第5幕 南端に集う戦士達!!
俺はアレス・コジュン。大陸歴89年2月14日にナインステイツに位置するサツマ国に生まれた男だ。俺の親父や爺ちゃん……いや、ずっと前から俺の生まれたコジュン家はサツマ国の代々続くエリート軍人が生まれた家系。そうなると……ってまぁ分かるよな? 俺の将来も親父に決められて軍人になっちまったぁ……って訳だ。
俺は望んでいないのにも関わらずエリート軍人の家系に生まれちまった俺。爺ちゃんや親父、それどころかお袋や婆ちゃんも軍人育ち。そんな宿命ゆえに家族みーんな俺を一流の軍人にしようと総力をあげて俺の英才教育。勘弁してくれよ……とあの頃は思ったもんだぜ……。
そんでもって俺が士官学校を出た時、そうだな……大陸歴112年になるな。手を抜こうにも抜けない性分な俺は気が付いたらサツマ国の第15分隊長に任命されちまった。部下を率いて帰ってこれないかもしれない戦場で死ぬか生きるかの戦いに身を投じる……く~かっこいい! 国民の英雄……って軍人かつ隊長の身分なんて俺の話を聞いているお前たちならそう思うだろ?
ところがな~実際そうでもないんだよなこれが。俺の時代はもう俺のような軍人が時代遅れになっちまったんだ。一流の軍人になる為に家族一同で育てられたこの俺が、部下を持ち、階級も中尉まで持つまで上り詰めた俺が、自画自賛だがそこまで上り詰めた俺でさえ、あいつ一人がいる限り、一人ではちょっと荷が重い仕事を大勢で手伝うだけだ。俺達第15分隊計12人が五分五分で拮抗するような相手もあいつ一人の前に簡単にねじ伏せられてしまうんだぜ? 力関係が圧倒的とはよく言ったもんだぜ。
ニッシン・サイ。それがあいつだ。俺より4年遅く生まれ……いや生まれたの表現が間違っているかもしれないな。あいつは4年遅く作られた。国を守る志は一応同じなのに、あいつは作られた存在。そう、サムライドだ。
だけど、いやだからかもしれないがあいつの活躍はすごい。いやサムライド全体にいえることだが俺達一人一人をはるかに凌駕する戦闘能力を持っているからかもな。兵法や軍学。頭に関しちゃあいつと互角にやりあえる自信があるが……直接敵をやれになると生身の人間と機械のあいつでは天と地の差だ。
あいつのおかげでサツマ国は守られている事は事実なんだがな、そこまで圧倒的な力を見せてもらわれたら、俺達の立場はどうなるかって思うだろ? そこのあんた。そうそう、俺のつまらない話を聞いてくれてるあんただよ。
ま、実際その通り。俺の上や下も横も次々とリストラの嵐へポイだ。やべぇやべぇ……そして俺もと言いたいところだが、おっと、ここからはまあ俺の話を聞いてくれよ。ちっとばかし長くなるかもしれねぇが、まぁ、そのなんだ……適当に耳を傾けるだけでもいい、いや目を向けるだけでもいいぜ。冗談抜きで永遠の25才である俺のしょうもない話。はじまるぜ……。
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大陸歴114年。ビーグネイム大陸における南端の大陸ナインウェスト。ビーグネイム大陸本土と比較すれば中央政権の影響が薄く、他大陸からの文化や技術を積極的に取り入れている事から異彩を放つ大陸だ。
ナインウェストのやや独立的な9つの国家が南の地で互いがしのぎを削り合っている。その中でサツマ国は他国の脅威に加え内部のゴタゴタが絶えず、国として衰退していたが、それを食い止める存在がニッシン・サイ。先述したとおりサツマ国初のサムライドである。
彼の存在により国の内乱は収束を迎え、サツマ国周辺の敵国とも五分五分に渡り合えるまでに国は成長した。これにより、ニッシン・サイは救国の戦士として高く評価されるのだが、彼の活躍によって割りを食ってしまった者たちがいる事も事実なのだ。
「隊長! これは決まりなんですか!?」
「やっぱり第15分隊は解散かよ!?」
「何とか言ってくださいよ隊長!!」
12人の隊員が1人の男を囲む。囲まれた男は難しい表情で腕を組みながら、部下からの激しい問いに黙って耐えていたが、
「あぁこれは事実だ。とうとう第15分隊にも引導を渡される時が来ちまった」
「引導……って俺たちまだ戦えますよ!!」
「そうですよ! 俺達エースとして隊の成績もトップクラスで!」
「いや、それでもニッシンさんとかに圧倒的な差をつけられているんだろ?」
「何だと!?」
隊の解散命令に当たり前だが部下は納得がいかない。そんな一人の発言が血の気の多い大柄な男の怒りに火をつける結果になり、取っ組み合いが発生する。
「やめろバカ! ここで争って何になる!!」
そんな部下達の衝突を沈める事が隊長としての義務。アレスの一喝が部下達を沈める。
「お前達の気持ち、俺にも無茶苦茶分かるぜ……ただ、俺達がどんなに頑張ってもサムライドとは埋めがたい差がある。ここからが本題だ」
アレスが後ろに隠していた手を持った書類が答えだ。その書類にはMARSの四文字が白い表紙に大きく銘打たれている。
「MARS……マーズ?」
「マーズ。そうだ。マーズは進軍する者を意味する言葉。このプロジェクト・マーズは最強の進軍者を完成させる計画だ」
「プロジェクト・マーズ……」
「最強の進軍者を完成させるって……サムライドを開発させる計画ですか」
「そうだ。ニッシンに続くサムライドを開発することでニッシン一人では行き届かない場所も守る。これでサツマ国の守りは安泰という事になる。まぁこの計画のせいで俺達がお払い箱なんだがな……そうだ」
半分自嘲気味に笑うアレスはそこから続く話をしようとするが、当の本人の口を自然と詰まらせてしまう結果になった。
「どうしましたか隊長?」
「いや何でもない。まぁとにかくこいつが完成した途端に俺達はお払い箱なんだ。困った事に就職先も提供してくれない訳で……」
次にテーブル内の引きだしを開けるとそこには今の時代でいえば就職雑誌といえる雑誌を見せる。その紙面を一目散にめくりだす部下をよそにアレスは部屋を出た。
「……」
アレスの手に握られた書類は部下に渡した書類よりも圧倒的にページが分厚い。これは国の機密との理由もあるが、もちろんそれだけではない。
「マーズ・グイシー……サツマ国の新星サムライド。機体自身に武装を内蔵させるよりも、敢えて本体の性能強化に専念。そしてライドマシーンとの合体機能で武装面の不足を補う事で総合性能面をさらに強化する。ライドマシーンとの合体という他のサムライドが成し遂げなかった試みが行われることで最強のサムライドが誕生する……ってわけか」
誌面を持つアレスの両腕は震えた。たとえサムライドに仕事が取られているとはいえ性能は本物。それが更に強力になる事を考慮すれば自分達の立場が完全になくなる事は言うまでもない。
「合体可能なライドマシーンを次々と開発することで局地に適したサムライドを開発するよりも、安上がりで済む。ただ……こいつはコストに関しても徹底的に意識されたサムライド……それゆえにな」
問題はそれからである。コストが安く済めばそれに越した事はない。だが、その徹底したコスト面でのメリットにも代償があるのだ。
「オカルト理論による人身御供。いわば生身の人間をサイボーグ化して生まれるサムライドでもある事だ……」
マーズの声が微かに沈む。オカルト理論とはいわば他大陸からナインウェスト地方に伝来した技術である。その理論の一つとしてサイボーグ技術のメカニズムが記されているのだ。
「こいつを使えば1から作るよりも簡単に開発できるし、本人の頭脳をそのまま受け継ぐことが出来る。つまり俺のような奴がサムライドになっちまえば戦術面をインプットする必要がない……こういえば科学者や技術屋にとっちゃ簡単な話かもな」
アレスの口からは長所が告げられるが、内心では短所の事も考えられていた。当たり前だが少なくとも誰か一人が彼の為に犠牲になってしまうからだ。
「けどよ、そんなたかが一人って言えるかもしれないが、現実はされど一人って言えるもんだ。俺は他の国がその手の技術でサムライドを作っているからってこっちも真似する必要はないって言いたいけどされどなんだ。されど」
アレスは軽く嘲笑の意を込めようとしたが、1の存在は侮るなかれ。戦いにおいては1の差が勝敗を決する事も少なくない。それゆえに国の命運を賭けた計画に生贄として一人を捧げる事は感情で反対すればいいものではないと分かっていても、断ちきれない物があるのだ。
「あいつらを犠牲にするなど出来るもんじゃねぇ……かといって俺達が立候補しなければ他の奴らも立候補する事はないだろうなぁ……そりゃあ自分が一番可愛い事もあるけど、だからといって他人を思いっきり蹴落とす事が出来るかと言えばそうでもないしな……」
アレスは内心を呟く。実はあの際彼ら部下に立候補を進めるように上層部を頼もうとした、彼は部下の命を間接とはいえ奪う事は出来るわけがなかった。
「もちろん俺も立候補はごめんだぜ……。戦うマシーンにされる事は勘弁勘弁」
気がついてアレスが部屋を見回すと各分隊室の部屋は既に誰もいない。やはり上層部から解散命令を出されだけはある。サムライドさえいれば、もう人間の兵士たちはお役に立てない訳だ。
「あいつらはあいつらなりに第2の人生探せばオッケーだ……もちろん俺もな!!」
アレスは駆けた。廊下を一直線に突っ走り、外へ飛び出すや否や彼を乗せたバイクが大地を突っ走った。
「リストラされちまったら家からどうこう言われることねぇし! 俺は俺でやっていける訳だ! アレス・コジュン、四捨五入すれば三十路だが人生これからだぜ!!」
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「……で、そんなこと言ってあんたはここに来たのね」
「まぁまぁ。そんな細かいこと気にするなって。ほいチェックメイト!」
そんなアレスが着いたとある屋敷。一頭身か二頭身ぐらいの彼より背が低く、栗色のロングが美しい少女、いや女性とチェスに挑む姿があった。
「あんたって人は仕事終わればあたしのところにブラブラして……」
「いいじゃねぇか。いいじゃねぇか。晴れて俺が自由になった身だぜ俺? おめでたいだろ!」
「おめでたい云々以前に! あたしは全然関係ないじゃないの!!」
「俺が自由になれば~お前のところに来る事も多くなる訳で~そらよっ」
「あたしはどうなるのよ! あたしは!! ただでさえあんた私に金借りてばっかだったのに! 仕事がなくなるなんてあたしを馬鹿にしてるの!? この馬鹿っ!!」
アレスの楽観的な姿勢に彼女はチェスの台をひっくり返し、いくつかの駒が飛ぶ。
「やれやれ。マドカお前って奴も昔から変わらねぇな。お前もリストラされてからここで孤児院を開いて少しは丸くなったと思ったがよ」
「あんた……丸くなろうとしているあたしを尖らせる原因が誰か分かって言ってるの?」
「まぁまぁ」
アレスの軽快な言葉に対し、マドカと呼ばれた女の深い怒りを宿した言葉が突き刺さろうと彼の胸へ飛ぶが、細身の割に彼の胸板は厚い。いや肉体的はおろか精神的にも図太いはずだ。胸に突き刺さった言葉の矢がペキリと折れて、独りでに胸板から落ちてしまった。
「そりゃあ、俺をリストラさせた上層部が一番悪い!あ、そうそう。ただでさえ収入がヤバいうえに首にされてもう給料が出ないし、そんでもって部下に給料代わりの餞別に金を使っちまってよ……」
アレスのジャケットから取り出された丸いパスケース。全てのチャックを引っ張り、真下へ向けると埃や塵しか出てこない。
「というわけで、ちょいとばかり……のわっ!!」
