114:攻勢
「……その顔、その声、その手、その足、その髪、その瞳。あぁ、ついに会えた。私の愛しい愛しい太陽」
ネーレイが感動に打ち震えながら、止め処なく涙を流している。
目を見開いて滂沱の涙を流す様は少し、いや結構怖い。
「……けれど、その表情。やっぱりあの売女の言うとおり記憶を喪っているのね」
「エリザ? いまエリザって言った?」
まさかあの女が絡んでいるっていうの?
それだと厄介どころじゃ済まないわね。
「……愚鈍女には関係ないわ。ねぇ、可哀想な人? 私と一緒に来て。そうすれば、過去のこと全部教えてあげるから。何も教えない自己満足等とは違って、知りたいことは全部教えてあげるから」
なんてことを!
「えっ?」
御主人様はネーレイの魅力的な提案に反応してしまう。
でもそれは仕方がないこと。
御主人様は自分の過去を気にしておられた。
それを教えられる立場にいながら私たちは何も教えて差し上げなかった。
もちろん相応の理由はあるけれど、そんなことはその理由すら教えてもらえてない御主人様には関係ない。
下手をすれば……いいえ、きっと御主人様はその提案に乗ってしまう。
けれど、それは避けたい。
「……なにをしているの? 邪魔よ、どいて」
私は分かりやすく、2人の間に入って、御主人様を行かせないという意思を示した。
「アリシア……」
後ろから御主人様の不安げな声が聞こえてくる。
「申し訳御座いません、御主人様。けど、どうか私たちを信じてください」
何も教えないまま、なんて都合のいいことを私は言っているのだろう。
そして、御主人様は何も仰らず黙ったままだった。
「……聞いているの? いいわ。どかないなら無理にでもどいてもらう」
私がどかないことに耐えかねたのか、ネーレイが再び水の触手を動かし始めた。
「させない! ――っ!」
触手は展開されたけど、後手に回らないように先制攻撃を放つ。
そしてそれは簡単に水壁にブロックされる。
もちろん織り込みずみだ。
「――っ! ――っ! ――っ!」
防御に回ったら確実に削り倒される。
それを防ぐにはネーレイが能力を十分に発揮する前に、押して押して倒すしかない。
3発目の音波を発したと同時に壁伝いに駆けて距離を詰める。
守勢に回っていたせいで私への対応が遅れ、触手は統制の取れていない動きで私を捉えようとする。
連携してならともかく、バラバラに襲い掛かってくる触手をかわすのは容易だ。
そして彼我の間合いは1m程度にまで迫っていた。
「……もう鬱陶しいわね!」
距離を詰められたネーレイが悔しげに顔をしかめた。
ぼやいたところでもう遅い。
私はこの間合いを捨てずに何とかネーレイを倒しきる。
「はぁぁぁぁぁあ!」
触手に捉えられないよう、天井も含めてネーレイの周囲を縦横無尽に飛び回る。
そして死角に入ると同時に蹴りを放つ。
「……舐めないでよね」
だが、水の壁に阻まれて蹴りは届かなかった。
所詮は水だから完全に止められはしないんだけど、動きが鈍ったところを捉えられたら、今度は私が全方位からの触手攻めにあってしまう。
……なんだろう、真剣に考えているはずなのに、なんかエロい。
とりあえず、水に足を取られる前に後退して、もう1度高速で動き回ってネーレイを翻弄する。
襲い掛かる触手を掻い潜り、時には音波で迎撃し、何度も同じ事を続けた。
次第に蹴り足を止める位置がネーレイに近付いていく。
そして8度目を数えた時、私は攻撃が届くという確信を持ってその蹴りを放った。
このタイミングなら水壁はもう間に合わない。
私の脚とネーレイの間には何もなかった。
「もらった!」
アリシアの「――っ!」はルビを振ってありますが、実際は可聴領域の声ではありませんし、そう言ってるわけでもありません。ただのアリシアのイメージです。




