120:僕
アリシアの服は所々が破れてしまって、普段は隠している所が露わになっていた。
そして、初めて見るアリシアの足は人のそれじゃなかった。
太ももは羽毛で覆われていて、膝から下は細い棒のようだった。
足首から先はY字に分かれていて、その先は鉤爪になっている。
簡単に言うと、鳥の足そのものだった。
さらに視線を上半身へ移すと、腕も肩口から指先までが羽毛が生えていて、ファッションかなにかと思っていた羽根は、本物の羽根だった。
「アリシア、これ……」
答えを求めてアリシアの顔を見ると、その瞳がゆらゆらと揺らいでいた。
その中には、悲しみとか諦めとか動揺とか様々な感情が混じっていて、それを一言で表すならば、絶望という言葉が相応しかった。
「もうし……わけ……ございません……」
騙していて。
語尾は萎んでいってほとんど聞こえなかったけど、確かにそう言った。
「……あら? おかしな様子ね。もしかして、下品女の姿を見たの始めてなのかしら?」
こちらの狼狽が伝わったのか、ネーレイと呼ばれていた女性が不思議そうにそう言った。
アリシアは黙っていたし、こちらとしてもどう声を出せばいいのか分からなくて黙りこくってしまった。
それを肯定と受け止めたんだろう、ネーレイは可笑しそうに笑った。
「……あぁ、何も知らされていなかったのね。可哀想な迷い人。その女は半鳥半人である鳥人族の1人なのよ」
半獣半人といえば狐々乃月もそれに該当する。
ただ狐々乃月は獣の部分は耳と尻尾だけで、他はただの幼女だ。
つまり造形がほとんど人間と変わらない。
けれどアリシアは、どちらかと言うと鳥の部分が大きく、人の部分は見えてる範囲内なら顔とお腹くらいだった。
「ねぇアリシア、彼女の言ってることは本当? 君は半鳥半人なの?」
その問いに、アリシアは目線を逸らして申し訳なさそうに答えた。
「はい。間違いありません。私の身体はほとんどが怪物そのものなのです」
涙は零れていなかった。
けれど、彼女の声は掠れ震えていた。
「……そんな醜い姿を隠しておきながら、どの顔下げて憐れな人に接していたのかしら。ああ、汚らわしい」
「――っ」
ネーレイの言葉に、アリシアの身体がビクリと反応した。
顔に浮かぶ不安の色がますます濃くなっていく。
中でも1番よく見て取れた感情は、申し訳ない、だった。
その顔を見て、何故か心が締め付けられるように痛んだ。
これはなんだろう?
「……過去も教えてもらえず」
過去が分からない不安?
「……こんな病院という名の監獄に閉じ込められて」
閉じ込められている不満?
「……真実も教えてもらえず」
真実を隠されていた事への怒り?
「……あぁ、なんという理不尽!」
この状況への憤り?
「……さぁ、こんなところにはもう用はないわ。共に行きましょう。私が全て教えてあげる。私が外へ連れて行ってあげる」
何も教えず何も語らず何もさせてくれないアリシア達に反して、ネーレイは全てを与えてくれるという。
知りたかった過去も、外の世界も、きっとたまに感じるこの身体の不思議も教えてくれるだろう。
選択の余地なんてない。
誰がどう考えてもネーレイと共に行くほうがいい。
「おかしいな……」
なのに、どうしてだろう。
この心臓は、この胸を強く叩く鼓動はそんな事では収まってくれそうにない。
「御主人様……」
ふとアリシアと目が合う。
その顔は今にも泣き出してしまいそうだった。
同時に、彼女の笑顔が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
ふとした時に見せる、心から嬉しそうな笑顔。
それに何度もやられ、そしてその度に安らかな気持ちになった。
「あぁ、そっか」
分かった。分かってしまった。
簡単なことだった。
この心が叫んでいる。
「僕は――」
「僕は、君のそんな悲しそうな顔は見たくない」
「え?」
鳥の身体がなんだろう?
それを隠していたからってなんなんだ?
そんなものはアリシアの優しさの前では何の意味も持たない。
アリシアは不思議そうな顔で僕を見上げている。
僕はその瞳をしっかりと見詰め返し、
「君は言ったでしょ? 新しい僕と新しい君で一緒に歩んでいこうって。遅くなったけど、約束するよ、僕は君と前へ進むって」
アリシアは少しポカンとした顔をしたと思ったら、みるみる表情を変えていって、ついには泣き出してしまった。
「ご、ごじゅじんさばぁー」
あっという間にその綺麗な顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってしまった。
「あぁ、泣かないで。僕は君を泣かせたくないんだ」
「ぢがうんでず、うれじいんでずぅ」
アリシアは泣き止む様子を見せず、延々と泣き続けている。
けど、そこにはさっきまであった哀しそうな雰囲気は欠片もなかった。
「……どういうつもり?」
そんな空気を壊すように、ネーレイが地の底から響いてくるような声で問いかけてきた。
僕はアリシアをそっと床に下ろすと、彼女を庇うように立つ。
「うん、聞いていたとおりだよ。僕は君とはいけない。アリシアと、あとリリスや狐々乃月やイデアと一緒にいるよ」
「……なんで? 過去のこと、知りたくないの?」
「そうだね、確かに知りたい。けど、僕は彼女達との未来を犠牲にしてまで過去を求めたいとはもう思ってないんだ。彼女達は確かに僕には過去についてなにも教えてくれない。でも、そんな彼女達が未来への歩き方を教えてくれる時、そこには確かな優しさがあるんだ。僕はそれを信じる」
そう、僕はここにいたってようやく決めたんだ。
僕の歩く方向は、前なんだって。
ようやく主人公の1人称が出せました。
ここまで120話、1人称なしで書くのが大変でしたが、これからはその苦労ともおさらばです!




