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魔法使いと影  作者: ただと
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魔法使いは誰にも知られてはならない

 ある日の何気ない会話がフラグだったのかもしれない。

「……ねえ」

「ん? なんですか?」

 ごく普通の高校に通い、ごく普通の生活をしている少年と、その隣を歩くごく普通の少女。

 彼らは別に恋人同士とかそういうわけではなく、たまたま一年間一緒のクラスになって仲がそれなりによくなり、それなりに会話し、たまたま家が近く、一緒に帰っているだけに過ぎない。少年は小さいころからの疑問を口にした。

「魔法少女はいるのになんで魔法少年はいないんだろう」

 制服の上にコートを着て、首にマフラーを巻いた少女は首をかしげて答える。

「随分唐突な質問ですね……でも答えるのは難しくありません。それは、需要が無いからです」

 すると同じく制服の上にコートを着て、首にはネックウォーマーをしている少年が不思議そうな顔をする。

「需要が無い?」

「ええ。もし魔法少年がいたとして、あなたは助けられたいと思いますか?」

「いや、別に。そもそも魔法なんて実在しないし。それに魔法少女にも言えることだけど、何から助けてもらえるのかが分からないし」

 彼の言っていることはもっともである。魔法少女が実在したところで、いったい何から助けてくれるのか。まさかいつでも困っているときには助けてくれる、便利屋のような存在ではあるまい。

「じゃあなんで質問したんですか……でも、勝手に決めつけるのはよくないと思います。もしかしたらいるかもしれないじゃないですか、魔法少女」

「なら魔法少年がいてもおかしくないのでは?」

「おかしいですよ。ほら、魔女はいるけれど魔男なんていないでしょう?」

「でも魔王はいるよね。男率も結構高いし」

「魔王は悪魔とか魔物とかの王様のことをさします。魔男とは違うでしょう。魔法少女、略して魔女なのです!!」

「そうなの?」

 何やら意地になっている様子の少女。

 少年は、やはり納得がいかなかった。



 さて。

 実際のところ、魔法少女は実在するわけで――



 その翌日、朝のことである。

「ああもう!! たったの一晩でうじゃうじゃ湧いて出てきて……学校に遅刻しちゃうじゃないですか!!」

 少女は空を飛んでいた。箒にまたがり、その手には魔法のステッキ。ふりふりの衣装を身に纏って、いかにも「魔法少女」だった。彼女が呪文を唱えるとステッキから炎の弾が生成される。

「死にさらせぇぇええ!!」

 およそ少女らしからぬ暴言を少しイラつきながら吐き捨て、ステッキを振り下ろし炎の弾を投下する。それはあっという間に地上まで落下し、街をはびこる真っ黒な人型の陰のようなもの数体に直撃。そこを中心に爆発が起き、さらに周囲の影も巻き込む。

「まったく、皆さん本当に疲れているんですね……。かくいう私も疲れているのですけれど」

 それでもまだ影はいくらでも残っていて、少女は「はぁ……」とため息をついた。

 この影のようなものの正体は、人間が知らぬ間に発している負のエネルギーであった。人は皆、毎日のようにストレスを受けている(もちろん例外はいるが)。それを紛らわすために怒り、苦痛、妬み、恨み、悲しみといった負の感情が目に見えない力となって本能的に常に外へと放出されているのだ。

 一人一人のものであれば特に害はないのだが、厄介なことに負のエネルギーはお互いが引かれあう性質を持っている。そして集まっていくうちに人型に形をとり、人間にとりついて自殺を促したり凶悪犯罪者に仕立て上げたりすることもある。

 そうした影から人々を守るために、ご都合主義の結界を張って気づかれないようにお掃除するのが魔法少女の仕事である。

「ああもう、めんどうです! 一気に大掃除しますよ!!」

 少女は高度を上げるとステッキを振りかざし、先ほどの二倍はあろう長い呪文をスラスラ唱えた。同時にステッキの上に炎とも光ともいえない不思議なエネルギーが集まっていく。

「食らいなさい!!」

 ステッキを振り下ろすと、直径二メートルまで成長したエネルギーの塊がはじけた。

 先ほどの炎の弾と同じぐらいの大きさに分裂した無数の光が町に降り注ぎ、次々に影を爆散させてゆく。どうやら追尾機能がついているようで、外れた数はほぼ0だった。

「これであらかた片付きましたかね? ようやくお仕事終了です……」

 少女はもう一度息を吐くと、建物へと降り立った。

「たまにはいいですよね……」

 そこは学校敷地内。普段は立ち入りが禁止されている校舎の屋上だった。遅刻しそうだったので直接学校にまで箒に乗ってきてしまったわけだが、魔法少女は魔法を私用に使うことを禁止されている。しかし彼女の言い分からすれば「お掃除が終わって地上に降りたらたまたまそこが学校だった」となる。

 違反はしていません、と少女は自分に言い聞かせる。

 もちろんこの手の規則はあってないようなもので、バレなきゃ問題ない。他の魔法少女などは課題が終わらないから時間を止めたり、運動会で恥をかきたくないから肉体強化をしたりといったことにバンバン使っていたりする。その点、少女は律儀なのだった。

「ズルをしたので時間が余っちゃいましたね……少し休憩しましょう」

 ひとり呟いて、立ち入り禁止のはずの屋上に設置されているベンチに腰を掛ける。腕時計に目をやると八時十五分。教室まで走れば2分もあればたどり着くので、始業の三十分に間に合うためには二十五分にはここを離れなければならない。それでも十分の休憩時間を少女は得たのだった。

 魔法を使ってしばらくは疲労が取れない。百メートル走を走った後のように体力を消耗する。だからこそ少女はここでしばらく風に当たって休もう、変身解除は……めんどうくさいですしそのままでいいですよね、と自分に言い訳をした。

