132:血の誓約
黒いパーティドレスを着た金髪碧眼の美女は僕に馬乗りになりながら、まるで獲物を捕食しようとする獣のように舌なめずりをしている。
「やぁ久しぶり。おっと、今の君が相手なら初めまして、かな?」
いただきますじゃないのが不思議なくらいの嗜虐的な笑みでそんな挨拶を言ってきた。
「えっと、君は誰?」
本当はこんな悠長にしている場合じゃないんだけど、気圧されしてしまっているせいかそんな暢気な問いが僕の口から出た。
「うん、ボクの名前はエリザ。エリザベス”ノスフェラトゥ”オルレアンなんて呼ばれたりもするけど、長いし無茶苦茶だし、エリザでいいよ」
「エリザ?」
その名前に聞き覚えがあるような気がする?
どこだっけ?
昨日――
「あ! 確か昨日リリスと戦ったっていう、黒幕!」
え、それってかなりヤバイ奴なんじゃ!
そんな焦る僕をよそに、エリザはきょとんとした顔をして、そうかと思えば急にくつくつと笑い出した。
「黒幕、黒幕ね。くくく、確かに言われてみればそういう言い方もあるかもしれないな。いや、でもちょっと予想外だったよ」
何がそんなに面白かったのか、エリザはなおも笑い続けている。
その様子を僕が警戒しながらも呆れた目で見ていることに気がついた彼女は笑いを噛み殺しながら、ごめんごめんと謝った。
「ちょっとツボに入ってね。いや、済まない。それより、そう君に用事があってここまで来たんだよ」
「用事?」
「そうそう、用事。とっても大事な用事」
用事ってなんだ?
まさか、ネーレイみたいに僕を連れて行こうって言うんじゃないだろうな。
彼女たちをけしかけた張本人らしいし、その可能性はかなり高い。
でも残念ながらそんな提案には乗るつもりはない。
僕はアリシアたちとここにいるって決めたんだ。
「そういえばさっきもボクをアリシアと間違えていたね。もしかして、君と彼女はそういう関係なのかい?」
「え?」
最初は何を言われているかわからなかったけど、その意味を恋人なのかと理解したとき僕の顔はものすごく熱くなった。
「ち、違う! 確かにアリシアは大事だと思うけど、恋人とかそういうのじゃないよ!」
この気持は今のところ恋愛感情ではない。
「そうか、それならよかった」
よかったって、何がだろう?
「それはこういうことさ」
エリザはいたずらっぽく笑うと、ゆっくり顔を近づけてきた。
徐々に徐々に近づいてくる瞳。
彼女の吐息が僕の唇にかかる。
あれ? もしかして、これって――と思った瞬間、ものすごい勢いで扉が開かれた。
勢いが強すぎて扉は見るも無残に壊れていた。
そしてそこに姿を表したのは、
「エリザ! 何をしてるの!」
人を射殺しそうな目付きのリリスだった。
「おや、あとちょっとだったのに。惜しかったね」
エリザは残念そうに呟くと、顔を離した。
「まさか昨日の今日で脱出した上にここに来るとは思っていなかったわ」
「ふむ、君の予想を超えられたのは素直に嬉しいね。と、そんな睨まないでくれ。大丈夫、危害を加えに来たわけじゃないよ」
両手を上げて降参をアピールする。
「じゃあ、何しに来たっていうの?」
「それは……おっと、他の子たちも来たようだね」
リリスの後ろからぞろぞろと狐々乃月やイデアがやってきて、僕の状況を見て驚きに目を丸くした。
さらにちょっと遅れてアリシアも松葉杖を付きながらやってきた。
アリシアは驚くと同時に殺意をバラ撒き始めている。
それに当てられただけで心臓が止まりそうなくらいおっかない。
「これじゃあ、第一希望は叶えられそうにないかな。本当はもっとロマンチックに行きたかったんだが仕方ない」
「何を言っているの?」
「何を言ってるとかどうでもいいです。御主人様の上からすぐにどいてください。じゃないと殺しにくいじゃないですか」
どいたところでアリシアの中では殺るのは決定らしい。
「さっき何しに来たって聞いたね。これがその答えだよ」
エリザは人差し指の腹を吸血鬼らしい尖った犬歯で噛み切ると、その指を僕の口元へ持って行き、
「なにす――はむっ」
銜えさせた。
そして指から流れた血が舌を伝って僕の体内に這入っていく。
「「「あーーーーーー!!!」」」
同時に3つの悲鳴が上がる。
「貴女、何したか分かってるの!?」
リリスが信じられない、と叫んだ。
確かに人に傷を舐めさせるなんておかしな事だけど、そんなに驚くことかな?
「もちろん分かってるさ。誰よりも理解している」
ちゅぽん、と指が引き抜かれる。
傷はもう跡形もなく消えていた。
「え、と、なにがどうなってるの?」
おそらく唯一状況が飲み込めてない僕が誰にでもなく問い尋ねると、エリザが蕩けた笑みで答えてくれた。
「吸血鬼がその血を捧げるっていうのはね、絶対服従を誓うということなのさ」
「え?」
脳が理解を中々出来ないでいる。
油の切れた機械の如き動作で首を回してリリスを見てみると、肯定するように首を縦に動かした。
「というわけで、これでボクの無害が確定したわけだから、ボクも一緒にこのフロアに住まわせてくれ」
それが目的なんだ、とエリザはやり遂げた顔で僕と、リリスに告げた。
「「「「えぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーー!??」」」」
そして今度は4つの悲鳴が重なって院内に鳴り響いた。
こうして、僕の入院生活に新たな人外が1人(人?)加わったのだった。
エリザベスは英語、ノスフェラトゥはルーマニア語、オルレアンはフランス語ですので、実際にこういう名前は有り得ません。
そして、ここまでで第1部が終了となります。
ここまでお付き合いいただき有り難うございます。
もちろんこの物語自体は完結してないので、これからも続きを書きたいと思います。
ただ単に1つの区切りというだけです。
なので、これからもお付き合いいただければ幸いです。




