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魔王道中  作者: amo
本編
8/13

元魔王、勇者パーティと遭遇する

 魔女の村を後にした二人は一路、マイルズの生まれ故郷へと向かっていた。マイルズ曰く、そこがいちばん近い街らしいのだ。サタンもリリィも、野宿は勘弁願いたいので、その街を目指して森の中を進んでいた。

 しばらくは黙々と歩いていた二人だったが、リリィは先程から思っていた事がどうしても気に掛かり、サタンのその答えを求める。


「ねえ、サタン。魔物と人間が共存する事って出来ると思う?」

「何だ、急に?」

「マイルズ君の村はオークと共存できてるでしょ?だったら、他の場所でもそれを出来るんじゃないかなって。」


 サタンはそれまで動かしていた足を止め、少し難しい顔をする。リリィも足を止め、彼の答えを待つように黙ってサタンを見上げる。サタンはしばらく腕組をして考え込んでいたが、不意に顔を上げて小さく溜め息をつく。


「無理だろうな。」


 きっぱりとそう言い切るサタンに、リリィは思わず食い下がる。


「何で?マイルズ君の村は出来たでしょ?だったら、同じやり方を世界中ですれば…」

「それが出来れば苦労はしない。」

「た、確かに大変かもしれないけど、無理ってわけじゃないでしょ?」


 サタンの言葉を聞いても、リリィは納得できなかった。だが、サタンは彼女の意見をすっぱりと切り捨てる。


「言っただろう?オークは自分より力の強い者には逆らわない、と。裏を返せば、自分よりも弱い者には容赦しない。つまり、世界中で同じ方法をとるには、オークよりも強い人間を世界中の村や街に居座らせる必要がある。」

「で、でも…!話し合えば分かりあえるかもしれないじゃない!」


 まだ言い返してくるリリィを、サタンは無表情で見下ろしながら、淡々と非情な言葉を掛ける。


「話し合いなど無駄だ。力を示さなければオークは言う事を聞かない。奴らは喰う為なら何でもする。話し合おうなどと考えていれば、呆気なく殺されて喰われるのが落ちだ。オークにとって、自分より弱い者、自分に逆らわない者は食糧だ。例外はない。」

「でも…!」

「しかも、これはオークに限った話だ。魔物の中には、相手の強さに関わらず襲いかかってくる種もいる。これはどうしようもないだろう?」

「そっか……そうだよね。」


 これ以上の反論がなくなり、リリィはしょげて首を下げる。サタンは別に、意地悪のつもりでこう言っているのではない。それはリリィにも分かっている。分かってはいるが、希望が見えてしまっただけに、どうしても気分が落ち込むのを止められなかった。


「どうした?下に何か落ちているのか?」


 急に俯いてしまったリリィに、サタンは相変わらず的外れな事を抜かす。いつものリリィならば、顔を上げた勢いに任せてアッパーを喰らわせる所だが、今の彼女はそんな彼の言葉で心が和んだ。


「ふふっ。ありがと。」

「む?」


 少しはにかんだようなリリィの笑顔を見て、サタンは少し難しそうな顔をする。


「どうかしたの?」

「ああ。なぜか今、体温が上がり、心拍が乱れた。」

「大丈夫?喉が痛いとかはない?」

「いや、喉の痛みはない。」

「そっか。じゃあ、ちょっと屈んでみて。」

「ん?何だ?」


 リリィは僅かに赤くなっているサタンの顔に自分の顔を近付け、額同士をくっつけて自分の体温と彼の体温を比較してみる。


「熱はないみたい。でも、街に着いたら、一応風邪薬買おっか。」

「カゼ…?何だ、それは?」


 久しぶりに聞いた気がするサタンのそれに、リリィはがっくりと首を下ろす。そして、腕を組み、世間知らずなサタンにどうかみ砕いて説明するか、頭を悩ませる。


「え~っと、風邪って言うのは、人間が罹る病気の一つよ。結構一般的なやつなんだけど、その様子じゃあ、あんたは今まで罹った事なさそうね。」

「病気の一種か。今まで病気というものには罹った事がないから、勝手が分からんな。それは放置するとどうなるのだ?」

「うぅ~ん……風邪は治す薬が出回ってるし、薬を飲まなくても、ちゃんと休んで汗を掻けば治るから、多分大丈夫だと思うけど……ごめん、専門じゃないからあんまり詳しい事は分からないの。」

