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第7幕 紅き軍神と蒼き戦神

 日本列島の大半を牛耳る三光同盟。彼らの目的はビーグネイム大陸の流民を虐殺した一族の遠い子孫である日本列島の人類へ報復行為を行い、大陸復活のカギを握る下剋錠を発掘することにある。

 

 東部軍団が壊滅し、残る三軍団において最も権力が強い軍団が畿内の一部と四国を支配下に述べる南部軍団。もっとも総帥ケイの弟にあたるカズマが司令官である宿聖の座に就いていることが大きな理由だ。


「兄上……」

「何だカズマ」

「はい。兄上とこのように戦いへ向かう時が来るとは思いませんでした。もう何年ぶりでしょうか」

「眠りに就いたw万年を差し引いてもだ。カズマ、お前と戦うことは久しぶりになる。私はアワ国本領の防衛を行っていた頃、お前はフォースエリア制圧の前線司令官だ。お前とも、そうだな。カッターとアタクともに肩を並べる機会がなかった」

「……」


 カッターとアタク。その2人の名前を耳にするとカズマの顔が下がる。まるで触れてほしくなかった何かに触れてしまったようである。

「すまない。私としたことがお前を傷つけるようなことを」

「いえ兄上、すべて僕の責任です。僕がもう少し兄上の力になれていたらアタク兄様も、カッター兄様もこの世界で再会することが叶いました……」

「過ぎてしまったことを悔やんでも仕方ない。カッター、アタクは私とお前を逃がすために大陸の運命に己を投げた、私を逃がしたことは弟として兄へ尽くす宿命ゆえの行動だろう」

「……」

「だがカズマ、末弟のお前が逃がされた理由は末弟のお前に残された未知の可能性を信じたのだ……」

「可能性ですか……」

「そうだ。お前は犠牲になった兄二人の分まで私を支えようと必死だ……いや、必死になりすぎているのかもしれないな。だからお前は私以外の者に信頼を寄せることが出来ない」

「!!」


 弟の心は兄にはお見通しだ。自分が他の者に突っかかったり不信感を燃やしたりことは自分でもわかっていた。だが欠点を理解することと改善することは別の問題だ。

「確かに兄上の言うとおりです。ですが、兄上は仲間に裏切られて国を滅ぼされてしまったじゃないですか! 僕には後から加わったあの尻軽女や似非坊主! そして今度兄上が味方にしようとしているあの人物だっていつか裏切るかもしれないと思っています!! そのようなものを信頼するなんて僕には……」

「私が愚かだと言うつもりか? カズマ」

「い、いえ! 兄上は全然悪くないです! 僕が納得いかないものはあのような……」

 ケイからの発言を必死に否定するカズマ。弟の行動を兄は見抜いていたはずだろう。目を閉じながら兄は空へ笑みを見せた。


「確かに私は愚かかもしれないな……だが私はもう一国のために軍を率いて戦う身ではない。大陸のために戦う立場を望まずとも得てしまったのだ」

「大陸のため。それは僕のも承知のことですが」

「大陸復古のためにはかつての敵味方の垣根を越えて私はトップとして他所者を率いて勝利をおさめなくてはならない。たとえ離反される恐れがあっても私は彼らを率いる宿命。もしその者たちに離反され、見抜く事が出来なかった場合は私の総帥としての力量が限界ということだろう」

「兄上……」

「縁起の悪い話をしたな。だがカズマ。お前はもっと心に余裕を持つべきだ。お前の能力が一流かどうかはこの戦で決まるはずだ。戦乱の夜叉よ……」

「……! 兄上、今何と!!」 

 カズマの耳から頭に入った兄の言葉に正気かと疑ってしまう本人。戦乱の夜叉とは大陸時代に自分が味方から、敵からも呼ばれていたカズマ自身の肩書き。いわば己の誇り。その誇りを象徴する武勇を兄に期待されていると気付いたからだ。


「カズマ、油断は禁物だ。私とお前が挑む決戦に同盟の命運がかかっている。肩書に恥じない活躍を期待しよう」

「は、はい!!」

「このような戦いに向かうことも久しぶりだ。デッド・ヘル、お前の力を借りなければ私の勝機も薄い。それほどの強敵だということだ……」


 兄弟が目的地へ向けて大阪の地で兵をあげた。その目的地は東北東の長野にある……。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「く……」

 意識が朦朧とし暗闇がゆりかごのように揺れ動く。自分はあの時胸に直撃を受けたまま谷底へ叩き落とされ、地面へ叩きつけられて気を失った。

 ただ、落下の衝撃は自分が破壊される程のレベルではなかった。想定したよりは痛みは浅かった気がする。でも自分が真っ先に思ったことは・・・・・・・

「もう助からないかもしれないな」

 の一言に尽きた。


 だが、そんな自分は助からないかもしれない状態から放たれていく気がした。その放たれた視界の先には遥か高く薄暗い茶の天井が見えた。


「……」

 彼は眼を覚まし身体を磔から解き放つ。周り一面なにもない薄暗い洞窟……いや、目を凝らしてみれば天井には明かりの切れた照明が、周辺にはモニターや電子器具が、手術室のような設備が、洞窟の先を行けば牧場の馬小屋のような宿舎が用意されている。

「どこだここは……この世界でいえば新潟と呼ばれた場所なのは確かだけど、場所が場所だから細かいところまでわからねぇ」

 瞬時大局把握回路が作動して大まかな場所はつかめた。以前自分が会津若松で崖から落とされたことを考えると、新潟まで自分を連れてきた者がいるということだ。


「あぁもうわからねぇな。とりあえずここから出よう!!」

 彼は走った。洞窟先の光の方へ向かえばきっと自分がどうなったかを突き止めることができるかもしれない。

 全てが謎でつつまれているのなら己が行動して謎を解き明かすことが大事だ。そう信じて彼は走り続けると光が見えてきた。


「……と洞窟から出ても、ここがどこか俺には分からないし、バントウが全然姿も見せてくれないどうすればいいんだよ俺は……誰か助けてくれよぉ」


 しかし、新潟と大まかな土地の概要が理解できても、細かい事まではこの世界の者ではない故に情報を脳内で吸収して理解することが彼は出来ない。

 殆ど未知の世界に頼れる相棒も共にいない彼は、まだ昼間にもかかわらず心細い気持で林の中を彷徨っていたのだ。

「……」

 だが、一瞬で彼の顔が真っ赤になる事態が起こった。また彼の頭脳は感情を抑制しきれずにその場でショートを起こしてしまったようにあたふたしている。

 彼が目にした姿は洞窟の先の滝壷に我が身を任せ、下界で付着した憑き物を洗い流して身に潔白を蘇らせる女性の姿だ。

 その女性のごくわずかな桜が懸った白の肌に水気を帯びた紺の長髪、ボディラインは奇麗な曲線を描き、薄いシャツに収まらないように誰が望まなくとも自己主張の激しい二つの胸の砲弾が彼の理性を奪い去る結果となる。


「は……はだ、はだ、はだだだだだ」

「き、貴様……よくも!!」

「ええっ!? ちょ、ちょっと、これにはいろいろ事情が……」

「ええい! 問答無用だ!! ここで錆にしてくれよう!!」

 己のありのままの姿をあかの他人に見られては彼女が、いや普通の女性なら怒りに転嫁させてしまう事は最もだろう。その彼女は滝に浮かんでいた一本の剣を両手に握りだした。


「あ、あんた!! 池の中に刀を入れたりしたら錆びるでしょ!! あと何か何か!!」

「問答無用!!」

 彼の常識的な突っ込みは彼女に一喝されてしまう。彼女のりりしい表情とポージングは、“なにもない“というギャップの前に、一応性別ではいっぱしの男と分類される彼のような者を混乱に陥れるには十分な状態だ。


「ま、前! 前! 前!!」

「ミーシャ様!!」

 彼女が飛び上がろうとした途端、彼の思考能力が瞬時に停止して、彼は目を点にしながら紅い鮮血を噴きだすとともに地面へゆっくりと倒れこんでしまった。

 それからまた別の声がして、彼女のもとへ駆け寄る足音がかすかに聞こえた。


「ミーシャ様! ああ……美しい! 僕のような芸術品など比べ物にならない芸術的な美しさだ!! よくもミーシャ様の美しいお体を拝見して、うらやましいようらやましいよ!!」

「ナオやめないか……その、お前に自慢できるほど私はな、そのどういえば」

 駆け付けた青緑のショートボブスタイルの少年、いや少女ナオはミーシャの姿をどこから取り出したかわからないカメラに収めながら、気絶する彼を足蹴にする。

 最も彼女の表情は至福の極みであり、無抵抗の彼に足蹴りを躊躇しない行動からは上と下の行動がアンバランスにも程がある。

「アオーン! アオーン!!」

「どうしたどうした……ってええっ!? ちょっとどういうことなんだなこれ!?」

 次に、青い犬の後を追って一人のやや大柄な男がやってきたが、彼は常識的な男性だろう。目の前の魅惑の漂う光景に思わず目を覆ってしまう。今の状況、ミーシャは言うまでもないがナオまで外部装甲と衣服を脱ぎだしているのだ。


