第33幕 明かされたミツキ
「……ミツキ、とうとう割れちまったな」
「ええ……」
トダカ、ユーサイ。ミツキからすれば頭が上がらない双子であり、この世界においてもサムライド同士の争いを傍観し、時に介入する影の権力者である。
彼女の命を受けてミツキはシン達の味方としてふるまい続けたが、西の頭脳であるモーリにより彼女の正体は見抜かれてしまったのである。
「最悪あたしたちにも矛先が向けられるわね」
この双子は今後の事を案じた。ミツキが万一口を割ってしまえば、自分達の存在が公になってしまうのだ。自分がたとえ相手を返り討ちに出来る強さを持ち合わせていても、存在を守りたいのである
「どうするつもりなの?」
「証拠を断つのみ。最もミツキには万一の事は済ませているわ」
「そうねぇ……」
自分達の壮大な秘密を保つためには、彼女を切り捨てる事しかない。トダカとユーサイの表情に迷いなどは存在しなかった。
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「お、おいブラック! いくらなんでも冗談過ぎるぜ!!」
「私は冗談が嫌いな性格だ。つまり事実だ」
中国地方の場は、西部軍団を一掃した事で危機は去り、戦輝連合は陰陽党を加えてさらなる飛躍を遂げようとしていた。
しかしミツキの正体が明かされた事で連合内に新たな激震が走った。彼女は誰に知られる事がないように、腰の通信機の周波を合わせながら連絡を図ろうとしているが、連絡が繋がる機会がないようで、ただいたずらに時が過ぎていくのみであった。
「にゃろう、ミツキ! お前も何とか言ったらどうだ!!」
「……」
シンだけがミツキを庇おうとする。彼はミツキの内通を晴らそうと考えを改めないが、彼女の表情に何の変化もない。ただ沈黙を続けるのみである。
「!!」
「お前はどこへ連絡を取るつもりだ?」
密かに通信機を回そうとした手がクーガに握られた。無表情を貫き通す彼女からは遂に、汗が一筋流れる。
「この周波数は俺達が知らない番号だ。お前は何か隠している」
「違います。その番号は貴方達の覚えがないはずです」
「……確かに。全然連絡が取れない」
「ほらみろ! クーガ、ブラック!お前達の思い過ごしなんだよ!!」
「いや、相手がその通信を破棄した可能性もある」
シンが一瞬望みは残されていると、ブラックとクーガへ反発の姿勢を取るが、ブラックの言う可能性も十分にありうる事である。
「お、おい。あたいらには全然話が分からないんだけど」
「あの女がスパイだったという事じゃ……」
戦輝連合の内輪での揉め事にキッカ達陰陽党が介入する機会は与えられない。最も卓越した頭脳を誇るモーリからは事情を既に見抜いており、父からの事実に彼女は態度を変えんとばかりの表情を作った。
「無駄だミツキ。少なくともお前が第三者から呼ばれたスパイだという事はもう分かっている」
「それは……」
ミツキは口を割ろうとしない。ブラックの事実の突きつけに心が折れようとする中で意地でも自分を保つ彼女だが、割って出たキッカに殴り飛ばされて地面へ倒れた。
「てめぇ! 女でもなぁ男らしく割っちまえ!!」
「お姉ちゃん! いくらなんでも」
「うっせぇ。あたいはお前達を信じた所でスパイが出たと言いやがる! 黙っていられるか!!」
「……」
「当然だ」
ジュジュは血気に走る姉を止めようとする。しかしキッカの心境はブラックからすれば察して当然の内容であり、彼女に止めさせる事は無意味であると告げる。
「余所者の私達を信頼してこれでは、キッカの立場が私でも同じ心境だ」
「その通りじゃねぇか。おいミツキとやら、さっさと口を割っちまえ! あたいは結構気が短いんでね!!」
「やめろ!!」
キッカはリンジローを抜いた。先端の電撃が彼女の背中に触れ、表情が微塵に歪んだ時シンが彼女を守るようにキッカに立ちはだかった。
「どけシン! お前に恩があってもそれとこれは別だ」
「俺はミツキを信じているんだ。容赦しないならお前を返り討ちにしてやる」
「現実を見ろシン。目の前のあいつは既に俺達の仲間ではない」
シンは一人だけでミツキを守ろうとしているのである。一人だけであり自分以外はミツキを助けようとしないのである。
「……あぁそうですか。立場が変われば昨日までの仲間も今日の敵という事ですか」
周囲の冷淡な態度に彼はやけを起こしたかのように荒げた声で叫ぶ。最も周囲は彼の行動を無意味としか見なさない眼差しを向けるだけしかない。
「シン、悪いが俺は前からミツキを疑ってはいた」
事実を突きつける為か、シンへのクッションのつもりかは分からない。クーガが自分の本心を打ち明けるが彼からすれば有難いものではない。肩へ寄せた手を払いのける。
