第1幕 吼えろ!紅蓮の風雲児!!
「……以上がサムライドに関する最新情報か」
瓦礫が周辺に散らばり、焼け野原のように荒廃しきった大地の元で、朽ちた壁に身を隠して男がメモを読み上げた。
「辛いな。こんな荒れた手書きの記事だし、その上ちょっと前の情報しかつかめないってのはな……少し前まではな……」
男の視線は1台のパソコンに向けられた。ノート型が無傷のまま荒野に放置されている。バッテリーがあれば、電源を入れてもまだ動くかもしれない。
「今の日本、ライフラインすらありゃしない。ネット環境そのものが喪失し、電力の供給もない。こんな場所でネットでの情報交換もできないわけだ」
愚痴を漏らしながら男は駆けた。彼は上空を確認しながら壁へ身を隠し、荒野のくぼみへ隠れることをワンアクションのクッションとして挟み、建築物へ入りこむ。
周囲には十分すぎる警戒を利かせている。息が切れても足並みは衰えないが、後ろを振り向いた途端、危機を察知したような眼を見せる。
彼はとある場所へ目標地点を定めて、スライディングを決め込んで滑り込む。体の向きを90度変えながら地べたを転がりこみ、付近の池に身を落とした。その直前に何かのメモを砂利の上に投げ込んで。
「……」
池から顔を出した彼は光景に目をそむけた。別の男達が銃弾に体を貫かれて散った。脳髄と内臓を飛散させて地べたへ塊として落ちる姿を目にして、彼らを殺めた空を見上げると、黒の翼が目的を果たしたかのように去った。彼らの撤退を確認して、ゆっくりと池から体を持ち上げた。
「―ここにいい隠れ場所がなかったら俺は死んでいた」
防水加工の衣装に付いた水滴を払い落して男は拳を作って腕を震わす。男達は既に力尽きており、酷い例として肉片そのものが散らばった状態で地面に倒れていた。
なぜこのような理不尽な殺戮が繰り広げられているのか。どうして一瞬の油断もゆとりも許されない日々を余儀なくされているのか。
彼の心には何度も理不尽な出来事とそれに関する感情が絡み合って口から大音声として飛び出そうとしている。だがどうしようもなく荒廃した世界と現実を両目にしていたからか、喉から飛び出る前に葛藤は自然と分解してしまう事が現状だろう。
「お前は……」
「ん?」
「お前さんは木下秀一郎……清須の非常拠点の代表連絡員だな?」
「生きてた……生きてたんだな!!」
秀一郎が驚いた。屍と化した彼らの内一人はまだ息がある。殆どが働き盛りの年配の者による遺体の群れで、彼だけがまだ自分と同年代の若者だった。
「腕をやられただけでよかった。清州の非常拠点まで俺達が死に物狂いで集めた情報が無事伝わる訳 か……」
「死に物狂い……まさか?」
秀一郎は取りだしたハンカチを池の水で洗ってから傷口を拭く。包帯を箇所に巻くと横たわる彼はゆっくり笑いながらうなずいた。
「俺は松下徳剛。名古屋の非常拠点で代表連絡員に選ばれた。豊田の非常拠点からの代表連絡員と合流して尾張各地の非常拠点へ情報を連絡しなければならない」
「あぁ。俺達豊田の非常拠点は東部軍団の脅威に晒されている。他の三河地方や静岡の非常拠点は既に 東部軍団に占領され、脱走しようとしたら死だ」
「機密を考えれば妥当だな……東部軍団は軍団力の半分を擁する関東地方がムトナーベ国からの核攻撃によって消失したからな。戦力・労力の低下に対し敏感になっている……」
徳剛と秀一郎はお互いの身分と任務を告げて交流を行う。同じ愛知の連絡員同士、周囲に及ぶ三光同盟の圧力が目の上の、いや周りの瘤として存在しているのだ。
「そうだ。ここで話していたらまたあの戦闘機に狙われる。あそこで少し休まないか」
秀一郎が指をさした箇所は、かつてコンビニエンスストアだった建築物が存在する。徳剛が首を縦に振り、了承を得ると、秀一郎は負傷した彼に肩を貸しながら二人は目的地へ近づく。
「俺のけがは止血しておけばまだ何とかなるレベルだ。お前がここまで近づいていなかったら俺が清須へ向かったのが無駄に終わるところだったぜ」
「予定された日付より早期に合流地点へ向かうのは常識だろ? アナログな連絡手段しか残されていないから、少しでも早く合流して迅速に情報を伝達しないといけないからな。ほら、もう少しだぞ」
二人は全開されたドアから建築物の内部に入る。そうするやいなや、疲れがどっと来たかのように壁にもたれこんで座る。
「疲れたが俺たちに休みはない。俺達が休んでいたら他の非常地点からの代表連絡員の努力が無駄にな る。確か4地点だったな……」
「そのうちあまと北名古屋は俺達の非常拠点から連絡を回すつもりだ。一宮と稲沢の非常拠点へ連絡を回すことがお前の役目だ」
「悪い。俺、まだこういう経験が全然ない。ちょっと前までただのジャーナリストだったから な」
かるく舌を出して秀一郎は徳剛へ頭をかく仕草を見せた。そんな彼に対し徳剛はゆっくりと立ち上がる。
「お前も同じ新参者か。名古屋の非常拠点は人口が多い故に隣接拠点へ果たす役割は大きい。清須の非常拠点と比較して大体6,7倍の規模だ」
「尾張地方において、防波堤みたいな存在だからなそこは。もし東部軍団に攻め込まれたら俺の拠点とかも危険にさらされちまう」
「それだけに責任重大なのさ。こんなことにならなければ、俺も普通に人生送れただろうにな」
どうしようもないほど救いようがない現実。人の力で覆せそうにない現実に対して、徳剛は半分あきらめたニュアンスの表情で苦笑した。
「お隣の軍部クーデターのどさくさで核を北海道に落とされなかったらなぁ……」
「あぁ。その報復とかでカーネリー国がスコリアーノ国へ宣戦布告して、いつの間にか世界大戦だぜ」
「カーネリー、ロシェート、チナ、ヨーロッパ欧州連合……スコリアーノへのカウンターアタックがいつ の間にか大戦争」
「けどよ、あいつらが全てを変えたんだよな」
この現実は世界各国の争いだけが原因ではない。秀一郎は先ほどのメモを開けて、徳剛にメモに貼られた写真を見せた。