「おいやめろって! どうなったらそうなるんだな!!」

「やめてくれないかサイト! 君の羨望はわかるけど、僕は美しいミーシャ様に身も心も共に捧げる機会は今しかないと……」

「やーめーろ!!俺にはそんな趣味はないし、お前とミーシャ様は同性……ん!?」

 ナオの暴走を突っ込むサイトは、犬が地面に寝転がった彼の顔を舐めているところから真下の人物に気づいた。


「あっ! お前目覚めたんだ!! いやーよかったよかった」

「サイト! その男ってミーシャ様が連れてきた……確かサタケとかいった」

「そうそう! 修理しても全然目が覚めないからしばらくほっておいたら。いやー復活してよかったよ本当!」

「……つまりサイト、お前が原因でこのような騒動が起こったのか?」

「え……あの、その……」

 ナオのアプローチを退けながら、ミーシャは真相に釘を打つような言葉をサイトに告げた。

 よく考えればサタケのひょんなことから起こったこの騒動は、サイトが彼を修理してしばらくほったらかしにしていたことに原因がある。

 事件の張本人であるサイトは主君であるミーシャへ弁明しようとしたが、既に彼女の頭髪は赤く逆立ち、想像もつかない眼光が彼へ放たれたいた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「いてぇ……」

「ミーシャ様の平手……手形を残しておけばよかった」

「……バカが」

 その後ミーシャの恥じらいからの怒りの制裁を受けて、痛む個所を抑えるサイトとなぜか快楽の極みに達した表情をしているナオ、そんな二人の様子を呆れた目で見つめる長身と太く力強く逆立った眉毛が印象的な男が同じミーシャの部下であるカキーザだ。


「いてて……俺はまだ何もわからないのによ、サイトさん。どういうわけかさっそく説明してくれよ。俺があの五強の一角のミーシャ・ツルギさんの元にいるかをよ」

「あぁ……悪い悪い。お前には説明が遅れたんだなな」

 そんな様子から同じミーシャからの制裁と、ナオからの嫉妬の攻撃を受けて傷が癒えないサタケは不機嫌な様子でサイトへ事情を説明してもらおうと話を向ける。

「俺はあの時独眼竜とか訳のわからない二人組に敗れて、そのまま崖から落ちたところしか覚えていない」

「崖から落ちるとは……美しくない最期じゃないか」

「あぁ。俺としたことが……っておい!俺はまだ死んでない! こうして俺は生きているから!!」

「まぁまぁサタケ、崖から落ちて重傷を負っていたお前はちょうど鍛錬を重ねていたミーシャ様に助けられてなこの地まで運ばれたんだな。そんなお前の修理を俺がすることになって」

「修理? お前が俺を助けてくれたのか」

「まぁそうかもしれないけどな。ミーシャ様がお前を見つけてくれなかったらそのまま死んでたんだな。それにミーシャ様の話だとお前は既に死んでもおかしくないレベルの重傷だったぞ」

「そうだったのか……そんなに俺が重傷なのに一応ぴんぴんしている事はまさか!!」

「そうなんだな!」


 何か思い当たる節があるサタケの考えを察知したのかサイトは彼に向けて、いや彼の相棒ともいえるバントウへ指をさした。

「俺も聞いたことがあるけどそこのバントウのおかげだ!」

「バントウ……やっぱし」

「サイト、僕を仲間はずれにする気かい!? そうか、やっぱり嫉妬から僕をつまはじきにするつもりなんだね! 美しくないよ見損なったよ!!」

「……」

 サタケとサイトの間で会話が盛り上がろうとしている時に、ナオがトンチンカンな事を挟んできた。どうやら彼、いや彼女は敬愛するミーシャとは別の意味で自己主張が激しい女性なのか。

「サタケ! 君は僕を無視するつもりなのかい!? 確かに僕は美しい! 男より男らしい!! それゆえに平凡な君は僕を孤独へ陥れるつもりなのかい!?」

「いや、別に無視する気はないけどさ……ってなんか腹立つな」

「悪い。ナオは元からこんな奴だからさ、気を悪くしないでくれ」

「こんな奴!?」

 完全に自分に溺れて妄想かなにかに泥酔しているナオはヒートアップを続ける。サイトが事を収束しようとするも、ナオのパワーに押されっぱなしである事は否めない


「サイト、僕の男気に妬んでこんな奴呼ばわりはあんまりだよ!!」

「いや、あのな……わかったわかった。お前に説明してやるからよ落ち着けよ!」

 もはや一人で悲劇の主人公を演じているナオに対し、とうとうサイトは呆れながらも説明を行った。


「あのなぁ、あのライドマシーン・バントウには通常のライドマシーン以上、俺たちのライドホースと同レベルの頭脳を持っていて自律行動が可能なライドーベルなんだ。ライドーベルはそれだけじゃなく主君のピンチに対し駆け付けるだけじゃなく応急修理を行う能力があるんだな。ライドーベルは主君のサムライドと同じ主要パーツを分割して再構成された機体だから己の身を犠牲にしてサタケの破損個所を修復した。そのおかげでサタケは助かったんだな」

「なるほど! 飼い犬が飼い主へ恩を返すことと同じなんだね! 僕がミーシャ様へご奉仕するように!!」

「……俺、説明の仕方間違えたかな」

「いや、あんたは多分間違っていないと思う……多分。それはそうと、俺を助けてくれたのはバントウ、お前とあんたのおかげだ……ありがとう」

 ナオの対応へ手を焼くサイトにフォローを掛けながら、やや照れながらサタケが彼へ礼を述べる。するとバントウが御主人の元へ駆け寄り彼の頬を舌で舐めてきた。


「何、いいってことよ気にするなって。ミーシャ様はお前を懸命に助けようとするバントウに深い絆を見出して助けたようだけど……本当に仲がいいんだな」

「あぁ。こいつは俺のライドマシーンだけど相棒以上のかけがえのない同志みたいな存在なんだ。俺たちバリーイースト地方では俺たちサムライドと同じ部品を共有して開発したライドーベルとともに戦うサムライドが多かったんだ。俺もこいつと一緒に戦場で戦ってきたんだ」

「生死を共にしてきたってわけか……じゃあ俺少し悪いことしちゃったな」

「悪いこと? 俺を助けてくれたことはあんたなのにか」

「あぁ。バントウを助けようとしたけど、そのバントウと全く同じパーツがないから残骸とかを利用した……正直間に合わせなんだよ。俺はお前の分身をただのマシーンにしちゃって……」


 サイトにはそのような事情を考慮する事はあのとき考える機会がなかった。復活を前提において修復に手段は選べなかったが、その申し訳なさを彼は弁解するが、サタケは相変わらずバントウとじゃれていた。

「大丈夫だぜサイトさん。あんたに修理されたバントウは俺のことをしっかり覚えているよ。たとえ俺の分身じゃなくなってもバントウは俺の相棒だからね」

「そっか……なら安心したんだな」

「血はつながらなくても心は魂の兄弟っていう存在だね! すばらしいよ!! 僕とミーシャ様みたいさ!!」

「「……」」

 だが、いやそれはあたりまえかもしれない。二人の会話を割って入るミーシャの常識を知らず、空気を読めない発言が彼らを白けさせた。

「あのさ、本当あいつ何なのよ?」

「悪い……ナオは本当にそういう奴だからよ。いやあいつにおそらく悪気はないから気にしないでくれ」

「は、はぁ……」

 ナオの影響で一瞬空気がなんともいえないものになるが、その後サタケはすぐさま正気に戻り本題へ話を持ってきた。


「けどよ、俺は今までの俺じゃ勝てないことが分かったんだ。あの時独眼竜とかに敗れて俺はここに来たんだ」

「……」

「俺があの時負けた理由は俺がバントウに頼りすぎたこと、俺はもっと自力で戦わないといけないんだよな……」

 サタケは目の前で両手の拳を震わせる。その拳には己の不覚だろうか、または仲間を殺めた一人への復讐だろうか。彼の事情を二人が理解したかしていないか。彼自身は知らないが、サイトは腕を組んで頷きを見せる。