「ふふ。私の身元明かさないといけないのですね」
「ミツキ……お前まさか、まさか!」
「私はどうやら見放されていたものです。事情を打ち明けても問題はないでしょう」
周囲の様子と上司からの孤立。自分が正体を隠し続ける意味はなんだったのだろうか。凛とした表情のはずなのに、全てを諦めきってしまったようである。シンは心の底からっ否定を信じたかったが、彼女の観念した様子から自身が揺らいでしまった感じである。
「まず、トダカとユーサイと名乗るサムライドがいます。大陸時代都を守り続けていたサムライドです」
「トダカ、ユーサイだと。俺は聞いた事もない」
「無理はない。名前だけは知る者が存在しても、彼らは表舞台に現れない、現れても名乗る事はないからのぅ。そうじゃろ」
「はい」
老兵モーリからの問いかけにミツキは首を縦へ振った。彼の言うとおり、トダカとユーサイは戦場へ介入しても、自分達の存在を明かす事はない。大陸時代においてもこの世界においても彼らの名前を知る者は限られているのだ。
「私は二人の後継者として生まれました。その時に備えて身分を隠して一サムライドとして仕えていたのです」
「ということは……俺が知り合った頃も!」
「はい。貴方を騙すつもりはありませんでしたが、それになります」
ミツキがミノ国のサムライドだった頃も、彼女には都の勢力を後継者として己を鍛える事に徹したのである。シンの心が震え始めている。何かを失った顔色で体中が震え始めた。あの日、あの頃からミツキは自分を欺いていたと思えば思う程である。
「ミツキ、お前がこの世界で我々に味方する理由を説明してもらいたい」
「はい、私の目的は戦輝連合を三光同盟と争わせることです」
「な、なんだ……それなら全然大丈夫じゃねぇか」
「いえ、私はあくまで目的があって争わせているのです」
シンからすれば、ミツキは頼れる味方であってほしい事がせめてもの願いであった。彼女のような頭がキレて、自分をなんだかんだと理解している彼女が頼れる存在だったからだ。
「私達にはわかる。モーリ殿」
「うむ、お前さんは三光同盟に対抗する為に戦輝連合のを均衡にまで持ち込む事にあり」
「均衡。ということは俺達の敵にも回る事がある」
均衡として互いの実力を保つ事はその意味もある。また均衡とは敵味方の間において勝利がつく事がない長い平行線のような道しかないのである。
「ブラック殿。均衡と勝利は矛盾する存在ですよね」
「そうだ。勝利を求める私達には意味がない存在だ」
「お、おい嘘だろ……おい!!」
バトンをミツキへ向けた。まるで彼女を内通の疑いで切り倒すかのように彼には気迫が乗り移っている。
「シンさん、私の身分は今まで明かさないつもりでした。欺いていた事は謝ります」
「……」
ミツキは弁解をしない。ただ何時ものように無表情のまま言葉を漏らすのみだが、気のせいだろうか。彼女の両眼には何か憂いが込められているかに見える。
「へへ、これで決まったようだね」
皆の目が小柄なツインテールの少女に向けられた。チカだ。彼女はこの状況で場違いのような喜ばしい表情
「簡単簡単。ボクが思う事はミツキを内通の疑いで殺しちゃえということなんだ!」
「おい待て! それじゃあミツキは」
チカの言いだす事はシンが承知しがたい内容だ。彼が怒ったように食いつく事は無理もないが、ブラックのリボルティング・バトンが彼の前に立ちはだかる。
「当然の事だ。ミツキはこのまま放っておけば俺達の癌となるだろう」
「けどよ! ミツキがいなかったら俺達がこの戦輝連合に集う事はなかったんだ!」
相変わらずミツキを排除する事しかブラックは考えにない。彼の言う事に腸が煮え返りそうなシンはくるりと皆の方え顔を向けた。
「考えてみろ! クーガ! お前もサイも、そしてここにいる奴らもミツキがいなかったら、そろうはずもなかったんだ! 三光同盟に立ち向かう為の戦輝連合じゃねぇか!!」
「シンmこいつは三光同盟と均衡となる勢力を作り争わせる為に俺達を誘ったにすぎない。まだ解らないのか」
「その通り。戦輝連合においてミツキが肩入れする理由はない」
「……」
彼にとってここで引き下がったら自分の負けだと思えた。握りこぶしは震え、彼の両眼は皆に彼女の功績を突きつけんような表情で迫るが、対極の位置の性格の二人は彼の叫びをまともに取り合ってくれない。
「シン? もしここでミツキを殺さなかったらディアはどうなっちゃうのさ!!」
「……!?」
「あいつは戦輝連合の邪魔になるから僕達が始末したじゃないか。ボクは反対したけどさ」
「あまり認めたくはないがチカの言い分は正しい」
