110:平穏の終わり、凶事の始まり
リリスに相談してから数日が経った。
いまも悩みは解消されてないけど、それでもまだ気持ちには随分と余裕が出来た気がする。
今日はまたちょっと早く目が覚めたから、軽く院内をぶらついている。
こういったことは今まで何度かあり、そういう時は朝食の時間になるとアリシアが呼びにきてくれていた。
その日も同じようにアリシアが迎えに来てくれた。
「御主人様、朝食の準備が出来ましたよ」
「うん、分かった。じゃあ、戻ろうか」
「はい」
2人並んで部屋へと歩き出す。
いや、並んでではなくアリシアは1歩引いた位置で、後から着いてくる。
何度か横に並ぶよう言ったのだけど、主従関係がどうたらと言われて拒否されてしまう。
こっちもどうしてもってわけじゃないから、強くは言えないでいる。
けど、逆に強く言った方がいいんだろうか。
でもそうするとこっちまで主従関係を認めたみたいになるから嫌なんだよなぁ。
そんな事を考えていたからか、アリシアに言われるまでそれに気付かなかった。
「御主人様、お止まり下さい」
「え?」
顔を上げると、いつの間にかアリシアが進路を塞ぐように前に立っていた。
「どうしたの、アリシア?」
「はい、少しやっかいなことになりそうです」
アリシアは前を睨んだまま答えた。
その視線はしっかりと固定されている。
何を見ているんだろう?
そう思って、肩越しにアリシアの視線の先を辿ってみた。
そして、その先に見えたのは――。
* * * * * * * * * *
同時刻――狐々乃月
「お腹空いた……」
きゅるるるーと狐々乃月のお腹から可愛らしい音が鳴る。
いま彼女がいるのは彼の部屋で、目の前にはアリシアが作った朝食が並んでいる。
いつも通り和食の献立だ。
「アリシアとアイツまだかな」
項垂れたままのだらしない格好で狐々乃月が呻いた。
2人が来ないとご飯が食べれない。
いや、食べれないことはないのだけれど、せっかくだから一緒に食べようと思って待っているのだ。
「うー、遅いなー」
実際にはアリシアが出て行ってからはそんなに時間は経っていない。
しかし何かを我慢しているときはやけに時間が長く感じられるものだ。
狐々乃月もそれは頭では分かっている。
だが、そんな理屈は空腹の彼女には何の慰めにもならない。
「むぅ、漬物かじるくらいはいいかな」
あんまりよくないのだけど、空腹に耐えかねた狐々乃月は行儀悪く漬物を摘んではポリポリと咀嚼していた。
これで幾分かは空腹が誤魔化せる。あとは2人が来るのを待つだけだ。なに、もうすぐ戻ってくる。
そう思いながら扉をジッと見詰める。
すると願いが通じたのか、扉が開かれた。
2人が帰ってきたのだろう。
「おー、おかえ……」
しかし綻びかけた顔は一瞬で警戒の色に染まる。
「よぉ、邪魔するぜぇ」
入ってきたのは待ち人ではなかった。
身の丈2mはありそうな大男だった。
「あぁ? んだよ、お前だけかよ」
部屋を見回した大男は肩を落として落胆を露わにする。
「なんでここにいんのや」
その大男に狐々乃月は椅子から立ち上がり、身構えた。
そして呼んだ。
「何しにきたんや、ヴォルフ」
その名前を。
ヴォルフの名前は79話に1回だけ出てきてます