「サタケ……その気持ちは本物だな?」

「あ、あぁ……そうだ、俺は仲間の敵を討たないといけないんだ! 卑劣な手で死んだ仲間達の為に!!」

「仲間の敵!? サタケ、僕を燃えさせてくれる発言じゃないか!!」

「おい、ナオ! 仇打ちで喜ぶな、相手に失礼だな!」

「いやサイト、俺はそこまで気にしてねぇ」

「そ、そうか。まぁそれならよかった……ともかくそれでだ。お前が本気ならサタケ、俺たちの義闘騎士団に入らないか?」

「え……?」

 サタケがヘタレであるかどうかは騎士団の面々は知らないが、その決意は本物とサイトは見込んだのだろう。自分への意外な申し出に対し彼は目を丸くしてしまった。


「そうだ。義闘騎士団は義を貫くミーシャ様の力になろうと結成したサムライド部隊で……」

「ミーシャ様へのラブとジャスティスが僕たちを駆り立てるのさ!!」

「……とナオが言っているがまぁ事実だ。だが、やはり厳しすぎるが故にミーシャ様についていけなくなる者が多くてなぁ。その上大陸崩壊の際に他の団員もいなくて俺とナオ、カキーザにあと……あぁそうか今は三人なんだ」

 サイトいわくサイト、ナオ、カキーザ以外に騎士団の面々はあと一人が存在するそうだが、彼のことを考えるとサイトの表情は何とも言えないような微妙なものへと変わる。


「今は三人ならあと一人か二人誰かいたのか? その騎士団に」

「あぁ。そいつは俺たち以上の強さを持つ切り札だがなぁ……今、ここにいないんだな」

「そうさ! 世界を知るとか言って今は暇をいただいてこのジャパンを放浪中のようなのさ!!」

「それはまた……」

「まぁ過ぎてしまったことはしょうがないさ。お前が戦う気があるなら俺は騎士団に加えることを拒まないぜ?」

「イエース! あの男の間に合わせには務まりそうな気が……」

「ま、間に合わせ?」

「こらナオ! 代理とか言っちゃだめだな!! いや、確かに騎士団は人員不足で困っていることは事実だけどよ……」

「いいや、俺は反対だ」

 代理という補欠ポジションだがサイトは勿論、ナオも騎士団へサタケを加入させることに関して肯定的。だが、そこでこれらの会話を遮ろうとする一人の男の口が開いた。

 カキーザ・カーゲイ。さっきから腕を組みながら彼らの話を無言で聞いていた彼の言葉は重い。


「ホワイ! 何で何だいカキーザ!? 少なくとも僕たちの捨て駒には十分な実力だと僕は思うよ!」

「す、捨て駒……」

「実力もあるかもしれないが、俺は伝統ある義闘騎士団に新参は不要との考えでな。義の象徴でもあるミーシャ様へ他所者が信義を尽くすことができると言うのか?」

「まぁそうかもしれないけどよカキーザ、このままだと義闘騎士団はじり貧になっていくし、あいつが帰ってくるまでに義闘騎士団は無事かどうかわからないんだな」

「サイト、俺たちは義闘騎士団だ。義を貫くことと人の数は関係あるのか? 俺はナオとあいつ……KGで新参を入れる思いはご免だからな」

「そ、そりゃあカキーザ、お前の意見は最もかもしれないけどよぉ。こいつの気持ちに答えてあげるのも大事だとおもうけどなぁ」

「イエス! 僕のようなニューフェイスを入れて世代交代と行こうじゃないか!!」

「……こんなこと言っているようなニューフェイスを俺と同じ古参のお前は増やしていいのか?」

(ナオ、こういう余計な所まで口を挟まなくてもいいのに)

 サタケの視線ではカキーザとサイトが彼の加入について言い争っており、ナオが話を余計厄介なことにしているとしか思えない。


「あのぉ、俺どうすればいいの、これ」

「余所者は黙れ!!」

「カキーザ! あ、悪い。もう少し待ってくれ、こちらでなんとかするからよ」

「辛いねぇ! 君のような目立たない存在は!」

「……」

 どうやら三人の騎士団の揉めあいに余所者であるサタケが出る立場がないようだ。


「ほう、お前は仲間の仇討ちを考えているのか」

「あ、ミ、ミーシャさん! いやミーシャ様!! あの時は不可抗力とはいえすみません!!」

 そんなサタケの背後には今度は平常時の姿のミーシャがいる。先ほどの件もありサタケは土下座を決めて謝りこむが、

「その件はもう忘れる事にしよう……あれは不可抗力という理由もあり、不純な動機ではないと思うからな」

「え、ええ! すみませんあれは完全に訳が分からなかったもので……」

 ミーシャの発言にサタケは必死で否定するが、先程の姿が思い浮かんだようで表情では言葉とは正反対の印象を抱かせる。実際ミーシャも彼へ半分呆れたような表情を見せたが、そこは男の性と考えて割りきった。


「ミーシャ様、その件に関しては水に流して。彼は男ですのでその件は仕方ない事にしましょう」

「むぅ……」

「……ご、ごめん……」

 そんなサタケのフォローに入るサイトはミーシャを説得しつつ、サタケに威圧をかける。

 温厚で素朴なサイトの表情からは”余計な事を招くな”と言うように未知の恐怖が彼に襲いかかり、とりあえずサタケは彼に謝らざるを得なかった。


「お前が義の為に事を為そうというなら……私はお前に戦える力を与えてもいい」

「え……本当ですか!?」

「あぁ。お前のような奴が私達の義に背くような器量や力量はないと思うしな。お前を騎士団の末席に加えても特に問題はあるまい」

「……そ、それって褒められているのか褒められていないのか……」

「不満か?」

「い、いやめっそうにもないです……ありがとうございます」

 微妙なミーシャのニュアンスの返答に対しサタケは突っ込み返す勇気はない。そこで突っ込み返せば彼女にどんな目に遭うかわからないからだ。五強の一角と無名の存在には知名度以上の実力差があると見た。


「ということだ。義闘騎士団に入れる事は私も特に問題はないと思う」

「おいミーシャ……あんた、こいつを入れるつもりなのか」

「カキーザ!」

「それは私が決めた事だ……お前はこいつが騎士団に入って不満か?」

「いいや、俺はそんなこと言ってねぇ。はいはい、あんたがそう言うなら俺は従う事にするぜ」

 主君が賛成してもカキーザはへそ曲がりなのか頑固なのか彼を騎士団へ加入させることには懐疑的なスタンスを維持しているようである。

 このミーシャの選択にもカキーザは先ほどの反発する姿勢を引っ込めたものの、どこか食えない感じのままひょうひょうと一人去っていった。


「ミ、ミーシャ様。これでいいのですか」

「あぁ。カキーザはそういう奴だ、新参を嫌うところがあるから仕方ない奴だ」

「は、はぁ……」

「それよりサイト、騎士団加入が決まったらこいつにライドホース与えてやれ。お前の事だ、貴重な暇を見つけては色々作っているだろう」

「それはもう……」

 サイトの返事にミーシャは首を縦に振ってサタケへ目を向けた。その意味はサイトには一発で理解が通るところだ。

「よしサタケこっちこいよ。初心者のお前を手ほどけるかどうかは分からないけどある程度やってやるぜ」

「あ、ああ……」

 そしてサタケはサイトに導かれるまま先程の洞窟へ案内される。彼らがいなくなった後にミーシャはとある事を考えようと腕を組んだ。


「ミーシャ様。ひょっとしたら紅き軍神の事ですか?」

「あぁ……紅き軍神が私達の方へ進軍を開始している……おそらくあの時の戦い、リバーインサイドの報復だろうな。私はこの手であの男の支えを奪ってしまったからな」

「リバーインサイドの戦いはやむを得なかった事ですよ! ミーシャ様に刃向うからこうなってしまうのですよ!!」

「そうか……あの時は私に救いを求めてきた者の為に私は立ち上がった。私は間違った事をしていないと思いたい。だが私が義を貫く代償に彼は軌道から脱線してしまったものだ……」

「ミーシャ様の軌道から反れる者が悪いのですよ!! 義と愛の前に改心しない人はそのまま反れて世界の果てまで消えてしまえばいいのですよ!!」

「そうか……」

 ナオは熱烈に主君の正当性を主張するが、主君であるミーシャの表情は芳しくはない。義に行動を委ねる彼女は自分の行いの正当性を信頼する一方で、本心にしこりを残す何かが気がかりなようだ。


「もし今私が軍神を打とうとするなら勝算は濃厚という所か……」

「ええ! あちらはまだ四戦士が復活していません!! 風林火山の四戦士がいない紅い軍神など僕たち騎士団の手にかかればたいしたことないですよ!」

「そうなるといいが……」

 ナオは積極的に勝算をアピールするが、それでもミーシャにとっては不安の種が尽きない模様である。

「ミーシャ様、何をそこまで気がかりにしているのですか?」

「あいつには真紅の一番槍との肩書きのユキムラという子飼いのサムライドがいる……実力は未知数だが彼は第6世代。いわば最新鋭のサムライド。もし私が軍神を落とせず四戦士の復活を許してしまっては私と義闘騎士団は劣勢へ追いやられてしまう……」

