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魔王道中  作者: amo
本編
6/13

元魔王、森の中の村を訪れる

 リリィの家を出た二人は、村とは反対側の森を奥深くへと進んでいた。しかし、そちらの方に目的地があると言えば、そういう訳ではなく、ただサタンがあの村へ近付くのを嫌ったため、一般人のリリィには険しい獣道を進む破目になってしまったのだ。そして、この獣道を歩き出してから、かれこれ五時間ほどになる。いい加減身体の限界が近付いているリリィは、前を淡々と進んでいくサタンに、この苦行があとどれくらい続くのか尋ねる。


「ねえ、サタン。次の目的地まで、あとどれくらいなの?」


 この答えを聞けば、それまで頑張れと自分を鼓舞出来る。そう思っての質問であったが、サタンはそんなリリィの希望を一言で潰す。


「さあ?」

「はあああああああああああ!?どこに行くか決めてないの!?」

「ああ。何の考えもなしに城を飛び出してきたからな。」


 あまりに能天気なサタンの言葉に、リリィはそれまでの疲労が倍になったように感じ、大きな溜め息をつく。それと時を同じくして、大きく枝の折れる音がした。何だろうと思い、リリィは音のした方へと顔を向けて、そこで動きを止める。

 リリィの視線の先には、巨大な体躯のオークがいた。オークもサタンとリリィに気付き、手に持った棍棒を振り上げる。リリィは突然発生した危険を目の当たりにして、それが消えないかと何度も目を擦り、それが幻ではないと確信した瞬間、それまでの疲労を吹き飛ばして、踵を返して全力で走り出す。


「いやああああああああ!何でこんな時に来んのよおおおおお!?」

「おい、どこに行く気だ?」


 急に走り出したリリィについて、サタンも走り出す。二人が走りだすのとほぼ同時に、地を揺るがすほどの衝撃が走り、先程まで二人がいた場所に棍棒が振り下ろされていた。リリィは何とか危機を回避した事を確認すると、横に並んで走っているサタンに目を向ける。


「あいつを何とかしなさいよ!」

「何とかとは…」

「それはもういい!さっさと気絶させて!」


 昨日と同じ遣り取りをしようとしたサタンをぴしゃりと窘め、後ろに迫っているオークを指差し、必死の形相でリリィが命令する。サタンはそれを受け、面倒臭そうに顔をしかめながらも、足を擦らせてその場に止まる。


「まったく。人使いの荒い奴だ。」


 オークは立ち止ったサタンの頭目掛けて棍棒を渾身の力で振り下ろすが、サタンはそれを軽き横へいなす。再び地面が大きく揺れ、走っていたリリィはバランスを崩して転んでしまう。


「おい。あいつが迷惑している。さっさと巣へと帰るがいい。」

「あんた何やってんの!?危ないわよ!」

「安心しろ。オークは自分よりも強い者に刃向う事はしない。だから、こうして力を示してやれば……」


 サタンはそう言うが、言葉に反してオークは止まらない。オークが止まらなかった事に少し驚いたような顔をしたサタンだったが、慌てずに棍棒を受け流し、オークの間合いへと一気に入り込む。そして、オークが何かをする前に、目の前にあるオークの腹部へと掌底を撃ち込む。

 オークが大きな音を立てて倒れ込むのを確認してから、木の裏に隠れていたリリィは、その場に座り込んで、乱れ切った息を整える。


「はぁ、はぁ……つ、疲れた……はぁ…」


 サタンは気絶しているオークを眺めていたが、すぐにそれをやめ、リリィの方へと向かってくる。息をするのもやっとというくらいに疲れていたリリィだったが、そんな彼女にサタンは容赦なかった。


「何を座っている?早く行くぞ。」

「お、鬼……」


 リリィは力ない目でサタンを睨み上げるが、先程泣いた姿を見せてしまった事に対する負い目と、生まれつきの負けん気の強さで、さっさと歩き始めていたサタンの後についていくのだった。

