第31幕「中国地方の激戦! 両雄の頭脳が並び立つ!!」
「なぁ、ケイ様が大変なんだがなぁ同志」
「おぉ、ケイ様にとってカズマ殿が死んだり、サクラ殿が裏切ったりと不幸続きなんだからなぁ」
近畿地方の大半の管轄を託された西部軍団。カブトムシとクワガタ。二大昆虫のような頭部を持つ豪傑サムライドコンビアクエーモン、モミーノには現状をどのようにするか考える事が精いっぱいであった。最も自分達は戦う事が出来ればいいだけの話なので、上の意思に従うのみである。
「しかしまぁディアはどこへ行ったんだろうなぁ同志」
「あいつ、黄金要塞の爆発に巻き込まれたんじゃないのか?」
「そうかもしれないんだなぁ同志。あいつはいるべき場所を間違えたんだよ」
「そうそう。俺達は別に戦う事さえできればそれでいいもんな」
「ねぇ知ってる?一番幸せな時は何も知らない頃だって言うじゃないかよ」
「それ言えてるな、なはははは」
彼ら二人は傭兵として西部軍団に雇われている。傭兵において戦いへ余計な感情を持ちこむことはタブーであり、上からの命令を黙々とこなすだけで十分である。ディアは部下としては感情に走りすぎたサムライドであり、軍団には不適格なサムライドであるといえよう。
「アクエーモン様!東から1台の戦車が驀進しています!!」
「何!?それは本当なのか!!」
「はい!あの戦車はひょっとしたらディア様では……とにかく私たちでは手に負えません!!」
「ディアが生きていて」
「それで俺達のもとへ帰ってきたわけだな、同志」
「さすがだな同志」
「あぁ、ディアが生きていたら一応ガンジー様は喜ぶからな同志」
「おい、ディア!ここは西部軍団の領域だ!味方のお前が破壊をして……」
「邪魔ですよ!!」
「うわぁお!!」
「同志!大丈夫か……おいコラァ!どこを撃っているんだボケェ!!」
「自分が邪魔だと判断したからなんですよ!!」
「しつこいですね!もうあんた達とは味方でもなんでもないのですからね!!」
曲がりなりにも仲間であったが、西部軍団はモーリとの戦いを許そうとはしない組織であった。それゆえに彼は肩身の狭い思いをしてきた。
新たに望みをかけた昨日までの仲間達も、自分の望みを満たさない事から彼は悟った。長年の悲願を叶える者は自分自身しかいない。一人だけならば自分を縛る味方は存在せず、目の前の相手は敵の身である。
「あの野郎、ガンジー様にとりたててもらった恩をあだで返しやがって!同志!!」
「待て同志!あいつは一応元味方として、勝手に始末すればケイ様がどのような処罰を下すか」
「俺達で殺して、証拠を隠滅すればいいだけの話だ同志……っていないぞ!」
「どうするつもりなんだよ同志!お前が躊躇うから取り逃したじゃないか!!」
「し、仕方ないだろ、この単細胞の青鬼が!!」
「単細胞とは同志、お前には言われたくないわ!!」
「何だとゴラァ!!」
一応仲間であったディアへモミーノとアクエーモンは怒り、仲間割れを起こしかけているようにも見えた。
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「という訳でディアは生きているんかいな!?」
「ええ、しかしあいつはもう敵になっているようでして……」
「ガンジー様、あいつは恩をあだで返している!ここで始末すべきだ!!」
「そや言ってもな……」
ガンジーは部下思いのサムライドである。三光同盟において内輪もめが禁じられている事もあるが、彼の統率力は組織の掟による恐怖などではなく、和を重んじる性格に起因するのであろう。
それゆえか、またはケイから統率力の衰退を指摘される事を恐れてかガンジーの判断は鈍った。トップとすれば始末すればいいだけの話ではないのだ。
「教主様、ディアが西部軍団のサムライドと判明すれば、モーリ達陰陽党との靭帯が著しく傷つく見込みです」
「そやなぁ、なんでわいの所にディアはんが来てまったやろか」
「ガンジー殿」
ガンジーへ飄々とその身を近付ける者が一人。ハッター・ノン。大陸時代に傭兵として獰猛な部下を率いて暴れまわった西部軍団の一員である。
「ハッターかいな。今わいらはディアの事で手こずっていてな、申し訳あらへんがそれ以外の事では」
「いえいえ、そのディア殿の件で耳寄りな情報を見つけたのです」
「ディア殿は行方をくらましたときに、シン達に出会い戦輝連合の一員になったのです」
「なんやて……どないすればいいんや、よりによってわいが、部下を纏める事には少なくとも自信があったわいがどげな失態をしでかしたんや……」
「いえいえ、落ち着いてください。話はここからです」
敵としてディアが現れた報せにガンジーは動揺を隠せない。部下を纏める事には一人前だが、妙に頼りない面を見せるガンジーをフォローする者はライレーンである。
「そのディア殿ですが、結局折り合いが悪く、戦輝連合から出奔して、一人でモーリ殿を倒すつもりらしいのです。戦輝連合の一人だと名乗って」
「なるほど、戦輝連合の一員と自称するならば、彼らと縁がないモーリ達は戦輝連合を誤解する」
「そうです。ディアの存在はモーリ達から隠しています。ですからディアが戦輝連合への恨みを忘れない限り、彼は我々にとって有利な役割を果たしてくれます」
「ということはモーリ達と手を組んで戦輝連合を叩く事が可能かいな!!」
「はい」
ディアの存在は敵の身になりながら、戦輝連合を崩壊させるキーパーソンである。ハプニングから生まれた旨味へガンジーが思わずガッツポーズを取ろうとするがぴたりと動作を止める。
「しかし、ディアが捨て駒になってまうのはどうかと思う所なんや……」
「心配は及びません、私達は説得を試みます」
「説得ってな、ディアはんを言うとおりにするにはわいでも出来へん事や……」
「最悪の場合、ディアを助けてモーリ殿陰陽党を倒してしまえばいいだけの話です」
「陰陽党を倒すだと!?そのような事が出来るのか!」
「ライレーン殿、私が情報通なのにはですね、私の部下を各勢力にうまく忍ばせているからなのですよ」
ハッターは地味な存在でありながら、口を開けば飄々とした外見の元に確かな自信を裏付けた事しか言わない。それだけに彼の言動は信頼が持てる内容である。
「モーリのところにもですね二人ほどの部下を忍ばせていまして、共に重要なポジションを占めていますから」