「そんなに強いのですかそのサムライドは!! ですがミーシャ様にかかれば一番槍はミーシャ様の飛翔門剣の前に……」

「そこまで私を過大評価する必要はない」

「す、すみません……」

「ふ……私達はどうやらここで軍神を落とさないといけないようだな……もし群馬が、私を守るように位置する盟友である傾国の女傑が落とされたら私は覚悟を決めないといけないな……」

 ミーシャは迫りくる戦いと、宿敵が抱える未知数のサムライドに警戒心を抱いていた。その警戒心を元に戦場へ向かうのは彼女の盟友であり、傾国の女傑と呼ばれていたリマ・ナガーノが生きるか死ぬかによる……。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「てやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 そして、長野の大地で量産型兵器の群を一人で仕留める者がいた。彼は小柄の身に関わらず己より長身の槍を振り回してソルディアをなぎ倒している。


「六紋チェーンジ!!」

 少年はただ槍を振り回したり突き刺したりするだけではない。槍を二つに分離させて短刀を操るように軽やかな動きで周囲の相手を寄せ付けず、ボタンを押すことで展開された鞭のパーツで飛んできた流れ弾を弾き飛ばす。

「あぁもうめんどくさいっす! ならこれで片づけちゃうもんにーだ!! シンクーハンド、こっちへこいっす!!」

 だがこうしている間に少年は少しずつ片づける事が面倒になったのか、両足からのキャノン砲を放ち、その衝撃で己を後方へ軽く飛ばす。

 そして、彼の両手で再度一つに組み合わせた槍へ向かって放たれた存在は、彼の身体を包むほどのサイズを誇る手だ。手が槍の先端へ連結され、その手を地面へ引っかけることで己の身体が吹き飛ばされる事を食い止めることが出来る。


「ええい! 六紋手で片づけるっすよ!! でやぁぁぁぁぁぁぁっす!!」

 右足裏からのワイヤーを地面に引っ掛けて彼が回転するとともに六紋手と呼ばれた武装がソルディアの群を手で払いのけるように片づける。

 何周もしてソルディア全機が手に拘束されて動きが取れなくなったのを見た彼はジャンプして腕に捕われて敵の群を地面へ叩きつけ、最後に己の身体をプレス代わりにして足から相手を押しつぶし、上から落下した。

 この衝撃による反応で僅かに上へと浮きあがった柄を握ることで六紋手を手にして宙に飛んだときにはソルディアが一斉に砕け散る姿を見た。


「……見事だなユキムラ」

「お師匠!」

 そんな少年“ユキムラ”の戦闘シーンをおさめた記録映像を見て、お師匠と呼ばれた彼……ゲンの口元がかすかに揺れる。この世界においても彼は懸命に小柄な体と自分以上の長さを誇る鋼の槍を振り回しながら戦いに挑んでいる。


「ユキムラ……お前は俺の全てだ。だからお前は強くなれ、強くなる事はお前が死ぬこともなく強く生き抜くことができる理由だ」

「お師匠? おいらむずかし~こと苦手っすよ!頭痛くなっちゃうもんに~」

「そうか……ならそれでいい。お前は今のように負けることなく戦い続ければそれでいい。俺のもとに居続ければ……俺は困らない」

「あたりまえっすよ! おいらがお師匠のもとから離れる訳がないっすよ!!」

 手のひらのようなマシーンの上でユキムラがゲンに向かってⅤサインを決め、にこりと笑顔を見せる。そんな彼の汚れのない無垢な微笑みは一人の男にとって、いやこの世界においては一つの清涼剤のようなものだ。


「ユキムラ……お前は堪えていないかもしれないが、もしお前がその笑顔の下で宿命に苦しむなら俺はお前に済まない事をしているだろう……」

 レバーを引くことでゲンの座る席はマシーンの上部までせせり上がり、首を空の方へ向けた。その両目に刺さるように入り込んでくる空の青さが彼の眼には若干純度が強かったのか。まだまぶしくもない空から瞳をそむけた。


「父よ……何故あの時敵陣へ切り込む必要があった。弟よ……何故あの時お前は俺の身代わりになった。そして娘よ……何故俺に刃を向けた」


 ゲンの瞳には青空が雨空へ見え、今は平穏な血が激しい戦場へと移り変わって見える。その場で父は敵陣へ飛び込んで果て、弟は己を捨てて自分を守る盾になって果てた。


「ヤマカーン……貴方は作戦の失敗を償うつもりだったかもしれないが、あのくらいの失敗は俺一人で取り返すことが出来た。テン……お前はあいつから俺を守るつもりだったが、あいつを倒すことは俺一人で出来たはずだ。そしてシノブ、お前は俺があいつを倒すための勢力拡大を反対して俺を殺そうとしたが……何故だ。俺は強い。俺の強さを信頼せずに、己の身を投げて危機を救おうとすることが俺の支えを失うことが分からないのか……」


 戦えば戦うほど、強さを求めれば求めるほど。他からの支えを失っていく。それがゲン・カイ。紅き軍神の彼にいまなおプレッシャーとして押しかかってくる事柄だ。

「心の支柱を失った時、己の力を支柱として己を支えるのみ。だから俺は強さを、権力を己の力でもぎ取り、世間に知らしめる。それが俺の支えだ……!!」

 ゲンが目に向けられた先は群馬の非常拠点。護衛用に配備されたのかソルディアとアロアードが進軍する自分たちに攻勢をかける。


「お師匠! どうやら攻めてきたっすよ!!」

「ユキムラ、俺の獲物は決まっている! 獲物を射止めて下の存在を俺の権力で屈服させる!!」

「権力で屈服? おいらよくわからないっす! けんど敵さん倒せば大丈夫っすかなこれ!!」

「敵さん倒せばか……あぁ! だが一番槍のお前はただ倒すだけがすべてじゃない! 敵陣を一直線に切り開いてやれ!!」

「なーるほど!!なら、いくっすよ!」


 ユキムラは手をぽんと叩いて豆電球が点灯したように表情をぱあっとさせる。背中の六文槍を前面へ突き出して宙で先端を後方へ回転させて、ライドマシーンから軽く飛び降りる。

「シンク・ド・レッダー! ハンドセパレーツっす!!」

 先ほどまでの足場から巨大な掌が本体から分離して、ユキムラが握る先端の刃が連結される。巨体と合体した六文槍は遥かに彼よりヘビーな武装だ。両手で握った柄がかすかに振動している。


「おいらはバカ力が取り柄なんだもんにーだ! うおにゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

 激しい勢いで六文手の先端を相手へ向けて、紅い閃光と共にユキムラは駆けた。迫る攻撃は強大な手が耐えきるが、手をそれて飛んだ攻撃を彼は笑いながら浴びる。

 それは彼が肉眼では目視できない動きで攻撃を見切っているのか、また敢えて攻撃を受ける事が痛くもかゆくもないだろうか、笑いながら先端の手でソルディアを片づける彼の姿はモップがけを全力でやる新米の従業員の様だ。


「六紋槍は幾多のバリエーションがあり、この六紋手こそ重量の関係上使う事が最も難しいとされている。それを全速力で突っ走る姿は見事だな……」

 ユキムラが開いた一直線の道をゲンのライドマシーンが進撃を開始する。黄色と黒のカラーリングで塗られた虎を模したような戦車・カイガードが重厚なキャタピラ音を立てて、瀕死の機械を死へ追いやるように巨体が動く。

 上空から放たれる衝撃音はまるで雷に打たれた鳥のように、アロアードを落とす。小さな案内人が道を作り、客をゴールまで導く。その大柄な客は開かれた道を完全たる道にせんとキャタピラが進んでいった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「お、おい! どうするんだよ!!」

「あぁ……ここ群馬、高崎の非常拠点を突破使用とする奴がいるんだ!!」

「なんてこった! 俺達の手でソルディアやアロアードを操る事が出来れば非常拠点を外敵から守ることが出来ると思ったのに」

 高崎の非常拠点に動揺が襲った。拠点から逃げ帰ったようにアロアードに録画されたデータを目にした彼らは今、焦燥に支配されている。

「貴方達。ソルディアやアロアードを配備したとはいえ、数はまだ僅かな存在。あのくらいの量でサムライドを迎撃する事を考えない方がいいわ……」

「「リマさん!!」」


 一人の落ち着いた女性・リマの声が人々の顔を向けさせた。ゆっくり歩くとともに機械音が迫る彼女は腰まで伸びた赤褐色のポニーテールに、エメラルドの軽装はミーシャ同様彼女もまた女騎士を彷彿させる。