チカの言う事は聞きたくはないが事実だ。勝手に暴走して自分達を危機に陥れたディアを始末しておいて、内通の疑いが強いミツキを許す事は軍規が許さないだろう。
「シン、お前はディアを始末する事に賛成していたじゃないか。そのお前が同じ立場のミツキに肩入れする事は不平等だ」
「そうだ。だから俺はミツキを始末するつもりだ」
「……にゃろう! 揃いに揃ってミツキを殺すつもりなのかよ!!」
「もういいです……」
だが、彼は軍規に従う事を望まない男である。ここで彼らに折れたならば自分の今までは否定されるような事である。圧倒的に彼の不利だが、意地だけが彼を支えているようなものだ。
しかしその時、ミツキは諦めた言葉を告げてカムクワートで自分を包む。種のような状態の彼女からはスモークパウダーを吐かれてしまう。
「ミツキ! どこへ行きやがった!!」
煙が晴れた時、霧が晴れた時にミツキの姿はどこにも見当たらない。誰のレーダーにも彼女を捕える事が出来ない。一瞬のうちに彼女は姿を消してしまったのである。
「ちくしょう!!」
「シン! どこへ行くつもりだ」
今、ミツキが何を考えて逃げた事は多分シンにも分からない事だろう。だが彼の本能がミツキを追わなければならないと察した。ここで逃がせば二度と彼女に会えないと、バタフライザーを知らせたのである。
「クーガ、お前に追撃を命じる」
「俺にですか」
だがブラックからすれば、当然のように彼の行動を想定していた。その彼を追撃する役にクーガを指名する。先ほどまでシンを止めようとした彼だけに、この役目の抜擢は少々戸惑いを隠せない模様だ。
「ミツキを引き離してしまえば、シンは多分消えるとみている」
「ブラック殿?どうしたのですか急に態度を変えて」
「うむ、ミツキ、シンを失うことは戦輝連合の損失である」
ブラックの本心はミツキとシンを始末する事ではないのか。先ほどと全く異なる彼の態度に疑問を持つクーガだが、この彼の様子も承知しているのだろう。返事に困る様子はない。
「だが、ミツキを仲間として組み込むには裏に背負っている物を吐き出し、その状態で仲間に引き入れる必要がある」
「まさか、ミツキをシンに説得させるためにこのような芝居を」
「いや、殺す考えならばお前はそれでもよい」
しかし、単に彼らを生かす考えだけではない模様である。ブラックからすれば最後に事を決めるのはクーガの役割であるとのスタンスである。
「クーガ、お前は戦輝連合のリーダーとして、また始末への賛成派の代表として動くべきだ」
「俺にですか? まさか俺にミツキとシンの処遇を任せるつもりですか」
「そうだ。リーダーとしてお前はあの二人のような曲者を扱いこなせるかどうか。それもお前の課題だ」
「……」
「私は軍師だ。その私が見込んだリーダーとしてお前には伸びてもらわなければならない」
彼の夢と期待がクーガにかかっている。自分がこの状況で動かなければ戦輝連合は空中分解してしまうだろう。ナオマサに搭乗して彼が駆けだす事に時間はかからなかった。
「そうだ。お前の行動次第で私の作戦で大きな役割を担う」
「何なんだよ~ブラック。どーしてそこまであいつらに肩入れするんだよ~」
「お前のような外様には解るまい」
このミツキへの処遇をチカは望まない模様だ。チカを始末する事を真っ先に考えていた彼女だ。またブラックに最初から反発していた事もあった。
しかしそんな彼女にブラックが取り合うつもりはない。元から彼女を当てにしていないからかもしれない。
「けどよ、外様ないは関係ないような姿勢じゃあ、あたい達にも納得出来ねぇな」
「お姉ちゃん……でもジュジュもそうかなぁ」
「……よし、説明せねばならないだろう」
「ええ!?ちょっとちょっと何でボクをスルーしておいて、それなんなのさ!!」
彼はゆっくり口を開ける。チカだけが拗ねてはいるが気にする事ではない模様だ。
「ディアを始末させた理由は、損失が軽微だったからにすぎない」
「ほぉ。ディアを大した事がない相手と言うとはのぅ……最も間違いではないかもしれないがな」
「その通り。モーリ殿、ミツキとシンについてだがあの二人はディアの遥か上を行く。私が殺すと考えるには惜しい」
「なるほど~」
不利な方向に働くかもしれない優れた存在。彼女を活かす為にブラックは大芝居を打ったのだ。要注意人物を始末するくらいなら、上手く味方へ引き寄せる方法を考えたのである。
「最も活かすか殺すかもクーガ次第。最悪な決断は出さないと思うが……」
ただ姿を消したミツキ、彼女の為に追い続けるシン。そしてこの二人をクーガが追尾する。戦輝連合の中枢ともいえる3人の行動が明暗を決める事であった。
続く