Dear my friend.
誰もが祝福する結婚だった。父も、母も、兄も、侍女も、相手の親族も、皆心から喜んでくれた。少し年上の友人である彼女もまた例外ではなく、聞いたときには笑顔でおめでとうと言ってくれた。
―――――はずだった。
「なん、で………!」
だけどわたしは、知ってしまった。
相手の名を告げた時彼女が一瞬だけ目を見開いた、この国を統べる人だから当然のことだと思っていた、その驚愕の理由を。
わたしは彼女を驚かせようと思って婚約が決まったら最初に伝えた。彼女がその名を聞いたのはそれが初めてだった。その後に彼女が浮かべた笑みは少しだけ歪だったことに、わたしは今更気がついた。
今なら分かる。彼女が驚いたのは、わたしの告げた名が国王のものだったからなんかじゃなくて、自分の恋人のそれだったからなんだって。自分の恋人であるはずの男性と友人が婚約したなんて知らされたら、心から笑顔を浮かべることなんてできるはずがないってことを。
前のめりに顔を両の手で覆い隠す。掻き毟るように、爪をたてた。
知った切っ掛けは、侍女達の噂話だった。盗み聞きなんて良くないとは思ったけれど、気が付けば出て行ける雰囲気ではなくなってしまっていて。
―――――そういえばわたくし、陛下と魔術師長さまが二人きりで花園にいらっしゃるのを見たことがあるの。
―――――嘘じゃなくってよ、本当に見たの。勿論、ご婚約が発表されるずっと前のことだけれどね。
―――――ただの友人じゃあないかって?そんな訳ないわ。見れば分かるわよ。
――――――とっても仲睦まじいご様子でいらっしゃったのに、どうして陛下はアイーダ様とご婚約なさったのかしらね…。
聞き終わったわたしは、こっそりと部屋へ逃げ帰った。
侍女達に気付かれてはいなかったと思う。
そんなこと、あるわけがない。最初はそう笑い飛ばそうとした。だけど記憶を探せば、思い当たることなんてそこら中に転がっていた。
例えばそれは、彼との逢瀬を重ねるようになってから、何かに悩んでいるようだった彼女の様子。思いが通じ合った幸せに酔い痴れていたあの頃のわたしが、気に掛けることもなかった些細な変化。
例えばそれは、彼が時折見せる心ここにあらずといった表情。どこか遠くに思いをはせる、憂うようなその視線。
他にもたくさんあるけれど。
「どうしてですか、陛下っ…!」
知らなければ、よかった。そう思わずにはいられない。
だってそうすれば、気付いたりなんかしなければ、わたしは幸せなままでいられたんだから。あんなところで噂話をしていた侍女たちを恨む。八つ当たりだって分かってる。隠れて聞いていたのはわたし。
浮かれきっていた頭に、冷えた水を桶いっぱいにぶちまけられた様な気分だった。
幼い頃からずっと、姉のように慕ってきた彼女。気恥ずかしくて相手を隠したわたしの恋を、応援してくれた彼女。友人と思っていた男と恋人になったのだと、彼女が顔を綻ばせて言ったあの時。あたたかな思いに満ちたその表情が向けられる相手に、わたしは少しの嫉妬すら覚えたのに。
―――ねえ、メルカナ。わたしは貴女の恋人を奪っていたのですか。だから貴女は、婚姻の儀には出席できそうにないと、そう言ったのですか。どうしてと問うわたしに、悲しそうに謝ったのですか。
ああ、それなら当然だ。恋人と友人が永遠の愛を誓うところなんて、誰だって見たくないに決まってる。だけど知らなかったからわたしは責めた。大切な友人であるメルカナには、どうしても出席してほしかったから。
知らなかったなんて、言い訳にしかならないことは分かっている。
わたしが諦めてしまえば、二人は幸せになれるのかもしれない。
でも、でも、でも、でも。わたしはもう、譲れない。愛されることを私は知ってしまったから。大好きな人の隣にいられる幸せを、知ってしまったから。それを手放すことなんて、わたしにはできない。
頬を涙が滑り落ちる。
ごめんなさい。暗い部屋の中で、そうしゃくりあげるように呟いた。
色々と拙い部分が多いので、後々書き直すかもしれません。