第30幕 ディアよ! 救出か処刑か!?
「ほぉ……これが日本列島の勢力図ということだな」
「はい。私としては一時どうなるかと思いましたが、元の世界への帰還時に何も異変がないところからすれば、大した時間の経過ではないことですね」
現実世界へ帰還した際、戦輝連合の勢力圏は何も異変はなかった。どちらにしろ守りが手薄な状態もあり、幸いなことである。
ブラックの手にはパラレルワールドの間に現実世界の勢力図をまとめたファイルが握られており、今後の戦法を執る際に必要不可欠と考えるのである。
「チーム厳龍と突破の勢力までの位置を考えるなら、突破はかなり孤立した場所に置かれている」
「そうですなぁ。近畿から中国地方一帯が問題ですからなぁ」
パラレルワールドへ飛ばされた二人だが、既に日本列島の地理を把握したところは、卓抜な頭脳の持ち主である証。特に鉄仮面を外さぬ男ブラックはミツキを凌駕するかもしれない頭脳を持つ者であろう。
「はい。九州が問題ではないかと私も考えています」
三人とも突破が存在、および味方として機能することへの危うさを感じていた。なぜか。
チーム厳龍の場合、共通の敵とて風林火山ら東部軍団が存在する。挟撃をかけることが可能だ。だが、突破の場合はムシカ、陰陽党、西部軍団と敵対勢力の存在が問題となつ。
「三勢力を互いに助け合うことは現状では不可能だ」
「ということは、だれか一勢力を仲間へ引き込むつもりですね」
「そうだ」
「んもぅ!そんなことやってるなんて回りくどいよ!」
その時一人の少女チカがゴズロリの衣装を振りまきながら反発する。しかし、身分を明かさない為疑いをかけられている彼女が吠えていても、冷静な3人は聞く耳を持たないようである。
「回りくどいというが、お前の考えることなど私には信用できないものでな」
「むー! どうせボクがどこのだれか信用できないからそういっているんでしょ!!」
「信頼できない奴の意見を飲む馬鹿な真似を誰がするのか」
「そこまで言わなくてもいいじゃん!!」
「ブラックさん、ディアさんとヒメコさんは自由を許されていますよ」
ミツキが彼女へ助け舟を出す。珍しい真似かもしれないが、ブラック同様先を見据える相方トードが口を開く。
「ミツキさん、あの二人は私たちに力を貸しているからですよ」
「はぁ。ディアさんはシンさんと意気投合しているようですし、ヒメコさんはチカ三とは違い従順で大人しい方ですし」
「それってボクが我儘と言っている事じゃない!!」
「実際にそれだからな」
「まぁそのようになるのかねぇ。早い話、私たちにちゃんと従えば、私のほうも悪い気はしないのですがねぇ」
「うるさいうるさいうるさい! ディアとかは単純なんだし、ヒメコはどうせ一人じゃ何もできない臆病者なんだい!!」
「チカさん、あなたが強がることに私は何も言いませんが、素直になりませんと私もあなたを解放することができませんよ」
「お前がそのような事を言っても説得力がないがな」
「……何か言いましたか?」
「いや、独り言だ」
チカが吠え続けていても、彼らは聞く姿勢を見せない。ミツキもその一人だが、ブラックからの言葉だけは何故か自分へと言われたような気がしてならなかった。彼女は分かって言っているのであろうか。チラッと顔を向けた時に既に彼女へ興味を示す顔ではない。
チカとの間には既に、ブラックとの間にも何か負の空気が字運を包みこまれようとしている。複雑な心境へと追いやられようとするミツキを横目に、トードだけチカへ何かに興味を持って近づき始めた。
「それよりチカさん、ちょっといいでしょうか」
「なんだい!?ボクそう簡単に折れないよ!」
「いえいえ、私としてはあなたが心を開くことよりもですね、ヒメコさんとの関係が気になるんですよ」
