121:正体、そして決着
僕の決意を聞いて、ネーレイが魂が抜けてしまったような空ろな瞳で固まってしまった。
ただ口だけは小さく動いていて、何かを口の中で言っているのだけは分かった。
なに言ってるんだろう?
ちょっと怖いんだけど。
どうしたらいいものかと思っていると、彼女は急に奇声を上げて笑い出した。
ちょっとじゃなくて、かなり怖い!
「……あぁ、愛しの貴方。記憶を喪ってしまったせいで、魔女どもにいいように操られてしまっているのね。あぁ、本当に可哀想な人。でも安心して。今すぐ私が救ってあげる。もう手遅れかもしれないけど大丈夫よ。死んでしまえばそんな事関係ないもの」
いま何て言った?
ネーレイは折れていない方の手、右手を僕へ向けた。
するとネーレイの周りを漂っていた水が、さっきまでアリシアを襲っていた触手状の形へと変化し僕へと襲い掛かってきた。
さっきは目で追う事も出来なかったレベルの脅威が、完全に僕を狙って伸びてきている。
けど、何故か今度はその動きがハッキリと見えた。
なんなら遅いくらいだ。
僕はとりあえず1番近付いてきていた触手目掛けて、思い切り拳を振った。
「せっ」
すると、水風船を割ったときのような小気味いい破裂音がして、水の触手弾け飛んだ。
ついでに後から迫ってきた2本の触手も殴り飛ばす。
そちらも綺麗に弾けてただの水滴へと帰した。
なんだろう?
もの凄く力が沸いてくるような気がする。
それに目も耳も敏感になっている。
10mくらい先に立っているネーレイの呼吸すら把握できる。
「ご、御主人様、そのお姿は」
「へ?」
後ろを見ると、アリシアが驚いた様子で僕を見ていた。
目が合うと、さらにその顔の驚きの色が強くなった。
「どうしたの?」
「御主人様は何か身体の変化を感じないですか?」
「なんだかやたら絶好調だなって思うけど、それがどうかした?」
「えと、頭に触れてみてください」
「頭に?」
なんのことかな、と頭をペタペタ触ってみると、明らかにおかしなモノがあった。
右前頭部あたりに固い感触。
それは細くて硬い棒のようで、そして先は尖っていて。
「これ、もしかして角?」
ついでに左側にはない……いや、あった。
根元で折れてるみたいで、かなり短い。
「はい、そうです。それこそが御主人様の本来のお姿。金の瞳を持つ鬼で御座います」
「えぇぇぇ!?」
鬼?
鬼って、あの赤いのとか青いのとかの?
そうか、僕は鬼だったのか。
まぁでも、事前に人外も見てたし、自分の正体についてある程度覚悟も出来ていたから然程驚きはない。
人型に近くてよかったー、くらいのものだ。
それに今なら、この力のおかげでアリシアを守れそうだし。
「そっか、鬼か。うん、よしっ」
というわけで、受け入れるとなると簡単だった。
「アリシア、そこで待ってて。すぐにあの子倒すから。そしたら、君が作ってくれた朝御飯食べよう」
出来るだけの笑顔で言うと、アリシアは未だ涙と鼻水で汚れた顔で、
「はいっ」
見惚れるほどに綺麗な笑顔を作った。
「というわけで、悪いけど倒させてもらうよ」
対するネーレイはもう怒りのせいで表情が般若みたいになっていた。
うん、超怖い。
「……殺す。もう殺すしかないわ。ねぇ死んで? 私も死ぬから。そうして、誰の手も届かないところで永遠に一緒になりましょう。もうそれしかないわ。魔女と女狐と掠女に毒された結ばれた人を救うにはそれしかない」
さらに独自の理屈展開。
もうなんて言うか、修飾語がむしろ無駄なくらい恐怖い。
「悪いけど、君とは一緒になれない」
「……死ね」
ネーレイの周りに残っていた数十本の触手が一気に殺到する。
到底2本の腕では捌ききれる数じゃない。
ならどうするか。
「こうする! ――っ!」
アリシアの音波を利用する。
それも2つ同時に。
広範囲の迎撃を予想していなかった、同時攻撃は全て空気振動の壁によって弾き返される。
「……なんてことなの」
「御主人様、その能力も取り戻したのですか!?」
「うん、なんとなく感覚でだけどね。過去に起きたことをもう1度起こす、再現の能力」
聞いてなかった話を聞いたように知り得たり、アリシアが放とうとして出来なかった空気振動の能力を僕が発動させたり、そんな風に実は前にも使っていたんだってのもさっき気付いた。
「これで、もう防御に使える水はないよ」
驚くネーレイの周囲にはもう水はない。
全部攻撃に使った上に、全部弾かれてしまったから。
「……待っ――」
「待たない」
実の所、何気に僕は怒っていた。
大事な人を身体的にも精神的に痛めつけたことについて、僕はかなり怒っていた。
女の人に手を上げてもいいかなってくらいには。
だから躊躇わない。
「せぇぇぇぇい!」
僕の右拳は真っ直ぐネーレイの腹を打ち抜いた。
ネーレイの身体はまるで重さなんてないかのように直線的に飛んで行き、50mくらい先で天井にぶつかって、バウンドしたみたいに跳ねて床へと墜落した。
そして彼女は起き上がってくることはなかった。
2104/5/10 誤字修正