「モーリはんの万一への備えという訳か」
「はい。戦輝連合と陰陽党の勢力が同士討ちを始め、疲労が見えた頃に、部下達を放棄させて私達突破が叩きます。いくら強豪が集う勢力でも、互いが衝突した先にはジリ貧になる結果が見えています」
「なるほど……」
「ガンジー殿、東部軍団の様に戦輝連合のほかに敵がいないこの西部軍団で勲功を立てたいと思いませんか?」
「なんやて? いや、わいはそんなつもりはあらへんで!」
思わぬ話の行き先へガンジーが戸惑う。モーリとは敵に回したくはないとして不戦同盟を締結していたが、敵として対峙する事も想定にはない模様である。まだまだ続く彼の狼狽になおさらその印象を抱かせる。
「教主様、ですが不戦条約程度の関係の相手は薄い関係にしかありません。ただ中立を保つだけの相手と手を組む期間はもう終わったと考えています」
「むむ……」
「今までは西部軍団では陰陽党に勝てないと見做していたから同盟を組んでいましたが、その勢力を倒せる見込みがあるなら、同盟は無駄にしかありません」
「そ、そうやな……一方的な条約破棄は抵抗感あるんやがな」
「奇麗事だけでは勝てませんぞ、白黒はっきりつけない相手が悪いのですよ」
ハッターはいつも以上に強気である。彼の言う事の信憑性が高いこともあり、先を見通すような彼に上司でありながらガンジーは押され始め、結局は立ちあがった。
「あぁそうや、わいには大陸を復活させる重大な使命があるんや! 目的の為に特に目的のないモーリ達を踏み台にせなあかんのや!」
「有難いお言葉。その分私達も頑張らないとな」
「あぁ同志、ここは思い切り暴れまわるのみだ」
「その通りだな、どちらにしろ暴れまわる事が出来るんや!!」
ガンジーの決断へ部下が意気込む事をよそに、ハッターは一人後ろを向いて何処へと消えゆく。
「これで中国地方を手宙に収める事が出来れば、西部軍団以上の勢力になりますな」
彼が漏らしたこの言葉は、三光同盟へ既に見切りをつけたからである。カズマの死を経て同盟は綻びが生じている事に気付いたからである。
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「ダイヤモンドカッター!!」
「ビッグバーストボンバー!!」
中国地方を一列に三光同盟のソルディアがずらりと並んで立ちはだかる。先人を任された。ダイヤモンドカッターで前方の敵をなぎ倒し、ビッグバーストボンバーで後方の敵を貫いて見せる。その勢力にはまともなサムライドの姿は見えない。それもあり、二人が瞬く間に防衛網を突き抜けようとしていたのである。
「周囲がお留守なおかげで随分早く片が付きそうだな」
「だがディアを連れ戻さなくては意味がない。急ぐ」
「あぁ。第二波が来た、俺が切り込んでやるぜ!!」
防衛網は、定期的に送り込まれる第二波のおかげもあり、辛うじて陥落を阻止している。先陣を任せられた3名が全力で戦っていたのなら、彼らは既にディアの元に到達する事が可能だっただろう。
「ふぅ~前の二人が片づけてくれるからあまりたいした問題はないね」
ただ1名が先陣でありながら、後方に一人楽をむさぼる事から、結局として二人が全力を尽くしても、先陣を追い払うだけが限界なのだ。戦う二人は目の前と、攻めて後方へ敵が忍び寄る可能性だけを察知する事が精いっぱいなのである。
「シン、クーガ。お前達はこれ以上雑魚にかまうな。先を急げ!」
「ええっ!? どういうことだブラック」
だが、上空から3人を眺める指揮官が新たな命令を送る。彼からすれば不審な者の行動を掴むことは容易いようである。
「お前達の後ろでチカが余裕の見物をしている」
「ぎょぎょ!?」
チカは動揺した。自分へは相手を退けながら真後ろに顔を向ける両者の姿があり、まなざしは共に疑惑の感情をぶつけるようなものである。
「お前、よくもまぁヌクヌクと俺達の後ろで」
「ヒメコから説得を任されているが、これではな……」
「ま、まぁボクはちょっと二人の実力を拝見したかったからね。ハハハ……」
「なるほど、ずいぶん余裕ぶっているようだが、それだけ自信があるようなものだな」
「待ちやがれゴラァ!!」
野太い怒号が後方から聞こえた時、3人は後ろを振り向く。まがまがしい鬼のような角が目立つ巨人は、モミーノ、アクエーモンの他ならない。だが彼らの接近はブラックからすれば計算のうちであり、緩やかな笑みをもたらす。
「お前の後方から2人のサムライドが接近してくる。彼らの足止めを頼みたい」
「え~!僕一人で前の雑魚だけじゃなく、やけにでかい二人を相手にするの!?」
「そうだ。お前は疑われているサムライドであるなら、そのくらいの仕事をこなすことは当然だ」
「ううう……鬼、サディスト! 人でなし!!」
「俺もお前も人ではないだろうが」
冷たくスルーされると、戦場まっただ中であるにもかかわらず、地べたに寝転んでまるで駄々っ子のように手足をじたばたさせる。
「な、なぁディアを追うなら一人でいいんじゃねぇか?」
「それは私が許さない。まずお前がディアの元に到達する時間が最も早いからだ」
「ちぇっ。ならクーガ、お前が行けよ」
「いや、俺はあの野郎をとらえないと気が済まない」
戦場でそのような真似をされると、さすがにシンは彼女に気の毒な思いを抱いた。彼女に助け船を出そうとするが、両者には彼女を切り捨てるような態度である。
「クーガ、お前にしては感情に走っている気がするが、お前の考えはもっともだ」
ブラックの言うとおり、クーガには身を呈して自分を救ったヒメコとの約束があるのだ。感情に左右されない方の彼であるが、命の恩人を思えば自然と彼女の願いを叶えたい心境なのだ。
「何、私はあの女がこの組織の為に命をかける事が出来るか見極めたいものでな」
「同じような身分のお前が言えた事じゃないけど、解ると言えばわかるような」
「あぁ、俺にはあいつとの約束もある。まぁ運が悪いと思え」
「え、ええ!? ちょっとどういうことなの!!」
二人は急いだ。自分達は中国地方の征服や西部軍団を落とすことが目的ではないのだ。今はディアを捕縛する使命が最優先と割り出し、疑いが強いチカを無視して出発を選ぶ。
「まだお前の事よく知らないけど、後ろで余裕ぶっているならたぶん大丈夫だぜ!!」