と思えばアレスはマドカに叩き飛ばされた。彼女の右アッパーが宙へ飛ばす結果となる。そんな彼は真横に飛ばされる形で壁にぶつかり、へなへなと力なく落ちた。
「その腕っ節も相変わらず……」
「当たり前よ! あたしは子供守る義務があるからね!!」
「あっ先生、またこのおっちゃんからお金貸せと言われて殴り飛ばしたの?」
マドカの一言は最もである。そんな所に4人の子供たちが彼女の元に駆け寄る。
「おぅ。えーとヨシ、ヒロ、トシ、ヒサだったな。お前に会うのも久しぶりだぜ、いやー何時も仕事が遅くてな」
「おっちゃん、そう言ってもマドカ先生にお金をもらいにきているけど……」
「お前ら俺の事知ってたのかよ……それを言うなそれを、子供は細かいこと気にするより今しかない時をパーっと駆け抜けて大人になった時にそれを考えればいいってことよ!!」
「はい、その結果がこのダメ男な訳……」
「とこの女は言う訳だが、マドカはなーお前たちと同じ頃相当なじゃじゃ馬で女のくせに喧嘩で男を返り討ちにするような……」
「それを言うな! それを」
アレスがスノーを指さして笑い転げようとしたら、彼女の椅子攻撃が襲い掛かって来た。頭を椅子の足にぶつけ彼は頭を痛みのあまりに教えている
「ほら……こいつは男女な訳で」
「もういい! こんな男あたしは好きで一緒にいる訳じゃないからね!!」
「まぁまぁ。でも先生、なんだかんだいってておっちゃんにお金貸しているじゃん」
「だから全然気にする事ないよ」
「こら! あんた達!! 別に好きで貸している訳じゃないからね!」
子供たちに言われてやや照れを隠せないマドカ本人。そんな所で4人の子供の笑い声が聞こえ、アレスは自然と微笑ましい空気になった。
「まぁーそういうこった。こいつは俺の事なんだかんだ言ったって好きなんだぜ。いやぁ俺が怪我したらなんだかんだ心配してくれてるしなぁ、俺の趣味にちゃっかり付き合っていたりと……まぁツンツンデレデレな訳ツンツンデレデレ!!」
「ちょ、あんた何を……」
「とまあ、普通だったらこういう時に突っ込みやどつきを入れたりスルーしたりするのが普通だが、こういう時に戸惑ったら脈ありなんだぜ?」
「あ、あんたは何を馬鹿な事教えてるの!!」
「いやー部下にこの手の話に詳しい奴がいてな。俺は正直こいつと一緒にいてこの孤児院を一緒にやってくのも悪くねぇと前から考えていてな」
「何を調子に乗った事を……」
子供たちに自慢するように話しているアレスの背後へ椅子の嵐が迫る。だが、三度目の正直なのか、椅子が降ることを予測して、一歩前に踏み出てから真後ろを向き、上手くかがんで椅子が真下へ叩きつけられる前に、彼女の両腕の間へひょっこりと身体を出して壁に手を押しつけて彼女の動きを間接的に封じたのだ。
「へへ、二度あることは三度ないもんだぜ。それはそうと……俺は真剣だぜ」
「なっ……」
「中途半端な事ばっかやった結果、女一人作ること出来ずに四捨五入して三十路の男になっちまったけどよ、俺はここで足場を固めるのも悪くねぇと思うんだ。お前もそうだろ?」
「……」
「俺は悪くないと思うぜ。俺とお前の子供と一緒にこの家で過ごす事をよ。あぁそうだ! スポーツチームが組めるほど子供作ろ……」
とアレスが女性からすれば黙っていられないような事を言い出した時、マドカの急所へのひざ蹴りがさく裂した。クリティカルヒット。効果は抜群だ!!
「馬鹿! このスケベ男!! 変態!!」
「そ、そりゃ……ないぜ」
アレスはマドカの前で、いや子供たちの前でも急所を両手で押さえながら悶絶するように前のめりに倒れるいかにも情けないやられっぷりを披露する。隊長としての仕事が優秀でも、今の彼はいわばまるでダメな男であろう。
「ちょ、ちょっと手洗い場借りるぜ……」
「勝手にしなさいよ馬鹿!!」
芋虫がはいずるように手洗い場までアレスは移動する。この光景は男としては痛くまた屈辱としか言いようがない辛い光景だ。
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「はぁ……こんなはずじゃなかったがなぁ。いつものノリでやっちまったのがいけなかったんだよな」
それからして、手洗い場で先程の失敗をアレスは一人反省する。両手を冷や水に打たせながら心を落ち着かせて本心を切りだした。
「マドカ……あんたは俺と同じ軍人家系。いや女の身でありながら軍人の道を選ばされた女な分お前の方が過酷な道かもしれないな。けど、昔からお前はお前だ。今のお前だって昔のお前と変わらねぇ。何事にも束縛されないで生きているのはいいことだぜ」
何事にも束縛されない。それはアレスが最も好きな事である。本人は軍人になる為の英才教育を幼少時から叩きこまれていたが、束縛されずに自由を謳歌する人々がいる事も教わり、実際にこの目でその人々を見て育ってきた。最も束縛されない女がすぐ近くにいた事もあったが。
「お前は俺の事を何も言わないで分かるいい女だぜ……女付き合いがないって訳じゃないが、お前以上に出来た女はいねぇよ。いや、お前のじゃじゃ馬は……いやそのままでこそいいんだよな。人間完璧求めちゃいけねぇ。それなりがちょうどいいんだよ……」
そして蛇口をひねり、アレスは咳払いをして、軽く身だしなみを整える。今から自分は一大決心をしなくてはならない。表情も真剣なまま扉を開けた。
「あ、アレスさんですね……」
手洗い場を出たアレスと鉢合わせで黒い長髪をなびかせる女性と出会い、すれ違いざまに彼女に声をかけられる。
「あんたは確か……そうだ、カシュン。たしか第9分隊の」
「そのとおりです。くのいちと呼ばれた第9分隊。マドカ隊長の部下です」
「そうか。第9分隊は既に解散した部隊。マドカの孤児院に雇ってもらえたと考えればオッケーだな?」
「ええ。ここの孤児院は国からの援助で成り立っています。それゆえに孤児院を営んでも充分経営が成り立つのです」
「なるほど……羨ましい生活だな」
アレスにとってカシュンの生活は羨ましいのか、腕を組んでうなづいてみせる。
「いえ、そうでもないですよ。私達がこうして生活している事も決して楽ではありませんよ……それよりも」
冗談交じりに微笑むカシュンだが、そんな彼女は一冊の書類を提示する。
「……マーズ・プロジェクト! お前にもそれが手に渡っていたのか!!」
「ええ。マーズ・プロジェクトはついこの間まで軍に所属しており、なおかつそれなりに実績がある人に与えられるものです。それより貴方も内容は知っていますよね?」
「あぁ。この計画の為に一人犠牲になる奴。国を守る為なら一人、二人の犠牲はやむを得ないって考え。あ、いっておくが俺は戦いに飽き飽きしているから、ブラブラしたいから断ったぜ?」
「貴方に言っていませんよ! この計画にマドカさんが……マドカ・スノー元中尉が……」
「……!?」
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「お前……本気なのか!!」
「……」
事情を聞いたアレスはただマドカへ事情を聞こうとするが、答えは首を縦に振られた形で出た。
「ええ。あたしはこの仕事をやってて気付いたのよ。ここを守る事が出来るのはサムライドしかいないってね……」
「何となく理由が分かったぜ。ここカイフ・クーザンはオスミ国のお隣のお隣。いつオスミ軍によって戦火にさらされるかわからない場所をお前が守りたいからだな……」
「あんたこういう時にはキレるわね……ずっとこうなら困らないのに」
「悪いな。それが俺の性質なんでね」
アレスは瞳をいったん閉じて一言。そんな彼に対しマドカは賞賛の混じった皮肉を送ると、彼は軽く笑ってみせる。最も明るい意味ではないが。
「あたしたち一人一人が束になってもあいつの前には一蹴されるしかない。この場所を守る為に私は速くカイフ・クーザンを安全圏にしないといけないわ。あんたと同じ軍人の道を選んだあたしが見つけた第二の人生がそれよ」
「なるほど、第二の人生がサムライドって訳か……お前の考える事はお見通しだったのに、いつの間にか俺には分からなくなってしまった訳か……ついこの間まで同じ道で働いていたのに」
「あんたの考えを読めないことと同じよ」
「そうか……違う道を決心した時にはもう互いの考えも読めないってことか……」
「そうなるわね」
「……ははははは」
マドカはアレスの問いに対し表情を特に変えることなく淡々と返事を続ける。そんな彼女を見ると彼は声に出して笑った。だがそれは決して彼女を嘲笑したりするような笑いではなく、どこか悲しげなものに聞こえる。
「人間不思議なもんだぜ。分かっていると思えば分かっていないものだからな……」
「何が言いたいのよ? 私を止めるつもりなら無駄だからね?」
「いや、止めはしねぇ。分からないなら無暗に相手を止めて顰蹙買うよりもな、だまって相手を見送った方がいいもんだからな。俺はただ俺の意志で人を束縛することが大嫌いな人間だからな」
「……」
「それより、もうお前は俺の手に届かない所にいるんだな……ただの人は鳥になれねぇからよ。お前が羽ばたく姿を地上から俺は見届ける事にするぜ」
「そう……これは差し入れよ」
マドカの手から幾多の紙幣が入ったと思われる封筒が渡された。それは最後の仕送りだろう。もう彼女とはさっきのように馬鹿やって突っ込まれたり、なんだかんだと言われて助けられたりすることはもうない。それを考えるだけでこの封筒には重大な意味が隠されているかのように彼の目からは見えた。
「ありがとよ……最後の最後まで俺を心配してくれてよ」
「馬鹿。あんたをこう面倒見る機会がこれが最後だから。今度金がないとか言っても私は知らないからね!」
「へいへい……二度と馬鹿やらねぇよ」
アレスはバッグを片手にしてから背負い、ゆっくりと部屋を去っていく。その際彼が見せた表情は諦めか賞賛か……その表情は本人しか分からない。
「へへっ。いつの間にか俺の手の届かないところまであいつは進んでいた……」
月明かりが光を射し、人気のない丘にバイクを着かせたアレス。そんな彼の手には正方形の小箱が握られている。
「ずっと昔はあいつを守っていて、何時の間にか追いついて、追い越されてだ。人間とサムライドじゃ不釣り合いだからよ……馬鹿だな俺。もっと早く俺の女にしてしまえばよかったのによ……」
その言葉と共に黒の小箱は海へ放り投げられた。勢いと共に箱が開き、銀の光が一瞬空に映り静かに漆黒へ消えていった……。
「やれやれ! スタートから躓いちまったが……まだ人生これからだ! まだ二十歳後半だしな……!!」
僅か一日で彼の未来設計は砕かれることになった。なのだが、当の本人は両頬を叩き自分へ喝を入れる。そして明日への未来に体当たりで向かうのみ……のはずだった。
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翌朝、アレスの未来に大きな波が襲いかかる。何故か他の解雇された面々と共に元隊員が軍の分隊ホールへ呼びだされたのだ。
「なんだなんだってんだ。親父に叩き起こされてまでの非常会議ってよ……」
「アレス、あの計画の件じゃないか?」
朝を叩きおこされてやや不機嫌なアレス。そんな彼に別分隊長からプロジェクト・マーズの事を持ちこまれる。
「確かに。あのプロジェクトに誰も立候補しないから改めて釘をさす為に俺達が呼ばれたとか……」
「……」
「おい、どうしたんだアレス? 何か顔色が悪いぞ」
「いや、別に何でもない……」
同僚からの疑問に敢えて何も言わずに平静を保つのみ。アレスは事実を知っているのだが、本人の心の中に全てを閉ざす事を選んだ。そしてメインテーブルへはやや横に広がり、あごひげが貫録を現している男がゆっくりと現れて、こほんと咳払いをして本題を告げた。