 それが、災いした。

 さすがに結界は解除しておいた方がいいと思った少女はステッキを持った腕を振り、

「結界、解除――」

 直後。

「ぐえぇ!!??」

「――へっ??」

 誰かをお尻の下敷きにした。

 ――結界は効果範囲内に別次元をつくり、そこに影を引きずりこむという効果をもつ。そうしなければいくら魔法少女でも影を黙視することができないのだ。そして必然的にそこの結界からは人間が排除される。いや、正確にはそこにいるのだが次元が違うため見えないし干渉できない、存在しない。

 だからこそ、結界を解除する際は解除したその場所に人がいないことが前提なのだ。もしそこにいる人間と同じ場所に重なってしまった場合、二人ともどうなるのかわかったものではない。少女もまさか立ち入り禁止の学校の屋上に人がいるとは思わなかった。しかし実際にはいたのだ。

 昨日、「魔法少年がなぜいないのか」と質問をしてきたあの少年が。

 それなりに仲が良くて、少女にとって実は初めてだった友達が。

 本来ならば、ヤバい。

 しかし幸運なことに、さすがはご都合主義の結界である。なんと結界が解除されて二人は同じ座標にいたのにもかかわらず、Z指定されかねない映像が出来上がることはなく、何ともギャグ漫画的展開になった。

 結論から言えば、はたから見れば少女は少年の鳩尾あたりに突然現れ、そのまま座りつぶしたと表現できなくもない。もちろんそれで十分に少年は焦った。

「ぐうぅ?? なんで急に人が……というかここ立ち入り禁止なのに――」

 少年も、まさかここに人が現れるなど思ってもいなかったわけである。いったい誰だ、と思って顔を覗く。

「――ってなんで君が。いくら寝ていたとはいえ、急にお腹に座って起こす、だなんておちゃめなことをする人だったっけ?」

 少年の彼女に対するイメージとは、普段はおとなしくてたまに暴走することはあるけれど、見た目はかわいくて成績優秀な普通の女子高校生といったところか。少なくともテンション高くて友達を起こすために「おはようー!!」などといいながらダイビングしたりする子ではないと思っていた。

「へ? いや、その……ですね? 別に悪気があったというわけじゃないのですよ」

 少女はとっさに頭の中で言い訳を作りまくった。

 あまりにも気持ちよさそうな寝顔だったのでちょっとちょっかいを出したくなってしまいましたー! テヘペロ♪ ――キャラではない。

 あんたがこのまま寝ちゃったら授業に遅れちゃうでしょ!! べ、別に他意はないんだからね!?――キャラではない。

 ち、違うの!! あんまりにもかわいい寝顔だったからつい……ご、ごめんね? 迷惑だった、かな……? ――キャラではない!

 あら? あなたはこういう起こされ方が好きなM男じゃありませんでしたかね? ほら、もっと声を出してあえいでみなさい――これだっ!!

「あら? あなたはこういう起こされ方が好きなM男じゃありませんでしたかね? ほら、もっと声を出してあえいでみなさい!!」

「……はい?」

 やってしまったー!!!! と、激しく少女は後悔した。

「ち、違うんです! いつもの私と口調が似ていたからこれが私の正しい反応かと誤解しちゃって!? 別に私、Sとかじゃないですし! ムチとかロウソクとかチョウチョみたいなマスクとか持ってないですから! 信じてください!!」

 あまりにもテンパりすぎて、頭がぐるぐる目がぐるぐる。

「――というか、その格好、なに?」

「へっ――あ、あぁぁぁああああ!!!???」

 そこに追い打ちをかけるように致命的なミス。そう、たしか少女はめんどうくさがって変身の解除をしていなかった――!

「これも違うんです!! そう、今日はたまたまコスプレしたい気分だなーとか思っちゃって、でも学校って制服指定ですし、だったら皆さんにはばれないように屋上から校舎に侵入すればおっけーみたいな!!??」

 もはや言っていることが支離滅裂、意味不明になってしまっているのだった。赤の他人がみたら完全に痛い子である。

 このモードになってしまった少女を止めるにはまず落ち着かせるしかない、と約一年の付き合いで知っている少年は、なんとかこの状況を打破する方法を考える。

「う、うん。とにかくどいてくれないかな。あんまり僕の上で暴れられるとその、おも――じゃない、痛いんだけど……」

「えっ……ああっ!! すいません、すぐにどきます!!」

 この状況でもなんとか紳士的にふるまえた少年は心の中でひそかに自画自賛するのだった。これ以上めんどうなことになられてはたまったものではない。寝転がっている状態から起き上がって、質問を投げかける。

「よい……しょっと。まず状況を整理しようか。君はどうやってここに来たの? 屋上は立ち入り禁止で、鍵もかかっているはずなんだけど」

 ひとまず自分のことは棚に上げる少年である。普段の冷静な少女であれば気づかれたかもしれないが、これだけ取り乱している今なら大丈夫だろうという判断である。

「えっと……ですね、そ、そう!! 箒に乗って空からきたんですよ!」

「…………」

「あぁっ、なんですかその生暖かい目は!? ほんとなんですよ! ――って違います! 嘘ですほんとじゃないです!!」

 話している最中に墓穴を掘ったことに気が付いた少女は、完全に手遅れなところで軌道修正を行った。だが幸いにも少年は魔法だのなんだのを信じていないため、少女の言葉を真に受ける。

「だよね。じゃあ、どうやってきたの?」

「……………ロッククライミング?」

「僕に聞かないでよ。それにこの学校の壁はそんなに凸凹じゃないしできないと思うな」

「死ぬ気で頑張ればできました」

「そこは突っ張るんだ!?」

 無理があるのは少女も承知の上だった。ただでさえテンパって冷静な判断ができなくなっている今、とにかくどんな理由でもいいから自分の正体を隠してこの場から去ることができればそれでいいのだ。

