118:吸血鬼の弱点 その1
「おっと」
不意を付いたものの、エリザは素早く霧化してその突進をかわした。
そして数m離れたところで実体化する。
「それが、君の言うもう1つかい?」
「貴女の足止めはここで終わり。さっさと倒して、彼らの救援に向かわせてもらうわ」
「ふぅん」
私の台詞にエリザは面白くなさそうに相槌を打つと、
「ボクは甘く見られているのかな? まさかそんなお人形さん1つで形勢を逆転できると思われるなんて」
イデアを睨みつけた。
「それはやってみないと分からないでしょう? イデア、レベル8までの解除を許可するわ。エリザを足止めしなさい」
「ja。限界解除。レベル8」
これは簡単に言うと、イデアの身体能力を限界を超えて上げるものだ。
人間と同じで、普段の彼女は身体に負担が掛からない程度の身体能力しか発揮していない。
そのリミッターを強制的に解除して肉体を酷使するため、レベルに応じて使用後は筋繊維から骨から内臓までが破壊される。
「なるほど、おもしろい芸を使うね。でも、無駄だよ」
エリザはその仕組みをすぐに看破してようだが、特に驚いたりはしていなかった。
所詮、大したことはないと高を括っているのだろう。
「ハァッ!」
イデアが10mはあった間合いを一歩で縮め、拳を繰り出した。
「はぁ」
それをエリザは霧化して回避する。
そして離れたところで再び実体化する。
それをイデアは追いかけ、攻撃をする。
またエリザが霧化して逃げる。
それがただただ繰り返された。
先程、狐ちゃんとヴォルフの相性が悪いという話が出たけれど、相性で言うなら私とイデアはエリザに対して相性が抜群に悪い。
私とイデアはほとんど物理的な攻撃方法しかもたないのだけれど、エリザは霧化をすれば物理攻撃は完全に無効化できるからだ。
そんなことを考えているうちに、勝負は決まろうとしていた。
時間が経てば経つほど自滅に向かうイデアと、ただ霧化して逃げればいいエリザでは勝敗は始まる前から明らかだった。
何十回か繰り返したその時、ついにイデアに限界がきた。
足が移動の負荷に耐えられず、折れてしまったのだ。
踏ん張りが利かないせいで、突進のいきおいを殺せず転がって倒れた。
けれどなおも、私の命令を実行すべく立ち上がろうとしている。
「だから言っただろう? 無駄だって」
エリザはもはや憐れみの視線をイデアに向けている。
「お人形さんとは言え、ボクの望まない形でボロボロになっていくのを見るのは忍びない。そろそろ諦めたらどうだい?」
「そうね、そうするわ。イデア、もういいわ。制御かけなさい」
「ja」
足が折れてなお動こうとしていたイデアも、私の命令で制御状態へと移行し大人しくなった。
「本当に時間を稼ぐだけになったけど、よかったのかい? これも何か企みの内だったのかな?」
まるで意味のなかった攻防を終えてエリザが不審げに私を見た。
「あら、なにか企んでいることはバレていたのね」
「そりゃ君が意味のないことをするとは思えないからね」
「それなのに大人しく付き合ったの?」
「うん、悔しいけどそのお人形さんの動きは思った以上でね。よける以外に余力を避けなかったのさ」
「そ。それはなにより」
「で、何を企んでいたのかな?」
「それは、こういうことよ」
私の合図でエリザを囲むように壁がせり上がり、彼女をすっかりと閉じ込めてしまった。
それは少し前にもやった石の棺と同じものだ。
ただ時間をかけて用意していた分、最初からかなり分厚目だけど。
「またこれかい? これにいったいどんな……」
「今度はちょぉっと違うわよぉ」
2回目の私の合図で棺内に変化が起こる。
「……? っ! これは――」
私の真意に気付いたエリザが焦りの声を上げる。
「ほら、言うでしょ? 吸血鬼は海を渡れない」
「水を引いてきたのか。しかも生理食塩水とはね」
石棺の中は生理食塩水で満たされていた。
「ご名答。ちょぉっと生成に時間かかっちゃったけどねぇ。でもこれで、霧化できないでしょう? そんなことしたら水と混ざって、形を保てなくなるものねぇ」
水の中で霧化をすると、自分自身とただの水の境界が曖昧になってしまう。
純粋や泥水ならまだしも、体液によく似た水だとなお怪しくなる。
動作の鈍くなる水中に加え、分厚い石壁。
霧化できないとなると、脱出は困難になる。
それでもエリザならその内出て来るだろうけど、時間はかかる。
「というわけで、勝利条件達成よぉ」
私はなんとかエリザを振り切り、アリシアの救援へと向かうことが可能になった。
屋内の気圧を下げて霧化したエリザを凍らせる方法と迷いましたが、吸血鬼の迷信を用いたかったので今回の方法を取りました。
ちょっと強引かもですが。