「諸君、オスミ国では内乱が起こっている事は知っての通りだ。我々はこの機に乗じて北伐と国力強化に図っていた。しかし! オスミ国の内乱に我が領土が巻き込まれる事態が発生した!!」
(オスミ国……確かサムライドのキモッグとカネッグが代表サムライドの主権を賭けて二人に国が引っかきまわされているって聞いたな……)
「静粛に。キモッグとカネッグとの争いはキモッグの勝利に終わった。こう聞けば不安を掻き立てられるが、相手は仲間割れで1機のサムライドを犠牲にした。たかが一か所が犠牲になろうとも、オスミ国を攻める機会が整った訳だ!」
「長官! 犠牲になった地方はどこですか!?」
軍側の上官からの言葉が周囲をある程度掻き立てる。そこに隊の一人が質問をかける。
「巻き込まれた地方はカイフ・クーザンだ!!」
「……!?」
「幸い国において人気の全くない場所の上特に重要な施設・拠点もない! たかがそのような田舎一地区の犠牲にサムライド1機を葬り去る結果になれば結果オーライだ!!」
「……」
「お、おいどうしたアレス!」
アレスは手にしたファイルを地面へ落とし、額から一筋の汗が流れる。そして己の体が微かに、そして静かに震えが大きくなっている事をアレス自身も感じていた。
「この好機を逃す訳にはいかない!北伐に加えてオスミ国を我が支配下へ置く為には第2のサムライドが必要だ! それゆえにお前達から国家繁栄の礎に……おいこら! アレス、営倉入りだぞ!!」
「元軍人の俺に軍のルールを引っかけられてたまるかよ!!俺の嫁だったあいつが、モトカノとはいえ女一人ほおっておけというのかよ!!」
「た、隊長! どうしたんです!?」
「カイフ・クーザンに何があるっていうんですか!?」
「カイフ・クーザン……あるぞ!隊長の幼馴染の方があそこで……!!」
アレスは上司や部下の静止を振り切って駆けた。本人が微かに恐れていた最悪の事態が迫ろうとしていたのだ。バイクを飛ばす彼が望む事は、最悪の中で希望が一筋でもあることだ。
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「こら! 危ないからさがっていろ!!」
「うるせぇ! この先にはマドカと子供たちがいるんだ!! はやくそこをどけ!!」
「アレス! この先は生身の人間が入ったら即死だぞ!!」
既に現場には多勢のバリケードが設置されており、別の分隊が観客達の入場を規制していた。アレスには何故か防護服を着用した何人かの隊員が取り押さえていたが、そこに一人アレスと面識のあった男が冷静に彼を落ち着かせようと話しかけた。
「おい! 即死ってどういう事なんだっ!!」
「俺に聞かれても困る……ただ、キモッグとかいうサムライドには白骨スモッグを放つ能力があるとかいって、スモッグが充満したカイフ・クーザンに入ると白骨化してしまうんだ!」
「白骨化……まさか!!」
アレスはぞっとした。まさか……まさか最悪の事態がよぎる中で一台の装甲救助車がゆっくりと近づいてきたのだ。
「あんた! おい、あんた聞こえるか!!」
焦りが隠せないアレスが装甲車側面に乗りかかりドアを激しく叩く。その音に反応してか窓が下がり運転手の姿が移された。
「なんだ! こっちは遺体を上層部へ搬送しないといけないんだよ!!」
「そんなことより! 遺体に子供4人と女2人はいないか!? カイフ・クーザンのDポイントだ!!」
「……Dポイント? あぁ孤児院には既に何人か……」
「!?」
運転手の答えが最悪な事態を知るきっかけになった。大慌てして後部のブラッククリアパーツの奥に白骨収容所を目にすると、かすかに幼い頭身の白骨が四人、その隣に二人が映し出されていた。
「……あいつら……それにマドカ……!!」
「おい! お前がいると運べないだろ! 誰かこいつをひっぺがしてやってくれ!!」
「何をするんだ! 離せ、離すんだよ!! マドカがなぁ、マドカがなぁ!!」
兵士たちに取り押さえられる形でアレスは力なく地面へひっぺがされた。装甲車が本拠地へ移動する中で彼は思わず地面へ両手を乗せてしまい、顔を上げようとしなかった。
「なんて事だ……あいつのように俺とは違いしっかりした未来を持っている奴が可能性を持つあいつらがこうも簡単に……しかしなぁ、俺にとって深い犠牲も国にとっては大したことのない存在だろうな……こういう犠牲に悔やむよりサムライド2機の死に喜ぶようだしな……」
彼らの死を悔やむアレスなのだが、国の考えを入れて考慮すると悲しむ事すら許されないのだろう。
「それよりも相手のサムライドだ! サムライドは国の誇りを賭けて戦う切り札だが、決して抵抗の意思のない人々を殺める馬鹿な真似はしないはずだ。俺の仕事が奪われる事でサムライドを恨んだりはしなかったが……こいつだけは!!」
だがアレスのやり場のない怒りは国側には向かれなかった。彼らを殺めるきっかけを作ったサムライド・キモッグへ怒りの矛先を向けた。仕事を奪う事など非道ではない。だが弱者を虐殺するような真似は非道そのものだからだ……。
「俺は弱い……いや、皆弱いかもしれないな。そのサムライドへ憎しみを持っても倒す事が出来ないからな……」
そして己の、人類の非力を痛感するアレスだが、彼の脳裏には一つの考えがよぎった。怒り、戸惑い、悲しみに頭脳を支配されず、国の事情を知っていたが故によぎった。そして、その答えは本拠地へ帰還し、気遣う部下も敢えて無視して司令室へ足を踏み入れてからの結果につながる。
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「何!? アレス、お前がサムライドとしてこの身を捧げるつもりなのか!?」
「えぇ。なんですか? サムライドがもう1機誕生することはうれしい事じゃないですか?何処か気に食わないのですか?」
「いや、べつにそれはないのだが……」
「じゃあ、話は速いじゃないですか。あ、一応親には書き置き残したし、あいつらを失った俺にこのまま生きるつもりはないんで、覚悟はできていますよ。俺」
「いや、しかしだね……」
「他に何か拒む理由があるのですか? まさか散々俺たちにサムライドになれといって人体改造することに恐れをなしたなんて言わないでくださいよ? 俺、サツマ国の為に闘うつもりですよ」
突然のサムライド志願。司令室の高官たちは彼の志願へ戸惑いながら高官同士で対策を練ろうとする。そんな彼らの姿をアレスは半分知ったかのような表情で見つめるのみだ、
(マドカが死んだ今、サムライド志願候補がいなくなったも同然。あの時の招集はその件を露見させて士気を低下させないように、代わりの志願者を出そうとする考えだろうな。その志願者は俺で十分だ)
アレスの考えはマドカの死から決まっていた。己がサムライドになることなど軍の上層部にとってはたかが一人の犠牲でしかない。なら己が犠牲になれば他の者が困らない上、己の考えを遂行できるのだ。
「よ、よし分かった! こちらが政府と技術班に頼んでお前のサムライド化計画の承認を取り付ける。承認が通れば明日にはお前の手術が始まるはずだ」
「感謝しますよ司令官。それよりも一つ頼みがあります」
「何だアレス? 何か要求があるのか?」
「確かに……お前の家族や部下の事を考えるとお前からすれば褒美を送りたくなるだろう……可能な限りこちらで善処しよう」
「いや、俺が望むのはそういった褒美じゃねぇ」
上層部に彼なりの皮肉や圧力を通しながら己のサムライド化計画を承認までこぎつけるアレス。そしてここからが彼の真意を告げるときである。この真意が通らなければ自分がした事に意味がなくなってしまう。
「俺がサムライドになったら真っ先にオスミ国へ向かわせてください。いや、オスミ国の支配を成功できなくても、あのキモッグだけは俺の手で討たせてください」
「キモッグ。あの大地の破壊者と恐れられるキモッグに向かうつもりなのか?」
「あぁ。あんた達は大したことないと思っているがな、俺にとってあいつは大切な存在を葬り去った敵。絶対倒さないと俺の気が済まないんでな!」
「……」
「何ですか? まさか俺の国はオスミ国より技術他全てが劣っていると言うつもりですか」
「いや、それはない……司令官……実は……」
アレスの望みにやや難色の表情を見せながら談合しあう高官たち。国側としては北伐を目論んでいるのだが、オスミ国は間逆の方向に位置している。そんな時一人の高官が後ろのドアからそそくさと入って来た一人の官僚からの意見を耳に傾けて席を立つ。
「よし、お前の事情もある故に今回はお前の意見を飲むとしよう。キモッグに敗れた際はオスミ国が崩壊する。内乱が収束したオスミ国を再び瓦解させるにはお前の腕にかかっている。責任は重大だぞ」
「あぁ。絶対あいつはこの手で討ってやりますよ」
「よし。ならばこの件についての話は終わりだ。アレス、アレスとしての最後の日々をかみしめるように……」
司令官からの言葉にアレスは敬礼をしてからくるっと回り部屋を後にする。
「アレス・コジュン……俺にさらばとでも言わないとな。さらばアレス・コジュン……」
目を閉じながら高く笑うアレス。生涯のパートナーとなるはずだったマドカを失ったらもうアレスとして生きる意味はないと悟っていた。最後の時が過ぎていく事を早く願った。明日からの新たな旅立ちが今の自分を支えていたのかもしれない。
そして翌日。意識が失われていく中で己が切りつけられ、照射され、何かを繋がれ、内蔵され……少なくとも自分が自分でなくなる事を知りながらゆっくりと闇へ彼は静かに沈む……。
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大陸歴114年11月28日。死の地と化したカイフ・クーザンにライトグリーンとライトイエローのカラーリングに包まれた姿があった。
「まさか……大地の破壊者がこうもあっけなくやられるなんて、あんまりでゲス……」
目の前で倒れる敵はスカンクのような丸々と太った下半身にガスマスクを仮面に付けた奇妙な存在。彼が大地の破壊者キモッグ・カーネルだが、目の前の人物には全く歯が立たずに敗れさったのか鋼に身を包む男は全く手傷を負っていない。
「ライドアウト! マタサブロー!!」
男の叫びと共に、身を覆う鎧が外れ、90度前方へ傾き、鎧の真下へタイヤの位置が映る。そしてバイクへ姿を変えた鎧はどっしりと地面へ向きを整えて着地。その際の煙がヘルメットをかすめる。
今、ヘルメットが白煙をあげて取り外される。長い金髪に、紅の十文字が記された鉢巻き、そして相変わらずの無精ひげ。働き盛り相応の年齢を持つ彼の精悍な表情はアレス・コジュンしかいない。
「こうもあっけなく倒してしまうとは……俺が強いのか相手が弱いのか、まだ明確につかめないな……だが」
腰のポケットから取り出される物はアレスの写真。その写真には彼とマドカ、そして先ほどの4人の子供たちが。だが、もうこの地にも、そしてどの地にも彼ら5人はもういないのだ。いるとしたら……天の先か地の底か。出来る事なら天であってほしい。だから彼は顔を真上に上げた。
「なぁマドカ……俺はお前の敵を討てた。それは確かだ……だがな」
真上を向くアレスの表情は晴れやかなものではない。悲願をなしても己の姿と辺り一面の荒廃した地を見回せば素直に喜べない。
「だがお前の敵を討つために俺は後戻りできない所まで来ちまった。今ここにいる俺は、昨日までの俺とは同じかもしれねぇが、俺が生身の人間が立ち入ることのできないこの地にいることと……」