 それからしばらく経ち、森の外では日が傾き始める。届く光の量が制限されている森の中では、既に足元さえ目を凝らさなければならないほど暗くなっていた。その頃には、リリィは疲労困憊だった。ただ前にうっすらと見えているサタンの背中を追って、疲れた足を引き摺るように動かすのが精一杯で、話す気力も残っていない。そんな彼女の様子に気付いているのかいないのか、サタンは不意に足を止め、辺りを見渡すと、ようやく与えられた休息を十二分に味わうために、背中を木に預けていたリリィに声を掛ける。


「このくらいの暗さならばいいか。」

「な、何が…っ!?」


 意識さえ朦朧としている中、急に体に感じた浮遊感に、リリィは慌てて身を固くする。状況判断能力に欠けていた彼女が、サタンに横抱きされている事に気付いたのは、サタンの足が地面から離れた後だった。羽音のような音を立てながら、急上昇していくサタンに抱えられて、リリィは取り乱す。


「えっ!?ちょっと!?なになに!?」

「うるさいぞ。少し静かにしていろ。」


 そう言われて一応リリィは口を閉ざすが、ますます高度が上がっていく自分の視界に恐怖を感じ、サタンの首にしがみ付く様に腕を回す。平常時ならば、絶対リリィはそんな事はしないだろうが、羽のないサタンが飛んでいるという事が信じられてない今、彼女が平常心を保つ事など出来る筈もなかった。

 そんなリリィの不安をよそに、サタンは森に生い茂っている木々よりも高い位置まで浮遊し、そこでいったん上昇をやめる。そして、より一層強い力でしがみ付いてくるリリィの脇から遠くを見渡し、森の中に僅かな光を見つけると、そちらの方へと移動を始める。


「今日はあそこで寝泊まりするか。」

「あそこってどこよ!?」


 未だに恐怖から下を見下ろせないリリィは、自分達がどちらに向かっているのか分からず、固く目を閉じてサタンに問い掛けるが、彼女がそう言っている間にも、サタンは目的地への距離を順調に縮めていき、ある程度近付くと、また木々が生い茂る森の中へと高度を落としていく。

 リリィが目を開けられたのは、羽音が止み、浮遊感が消えた後だった。サタンはそれまでしがみ付いていたリリィを地面に下ろし、木々の間から漏れている光の方に目を凝らす。


「どうやら小さな村のようだな。まあ、屋根さえあればいいか。」

「え?村?」


 小さな頃からこの森の中で生活していたリリィだったが、こんな所に村があるなど耳にした事がなかった。だが、実際に森の中に光が灯されており、明らかに人がいる事が伺える。自分の知識不足かな、とリリィは不審に思いながらも、既に光の方へと歩き出しているサタンの後をついていくのだった。

 少し歩いていくと、開けた場所にいくつもの家が建っている、ダイン村よりも田舎のような村があった。普通の村や街にある魔物除けの柵もないその村は、ほとんど人気がない。もう夕方を過ぎているので、そんな時間に出歩いている人は少ないだろうが、リリィは何か違和感を覚えた。サタンも何か感じるものがあるのか、村の前で立ち止まり、何かを探るように顔を左右に動かしている。


「ねえ、サタン。この村、何か感じない?」

「お前でも感じるものがあるか。では、何かあるのだろうな。」

「どうするの?」

「どうする、とは?」

「この村に泊るかどうかって事よ。」


 嫌なものを感じる村に泊るより、森で野宿した方がよいのではないのか、とリリィの第六感が告げている。だが、臆するものがないサタンにとって、それは意味のない質問であった。


「泊るに決まっているだろう。何か不都合でもあるのか?」

「まあ、あんたならそうよね…」


 正直気は進まなかったが、リリィだって体が疲れている。快眠が出来る保証のない森で寝るよりは、柔らかいベッドで寝たい。結局、彼女も村へと足を踏み入れるのだった。

 村の中を進んでいくと、それまで一人もいなかった村人が三十人ほど現れた。村人たちは二人を見ると、すぐさま笑顔を浮かべて、二人を取り囲むように近づいてくる。リリィはその異様な行動に警戒した。しかし、村人が口にしたのは、リリィの予想を裏切るような言葉だった。