「あ、そう……」
トードが持つ興味の矛先は流石のチカも少し引いた。彼はメカニックであり、機械に興味がある事は勿論、サムライドについても只ならぬ興味を抱いていたのだ。
「そういえば同じトサ国のサムライドでしたから、顔見知りでも当然ですね」
「ですよね~お二人の関係とか私気になりますし」
「ふんだ! あんな臆病なサムライドがいなかったら、ぼくが国の代表サムライドだったんだ!!」
「なるほど、そのような妬みですかふむふむ」
「まぁどちらにしろ、お前が私達に従わないなら、そこまでだがな」
「他に言える事がありましたら是非」
チカへの興味をミツキも抱き始めた。このまま彼女から些細な事を聞き続ける事が出来たならば、こちらが知らない事実を手にする事が出来るかもしれないと思ったからだ。
「この地方も異常なしか」
現実の世界へと帰還した者たちは勢力圏のパトロールへ入った。クーガとミツキは東部軍団侵攻を阻止する防波堤である、静岡の地へ向かったが異変は特に見当たらない。
「クーガさん。あのね、その……」
「なんだ早く言え。信頼しきれないお前に時間を取られたくはない」
クーガと同伴してナオマサヘ同乗するヒメコ。幸が薄い外見に違わず彼女の声は、自信がなく、無音の空気にもかき消されてしまう程だ。
「そ、そうだよね……私まだ信頼されていないんだった」
何故かヒメコは自分の頭をこつんと叩く。すぐに気にしないでほしいと言うような晴れやかな顔を浮かべるものの、憂いを抱えていてはその笑顔も瞬時に消え失せてしまう。
「私って駄目だね。気が弱いし、怖がりだし、感情が不安定だし」
「……ヒメコとか言ったな。お前のあれはなんなんだ」
「あれ……ですね」
あれとは。か弱い彼女はサムライドとして戦う事が出来るか疑問だが、戦いの匂いや雰囲気を察知した瞬間、彼女は蝙蝠のように飛びまわり、バーサーカーのように大鎌で切りかかる程の性格が切り替わるのだ。
だが、バーサーカーである故に彼女は敵味方も区別なく切りかかる。それこそ問題であり、また本人もこの秘密を自覚していたのである。
「やはり、説明できない理由でもあるのか」
「違うよ!私は、その……」
ヒメコは首をゆっくり下へ俯かせてから気持ちを落ち着かせる。首を上げた時に彼女は眼をクーガの元に向ける。
「私のトサ国はお母様のチユ様のおかげで再興を成し遂げた過去があって、私はその娘として生まれたの」
「トサ国……確かにフォースエリアの国として名前があったような」
フォースエリアでは四カ国が勢力を競い合っており、トサ国はその1国である。彼女からすれば祖父に当たるケンジョが同僚に裏切られ、クーデターにより大幅に衰退しており、娘に当たるチユの手でトサ国に安定がもたらされたのだ。
「でもね、お母様が戦死されたから、国がフォースエリアの統一という野心があったから……私は」
だが、人には征服欲が付きものである。一つの安定を迎えた時に地方の支配、やがて方法はいかなるものとはいえ、天下の掌握に繋がるのである。
ヒメコは野心の為に過酷な実験を受けた被験者でもあり、人々の野望がもう一人の自分を産んでしまったのである。
「……」
「シンさんのことは聞いたことがあるけど、もう一人の私はそのシンさんを倒すことができるかもしれないの。だけど……」
「お前が覚醒したら、戦うだけの兵器、あるいは獣と化すということか」
ヒメコは限界を超えた強さを得るという国側の欲望により、もう一人の自分が生まれた。そのもう一人の自分が国側から求められるサムライドであり、今の自分はもう一人への抑制、いわばストッパーにしかすぎないのである。
「私はここじゃあ足手まといかな。この姿でもみんなに迷惑をかけているし、裏の姿でもたぶんみんなに迷惑をかけるからかな」