アレスが見たものは地面へ佇む兵器の残骸。何も言わず拳をかませば、装甲はあっけないほどに貫かれて綺麗な穴を開けられてしまった。
「鉄をも砕くこの力……そしてもう時の流れに俺を置く事も出来ない……人でなくなった俺は年を取らないからな」
アレスの心は満たされない。背中のライディングライフルを両手に、動かないスモッグを射抜く事が彼にとって少しは心を晴らすきっかけになるか……。
「俺が子供の頃読んだ本にこんな事が書いてあった……完璧という名の道は冷たい風にさらされる道だって事を……強靭な身体と圧倒的な力を手に入れた時には心を削がれるものかもな……俺の頭脳と記憶はそのままなのに、俺は兵器として見られ、人からの接され方も変わり、不老の身体ゆえに仲間の輪から外されてしまう……」
自嘲気味にアレスが笑うと秋風が身にしみる。風は機械の身体にも冷たさを送る。それは単に機械ではない故にだろうか。人と機械、そしてサムライドとは一線を画す微妙なグレーゾーンの自分への皮肉だろうか。
「カイフ・クーザンの秋風が俺の心情……なぁ、マドカエリートを目指す道は誇りある道と共に悲しい道なのかもしれないよな……ははははは」
アレスは笑った。その笑いには悲願をなした喜びよりも、完璧に近付いた先の葛藤と悲しみに直面してしまった未来への苦悩への自虐気味な笑いだろう。彼の両目には確かに涙が見える。その涙は人としての側面を持つ事を意味する者か。
「姿形は変わらねぇが、鉄をも砕く俺はサムライド。過去の自分を昨日に捨てて戦う為に生きていくだろうな。それが俺だマーズ・グイシー……」
アレス・コジュンは死に、マーズ・グイシーとして生を受けることになった。夕陽を受けて走るマシン。廃墟の風に吹かれるのみ。たとえこの身が砕けて散ろうともそれが宿命。彼の道。
マーズ・グイシー。サツマ国第1世代サムライドであり、116年にオスミ国を滅ぼし、大陸史においてサツマ国をナインステイツ三大大国の一角まで伸し上げたサムライドでもある。
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「……という訳だ」
「先輩、何一人話していますか?」
「いや、わりぃわりぃ。ついついな……そらっチェックメイト!」
時は現代。大陸歴を遥かに過ぎた西暦2060年6月14日。あの頃から姿も変わらぬ金髪の親父マーズ。廃墟と化した九州の地でポケットサイズのチェスを挑む。白とグレーのコスチュームに身を宿した二人の戦士を相手に一人で二人のサムライドに挑んでいる。
「はいよっとリュウハク、お前もチェックメイトだ!」
「かったるい……参った」
「はははっ甘いもんだな。2対1の頭脳戦で俺に勝てないようじゃ、俺はまだまだ現役だな!」
「先輩は引退する気さらさらないでしょう……」
「大正解だ!」
二人のサムライドリュウハク、イシンに勝利し、笑いながらチェスを畳むマーズが見上げた先は、ブルーとピンクの機体が空中を飛ぶ。高度を下げるにつれ銀のプロペラを旋回させたヘリコプター、それから遅れてブルーとホワイトのカラーリングの戦闘機が、自分より一回り大きい機体が彼の元に近付く。
「おっと、データ収集お疲れマタロクロー」
「マタゴロー……?」
マーズとリュウハクに反応して機体はカードを射出し、両者が腰の通信機にカードを挿入すれば、通信機が点滅し彼らの脳裏に情報が送り込まれる。
「やれやれ、俺達の勢力は鹿児島とその他ちょっちょといった感じだ」
「先輩、やはりゲリラ活動を続けている仲間がいてもこの程度の領域しか納める事が出来ないのですね」
「あぁ。残念だがそうだろうな。ムシカと虐拳鬼賊が手を組んでいる時点で俺達はかつての大国2国を敵に回しているようなもんだ。あの頃の虐拳鬼賊ときたらムシカと小競り合いを続けていて俺たちの事ノーマークだっただけに、想定外だ」
「虐拳鬼賊……かったるい」
「兄さん! 虐拳鬼賊が残虐非道の集団なのは兄さんもご存じでしょう! ですがあのような組織とムシカが手を組むとは、私にはよくわからない事です。先輩」
「かもしれないな。だが、神の王国を築こうと考えるムシカの奴と暴虐の限りを尽くす虐拳鬼賊の利害が一致したってこともあり得るぜ」
「利害の一致ですか? あぁいう自称エリート集団と外道軍団とは水と油のように思えますが」
イシンは先輩に当たるマーズへ疑問をかけるが、マーズはやはりそうくると思ったかのような顔を見せる。
「神の王国は選ばれた者のみが生きることが許されるとかあいつらは考えている。そういう奴らを血祭りにする事を考えているあいつらはそんな邪魔者を蹴散らす絶好の道具。毒には毒を持って制せだな」
「毒を持って毒を制す。ですか……」
「しかしあのような奴らが裏切れば……ムシカにとってはかったるいな」
「全くだ。最もあぁいう奴らが俺達と分かり合えるかと言えば無理に近いな」
マーズは笑いながら自分の鼻を掻く。そんな彼が見た先は戦いに巻き込まれ荒廃する鹿児島の地だ。
「それより、俺が初陣で戦ったのもこんなところだ……この地は普通じゃねぇ。俺達はこんな荒れ果てた世界をそのまま放っておいたり、悪化させたり、かといって楽園のような地に変えたりするのも肌に合わないもんでな……」
すっと立ち上がるマーズは拳を握りながら空を見上げる。その空は悲惨な地上とは正反対に澄み切った青。その青は強制された色ではない。ただ自然に青と化した空だ。
「あの空のような自然な世界。たとえ不完全な世界でも束縛される事のないありのままの世界が俺は好きだ! そんなありのままの世界、かつての現実を救う為あいつ等の妄想を砕く事が俺の生きる理由だ!!」
拳を奮わせるマーズは志に己の心を燃やす。普通の世界を救う志は人として普通の世界において25年の生涯を謳歌してきた故か。人として生まれた彼の考えをリュウハクとイシンが察しているかは分からないが、熱意を感じ取れたのか瞳の輝きが動く。
「わりぃリュウハク、イシン。一からサムライドとして生まれたお前たちに分かるかどうか微妙だが……俺が人であった頃としての意地かもしれないな……」
「「先輩……」」
照れ笑いをするマーズだが、青い瞳の先には真摯な思いが宿る。そんな二人は真剣な彼を前に静かな笑みを見せて同意の意味を表現する。
「どうやらちっとは分かってくれてるようだな……サムライドとして人を守ることが使命とインプットされているが、心から人を守ると思えたら俺は安心してお前たちに跡を任せられ……」
と、マーズが本心をさりげなく打ち明けようとした瞬間だった。天からの雨のごとく降る銃弾が彼らの会話を掻き消し、大地を抉るようにして襲いかかる。
「先輩、兄さん大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ……いちいち心配するな。気を遣われるとかったるい」
「あのねぇ……私が心配しているのに!」
「リュウハク、イシン。そう兄妹喧嘩のフラグを立てる暇はないようだぜ!」
目の前に見えた敵は空陸と合わせて百の桁に相応する。それに対し付近に配備したソルディアを呼ぶが、数は20余り。10倍以上の差が目に見えていた。
「やべぇ……かったるいな」
「こんなところからかったるい言っている時間はないぜリュウハク! 俺達あぁいう敵に対して自信はあるぜ!!」
「デルタフィッシングをやるつもりですね、先輩!」
「あぁ!」
リュウハクとイシンにデルタフィッシングを実行することを決めたマーズ。デルタフィッシング。それは彼らサツマ国の三戦士が得意とする一種の戦法だ。
「寡兵にして常勝の三戦士が集う突破をな、甘く見てもらったら困るぜ! 早速ポジションだが……」
「釣りは私に任せてください!」
「やはり言って出ると思ったぜイシン! なら半数の兵でかき乱してこい! ただ毎度言っているから分かっていると思うが深追いはするな! 囮として十分な程かき乱せば結果オーライだ!!」
「了解! マタハチロー、ライドクロス!!」
イシンが指をはじけば、傍で待機していたマタハチローが前部と後部をフレームにより伸展し、フレームを隠していた側面のパーツが両腕に装着された。外見上アーマーとして彼女を包む体制が整ったマタハチローが重なるようにで合体を完了する。
「フライティングフォーム・ライドクロス完了! 尖兵イシン・フリスいきます!!」
囮役を買って出たイシンがソルディアを連れて戦場を駆ける。敵は10倍以上の大群だが当の彼女は自分の使命を覚えている事もあるうえ、本人にも腕の自信がある。彼女が先鋒を託される事は当然だ。
「さて、俺たちに関してはそうだな……」
「先輩、シューティングフォームじゃないのですか?」
「あぁ、お前には俺の貸してやるからファイティング・フォームだ! 伏せにはうってつけだしな。但しマタゴローは切り札で取っておくから用意しろよ! カモンマタシロー!!」
「かったるいな……カモンマタゴロー、ライドクロス……」
「やれやれ……お前自分から動かないから遠距離支援を託しているのによぉ……かったるいかったるいと言われる方の身になると先輩として辛いなぁ……」
リュウハクはいかにも面倒くさそうな物言いで、巨大なビーム砲を備えた機体・マタロクローを呼び、マーズが手配した緑と青のジープ・マタシローが駆け付けると同時に底部からの展開されたスプリングスティックの力で車体が90度真上へ飛び跳ねる。
飛び上がって姿をさらす底部には、腕が、脚が飛び出るように変形し、胸から腰までのパーツが真上に開かれて、両腕が真横にめいっぱい開いた姿でリュウハクの身体を飲み込まんと包みこんだ。
「ファイティング・フォームライドクロス完了っと……そやっ!」
不必要と思われるマタロクローの部分が背中へ収納されるように折りたたまれる。そして、前面へ体が倒れる前に両腕で軽く前転してリュウハクは着地を決めた。
「よし残り半分の兵とマタロクローを持ってあそこの瓦礫へ姿を隠せ!」
「了解。かったるいなことにならないように祈るぜ」
「かったるいかったるいってなぁ……おっと、それより俺のフォームだ。空中の敵を援護しつつ敵陣を補足。そして俺が掻き乱してあいつらでとどめを刺させる! マタゴロー! ライドクロス!!」
最後にマタゴローの機体が接続ジョイントを軸にして上下真っ二つに開き、ブーツを送るように放つ。放たれたブーツがマーズの両足に装着されると残された機体が尾翼を真下にする形で降下。真下へ緩やかに降下する機体に向けて飛びあがったマーズを機体はサンドイッチの具のように鋼のバディに挟みこみ、側面からのグローブパーツが腕に装着される。
そして尾翼が収納され、真後ろからのヘルメットパーツを頭部に装着する形で彼はライドマシーンに包まれ、背中のプロペラを回転させる形で宙を飛んだ。
「サーティング・フォームライドクロス完了! デルタフィッシング開始と行くぜ!!」
今、マーズが上空へ飛び立つ。僅か20機の編隊で300機の大群に臆しないで立ち向かう彼ら突破の三戦士。そんな彼らの戦いが始まろうとしていた。
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「てやっ!!」
多勢の敵に少数の同性能の敵による正攻法は無謀に等しい。大群を片づけるには指揮官でもあるサムライドの采配能力のほかに、卓越した戦闘能力が必要なのだ。その能力が囮のイシンに備わっているか否かと言われれば答えは前者になるだろう。
「裁断龍腕・前面粉激!!!!」
イシンの両腕のグローブパーツに備えられたトンファー部分の刃が勢いよく飛び出る形でソルディアの胸を貫く。 次に両手へ握られた二本の短剣・雅楼明華が前面以外から迫る相手に奮われる。ローラーブレードによる軽やかな動きから展開される彼女の戦い様。それは華麗に迅速なものであり、豪快な勢いも感じられる。