「我らが村へようこそいらっしゃいました。」

「お二方、こんな森の中の村へようこそ。」

「長旅でお疲れになったでしょう?さあ、どうぞ。宿へご案内しますよ。」


 村人は口々に二人を歓迎する言葉を言うと、少し強引に宿の方へと二人を案内し始める。初めは警戒していたリリィだったが、人々の温かい笑顔でそれもなくなり、お礼を言いながら足を進める。宿は村の中でも一等立派な建物で、その村には不釣り合いな華美な装飾が施されていた。


「わあ、綺麗…!いいんですか?こんな場所に泊めて頂いて?」

「勿論ですとも。お代も結構です。」

「本当ですか!?助かります!」


 まさに至れり尽くせりな対応に、リリィは完全に舞い上がっていた。二人はロビーへ通されると、そこで豪華な料理を振る舞われた。村を出てから飲まず食わず出歩き続けていたリリィは、それを掻っ込むように食べる。


「おいし~!あっ、これもおいしい!」

「もう少し上品に食べられんのか?」


 あれこれと物を口の中に突っ込んでいるリリィの横で、サタンは上品な手捌きで料理を口にしていた。それを見て、ようやく自分がいかに汚い食べ方をしているかを自覚し、リリィは顔を赤くして、口に物を運ぶペースを落とす。


「それにしても、どうして私達にここまでしてくれるんですか?」


 ある程度空腹が満たされ、ふと疑問に思っていた事を口にしたリリィだったが、それを聞いた村人たちは一瞬顔を暗くした。しかし、それもほんの一瞬で、すぐにまた朗らかな笑顔で答える。


「この村に人が来る事など、滅多にないからですよ。」

「貴方がたは、その滅多に来ないお客様なのですから、これをもてなすのは当然ですよ。」


 そう言われればそうなのだろうが、なぜかリリィはしっくりとこない感じがした。だが、これ以上踏み込んで、恩人である村人の気分を害しても申し訳ないので、それで納得して食事を続ける。

 しばらく食事を続けていると、リリィは自分に視線が向けられているのに気付く。初めは気のせいだろうと気にしていなかったが、何となく視線を感じる方へと顔を向けると、そこには一人の少年がいた。少年は宿の入り口で顔を半分隠し、覗き込むようにリリィの方を見ており、格好は昨日のリリィのようなみすぼらしいものだった。

 少年はリリィと目が合うと、すぐさま逃げ出すように顔を隠し、しばらくするとまた顔を覗かせる。ただの人見知りの少年かも、と思い、リリィは目を逸らそうとして、あるものが目に入り、それを止める。少年の首には、彼の格好に不釣り合いなほどに高級そうな首飾りが下げられていた。