「2060年5月12日。人の姿をした戦闘兵器”サムライド”が蘇り、日本列島が一瞬にして壊滅した 大事件。わずか1週間でだ」
「あぁ。日本の空陸海軍全て歯が立つ事もなかった。どうしようもない程にな……」
サムライドの襲来。人の姿をした戦闘兵器である事以外は何も分からない彼らは、日本列島を壊滅させて、カーネリー、チナ、ロシェート、欧州連合を沈黙させて世界大戦を周旋させた。日本列島を世界各国が無法地帯として見捨てた事と代償に。
「奴らは俺達を皆殺しか酷使することしか考えていない。亡命する事も世界各国から許されない事態、俺たち日本人には生き地獄だ……」
「日本列島はサムライドのるつぼ、はたまた群雄割拠か」
メモを閉じて秀一郎が立ち上がり、徳剛も後を追うように立ってスニーカーのひもを縛り直す。再び目的地へ自分の足を進めた。
「ずいぶん話が長くなっちまったが本題に入るぜ……。俺達が東部軍団の機密をつかめたのはあのマローンとかが陣を離れていたからだ」
「陣を離れていた? 何があったのか?」
「あぁ。俺が聞いた情報ではどうやらマローンは今ムナトーベ国へ進撃している。おそらく関東地方の軍団力が失われてしまった事が原因だろう。
「その報復としてムナトーベを叩す。よって東部軍団のサムライドが手薄になっている訳か」
「御名答」
徳剛の会話からだと、非常拠点は今東部軍団による監視の目が緩んでいる。この貴重な時を無駄にするわけにはいかない。軍備を補強して非常拠点の防衛力を高める事が出来るのだ。貴重な時間を無駄にしないためにも、彼らは目的地、清須の非常拠点へ向けたその時だ。
「うわっ!!」
二人の上空をかすめ、両者を割って入るかのように、一筋の風が舞った。その風は何か。尻もちを突いて倒れる秀一郎はその存在が誰か顔を向けたが、風の主は当にいない。
「どうした秀一郎。何かがよぎった気がしたが」
「いや、分からない、それよりもとにかく急ぐぞ」
「あぁ!」
何かが通過した事に、本能的な危機を感じた二人は足を速めた。だが、
「……!?」
後ろから聞こえるキャタピラの駆動音。無機質な音は休む間もなく勢いと力を増して彼らの耳に届く。
恐る恐る真後ろを振り向けば、白の機体が唸りを上げて彼らに迫る。白と黒のコントラストが効いたキャタピラ、茶色と黒の土にウェザリングされた胴体、両腕に銃口と槍先が光り、禍々しい一つ目が自分達を注視しているかのようだ。
「一桁、いや二桁でも済まない数だ! とにかく逃げるしかねぇ……!!」
二人はひたすら逃げた。だが後方から伸びた鉄の刺股。その先端に両者の腰ががっちりはまってしまったのだ。
「やばい、外れない! どうすればいいんだ!!」
「俺達このままだと殺されちまう……ん!?」
刺股を外す事が出来ない為二人は敵から逃れられなかった。
しかし、秀一郎が真後ろを向けば爆発音とともに彼ら1機の頭部が吹っ飛んだ。ひょっとしたら彼らに敵対する存在が、自分を救う者が近くにいるのではないか。彼はあいまいな考えとはいえ、かすかな期待を抱いた。
「大丈夫です。貴方に危害を加えるつもりはありません、落ち着いてください」
期待はひとまず叶った。透き通る冷水のように、また機械のように何処か冷たい淡々とした態度の少女の声が聞こえた。その声と共に、二人は素早い勢いで近づく。
「あ、あんたは……」
「ミツキ・アケチ。今は戦乱の密使とでも名乗りましょうか」
修一郎と徳剛の前に現れたのは戦乱の密使の肩書きを持つ少女ミツキだ。彼女は荒廃した戦場と反対に清らかなオーラを放つ。
澄み切った空のようにスカイブルーのヘアーがさらさらとかすかな風で綺麗になびく。背中の翼と両手の扇子はまるで花弁のように揺れ、ロングスカートの丸みは植物の種の模様。透き通ったスマートな体型、穏やかな丸みを持つフォルムに、少し陰を持ちながらも、さびしげでありながらも水色の瞳は隠された事を暴けるようにまぶしい。
この植物のような静かな美しさと空のように澄んだ彼女は、己の力で宙を舞う。この女、ただの少女ではない。秀一郎は何となく彼女の正体を察した。
「もしかして……」
「私は非力な存在を守らないといけません。この量産型兵器・ソルディア部隊に貴方達を守るように命令しますので安心してください……」
「こいつら!? こいつら俺達の敵じゃないのかよ!」
ミツキが用意した量産型兵器は自分を襲った敵たちと同タイプ、カラーリングの兵器だ。徳剛が納得いかない様子なのも無理はない。
「その事も説明をしたいのですが、今は詳しく事情を説明する時間がないですね……」
徳剛の疑問に答えようとしたミツキだが、彼女が向いた先には既に幾多もの戦闘機とソルディア編隊が迫った。
「この二人を安全な場所へ、そして残りは私と共にいきますよ」
勢いよく飛び立つ彼女と共に何体かのソルディアが移動を開始した。その大移動はこれからの展開への暗雲を予兆するのか……。
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「セキ殿! 我々東部軍団の残存兵力500を全てあのサムライドを討ちとる為に使っていいのでしょうか」
「そうですよ! セキ殿、ここで拠点を空にすると人間どもの潜入を許してしまう事になりますぞ!」
「ふっ、潜入など好き勝手させておけ!」
「で、ですが……」
ミツキを追うのは東部軍団の残留部隊だ。セキを始めとする彼ら残留サムライドが、いや特にセキが本拠地の留守を放棄してまで、彼女を討ちとろうとするには理由があった。
「あのサムライドをここで討ちとって、ムナトーベ国征伐から帰還したマ ローン様に奴の首を渡せば2 階級特進で雄将から豪将。あわよくば東部軍団ナンバー2の地位に入り込む事が出来る!」
それは出世の二文字だ。
三光同盟は東西南北の4軍団で構成され、互いにしのぎを削り合う。軍団長の宿聖を始め豪将、魂将、雄将、爆戦士、激戦士、強戦士、中戦士、軽戦士にランクされ、下の者は虎視眈々と上の階級を狙っている。セキ達もその一人だ。
