1:新しい日常の一幕
「御主人様から離れなさい!」
翻るメイド服に、唸りを上げる箒。
「断る。そもそも何の権利があって君がボクを邪魔するんだい?」
はためくドレスに、飛び交う口撃。
「私はメイドとして御主人様を魔手から守る義務があるんです!」
僕の真上をアリシアが跳んでいく。
「だが他人の恋愛にまで口を出すのは野暮じゃないかな?」
部屋の隅から隅へとエリザが駆けまわる。
「それでも貴女はダメです! この発情鬼が!」
「誰が発情鬼だよ。人を新種の怪物みたいに呼ばないでくれ。吸血鬼っていうのは誇り高い由緒正しい一族なんだよ?」
「貴女なんか常に発情してるんですから、発情鬼で十分です!」
「発情するのは愛する人にだけなんだからビッチ呼ばわりは止めてくれ。それに愛している人に欲情するくらいは普通だろう?」
「それでも貴女は所構わず過ぎるんですよ!」
確かに、エリザは毎夜毎朝欠かさず僕のベッドに侵入してきて、隙あらば既成事実を作ろうとしてくる。
エリザは確かに美人だしスタイルもいいし(胸はないけど)、迫られて嫌な気はしないんだけど、いくらなんでも成り行きで一線を超えてしまうのは避けたい。
過去の僕がどうだったか知らないけど、いまの僕は精神的には間違いなく童貞だ。
手付かずの新品だ。
ただし動作不良のため、返品は効きません。
とりあえず、せっかく(?)の童貞なんだから、 初めては好きな人と、という憧れくらい持ちたい。というか叶えたい。
「いいから大人しくして下さい!」
「嫌だよ。大人しくしたら、その瞬間に殴られるじゃないか」
「だから大人しく殴られて下さい、と言ってるんです!」
「無茶なことを言うなぁ。ボクは他人に殴られて喜ぶ人種じゃないんだよ。あ、でも君になら叩かれるのもいいかもしれないな」
部屋の中を霧化して逃げまわっていたエリザがいきなり僕の目の前に姿を表した。
突然、すぐ目の前に美女が現れたことで、驚きと照れで顔が熱くなる。
「くぉの、離れなさい!」
そして次の瞬間、鼻先スレスレを箒の柄が空気を切り裂きながら振り下ろされた。
「うわぁあ!」
ちょ、怖い怖い!
「あっ、申し訳御座いません御主人様! ほら、貴女が逃げまわるから御主人様にご迷惑がかかってしまったじゃないですか!」
「ボクのせいかい? やれやれ困ったもんだ」
謝罪のため一時的に争いは収まったものの、間を置かずすぐに再発した。
そしてついに痺れを切らしたのか、
「アンタら2人共うるさいわー!!」
黙って椅子に腰掛けていた狐々乃月が爆発した。
この爆発はもちろん怒りを爆発させたという意味ではあるんだけど、狐々乃月の場合は実際にも爆発に近い状態を生み出している。
狐々乃月の身体から放出された焔と熱気が室内をくまなく蹂躙し、暴れまわっていた2人は――僕もとばっちりで強制的に大人しくさせられてしまった。
「いい加減にしーや! ご飯の度に騒がしいして!」
狐々乃月という見た目幼女に、大人と読んでも差し支えないアリシアとエリザが怒られて小さくなっている。
これは見た目には結構シュールで面白い。
どうやら狐々乃月の焔はエリザの霧化に対して絶大な効果があるらしく、下手をすると完全に蒸発され尽くして存在を失ってしまうのだとか。
だからか、マジギレした狐々乃月相手だとエリザも比較的大人しい。
こうしてようやく落ち着いた彼女たちは食卓について、食事を開始する運びとなった。
実はこのやり取りは今回が初めてではなく、エリザがこのフロアに居着くようになって3日間毎日繰り広げられている光景なのだ。
エリザは無害を証明した後、アリシアの回復を待ってこのフロアに引っ越してきた。
それが襲撃から1週間後のことだから、実にあれから10日が経っていた。