 彼女は、これから来る脅威に立ち向かう覚悟を背負う瞳には使命、誇りが宿り、放たれる眼光は人々の希望を増幅させ、その希望全てを彼女は一つ残さず受け止める。


「ミーシャから話は聞いている。紅き軍神ゲン・カイがこの地を手にしようとしているとな……己の力を示す為にね」

「つ、つまりリマさん! 俺達の街をそのゲンとかは踏みにじって我がものにするつもりなのかよ!!」

「難しい所ね。ゲンの望みは力を示すだけで人々への悪評とは無縁の人物……最も私が彼の運命を狂わせることになった者の味方をしている時点で私は彼の標的になっているけどね」


 自分の運命をリマは既に悟っていたのだろう。リマが勝つか負けるかは天のみが知る。死という一文字のリスクを背負った戦いは不可避だとすれば、心構えが勝負を決める要素にもなる。

 最もサムライド達は死を背負って生きる。死に挑んで、死を乗り越えて生きる事が彼らの栄光であるからには心構えは出来ていて当たり前かもしれない……。

「ゲン・カイは五強の一角、私は過去にあの男を下した戦果が私にたとえ1パーセントとはいえ勝機がある証。ただ……」

 それでも、ただ一抹とはいえ胸に支える事柄があるのだ。死を恐れぬ心だけでどうにかなる問題がある。


「紅き軍神の先陣を飾るあの子は……ユキタカ。彼が故郷を去らなかったら私の仲間……そうね、私にとっては息子か孫のような存在になったかもしれないわね」

 リマにとってのあの子とはユキムラを指す言葉であろう。少なくとも自分の仲間になる可能性があった彼を敵に回している自分がいる。だが彼女は表情一つ変えずにうつむく顔を上げて答えを見出す。

「だけど彼が更なる技術を求めて故郷を去ったことを私から責める理由はない。それが彼の信義だからかしらね……そして斜陽の国を、存在を破滅から守ることが“傾国の女傑“である私の信義ね」

 例え敵とはいえ、故郷を捨てて夢を選んだ者により生まれたユキムラをリマは責めない。また仲間として分かり合える可能性があっても、敵として対峙した場合は剣を向ける。それが彼女、リマ・ナガーノだ。


 そして巨体の到着音と共に彼女は立ち上がった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あ、あんた達か!俺達の拠点を乗っ取りに来たやつは!!」

「うわっ! ちょっと訳が分からないっすよ! おいらはただここを通りたいだけっすよ! ねぇ~お師匠!」

「あぁそうだ……立ち向かう気がないなら俺はここを突破して新潟。あいつのいるところまで向かうまでだ」

「に、新潟は俺達レジスタンス達の拠点だ! そこを制圧される訳にはいかねぇ!」

「そうだそうだ! 新潟がなくなったら俺達はどうすればいいんだよ!!」

 ゲンの答えに対し非常拠点の人々は反対の声を上げる。彼らにとって新潟が支配下に置かれることは、生命線を絶たれることと同じだからだろう。


「あちゃーお師匠! おいら達間違った事したっすかね?」

「気にするなユキムラ……俺には非力なれど奮闘する者を踏みにじるつもりはない。だが、それが元の俺へ戻す契機を妨げるなら俺は躊躇わない」

 ゲンはカイガードからジャンプし大衆の前で軍配を向ける。彼の宣戦布告とも言うべきだろうか。彼に反意を見せたその時には手を緩めずに目の前の存在を絶やそうとする炎を宿らせているように見える。


「待て紅き軍神!!」

「……傾国の女傑だな。その声は」

 ゲンの横から制止の声が入った。低く威厳を持つ声の主はリマ。ポニーテールは彼女の誇りを現すように風になびいて尻尾のように揺れる。

「その通りよ、紅き軍神。あの頃私がいる限りコーノ国を落とすことはできないと言っていたのにね……」

「確かにあの頃の俺は強かったが、お前に負けた。しかしそれはあの頃の俺がお前より弱いだけの話だ。俺があの頃の俺ではなく今の俺だという事を忘れるな」

「仲間の支えを信じず己を己で立たせることがすべてと考える貴方が強いとは思わないわ。その強さは自意識過剰に入るかしらね」

「何を負け犬のような事を。自意識過剰と言うが己の力を否定するお前を俺は非力とでもいっておこう」

 己を最強というゲンを彼女は自意識過剰と言えば、支えがあってこそ力を発揮すると考えるリマを彼は非力と言うだろう。二人の会話は水平線状態の高度な思想での口争いと言うべきだろうか。

 最もその会話についていけない存在が一人いるようで、その一人がゲンの袖を引っ張ってきた。


「お師匠~自意識過剰とか非力とか言っているけどおいらよくわかんないっすよ~」

「そこのお前、確かユキムラ・ナダと言ったな」

「え!? おいらの名前を知っているんすか!? お師匠おいら有名に……ってあれ?」

 いきなりリマに名前を言われて喜ぶユキムラは子犬のように師匠を見上げるが、その師匠の表情は決して晴れやかな表情ではない、陰と漆黒の憎悪心が顔に現れていた。

「紅い軍神。貴方が喜べないのも無理はないわね。ユキムラを生んだカイ国の技術参謀ユキタカ・ロクモンは元々私のコーノ国の人間だからね」

「……ええ!? おいらのじっちゃんはカイ国の人じゃないっすかお師匠!!」

「…………」

「ねぇお師匠! おいらカイ国の第6世代サムライドとしてじっちゃんにつくられたっすよ!! そうなるとじっちゃんがカイ国の人間じゃないってことはえーと、えーと……」

「まだ難しい事を話すには早すぎたかしらね。でも私を生んだブッツーナ様はあなたの生みの親の師匠。ユキムラ、貴方は本当は仲間になるはずだった私を敵に回しているのよ」

「!!」

 

リマが突きつけた事実が幼く純粋なユキムラの心をナイフで突き刺すように傷つける。その場で彼の思考能力がフリーズしたのか全身を震わせながらゲンの元へ顔を向いた。

「お、お師匠! それならおいら、あの人の仲間ってことはお師匠を敵に回さないといけないっすか!? おいら今まで頑張って来たけどどうなるっすかお師匠!?」

「……」

「お師匠!何とか言ってくださいっすよ!! おいらわかんな……!?」

 リマの話の真偽を確かめたいが故にゲンへ事情を聞く彼は落ち着きを失っている。その場であたふたしながら止まる事を今の弟子は知らない。だがそんな弟子に対し師匠は一発の平手を返事代わりに送った。


「お、お師匠?」

 厳しい一撃の後思考能力が回復せず、頬の痛みが回復する間もなくよろけたユキムラを抱擁するゲンの姿が弟子の目の前にいた。

 師匠の抱擁は強く、どこか温かい。おそらく温かく包むような器用さはないかもしれなかったが、機械の手からは人の温かみがある事を弟子は肌で感じたのだろう。


「お、師匠……?」

 正気に戻ったユキムラを無言で解き放ち、ゲンの表情は一層厳しさを混ぜてリマの方向へ向けられた。

「貴様……よくもユキムラを、俺の支えを傷つけるとはいい度胸だな」

「己を強いと思っている貴方が他人の動揺に逆上とするとはね!!」

「俺に無駄な支えは要らないだけの話だ。俺に必要な数少ない支えを傷つけた代償を思い知れ……!!」

「お師匠!!」

 今、ゲンがリマをめがけて駆けた。彼の猛攻を察知したリマは横長の翼を持つライドマシーンを足代わりにして彼の居場所、またこの非常拠点から離脱を開始した。


「あ! リマさんどこへ行くんですか!!」

「いや、リマさんのことだ! この戦いで非常拠点が巻き添えにならないことを考えたんだ!!」

「そうか! リマさんはここを守るためにあえてここを去るつもりだな!!」

「どこへ行くっすかお師匠! おいら一人ぼっちは困るっす!!」

 人々が考える通りゲンとリマはその場から離れていく。彼らの戦場は荒野だ。だから、ユキムラは急いだ。師匠の戦いを彼が己を除いて信じてくれるたった一人の自分のために戦う姿が見たかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「なるほどな。無駄に被害を出さないお前の考えは間違いではない。無駄な犠牲を出さないことは俺も望んでいる」

「力しか望まないあなたがそのようなセリフを言うとは……何か滑稽ね」

 リマが無人の廃墟まで逃走を終えたので、ターンしてこちらを振り向く。それと同時に彼女の足でもあるライドマシーンがひとりでに彼女の背中にドッキングし、白と青の翼が彼女の背中から生えたように見える。


「ライド・クロスしたか……」

「あなたのような相手にそのままでは危険だからよ。このMKⅡフォームであなたの様子を見るわ」

「様子を見るか……面白い!! ビャッコグンヴァー!!」

 軍配の先端から白光が刃となって天へ伸びる。対照的な黒のグリップを握ってゲンは飛んだ。

「甘いわ!」

 しかし翼を持たない者が持つ者へ反抗することは不利だ。いくら高く飛んで彼女に切りかかっても空を飛ばれてしまっては攻撃が届かないのだ。制空権を持つリマは背中に手を動かしてバズーカのグリップを握る。