「……それはないと思う」
どちらにしろ自分の存在は他人へ迷惑をかけてしまう。嫌悪感が彼女を支配しようとした時、クーガは意外にもヒメコの存在を肯定するものであった。
「お前の事情を俺は知らなかったが、それを知れば話は別だ」
「クーガさん……」
「先ほどはお前を認めなかった事を詫びる。それより、お前がこの集団で役にたつかどうかはお前の心がけ次第だ」
心の内ではヒメコの悩みが自分と同じものであると気付いた。一時クーガ自信も足を引っ張ってしまっているのではないかと思ったことがあり、葛藤に苦しんだ。その葛藤を乗り越えた者と、抱く者の間に何かを感じ取ったのである。
「クーガさん、その、ありがとうございます……そのお礼かもしれませんが」
彼女からすれば自分の存在を認めてもらう事が幸せだったのだろう。顔を秘かに、それでもパッとさせる。彼女の笑顔は裏のないものであり、クーガの顔は少し彼女から目をそむけた。
「私とチカちゃんの身分だけど、私たちは三光同盟南部軍団のサムライドだったの……」
「!!」
ヒメコもチカは意外かもしれないが南部軍団のサムライドである。ヒメコは押しが強いチカに振り回される形で三光同盟に入ったものの、そのチカがこのままではダメだと、黄金要塞の中で脱走という形で、異世界へ飛び込んだのだ。
「ディアさんが白い目で見られるから怖くて言えなかったけど……これは本当だよ」
二人より先に三光同盟に所属した事を自分から明かしたディアは、実際に疑惑の標的とされている。彼の立場を考えれば口を紡いでしまう事は無理はないだろう。
「わかった。この三光同盟の件は俺の秘密としておく」
クーガは決めた。それはヒメコが背負う境遇と葛藤に心を動かされてしまい、また自分も共感する所があったからかもしれない。融通が効かない固いクーガが気を利かせた珍しい瞬間であった。
そんな彼が認めた時、彼の頬に柔らかい感触が迫った。その感触は顔が離れた後も暫く続き、触れられた個所を暫く手で押さえたままであった。
「プレッシャーがかかっている訳か……俺も甘い男かもしれないな」
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一方、シンはディアを連れてクーガ達同様パトロールを続けていた。彼が真っ先に気になった事は彼が三光同盟に所属していた事である。
元々三光同盟を敵としている戦輝連合で、サイの場合は洗脳されていたから仕方がないとして、ディアは三光同盟の者であった事を承知しているのだ。
「シンさん、西部軍団の件は自分にとっては過去の話ですよ!!」
「いや、そうは言っているけどね、お前にもかつての仲間と戦うのはね」
「自分はモーリ・トライアローを倒す事だけしか考えていませんから!三光同盟がそれをやらないから悪いのですよ!!」
ディア・カノスケ。故郷を滅ぼしたモーリ・トライアローを打倒することしか考えないサムライドである。彼を討ち取るならば過去の仲間でも始末する事を厭わない。性格と外見に反して容赦のない一面を持つ少年である。
「まぁ俺はモーリとかと戦うのは別にかまわないぜ」
「本当ですか!?」
「俺は西部軍団を倒す事が目的だし、そのついでに陰陽党を倒してマーズさん達と九州の残りを叩けばいいだけだからね」
「なるほど、という事は自分達の敵で利害一致というやつですね!!」
二人はあっさりと西へ攻撃の手を進める事に決まろうとしていた。ディアが言うとおり互いの利害が一致した瞬間である。
「ということで頼みますよシンさん! モーリさえ倒す事が出来ればシンさんに力を貸すつもりですからね」
「あぁ、任せとけ西のやつらにも少々恨みがあるしな……」
「おーい、シン! ブラックさんから集合命令だってさ」