 と、ここで都合よく。

 キーンコーンカーンコーン……

「あ! 大変です、始業のチャイムですよ! 急いで教室に戻りましょうそうしましょう!!」

「え、ちょ……屋上の扉の鍵、持ってるの?」

 少年を無理やり引っ張ってクラスに向かおうとする少女。扉の前に着くと、少女は何のためらいもなく魔法を使って外から鍵を開けた。この場を切り抜けるには手段を選んでいられない。屋上の扉は少々特殊で、内側からも外側からも鍵を使わなければ開かないようになっていてしかも自動ロックシステム搭載というハイスペックのはずなのだが、魔法の前では無意味であった。

「なんだ、どうやったかは知らないけど扉からちゃんと入ってきたのか」

 そう解釈してもらえるのならば好都合である。少年はまさか鍵を開けた方法が魔法だとは思いもしないだろう。なんせ、信じていないのだから。

 わずか一分足らずでクラスにたどり着き、二人して後ろのドアからクラスに入る。

「すいません、遅れました」

「えーっと、遅れました?」

 なぜか少年の歯切れは悪い。

「なんだ、優等生が二人とも遅刻とは珍しい。まあこの程度ならおまけしといて……やるから――」

 先生が、手に持っていたチョークを床に落とす。ついでにクラス全員が二人のうち片方……少女の方を見て、唖然とする。ざわざわ……とあちこちで話し声が上がる中、少女はその原因がなんであるかわかっていない。

「あ、あれ? なんですか、この空気……」

「あー、その、なんだ。よくわからんが……悩みがあるなら先生、相談に乗るぞ」

「は、はい?」

「いや、だからさ……今の自分の格好、わかってる?」

 少年にそう言われて、少女は自分の体を見下ろす。そこにはふりふりの、ふりふりの衣装。派手な色使いで、改造制服とか、そういう言い訳は……まあ、不可能な姿格好。おまけに右手にはマジカルステッキである。

 そういえば、少年から指摘されてからもテンパりすぎて変身を解除していなかったような……。

「ヒェッ――」

 状況を理解すると同時に、口から思わず変な声が漏れる。直後、少女は首から上を真っ赤にして。


「いやァァァァァああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 クラス中……いや、校舎全体に、少女の絶叫が駆け抜けた。



 結局あの後使った言い訳は、学校に来る最中制服が汚れてしまい、保健室でなにか代わりの服をもらおうとしたところこの衣装しかなく、泣く泣くクラスに入ってきた……というもの。

 たまたま今日の授業には体育が無く体操服を持ち合わせていなくて、この学校の保険の先生はたまたまそういう趣味の持ち主であったため、苦しくはあるもののなんとかごまかし切れたのは本当に運が良かったとしか言えない。もちろん理由の一端には日ごろの行いが良かったという部分もあったのだが。

 ちなみに少女の服装は二時間目から体操服になっている。あの後一時間目だけは公開処刑と言っても過言ではない服装でうけたのち、やはりそれはどうなのかということで体操服を借りたのだ。

 ……が、借りた相手というのは実はあの少年である。少女には友達が少年しかおらず、たまたま唯一の友達である彼が持ち合わせていた――なぜ持ち合わせていたのかは不明――体操服に着替えた次第だ。……実はちょっとだけ少年の香りがして午前の授業中ずっとドキドキしっぱなしだったため、勉強が身に入らなかったりしている。

 また、人の噂というのはおそろしいもので、四時間程度で学校中に今朝の事件は伝わっていた。話題性が抜群だったので当然と言えば当然だが、少年は友達として、少女を誰も来なくて落ち着いてご飯を食べられる場所――屋上にさそったのだった。