 遥か上空からは散弾の雨が降る。散弾が雨のようにゲンのもとへ降りかかる。軍配を回転させて散弾をはじき返そうとするも、それは彼にとってあまりにも小さい傘だ。


「お師匠!?」

 ユキムラが駆け付けた際には雨が降る大地を炎が包んだ。周囲からゲンの姿は炎と煙によって目視できない。

 だが真上にいるリマは決して喜ぶことはなかった。なぜなら彼女の目下には雨に打たれた彼が確認できたから。雨は彼を濡らさず、彼を焦がす。最も雨に焦がされた彼は平然と表情を変えなかった。


「お師匠! 大丈夫っすか!?」

「手を出すなユキムラ。それよりあの女の攻撃など俺にとっては小雨だ。打たれても俺を害することはない」

「やはり実弾兵器の雨では倒せないようね。MKⅢライド・チェンジ!」


 上空でリマのフォルムが変わった。両肩両足には地面へ先端を向けた四本筒が備えられ、背中から抜いた小銃を合わせれば、五つの砲口が天からの刺客としてゲンに銃殺刑を執行せんと構える。

「どうやらビームに手を出したな。あいつの多段(マルチステージ)合体(ライドクロス)戦法は聞いたことがあるが、戦うことは初めてだ」

 天から五本の光が自分を襲うが、今度は耐えることを選ばず逃れることをゲンは選んだ。ビーム兵器は己の体で耐えることは不利と悟ったのだろう。

 後退する彼はまるで後ろにも目があるように、的確な足場を踏んでビームを避け、また軍配でビームを防ぐ。わずかな隙を見つけてビャッコグンヴァーを右腕に合体させて、光の刃を上空へ放って逆転の機会をつかもうとするが、高く飛ぶリマに射程が届かなかったのか、あるいは光は彼女の放つ熱に焼き切られてしまったのか、何度彼が反撃を試みても効果はない。


「敵が攻撃してもお師匠は避け続けるっす! 一度に五発のビームを避けるなんてさすがお師匠っす!!」

 ユキムラが喜ぶのだが、少年は今目の前のゲンが不利に追い込まれていることを知らないだろう。何故ならゲンの攻撃を回避するリマは空中をフィールドとしているが、ゲンのフィールドは地上だ。空中と地上での最大の相違は前後左右の二次元に移動できても上下の三次元には移動ができないからだ。


「ここまで回避するなんて思わなかったわ……このまま私が同じ手で攻撃をしても持久戦に持ち込まれたら私は負ける。ライド・チェンジ……MKⅣ!!」


 リマの頭部にセンサーとバイザーらしきクリアパーツが上から装着される。背中の翼からは複数のビットが光の糸に連ねられて地上へと降下を開始していく。

 そして、天空に飛ぶ彼女から放たれる5門のビームを軽やかな軌道を描いて避けるビット。上から放たれる光を水平の軸を移動して回避するゲンの隙を突くように真横からビットが牙をむいた。


「しまった!!」

「お師匠!!」

 不測の事態に襲われたゲンの体が横へ吹き飛ばされる。だが幾多の小型兵器は標的に体勢を立て直させる時間を与えずビットからの光線が標的に迫る。

 一つ一つの小さな攻撃も蓄積すればかなりのダメージとなる。そして一斉放火を前にゲンは立ち上がる時間をもらえなかった。

「どうやら終わりのようだな」

「く、MKⅣ形態の切り札は名前だけ聞いていたがこんなに強いものとは!」

「あたりまえよ。有線式オールレンジエネルギー射撃兵器。その頭文字をとって付けられたCARESAを回避することは不可能よ」

「CARESAだと……!!」

 CARESAとはゲンの危機覚えのない兵器だ。己の意思でコントロールされ全方位から標的を攻撃する兵器の存在は地上を陣とする彼にとっては十分脅威に値する兵器の様である。


「お師匠どうしちゃったすか! お師匠には切り札が残されているんじゃないっすか!!」

「ユキムラ……」

「切り札をまだ持っている……なら短期決戦に持ち込まないといけないわね、ライド・チェンジMKⅤ!!」

 背中から放たれた大型グローブがリマの両手をすっぽり包んだ。倍以上と化した彼女の手はゲンの腰をがっちり掴んで解き放つ力を与えない程のサイズとパワーを誇る。そんな彼女は彼に両手を使用させはしないと手と手の間で身体を押しつぶさんと掴んでパワーをかける。

「うおおおおおおおお!!」

「お師匠!!」

「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「これであなたの切り札は使えない。私の勝利ね」

 巨大なリマの両手がゲンの腰と腕を締め付け、手からの電撃が彼をさらに苦しめようとしている。黄色く光って感電するゲンからの悲鳴は彼の苦痛の表れだ。


「あなたの切り札くらい私は知っていたわ。両手で相手の心臓を抉る貴方の必殺技大河ノ輝刃を封じるには、あなたの両腕を使えなくなるにするだけでいいのよ」

「くそ、俺の切り札が読まれていたとは……不覚だあああああああああ!!」

「苦しみなさい。私の多段(マルチステージ)合体(ライドクロス)戦法最大の切り札でね。Dフェンサーと合体してパーツと変形合体を重ねていくにつれて私は本領を発揮する。その私の切り札で散る事が攻めてお前に出来る情けね」

「情けだと……ふざけ……!!」

「お師匠!!」

 ゲンは苦しみのうめき声を上げ続ける。リマの両腕から放たれる電撃は十分効果的だろう。顔を苦痛でこわばらせ地獄のような苦しみを叫ばんとして少しでも中の苦しみを解き放とうと悶えている。

 ユキムラは眼をそむけた。今まで自分を信じ頼れる男として、そしてたった一人の師匠として自分を導いてくれた彼の無様な姿はユキムラにとってはありえない姿。そんな姿に目を向けたくなかった。

「ぐああああああああああっ!!」

「なかなかくたばらないのね。でもあなたは確かに苦しんでいる。このままあなたを苦しめようかしら」

「や、やめろ!! やめてくれ!! うがぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 とうとう哀願までしてきたゲンには電撃をさらに強く送る。五強の一角である彼に助けを求める弱音まで吐かせたリマが勝利を得る可能性は飛躍的に上昇している。このまま電撃を送り込んで彼に大河ノ輝刃を使わせずに粉砕することが可能だと彼女は確信した。

 そして己の力を全てと考えるゲンは皮肉にも己だけの力を否定しながらも同じ己の力によりリマに完膚なきまでに苦しめられている。自分と相反する考えの者に自分と同じ方法で破壊されようとしている現実は如何にも残酷としかいえない。


「お師匠! どういうことっすか!! なんで風林火山でいかないっすか!!」

「何……!!」

だが、リマにとってありがたい今野戦況はユキムラが思わず叫んだ四文字のキーワード”風林火山”から根本自体から現状をひっくり返されようとしていた。

「お師匠にそれで勝ったと思うなっす!! お師匠はおいらより、いーや誰よりも強いっすよ!! 分からないっすか!!」

「ちっ……」


 見るに堪えない彼の姿にユキムラは叫んだ。風林火山の言葉にゲンは舌打ちをしたが、それでも目を相手に向けて彼を苦しめるリマへ目を向けた。その目に先程の哀願や絶望は感じられない、あるとすれば反旗と反撃の意志しかない。

「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「何……こ、こんな力があるだと……!!」

 電撃が己を包む中、ゲンは腹に残された力を声にして放つ。その声はリマの腕へ幾つもの亀裂を残していき、襲う光は消えたり付いたりして、最後の点滅を終えると腕から火花が散り、黒煙が上がる。そして、


「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 叫びの一斉と共にリマの身体が後ろに飛んだ。ゲンは身体を広げて多数の亀裂に満ちた強大な手を吹き飛ばすように砕き、今拘束を解放された彼がスタッと着地しては後ろへ飛ぶ。その後方には4機の影が飛んでいた。


「ライド・クロス! 風林火山!!」

「出たっす! これがお師匠の切り札っすよ!!」

空中で黒の骨格がギブスのようにゲンの身体へ食いこみ、黄色と黒の両腕が彼の腕を挟みように包み、地面へ着地する中で真上から降下していく赤と白の鎧兜をこの手で被る。背にした太陽が輝きを増して彼の縁を白く染める。彼を中心に風が巻き起こり木の葉や砂塵が俟う。太陽の光と砂塵の強さが彼の姿を何者の視界から遮る。

「風林火山。その姿を私はまだ見ていない……どのような力を秘めているの……!!」


 砂塵が消えていく中でリマはあり得ない光景を目にした。荒れ狂う風の中で荒野に存在することがあり得ないはずの林が靡き、林の奥には一つの火の玉が、緑に包まれた遥か巨大な山脈にそびえたっているのだ。