その勢いは本物。イシンが大編隊をただ一直線に道を切り開こうと姿が上空のマーズから見えた。
「さすが突破の尖兵イシン! あいつの戦いを無駄にしない事も司令官の役目なのでね!!」
空を舞うマーズは空中の敵からの標的だ。ライフルの姿を模した空中の敵・ガンナードがアロアードと共に実弾の嵐が襲うが、当の本人には何かの膜が張られているのだろうか、何かの力で標的から軌道が乱されるのだ。
「甘く見てもらっちゃぁ困るぜ……俺のジャマーは大したもんだぜと我ながら言わせてもらうぜ!!」
ゴーグルからの青い閃光が静かに消えると、両肩には漆黒のランチャーがせりあがり、勢いよく銃弾がアロアードを落とす。
そして、真横にランチャーの銃口が向けばマーズは両腕を前面に押し出す形でビームキャノンを展開し、前面の相手を撃ち落としてみせた。
「このサーティング・フォームは戦いに向いてないが。この程度の相手を蹴散らす事は朝飯前だぜ!!」
今のマーズは空の王者。前方180度を銃弾の嵐により悉く相手を粉砕する。それに対し後方はがら空きに見えるのだが、彼のヘルメットが青く輝いて放たれる目視去れない幕・ジャマーの力が追尾ミサイルをも寄せ付けない。
敵側にとって辛うじてガンナードは先端からのビームキャノンがジャマーの影響を受けない兵器だが、軽々と身を動かして回避する彼には無力同然。
三分の一程を占め100機程の量産型兵器部隊はたった一人の前に既に半数以上が片付いている。その様子を目視しながらマーズは頃合いを見たのか腰の通信機に手を添える。
「後は地上の敵を釣り上げるのみ! イシン退け!!」
「了解!!」
指令を受けてイシンが急ぐ。敵のど真ん中までに踏み込んだ彼女は両腕を前面に構える形で、裁断龍腕と対になる位置に雅楼明華をセット。セットされた両腕から裁断龍腕と雅楼明華の刃が円を掻くように回転させる。
「敵中突破は私の十八番……無双演舞いきますよ!!」
イシンの得意技。それが敵中突破無双演舞だ。最前線でカッターのように展開される腕部が彼女へ群がる敵を一掃。両肩から現れるビームキャノン・スプリンターが真横からの相手を吹き飛ばす。敵中突破の名前に偽りはなく彼女の胆力は相応だろう。
「そして俺も役目を果たす! ローターブレード!!」
上空からイシンの激闘を見るマーズも黙ってはいられない。アロアードやガンナードを蹴散らさんとプロペラを見せつけるように前進。背中の回転する刃がすれ違いざまに空の敵を抉るように切り裂く。
この勢いはともかく、例えプロペラが砕けて地へ堕ちようとも彼は恐れなど知らない。そして今地上のソルディアの背後を取れる機会を得たと確信して彼は叫ぶ。
「ライドアウト!!」
機体が前後に開きマーズ自身が頭から身を投げるように飛び出る。マタゴローが回収する標的は彼から外されたブーツのみ。当の本人が地面にたたきつけられたら元も子もないが、何か一計があるのか彼は落下していく際の風を体中で感じ取っていた。
「待ってたぜ! マタシチロー、ライドクロスだ!!」
どこからか天を駆ける蒼きライドボード・マタシチローが今マーズの目の前に迫る。落ち行く中で微笑む彼とライドクロスの一言が勝算の表れだ。
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イシンは敵中突破の先に相手から追われる役だ。追われる身の彼女は背後を見せないように前を向いて後退するのみだ。だが逃げるばかりでは何もできない。その時、ソルディアを巻きこむ巨大な爆発が巻き起こった。
「兄さん!」
「かったるい……けど仕方ないね」
森林から少数の兵を率いて現れた兄は緑とオレンジの重厚な鎧ファイティング・フォームに身を宿す。そして両肩のバズーカが火を噴き、退却から体勢を立て直す妹の時間稼ぎを担う。
「そうだ! 少数精鋭の俺達が黙って負ける事は気が済まないもんでね!!」
そして敵陣が再びかき乱されることになる。青と白のコントラストの鎧に包まれたマーズがエッジを両手にして、迅速な勢いで相手を切りつける。ライドボード・マタロクローとライドクロスしたボーディング・フォーム。サーティング・フォームが空中戦に対しボーディング・フォームは地上戦で真価を発揮するスピード戦重視の姿だ。
「デルタフィッシング作戦は順調だ! ヤブシタックル!」
次に左腰のさやから抜かれた竿のようなタックルを宙に振る形で伸ばす。そのタックルを鞭のように相手に打ち付けたり、先端の錨で相手を突き刺したり、そしてタックルの力で相手を持ち上げて別の相手にたたきつけたりと様々な用途で使用可能な万能武装である。マーズ、リュウハク、イシンの三人がヤブシタックルを手にしている限り、まさに戦場は突破の独壇場。
マーズの言う戦法デルタフィッシングとは、一人を囮、いわば餌として多勢の獲物の中へ切り込み、ある程度相手を翻弄したところで撤退を開始する。
寡兵の敵を追う大部隊を誘いこんだなら、二か所からの伏兵を放つ事で相手を混乱に陥れ、餌の部隊も引き返して相手へ攻撃を仕掛ける。三方からの攻撃で相手を釣り上げんとばかりに壊滅的な打撃を与えるこのデルタフィッシングはナインステイツ地方、いや当時のビーグネイム大陸においても屈指の戦法と呼ばれていた。
「俺がここで時間稼ぎしてりゃあお前達の出番だ! お前ら兄妹のフェイバリット決めてみせろよ!!」
「了解! ライドアウト、そしてライドクロス!!」
敵の動きが乱れた中で、マタシローからリュウハクの身体が飛び出て、合体準備を始めたマタロクローと一体化。そして、己の体が機体に挟み込まれるように砲台へと姿を変えた。
砲台と化した兄を支えるのは妹だ。両手両足を機体に連結させた妹はエネルギーを送るのみ。両手足から送られたエネルギーが先端の銃身を紅く照らす。
「エネルギー全開。兄さん何時でも発射できます」
「かったるいが行くぞ……ブレイクスルーキャノン!!」
ブレイクスルーキャノン。それが彼らリュウハクとイシン。兄妹のフェイバリット。すなわち必殺技だ。先端から放たれた赤と青の螺旋が大群を一直線に貫く。地上の量産型兵器は既に半数以上が無と化す。
「俺達突破のサムライド部隊の強さの秘訣はライドクロスできるライドマシーンが複数存在することだ! リュウハク、イシン……一応その気になれば俺の後釜を任す事が出来るだけの力はある! 最も俺は生涯現役の主義だけどな!!」
兄妹の活躍に頬を緩ませながら敵陣を掻きまわすマーズ。少数精鋭と言っただけの事はあり突破の三戦士は10倍以上との大群に互角に渡り合えていた。
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「ななな! ミーの量産型軍団がけちょんけちょんでござーるよ!!」
「イートゥ、アナータ大陸時代でも同じ戦い方して破れたのではないのでござりましたような!?」
「オムラー! あのときはミーの運がなかっただけでござーるよ! 次こそはミー達の勝利! ミー達のでござーるよ!!」
「それはないでござりますよ! イートゥ、たかが300じゃなく、3000の兵を用意するべきだったのでござりますよ!!」
奇妙な口調で戸惑う者は、マーズ達を相手にした指揮官と思えるサムライドだろう。ただ二人の会話を聞いている限り、彼らの方法ではとても勝てる気がしないのだがおそらく機のせいではないだろう。
それよりも驚くべき事は彼らが一体である事。その一つの身体には二つの頭と四本の手と少なくとも異形のサムライドであろう。
「無駄じゃ。おまえさんらの戦いであの男たちを倒せるわけがないだろう」
「「なんですと!?」」
そんな二首が声のした真後ろに向かれると、一人のサムライドが堂々と構えを見せる。一直線のモヒカンと老いてもギラギラ光る眼光。身体にはメタリックパープルの光沢が輝く鎧を身に宿す。
「ユーはカイ・ソーウン!」
「ブンゴ国家南の楯こと従属国アソ国のサムライドでござります!」
「どうやら知っておるようじゃな。若造めが」
「「若造ですと!!」」
両者がカイと呼ばれた老いたサムライドに若造呼ばわりされて、お互いが顔を合わせるのだが、
「ミーは違うでござーるよ! ミーの方があいつより先に生まれたでござる!!オムラーのせいでござーるよ!!」
「イートゥ、その言い方はないでござりますよ! この姿で生まれ変わったのはつい最近だったのでござります よ!! アナータのような無能に言われたくないでござります!!」
「無能とか何でござーるか! 無能とは!!」
「本当だから言ったのではないでござりますか! カイ、アナータからも何か……」
とまあ同じ身体の上で二人の頭がいがみ合えば……当たり前だがこんな結果になる。既にカイは彼らの場にはいないのだ。
「そんなこと言ってたらカイがいないでござーるよ! あの老いぼれグランパがいないでござーるよ!!」
「どうするでござりますよ! このまま手柄を取られたらワターシ達の立場がないでござりますよ!!」
「……まずいでござーるよ! リン様からのカッチンコッチンは御免でござーるよ!」
「よーし! イートゥこうなったらワターシ達のエスパー能力の出番でござりますよ!!」
「そうでござーる!!まずはテレポーテーションして懐へ入り、サイコキネシスでカイをやっつけるのでござーる!!」
「心得た……ってちょっと、ちょっと!! 待つでござります! カイは一応わたーし達の仲間でござります! 彼を倒すよりもマーズを倒すべきでござりますよ!」
「オムラー! あの老いぼれグランパがいる限りワターシ達の手柄が取られる可能性もあるでござーるよ!!」
「イートゥ! 仲間割れは負けフラグでござります!!」
「いやオムラー! どっちみちミー達の任務があいつに果たされるとカッチンコッチンでござーるよ! そんなの御免でござる!!」
この二人に何を言えばよいのか。ここで言い争うよりもするべきことが山ほどあるのだが、当の二人にはおそらく分からない。
この男オムラーとイートゥ。二つ首を会わせてマンショ・テンショーと名を持つ奇妙奇天烈な外見と言動のサムライドである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さーて、だいぶ敵が片付いてきたな」
「ええ、先輩」
敵の数は既に三分の一を切っている。ほぼ3人でここまで戦ってきた彼らにとって半数以下の敵など倒すには容易いものだ。
「というわけでもないぜ……かったるいなぁ」
「何……?」
リュウハクの一言がマーズを振り向かせる。振り向いた先には三又の槍を手にして残されたソルディアを切り裂く姿が見える。
「わしはカイ! 元ヒゴのサムライド”七色武人”ことカイ・ソーウンじゃ!!」
「カイ・ソーウン!?」
「そうじゃ! マーズ・グイシー、お主にはサガーラの事もある」
「兄さん! サガーラって確か……」
「あぁ……かったりぃ」
サガーラの名前を聞いて何か覚えのある人物がうっすらと浮かんだイシン。そんな妹の前に兄が横から口をはさんだ。
「ファタシィーダ戦役……先輩と俺達によってサツマに降ったヒゴ国の領土・ヒヴィキーノ・ファーラの部隊が国の命によりファタシィーダでヒゴ国の同盟国でありブンゴ国の従属におかれていたアソ国と激突することになった。元同盟国の戦いにおいてサガーラとあの男カイは親友同士……カイは一騎打ちでサガーラを下して勝利を収めた……かったりぃがあいつが先輩を恨むのも間違いじゃない」
「兄さん……ですが、先輩はサガーラとカイを戦わせるような事はしていないじゃないですか!」