 ベンチに隣同士で座り、少年は購買のパンをかじり、少女は自作のお弁当を口に運ぶ。

「できればもっと早く教えていただきたかったです……」

「ごめん、ごめん……でも引っ張られながら何回か聞いていたんだよ? その服装で大丈夫なのかって」

「そ、そうでしたっけ……?」

 少年が忠告していたというのは本当だった。ただ、あの時の少女にその忠告は入ってくる余裕が無かったわけで。

「まあ気にしない方がいいよ。人のうわさも七十五日って言うし、きっとみんなすぐに忘れるさ」

「二か月以上は忘れられないってことですよ、それ!! それにあんなにインパクトのある登校を忘れてくれる方なんているのでしょうか……」

「……だ、大丈夫だよ。たぶん」

 そうは言うものの、少なくとも少年の脳裏には焼き付いていて、少女スタイリッシュ登校事件はあと十年は忘れることのない出来事になっていたのだが。

「たぶんってなんですか、たぶんって!」

 卵焼きを口に運ぶ少女はもはや半泣き状態であった。この事件は少女にとって永遠に封印したい黒歴史の一つになっているのだから仕方あるまい。

 と、ふと気になって少女は少年に尋ねる。

「……そういえば、なぜあなたは屋上の扉の鍵を持っているのですか? 生徒は立ち入り禁止なのでしょう?」

「それは君にも言えることなんだけどね……まあ朝は僕が質問したし、こっちも答えてあげないと不公平か」

 少年は、遠くを見つめて口を開いた。

「……そもそも、なんでこの屋上は立ち入り禁止になっていると思う?」

「立ち入り禁止になっている理由、ですか? そうですね……普通に考えれば危ないからだと思うのですが」

「そうだね。でも、その危ない場所になんでベンチがあるんだろう」

「それは……昔は屋上も自由に使えたのかもしれません」

 その時少女は心のどこかですぐに悟った。女の勘が働いたのかもしれない。あえて触れないようにした。それは屋上が使えなくなったもう一つの可能性。そう、最悪の場合――

「うん、確かにそうだね。それであっている。でもそれだけじゃない。実際に起きたんだよ、事件が。かなり最近にね」

 そう。学校の屋上、立ち入り禁止、事件。このワードから連想できるものは。


「三年前、ここで自殺があったんだよ」


 少年は、とくにためらいもせずそう語った。どこか遠いところを見て、昔を思い出すかのように……。

「原因は不明だった。遺書らしきものも見つからなかったし、いじめを受けていたわけでもない。あまりにも不可解な事件だよ」

 原因が全くの不明であったため警察も動こうに動けず、結局ほとんどその事件が明るみに出ることは無かったが。

「そう……なんですか」

 想像はしていたけれど、いざ口に出して言われると心に来るものがある。少女はうつむいて、それでも質問を止めない。ここまで聞いてしまった以上、この事件は少年に関係があることのはずだ。ここでここから先は聞きたくないと言っては、無責任すぎる気がする。

 それに、こんな話をしてくれたのは初めてなのだ。つまりそれほどに少女は少年との間柄を縮めているということでもあった。

「それが屋上の鍵を持っている理由と関係あるのですか?」

「……あるさ。ここで自殺したのは、僕の兄さんだから」

「っ……!」

 少年は何でもないように、

「三年前でも屋上は昼休みにしか開いていなかったらしいんだけどね。死亡推定時刻は夕方だったから、たぶんどうにかして教員室から屋上の鍵をくすねて勝手に入ったんだと思う。屋上の鍵は死んだ兄さんの財布の中に入っていたよ」

 だから少年は鍵を持っていた。ポケットから銀色のところどころ錆びている鍵を取出して見つめる。

「だから遺品としてたまたま残っていたこの鍵を持っているってわけ。僕はたまにここにきて、なんで兄さんが自殺しようと思ったのか……それを考えているんだよ。まあ半分は自分のプライベート空間として使っているけどね」

 そうやって笑う少年の顔は、どこか悲しげだった。

 なぜ兄が死んだのか。その理由は、魔法少女である少女にはたやすく想像できた。

(おそらく『影』にとりつかれたのでしょうね……。聞いた話だとお兄さんには自殺の動機が見当たりませんし。人を操るレベルのものとなると……今はもう、かなり成長しているかもしれません)

 影は集まって人の形をとり、放っておけばどんどん強くなっていく。いずれは結界に引きずり込むことができなくなるまで強く成長する場合があるのだ。それでも人間にも魔法少女にも黙視できないというのだからたちが悪い。おそらく少年の兄にとりついたであろう影は今も町のどこかにいる可能性が高いだろう。

 少女は少年の言葉を重く受け止めた。兄を失った原因である影を、なんとしてでも倒さねばならないと思う。自己満足だが、自分の友達を今も苦しめているものから少しでも解き放ってあげたい。友達を、少しでも助けたい。

「あなたのお兄さんがなんで自殺なんてしてしまったのか、私にはわかりません」

「警察にもわからなかったんだから、君が知っていたらびっくりするよ」

 本当は知っているがそれは口に出さない。それでも、少女は言い切った。

「でも、これだけは言えます。決してお兄さんは、自分から命を絶とうとなんて考えてはいなかったはずです」

「……そう、かな。だったら、なんで兄さんは死んだんだい……?」

「それは、えーっと……きっと、悪霊とかがとりついたんですよ! それで体を操られて、無理やり自殺させられた……とか」

 そこから先は言うことを考えていなかったためしどろもどろになる。結局は少年が信じていないオカルトで説明してしまうのだった。

「ぷ……くくくっ……」

「なっ、なんで笑うんですか! ここ笑うところじゃないでしょう!?」

 少年は、ほんの少しだけ救われた気がした。確かに自殺の理由がわからない以上、それはもしかしたら悪霊などのオカルトの仕業かもしれない。それならば、あの不可解な事件にも強引ではあるが説明がつけられるのだから。理由が何もわからないよりはよっぽどマシである。

「あぁ……いや、うん。ありがとう。少しは気持ちが楽になったよ」

「? そ、そうなんですか?」

「うん。というか、食事中にするような話じゃなかったね。ごめん」

「いいえ、さらにあなたのことがわかって、私はよかったと思います」

「そう言ってもらえるとうれしいよ」

 話をいったん切り、食事を再開する二人。ほんの少しだけ少年との距離が縮まったのではないか、と少女は思うのだった。



 雑魚の影を掃除するのは簡単だ。広範囲に結界を張り、影を結界内に無理やり引きずり込めばいいわけである。あとは結界を維持したまま行き場を失った影を倒していくだけとなる。

 が、少年の兄にとりついて自殺にまで追い込んだ影となると、そうはいかない。

 結界程度では引きずり込めない強さに成長してしまっているため攻撃的で強く、さらには人間らしい自我を持っているのだ。自我は負のエネルギーで形成されているためとても凶暴になりやすく、危険な存在だ。

 それこそ魔法少女が本領を発揮して倒さねばならない相手なのだが、

「あ~もう、はぁ、見つかりません! はぁ、はぁ……」

 少女はなかなか見つけられずにいた。

 放課後、早速やる気になった少女は影を探すために変身し、魔法で気配を消して上空を飛んでいた。

 影を倒す際は、家屋を破壊したりしないように基本的には結界内に閉じ込めなければならない。しかし広範囲に結界を張ってしまえばその力も薄まってしまい、強い影が閉じ込められないのだ。ならばどうすればいいのかと言えば、範囲を狭めて強力な結界を張るしかない。