「そんなつもりじゃないのに! もう!!」
ちなみにシンはブラックの言葉を鵜呑みにしているところがあり、去りゆく彼の瞳はなぜか自分を間違った方向で信頼しているものであった。
「あいつ、シンはうわさ通りお馬鹿ちゃんで……ってクーガとかいう奴はヒメコに少し気を許しているようなんだね」
一人チカはぼやく。シンは馬鹿と思われることは珍しい事ではないが、クーガとヒメコの密かな関係を見抜いたところから、舌足らずな幼い外見の少女では思えない洞察力を彼女は見せた。
「同志! 追手が迫っているんだな!!」
「おおっ、同志、小娘が一人だけなんだな!!」
「あぁ。こいつ一人だけで殿とは俺達も舐められた者だなぁ」
「む……」
一人ポツンと立ちながら前に迫るソルディアの面々を視線にとらえ、また後ろからは自分を侮るような赤鬼と青鬼の嘲笑を聞く。前の敵は無言のうえ容赦なく倒される存在だから特に怒りは抱かなかった。だが、後ろの相手は自分を馬鹿にしている存在。彼女の中の何かがぷつんと音を立てて切れ、陽のような表情を陰で覆うように変える。
「そうだ。どうせボクはあんた達を殺したって何も問題はないんだよね」
「何だと!? 小娘の癖に俺を馬鹿にしやがって!!」
「落ち着けアクエーモン! どうせ俺達の実力を見せつけてやればいいはずだ!!」
「実力? どうせボクに二人ががりで挑んでいる時点で、弱いって言っているものじゃない」
「な、ななな……」
常に二人で行動するこのコンビからすれば、チカの発言は二人のバトルスタイル、つまり戦い続ける存在である方法を否定する意味である。
特に短慮な性格が目立つモミーノは背中に備えた重厚なる斧・ビッグホークを投げ飛ばす。先端の刃からは激しく回転の軌道を取り続けるカッターが迫り、彼女の顔を切りつけようとしている。しかしチカは一歩も動かずただ腰のカードケースからトランプほどのサイズのカードをシャッフルし始めているのだ。後方から自分を狙うソルディアが砲撃を加えようとしている事を知らないようにである。
「まずボクをなめたらどうなるか思い知らせてあげるよ! シャッフルフォーメーション・アコーディオニック・ベルト!!」
斬り終えたカードの束を握りながら、そのカードを前面から右へと投げつけるように前方から一周するようにぶちまける。52枚のカードが自分を囲む輪と化し、カード一枚一枚が光を放ちながら、銃弾とトマホークをはじき返して見せる。
「な、ななな!!同志、俺のトマホークが簡単にはじき返されたぞ!」
「馬鹿! 全力を込めてトマホークを投げればいいはずだ! 相手を見くびるからこうなったんだ同志!!」
「そ、そうか! じゃあ同志がツインホークを投げた隙に俺達で炎と吹雪の温度差攻撃で追い詰めればいいはずだ!!」
「それでいこう! 俺が囮でツインホークを投げつけて、それをはじき返した瞬間にうちこむぞ!!」
このコンビにしては珍しい少し頭を使った戦法である。彼らが馬鹿かどうかはわからないが、力押しを得意とし、実際にそのような戦い方で殆どの戦いで勝ちをつかみ取ったのだ。正攻法が通用しない相手に小細工を持ちこむことは、彼らにとってチカが強大な相手である事を意味する事である。
「いくぞゴラァァァァァァァ!!」
囮でありながら力いっぱい振り回してからトマホークが目の前へ飛んだ。斧が激しく立て回転を続け、チカの張るアコーディオニック・ベルトの前へ凶刃が接近しつつある。
「へへ、ボクが君達のような馬鹿に引っ掛かると思うかな?」
不敵な笑みとともに彼女の右手の甲へクローバーのエースが合体した。同じ紋章を持つカードが12枚重なった瞬間、右手が新緑の鞭と化し、迫ったトマホークをはじき、宙に浮いた斧を左手へ握りなおす。もう一方迫るトマホークも同じ要領ではじいて、右手に握り直す。
「同志!トマホークをとられたぞ!!」
「き、気にするな!急いで温度差攻撃だ!!」
「カタストロフ・フレアーとタイタニア・フロスター!!」
「クローバービュートでいただいて……これで防ぐ!!」
不敵な笑みを浮かべながらチカの両手にはトマホークが握られ、刃で極度の温度差攻撃を耐え抜く。
「同志!あいつ俺達の武器を盾にして使っているぞい!!」
「仕方ないぞ同志! こうなればそれもろともあいつを倒すのみだ!!」
「いやぁ~夢中になっているねぇ~」
チカにはこの先の見通しを計算済みであった。まともにぶつかる事をすれば巨体の2人へ惨敗は免れないだろう。
「どぅわぁ!!」
しかし2人の背中へ鉄球が飛びだし、二人をのめり込ませる。赤、青、緑の3色で彩られる大型戦闘機。ライドマシーン・ファイブガーターである。
「同志!足元がお留守になっていたようだぞ!!」
「同志!あれはなんじゃあ!!」
「ふふふ、ボクを馬鹿にするとこうなるんだから」
チカがファイブガーダーにすっぽり収まった。にょきと展開された左腕は幾多の釘が突き刺さった金属バットが、右腕に回転鋸。奇抜な形をした機体が両者へ接近する。
「向かうつもりだな! こなくそ!!」
「何しやがる同志!」
「うるせぇ! このシザースピニングブームでぶっちぎってやらぁ!!」
モミーノが飛んだ。象徴である角を前面に押し出すと怒涛の勢いで相手へ切りかかろうとする。先端の角が切り込みをかけ、巨体へ体当たりをかまそうとする。
「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ど、同志!?」
アクエーモンの目の前に移った光景とは、同志が真っ二つへ分断される清算なるものであった。モミーノの誇りであった筈の二本の角に挟み込まれるはずであった。しかし一種の戦闘要塞同然の姿のチカへは全く歯ごたえがなく、右手へ展開された回転鋸にあっという間にハサミの間に存在する回転鋸に脳天から亀裂を加えられ、あとは勢いに乗じて彼を分断させてしまったのだ。
「ど、同志がやられただと!?同志がぁぁぁぁぁぁっ!!」
驚く間もなくアクエーモンの腹からの角が巨体の前にへし折られ、驚く間に彼は巨剣に突き刺され、断末魔を上げる間もなく地面へ倒れる。
赤鬼、青鬼の最期であった。二人の沈黙を確認し、カバーが展開されたファイブガーターからチカが飛び降りたと同時に、心臓部分の爆発と共に両者は彼らの部位は吹き飛び、残りの部位は炎上を続けていた。
