111:ヘドニズム
アリシアが何かを見つけ、狐々乃月がヴォルフと対峙した少し前、リリスは黒いパーティドレスを着た1人の女性と対面していた。
黄金糸の髪を肩口で揃えた碧い眼の中性的な魅力を持った女性だった。
「どうやって、とは聞かないけどぉ、何しにきたわけ、エリザ?」
本来はあってはならないはずの訪問者に対し、リリスは余裕の笑みを浮かべたまま尋ねた。
「そうだね、ちょっと聞きたいことがあってね」
エリザと呼ばれたの女性の声は変声期前の少年のようなボーイソプラノをしていた。
「なにかしらぁ?」
なおリリスの声は女性の中ではやや低めだ。
「うん、彼のことなんだけど。どうして目覚めたことをボクに教えてくれないのかな?」
「んー、教えるも何もぉ、まだ目覚めてないものぉ。彼の意識はまだ回復してないわぁ」
もちろんご存知の通り嘘である。
しかしリリスは、エリザに彼が目を覚ましたことをいまここで伝えるのは危険だと考えていた。
教えるのならもっと後だ。
じゃないと、計画に支障が出る。
「へぇ、彼はまだ寝てるって言うんだね?」
エリザは気怠けな瞳を細めて、改めてリリスに問い尋ねた。
「そう言ってるでしょぉ。聞きたいことはそれだけかしらぁ? それなら自分の部屋に戻りなさいなぁ。私も暇じゃないから、いつまでも相手はしてあげられないわよぉ」
「そうか。忙しいところ悪かったね。じゃあ最後に彼の姿だけでも見せてくれないか? そうしたら大人しく帰るよ」
「貴女を、彼に? 嫌よぉ」
「なんでだい? お見舞いくらいいいじゃないか」
「だってぇ、貴女を寝たきりの彼に会わせたらぁ、血を吸いかねないものぉ」
「何を言うんだ。ボクだって病人から血を吸うほど非常識じゃないさ」
エリザの主張を、リリスは一笑に付した。
「吸血鬼の快楽主義を体現したような貴女がそれを言うのかしらぁ? もし貴女が常識で縛られるのなら、あの村は今も地図上に存在してるはずよぉ」
「ふむ、それは痛いところを突かれてしまったな。いや、確かにボクは常識よりも享楽を取る性格だ」
「でしょぉ? だから、だーめ」
「しかし、もう1年は彼の姿を見てないんだ。愛おしい男性の姿を一目見るくらいは許されないだろうか?」
なおも食いつくエリザに、リリスは僅かな疑問を持った。
エリザは享楽に身を沈めきった吸血鬼だ。
吸血鬼は嫌なことや辛いこと、面倒だと思うことは極力しないということに繋がる。
実際、彼女はそういった苦労を忌避する傾向にある。
それらを厭わないときは、苦労以上の快楽がその先に待っている時だけだ。
エリザのような個人主義者にとって、他人を説得するというのは難事である。
そして、彼に一目会いたいだけの理由でエリザが努力をするというのが、リリスにはたまらなく不自然に思えた。
せめて彼の血を思うがまま吸う。それくらいの報酬はないと駄目だろう。
「ダメよぉ。医者として彼には貴女は会わせられないわぁ。まぁ貴女だけじゃなくて、必要最低限の人数しか会わせられないけどねぇ」
エリザの真意を読み取ることは出来なかったため、リリスは無難に彼に会わせない方向で対応する事に決めた。
それは最善で無難な判断だった。
現状ではという但し書きが付くが。
そしてリリスはすぐに現状が変化したことを感知した。
(厄介なのが真っ直ぐこっちに向かってきてる。早く止めないと)
エリザを警戒しているリリスは焦りを表情に出すほど迂闊なことはしなかった。
焦っているのを知られたら面倒なことになりそうだったからだ。
しかしいつまでも悠長にしているわけにはいかない。
彼に会ってはならない者達が2名こちらに向かってきているのだから。
「さぁて、じゃあ私は仕事があるからそろそろ行くわねぇ。貴女も早めに帰ってねぇ」
そう言って話題を終わらせ、不自然ではないように退室しようとする。
「あらぁ? 扉そこにあるからどいてくれないかしらぁ?」
だがエリザは立ち塞がるように扉の前へと身体を動かした。
その行動でリリスは疑念を持つ。
そして、その疑念の答えはすぐにエリザから語られた。
「悪いけど、それは出来ないな。ボクは彼らがこっちに来るまで君を足止めしないといけないんだから」