「あの……って、どうかしたんですか?」


 近くにいる村人に少年の事を聞こうとして、村人に落ち着きがなくなっている事に気付く。声を掛けられた村人は、少し申し訳なさそうな苦笑いを顔に浮かべる。


「申し訳ないのですが、私達はこの後に用事があるものでして……」

「そうなんですか。私達に構わないで行ってきて下さい。後片付けくらいは自分達でしますから。」


 村人達はリリィの言葉に甘え、もう一度頭を下げると、宿の外へぞろぞろと出て行った。彼らの背中を見送ってから、リリィはサタンの声を掛ける。


「村人全員での用事って何だろ?」

「さあな。集会でもするのではないか?」

「興味なさ気ね。」

「興味を持ったところで、こちらに利があるわけでもあるまい。では、後片付けは任せるぞ。」


 食事を終えたサタンはそう言うと、席を立つ。目の前に二人で使ったとは思えない量の食器を残され、リリィは慌ててサタンを呼び止める。


「ちょ、ちょっと!手伝ってくれないわけ!?」

「こういう仕事をさせるために雇ったのだぞ?今まで迷惑をかけた分、しっかりと働くがいい。」


 迷惑を掛けていたという自覚がある分、リリィはサタンの言葉に何も言い返せず、黙って食器を片付け始めるのだった。

 リリィが大量にあった食器を洗い終わった頃には、夜の帳が下りていた。リリィは一日の労働で悲鳴を上げている体を休めるために、先程まで皿が置かれていた机に顔を伏せる。


「はぁ……今日は疲れたぁ………あれ?」


 また視線を感じて、リリィが顔を上げると、先程と同じ場所に少年が顔を覗かせていた。リリィと目があった少年は、慌てて顔を引っ込めるが、もうその行為は完全に意味を為していなかった。そんな少年を見ていて、リリィの悪戯心がむくむくと起き上がり、少年が顔を隠している間に、宿の入口までそっと忍び寄る。少年がまた顔を出してくるのに合わせて、リリィは少年の顔を覗き込むように腰を屈める。


「ぅわわっ!?」


 突然目の前にリリィの顔が現れて、少年は驚いて仰け反り、その反動で尻餅をついてしまう。


「だ、大丈夫!?」


 まさかそこまで驚かれるとは思っていなかったリリィは、尻餅をついている少年に手を差し伸べて立たせ、地面から離れたお尻の埃を叩いて落としてやる。


「ごめんね、いきなり。でも、さっきから見られてたから気になっちゃって。」


 リリィは固まってしまっている少年の緊張を解そうと、柔らかい笑みを浮かべて視線を合わせる。だが、少年は押し黙ったまま、下を見ている。

 そのまま二人の間に気まずい沈黙が続き、堪らずリリィが何か言おうとしたのとほぼ同時に、それまで押し黙っていた少年が口を開いた。


「………お姉ちゃん達、ここに何しに来たの?」

「え?何って……たまたま立ち寄っただけだよ。」


 消え入りそうな声ではあったが、少年が声を発した事にリリィは少し安堵し、素直にここへ立ち寄った経緯を伝える。と言っても、ダイン村で出て行けと言われた事や、奴隷として売られていた事は伏せていたが。

 リリィの説明を聞いた少年は、そう、とだけ呟き、少し寂しそうな顔をしてリリィを見上げる。


「悪い事は言わないから、今日の夜にでも出て行った方がいいよ。この村は…」

「こらっ!マイルズ!」


 マイルズと呼ばれた少年が何かを伝えようとするのを遮るように、村人の怒鳴り声がリリィの耳に聞こえた。マイルズはそれを聞いてびくりと肩を震わせ、村人に怯えるように、リリィの陰に隠れる。


「すいません。こいつが何か変な事言いませんでしたか?」

「い、いえ。まだ話し始めたばかりですけど…」

「そうですか。このマイルズは村で有名な悪ガキでして、我々も手を焼いているんですよ。」

「はあ。」

「さあ、来い!祈祷もサボってこんな所で油を売りやがって!」


 村人はリリィの背中に隠れたマイルズを引っ張りだすと、怯えている彼の手を強引に引いて、そのまま歩いていってしまう。リリィは無理矢理マイルズを引っ張っていく村人を止めようとするが、声を出そうと口を開いた彼女に、マイルズは唇の前に人差し指を当て、それを止めさせる。その後に、また戻って来た村人に部屋へ行くように促され、リリィは大人しく部屋に行った。

 部屋に帰ったリリィは、先程の出来事に頭を悩ませ、悶々としていた。その様子を見ていたサタンは、それが人間の習慣だと勘違いしたのか、自分もそれを真似て、頭を抱えて床を転がったが、それを見たリリィに蹴り飛ばされた。


「何をする?それは…」

「違うから!これは人間の習慣じゃないから!っていうか、そんな事ぐらい分かりなさいよ!」


 真剣に悩んでいたのを茶化されたリリィは、怒髪天を衝くと言った様子だが、茶化した本人にその気がないので質が悪い。サタンは蹴られた箇所を擦りながら、窓の方を指さす。


「では、あれも人間の習慣ではないのか?」

「あれってどれよ?」


 サタンに指さされて、リリィは窓の外を見るが、所々立てられている松明の周辺以外が闇に呑まれている風景を見ても、彼が何を指しているのか分からず、首を傾けてしまう。首を傾けている彼女の脇から、サタンは更に詳しい位置を指し示す。