「きゃはは。でかい姿はここぞと言う時に使わないとねぇ~」
普段のチカはトランプカードを武器へと変化させて相手と渡り合うのだが、必殺の形態として彼女にはファイブガーターとライドクロスする事で必殺攻撃形態と化す。その形態での突撃が“グローアップ・スマッシュ”である。
「これでも三光同盟の突撃隊長だったなんてねぇ。ボクが強すぎたのかなぁ」
チカはにやりと笑いながら、後ろを向いて何処かへ消える。決して自分はシン達へ力を貸すつもりではない。
「雑魚二人を片付けたら多分トップが来ると思うけどねぇ……あいつらで倒す事が出来るかボクは高みの見物、見物……」
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「チカの奴、うまく食い止めているかな」
「さぁな。あの女はヒメコと違い今一つ信頼する事が出来ない男だからな。何とも言えない事が正直な話だ」
「どちらでも良い」
チカが想定にない実力を披露した事はまだシン達が知る由もなかった。ブラックも同様か否かは分からないが、彼にとってチカは大した存在ではないとしか考えていない。
「勝てばそれでよし、仮に死のうともお前達のどちらかがあの二人を食い止めればよい」
「まさかあいつを捨て駒にするつもりだったのかよ!」
「大事を為す為には小の虫を殺す事も躊躇わない。仮に死ねば、お前達のどちらかが食い止めればいい」
「おっかねぇ……俺ですら恐ろしいぜ」
ブラックの少数を平気で犠牲にする考えはシンには無い概念だったのだろう。彼を毛嫌いしている事もあり、他に彼の行動原理の恐ろしさから思わず怯えの感情を漏らしてしまう。
「最もあの程度の男を相手にできないなら、お前達戦輝連合の先は見えているな」
「何……またそんな事を言いやがる!!」
「私は最悪の事態を想定してお前達を選んだのだがな」
「な……」
「よせシン!」
他人を見下すような発言にまたもシンが熱くなってしまうが、クーガの制止が入る。彼からはブラックの言葉が遠まわしに自分達を見込んでいるとの意味を察したようで、彼を収拾させる。
「むぅ……なんか腑に落ちない気分なんだけど……おわっ」
バタフライザーはシンの手で急ブレーキをかけ。機体が90度右へ傾いた。このような原因は自分の前に、薄汚い男性が倒れ込んだからである。
「お、おいだ、大丈夫かあんた!!」
「あんた達は……陰陽党のサムライドかい?」
「いや、俺はせん……」
痛めつけられた人々を前にシンは黙っていられない。彼を抱え上げ、自分が誰か説明しようとした所、クーガが突如彼の口を抑え出した。事情を知らないまま塞がれたシンはじたばたしていたが、男の前にブラックが陰陽党のサムライドであると説明する。
「考えてみろ、ディアが俺達の組織を騙って陰陽党を荒らしまわっている。敵と誤解されたら大変だろ」
「あ、そうか。けどいきなり口を塞がないでくれよ!」
「あんた達、今、鹿のような角を持つサムライドがモーリ様を殺さんと暴れまわっているぞ」
「何だって! まさか、あなた達の様にこの世界の人々にも危害を加えているのか……!!」
ディアの暴走は最悪の段階へ到達した模様だ。諦めを認めたクーガに対し、シンは念を押して確認を取るが、男は首を縦に振ったままピクリとも動かなくなった。
「どうやら最悪の事態かもしれないが、ブラックさんからすれば想定すべき事でしたね」
「お前からすればシナリオの意味がなくなり歯がゆい思いをしているかにも見えるがな」
「何のつもりですか……」
ブラックにはミツキの何かが目に見えていたのかもしれない。彼が自分へたびたび突き付ける鋭い視線と、自分を見通したような発言にミツキの苛立ちは徐々に右肩上がりとなるばかりだ。
しかし今の彼にはミツキの微妙な心境を知る興味はない。ただ諦めを感じながら共に怒りに震えるシンとクーガの姿のみである。
「あの野郎……いくらなんでもこれはないだろ! なぁクーガ!!」
「あぁ。ヒメコに悪いかもしれないが、これ以上あいつの暴走を許すわけにはいかない!」
「その通りだ。私とミツキはモーリ殿への交渉に向かう。シン、クーガ。お前達にあの暴走戦車は任せる」
「了解した……しかし2対1は少々大げさなのでは」
「そうだぜ。あいつと戦った事はないけど、俺でも何とかなるような気がするぜ」
ブラックの命令は少々用心が深いのではないか。シンとクーガは珍しく揃って意見するが、この展開も想定に入ったようである。ゆっくり両目を閉じる事が余裕の証でだ。
「用心に越したことはない。私の予想では、一人を止めることは私達にも出来ないようだからだ」
「なるほど、その一人に備えた控えってわけだな」
「そうだ。私の予想では8割以上の確率で、第三者が敵としてお前達に牙をむくかもしれない」
「わーった。どちらにしろ俺が片づけてやらぁ!」
「うむ。ただし、交渉次第で、相手は仲間に加わるかもしれない。それまで時間稼ぎとして足止めだけでいい」
「……よくわからないけど勝たない程度、負けない程度でいいんだな!!」
共にライドマシーンを駆り両者は上空へ飛ぶ。比較的防備が薄い空中からモーリの元へ向かうつもりのようである。
「とにかくクーガ! さっさとディアを片付けようぜ!!」
「あぁ。ヒメコの望みもディア、お前は踏みにじるなら俺は許さない!!」
ブラックの言う手加減の意味をシンは理解していないが、とりあえずディアを倒す事は定まっている。両者は再度進撃を開始し、特にクーガはヒメコの想いを蹂躙したことからディアへの憎悪が並大抵のものではない。
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「や、やめろ!お前がそんなことして何になるんだ!!」
「何になるも、自分は故郷とハル・フィーサ様への復讐を成し遂げるのみですよ!!」
ディアは暴れた。モーリの勢力圏内を荒らしまわる事が本人には嬉しくてたまらないようで、破壊による狂喜の表情を作っている。
彼の攻撃にサムライドも、量産型兵器も、街も、そして人もない。全てがモーリにより生みだされ、またはモーリに従う手先としか見なしていないようだ。
「お前が復讐をしたらこの平和はどうなるんだ!」
「そんなこと自分は知らないですよ! ただモーリを倒したら後は好き勝手してください!!」