「かったるいことだが……国がない今復讐の矛先は俺たちに向けられてもおかしくはない……かったるいがな」
「そんな……」
リュウハクから伝えられる事実にイシンは心を痛めてしまう。国が生んだ負の矛先が先輩に当たるマーズを襲おうとしているのだから。
「マーズ・グイシーよ聞け! あの男は国を戦火に巻き込まないようわしとの一騎打ちで勝負を決め、破れるや否やすぐに軍を撤退させた……サガーラ、敵に回すには惜しい男じゃった……」
静かな怒りを言葉に含め、カイのジャベリンがマーズの顔へ向けられる。その行動はマーズへの宣戦布告か。
「わしも無暗に戦火を巻きこむ事は好まん。じゃからわしとお前の一騎打ちでわしは復讐を果たす」
「……一騎打ちか。どうやら避けられそうにないしな。よし!」
何かを決意したようにマーズはヤブシタックルを握り直す。目の前に向けられたジャベリンに対し、マーズが向けるヤブシタックルの先端。相手の挑戦を受けて返す礼儀であろう。
「リュウハク、イシン! この勝負は1対1で戦うこそけじめだ! 手出しは無用ってことだ!!」
「先輩! 本当に一騎打ちするつもりですか!」
「あぁ! この件に関しては少なくとも俺たちにも責任はあるし、被害は少ない方がいいと俺も考えているからだ! 勝負だカイ・ソーウン!!」
「望むところじゃ! 一騎討ちにライドマシーンの力を借りることは禁止じゃが……わしの能力もある。ライドクロスは何度やってもかまわん!」
「ほう随分と有利な……いや、そうでもないな」
「そういうことじゃ! お前がライドクロスし終わった時に勝負開始じゃ!」
「俺に余裕を与えてくれるとは感謝するぜ……ここはマタサブローで行かせてもらうぜ!最初の相棒にな……!!」
マーズが指をはじけば、遥か後方から無人のままライトグリーンとイエローのバイクが走る。マタサブロー。それが彼とともに開発された最初のライドマシーンであり、初陣でもあるマドカ達の敵討に使われた相棒である。
「マタシチロー・ライドアウト! マタサブロー・ライドクロス!!」
マーズを包んだボートが一斉に外れてアーマーか放りだされる形で彼の身体が飛び出る。宙で回転する彼の足もとにマタサブローから放たれたライトグリーンのブーツとグローブが音を立てて接続され、足からの噴射で彼は体勢を整える。
そして、荒れた地面への着地寸前時に空中で鎧へと姿を変えたマタサブローが彼にドッキング。身体と鎧の間からの接続音が鳴ると同時に真後ろのヘルメットが彼の顔を包んだ。
「ライディング・フォーム合体完了!! ヤブシタックル!!」
「セブンスジャベリン!!」
鞭のようにしなるヤブシタックルの先端が、硬質なセブンスジャベリンの柄に激しく討ちつけられる。セブンスジャベリンの前に受け止められてしまい一見威力がないように見えるヤブシタックルだが、それは直接的打撃攻撃によるものにすぎない。
「そらよっ!」
「ぐあっ!」
次にマーズは、セブンスジャベリンに先端を絡みつかせたヤブシタックルを伝いマーズの腕からの電撃がセブンスジャベリンへ電撃を伝わせる。その電撃に苦しむカイだが電気を帯びているからだろうか彼の頭髪が白光しているように見えた。
「消えた!?」
しかし、セブンスジャベリンが突然地面に落ちた。カイがそれを手放したのではない、彼の姿がマーズの視界からさっぱり消えてしまった。
「敵の姿がない!!」
「かったるいが……聞いた事あるぜ、七色武人と呼ばれた理由をな……」
二人の戦いを見守る兄妹の視界にソーウンの姿が見えた。赤き髪と甲冑の彼が姿を現したのはマーズの真後ろ。彼の死角だ。
「アポロカッター!!」
「……!?」
振りむけば炎に包まれた円盤がカイの両手から飛んだ。余りにも近い位置まで来た円盤を避ける事は無理に等しいと思える。
だがマーズは胸部アーマーが真っ二つに開く形で現れた射出口が回転しながら銃弾を放ち、身体を後方へジャンプすることで、円盤を砕き、爆風から身を避ける。
「やれやれ……ってそうもいかない訳か!」
胸部のミサイルポッドの弾薬が切れた。だがそんな時にもう1基の円盤が自分を真っ二つにせんか燃やさんかと回転しながらこちらへ迫っているのだ。
「不意打ちしてくる獲物は俺が釣り上げて……返してやらぁ!!」
マーズは焦らない。ヤブシタックルを限界まで伸ばし、放たれた錨をアポロカッターに引っ掛けた。
「俺はマーズ・グイシー! 竿を握らしゃ大陸一の腕と度胸で大物狙ってやらぁ!!」
言葉に偽りはない。マーズは命をかけて獲物を釣り上げるようにヤブシタックルを真上にあげて、力いっぱい前方へ伸ばすことでアポロカッターを先ほどの勢いに勝るとも劣らない速さで相手の方へ分投げた。
「さーて、七色武人さんよ、自分の放った武器で返り討ちはやめてくれよ!」
マーズが誇らしげに言う。それをカイが聞いていたか聞かなかったかは分からないが、瞬時に髪と甲冑が黒へ変わり、左足から瞬時に飛び出した鎖と錨が取り付けられた兵器がアポロカッターを射止めた。
「てなわけにはいかないよな、やっぱ! けどヤブシタックルそっくりな奴使うとは……たまげたね!!」
「ウラヌスチェーンをそんな武器と一緒にしてもらっては困るのぅ……わしの復讐が籠った武器とは違うのじゃ!」
「復讐かぁ。あんたが復讐に燃えて俺に敵対することをどうこう言うつもりはねぇが、俺はあんたに倒される訳にはいかないんでね!」
「なんじゃと!」
今のマーズの言葉はカイの怒りを掻き立てるには十分なものだったのだろう。すぐさま引っかけたアポロカッターを返すと、ウラヌスチェーンをその場に捨てて頭髪と甲冑のカラーがグリーンへと切り替わる。
「ジュピトリス・ショット!!」
「……!!」
カイが叫んだからにはマーズは何かが来るとは分かっていたはず。しかし目の前にはアポロカッターが飛ぶのみで、困ったことに何も見えないうえ、ヘルメットのレーダーでも察知する事が出来ない。
「ちっ!!」
だから今のマーズにはアポロカッターを落とすことしかできない。腕から展開された超振動ブレードの刃がアポロカッターと激しくぶつかり合い、体中を振動が襲う中でカッターを叩き落とすことに成功した。
だが、そのカッターは単なる囮にすぎないとは既にマーズは考えた。実際彼の考えは当たり、ジュピトリス・ショットと呼ばれた見えない攻撃が己を遠くへ吹き飛ばした。
「俺のジャマーでも捕らえられない攻撃とは……やりやがる!!」
「でやぁぁぁぁぁぁっ!!」
地面へ叩きつけられたマーズが刹那の空白から意識を取り戻す。だが目の前にカイが宙から蹴りをぶつけてきた。その右足の裏からは、展開された巨大なスパイクが彼の息の根を止めようとしていた。
「これで終わりじゃぁぁぁぁっ!!」
「させるかってんだ!!」
カイのスパイクの餌食にマーズがなろうとした瞬間だ。素早く向きを変えたマーズの超振動ブレードがスパイクを掴まんとばかりに挟み込んだ。
「チェストォォォォォォォォ!!」
そのまま叫ぶと同時にマーズの足が、カイの腹をつき飛ばすように動き、巴投げの要領で相手を投げ飛ばした。
「ぐはっ……」
「チャンスだ! カモン、マタゴロー!!」
相手が地面にたたきつけられたと見てマーズは飛んだ。すれすれのところまで迫ったマタゴローに捕まる形で彼は空高く舞う。その高さは既に地上の3人から見えないところまできている。
「先輩はサーティング・フォームで勝負に出るつもりだ! 制空権を取れるから勝負は有利だが、そこまで先輩が追いやられるとは……」
「かったるいが……カイ・ソーウンは強いぜ。元素の力を体内へ取り込む形で7つの元素 の力を借りることができる。己の姿を消す月、アポロカッターを放つ火、姿なき兵器ジュピトリス・ショットの木、必殺キック・プラズマスパイクの金、ウラヌスチェーンの土とな……」
「それって先輩や私達のライドクロス能力に似たもの……」
「確かにそうだがかったるいことにあいつの元素能力に隙はない! ライドクロス宙に狙われたら……かったるい結果になる!!」
「かったるい……でも確かに! 先輩、彼を相手にしたライドクロスは殺せと言っていると同然です!!」
カイの変身能力は自分達のライドクロス能力より上回っている。マーズの目の前には水色の頭髪と甲冑の彼が右腰から展開されたキャノン砲が両手に握られている。
「例え空中を飛んで攻撃をかわそうとも、制空権を取ろうとする考えは無駄じゃ! キュリア・キャノンで引導を渡してくれよう!!」
引き金を引かれると水色の光が飛んだ。その光は遥か上空の敵へ飛び、水色な光から一つの星が煌めいたかのような光を見た。
「兄さん! 先輩は!?」
「水の元素を借りたキュリア・キャノンは冷凍ビームガン! それから陽の元素を借りて放たれるサンシャイン・フェニックスが七色武人ことカイの止めの十八番……決まったらかったるいことになる!」
「かったるいこと……!!」
リュウハクの言葉からイシンには浮かんだ。先輩の死刑宣告が迫っている。凍結したマーズを砕くカイが彼女のイメージにあった。
「さて、こいつでとどめといこうか……」
カイの静かな勝利宣告と共に腕を胸の前でクロスすれば、頭髪と甲冑が静かに橙のカラーへと変わり、クロスした腕を解き放つ。
「サンシャイン・フェニックス……不死鳥が何をも貫く事を思い知らせてくれようか!!」
カイの胸に刻まれた不死鳥を模した紋章がきらりと光る。放たれたオレンジの光はカイの身体を包み込み勢いよく飛び立つとまるで鳥のように光が羽ばたくのだ。標的は彼の目の前へ堕ちていく物体。その物体はおそらく凍結してしまったマーズか。
「これでサガーラの敵を取れる! これで……!!」
だが、カイの勝利の確信は僅か一瞬で消え失せた。凍結した物体が接近する事は分ったが、その物体はマーズではない。氷漬けになったのはマタゴローだったのだ。
「なんじゃと!!」
真っ二つにマタゴローを切り裂き、爆破と共に光が解き放たれた。マーズの居場所を見回して探すカイだが見つかりそうにない。
「俺はここだ!!」
「なんじゃと!?」
マーズがいた。場所は真上だ。カイの頭上遥か上空から彼は頭から落下して両腕に取り付けられたロケットランチャーをぶっぱなす。
「あんたが俺に復讐するかどうかは何も言わないが! あんたは復讐を成し遂げた後に何をするつもりだ! この世界をどうするつもりだ!!」
「……!?」
「俺にはそれなりの現実を守る未来のビジョンを背負っている! 何も未来を考えていない奴には俺は負けるつもりはないんでね!!」
「ちぃぃぃっ!!」
真上からの雨を己の姿を消すことでカイは回避する。標的が消え、マーズは討ち損じた事を悔しがると同時に相手の実力を認めようと笑みを見せながら地面へ落下する。
(ライドクロスの時間は俺たちにとって無防備な時間。そこを突く考えだったんだなあいつは……マタゴローを犠牲にするのはちょっとばかし残念だが、マシンと違って俺が死んだらもうそれまでだからな……)
心の中で土壇場の間に考えた作戦を明かすと、マーズを迎えるように飛んだマタシチローへ足をつかせて、彼は体制を整える。
「さて、面白くなって来たぜこの勝負……!?」
「うが、うがががががぁ……!!」
マーズが地面に着地した時、肝心の対戦相手であるカイは必死に頭を押さえて地面でもがき苦しんでいる。盛り上がる勝負を楽しんでいるところで盛り下がってしまう状況に彼は首をかしげた。
「おい、勝負はこれからって……なぁっ頭が!?」
「に、兄さんこれは!?」
「かったるい……!!」
マーズも、リュウハクも、イシンも頭に激痛が走りその場で倒れてしまった。4人のサムライドが倒れた空に異形の人影が姿をみせた。