「謝る必要はない。まだ体の動きに支障をきたしてはいない。街でゆっくり休めばいいという事が分かっただけでもずいぶん助かる。」


 申し訳なさそうに謝るリリィに対し、サタンは出来るだけ彼女を労うような言葉を掛ける。どうして自分が他人に気を遣っているのか分からなかったが、何となくリリィの落ち込んでいる姿を見るのが嫌だった。珍しく気を遣った甲斐もあってか、リリィはまた笑みを浮かべると、また街の方へ向けて歩き出す。その後ろを、まだ少し顔が赤いサタンがついていくのだった。







 木々の間から差し込む光が強まり、そろそろ森を抜け出す頃になると、疲れで遅れがちになっていたリリィの足取りも軽くなり、サタンの前をスキップ交じりで歩いていた。


「やっと獣道も終わりだ~!長かった~!……あれ?」


 森を出ようとしていたリリィは、少し離れた所から聞こえてきた物音に反応して、スキップさせていた足を止める。サタンは急に止まった彼女に、後ろからぶつかりそうになりながら立ち止まる。


「リリィ、どうした?」

「え?あぁ、あっちの方で何か物音がしたから…」


 その物音の正体が気になったリリィは、音源へと足を進めようとするが、そんな彼女を肩にサタンの手が乗せられる。何だろうと振り返ったリリィの背後で、枝の折れる音がして、リリィはまた顔を背後に向け、そこで動きを止めた。

 音を立てていた主は、口から葉っぱをはみ出させていたキメラだった。キメラは二つある顔の内、馬のような顔をしている方は口の中で葉をすり潰していたが、もう片方の虎のような顔の方は、ぎらついた目でリリィ達を見下ろしていた。


「サ、サタン…」

「何だ?」


 操り人形のように首をぎごちなく動かし、リリィはサタンの方へ向き直り、目の前に現れた魔物を震えながら指差す。


「こ、この魔物はき、凶暴?」

「ああ。強さはオークより少し強い程度だが、雑食な分質が悪いな。空腹時には、目の前にあるものは何でも喰らう。」


 リリィは体をキメラの反対側に向けながら、最後の質問をする。


「それって……人間も?」

「ああ、当然だ。」


 まるでその言葉を待っていたかのように、キメラは鷲を思わせる鉤爪の生えた手を二人の方へと突き出してくる。


「何でこうなるのよおおおおおおお!?」


 サタンの返答を聞いた瞬間に走り出したリリィは、ぎりぎりの所でキメラの爪をかわすと、暴れているキメラの前で突っ立っているサタンへ叫ぶ。


「サタン!何とかしてよ!」

「ん?その必要はなさそうだぞ?」

「はあああああああああ!?こんな時に何言ってんのよ!?」


 リリィが叫んでいる間に、キメラは近くで立っているサタンへと目標をシフトし、鋭い鉤爪で彼を貫こうとする。しかし、キメラの爪がサタンへと襲いかかる寸前、急に狙いがずれて、キメラのそれは地面へと突き刺さる。どうしたのかとリリィが足を止めるのと同時に、キメラの背後から男の怒鳴り声が聞こえてくる。


「見つけたぞ、この野郎!このジェラード様に狙われて生き残れると思うなよ!」


 ジェラードと名乗った男は鼻息も荒く、もう一度キメラの後頭部を殴ろうとする。不意に後頭部を殴られたキメラは一瞬こそ怯んだものの、すぐに体勢を立て直して、蛇のような尻尾を空中で構えているジェラードへ鞭のように振う。ジェラードはそれを見ると、一旦殴ろうとしていた腕を横に構え直し、自分に迫ってきているキメラの尻尾を掴む。


「こんなもん効くと思ってんのか!?舐めんじゃねえ!」


 ジェラードは地面に降り立つと、体勢を低くくし、掴んでいた尻尾を背負い投げの要領で強く引き、自分の五倍はありそうなキメラを投げ飛ばす。


「嘘…」


 圧倒的な戦闘を繰り広げているジェラードを見て、リリィは唖然としていた。ジェラードは息一つ切らす事なく、流れるような動きで投げ飛ばしたキメラへと接近し、再度拳を握る。