「無責任な……あんたはそれだけの為に生きているのか!!」
「自分は間違っていなーい!!」
ディアの腹から展開られた角に民間人が挟み込まれた。彼はモーリを裏切れと脅しをかけていたが、混沌と化した日本列島に平穏の世界を築いた男への人々の支持は高く、捕らわれの彼もモーリに恩を感じていた為上手く事が運ばない。
「貴方がモーリ側に靡いたから自分がこうやって貴方達を襲うきっかけになるんですよ!!」
「それは理不尽だ! 理不尽な復讐をしても喜ぶやつはいないぞ」
「少なくとも自分は喜びますよ!!」
「2万年前にモーリが、そんな事をやったんですよ……その報復なんですよこれは!!」
「ジャンキング・ボーン!!」
「ぐぁっ……!!」
男の背中にノミのような先端を持つ第三の角が貫いた。相手を挟み込んで、腹部中央から飛び出す凶器による粉砕をジャンキング・ボーンと称されるのだ
「待て!!」
「どうやら現れたようですね! 戦輝連合の愚か者め!!」
シンとクーガの到着をディアは何処か待ち構えていたように予想していた事であった。ジャンキング・ボーンを収納させて男の亡骸を地面へ軽く投げ飛ばした時にシンの拳がより固く握られる。
「てめぇ、この非常拠点の人々を嬲り殺しにして何とも思わないのか!!」
「思いませんよ!」
ディアは利己的なサムライドなのかもしれない。自分の故郷が滅ぼされた怒りと悲しみがあり、その根源であるモーリを倒す為ならば復讐の標的に無いはずの人々を血祭りに上げる事も躊躇わないからだ。
「サムライドは生まれた国の為に戦うサムライド、その戦いに奇麗事は許されないんですよ!!」
「奇麗事だと……そんなこと言って人殺す事を正当化するんじゃねぇぞ!!」
「確かに奇麗事かもしれないな」
「何だと!?」
戦いに建前を通すだけでは出来ないとディアは、理想主義のシンへ真っ向から対立する姿勢を見せる。最もクーガも現実主義者であり、彼の言い分を否定しない事がシンを斗惑わせる。
「俺たちは何の見返りもないのにこの世界を守ろうと戦い続けている。慈善団体でもあるまいし」
「お、おいクーガ、お前本気で……」
「だがな、乱世であることを蓑がくれにして傍若無人に振る舞う利己的なお前よりは、俺も、シンですら真っ当だと言おう!!」
「「!!」」
クーガにはディアへの怒りが滾っていた。それが故に彼はディアのやり方は奇麗事で通用しない世界でのやり方ではないと糾弾を行うのである
「貴方は自分の境遇がわからないから、そんな事が言えるんです!」
「お前の悲しみを理解させる為に国を滅ぼすことはエゴにしかならない!」
「自分は間違っていなーい!!」
自分を意地でも曲げないディアとの話し合いは彼の突撃により決裂を迎えた。最もクーガからすれば、このような展開が待っていた事は想定しており、攻勢へ入る彼へ構える。
「シン、お前の無茶苦茶っぷりが今、まともに見えた気がするぜ」
「そんなこと言うなよ。今それどころじゃねぇし」
「それもそうだ。ディア、俺を庇ったヒメコはお前を許すと言ったがな、お前ほど利己的なサムライドは百害あって一理なしだ!!」
「許してくれとは言っていませんよ!!」
右手のジェラフスピアーと両手へ握られたビッグバーストボンバーが衝突を巻き起こす。
「よっしゃ! 俺にも任せとけ!!」
「いたぞ! あいつだあいつ!!」
シンもまた彼らの攻撃に立ち向かうつもりだった。だが、量産型兵器やサムライドの残骸を乗り越え新手の部隊が自分へ銃撃を開始したのだ。シンは慌てて飛び跳ねて銃弾を回避するが、自分は目の前の彼らを攻撃するつもりがない為、訳が分からない表情を現した。
「お、おいちょっと待て! 俺はこいつ、ディアの敵で、多分陰陽党のあんた達の敵じゃあないよ!!」
「何だと……なら、名前を言え!!」
「俺はシン! シンキ・ヨースト!! 紅蓮の風雲児と人は言うぜ!!」
「シンキ・ヨースト……あぁ」
「へへ、どうやら俺の名前も案外知られてきたんじゃねぇか」
「当たり前だ! お前はあのディアとかの仲間だってあの野郎が言っていたからな!!」
「えぇ……!?」
寝耳に水である。まさかディアが自分をそこまで陥れる事をてっちあげる事は考えてもいなかった。可愛さ余って憎さ百倍ではないが、彼が期待を寄せていた相手だけに期待を裏切られたら容赦ないことかもしれない。
「あの野郎、何とんでもないこと言っているんだよ!!」
「口応えはほどほどにしろ! どうせあんたは余所者なら倒しても問題ないはずだ!!」
「ええっ!? ええ~!!」
相手が誤解しているだけに、彼は手を出すつもりはなかった。だが、彼は一方的にやられっぱなしな状況に陥る事が嫌いなサムライドである。良くも悪くも反骨精神の彼が許容の限界を超える事は瞬く間であった。
「ちくしょう、これ以上やられっぱなしでたまるか! バタフライザー、ライドクロス!!」
早速バタフライザーを呼んだ。蝶のフォルムを持つ紅蓮のライドマシーンが瞬く間に宙を舞い、幾多のパーツへ分離して彼の体へ装着される。トライ・フルバレッター形態である。
「さぁなるべく引き下がってくれよ! 俺も勝手に殺したくないもんでね!!」
「何を訳の分からない事をいっていやがる」
「フェンサーギロチン! 千手落とし!!」
「な、何を!?」
相手を殺さずは分かっているが、自分は殺されたら終わりである。自分を目がけて打ち込まれようとする銃弾の雨をフェンサーギロチンが次々と跳ね返し、あるいは切り落とす。先端の円盤から展開されたカッターが次々と自分を狙う存在を落とし、敵を観客と、自分をミュージシャンのように見立て、ダイブするように飛びこむ。
「トライサンダー! くたばれや!!」
「ぬわぁぁぁっ!!」
右腕から取り出したトライサンダーを落下先の相手へ押しつける。脳天を刺激され相手は煙を上げながら真後ろへ倒れ込む。中心地へ踏み込めばトライマグナムをホルスターから取り出し、遠方から射出されたオプションパーツを手に取り、装填する。
「ちょっとばかし、じっとしてな!!」
「うわっ!!」
「足元が留守のようだったな。悪く思わないでくれよ」
トライフロストとトライサンダーの合わせ技に相手側は沈黙した。彼としては殺してはならない為、気絶させる程度で済ませて手を軽くたたく。
「さーて、俺もあいつの援護にいく」
「まちな!!