「か、風が走っている……林が耐えている……火が燃えていて……そして山が聳えている!!」

「人はそれを風林火山と言った! てやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 リマは目の前で起こっているあり得ない事態を口にしてしまう。彼女は既に幻と威厳、そして未曽有の恐怖に自分の自身や勝算が吹き飛んでいた。

 そんな彼女の目の前に火から現れた拳が彼を包む火を、まるで布を引っぺがすように掴み、絨毯のような火の塊は風に吹き飛ばされながら遥か上空で星と化すのを彼女は見た。

 そして、火が現実から姿を消せば、山も林も一瞬にして消滅し、風も止んだその先には朽ち果てた高層ビルに腕を組んで立つゲンの姿を見た。


「風林火山来たっす! お師匠!! かっこいいっす!! 最高っすよ!!」

 ユキムラに言われる通り腕を組むゲンの表情に迷いや弱さは一つも見られない。余裕、自信、誇り、信念、そして怒りと反撃の心が彼を堂々振舞わせる力として彼を輝かし、威厳として相手を押しつぶそうとしていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「そ、その姿は……計算外!!」

「ライド・クロスして次々と変形することで強力な武器を駆使していき、相手に段階的に恐怖心を植え付けて始末する多段(マルチステージ)合体(ライドクロス)戦法がお前の十八番。あの頃の俺を下したことはあって自信があったようだな……」

「あ、あわわ……」

 今のリマはゲンに全てをひっくり返された。それは死への恐れだろうか、勝利への方程式が崩壊したからだろうか、または未知への怯えだろうか。両手を失った彼女が放つビームキャノンは彼に通用するどころか、一発も当たりはしない。


「弾掌粉砕拳!!」

「ひぃっ!!」

 意味のない反抗を続けるリマにゲンの拳が飛んだ。その拳は彼女の足元程度のサイズのはずだが、彼女の目には自分と同サイズ、いやそれ以上に見えたのだろう。小さな拳を前に先程の威勢はどこへいったのだろうか。腰を抜かしてその場で震えてしまった。


「今の俺にお前が勝てるわけがない。俺はあれから多段合体戦法の弱点を探すにつれ気付いた。MKⅡ、MKⅢ、MKⅣ、そして最強のMKⅤとフォームのランクが上がるにつれ己のエネルギーの消耗が激しくなることをな」

「そっか! あのときお師匠が風林火山形態へライド・クロスしないで相手の攻撃を受けてわざと苦しんでいたふりをしてエネルギーの消耗を誘ったっすね!!」

「そうだ。最もあの電撃から俺も少しはこらえたがな……あとユキムラ、お前がもう少し早く風林火山の事を漏らしていたら俺も危なかったぞ」

 ゲンの言葉にユキムラは思わず手を叩き、ユキムラの回答にゲンは余裕の笑みを浮かべながら、彼のちょっとした失態を指摘する。

「ご、ごめんっす! お師匠が本当に苦しんでいるのかなぁとおいら思っちまって……」

「まぁ俺の演技が余程上手かったからな。敵を欺くには味方から。事前に打ち合わせるとどうしても作戦がばれてしまうものだからな」

「なるほど……お師匠の考えることはすごいっす!」

 ユキムラはペロッと舌を出して頭を掻きながら彼を褒めちぎる。その様子がゲンには嬉しかったのだろう。表情を一瞬和らげたが、リマの方向には残酷なほど余裕の笑みを見せつけている。


「ということだ。最も俺は最初の攻撃を耐えたり交わしたりしてお前へ早くフォームチェンジさせてエネルギーの消耗を誘った。俺が空からの攻撃を地上で回避する様子を見て、お前は真上からの攻撃に関して精いっぱいな俺を真横から攻撃すれば脆いと見て、CARESAとかで俺の横を突いた」

「……」

「最もここでユキムラは俺の切り札を使えと叫んだのを見てお前は、以前俺がお前にかけた大河ノ輝刃が切り札だと思い込んで、俺の腕を封じて切り札を封じながら俺を殺そうと考えMKⅤへフォームチェンジして俺に止めを刺そうと……持てるエネルギーをすべて電撃に使おうとした!」

「……!!」

 ゲンの口から放たれた彼女の思惑と戦略は見事に的を射たのだろう。動揺する彼女の顔が一瞬にして蒼白と化したのが分かった。


「どうやら正解のようだな。もしあそこでやめればそれでよかったが、俺の演技に騙され、ユキムラの動揺を見て自分は正しいと思ったのがお前の運の尽きだ。さっき俺が白虎撃破……そうだ、あの時俺が叫んだときにお前は倒れた……至近距離で放って腕が砕けたのは想定外だったが……おいユキムラ! お前、あの攻撃を受けて無事だったか!!」

「白虎撃破っすね! あぁあれは耳を塞いでいればなんとかなっちゃうっすよ!!」

「……という事だ。ユキムラが後でピンピンしていたが、お前が倒れたのを見て俺は勝ったと悟った」

 ゲンの表情に迷いは一片たりともない。リマの思考を次々と論破し、最初から裏を掻き続けた自分の戦法を惜しげなく告げている。


「と、まぁ俺が作戦の一部始終を明かす理由は簡単だ」

「あ……あぁ……」

 そしてゲンはビルから飛び降りて、目の前にいるリマへ一歩一歩近づく。今の彼女は蛇に睨まれた蛙のように己から動く行為を果たせなかった。

「何故ならお前は、俺が始末するからな……この風林火山でな!!」

「ひいっ!!」

 今、ゲンの腹の底から怒りが爆発した。無抵抗の彼女のポニーテールを乱暴に掴んで、サムライドとはいえ性別上女である彼女を虎の拳で殴りつけた。


「この風林火山は娘……シノブの命と引き換えに俺が手にした力だ。あの時俺は反旗を翻したシノブを殺める以外の選択もあっただろう……だが!!」

「あぐっ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 顔に一発めり込ませた次に、左腕のドリルが勢いよく回転しながらリマの腹を貫こうとする。己の腹を貫こうとする痛みは人でもサムライドでも変わらない。

 絶望した瞳で自分の危機を現さんとばかりに彼女は叫んだ。その叫びはもはや最期の時が近い事を象徴している証拠だ。

「俺はあのときシノブを破壊してしまった! だが俺は全てを狂わせたあいつを倒す為に娘の命を引き換えに、娘の風林火山を俺の力に変えた!!」

「け、獣め……」

「何!!」

 恐れから出たリマの本心が帰って火に油を注ぐ結果になった。ゲンの右手は首根っこを掴み、握力は首を粉砕せんと力を加える。瞳には黒い炎がたぎっているかに見えた。

「俺はあいつを倒す為に力と権力を掴むなら手段は選ばない。だがそんな俺を欲望の塊と見たら大間違いだ! 俺には支えがあるからな!!」

「支えだと……」

 リマにはゲンの支えが誰かまでは特定できないまま怒りに身を任せる彼の右腕に頸動脈が絞めつけられていくことで死を感じつつあった。その彼は怒りの矛先を彼女へ向けながら、視線は真後ろのサムライドへ移った。


「俺にとってユキムラは弟子でもあり息子のような存在。そして俺の支柱だ。例え小さくとも支柱があれば俺は獣にはなることはない!!」

「ぐわっ!!」

 ゲンの右腕はリマを宙へ投げ飛ばした。彼にただ投げ飛ばされ対空する彼女へは右腕を高く付きあげる。

「その支柱を折ろうとしたお前を……許さん!!」

 今、右腕がリマの腹を抉るように打ち込まれ、彼女は斜め後ろへと吹っ飛ばされる。だが彼女が吹っ飛ばされた先にはゲンが回り込んでおり、地面へ身を任せることを許さず鉄拳が飛ぶ。一発、二発、三発……と数える間もなく彼の拳は肉眼で目視出来ない早さと化していた。


「出たっす! お師匠の必殺猛虎マシンガンフィストっす!!」

 ユキムラがゲンの戦いに目を光らせている。相手になす術もなく真下からの衝撃に己の身は打ちのめされていくのみである。

「すごいっす!すごいっす、これでお師匠……」

 だがユキムラの目の色から炎が消え、徐々に喜びも薄れていく。何故だろうか。目の前でゲンがリマを圧倒していることは事実なのに、心が晴れない気がした。

 彼女の目には既に戦意がなく、絶望がよぎるのみ。そして無力の相手を彼は全力で、また怒りと憎しみに満ちた目で相手を激しく睨みつけ、容赦なく殴る。彼の戦いは爽快さには程遠く、痛々しさが見ている方にも突き刺さるのだろうか。