「村の中心を見てみろ。あそこで村人全員が許しを請うているではないか。」

「えっ!?どこで!?」


 その言葉が本当ならば、村人に何かあったに違いない。リリィは慌てて村の中心の方へと目を移すと、そこには確かに地にひれ伏した村人達がいた。しかし、彼らの頭の先には祭壇のようなものがあり、それでリリィは先程の村人の言葉を思い出す。


「あれは祈祷って言って、神とか先祖の霊に祈りを捧げる行為なの。……はぁ、驚かせないでよね。」

「そうなのか。あれは人間の習慣ではないのか?」

「う~ん、微妙な所ね。あの人たちみたいに習慣にしている人もいれば、私みたいにしてない人もいるの。今日言ったでしょ?人間にも色々とあるのよ。」

「地域特有の習慣と言ったところか?」

「ま、そんな所ね。よっと!」


 リリィはそう言いながら、窓から身を乗り出す。何が祭壇に祀られているのか気になったからだ。しかし、生憎な事に、その位置からでは祭壇は見えても、何を祀られているかまでは分からなかった。


「私達も参加した方が良かったのかな?」

「何故だ?私達はこの地域に住んでいる訳ではあるまい。それに、参加しろ、などと声を掛けられる事もなかったぞ?」


 サタンにそう言われた時、リリィはなぜか、マイルズの言葉が頭に蘇った。


―今日の夜にでも出て行った方がいいよ―


 何故あんな事を言ったのだろうか。村人の言葉を素直に信じるとするならば、ただの悪戯心で言っただけなのかもしれない。だが、リリィの勝手な見方ではあるものの、マイルズが悪ガキなどという話は、俄か信じられなかった。

 それに、何故夜でなければならないのか。その理由を考えて、リリィは祈祷している村人の方へとまた視線を戻し、その一つの可能性を見出す。


「………村人が祈祷で一カ所に集まるから?」


 もしそうであるとするならば、マイルズは自分に何か危険を知らせに来たのではないか。

 そこまで考えて、リリィは考える事をやめた。ここまで恩を受けた村人に対して、心の中とはいえ、疑いの目を向けてしまった事を恥に思い、無理矢理思考を閉ざしてベッドの中に入る。


「いい?変な事をしに来たら、ぶっ飛ばすからね!」

「変な事とは何、ぶっ!?」

「うっさい!とにかく、近付いたら蹴るからね!」


 サタンは顔にぶつけられた枕を自分のベッドの上に置きながら、窓から村人の集まっている方へと目を向けた。


「………魔女、か。」


 そんな彼の呟きは、一日の疲労で早くも寝付いていたリリィの耳には入らなかった。







 リリィが寝付く少し前、村の中心で集まって祈祷をしていた村人が、ようやく頭を上げた。そして、祭壇に鎮座している人物を見上げる。


「魔女様。今宵の贄は、旅人二人でございます。」


 魔女と呼ばれた女性は、胸元のぶら下げた大きな首飾りを弄りながら、それを聞いて口元を歪める。


「ほう。その二人は若いのかい?」

「はい。男も女も両方とも若く、健康そうな体でございます。」

「ふっ。楽しみにしているよ。」

「はい。では、彼らを捕まえてきます。」


 村人はそう言うと、リリィ達のいる宿へと、手に手に農具を持って忍び寄っていく。それを、一人の少年が遠くから悲しそうに眺めていた。魔女はその少年に気付き、不機嫌そうに声を荒げる。


「マイルズ。何故お前は行かんのじゃ?」

「だって…」


 言い淀むマイルズに、魔女は顔を歪めて髪を掴み上げる。マイルズは痛みに顔をしかめるが、抵抗しようとはせず、悲しそうに魔女の目を見ながら、されるがままになっている。


「お前は私の息子なのだぞ!村人の模範であれと言ったであろう!」

「ぁうっ!」

「もうよい。だが、儀式には必ず顔を出せよ。」


 投げ飛ばされたマイルズは、村の奥へと歩いていく自分の母の背中を見ながら、胸元の首飾りを握りしめるのだった。

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