「しかし、あのサムライド”ミツキ・アケチ”の実力はともかく、カビダルのサムライド。つまり仮に破壊したら都のサムライドから報復攻撃を受ける可能性もあります!」
「カビダルか。ビーグネイム大陸の都など既にない! 今まで俺達の戦いにちょっかいを出して戦争を終わらせる奴らへの鬱憤を晴らせるのは今しかない!!」
「万一の際仕留めた場合はどうすればいいのでしょうか……」
「首を上手く改造して別人にしたてれば、最低でも1階級特進は確定だ! 行くぞお前達!!」
「「ぎょ、御意!!」」
セキに仕切られた3機のサムライドに率いられて、500機もの各師団が進撃を開始。先導の戦闘機が向かってくるミツキに迫った。
「戦闘機アロアード。このタイプは先端からの大型ミサイル以外に特に脅威はない。頼みますよ、キキョウ」
ミツキの両手に握られた扇子”キキョウ”が手から離れる形で飛ぶ。放たれた扇が大空で弧を描き、軌道上に迫るアロアードの翼を切断して、本体を地上へ堕とす。
(やはり大した事ありませんね。ただ本体の落下先をうまく調整する必要がありますね……キキョウの投 擲角度を2,3°ずらせば……)
少し考えてからキキョウが再び投げられ、またもアロアードが地上へ落ちる。さらにソルディアのキャタピラへ狙ったように機体が墜落したことで、被弾したソルディアの移動手段がこれにより喪失された。
(計画通り。おや)
ミツキを狙うアロアードの第二波は本体の大半を構成するミサイルを射出。まともにこの弾幕を食らえば致命傷を負うだろう。
だが彼女は表情を一つ変えず、まず両手のキキョウを畳む。右手のキキョウを円状に展開させて腕に装着。左手のキキョウからは幾多もの刃が展開し、地面へ勢い良く振り下ろすと短剣へと姿を変える。
「はっ!」
キキョウが振るわれた。刃で弾を一文字に斬ったり、柄の部分で突いて強引に軌道を修正したり、地上へ叩き落としたりしてミサイルを無力化する。それでも防ぎきれない標的には右腕のキキョウが盾代わりとして、彼女の被害を最小限に食い止める。
(まぁこんなものでしょう……少し黙らせないといけないですね。敵の制空権を奪う事は勝利への方程式 の一例です)
防戦一方では意味がないとみて、ミツキは勢いよく前方へ接近する。標的は最前線の1機に定めてだ。
(アロアードは主に偵察用。唯一の武装を全て私の為に使ってしまうとは、敵の指揮官は大したことない と見ました)
主力ミサイルを放ったことで攻撃の手立てを失ったアロアードの主翼を足場にして、ミツキがキキョウを振り回す。
キキョウは彼女の両手で短剣、扇子、鉄扇、鉄鞭の四つの用途を果たし、姿形を変えて残りのアロアードは軽々と斬り裂れるか、叩き落とされた。
「これで……制空権はいただきです」
キキョウ先端から放たれたビームが足場を沈黙させた。そしてミツキが足場になっていた最後のアロアードを離脱すると、足場が空中で吹き飛んだ。
これにより、制空権を抑えた彼女だが、それでも安心するそぶりを見せず、地上に視線を向ける。ソルディア同士が射撃戦、及び白兵戦を繰り広げている激戦地帯だ。
(地上は五分五分。ソルディアを一斉に無力化するか、ある程度脅しをかけるか……)
戦争において勝利するには、指揮官の迅速な決断、的確な判断が求められる。ミツキは両方を満たす実力者であり、彼女の行動は早かった。
「先ほどの戦いから采配に不慣れな指揮官がいる事がわかりました。ここは大技を披露して相手に打撃を与えることで指揮官を動揺させる事にしましょう」
ミツキの背中から、自分の翼を構成するパーツが分離された。翼が離れて地面へ落ちる彼女だが、顔色を全く変えずに腰から長剣・ゼラニウムブレードを取り出して、体勢を変える。
「いきますよカムクワート」
カムクワートと呼ばれるミツキの翼、また彼女のライド・マシーンが変形し、ゼラニウムブレードと連結されて、先端から大型の鉤爪と刃が展開される。先端の鉤爪、側面の突起その姿は"やがらもがら"にそっくりだ。
この兵器を”カムクワート・ストレート”と称する。それを握りながら体を高速回転させて、、先端の刃がドリルのように地面に突き刺さる。
この回転の衝撃が、周辺のソルディアを弾き飛ばし、側面の突起からは12門のビームが勢いよく放たれ、ソルディアの胴体、頭、腕、足に風穴を作った。
「あ、あわわわ……」
回転が止まり、元の体勢を整えてカムクワートの上で悠然と構えた。そんなミツキの一定距離には誰も存在せず、嵐が過ぎ去ったような戦場を見て指揮官は目を点にした。
「……どうですか。貴方、それでも戦うつもりですか」
「ひぃ!」
彼に気付いたミツキがゼラニウムブレードを指揮官の顔へ近づける。指揮官はただ向けられた剣先に震えて、腰を抜かしている状態だ。
「お、俺はもういやだ! マローン様がいないと無理だ!!」
「おいオティカ! どこ行くつもりだ!!」
「うわぁ~マローン様!」
「くそ……腰ぬけめが! でやあぁぁぁぁっっ!!」
完全に戦意を喪失したと見える指揮官・オティカは他の二人を見捨てて我先へと敵前逃亡。しかしもう一方の男はまだ戦意を依然と失わない。
「ミツキ・アケチ。あの多技はさすがだ。だがなこのミウラーナ様がお相手よ!!」
「……!!」
オティカが繰り出した剣にミツキがゼラニウムブレードを打ちつけて対応した。
「ミウラーナ。大陸時代からマローン様の配下だった方ですね」
「その通り! もしミツキ、おまえがガビダルのサムライドなら俺はお前の弱点を知っている!!」
「弱点? 私に弱点があるとは自分でも考えていませんでしたが」
「ふふふ……ミツキ・アケチ。おまえはガビダル、都のサムライドだ!」
ミウラーナの脅しにも、ミツキは首を少し横にかしげて全く動じていないが、ミウラーナには何か日作ともいえる弱点を把握しているようである。
「都のサムライドは戦争を武力介入の形で停戦させることが目的! よって直接サムライドを殺すことは 禁じられているはずだ!!」
「よくわかっていますね。ですが……」