サイが二人の元へ伝令に向かった。サイが嫌いではないが、ブラックは大した戦火もないのに、やたらと高圧的な態度なので気に食わない。表情のしかめっ面からその表れである。
「なぁサイ、ブラックはよ、集まらないとダメな事でもあるのか? 通信機で伝えればいいんじゃね?」
「それをやると他人に傍受される可能性もあるからダメなんだよ」
「ま、まぁ確かにそうかもしれないけどよ」
正直認めたくはないのが本音だ。しかし機密漏えいの件はシンも警戒している事であり、ブラックの意見は一応納得せざるをえない。
「電波妨害などの干渉を受けない司令室代わりを用意してあるから早く現場に来てだって」
「分かった分かった……まぁ」
「シンさん! 西側への侵攻計画を通せばいいんですよ!!」
二人を乗せたバタフライザーが進路を引き返す。シンからすれば面倒のふた文字であり、ディアの場合は意見を通す絶好の場と考えているようである。
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司令室代わりとはトードのライド・マシーン“ターナ・ベール”である。
彼曰く、室内は二段構造と化しており、出入り口にて関係者が入室した途端電波防衛機能が働き、入口が閉鎖される、その状態で内部の司令室へと入室する仕組みである。
そこからシンとディアが到着した時には、6人のサムライドが既に到着していた。
「遅いなシン、まだ私を信頼しないという愚かな証か」
「うっせー。あんたみたいな負けたくせに偉そうな奴に丁寧になる経緯はないもんでね」
「おいシン! 言いすぎだぞ」
早速衝突が起こった模様でシンとブラックが対立しあう。この場合はシンに問題があるのでクーガが彼を止めようとするが、まるで計算の内のように冷笑を浮かべる。
「ふっ、お前のような馬鹿より、この男の方が先見の明があるようでな」
「何だと!?」
「やめろシン!!」
「お前なぁ、口だけで大したことない奴の言いなりになって、それでも一応リーダーかよ!!」
「口だけかはまだ分からないが、少なくともお前よりはブラック殿の方が賢い!!」
「やめてよシン、それにクーガ! 今はそんな事で時間をつぶす場合じゃないから」
「それはそうと、戦輝連合の今後を決めさせてもらいました」
対立する二人をサイが止め、ミツキが話を進めるパターンはこの場でも適用される。彼女が提案した考えに、男3人が目を向ける。
「考えた結果ですが、東へ向かいゲン達を叩く事が私たちにとって必要な事と見ています
「東へか。ということはチーム厳龍との挟撃で挑む事か」
「そうだ。私が考える方法では東日本の地を盤石なものにするには、右のたんこぶを潰すつもりだ」
クーガは気付いた。東部軍団を潰せば、東日本は殆ど安泰なものとなる。自分としても、ゲンや東部軍団に因縁があり、何としても片づけたい相手だということもある。
「うむ。クーガお前の言う事はあながち間違いではない」
「ちぇ……まぁ、ゲンはどっちみち片づけないといけない奴らだ。俺達が倒すのみ」
「ちょっと待ってくださいよ!!」
東にも敵が存在し、何時の日か倒さなくてはならない事もシンは分かっていた。悔しい事にブラックの言動は自分の考えと同じなのだ。
だが明らかに面白く思わない者が一人。それがディア・カノスケである。
「自分はモーリ・トライアローを倒す事が出来ると思い期待していたんですよ! それなのにあんまりじゃないですか!!」
「落ち着けディア、お前一人の意見で軍全員の作戦を決める訳にはいかない」
「自分だけじゃないですよ! こっちにだって!!」
「お、俺!?」