「こいつでも喰らいやがれ!」


 鈍く重い音が鳴り響き、ジェラードの拳が馬のようなキメラの顔へ突き刺さり、一息にそれを殴り潰す。キメラは頭を片方失っても死ぬ事はないが、それでも痛覚神経は当然通っている。頭のあった場所から紫の体液をぶちまけ、残ったキメラの顔が灼熱の痛みに絶叫を上げる。地面へと叩きつけられたキメラは、また距離を詰めてきたジェラードへ鉤爪を向ける。


「んなもん当たるかよ!おかわりをくれてやるぜ!」


 自身へと突き出されたキメラの腕へと乗り、ジェラードは一瞬に近い速度でキメラの顔の前まで移動し、右足を大きく後ろへ振り上げる。先程とは異質の鋭い音がして、キメラの顔は原形を留めたまま首から切り離される。早すぎるジェラードの蹴りがかまいたちを起こし、触れる事なくキメラの首を切り刻んだのだ。頭を二つとも失ったキメラの体は、僅かにひきつけを起こした後、ゆっくりと後ろへ倒れ込む。


「俺様の強さを思い知りやがったか!がっはっはっ!」


 倒れ込んだキメラを見ながら、ジェラードは腰に両手を当てて豪快に笑う。そんな彼の姿を見て、リリィは体を震わせていた。目の前で起きた現象が、あまりにも衝撃的で、悲惨なものだったからだ。彼女の生きてきた短い人生の中で、命が潰えるのを見るのは初めてで、それもこれだけ無残な死を見せつけられ、自然と呼吸は荒くなり、心臓がきりきりと締めつけられているかのように痛む。目の前に倒れているそれが、今まで動いていたのだと考えた瞬間、リリィは胃液が逆流してくるのを感じた。

 だが、不意にそんなリリィとキメラの死体の間にサタンが割り入ってくる。それまで青ざめていたリリィだったが、なぜかサタンの背中を見て全身に温もりが戻っていくのを感じた。

 サタンは目の前で笑い終え、自分達の方へ向き直ったジェラードへと口を開く。


「おい、お前。」

「お前だぁ?てめえ、それは俺が勇者パーティのジェラード様と知っての口の聞き方だろうな?」


 勇者パーティという言葉を聞いて、サタンは少し顔色を変える。リリィはそれを聞き、サタンが余計な事を言わないように彼の前へと出ようとするが、先程見せられた光景に足が竦み、たったそれだけの事が出来ない。そして、リリィの恐れていた事をサタンはやってしまう。


「勇者パーティか。道理で野蛮な訳だ。」

「ば、馬鹿っ!あんた何言ってんのよ!?」


 勇者パーティは魔王を退治するという命懸けの使命を果たす代わりに、全ての人間から王と同格に扱われる。望まれれば、装備から金品に至るまで、その全てを用意するよう、王直々に命令されているのだ。大抵の勇者パーティはそんな権限など行使せず、一般市民と同様に金を払って生活しているが、中には市民から金品を巻き上げ豪遊する者もいる。

 今回の勇者はその例外ではなく、普通に金を払って生活し、訪れた街や村を困らせている魔物を退治したりして旅をしているため、人間の間ではかなり崇められている程に人気だった。

 だが、今回の勇者パーティの中に措いて、一人だけ荒くれ者がいた。それがサタン達の前にいるジェラードだ。単独行動を好み、勝手に先走って魔物を退治する性格は世に有名で、魔物に対して冷徹な事でも名が知られている。

 当然リリィはそれを知っているし、サタンと相性が悪いであろうことも予測できた。だが、まさかここまで早く、関係をこじらせるとは夢にも思ってはいなかった。


「勇者パーティが野蛮だぁ?てめえ、いい度胸してんじゃねえか…!」


 ジェラードの声色が低くなり、サタンへ冷ややかな殺気が放たれる。殺気の余波に当てられたリリィは怯えたような表情をするが、勇気を振り絞ってジェラードへ弁解を述べる。


「す、すいませ…」


 だが、遅かった。リリィが言葉を発するよりも早く、一瞬で間合いを詰めてきたジェラードのフックで、サタンはまるで風に舞う木の葉の如く吹き飛ばされていた。吹き飛んだサタンは、森の大木を何本もへし折りながら、はるか後方へと飛んでいき、地面に落ちた後も、土埃を立てて地面を抉り、ようやくその勢いを止める。