「「ケケケケケ! カンラカンラ!!」」
奇妙な笑い方を見せて姿を現すのは轆轤の二首に四本の手を持つ奇天烈な外見の男マンショが彼らを笑い飛ばす。
「いやーミー達の念力も捨てたもんじゃないでござーるよ!!」
「ワターシ達が4人を片づければボタモチでござります! うんボタモチダイスキ!!」
「さて、オムラー、ここはミー達を馬鹿にしたカイをやっつけるでいいでござーるか!?」
「何を言っているでござります! ここはマーズ達を片づけるべきでござりますよイートゥ!!」
「馬鹿でござーるか!? マーズ達は3人でござーるよ! 数的にもカイを倒す事がベストでござーるよ!!」
「馬鹿はアナータでござりますよ! 味方殺してどうするのでござりますか!!」
「ミー達のポジション大事でござーるよ!!」
「ポジションうんぬんより敵を片づける事の方が大事でござりますよ!!」
「何だと!? 味方は敵の敵だけでござって決して味方とは限らないんでござーるよ!!」
「頭がいかれる事言うのやめろでござりますよ!!」
……だがせっかくの超能力を駆使してもこの男たちに協調性がなければ勝ちは遠い。そんな彼らが知らない間にマーズの腕が背中の小銃ラウティング・ライフルを手にした。
「俺達の1対1のガチな戦いを邪魔するとはいい度胸だ!」
マーズのトリガーが頭上のマンショへ向かって引かれた。銃身を伝って銃口から射出された銃弾は激しく彼へ放たれた。
「チェストーッ!!」
だが、マンショの言葉と同時に勢いに任せて放たれたライフルの銃弾が突如動きを止めて、急カーブしたかのように自分めがけて襲ってきたのだ。
「みたでござーるか!?」
「ワターシの前に軟な攻撃はきかないのでござります!!」
マンショは勝利を確信して宙で踊るようにはしゃぐ。一方マーズの方へ飛んできた銃弾は彼に迎撃される形で煙に姿を消した。
「どうしたでござーるか! 迎撃することで精いっぱいでござーるか!?」
「ケケケケケ……カンラカンラ!?」
「「のわっ!?」」
しかし、マンショの詰めが甘かった事は言うまでもない。煙を突き破るように現れたミサイルが彼らの腹に被弾した。
「カラカラカラ……なんでござーるか!?」
「甘く見たようだな……野郎! ジャマーミサイル舐めるなよ……」
地面に這いつくばりながらも笑って見せたマーズの左腕のシールドからは発射後の黒煙があがっていた。そしてジャマーミサイルとは彼のシールドから放たれるミサイルだが、ミサイルの先端から標的を迎撃する小型ミサイルが放たれ、標的を迎撃後に本機がミサイルとして放たれる独特な機構を持つ兵器だ。
「ち、ちくしょうでござーるよ! カッチンコッチンこわいでござーるよ……」
「ござります……覚えてろでござりますよ!!」
腹に致命傷を負い、これ以上の戦いは死ぬと確信したのかマンショは逃げた。両手を合わせれば彼の身体が瞬時にしてその場から消え去った。
「頭痛が止まった……」
「かったるい奴だったぜ……」
「何、あの奇天烈馬鹿なんて大したことねぇよ……それより大丈夫かお前」
「ぬ、ぬぅ……」
意外にもマーズは先ほどまで自分と同じ倒れていたカイの身体を起こそうとする。
「貴様……わしを助けるつもりなのか? 今がわしを倒すチャンスであると言うのに……」
「馬鹿野郎。決闘とかに邪魔が入っちまったから止め刺すのに白けちまってよ」
「何っ……」
マーズのセリフと行動がカイにとっては想定外のものだったらしく、彼は腕を頭の後ろで組みながら笑って見せる。
「お前みたいな強い奴回すついつい止めを刺すのためらっちまうのは俺の悪い癖みたいでな」
「強い奴? わしを買ってもらえる事はうれしいが、逃げ腰じゃなお前さんは」
「逃げ腰か……言い訳かもしれねぇが俺はお前を倒せないとかは言ってないぜ。ただな……俺、こういう相手と戦って俺や相手が強くなるのが好きだからね!」
「……お主、変わっているのぅ」
「あぁ。俺はサムライドであってサムライドでない存在だからな。自分で自分を異端と思っているからな」
「ふふ……お前のような異端にサガーラが破れるとはな」
カイは笑った。その笑いには仲間の敵打ちの憎悪からサムライドの本能がマーズのような相手と戦う事に興味を掻き立てられているようにも見えた。
「お前は甘いな。そのような甘さが時に命取りになる事を忘れるでないぞ……」
「甘いか。なぁに俺にはあいつらがいる。あいつらがいれば何とかなるもんだぜ」
「ふふふ……ならば再戦を誓おう。サムライドとしての誇りを賭けてだ……」
カイの足元にはシャトルを模したライドマシーンが既に彼の搭乗を待ちわびているように待っている。それに気づいた彼が機体の上に乗れば機体から激しく噴射口が火を噴いた。
「さらばだマーズ・グイシー!」
「あぁ! また会ったときは今度こそ一戦交えるつもりだぜ!!」
「ふふふふ……ふはははは!!」
大笑いしながら背中を向けてカイが飛んだ。敢えて敵に背を向けて去る姿は相手であるマーズを認めた証拠であろう。相手を認める形で信頼しているのだから背中を相手に任しているのだろう。実際マーズ達は手を下す事はなくただ大人しく彼が去るところを見送るのみだ。
「先輩、あれでいいのでしょうか?」
「いいのって何の。そういう所が俺だからな……甘いかなぁ俺」
「いえ、それはないと思います」
「そのかったるい所が先輩だ……」
「リュウハク、それは俺を褒めているのかけなされているのか難しいところだぜ……それよりも」
リュウハクの何とも言えない回答に微妙な表情を浮かべた彼だが、それよりも先ほどの戦いで微塵となってしまったマタゴローの元へ足を運ぶ。
「あぁヤバい事になってるぜ……リボンシュラウドにデータが搭載されているから復元できるけどかなり時間かかるなこれ」
「先輩、あんな無茶苦茶な戦い方をするから……空中の要は私だけになってしまいます」
「そんなこと言わないでくれよ……」
「しかしマタイチローとマタジローが無事だったらこんな手間も省けるのに……かったるい」
「マタイチローとマタジローのことか。大陸に眠ったままかもしれないが、ひょっとしたら……ってこともあるな。あの二大勢力にまともに対抗するにはあいつらを探さないといけないが……とにかく手を進めろ」
イシンに突っ込まれて頭を掻きながら、マーズは胸から放たれた棺・リボンシュラウドにマタゴローの残骸を入れ込む。その時に何か思い浮かんだのか彼は両手を叩いた。
「あぁそうだ! イシン、これを機にお前に空中は任せる!! あのマタハチローは俺のマタゴローより最新鋭だしな」
「ええっ! 先輩本気ですかそれ!?」
「いや、そう言ったって俺のマタゴロー修理できないまでお前なしだと空が死角になっちまうし、そんでもって俺はまだ3つライドマシーンがあるからそっちの方に専念するということで……なはは」
「先輩……」
「やれやれ、かったるい先輩だぜ。でもあの時はあぁでもしないと勝てなかった事は事実だイシン」
「それはそうですが……」
「まぁまぁそんなに俺を責めないでくれよ。それだけあいつが強かったって事だ……今回の件で俺は不可視の攻撃にジャマーを頼ることないようにしないといけない課題が見つかった訳だ。よし!マタゴローの回収が済んだら特訓を始めるぜ!!」
「特訓? かったるいことを……」
「かったるいかったるいってお前は相変わらずだな。だがよ、こういう相手がいるから、俺たちもっともっと強くならないといけないっていうことだ! 強い奴と戦う為に! 現実を取り戻す為に頑張るのが俺達“突破“だからな!!」
目の前で拳を固く握り直し、マーズが見つめた先は相変わらず自然のままに青い空。その空によぎる想いは一つだ。
(なぁマドカ……完璧になるほど冷たくなるとあのときは思ったもんだぜ……けどよその気になれば暖かい物を手に入れることだってできる。それが完璧なサムライドから遠ざかるかもしれねぇがよ、いいじゃねぇかなそれで。なぁ……)
マーズが望むものは完全な世界なんかじゃない。かといって無法地帯じゃない。それなりの世界でそれなりに謳歌することが許される“それなり“である。不完全、けれども暖かい世界を守る事。人として生まれ育った半生故に”それなり”の素晴らしさを理解しているのだろう。
「よし回収作業終わりだ! 早速トレーニングと行くぜ!!」
マーズは敢えて自分のヘルメットを外し、近くに落ちていた長い布で視界を遮らせる。
「今の俺の視界は完全に零! その状態で俺を叩きのめしてみな!! 俺の後釜さんよ!!」
「やれやれ……かったるい」
「さすがに視界ゼロでしたら私たちに負ける要素はないですよ!」
「それはやってから言うもんだぜイシン! お前らに跡を任せて引退するつもりは俺にはまだねぇからよ!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「マーズ・グイシーか……あのような奴を相手にしたのは初めてじゃ」
一方マーズの心意気で命を取り留めたカイは本拠地へ撤退を開始していた。彼の脳裏には復讐への戦意が薄れ、それよりもマーズの背負った未来のビジョンと彼なりの心意気に新たな感情が芽生えようとしていたのだ。
今は悩むカイだが、答えが近いうちに見つかるはずだ……今は翼を休めようとしたカイの元に巨艦が近付いた。
「おおっ! カイ・ソーウンではないか!!」
「その声はベアドラー……!!」
一瞬にしてカイの苦悩、葛藤は終わりを告げる事になった。彼の身体が幾多もの銃弾。苛烈な攻撃を前にその老体は静かに大地へ放り投げだされた。
「ふんぬっ!!」
そして絶命し、地上へ落ち行くカイは艦の真上に存在する物の巨大な拳がクッション代わりに弾んだが、すぐさま圧倒的な握力に握りつぶされる。その両手からは骨が軋み砕け散るような鈍い音が鳴り、鮮血に染まる形となった。
「ふん! 老いぼれに生きる道はないわ!!」
己の体ほどのサイズを誇る両手を持つ男ベアドラーゴ。ゴールド、シルバー、ブロンズと華やかかつ禍々しい鎧を身にし、顔は般若を模した鉄面。人間離れした鉄面の顔に人としての情があるのか。その答えは否となるであろう。
「この世を制する物は力だ! 荒野を制する物は暴力のみだ!!」
「その通りでございます。ベアドラーゴ様」
力押しの男はベアドラーゴとの名である。そんな彼の言葉に対し、ベアドラーゴの強大な右手が独りでに外れ、拳が割れると一人の女性が。鬼のような仮面に己を隠す一方美しい緑髪が空に靡いている。
「ベアドラーゴ様、今の世界を束ね統率するには非情な力そのもの! 崇拝する力と、あいまいな世界が引きつける力等妄想の力そのものです」
「グフフフ……マナ・ベシマ!お前はわしの腹のうちまでわかっておる! あっぱれなものだ」
「私はベアドラーゴ様の右腕です。ですがあの時ベアドラーゴ様が封印された時に何もできないままいたずらに時を……」
「その件はもうよいわ。この時代にお前がわしを覚醒させたから帳消しだ。それにこの手で弱い者を虐げる事が出来る事は至福に尽きる! 最も俺を封印したヒゼン国を血祭りに上げられないことが心残りだがな!!」
「御心、察するばかりです……」
拳を握りしめるベアドラーゴの心情を理解し、彼女マナ・ベシマは頭を下げるのみだ。そんな彼女がベアドラーゴの右腕である。
「この時代に虐拳鬼賊を結成出来た事は大きいものがある! 五指天王!!」
「「「「「ははっ!!」」」」」
ベアドラーゴの右手に匹敵するほどの左手が宙に飛び、宙で五つの人影へと分離された。そこから5人が地面へ着地を決めた。
「ふふふ……ベアドラーゴ様悪虐上等!」
「暴虐上等! オデは暴虐上等!!」