自分一人の感情だけで打倒モーリの考えがあるのではないと、ディアはシンを担ぐ。何か言ってくれとは言うものの、シンはどちらも天秤にかけて測ることが難しいと考えている為、明確な答えが出ない。
「ちょ、ちょっと待て! どちらにしろ俺はゲンを倒すことも大事だと考えているから!!」
「じゃあ、モーリ・トライアローはどうするつもりですか!!」
「ふっ、どうせモーリを倒す事を考えるとは愚かだな」
「な、なんだと!?」
「あんたどういう事ですか!!」
しかし二人を馬鹿にするかのようにブラックはまた口を開く。その次に暫くしてから自分の考えを口にして明かす。
「二人からすれば実に残念なことだが、私はモーリとは手を組むつもりでいると言わせてもらう」
「!!」
「モーリ・トライアローとだと……」
周囲が騒然とした。ブラックが最初に選んだ方法はマリン・トライアローとの同盟である。大陸において屈指の頭脳を誇る彼の加入は成功すれば大きな力となるだろう。だが、因縁の敵を仲間へ引き込まれてしまえば、ディアが納得いかない事に無理はない。
「ちょっと待ってくださいよ! どのような風の吹きまわしですか!!」
「何、私はただモーリと陰陽党の存在は戦輝連合が勝つためにはなくてはならない存在と見たからだ」
ディアは当たり前だが反発の姿勢を強めていく。過去からの感情により彼を敵と見なすモーリに対し、今後の展開を考慮して味方へ引き入れようとするブラックの勘が会えは平行線をたどった。
「モーリは、大陸屈指の頭脳を誇るサムライドでしてミツキさんやブラックでも勝てるかどうかわからないのですよ。はい」
「そうだ。私に万一の事があれば、戦輝連合は負けると見るからな。その事態に備えてもう一人の頭脳が欲しいと思ったからだ」
「ちぇ、偉そうに。五強の一人と比べるなんてどれほど身の程知らずなんだってーの」
「お前よりは身をわきまえている」
偉そうな態度を指摘すれば、馬鹿だと言いシンをののしるブラック。彼からみれば少しばかり頭が良いだけで偉そうに振る舞われたらはらただしいものである。身震いさせて怒る彼に対しては、やはりサイが抑え役に回る。
「それでも、それでも自分は納得いかないっすよ!」
「あぁ、こっちを抑えたら今度はそっちが怒る訳なのね……」
シンとディア。二人の即発性の強い相手を前にフォロー役のサイでも一人では手が回らない。両手を上にあげたくなる気分である。
「地理的には突破が孤立した状況。仮に彼らが戦う勢力が三光同盟、また陰陽党と手を組んだ場合一溜りもないだろう」
「モーリ・トライアローとは私達はまだ一度も接触していません。また三光同盟を組んでいるとはいえ双方が侵攻をかけない、いわば不侵攻条約程度です」
「それだけの関係ならば私が説得に出れば手を貸す可能性もある」
「また偉そうに」
ブラックからすれば、自分の作戦に絶対の自信を抱いているようである。そんな彼はやはり思い上がりなのか。反発の言葉を漏らしてしまうのはこれで何度目かと彼自身も思ったかもしれない。
「どちらにしろ自分は納得いきませんよ!打倒モーリ・トライアローで自分がどれだけ生きてきたかあんたには解らないかもしれないで……」
「ビーグネイム大陸が存在しない事実に目を向けろ!」
故郷の敵であるモーリを倒す事しか主張しないディアへブラックが吼える。吠えた彼が言う事は、大陸が既に存在しないという一点であり、今の戦いに大きく支障をきたす過去を捨ててでも戦えと言うような事である。
「とりあえず過去に魂を引かれる事は無意味だ」
「む、無意味……自分は無意味というのですか!!」
「それはお前が考えろ。だが投降したお前がこの組織になじむには、私に従う必要が……」
新参の身であるディアは、敵側から成り行きで投稿を選んだため仲間から疑われ、服従が仲間として認められる唯一の方法しかない。