「これで終わりにしてやる! リミテッドトゥーエクゾースタァァァァァァァッ!!」

「……!!」


 そして、ゲンの左腕が標的にめり込まれた。彼の右腕は相手の胸の中で激しい回転音と鈍い破壊音を立てて、そして相手を貫通したと手ごたえを感じ、力をためるように身をかがめてから放たれた右の拳がパーツとして彼の腕から相手を上空へ追いやった。


 空で爆発が起こるとともに右手は素早く主の元へ帰還し、彼の手の元に繋がる形で一つとなった。


「お、お師匠……」

 ユキムラは恐る恐るゲンへ口を聞いた。今までの自分が知らない気迫と憎悪がゲンを圧倒する。振り返る彼は瞳を閉じたままユキムラに一歩一歩重い足取りで近づいてくる。

「あの女を殺めない方法もあったかもしれない……だが、お前のことを考えた結果が、これだ……」

「お師匠……どういう意味っすか?」

「難しいだろうな……俺のひとりごとだと思って気にしないでくれ。ただお前は俺の元から離れなければいい……お前は俺のたった一人の支えだからな……」

「そ、そうっすか? へへ……ありがとっす」

 弟子から見て師匠の表情は決して澄みきった笑顔ではない。陰を師匠は背負っているのだ。その陰の奥深くをまだ幼い弟子は知らない。だが、師匠の言葉を受け止めて弟子はぎこちなくも微笑むことを選んだ。それが師匠の為だと直感的思ったのだろう。


「ぐっ。少しあの電撃が響いたな……」

「お師匠! たぶんあの敵のせいっすよ!! ここは休んだ方がいいっすよ!!」

「いや、ユキムラ。お前が休め」

「お師匠! おいらは元気っすよ!! おいらこの通りぴんぴんだもんに!!」

「ユキムラ!」

 身体を動かして己の健康っぷりをアピールするユキムラをゲンは窘める。たった一言が彼の身体をびくっと震わせて一瞬飛びあがる。

「お前はまだ子供だ。これから迫る戦いは間違いなく最大の戦いになるから身体を休ませておけ」

「わかったっすよ。休むっすよ……」

「あぁ」

 ユキムラが一人、彼の後ろに到着したカイガードの中に引っ込む。一人ポツンと立つゲンの見る方角は北西だ。


「俺は不器用な男になってしまったようだな……穏便な方法で解決を探ることは俺には無用だろうな……俺の全てを狂わせたあいつを討ち取るまではな……」

 ゲンが振り向くと、男達が一斉に退去する姿を見た。どうやら先程のレジスタンスだろう。リマの死を前に彼らはどのような行動を取るのか。力を失って黙る事を選ぶか、または己を信じて自分へ報復を行おうとしているか。

 だが彼の答えは決まった。カイガードへ搭乗すると、宿敵が待つ新潟へ向かう。高崎の非常拠点を経由してのルートでだ。頭を失ったレジスタンス達は後者の行動へ走る場合も想定されるが、いやそこは想定されるからこそ進軍を選んだか。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「そうか、あの亡国の女傑が倒されたか……ゲンから勝利を得た彼女が倒されるとは、あいつは相当な力を得たのか」

「大丈夫ですよ! ミーシャ様はリマさんと違いますよ!! 僕が親愛と敬意をもって接するから絶対あの自称軍神気どりに負けないはずがないよ!! そう! 僕が信じている限り!!」

「……」

 ミーシャはとにかく腕を組む。ナオの妄想じみた愛と理屈云々を無視した言葉はおそらく右から左に突き抜けたか、聞かなかった事にしているかのどちらかだ。


「しかしなミーシャ、今度の決戦、どうなるかわからねぇな」

「ノン! カキーザ!! あんまりじゃないか! 僕が、ミーシャ様への愛があれば不可能はない! 20000年飛んで10年の付き合いの僕が言うのさ!!」

「愛とか希望でどうにかなったらナンセンスだ。あの時俺達はゲンの奴らに一発お見舞いしてやった。このままいけば特に問題はねぇが……足手まといが新たに加わっちまったことだ」

 カキーザのいうあいつとは勿論サタケを指す事である。古参ゆえか若手を否定するタイプの彼は壁にもたれながら腕を組み、痰を地面へ吐き捨てる。

「足手まとい……あいつのことか」

「あいつのほかに誰がいる。サイトのお人よしには頭がいてぇな。それを許したミーシャ、お前も現実を見ろ」

「カキーザ! ミーシャ様を侮辱することは僕を侮辱することと……」

「まぁ待て。現実を見ろか。義闘騎士団であるお前がナンセンスな事をいうものだな」

「……悪いかよ。俺はごもっともなこと言ってるつもりだぜ」

「カキーザ、私と義闘騎士団は誇りと義を信条として強く戦い、生き抜くことこそ本望。違うか>」

 カキーザの突っかかるような態度をミーシャはまるで相手にしていないのか、または慣れているのか。何一つ表情を変えずにきりっと言いきる。


「さすがミーシャ様! 誇りと義を持てば僕たちにできないことはありません! 最後に絶対愛が勝つ!! ですよ!」

「……すぐこれだ」

 ミーシャの考えはナオに賞賛されるものであり、カキーザに半分呆れられるようなものである。彼女がそんな持論を表明したと同時に蹄の音がこちらへ近づいている事を3人は感じて右を見た。

「サイト、サタケにライドホースの件はすませたようだな」

「はいミーシャ様。ライドホース・ジュヴィーダを渡しておきました。いやぁここでジュヴィーダが役立つとは思いませんでしたよ」

 振り向いた先にいるサイトとサタケは2機の馬を率いている。メタリックと原色による緑、そして青き鋼の馬だ。

「うむ。もうライド・クロスのチェックはすませているか?」

「はい。こいつとサタケの相性はそこそこ大丈夫っぽいので何とかなると思います」

「そうか……なら、時は来たな。ナオ、カキーザ」

 時は来た。そう呟いたミーシャはナオとカキーザの方へ目配りすると、二人はすぐさま指笛を吹く。その音はどこまで届くかは分からない。だが蹄の音と共に赤、黄色の馬が勢いよく二人の元へ駆け付け、首を下げながら彼らに寄りそう。


「さぁて。サタケ、ライド・クロスするぞ!」

「あ、あぁ。たしかこうだっけ……ライド・クロス!!」

「「「ライド・クロス!!」」」

 四人は一斉に腰に備えたロープショットを引き抜き、ロープで馬の背中を打ってから馬上へ飛びあがった。飛ぶ彼らの真下でライドホースの体内から機械音が鳴り、パーツが飛ぶ。飛んだ彼らがライドホースの上に乗りかかったとき、パーツは既に彼らの身体を完全に包み込んでいた。


「お、俺だけじゃなくみんなライドホースとライド・クロスできるのかよ……」

「あぁそうさ。ライドホースは俺達義闘騎士団の足でもあり、鎧でもあり、そして誇りでもあるんだ」

「そうだよサタケ! どうだい僕の黄金のライド・アーマーは素晴らしいとおもわないかい? 芸術性、機能性、そして僕の愛を感じるとは思わないかい!!」

「は、はぁ……」


 ナルシストであるナオの華やかな言葉に対し、おそらくサタケは何とも言えない表情を兜の内で見せていただろう。そんな彼を気遣ってかサイトは軽く彼の方を叩いた。


「まぁナオはこんな奴だからな。それよりサタケ、お前はライド・アーマーをつけてないから分からないけどな、ライド・アーマーがあれば少し危険をしても大丈夫なもんさ。それにもし危険が迫ったらライドホースで相手から離れる事も簡単だし、それでも危険ならまぁ俺に任せてくれよ、一応俺も副団長だしな」

「おいサイト、新入りだろうが何だろうが無駄なフォローはやめとけ。こいつのために騎士団が全滅したら洒落にならねーぞ!!」

「うぅ……新入り故の立場は辛いって訳ねこれ」

「まぁ気にするなって。カキーザはそういう奴だからよ。真剣に受け止めすぎると戦えなくなるぞ」

「あ、あぁ……わかったよ」

 カキーザからの厳しい言葉に戦意が萎えないように、サイトはサタケの方を軽く叩いて戦意を失わないようにフォローを欠かさない。


「さて、この新潟を失えば私たちに頼る者たちを裏切る結果となる。あいつが新潟へ侵攻する前に私たちも進軍を開始する!!」

「さすがミーシャ様! 目標地点はどちらですか!!」

「方角は南だ! 義闘騎士団はこれより南下して、紅き軍神を成敗せんとす! いざ!!」

「「「義は我にあり! いざ義の元に進軍せん!!」」」

「す、すごい言葉……」

 今、ミーシャから出陣の合図が下された。それぞれの義の二文字はまだ足並みがそろわない。だが目の前に因縁の対敵が迫ろうとしている今、彼らに退く事は許されないのである。義闘騎士団と紅き軍神の戦いが始まろうとしていた。


続く

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