後ろを向こうとした時、何処からか木刀が飛んだ。振り向いて刃を右手で掴む。掌が切れない所は彼の運が良い事か、あ
るいは狙っていたかは分からない。
「あぶねぇじゃねぇか……あら」
「おいコラァ! 何やられているんだい!!」
振り向けば金髪に赤髪のメッシュを利かせ、白の特攻服を纏う女性が自分ではなく、相手へ平手を何度もかます。
「てめぇ! あんなガキにやられたとか言ったら承知しねぇぞ!!」
「あ、あの……」
「姐さん! めんぼくねぇ!!」
「姐さん!?」
意識を取り戻した男が口を動かす。シンには聞こえなかったが多分彼の誤解したままの事の成り行きを告げるものであろう。少しして女性がキリっとした目つきで彼を睨みつける。
「ほぉ、てめぇがシンキ・ヨースト、うちの舎弟を可愛がってくれたじゃねぇか」
「し、仕方ねぇだろ! 俺は敵じゃねぇていうのによ」
「うっせぇ、あたいはお前がディアの仲間だってこと知ってるぜ!!」
「何……って違う違う! 俺そいつらを倒す為にここまで来たんだから!!」
「黙りな!!」
自分で自分を弁解するほど信頼されない事はないが、自分に何の非もないだけに手を焼いてしまう。部下からの言葉を鵜呑みにしているのか、あるいは彼女自身がそう思っていたからか。解らない事である。
「あたいらはあいつに姉貴を殺されたんだ! あいつの味方をするなら滅多打ちにしてやるぜ!!」
「俺の話聞け!!」
「とにかく、その木刀、リンジローは返してもらうぜ!!」
「やなこった! 俺が敵じゃねぇ事知らないし、お前俺の話聞かないし……」
目の前の女は話を聞くつもりがないのか。自分を敵とみなしたまま喧嘩をふっかけるつもりでしかない。元来シンは短気な男であり、彼女の神経に苛立ちを感じ始め、ある事を思い浮かぶ。
「にゃろう! これ以上俺の話を聞かないなら、こいつをへし折ってやるぜ!」
「てめぇ! そんな筋を通さないやり方するなんてな、やっぱりあの野郎の手先か!!」
「……いや、そうでも言わなきゃ、お前俺の話……はい聞いてないね」
脅しをかけても、女は誤解をますます強めるばかりであり逆効果だ。彼女の誤解による憤怒が頂点へ達したか、突如後ろを向き、バイクを模したライドマシーンへ近付く。
「姐さん!?」
「これはあたいとあのシンとかいうガキの問題だ。手出すんじゃねぇぞ」
「何するつもりなんだ……あ、そうだ今の内に折れば」
彼女の行動が読めないが、シンは今のうちにリンジローをへし折ろうかと考え、両腕に力を入れようとする。
「いや待てよ? ここでこのリンジローとか折っちまったら、後先が大変な事になっちまうよな……」
シンの危険を察する本能が働き始めた。リンジローを真っ二つにするくらいは簡単だが、彼女の宝でもあるそれを破壊してしまえば、後先どうなってしまうか解らないからである。あくまで相手の誤解を解く必要があるため、彼がやろうとした事は火に油を注ぐ真似なのだ。
「かぁ~殺さない程度にやるって厳しいよなぁ」
一人心でぼやいていた時、どこからか錨が飛んだ。胸元に錨がライド・アーマーのジャケットを貫いて引っ掛かり、彼の体は急速に宙へ浮き上がる。
「そいやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「なぁぁぁぁぁっ!!」
彼女の腕から放たれるアンカー付きのワイヤーが機械の甲冑を纏うシンを大きくつり上げ、そして投げ飛ばした。リンジローをこの手に取り戻した彼女には、シンが岩板へ大きくめり込んだ事は全くと言っても気にはならなかった。
「どうだ。人質を取るからこんなことになるんだよ!」
「トライ・ウェスターマーの俺を投げ飛ばすなんて……何てやつだ!!」
「あたいはキッカ・スプリング。大地の裏番と呼ばれたあたいのパワーはセンターエリアナンバー1だ!!」
キッカ・スプリング。荒々しい外見と性格を持ち、度胸と器量多勢の部下をまとめ上げる。陰陽党の武を司る女傑にシンは危険を察知した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「モーリ様! ブラック殿とミツキ殿をお連れしました!!」
「そうか……」
一方空路によりブラックとミツキはモーリへの対面にまでこぎつけた。彼の部下らしきサムライド2名に引率される形で彼らは彼の待つ間へ入り込んだ。男はただ不動の構えで座り、皺の深い顔からは重い人物像を感じさせる。
「お前さんの事をわしは知らないがなぁ」
「ブラック・ハーフ。大陸屈指の軍師になる予定の男だったと言おう」
「ほぉ、ずいぶん強気な事を考えていたようだのぉ」
「大陸がない今は、この世界屈指の軍師になる予定だとも言っておこう」
「強気な性格に変わりなしか」
「それと、お前さんずいぶん懐かしいサムライドを連れてきたようだのぉ」
「ミツキ、面識があるのか」
「はい……さすらっていたころに出会いました」
ミツキが言うにはミノ国を放浪する結果になり、エチゼン国へ仕えるまでの諸国放浪の間に彼女はアキ国に顔を見せていたのだ。
「ブラック殿、たしかにミツキ殿はキレ者じゃあ。じゃがわしでもミツキを使いこなす事が出来ないものじゃ」
「モーリ殿、謀聖と呼ばれるだけの貴方と同じ考えである事を光栄に思う」
「機嫌を取る必要はない。ディアがお前達戦輝連合の者だとは知っておる」
好意を示す会話の下でブラックは警戒を怠らなかった。あくまでも自分は敵として疑われており、周囲も敵のまま。また相手は最強の頭脳を誇るモーリ・トライアローである。
「わざわざ対談を申し出るから、わしはお前達を通した。話次第では生かすも殺すもわし次第でな」
「なるほど。だが私は和平や降伏など一切考えてはいない」
「何、ならば律儀にわしへ決闘を挑むつもりか」
「いや、共に手を取り真の敵を倒す事にあると私は考えている」
「……」
モーリの眉間がかすかに震えた。この反応に乗じて先ほどブラック達を連れた2名のサムライドが慌てた様子で立つ。
「何が言いたいんだお前は! モーリ様やこの陰陽党に真の敵がいると言うのか!!」
「陰陽党は中国地方の平和を守る組織だ! 野望の為に戦うつもりはない!!」
「私はお前達に聞いてはいない!!」
彼らを一喝し沈黙させる胆力をブラックは備える。二人は少しちぢみあがり、モーリへ顔を向ける。