 それはつまり、影を探す効率が悪くなるということも示しているわけだ。

「こうなったらかなり強力な結界を頑張って張りますかね……いやでもそれをしたら、影と戦う体力が心配ですし……」

 そもそも、少女は魔法少女になってから日が浅かった。

 世界の真実を知ったのも最近だし、魔法を使いだしたのも最近。やはり魔力の使い方などに慣れていないため、なかなかうまくいかないのが現状だった。

 それでも。

「とにかく、三年間も放置されている影がいるというのは大変です……はやくなんとかしないと。……彼のためにも」

 めげずに頑張る少女だった。



 一方その頃、少年はというと家に帰る途中で足止めを食らっていた。

「俺は貴様に、魔法使いになってもらいたいのだ」

「ど、どうしたものかな……」

 少年の前には筋肉隆々の……女(?)が堂々立っていた。声は腹に響くほど低く、そこには果てしなく威厳があって――しかしその手には体が大きいせいでずいぶんと小さく見えるステッキ。

 頭に円形のつばがあるとんがり帽子をかぶって、ロングコートのような布を羽織った女(?)はかろうじて魔法使いに見えなくもない。おおよそ魔法よりも自らの肉体を信じていそうな雰囲気ではあるが。

 それはともかく、少年は女に魔法使い……つまり魔法少年にならないかと迫られていた。

「貴様には才能がある。わかるのだ、私には。もしかしたら私以上の魔法使いになれるかもしれんのだぞ?」

「と言われましても……魔法なんて信じていませんし……」

 女の迫力に少し後ずさりながらもやわらかく断ろうとする少年。しかし。

「そうか……ならば貴様には死んでもらう」

「ええっ!? なんでいきなりそうなるんですか!!」

「魔法の存在は誰にも知られてはならん。貴様は今知ってしまったのだからな、消すしかない」

「いやいやいやいや、おかしいでしょう!? 一方的に告げられて、しかも信じてすらいないのに消されるんですか!?」

 あまりにも理不尽な状況に、少年は混乱する。ちなみにこの待遇、少女が魔法少女になった時よりも断然不幸である。

 ――まさか……本当に魔法ってあるのか? だとしても、なんで僕が魔法使いに? そもそも魔法使いって何をするの? 職業の一つ??

 いくら考えても答えが出てこない少年だが、

「では、刹那に貴様を今ここで消す。安心しろ、魔法で存在自体無かったことにしておいてやる。誰も悲しむことはない」

「なります!! 魔法使いになりますから!! それはできればストップの方向で!!」

 もはや選択肢は『はい』か『YES』の一つしかないのだった。


 晴れてここに、世界初の『魔法少年』が誕生することとなる。




「み、……見つけました!!」

 少女はついに上空から影を発見。それは三年以上放置され大きく成長したため、体長は三メートルにもおよぶ。結界内に引きずり込まれた影は、やはり自我を持っていた。

「ンだぁ?? どこだよ、ここは……誰もいないじゃねえか」

 後頭部をガリガリかきながら、真っ黒な人型の影は首をかしげる。そこに少女の声が響いた。

「先手必勝、です!!」

 呪文の詠唱はほんの一瞬で、一度もかまない。少女は努力家なので、家でも詠唱の練習を幾度もしていたのだ。……家族に少しだけ、ほんの少しだけ心配されていたのはまた別の話。

 なんにせよ、少女の使える魔法の中では一番使いやすく、それなりの破壊力を持つ炎弾がステッキから発射された。しっかりと狙いを定めて撃った魔法は、

「グッ……なんだ? 今のは……お前か!」

「ッ! 無傷、ですか……!」

 影の背中、人間で言うならば肩甲骨に当たる部分に直撃したが、体制がわずかに揺れるだけでちっとも動じてはいなかった。影は上空の少女を見つめ、叫ぶ。

「邪魔しやがってぇ……覚悟できてんだろうなあ!?」

 少女の攻撃は、結果的に怒りをあおっただけという形になってしまう。影は黒々とした細い腕を振り上げる。瞬間、腕は形を見る見るうちに変え、巨大なアックスのようになった。金属光沢はないものの刃がすべてを吸い込むような黒色で、それがむしろ破壊力を伝えてくるようだ。

「デェラァ!!」

 掛け声とともに振り下ろされたアックスは、空を飛ぶ少女に届くはずはない。しかし影は人間と違って関節や筋肉があるわけではないのだ。振り下ろすと同時、その腕は一気に伸び、刃の部分が少女を襲う。

「くっ……!」

 とっさに防御の魔法を展開して直撃を回避はしたものの、あまりの威力に少女は箒から叩き落とされてしまう。

「はぁ、はぁ、……うぐっ!?」

 何とか着地はしたものの、少女の足に痛みが走った。どうやらくじいてしまったらしい。

 普段ならば回復魔法で即座に治療するところなのだが、今はそれもかなわない。結界魔法の発動を繰り返してきたため、体力が限界に達しているのだ。これ以上魔法を使用すると一歩も動けなくなってしまうかもしれない。

 術者を失った箒もしばらくして落ちてきたが、少女の着地した位置から数メートルは離れている。すぐに空へ逃げることはできないだろう。

 これを好機と見た影は、のっそりと足の痛みにうずくまる少女へと近づいていく。

「どうやらお疲れのようだなァ? 今楽に……してやるよ!!」

(まずっ――!?)

 本来魔法を使う際は、体力の消耗をあらかじめ考慮しておく必要があった。しかし少女は魔法少女になりたてであったため、分配ができていなかったのだ。散々結界を張っては解除を繰り返していた少女の体には、十キロマラソンを終えた後ぐらいの疲労がたまっていた。

 もはや防御の魔方陣も展開できない。魔法装束には多少の防御力はあるものの、所詮は服なので気休めにもならない。影の振り回す巨大アックスを一撃でもくらえば、見るも無残な光景が広がってしまう。

 影に躊躇の色はない。影の自我は『自由』にやりたい放題をすることで埋め尽くされている。もともと負の感情から成り立っている影にとっての『自由』とは殺人、放火、自殺を促すといった凶悪的なもの。さらには少女一人を殺したところで、複数の人間の負を抱え込んだ影は満足しない。

「じゃあな。あの世への直通列車に乗せてやるよ!!」

 そんなセリフを吐きながら、影の腕は振り下ろされる。

(だめです……避ける体力が残っていません……もう……)

 少女には荷が重すぎた。まだ初心者もいいところの魔法少女に、ベテランでも苦戦すると言われる三年成長し続けた影を倒せる道理はなかったのだ。

 少女が死を覚悟した――その時だった。


 ドッ、ゴバァァァァァァァッ!!!!