その弱点をミツキは否定しなかった。しかし動揺もしなかった、。よって平常通りにミツキが一歩踏み出てゼラニウムブレードを彼へ一直線に振るった。
「ぐはっ!!」
ミウラーナの剣が彼の手から力なく落ちる形で地面に突き刺さった。剣から少し間を置いて、彼の右腕が地面へ落ち、切断箇所からは鮮血と電気系統のショートによる火花が散った。
「確かにサムライドを殺すことは禁じられていますが、破壊することを禁じろまでとの決まりはありま せんでした。あくまで最後の手段ですけどね、これ」
「腕が切断されてはまともに戦えぬ……やむを得ない!!」
不意を突かれてミウラーナは破損個所を左手で抑えながら敵に背を見せた。ミツキは彼を無言で見つめてから他の戦線へ意識を集中する。
「私はあくまで中立者ですから……死に追いやるまでの攻撃は禁じられているのです」
ミツキは特殊な環境に属する存在。傷つけても死へ追いやってはいけない宿命がある。しかし相手を殺さなければ勝てない訳ではない。そのような足枷をされてもミツキには勝機は十分あった。
「確かあと一人。逃げ出したサムライド管轄下の軍団は指揮系統が途絶えて停止している……」
なんとかなるとミツキには思えて、勝利が目の前にあると見えた。だが、彼女の確信を揺るがすような事態が両目に映った。
「ふふふ……マローン様が指揮された本部隊が合流した。マローン様が現地に到着するまでにはミツキを仕留めることが出来るはずだ! 豪将出世街道まっしぐらだな!!」
現れた存在は新手の敵。その数は自分が率いる軍団の10倍以上の数はあるだろう。2、3倍なら自分の力でどうにかなった。だが、己一人で片づけられる数は決まっているものだ。
「援軍ですか……やれやれ」
諦めるように方向を切り替えて逃亡を試みるミツキ。寡兵を追う大群だが、彼女のようなキレる女は単に逃げるだけを考える女ではない。
「羊と狼に例えも限度があります……今の私に足りない存在は切り込み隊長です」
後退を行うミツキは、腰のボックスを右手で回しながら目を閉じる。微かに聞こえる微細な電子音、暗闇から浮かんで見えるのは青光りする筋電図のようなグラフ線が脳裏をよぎった。
「私は都のサムライドとして大陸各地を渡り歩き、戦争の仲裁として強豪サムライドと剣を交えた事もありました。私が出会い、この近くで眠る強豪サムライドはただ一人、彼を目覚めさせることにあります!」
ミツキが向かった先は秀一郎達を逃がした清須の地だ。
「彼は私と共に闘っていた事もあるので分かりますが、指揮官としては三流、しかし切り込み隊長として一流です……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここまで逃亡して安心だろうか……」
「さぁ。場所からすると清須の非常拠点から近いはずじゃないか? 清州古城跡。清州公園があるからな」
ソルディアに護衛される形で非常拠点へ向かう秀一郎と徳剛。彼らが通り過ぎようとしている場所はかつて清州城が存在している場所だったが、戦火の中で城は既に瓦礫と化しており、無残な姿しか残っていない。
ただ公園は幾多の攻撃にさらされていたものの、まだ傷が浅い場所もあり、公園の石碑はほぼ無傷だ。
「ここの城、清州城だったっけな? 確か」
「ああ。戦争で焼かれる城か。なんだかな……」
「確かに無情ですね……」
無様な城の姿に今自分達が置かれている状況を改めて実感し、ため息交じりに修一郎と徳剛は苦言を言いたげだ。そんな時に二人の間一閃の風が吹く。
「な、何だ……ってさっきの女!」
「あんた! 確か自分があの追手を食い止めるとか言ってたけど食いとめたのかよ!」
「そのつもりでしたが敵の数が異様に多いので、自分だけでは無理だと感じましたので」
任務を放棄したかのようなミツキへ二人が同時に驚きのリアクションを見せる。しかし、あくまでミツキは計算してここまで逃げてきたのであり、自分が中傷されてもどうってことはないが、
「うるさいですね。少し黙ってください」
「「あいてっ!!!」」
騒ぎ立てる二人が煩わしくミツキがぴしゃりとキキョウを頭にこつんと叩かせて黙らせる。
それより、彼女はキキョウを石碑付近の地表にめがけて放ち、ある程度の地表を吹き飛ばしてみせる。その標的となった表土が抉られた先には銀と赤銅の、棺のような鉄板が彼らの目に見える。
「なんだあれ!?」
「地下に埋蔵金とかそんなものが今更……」
「違います、これは埋蔵金とか今役立たないものではありません・今、役に立つ存在だからこそ、目覚めさせないといけません」
ミツキは手際よくプレートに手を置いて指でキーを叩く。そのキーはプレートを構成するパーツのようなもので、遠くから見るとただの板にしか見えないが、彼女ほどの距離だと幾多ものボタンでプレートが構成されている事に気づく。
「サムライド・エマージェンシー・キーコントロールは国の関係者しかここに違う操縦方法を知らないはずですが、この操作手順を知っておけば仲裁の際に役立つはず。まぁそれとはこれとは別問題ですが」
「おい! あんた何悠長にしているんだよ!!」
「悠長とは失礼ですね。私は今こう見えても真剣ですよ。逃げるなら勝手に逃げてください。私はここで破壊されるつもりはありませんから」
「しかし、あんた……多分追手がこっちへ来るぞ!」
秀一郎がミツキを避難させようと手を握った瞬間だ。一通りのキーを入力し終えたミツキによりそれは地面から姿を見せた。
隆起する地面によって崩れる石碑、低いうなり音、物体が盛り上がる隙間で流れる流砂。
全てが流れる事を終えた時には西洋の棺を模したような外見と、中に誰かが入っていると思われるサイズの棺を見た。観音開きで棺の扉が緩やかに90度に開放され、中を覆う黒い影が共に消えた。
「やっぱり中に人が!」
「いや、棺の中で眠り続けた奴が生きてるわけがない! それ以前にあの棺も変だ! まさか」
「あいつも……なのか!?」
