的に1割となるとかなり怖いことになってしまう。
「では、1割貰う代わりに私を1割さし上げるというのは……」
「ないよ! 意味もわからないし!」
「御主人様に望んでいただければ私の人生の10割を差し出しますが」
「最初は落とし物の話だったのに、もうかなり話し逸れてるよ!」
いつの間にか奴隷宣言になっている。
ロマンチックに考えればプロポーズなんだけど、アリシアに言われるとそんな甘い風に考えられない。
「ハァ。漫才ナラ退室シテカラニシテ下サイ」
アリシアといつものように――いつものようにと言うのは個人的にはとても不本意なんだけど、いつものように掛け合いをしているとイデアに大きなため息を疲れてしまった。
「あ、はい。ごめんなさい」
さっきまでの地獄の訓練のせいで思わず敬語で謝ってしまった。
アリシアと話している間に体力も歩ける程度には回復していたので、僕はイデアに追い出されるように部屋を出て行った。