「ガ……アァァアア!!??」

 影は叫ぶ。

「え……?」

 少女は目を見開く。

 何が起きたのかわからなかった。事実だけを述べるのならば。

 影の体は、少女の結界効果範囲を飛び出すほどの勢いで吹き飛ばされていた。

 いつの間にか、少女の前には人影があった。しかし、黒ではない。むしろ真逆だ。

 その姿は白いロングコート。風にたなびきゆらゆらと揺れており、長袖なのだろうが何度か折って七分丈程度に調節されていた。手には指ぬきグローブをつけており、そして頭には特徴的なこれまた白色の、円形のつばがついたとんがり帽子。

 少女はさらに驚いた。その後姿には見覚えがある。

「あなたは……! その姿、どうしたんですか!?」

 そう。そもそも少女がこの影を倒そうと決意するきっかけとなった少年。

 高校に入ってから、人生で初めてできた『友達』。

 いつの間にか一緒にいることが当たり前になっていた男の子。

「いや……なんか無理やり魔法少女……じゃないな、魔法少年にさせられちゃってさ」



 つい先ほど、魔法少女(笑)から強引に魔法少年にさせられた少年は顔に苦笑いを浮かべて、

「よくわかんないけど、あの真っ黒いやつを助ければいいんだよね?」

「えっ? 『助ける』って……?」

 少女が疑問を投げかけるが、少年は答えずに影が吹き飛んだ方を見据える。その直後。

「き、貴様アアァァァ!! よくも俺を殴り飛ばしてくれたな……許さん!!」

 影は砂埃を吹き飛ばす勢いで少年にとびかかっていた。その手には先ほどまでのアックスではなく、細長い真剣のようなものが握られている。これもまた影の負のエネルギーによって作られたのか色は漆黒。アックスよりもさらに鋭利で、もはや黒光りしているところを見ると切れ味は抜群だろう。

「おっと」

 しかし少年は、いともたやすくバシンッ! と真剣白刃取り。さらに、

「トルネードキック!!」

 いわゆるただの回転蹴りを軽く飛んで影の横腹にぶち込む。それだけでぐんっ!! と影の巨体は揺れ、次の瞬間には電柱に激突していた。さらにピキピキと何かが割れる音。電柱の根本が今の衝撃で砕けたのだ。そのまま影はコンクリートの円柱の下敷きとなる。

「グオオアァ……」

 影が苦しむうめき声が響くが、少年は冷たい声でつぶやいた。

「いい気味だ。人を悪に陥れて楽しかったかい。自分が苦しいのを、誰かに押し付けるのは爽快だったかい。今味わっている苦しみは、君が誰かに与えてきたものと同じだ」

 そう、影はいつも苦しんでいるのだ。負のエネルギーから生まれたがために、心は常に荒んでいる。その苦しみを紛らわすために影はそれを誰かに押し付ける。そういう『生き物』だと言っても過言ではないだろう。

 影は電柱を押しのけて無理やり這い出てくる。それを見て少年は、

「君だって痛いのはつらいし苦しい。だから今そこから出たんだろう? 君には痛みが、苦しみがどんなものかわかっているんだ。……なのに君は自分の中の苦しみを自分でどうにかしようとせず、人間になすりつけてごまかす」

 ――そういう生き物だからっていう甘い考えはゆるさない。

 そういう生き物であるからこそ、抗えばいいじゃないか。

 自分の中の荒んだ心を、どうやって晴らすか。その方法を、影は知らないだけなんだ。

 それを教えれば、影は暴れたり人間に危害を加えたりせず平穏に消えてくれるかもしれない――。

 少年にとって影とは、苦しんでいる人間と同等の扱いである。ある程度の説明を魔法少女(?)から受けたときに直感的にそう思ったのだ。しかし。

「ハッ……ちがうね」

 少年のその考えこそ、甘い。影は立ち上がりあざ笑う。

「そうとも、確かに俺たちはいつも苦しんでる。だがな、それを不快に思ったことなんて一度もねえぜ」

「……なんだって?」

「ようするに、だ」

 影は顔があれば、満面の笑みを浮かべていたことだろう。

「苦しいのが、心地いいんだ!! それを人間にも味わってもらいたいからこそ、自殺させる、殺人させる!! その邪魔をするんだったら因子を排除する!!」

 根本的な部分が、ずれている。

 人間の負への認識と影の負への認識は違うのだ。

 影は人の負の感情から生まれるがゆえに絶対的な悪。

 少女はその会話を聞いていて、心が痛んだ。なぜなら、まさに今の少年のようなことを自分も少し前にしたことがあったからだ。しかし、通じなかった。無理なのだ。影と分かり合うことなど。だからこそ少女は吹っ切れて、影は手当たり次第に倒すと決めたのだ。