「虐拳鬼賊は酷虐上等……」
「残虐上等は俺の美学!」
「凌虐上等でヤンスよ!!」
「ふふふふ……五虐こそ我々虐拳鬼賊鉄の掟であり、虐げる力を前に敵はいない!」
五指天王。その肩書きに偽りはなくならず者の容貌を持つ5人のサムライド達が非常に嫌らしい笑いを浮かべながら鉄の掟を告げる。その言葉を受けた彼は笑いを隠せない模様である。
「はい。ムシカの配下として悪虐の限りを尽くす事が出来る素晴らしさ……そして頃合いを見れば……」
「うむ。この九州とやら地を暴虐が支配する日も近いであろう! ぐわっはっはっはっはっは!!」
般若のような顔は激しく笑ってみせる。その堂々としたまでに笑う彼はある意味清々しい悪だろう。彼によって率いられるいわば外道、悪の集団が虐拳鬼賊だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そう……私の理想に弓引く者……」
「はっ、カイ・ソーウンとやらがマーズ・グイシーと手を組んで反旗を翻そうとしたところ、偉大なる私の主君ベアドラーゴ様が追討しました」
「ふふふふ……」
そして、西洋の城内を模した一室では眼鏡を掛け、水色のショートヘアから下まで続くか細いラインの少女が十字架を背中にして置かれた椅子へ腰をおろしている。清楚かつ繊細なイメージの小柄な少女も、巨大な十字架を背中にすれば威厳が伝わってくるものだ。
「カイ・ソーウンは私の忠実な僕なのに……」
「リン様の偉大な理想についていけなかったのでしょう。その反対に当たる者は速く摘み取ることがリン様の為になると思います」
「そう……」
ぽつりとつぶやいて額縁の眼鏡を軽く掛け直しながら、魔法書らしき書物を片手に彼女の瞳は一向にページを追う事しか考えられていない。つまりカイの死など、彼女にとってはどうでもよかったのだろう。
「そうそう! あんなジジイなどミー達にとって災いの子種でござーるよ!」
「イートゥ、そんな事言わなくてもいいでござりますよ! ついでに子種でなく火種と言うべきでござりますよ!!」
「少し黙って……」
「あうーでござりますよ……」
「リン様!」
本題を無視して書物にしか目がいかないリン。そんなリーダーのもとでの会議中にいきなり会話に割って出たマンショはあっさりと彼女に邪魔者扱いされてしまう。だが、別の方向から意見せんとする者がいたようで、彼女はようやく頭を挙げた。
「ロードス……何?」
「リン様! カイ・ソーウン殿は大陸時代からの忠義の士。そのような方が反旗を翻すとは私には思いませぬ……」
「ほう……」
「私が思う事はただ……この新参の者こそ火種となるのではないかと思います」
「この者たちが……」
白髪だらけの頭の下にが歴戦を獲て鋭い表情が老いてもなお見える男ロードス・ノウ。リンを一途に思うように強い眼差しを見せた彼が次に向けた者はベアドラーゴとマナへの猜疑の目である。
「ロードス様、譜代の家臣は外様を疑いやすいものです。ですがロードス様、貴方がもし反旗を翻そうと考えていた場合……外様の真実が譜代の嘘でかき消されてしまい、貴方にリン様が殺される場合もあります」
「リン様を裏切る考え等私にはない!」
「これはあくまでもたとえですから落ち着いてください。もう少し私のような新参を信頼してもいいのではないでしょうか。私の証言が事実でしたらムシカを私達が救った事になりますよ」
「そうでござーるよ! リン様の古参だからっていい気になるなでござーるよ!!」
「半分車のロードス殿! 少しは周りを考えるんでござりますよ!!」
「……」
マンショに指摘された通りロードスの下半身は存在しない。上半身に車いすのような土台と巨大なタイヤが備えられており、彼らとは違った意味で奇妙な外見を得ているのだ。
「貴様! 先生を馬鹿にするつもりかなら俺が相手になるぞ!!」
その時だ。マンショに侮辱されて、ロードスの後ろにいた男が真っ先に彼の前に姿を現し抗議の姿勢を取る。赤みのかかったピンクの髪は燃え盛る炎のように逆立ち、騎士のような赤銅の甲冑の若者はその若さの勢いで彼へ食ってかかった。
「やめないかショウ!!」
「師匠……ですが、この者は先生を見下しています!!」
「私が見下されることなど気にしていない。お前の血気が混乱を招く事もある事を忘れるな!!」
「わ、分かりました……先生、無礼をお許しください」
ショウと呼ばれた若者ショウウン・ハシターカは先生であるロードスに叱咤される形で自分の暴走に気が付いた模様で頭を下げる。
「とにかく……私はリスト様の教徒。完全な世界が平和をもたらすとの教えで私はこの世界を神の力で統率する……リスト様に従わない者はこの世界からいなくなってしまえばいいの……」
リンのスカートから取り出された3枚の写真には突破の面々が写されている。そんな写真を付近の青白く燃える蝋燭に付けることで、写真は青の前に形を崩す。
「この地を神の楽園にする。だから選ばれた私達が全てを完全にする為に不完全な存在を切り捨てればいい……その為には何してもいい」
「完全……素晴らしい響きでございます」
「ぐふふふふ……」
「イエーイ! パーフェクト最高でござーるよ!!」
「リン様こそ世界の頂点でござりますよ~!!」
「……」
完全主義と言うマーズと対をなすリンの考え。おそらく意味は理解していないのだろうがそれを称えるマンショと、何かを含んだような雰囲気で彼女に賛同するマナ。彼女をもてはやす一室において、ロードスは歪んだ空気に耐えられなかったのか一人静かに外へ出てしまい、彼の生徒でもあるショウはすぐさま恩師の行動に気付いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「先生……!!」
「ショウか……先程は済まなかった。お前の私を想う心は有難かったのだが……」
ロードスは砦の外で汚れない空を見上げていた。その空は彼の心とは正反対に悩みなどなく、彼に気づいてショウはやって来た。
「いえ、俺がカッとしていた事が原因でして、先生には全然責任ありません! 俺がまだ甘いからです!」
「そうか……何時も済まない。私にもっと武功があれば私はおろか、お前も白い目で見られる事はないのだが」
「そんな! 先生は俺のお手本です!! その姿で数々の武勇伝を持ってこられた貴方は、俺からしては戦士として人としての強さのお手本です!! 先生がいなかったら俺はここまで来られなかったのです」
「ショウよ、昔は私のような非力な男を慕ってくれる者が多かった。だが大陸の天災に巻き込まれて数多くの者がこの地へ着かないまま姿を消してしまった……」
「先輩のおかげで俺だけが辛うじてこの地へ生き延びる事が出来た事は先生から聞かされています。ナインステイツ最強のサムライド部隊エデン・ミッショネルが健在でしたらあのような虐拳鬼賊なんかに……」
「言うな!」
「師匠!?」
ベアドラーゴ達の力を借りている事に激しく憤怒するショウを一喝するロードス。そんな彼に一喝されてショウは一瞬思考能力が停止してしまい、目をパチクリさせてしまう。
「すまん。虐拳鬼賊の物見にこの事を聞かされたらお前の命がない事もあり得る」
「失礼しました。俺とした事がそのような事を考えずに」
「いや、このようなお前が自由に振舞えない環境を作ってしまった事には私にも責任がある。私達の使命はリン様の理想郷を実現する為に、リン様に刃向う突破を倒す事にある」
「ええ。突破のリーダー・マーズ・グイシーは先生を下半身不随に叩き落として……今のように先生があの二首の化け物に馬鹿にされる原因を……」
ショウは握った拳を震わせた。尊敬すべきロードスにみじめな姿を晒した原因でもあるからだ。もし彼がマーズに敗北を喫していなかったら彼は五体満足状態で出陣して今と同様、いや今以上に武功をあげ、馬鹿にされることはなかったからだと思ったからだ。
「いや、あのときの失態は私が過信していたからだ。己の力に自信を持って集中力がほころびた所から私を敗北へ陥れたのだ」
「先生……いや、先生がそんな過信をするなんて思えませんが……」
「若いうち、いや生まれが浅いうちは油断や驕りが生じる者だ。私の敗北は私にサムライドとしての自覚を植え付け、足となるライドマシーンを与えてくれた。このライジンダーは私の足代わりか、新たなる力だと私は思っている……」
「……」
「だが、マーズとその弟子二人はリン様の計画に刃を向ける者。実力は認めようとも私とお前はリン様の為に彼らとの戦いに勝利をせねばいけない」
ロードスは敵であるマーズと部下二人の実力を評価しつつも、戦場では敵であることをショウに改めて教えるように釘を刺した。
「お前はまだサムライドとしては発展途上。改善すべきところはあるがエデン・ミッショネルにおいてお前は一番の成長株で私が期待している男に変わりはない。お前が私の後継者になり得る器を持っている事は確かじゃ」
「先生……ありがとうございます、俺は先生の期待に恥じないよう……」
「うむ。だがお前の血気盛んな点は時として命取りになる。お前の勇猛果敢さが裏目に出て私より早く死ぬ事はやめてほしい。そしてリン様へ忠義を尽くす事を忘れるな。それがサムライドとして、国へ尽くす者として生を受けた者の宿命だ」
「はい!」
まっすぐな性格が表れているショウの返事はロードスの心をうつには十分な者だ。彼の決意を確認すると、もう一つ弟子への言葉を彼は送る。
「そしてだ。この地でもし私がリン様と対立することになった場合は躊躇わず私を切れ」
「先生をですか!? 教え子の俺に先生を討てというのですか!!」
ロードスから教え子である自分への教えを素直に聞き入れるショウだが、自分を切れとの発言はさすがに理解できなかったのだろう。
「それがサムライドとしての宿命だ。あのお方へ忠義を尽くす事が私達の宿命。もしリン様を殺めるような事があれば私達の存在意義を失うだろう。まず私が愚かな過ちを下す事はないがもしもの事があれば、攻めてお前の手で私は散りたい」
「……分かりました。ですがもし俺がその過ちを犯した場合には先生、俺が言うのも出過ぎた事かもしれませんが、先生の手で俺の首を切ってください。それが俺の望みです」
「心得ている。だがショウ! お前は絶対早まった事をしてはいけない! お前が死ぬ事は私にも大きな損失だからだ!!」
「先生……!!」
ロードスの言葉にショウの心が打たれる。彼から多大な期待をかけられていると改めて知り、自分より小柄なロードスをショウは固く抱擁をかわした。そんな二人の師弟愛を遥か点から見つめる姿が一つあった。
(マーズ、お前はナインステイツの最強の一角には間違いないだろう。そしてリュウハク、イシンもそこそこ名前が知られていた実力者だ。だが今の私はお前に匹敵する実力を持ち、私の教え子はお前の弟子二人と互角以上に渡り合えるはずだ……)
砦の外でロードスの瞳は戦いへの決意と勝利への自信に満ちている。自分とショウの二人ならあの三人を圧倒することは可能だと考えている。マーズ達突破はこの二人の兵を相手にせねばならない。
「どうやら九州の地も激戦区だな……ベアドラーゴ、リン・フランシスコ、マーズ・グイシー……荒廃、完全、そして現実を求める3人が分かり合える事は多分ない……中央の戦いへ参加を許される勢力はただ一つだな」
戦いの一部始終を見届けていたと思われる赤髪のトダカが感想を呟くと同時にその場から姿を消した。虐げる力で世界を束ねようとする虐拳鬼賊、神の力で完全な世界の開拓を目指すムシカ、そして己たちの力でそれなりの世界を取り戻そうとする突破。三大勢力の戦いが九州の地で展開されていた……。
続く