「失礼したモーリ殿、貴方ならば分かるはずだ。陰陽党は今こそ動く必要がある事を」
「ほぅ。だがあのもの達が言うとおり、わしにはこの世界の民を守る必要があるのだ」
モーリは中国地方において瞬く間に大勢力を広げ、人々の保護に徹した。自分達をはじめとする信頼が置ける部下とともに勢力を拡大する限界も見極めていた。
彼は大陸時代の末期、野心はなりを潜め勢力の安泰を心がけた。大陸の未来を暗示したか否かは知らないが、何かが彼の心を変えた事は間違いないだろう。
「だがブラック殿、戦乱の世の中で守る事は無意味にすぎないことだ」
「この野郎、モーリ様の考えにケチをつけるつもりか!!」
ブラックの批判への動きは止まない。再び荒れる部下だが、食ってかかる彼へ期待を寄せたか部下へ鎮静のサインを示す。
「ですが、この男は!!」
「わしは媚を売って靡く無知よりも、わしに刃向かう博識の方が好きじゃ。最も博識かは分からないがの」
モーリの心に久々の刺激が点火した。彼はブラックへ興味を示し始めたのだろう。目の色が徐々に変貌を遂げ、彼へ目を傾ける。
「失礼した。わしの部下にも無知蒙昧の者達がいるものでな」
「では言わせてもらう。まず貴方の勢力が大陸屈指ではないにも関わらず、平穏を保つ事はよろしくない」
ブラックに躊躇いはない。真っ先に指摘した事は守りに入る事は早すぎる結論である。
「貴方が平穏を保つ間に、他の勢力が牙を伸ばしていく。今、貴方が同盟を組む勢力など」
「西部軍団の事か……」
「そうだ。陰陽党を後ろ盾にして、三光同盟は勢力を伸ばしていく。そして貴方を敵に回しても良い頃には、掌を返すようにお前達に襲いかかるだろう」
「……」
「実際三光同盟は既に陰陽党を倒せるだけの勢力を持っている。貴方が反旗を翻すか、いや攻勢へ転じた時点で潰しにかかるだろう」
ブラックからの指摘をモーリは承知していたようであった。またブラックも彼が望んで守りへ入った事ではないと薄々と見抜いている模様である。
「今、三光同盟と戦う戦輝連合は私が来る前から牙をむいたが、多勢に無勢。四軍団に包囲され、事態は未だに好転しない」
「はい。私達の同盟勢力は関東より以北と九州南部と孤立している状況です。身近な危機に対抗する為に、モーリ・トライアロー、貴方に同盟の締結を申し込んだのです」
「ほぅ……じゃがディアの件はどうするつもりだ」
「あの男はこちらが粛清するつもりだ。約束しよう」
「ふむ、しかしわしはなぁ……戦う事に疲れきっているのだ」
懐からは一冊のファイルを取り出し机に置く。時代特有の汚れがしみたファイルを開いたとき、ホログラム映像が見える。自分を囲む3人の娘は、黒髪をなびかせる大和撫子と、金と赤の明色に特攻服の外見、そしてモーリより1,2頭身小さいピンクのセミロングヘアー。美しく、勇ましく、愛らしく。理想の愛娘に囲まれるモーリの姿である
「記念写真か……貴方の故郷は平穏だったようだな」
「わしは戦いの中疲れを感じた事があって、国へ娘を作ってほしいと頼んだ」
「娘だと……」
「戦いの中に華が欲しかった、安らぎが欲しかったからかもしれん……」
老兵の瞳が一瞬うるんだように見えた。タカナ・ショーリン、キッカ・スプリング、ジュジュ・バヤカワ。彼の愛娘の名である。
「3人ともいい娘じゃったがタカナが死んでしまったことで、わしは戦う気力を失ってしまったのじゃ」
「……」
「野心の元に権力を昇りつめても、娘の命は帰ってこない。じゃから守る事を……」
「違う! 貴方はそれが間違っているのだ!」
戦いに勝ち続けていても、失われた命を取り戻す事は出来ない。モーリが戦意を失った原因は、野心を燃やす事と、愛する存在を守る事が矛盾しあう結果に繋がった事からか。
しかし、ブラックは違うと声を上げて叫ぶ。犠牲を前に安易な方向に走り出す事は、犠牲となった側からはあまりにも浮かばれないと考えていたからである。
「乱世で安易な道を歩んでは目的を為す事が出来ない! それくらい貴方なら分かるはずだ」
「お前さんは、乱世では勝つ事が全てだと言うのか」
「そのとおりだ。私も、共に行動を選んだ者もまず勝つ事を考える者達だ」
本心をちらりと明かした。ブラックがこの世界での争いに介入し、シン達戦輝連合の味方を選んだ真意は、シン達が世界の争いを終わらせる為に戦う道を選んだからである。
「他の者同様、私には世界屈指の軍師として名を馳せる野望がある」
「ほぉ……それはまた物騒な野望の事、よほどお前さんには自信があるようだな」
「私には実力があった。ただ時代が悪かっただけだと考えている」
モーリへ疑問を問われようとも、ブラックは自分にその力量があるととことん自負するである。他人の指摘を受けて簡単に自分を変える男ではないのだ。
「最も私が考える事はそれだけ。野心などは一切持たない」
「それだけとは……お前さん一流の軍師を目指しているだけなのかのぅ」
「そうだ。乱世に呼ばれた事は私のラストチャンス。あの者達が勝利へ漕ぎつけるように私は策を練る事が私の全てだ」
「……」
モーリだけではなく、ミツキも目を見開いた。自分は無欲のまま、策を巡らせて自分達へ勝利を呼び寄せる事のみを考える。
彼の野心はせいぜい最強の軍師として名を馳せるだけである。彼の野心を成す事は、田自分達に勝利を呼び込む事につながる。理想の軍師像である。
「私自身の為、あの者の為に、私は貴方の存在が必要不可欠と見た」
「わしをか。お前さん、この老いぼれを……」
「私はあなたに後ろ盾として、また西を任せるつもりでいる」
「それは三光同盟とやる事が同じではないのか?」
「いや、自由にして良い」
「!!」
ブラックの発言は想定から大きく外れる内容であった。自分を手駒としてではない。彼は何かにモーリを使う考えのまま。少なくともこのような考えを持つ者を目にしたことはない模様である。
「私と手を組む限り貴方は好き放題してもらってよい。私と共に世界に覇を唱える事をしてもよし、要請があれば私の方も可能な限り答えるつもり、もしもなら私へ牙をむいても良い」
「ほぉ……そこまで言うならば、お前さんよほど自信があるようだな」