「だからお前たちにも、殴って斬って痛みを与えてやる!! どうだ、これほど優しい生き物がどこにいる!?」

 影の理論としては、苦しみを受ければ心地いいのだから、人間も味わえばいいじゃないかとのこと。

 そうか。つまり影というのは。

 なるほど、と少年は手をポンと叩いて理解した。


「ああ、つまり君たちは超はた迷惑なドMなのか」


 少女の発想の斜め上、百八十度逆であったが。

「その発想はありませんでした!!??」

「いや、認識としては正しいでしょ。ようするに痛みを与えれば喜んで、しかも消えてくれる。なんだ、簡単なことだったんじゃないか」

「いやいやいや……あれ? 先ほどまでずいぶんとシリアスな話をされていたような??」

「全部僕の勘違いだったみたいだね。いやー参った。というわけでここからは――」

 少年は構える。影を倒すために。

「正義の魔法少年が、問答無用で影を倒す!!」



「……そうだ。それでいい」

 影と少年のやり取りを見ていた者がいた。

 筋肉隆々の魔法少女(仮)だ。

「これで『魔法少女』という固定概念は薄れる……といいなぁ……ぐすん」

 どういうわけか少し涙目である。

 彼女(?)はつぶやいた後、魔法で自らの影に溶け込み姿を消した。



 とにかく、痛み苦しみ負のエネルギーだのと言った面倒な話は全て終わった。

 ようするに人間に害をなすだけの影は、さっさと倒してしまうに限るということである。

 ならば容赦はいらない。ここからは全力で、何の躊躇もなく影を倒せばいいのだ!!

「先手必勝!!」

 少年は影に向かって走りだす。ふとその姿を見て、少女は疑問を感じた。

 何かが足りない。魔法使いが普通は使っている、何かが……。そしてハッとする。

「あ、あれ!? あなた、ステッキはどうしたんですか!?」

「いらない!!」

 それは魔法少女……じゃない、魔法少年としては問題発言だ。魔法を使う者が魔法のステッキを持たないとはどういう了見か。そうでなくても何かしらの武器を持ってしかるべきなのに、素手で戦うなど魔法使いとしては前代未聞である。……いや、素手ではない。確か少年は、手にグローブをしていなかったか。

 少年は走りながら右腕を腰に溜める。これでは何をするかがバレバレだ。

「正面からくるとはな!! 返り討ちにしてくれ――」

 なのに、影の言葉はそこまでしか紡げない。今までいたはずの場所に少年がいなかったからだ。姿を消す魔法を使ったと考えられないこともないが、そう言った類の魔法を使うには呪文とステッキが必須である。ならばなぜ消えたのか。

 答えは単純明快であった。

「正義の鉄拳ッ!!」

 ようするにボディーブローが影に炸裂した。

「な、がっハァッ……!!??」

 影は動揺を隠せない。殴り飛ばされ宙に浮いても、状況を理解できないでいた。

 少年はいつの間にか影の懐に潜り込んでいたのだ。

 それはつまり、消えたと表現できるほどの速さ。認識不能に陥るほどのスピードで動いただけのこと。そうすれば視界からは姿が無くなってしまうだろう。

 だが、それを可能にするほどの魔法など存在しない。存在したとしても、相当の体力消耗があるはずなのだが……少年の顔に疲労の色はない。ならばいったい何をしたというのか――

「――まさか、肉体強化!?」

 少女は気づいた。肉体強化ならば確かステッキを使わなくても発動できたはずだ。

 しかし少年は首を横に振る。

「四分の一は正解。確かに肉体強化は使っているけど、それだけじゃあないよ」

 足を曲げて、コンクリートを粉砕するほどの脚力で跳躍する。そのまま空中で一回転、気合を込めたかかと落としを繰り出した。ただでさえ落下していた体にさらに上からとてつもない衝撃を加えられた影は道路に激突。まさに、圧倒的な強さだった。

「殴ったり蹴ったりしたら反作用で痛いからさ。……僕のマジックアイテムはこのグローブとブーツなんだよね」

 着地した少年は疲れをまったく見せない。

 言われてみれば少年はブーツを履いていた。帽子、コート、グローブ、ブーツのすべてが白で染まっている少年は、影とは対極の存在に感じる。

「才能あるって言われたんだけど、呪文の暗証とか苦手だったし。だったら発動条件が簡単でなおかつ扱いやすい魔法を使いたいなって思って魔法少年になったら、こうなったんだよね。このグローブとブーツは手足の力……まあほぼ全身の力を強化、さらに反作用を無効化する能力があるらしくて、さっきはじめて使ってみたんだけどかなり使い勝手はいいよ」

 初めてというところ、やはり才能はあるのだろう。しかしこれは魔法というよりも……

「それ、魔法じゃなくてほぼ物理じゃないですか!?」

 もはや反作用とか言っている時点で魔法っぽさは皆無である。

「いやいや、魔法(物理)だよ?」

「もはや認めています!!」

 少年は小さく、「あんな筋肉のある人に魔法少年にされたら、こうなりそうではあったんだけどね……」とつぶやいた。

 だがそれはそれだ。たとえ魔法であろうと物理であろうと、影を倒せる力であればそれでいい。少年は足に力をこめ、再び突撃を開始。もちろん標的は影である。

「ア、ハ……心地よい、心地よいぞ!! この快感、貴様にも味あわせてやろう!!」

「お断りします!!」

 さすがはドM、ダメージは溜まっているはずなのになぜか気持ちよさそうである。

 少年は影が起き上がる前に追い打ちをかけようとしたが、それよりも影が速かった。

 空中でもう突進をやめることのできない少年に対し、影は体制を整えて迎え撃つ。今度は突然の加速にも反応できるように。そもそも影は複数の人間のエネルギーが固まったものなので、その気になれば超速など見破れるのだ。