感情に身を任せる彼にも問題があるかもしれないが、一人からすれば、彼の気持ちも組まずに、自分の計算だけで作戦を立てていくブラックを許さない者が胸倉をつかんだ。
「何をするつもりだ?シン」
「ブラック、てめぇだって何処からか解らないところから来た他所者じゃないか! さっきから自分を偉そうだと言ってよ!!」
「ほぉ、私が偉そうと言うならば、お前の仲間が私の考えに理解を示す証を見せてやる」
「……ミツキ、クーガ、サイ! 本当なのか!?」
共に戦った者たちは自分ではなく、余所者を信じるか。一瞬の不安がよぎったが、根拠のない自信を持つ事が多いシンは、自分を信じて3人の元へ目を向けたがミツキは彼からくるりと背中を向けた。
「まず、私も評定でブラックさんの意見に賛成しましたから、ごめんなさい」
「そう来たか……この前のように俺の味方じゃないのね」
「今回はシンさんの方が不利だと見ています」
彼女の判断は常に冷静沈着。ブラックの影に隠れてしまったかもしれないが合理性を求めるタイプのサムライドである。そんな彼女に続いて、現実を見据えるクーガはシンへ首を振った。
「俺も賛成だ。ブラック殿の考えは理に適うと考えているからな」
「クーガまでもか……どうせお前は俺と違う意見を出すと分かっていたけどな」
「一人を犠牲にするか、一組織を味方につけるか。ミツキではないが簡単な計算によるものだ」
「数でならば妥当だな。最も私は質からも前者を選ぶがな」
「何言いやがる!!」
ブラックからは自然とクーガは一目置かれている模様だ。クーガ以上にシビアな考えを持つ彼は、モーリに対しディアはあらゆる所で劣る、甲と丙の差以上だと見なしているのだ。
「にゃろう。サイ!お前はどうなんだ」
「シン、僕は味方をしてあげたいけれどね……シンの味方になる理由がないんだ」
「何でだ……」
戦友のサイは頭の回転が速いが、決して冷酷、非情なサムライドではない。ディアの気持ちを組むこともできるはずの彼が力を貸せない理由は、大陸が滅んだ為に自分の過去を断ち切られてしまった事にあったのを察した。
「サイさんは故郷の独立を信じて戦ってきたのですが……サイさんはもう過去と決別しましたからね」
「あぁ。サイは色々過去を捨てている。自分の数奇な境遇、一時敵に回った負い目、故郷への悲願とかな……」
彼はこの世界で苦労を重ねた。不可抗力とはいえ敵として現れクーガ達からの信頼も得られず、サクラの弟である関係を捨て去り、この世界の為に戦う裏で願った故郷の独立もこの世界にビーグネイム大陸が存在しない事実によって潰えた。そっと瞳を閉じるサイには、蓄積された過去を瞼で蓋を閉めるようである。
「そうか……俺はサイの事を忘れていたぜ。申し訳ない……」
「ようやく気付いたか、愚か者め」
「な……何だと!?」
過去を断ち切り、今すべきことの為に戦う。ディアの考えに同調したのは性格の一致だけに過ぎないもので、今後の戦略と比較すれば些細なことだ。
目の前だけでなく、先を見据える重要性を知り、珍しくシンは頭を下げようとするが、例え賢くても尊大なブラックにはあまり効果がない模様である。
「なんですか、シンさん! 結局貴方は薄っぺらいサムライドなんですね!!」
「な、何だ、よほどモーリの事を恨んでいるのか……」
「ええ! サイさんとかは過去を捨てたとか言うですけどね、それはそれだけの過去しかなかったものじゃ……」
ディアは一方的とはいえシンへ期待を寄せていた。その期待が裏切られてしまった事もあり、彼は激しく憤り、その怒りは過去への想いで共通点を持つサイにまで飛び火した。
その時、シンの右アッパーはディアの顎を天へたたき飛ばし、室内にて彼の身体は宙へ舞い、顔から地面にのめり込む。彼が振り向いた時は身体を震えさせるシンの姿が映る。
