4:氷の微笑
やや不可解な状況の自室を後にして、僕は久しぶりにイデアの部屋へ向かった。
そう、久しぶりに。
実は例の襲撃があった後、今日までずっとイデアは入院生活――そもそもこの施設は病院という体なんだから、全員がずっと入院していると言われればそれまでなんだけど、そこは捻くれずに考えて欲しい。
要は治療のために安静にしていたんだということを言いたいわけだ。
イデアは当初は何でもなさそうに、目立つといえば足にギプスをしていたくらいだったんだけど――いや、足にギプスをしているというだけでも相当に大怪我であるんだけど、それでも涼しい顔をしていたから大したことはないなんて思って、思わされてしまっていた。
でも、アリシアに聞いたところによると、実のところ1番重症だったのはイデアだったらしい。
裂傷や出血のせいで見た目で派手だったのはアリシアだけど、見えない所でいであの怪我はかなり酷いものだった。
全身の筋繊維が断裂し、手足の骨はひびだらけ、毛細血管はことごとく破裂して内出血を起こし、指先は完全に変色してしまっていたとか。
その為、動けるようになるまでずっと寝て過ごしていて、昨日ようやく起き上がれるくらいになり、僕の元へ来て訓練の再開をその口で告げた。
「明日カラ訓練ヲ再開シマス。以前ト同ジ時間ニ私ノ部屋ニ来テ下サイ」
大怪我をしていたとは思えないほど平坦に、むしろ少し怒りをにじませるような口調だった。
怒らせるようなことしたっけ?
あれから昨日まで会ってすらいないんだから、怒らせることなんてしょうがないと思うんだけど。
そんな事を考えながら僕は廊下を歩き、イデアの部屋につくとそっとノックをした。
別にビビってるわけじゃない。
気を遣って丁寧にノックをしただけだ。
少し待つと扉が開かれ、元気そうな顔で――いつも通り無表情で快活さなんて微塵も感じられないんだけど、いつも通りということは元気になったという解釈でいいと思う――僕を迎え入れてくれた。
「来マシタネ。御早御座イマス。入ッテ下サイ」
「うん、おはよう。じゃあ、失礼します」
10日ぶりなので、若干緊張しながら部屋へと入っていく。
当たり前だけど、室内は以前と変わったところはない。
いや、あった。
ベッドの横に点滴用のスタンドが置いてあった。
僕がそれを見ていたことに気がついたイデアが、
「未ダ固形物ヲ食ベラレル程デハ無イノデス」
と説明をしてくれた。
「それってまだ全然治ってないってことなんじゃないの!?」
「nein。身体ガ動ケバ問題有リマセン」
「いやいやいや、問題大有りでしょ!」
それって本当に、体が動く“だけ”なんじゃないのか。
そんな僕の心配をよそに、イデアは冷淡な目でこちらを睨む。
え、怒らせた?
「心配、デスカ?」
「そりゃもちろん心配するよ」
普通すると思うんだけど、その答えがよっぽど気に入らなかったのか、イデアの目が更に冷気を帯びた。
ヤバイ。本気で怒ってるっぽいけど、一体なにをした――
「私ガ怪我デ臥セッテイル時ニ、一度モ見舞ニ来ナカッタ口デヨク言イマスネ。舌ガ二枚付イテタリスルンデスカ?」
「……あ」
してた。
むしろしてなかった。
確かにこの10日間、アリシアのお見舞いには行ったけどイデアのお見舞いは一回も行ってない。
いや、でもあれはだってリリスが何でもないって言うから!
イデアは安静にはさせてるけど、怪我は大したことないから気にしないでねぇ、って。
だから僕だけのせいってわけじゃ――
「其レデ十日間放置デスカ。ハッ」
「はい、ごめんなさい」
その威圧感と嘲笑に思わず反射的に謝ってしまった。
「モウ、ヨイデス。問答ハココマデニシテ訓練ヲ始メマショウ」
すっと笑みを浮かべてイデアは奥の部屋へと歩き出した。
その笑みは普通に口の端を上げただけのものだったんだけど、僕には悪魔が嗤ってるようにしか見えなかった。
あぁ、今日の訓練は地獄を見そうだ。
そんな確信に近い予感が僕の頭を過ぎった。