ここまで自分へ強気な事を口にする者へ会う事は何時以来か。彼の感情に小さな火が付き、疑問の様子でモーリは確かめる。彼自身が言った事に後悔はないかと念を押すように。自分はあくまで曲がりなりにも西の謀聖と呼ばれた男であり、そのような男を檻に入れず飼う同然のやり方であると例えてだ。
「私は最強の軍師となる男だ。失礼だが貴方も扱いこなすつもりだ」
「何だと……!!」
「貴様、どのような了見でそのような事を言っているんだ!!」
「私達戦輝連合は三光同盟を打破し、戦乱の世を終結させることにある! それだけだ!!」
モーリの部下がまたもや血気にはやり立ちあがるが、先の事を明確に考えない者達に自分の目論見を打ち明け、相手を怯ませる事は簡単な事である。
一度口にすれば、部下達は歯がゆそうな表情で席に座り、今度はミツキへブラックの視線が向けられる。
「我々戦輝連合はモーリ達陰陽党の後ろ盾を得て戦輝連合を打倒するつもりだ!!」
「……」
「五強で敵にまわった最強の男ゲンを除いても3人いる。全員を味方につけてしまえば、勝利は私達にある。ミツキ、異議はないな」
「……それはよろしくありません」
ミツキが反対の意思を表した。しかし、そうせざるを得なかったと考えるべきである。ミツキへ見せたブラックの表情と言う素振は敢えて自分を反対させようとした模様に聞いて取れる。
“自分は何と言えば良いのか”
ミツキには分からなかった。自分には反対する使命を背負っているが、彼を前に反対を表明すれば、自分の身分が割れてしまう危険性もあった。
彼の目論見に自分が賛成すれば、事はブラックの思惑通り進み、ミツキに託された使命は挫折してしまうだろう。せめて反対する事が自分にできる精いっぱいかもしれないと、
「力を持ちすぎる事は時に災いを招きます。3人も存在してしまえば統率がとれるかどうか」
「それはこの乱世において言うべきなのか?」
「……」
賭けとして反対側として意見を述べるミツキだったが、この展開はブラックの予測通りであり、思わぬ収穫を得たような冷笑を浮かべる。
「乱世の中では中途半端な、競合しあう力こそ、百害あって一利なし。お前には分かるはずもないだろうがな」
「……」
「戦いによる完全勝利は、競合勢力をなぎ倒し、その残存をも一掃することにある!!」
「ですが、均衡の世界を守らなくては……」
「この世界はもうビーグネイム大陸ではないのだ!」
ミツキは完全に沈黙した。ブラックの手が彼女の顎を触れる。お前はこれ以上反論する事が可能か。まるで自分の優位を示し彼女へ脅しを加えるように。
「ミツキ、お前は馬鹿ではあるまい。それとも馬鹿か利口かで区別することができない理由でもあるのか?」
「……」
「モ、モーリ様! このような訳のわからない男の言う事を聞いてはいけませんぞ!!」
「その通りです! 三光同盟を前に私達は不戦同盟を組んで生き残っているようなものですぞ!!」
口を開ける事をやめたミツキの一方、モーリへは部下からブラックの口車に乗せられるなと言うような制止しかしない。
しかし、モーリの表情は何かを分かっていたように笑っており、肩は震えていた
「はっはっはっはっは!!」
「失礼したモーリ殿、ミツキ殿が場の空気を読まない事を言って」
「いや、わしはそのような事気にしてはおらん。それより……」
会談の結果、モーリは右手を差し伸べる。結託の意味を示すように。
「お前さんはかつてのわしのようだ。お前のように野心と闘志を隠し持つ男に活を入れられる事は悪いものではないようじゃな」
「ということは私の意向に沿う事でよいか」
「うむ……」
モーリとブラック。二人の卓越した頭脳の持ち主は手を取り合った。協力の条件に、モーリは自分を使いきれない、または意に反する場合は遠慮なく牙を剥くと添えて。
「モーリ様……いやモーリ! あんたがここまで馬鹿だとは思わなかったぜ!!」
「何……」
「ガンジー様には悪いが、強硬手段だ!!」
しかしその瞬間、モーリの両隣の部下二人が懐から短剣を取り出し、左右から駆けだす。それはかつての主君への反逆でもあり、モーリが自分達の思惑に沿わないからであった。
「危ない! パパン!!」
凶刃が突き刺さろうとした時、天井裏から一人の少女が現れ、薙刀状の武器を両手に相手へ切りかかる。一人ただ呆然としたミツキの目に映った光景は、先ほど目にした桃色の髪の少女が小柄な体に似合わない強大な薙刀で反旗を翻した部下を瞬殺したことである。
「へへ、ジュジュはパパンのそばにいる事忘れちゃだめだね」
「助かった。確かジュジュ・バヤカワとかいったなモーリ殿」
「うむ。お前さん達による万一に備えて控えさせておいた。こうなるとは考えてもいなかったがな」
ジュジュ・バヤカワはモーリの三女である。まだ小学生程の幼い外見だが、父である彼曰く最も父似のサムライドらしい。
「へへ~ジュジュ、パパンの子に生まれてよかった~」
「こらこら、それよりキッカはどうしたのかい?」
「あ、そうだ! お姉ちゃんが大変な事になってて……」
お姉ちゃん、つまりキッカの事である。当の彼女は戦輝連合をディアの味方と誤解したままシンと戦い続けている事は言うまでもない。
「何、戦う必要はないというのに。ジュジュ、すぐに止めるのじゃ」
「りょーかい!!」
「モーリ殿、すまないが私にも向かわせてくれ」
「珍しいですね。ブラックさんが戦おうとするとは」
「このような事態を引き起こした事は私にも責任がある。また前線で戦うあいつらに舐められる訳にもいくまい」
ジュジュの出撃に乗じてブラックが出撃を選ぶ。軍師はそう前線へでないものだが、彼が敢えて前に出た理由は、自分達の交渉の遅れでシンが予想にない危機を迎えている。その責任を償うつもりなのだ。
「わかりました。なら私も」
「いや、お前はここに残れ」
「……」
そしてミツキを向かわせる事はしない。モーリへ顔を合わせれば彼は何も言わず首を縦に振る。
「モーリ殿、大陸時代にこの女の魂胆を探り当てた事、さすがだと言わせてもらおう」
「おぬしの仲間はまだ気づいていないのか」
「その模様だ。厄介事にならないよう監視を頼む……」
「心得た……」
二人の頭脳を前にミツキに為す術はあるのか。仲間達の間にも徐々に積りつつあった不信の芽が今、彼らにより開かれようとしていた。中国地方の激戦とは別に、彼女は最大の危機を迎えていたのである。
続く