二人はまた信じがたい光景を目にする事になった。棺の中から上半身を直角に曲げる形で起き、体中から白煙を吐き出しながら、力なくよろよろと立ちあがる。そして彼の虚ろな白目がミツキの方へ向いた。
「気付いたようですね……」
「……その声は!?」
腰まで伸びた赤髪を後ろで束ね、ガンマンのようなジャケットを羽織り、鎖帷子で素肌を守られた少年は驚いたような横顔を見せて、ミツキは声をかけた。だが
「「!」」
その刹那、二人を煙が包む。禍々しい炎と、鼓膜が破れそうな音と共に。一足先に背後の森へ身を隠した秀一郎と徳剛だが、ミツキの後姿が煙で覆われてしまい視界にとらえることは不可能だ。
「ふふふ……ミツキ・アケチ、何をするかと思えばただ逃げるだけだったな!」
憎々しげな声共にソルディアの編隊が並ぶ。最前線で指揮し、追撃を行っていたセキがゆっくりと爆発地点へと足を運ぶ。
あれだけの火力で集中攻撃を賭けたからには無事なはずがない。後は亡骸を二つに切り離して首を手土産に本拠地へ帰還するのみだ。
自分の攻撃は完璧だ。自分の作戦に抜かりはない。そして自分の出世街道に一点の曇りはない。だが。
「何……」
人影が見えた事でセキの作戦は狂わされた。
煙の中に黒い影が構えているかのように立ち上がった。まさかミツキが無事だったのか。煙には彼女の生か死かのどちらかしかない。それ以外の答えは残されていないはずだ……はずだった。
「いきなり攻撃かぁ……いい度胸じゃねえか!」
「!?」
この声からセキの計算思考は完全に靴がされた。無感情な声と対照的に、血気じみており、自分へと怒りの矛先を向けている。
「どうやら、私が単に逃げただけだと思っていたようね」
「なんだと!?」
煙からミツキがゆっくり、ゆっくりと姿を現す。しかしいまだに煙は晴れず人影も消えない。自分でもない彼女でもない第三者が戦場に介入してきたのだ。
「私はある大任を果たさないといけないのです。その為に未だにこの大陸に眠るサムライドを、大任を果たし得る能力を持つサムライドの睡眠地点を探していました。この彼は切り札。そう、スペードのエースですから」
「スペードのエース……余程の切り札という意味か」
「はい。彼がいないと貴方にとってもつまらないでしょう。彼は指揮官としては落第ですが、戦闘員とし て、切り込み隊長としては私が保証します。最も貴方の国が恐れた隣国のサムライド……」
「隣国……スンプー国と敵対する隣国はエンド国……まさか!?」
彼が誰かに気付くとセキの顔が一瞬蒼白した。彼にとって目の前の男は敵に回したくないはおろか、まして直接戦いたくない存在である男なのだ。
「やはりご存じで。一応ヒントを言うと彼の肩書きは……」
「紅蓮の風雲児! ミツキ、これからは俺の独壇場だぜ!!」
突如訪れた強風と共に煙が晴れ赤髪が靡く。目から赤い光を放ち、不敵な笑みをセキへ向ける。
「やはり……シンキ・ヨースト!!」
「そう、紅蓮の風雲児シンことシンキ・ヨーストとは俺の事! いきなり俺を狙うとはいい度胸じゃねぇかスンプーの野郎!!」
「ええい! こいつを討ちとって豪将へ昇格だ! 二人倒せば大幹部へ仲間入りだ!! やれっ! やれ ーっ!!」
焦るセキが、一斉にソルディアのガドリング攻撃が煙から姿を現したシンへ浴びさせる。先ほどの攻撃とほぼ同程度の激しい攻撃だが、すぐさま彼らはシンへ違和感に気づかされることとなった。
何故かシンは攻撃を避けたりも耐えたりもしない。ただ平然と。まるでシャワーを浴びるかのように銃弾の雨を喜びながら受けているのだ。
「あいつ……マシンガンが通用しないのか!? 何か仕掛けでも!!」
「あるぜ!!」
セキをあざ笑うかのように、シンはその一言共に己の姿を彼らの視界から消した。
目標が消失してしまい、ソルディア部隊は立往生する事になるが、1機の頭部が空からの爪に握りつぶされたことで吹き飛び、静粛が破られた。
「どこ! どこにいるシン!!」
「ここだっ! グレンバーナー! スピニングブリザード!!」
声のした元へセキは顔を上げた時に、真上からシンが落下する。突き出した両手の内、左手から業火が噴き出して、右手から吹雪が荒れる。赤と白の二つの渦が地面へ激突し、逃げ遅れたソルディアが直撃によりバターのように溶け、またガラス細工のように凍結した。
そして、高所からの落下時の衝撃をこれら二つの技を地面へぶつけることで軽減して、彼は宙で回転しながら敵陣のど真ん中に着地を決めた。
「馬鹿め! 敵のど真ん中に一人で突っ込むことは死ぬようなものだ!!」
尽きぬ動揺と微かな機体が入り混じりになる中でセキは命令を下す。
命令を受けて彼を取り囲むように旋回するソルディアの腕から射出されたワイヤーが生き物のようにシンの上半身へ絡みつき、四方からのワイヤーで動きを封じられたシンをさらに束縛せんと、彼らは高速で回転を開始していく。
「そうだ! 奴が紅蓮の風雲児にしろ、動きを封じてしまえば無力だ!」
「ぐぐぐ……」
ソルディアが回転するたびにシンの体にワイヤーが食い込む。このまま好き勝手回らせてはシンの体がワイヤーに切断されてしまう。
「お、おい。やばいんじゃないか。あいつ」
「あれだけの相手に一人で立ち向かうなんて無理だ!」
「いえ。私には無理ですが、シンさんなら大丈夫でしょう」
シンの戦いを傍観する秀一郎と徳剛は彼が劣勢だと見た。だがミツキは表情を一つ変えることなく見つめるのみ。これも彼を知るからであろう。
「ストラングルウゥゥゥゥゥゥッチェェェェェェン!!」
シンの両手から鉤爪のついたワイヤーが放たれる。鉤爪後方からブースターを点火させるとともに、爪が手状に広がり、ソルディアの渦へ飛びこむ。
「手ごたえありだ! パワー負けしてるなら、パワーをこっち以下にすれば……スパーク!」
スパークとの掛け声とともにワイヤーを伝い鉤爪から電撃が放たれ、頭部を掴まれたソルディアが黄金色に発光する。
爪から放たれる電撃の強さに反比例するかのように相手の回転が鈍り、最終的に彼らが動作を停止したことで他のソルディアの線回も停止して渦が消滅していく。