「にゃろう、サイの事を悪く言うんじゃねぇ!」
「シンさん……貴方」
顎を抑えながら立ち上がるディアに、二発目をぶち込もうとした時だ。前へ飛ぼうとした右腕が後ろから掴まれて動きを止めた。
「サイ! お前どうして……」
「シン、僕の為かもしれないけど、過去の重さは其々違うよ。ディアが過去を捨てない事はそう簡単に責められないよ」
「……」
「シン、何事も感情に流されるな。流されたらそこまでだ」
サイは落ち着きを見せて、自分が責められているにも関わらず内輪揉めを良しとしない姿勢を取る。ブラックからの皮肉に眉毛を釣り上げるが、怒る気合いは既に失せていた為何も言わない事にした。
「へへ……どうせあんたたちも自分の夢を果たしてくれないんですね!」
口元をすすりながらディアは何かを悟った。彼の両目には期待の意志ではない。失望のまなざしである。誰もいない真後ろへ下がる中で彼の体は瞬く間に戦車状の形態“ゲッサンダー”へと化す。サムライドは殆どがライド・マシーンを持つ中で、彼はライド・マシーンへ変形する能力を持つのだ。
「お、おいお前何をするつもりだ!!」
「決まっていますよ。こうなったら一人でもモーリ・トライアローを倒すつもりなんですよ!」
「何だと! 馬鹿なことはやめろ!!」
「そ、そうだ! そんな事をやられたらモーリはどうなるんだよ!!」
「自分は間違っていない……そうだ」
ディアの行為を止めようとするシンの言動は、彼へ何やら悪知恵を与えてしまったようである。クーガが気付いた時は既に遅く、ゲッサンダーのリベンジャードリルがターナ・ベールの装甲を砕き、逃亡を開始する。
「なら自分が戦輝連合の一員と言って、自分がモーリ・トライアローを倒せばいいんだ!」
「ならば……させるか!!」
巨大筒が展開されようとした時、ゲッサンダーのビッグキャノンから二本の光が飛んだ。巨大筒のチャージが間に合わない。その瞬間であった。
「きゃあっ!!」
「ヒ、ヒメコ……!?」
しかしヒメコがクーガを守るように前方へ現れ、ビッグキャノンからの身代わりとして胸と腹を撃ち抜かれて静かに倒れた。思わずクーガがヒメコの身を案じた故に攻撃を放棄してしまい、顔をゲッサンダーの所へ向けようとしたが、既に姿は見当たらなかった。
「にゃろう、大変な事になったぜあの野郎!」
「新たに一つの問題が浮上したか……解決方法はディアを殺すのみだ」
瞬く間にディアは造反し、逃走を開始した。戦輝連合の味方と称してモーリを襲った時、戦輝連合の運命は急転直下を迎えるであろう。
ブラックの決断は早い。ディアを仕留めることこそモーリを味方に引き込む最良の手段であると。何も分からないまま、自分の正当性を主張する血気盛んな男ほど厄介な者はいないと見なしたのだ。
「殺せとは酷かもしれないけど、あいつは俺達を敵と見なした!」
「あぁ。前からあいつは危ない奴だと思ったが、的中したな……」
「クーガさん……大丈夫かな、私頑張れたかな」
考えが平行線になりやすいシンとクーガは再び思考が一致しようとしていた。その時に身を呈して彼を救ったヒメコがおぼろげに目を開けて、口を開けた。
「大丈夫だヒメコ……お前はよくやったぞ」
「よかった……」
「あまり喋るなヒメコ!」
「大丈夫ですよ、まだ修復すれば助かりますよ」
安らかな顔を浮かべるヒメコがトードにより抱き上げられる。そのまま修復が行われるヒメコだが、彼女は口を小さく開けて言葉を紡いだ。その言葉は微かなものかもしれないが、無音の空間に確かに響き渡った。
「ディアさんもまだ状況が分からないと思うから、一度は失敗するような気がするから……もう一度説得してみたらいい気がします」
「ヒメコ……お前は」