「ぇ…?サ、サタン!?」


 いきなり姿を消したように見えたサタンが殴られたと気付き、リリィは慌てて土埃が上がっている方へと駆け寄る。


「げほっ、ごほっ、サタン!どこ!?」


 土煙で視界の悪い中、何とかリリィは手探りでサタンの事を探すが、中々彼が見つからない。そんなリリィに対し、ジェラードは冷たい声で言い放つ。


「俺が野蛮なのは認めるが、他の奴らは関係ねえ。次に奴らを悪く言いやがったら、ただじゃ…」


 言葉を続けようとしたジェラードだったが、急に土埃が消え、サタンが姿を現すと、口を止めざるを得なかった。


「まったく。いきなり殴りかかってくるとは驚いたぞ。」

「サタン!あんた、大丈夫なの!?」

「ああ。」


 サタンは服についた汚れを払いながら、不機嫌そうにジェラードの方を見る。


「どうしてくれる?服が汚れてしまったぞ。」

「……より男前になったぜ?」

「何?これが今の流行りなのか?」

「そんな訳ないでしょ!皮肉を言われてるのよ、この馬鹿!」

「…?そうなのか?」


 口では軽い口調で話していたものの、ジェラードは内心で相当驚いていた。先程殴った時の手応えで、確実にサタンの腕を折ったつもりだった。しかし、殴られたサタンは、折られた筈の腕を使い、服の手を落としているのだ。更に言うならば、服は所々破れているが、サタン自身には傷一つもなかった。

 確かに手を抜いていた事は否定しないが、ジェラードの攻撃を受けて立ち上がってくる人間など、世界にも数えるほどしかいない筈だ。それなのに、サタンは無傷でぴんぴんしている。


「てめえは何者だ?」

「ただの旅人だ。」

「……素直に言うつもりはねえ、か………じゃあ、無理矢理にでも吐かせてやるぜ。」


 再び殺気がジェラードから放たれる。だが、その量は先程の比ではなく、今度は更に激しい攻撃が来ることが容易に予想された。


「リリィ。下がっていた方がいいぞ。」


 サタンの言葉が終わると、二人の間に冷ややかな空気が流れる。その空気に呑まれ、リリィは声を出す事さえできず、言われた通りにサタンから離れる。

 そして、緊張が最大まで到達したのと同時に、まずジェラードが仕掛けた。たった一歩でサタンの間合いまで入り込むと、再びフックをサタンに喰らわせようと、拳を横へ振り抜く。サタンはそれを下がってかわすが、ジェラードはそれも織り込み済みで、フックの勢いに任せて体を反転させ、サタンの脇腹に蹴りを撃ち込む。轟音が鳴り響き、森の木々の葉を揺らす。


「ほう。お前、中々強いな。」

「あっさり止めといて、吹いてんじゃねえよ。」


 サタンはジェラードのそれを、片手で易々と止めていた。リリィの目には、ジェラードが突然消え、気付いた時には二人が足と腕を交差させていたように見えた。それほどまでに、常軌を逸したレベルの戦いだ。

 ジェラードは一旦距離をとり、再度サタンへと殴りかかる。ジェラードは間合いに入る直前に、右手の拳をサタンに突き出す。サタンはそれをかわそうと首を捻るが、それを見た瞬間、ジェラードは体勢を低くし、左手でボディーブローを放つ。普通の人間ならば、見る事さえできないジェラードの速さに、それでもサタンは喰らい付き、バックステップでそれをかわす。だが、そのサタンの回避行動こそ、ジェラードの狙ったものだった。


「飛びやがったな!」


 ジェラードはボディーブローを放った体勢から、無理矢理左足を振り上げ、離れていこうとするサタンの顎先を爪先で蹴り上げる。無理な体勢から放った、足を振り上げただけとは思えないほど重い蹴りは、サタンが防御に回した腕ごと体を跳ね上げ、逃げ場のない空中へと彼を追い込む。