 ――その、はずなのに。それはできない。

 やはり空中にいたはずの少年は忽然と姿を消し、影は目を疑う。

「なっ……どこ――」

 次の瞬間、影は爆散した。



「いやー、何とかなるもんだね。魔法使いってなんか楽しいな」

 一仕事を終えた少年は右手首を軽く振ってから伸びをする。

「……、」

 少女はことの一部始終を見ていて、まったく何が起きているのか理解できなかった。

 少年はどうして魔法少年になったんだろう。

 彼はどうしてあれほどまでに強いのだろう。

 いくつか疑問が頭の中を徘徊するが、いくら考えても答えは出ない。そもそも、魔法使いというのは魔法少女しかいないものだと考えていた少女には一番の疑問がこれだ。

「えっと……どうやって、魔法使いになったのですか?」

「いや、まあ無理やりさせられたんだけど……あの人が言うには『才能があれば男であろうと魔法を使うことは可能だ。今までに例が無かっただけでな。……私は女だぞ?』ってことらしいけど」

 あの人、というのは少年を魔法使いにした人物のことだろう。

 ようするに需要が無いとかそういう話ではなかった。

 才能があれば魔法使いにはなれて、たまたま才能があるのが女性ばかりだったというだけのこと。少年が特別であっただとか、そういうわけではないのだ。

「なんともまあおかしな話ですね……」

「僕もそう思ったよ。……ところで、怪我とかしてないの?」

「あ、はい。大丈夫で――は、なさそうですね」

 少女は立ち上がろうとしたところで、足に痛みを覚えた。そういえば影との戦闘で箒から叩き落とされ、足をくじいていた。治癒魔法を使おうとしたが……いかんせん、まだ体力は回復していないので使えない。

「うーん、僕も魔法使いになったとはいえ、治癒の魔法なんて使えないからなぁ……」

「ああ、あなたは攻撃型の魔法使いなのですね」

 魔法使いにもやはり向き不向きの魔法というのがあり、魔法使いになった瞬間直感的にわかる。ちなみにそれは呪文においても同じことで、何もせずとも勝手に頭に浮かび上がってくる(一度もかまずに言えるかとなるとそれはまた別の話だが)。どうやら少年は攻撃特化の魔法使いのようだ。

「仕方ないな。まあとりあえず変身を解除して。結界を消すから」

「え? でもこの結界は――」

 私が作ったもの、と言おうとしたがあたりを見渡すとそうでないことに気付く。確かに少女の結界はしっかり張られていたが、その上からさらに広範囲に強く結界が張られていたのだ。つまりそれはほかに魔法使いがいない以上、少年のものであるということで。

「――……そう、ですね」

 少女はおとなしく変身を解除した。

 当然、足をひねっているため歩けないので、少女は少年におぶってもらうことになる。

 少年の背中に抱き着いている状況はかなり恥ずかしく、周囲の目も気になるところがあったが、それよりも少女は頭の片隅で考える。

 ――あなたには才能があって……魔法使いになるのは私の方が少し早かったのにすぐに追い抜かれてしまいました。それにあの影は……。

「あ、あの……」

「ん? なに?」

「さっき倒した、影のこと、なんですけどね」

 少女は周りに聞こえないように、耳元に乗り出してささやく程度の声で話す。

「あの影はたぶん、あなたのお兄さんを自殺に追い込んだ――」

「知っているよ。魔法使いになって世界の本当の姿を知った時、兄さんが死んだのは影に関係があるとすぐにわかった。そこであの大きさの影だ。あれは少なくとも三年以上は成長してる」

 少年は魔法少年になった瞬間すべてを理解したのだ。兄の死は原因不明などではない。人間が生み出す負のエネルギーにとりつかれてしまったという、不幸な事故と言える。

「もう大丈夫。仇はとったつもりだし……なんていうかな、のどに引っ掛かっていたものが取れた気分だよ」

 ――強いのですね、と少女は思う。

 魔法使いとしても少女よりおそらく強いだろう。そして何より心が強い。そう簡単には割り切れることではないはずのことをあっさりやってのける少年を、うらやましいと感じた。

 と、ここで少年は話題を転換する。

「……そういえば、君も魔法少女だったんだよね。ということは今朝言ってたことは本当ってことでいいのかな?」

「う……はい、そうです」

 できれば今朝のことは思い出したくないのだが、理由ははっきりさせておいて損はない。あの時突然少年の上に現れたことについては、これで説明がついた。

「で……聞いていいことなのかはわからないけど、君はどうして魔法少女になったの? もしよければ聞かせてもらいたいんだけど」

 というか少年としてはぜひ聞かせてほしいのだった。魔法使いというのはあんな無理やりにさせられるものなのか果てしなく疑問だからだ。

「……私の場合も、あなたと変わりありませんよ。魔法少女にならざるを得ない状況になってしまったからなったんです。ちょっとした事故で、魔法をくらってしまって。すぐにその魔法使いさんは治療をしてくれたのですが、それはつまり私が魔法使いについて知ってしまった、ということになって……」

「あー……」

 ようするに、やはり少女もなりたくてなったわけではないということである。しかしまあ、少年よりはまだ理不尽ではない。

 魔法使いの存在は絶対に秘密であり、知られてしまえばその人を魔法使いにするか消すかの二択しかない。世界にいる魔法使いは、ほとんどがなるしか選択肢が無く、仕方なくなった者ばかりである。

 世界にはいろいろと理不尽なことが多いのかもしれない――。

「そういえばさっき影を倒す時、一瞬消えたように見えたのですが……どうやったんですか?」

「ん? そういえば説明してなかったね。と言っても説明結構難しいんだけど……」

「説明が難しい? まさか時間を止める能力とか……」

「不正解。ま、いずれ説明するときは来ると思うよ」

 結局少年の瞬間移動の方法はわからずに少女の家に着く。

「ありがとうございました。それではまた明日学校で」

「うん。また明日」

 こうして少年にとっていろいろありすぎた一日は幕を閉じた。


 それは、魔法少年としての日常の幕開けでもある――。


完。


これはひどい……。

なんかいろいろ滅茶苦茶ですが許してください。

許してください。

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