「しめた! これでいけるぜ!!」
半分のワイヤーは既にただの紐同然であろう。素早く絡むワイヤー2本を引きちぎり、拘束から逃れ宙に飛び、再び頭からソルディアへ突撃体制を取った。
「マイクロナイファー! グレンバーナー!!」
続いて、シ左腕からは長三角形状の刃が伸び、組みついたソルディアの頭部を突き刺す。同時に頭部の亀裂に左腕を強引に捻じりこんで、機体内部を火炎放射で攻撃を行う。
「あと1機!!」
攻撃を加えて、シンが離れた時、彼の攻撃を受けたソルディアが爆発して果てた。爆風にあおられるようにシンが相手へ飛ぶが、何故か彼は背中を標的に晒しているのだ。
「今だあいつは背中を見せているぞ!!」
「ダイヤモンド・クロスシュート!!」
地上から火炎が、空中から2本のクナイが対角線上に飛んだ。
しかし、攻撃を放った本体は、シンは回転しながら弧を描くように着地体勢へ入る。直線の軌道に対し標的は曲線を描くことで攻撃を回避した。よって彼の放った直線状に飛ぶクナイは不動のソルディアを胴体から粉々に吹き飛ばし、シンの着地を許す結果へ繋がった。
「すごい……あれがあんたの言う切り札か?」
「はい。シンキ・ヨーストことシンさんは普通のサムライドが基本的指揮を得意とするに対し、彼の得意分野は敵陣への切り込み。つまり単身での戦闘能力です」
「指揮? 戦闘能力?」
「サムライドの事よくわからないけど、どう違うんだ?」
「……」
ミツキの説明に対し、秀一郎と徳剛は顔を合わせながら首をかしげて両手を広げる。最もサムライドの存在が何か分からない世界において、彼女の説明を理解するにはまだ先に理解すべき事柄が残っているのから仕方がない。
「その件は後回しにして、とにかく1対1はおろか、1対多勢の戦いにおいてもシンさんが強いことは事 実です」
ミツキの口からシンの特徴や能力が説明される。
彼は本来諜報を任務としており、相手を翻弄することはもちろん、敵に見つかった際に単身で相手を追い払うだけの武装や機能が施されている。
諜報時に役立つ能力として、自分の姿を任意の場所に投影させて相手を撹乱するミラージュ・シフトが存在する。先ほどの一斉攻撃を受けても平然としていた理由はシンがミラージュ・シフトによって生まれた立体映像だったからにすぎないのだ。
「なるほど……立体映像だったら相手の攻撃を受けても平気だった訳か」
「ご名答。私はあれほどの攻撃からカムクワートを楯にしてダメージを最低限のものに抑えていたから無 事な訳です」
秀一郎の回答をミツキなりに賞賛して、彼女は背中に装着されたカムクワートを指さす。
「とにかく、あの爆発と同時にミラージュ・シフトの囮と入れ替わってシンさんは空中へジャンプ。両手のワイヤークロー・ストラングル・チェーン、左腕からの火炎放射・グレンバーナー、右腕からの絶対零度の竜巻・スピニングブリザードで一気に大量のソルディアを殲滅したのです」
ミツキはこの世界での初陣となるシンの戦いっぷりを二人へ分かりやすく説明を終えた。少し彼女は不機嫌そうだったが、
「どうした、なにか問題でもあったのか?」
「―本当は頭部だけ破壊してほしかったのですが……まぁ当の本人がやられたら話にならないので大目に見ましょう」
「頭部だけって?頭部だけ破壊することに何か意味があるのか」
「あの量産型兵器は頭部を破壊すると動きが止まりまして、そこから修理する際に自分のコントロール下 に量産型兵器をおく事が出来るのです。つまり頭部をいったん破壊すれば、今後の私達の有効な手駒に なる訳です」
ミツキの説明に秀一郎は納得した。また、彼女自身も生きるためには量産型兵器の粉砕もやむを得ない事と見てとがめることはしない。
「他にもストラングル・チェーンからの電撃、マイクロナイファー、ダイヤモンド・クロスなどなど多彩な武装もありますが、シンさんの戦闘センスも一流故に活躍できるのです。頼みますよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「もうお前の手ゴマはいないぜ!! さぁ! 一騎討ちと行こうぜ!!」
「ぐぬぬ……我々東部軍団は敵前逃亡を恥とみなされる!! ここで敗北は許されないのだっ!!」
1対1の勝負の中セキが剣を引きぬきこちらへ向かう。出世欲、独断行動の失敗を想定したリスク、組織の規律同然のしきたり、そして生への執着。彼の恐れと意地、野望が心に渦巻、命のやり取りへの勝 利が今、彼をかきたてる。
「お前を倒せば東部軍団豪将出世! いやスンプー国を脅かす厄介者を討てば、マローンのナンバー2として認められ、大幹部への道が開けるのだ!!」
「本当は俺、剣使うの好きじゃないから、こいつで止めを刺したかったけど……こいつで一騎打ちの筋を 通すぜ! ダイヤモンド・カッター!!」
セキの叫びは本心そのもの。しかしシンは一歩たりとも動かず、真上に飛んだダイヤモンド・クロスを両方とも片手で握る。クロスからの伸びた棒が連結して、双方に展開した刃が光る。柄の中心を握った右手を激しく回転させて、彼が宙で綺麗な円を描く。
「おまえを倒すだけで出世だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「たぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
セキの剣が斜めに振りおろされようとするのを見計らったかのように、シンはやや前かがみの姿勢になる。そして切れ味の鋭い円を描く右手がセキの真横へと振った。
「……!!」
「……」
セキの剣が軌道を描き終わった頃には既に彼の体、いや上半身が宙へ浮いたまま。地面に突っ立ったままの下半身からは鮮血が飛んで、斬撃のモーションを終えたシンがその場で構えたまま。
たとえ鮮血を体に浴びようともシンは表情一つ変えない。先ほどまでのややあどけない様子はシンの表情になく、機械のように冷静さを感じさせる凛々しい表情が浮かんでいた。