何故か彼女の顔は穏やかであった。死を悟ってしまったのか、いや、彼女は仲間を疑わない無垢な心を持ち続けていたからだろうか。自分を守った者を前に、クーガの頑強な意志は揺るごうとしていた。
「甘い、たった一度の過ちが死を招くものだが」
「にゃろう……ヒメコにそんな言い方はないじゃねぇか!!」
しかし、彼女の信頼は、裏切りが日常茶飯事の戦場では無意味な場合もあるとブラックは考えのスタンスを変えない。血も涙もないブラックへやはりシンが震えたが、彼の怒りをクーガが抑える。しかし、シンを止める為に彼へ顔を向けず、自分がシンの代わりとして意見を持ち込もうと、ブラックへ固い表情を向ける。
「……ブラック殿、俺からもお願いしたい」
「……クーガさん、この先は私も分かりますが意外な事を言いますね」
「ディア君が作戦に支障をきたさない時点で取り押さえ得る事に成功した場合、彼にもう一度説得のチャンスを与えると言う事でしょうねぇ」
「クーガ、お前はこの中では話が分かる方だと思ったが情に流されたか」
「……」
シン達へ飛ぶ皮肉がクーガに飛ぶ。その皮肉にも顔色を変えず、ただ口を閉じて、直視する姿に何を言っても今は無意味と考え、背中を向ける。
「どちらにしろ西へ向かう為、その件は好きにすればよい。ただし、あの男は無駄な犠牲を生むと前に止める事が出来たならばの話だ」
「分かりました。こちらに不利な犠牲を出した場合は始末するつもりです、ブラック殿」
「よし!行かせてもらうぜ!!」
「待て!この場を留守にする馬鹿な真似はやめろ」
考えがまとまりシンは持ち前の精神で出撃をしようとするが、単独行動が危険と見たブラックはすぐに彼を止めた。西には三光同盟の西部軍団が構えている為、一人で動く事は危険が伴う。シンは珍しくブラックの指示に従いあっしを止めウr。
「まず私はモーリを引き込む為に向かう覚悟はできている。シン、クーガ。私に反発してディアの捕縛を提案したからには責任を取ってもらう」
「あぁ。ようやく分かる事言ってくれるじゃないの! なぁクーガ」
「今はそうだと言っておく。文句は言わないぜ」
互いの考えが一致した事もあり、両者の息が合う。考えが違う為に衝突しぱなっ死の二人だが、息が合えば絶妙の二文字にたとえられるコンビネーションを発動する関係である。
「ヒメコの件はトード、お前に任せる。サイ、お前は万一に備えて留守を頼む」
「おやおや、私も戦おうと思えば戦えるのですが……」
「いや、トードさん無理はしないでください。ヒメコを早く治す事を心がけてください」
「じゃーボクもこの場でお留守番」
「いや、チカお前は戦え」
「えー! 何で~!!」
戦闘能力も確かなものであり、サイのとびぬけた索敵能力は戦機連合を守るレーダー同然。留守を任せるには最適であろう。
だが、彼と、負傷中のヒメコへ便乗して留守番に立候補しようとするチカにブラックは厳しい。反抗的で、何をしでかすか分からない彼女は前線送り決定である。
「ええ。これで一段落。私は頭脳として留守を預かろうかと」
「いや、お前は私と共に出撃しろ」
「何故ですか……」
「黙って行け」
「……わかりました」
しかし何故かミツキにもブラックは疑念の目を向ける。珍しく反発しようとしたミツキだが、彼の眼光に黙ってしまう。シンも、クーガも、サイも知らない自分の秘密を彼は何かを見据えているようであり、何処か目を横へ背ける感覚だ。
「一体何を考えているのでしょう、ブラック・ハーフ」
ミツキが思わずつぶやいたこの一言をブラック本人の耳に届いたのであろうか。彼はモーリを自分と並ぶ頭脳である事を証明する為に、ミツキの存在が必要不可欠の方針を曲げない。
ブラック、モーリ、ミツキ。3人の頭脳派が中国地方へ揃おうとしていたのである。
続く