「いくぞ、おらぁ!」


 サタンが空中に浮いたのを見たジェラードは、上げていた左足を思い切り振り下ろす。振り下ろされた左足は地面を抉り、その反動を使ってジェラードは渾身の右ストレートをサタンの胴へと撃ち込む。砲台がしっかりしていれば強力な弾が打てるのと同じように、ジェラードの右ストレートはすさまじい威力で、鋭い音を立ててサタンへと打ち出される。それでも、サタンは両腕をクロスして防ぐが、空中では踏ん張る事も出来ず、再度木の葉のように飛ばされる。サタンは飛ばされながらも体勢を整え、飛んだ先にあった木の幹でその勢いを相殺するが、その代償として大木がへし折れる。


「ちっ!意外にやりやがるな。やっぱりてめえ、只者じゃねえな。」

「いや、ただの旅人だ。」

「てめえ…!」

「お~い!ジェラード~!どこに行った~?」


 断固としてそう言い張るサタンに、ジェラードの苛々が最高潮に達した時、遠くの方から声が聞こえ、その声に怯えたようにジェラードが肩を揺らす。それまで息さえきらさなかったジェラードが額に汗を浮かべ、油を差し忘れた機械のような動きで、声のした方へと振り返る。サタンとリリィもそちらへと視線を移すと、そこには腰に刀を刺した男と、ローブを着た女がいた。女はジェラードと目が合うと、憤怒の表情で彼へと近付いていく。


「げっ!マティア!?」


 自分の方へと駆け寄ってくる女を見て、ジェラードの顔はみるみる青ざめていく。マティアと呼ばれた少女は、周りで折れている木々や抉れている地面、ぼろぼろになっているサタンの服を見て、表情を更に険しくする。


「ジェラード!あの人と戦ったの!?」

「い、いや、あの野郎がよ…」

「戦ったの!?」

「た、戦いました…」

「あれだけ勝手に行くなって言ったでしょ!」

「い、いや…キメラがいたからつい…」

「つい、じゃないよ!それ言ったの何回目!?」


 先程まで圧倒的な強さを見せつけながら戦っていたジェラードが、自分よりも小さな少女に言い負かされている光景に、リリィはぽかんと口を開けるしかなかった。だが、マティアにたじたじとした態度のジェラードを見て、サタンは軽い親近感を覚えた。そんな二人の脇をすり抜けて、残りの男がサタン達の方へと歩み寄ってくる。


「ジェラードが迷惑を掛けたみたいで、本当にすみません。」

「ん?気にするな。」


 男が申し訳なさそうに頭を下げてくるが、サタンは男の腰に下げている剣に興味を示し、そこから目を離そうとしなかった。


「お前が勇者か?」

「はい。私が今回の勇者、フェルトスです。」


 礼儀正しくフェルトスは挨拶すると、握手の為に手を差し出す。サタンは初め、その手をじっと見つめていたが、それが何の意味を持つか思い至り、自分もフェルトスの手を握る。


「私はサタンだ。この者は私の召使いのリリィだ。」

「あ、あのっ、よろしくお願いします。」


 初めて会う勇者パーティに、リリィはがちがちに緊張していた。人間にとって、勇者は王と同格、ある者にとっては王以上の存在なのだ。生まれた村がダイン村だったリリィにとって、勇者は馴染み深くも恐れ多い存在であり、一種の憧れを抱いていた。いつもサタンに見せている凶暴でがさつな性格は鳴りを潜め、どこにでもいそうな大人しい少女のようになっていた。

 そんな、いつもとは違うリリィに違和感を覚えたサタンは、少し難しい顔をして、不意にその顔をリリィの顔へと近付けていく。突拍子もないのはいつも通りだが、今回はさすがにリリィも対処に困り、固まってしまう。サタンは勇者パーティの好奇の目の中、目を閉じているリリィに顔を近付けると、額同士をくっつける。


「…な、何…?」

「ん?風邪ではないのか?」


 それまで早鐘のように高鳴っていたリリィの心臓が、サタンの一言で一気に通常の動きに戻る。真っ赤だった彼女の顔は、別のもので赤くなり、握った拳を振り上げる。


「紛らわしいのよ、この馬鹿!」

「ぶふっ!?」


 勇者パーティの前で、元魔王が地に伏した瞬間だった。

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