そして、上半身が地面に落ちて、血が大地へ浸透していく光景を振り向いて三つ目、瞳をゆっくり閉じた。まるで一騎打ちで散った相手に黙祷をするかのように……。
「よくやりましたねシンさん」
「ミツキ……へへ」
ゆっくりと現れたミツキ達に気づき、シンは目を開いて彼らに、特にミツキへは少し照れくさいような赤い顔を見せる。
「へへミツキ、俺を復活させたのがお前だった事に感謝するぜ。スンプー国の奴らに見つかったら俺は殺されていたからな」
「この地での覚醒は無防備ですから運任せそのもの。自分達を守り、覚醒を担う母国は既にないのですからね」
「母国がない? やっぱり……!」
ミツキと縁があるのかシンは再び軽い感じの微笑ましい表情を見せた。しかし、ミツキから”母国”の二文字を聞かされた時にまた彼の表情がシリアスなものになる。
「あれから俺はこのビーグネイム大陸の変貌を理解しようと戦いの中でここを働かせた。その結果ここは ユーラシアプレートに位置する日本列島」
「ここはその本州、中部地方に位置する愛知県名古屋区清須市朝日城 屋敷跡1番地1……時は西暦2060年6月12日午後12時12分24秒……」
「そうだ! ここはビーグネイム大陸とは全く異なる大陸だ!!」
自分の右こめかみを指さしながらシンは、何かが乗り移ったかのように自分の置かれていた状態を淡々と告げる。その様子に人間である二人は驚かざるを得ない。
「よ、よくそこまでの時間が分かったな。本当、長い間あの中で眠っていたっていうのに」
「それはここの瞬時大局把握能力によるものですよ。長期冬眠状態から目覚めた際に必要なのは現状の把 握。ここに搭載された回路で大気を始めとする世界を構成する存在から自分の置かれている状況を瞬時 に把握するのです」
「回路ってまさか……やっぱりこいつらロボットや兵器に該当する存在なのか?」
修一郎の疑問に対し、ミツキは自分のこめかみを指して彼らに説明すると、徳剛は彼らの正体を何となく掴もうとする。
「それは半分正解と言ったところでしょう。それはそうとシンさん、ここがビーグネイム大陸ではない事 は当たり前の話です。この地にいるサムライドは皆……!!」
二人へ簡単に答えを述べて、シンの戸惑いに対しても返事を送ろうとした時だった。またもや無骨なキャタピラ音が近付き、エンジン音が鳴り響く。シンが、秀一郎と徳剛が、ミツキから真相を聞き出す時間をも与えないかのように。
「やれやれ、シンさんまだ敵側には新手がいます」
「新手!? 数はどれだけだ!」
「私が確認できた時点と、推測の領域を含めますと残り2000機。私達の軍団数は現時点で150機。 10倍もの差があり、これは指揮の優劣で挽回できるレベルではありません」
「2000と150か……確かに数量的な差で勝てそうにないな」
「はい。その通りです」
徳剛に軽く言葉を返すミツキだが、その表情に戸惑いや焦りは一寸たりとも感じられない。むしろ何か秘策を用意しているようにも見えた。
「ですが、それは敵軍を全滅させることを勝利条件と仮定した中での計算です。私が考えられる現 時点で有効な特別勝利条件を考慮に含めれば、望みはあります。シンさん問題です」
「問題? おいおいミツキ……」
またも危機が迫っている処で、問題とかを口にするミツキは分かっていないのでは?シンがあきれたような表情を作るが
「敵の頂点を仕留めれば軍団はどうなりますか? それくらい指揮能力に欠ける貴方にも分かるはずです」
「えぇ?そうか、そういうことか!!」
ミツキからの質問に対し、一瞬考えたシンはすぐさま表情をからっと変えて自信をアピールした。
「シンさん。貴方は単身で敵地に乗り込み、戦況を覆すことが貴方の存在……2万年ぶりに貴方の実力を見させてください。ライド・オンです」
「ライド・オン!? 出来るのかって疑問に感じたら考えろよりやってみろだな! ライド・アーップ!!」
瞬時の戸惑い、疑問はシンの頭脳では考えることよりも実践する形で答えを割り出す。ライド・アップの叫びと共に、彼が指を弾く形で音を鳴らす。
これにより電子音が棺から聞こえる。棺を何か下から持ち上げられるように動き始めた。赤と白。紅白を彷彿させるカラーリング、カラフルな蝶を模したボードが棺を持ちあげていたのだ。
「な、何だ……あのマシン!」
「マンガやアニメみたいな……夢物語しか思えない!」
「夢じゃねぇぜ! バタフライザーさえあれば思いっきり斬りこめる!! その前に……てやっ!!」
バタフライザーと呼ばれた機体を目の前にして、シンの表情に明るさが増す。それから彼は何と右手で左腕を肩関節から分離させてしまったのだ。
「チェーンジ・シューティングアーム、セットオン!!」
己の片腕を投げ飛ばすシン。飛ばされた左腕はバタフライザーに引き寄せられるかのような勢いで飛び、バタフライザーからは別タイプの左腕が射出される。シンに新たな腕が近づくにつれて、射出された腕が縦回転し、肩と本体がジョイントで連結された。
「これで思う存分戦えるぜ! ライド・オン!!」
シンが飛びあがると同時に質量を無視するかのように等身大から手乗りサイズへ伸縮する棺が彼の右手に握られ、胸の窪みに嵌めてカバーが下りる。
そのまま彼がバタフライザーと呼ばれる機体に乗っかり、バーニアが吹いた。目的地はただ一つ。ソルディアを始めとする量産型軍団の群れ、またそれらを操る指揮官だ。
「さて、さっきは口車のニュアンスもありましたが、2000対150ではシンさんにとって荷が重いでしょう。ライド・オン!」
ミツキの背中に装備されたカムクワートが分離してボード状へ変形。掛け声と同時に彼女もまたカムクワートで彼の後を追った。
「ちょ、ちょっとあんた! またどこへ行くんだ!!」
「私はシンさんの援護として出撃します。勝利したら必ず貴方の非常拠点へ帰還します。貴方達には関わりすぎた事もありますし、少しその手の事で疎いシンさんに事情を説明する時間がほしいので……」
「え……ちょ、ちょっと……ん?」
秀一郎の制止を聞かずミツキも戦場へ急いだ、瞬く間に彼女の姿が見えなくなった頃、空から1粒、2粒の雨滴が落ち、やがて大粒の雨へと化す。戦いの中、空は雨雲が多い、既にぐずついていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「でやっ!!」
一直線に進撃するバタフライザー。マイクロナイファーで何体化のソルディアを貫き、それと同時に右手を電子頭脳に該当する部分へ突きつけながら発光させる。
「どの敵も皆指揮系統は同じ……そう! マローン・スンプーだ!!」
指揮系統の大元を突きとめると今度は左腕を引っこ抜き、バタフライザーから射出された別の左腕をセットする。
「両方シューティングアーム! これでこいつをフルに活用できるぜトライマグナム!!」
シンが待ち遠しそうに、上着に隠れたホルスターからメタリックカラーの自動拳銃・トライマグナムを引き抜き、右手でスライドを引く。最初の目標は最前線のソルディア1機だ。
「さて披露するか! 紅蓮の風雲児自慢のガンさばきをな!!」
トリガーが引かれ、撃鉄が動くことで勢いよく銃弾が射出される。回転しながら飛ぶ弾がソルディアの頭部を貫き、力なく動いた後に機能が停止し、ただの鉄クズ同然と化した。
「そらっ! そらよっと! あらよっと!!」
今、シンの右手はフェイバリットウェポンそのものだ。
躊躇いもなく迅速かつ正確な動作でソルディアの頭部を抉るように射抜き、空のマガジンをベルトのマガジンポケットへ入れては左手で裏返し、予備のマガジンを素早くリロード。スライドを引っ張ってから休む間もなく20発を全て使い切った。
だが敵は空からも攻めてくる。地上の敵に対して獅子奮迅の活躍を見せたシンだが、空中を陣取るアロアードからはバタフライザーをコントロールさせて逃げるばかりだ。特にアロアードMKⅡの攻撃は微々たるものとはいえ機銃攻撃が延々と彼へ降り続ける。
「雨が酷くてよく見えない! トライマグナムじゃ空の敵への射程に限度がある!! ならば……」
悪天候の中孤軍奮闘するシンにも限度があるのだろうか。だが、彼の瞳は全然諦めを知らない。
「トライマグナムオプション! パーツ1,3,4、5!!」
左手を前に延ばすと、左手首が)度折れ、腕部分からパーツが射出され長方形のライフルのストックに 値する形状のパーツ・トライサンダーを握る。
「トライサンダー! スタン・オン!!」
その時、シンの目の前へ低空飛行で急接近するアロアードが見えた。突然の接近に焦ったものの、トライサンダーの先端をアロアードへ押しつけることで、激しい電流がアロアードを襲う。
そして、アロアードが力を失い墜落する姿を見て、トライマグナムの後部にドッキングさせ、合体の際に排出された小型パーツが宙に浮くのを見逃さず、左手でキャッチしてジャケットのポケットへしまう。
「上空の敵へ的確に対抗するため、トライライフルを組み立てる必要がある! その為には合体の時間を 稼ぎ、地上の敵を近づけないことだ! 頼むぜバタフライザー!」
次にシンの左腕から射出されたスコープ型の筒状パーツ。トライスコープをトライサンダー側面へ取り付ける必要がある。
トライライフルを組み立てる際が最も隙の大きいこの瞬間、その隙を突かれたら敗北へ繋がる事も珍しくない。その為に隙を作らない、敵を寄せ付けないことが必要なのだ。
「地中潜航時限爆弾シェパード!!」
まず左手でベルトのダイヤルを回転しながら、バタフライザーの赤いパネルを踏む。それにより、機体前部から、シェパード犬を模した二つの物体が空いた口からのドリルで地中へ潜航させる。
その調子である程度の距離に位置するソルディア編隊をひるませるために、シェパードを地中で爆発させることで編隊の群れに穴を開ける。
何故最前線の敵を仕留めないのかは理由がある。最前線の敵はトライマグナムで対応できるからだ。
「トライサンダーの力を利用すれば、最前線の敵は何とかなる! 切り札を1発使える分だけのエネル ギーを残せばどうにかなる!!」
トライサンダーをドッキングさせたトライマグナムから放たれた弾は、頭部を貫いても弾の勢いは衰えず、その気になれば1度に2,3機のソルディアの動きを止めることが出来る。
「ここは念に念をいれないと多分死ぬ!」
トライマグナムを連射するシンは、上着のポケットへ目を向ける。そこには先ほどの余り、小型パーツが収められている。そのパーツを取り出して左ホルスターに搭載されたトライマグナムの側面へ取り付ける。
「こいつは強力だけどバッテリーの消耗が激しい。だからあくまで最後の手段だ!!」
ポケットへ収められたトライマグナムが、ホルスターからマグナムが取り出され、宙で回転して銃口が前面に向けられた形でグリップから再度搭載される。
「空中の敵にはダイヤモンド・クロスを射出して攻撃することぐらいしか対応できない……その間にスコ ープ、バレルを合体だ!!」
先ほどシェパードである程度先の相手を追い払った意義がある。穴のあいた所ゆえに攻撃の手がある程度弱まる。それを利用してスコープ、バレルをドッキングさせる時間を得るのだ。
「よし! 次はバレルだ……のあっ!!」
バレルをドッキングさせようとしたが、アロアードの大型ミサイル落下の爆風にあおられ、その衝撃でバレルが手から滑ってしまった。
「あぶねっ!!」
辛うじてバレルを握り直すシンだが、既にソルディアからのマシンガンが、ミサイルがシンへ向かって飛んだ。
「やばい! 抑えきれないっ!!」
僅かな時間のロスがシンを危機に陥れた。だが、シンの前方に銀の種らしき存在が割り込むように入った。
「シンさん、ここは私が沈黙させます。ですので早急な避難を願います」
「ミツキ! あれをやる気だな! バタフライザー……少しでも長く高く飛べっ!!」
カムクワートが変形し種状に包まれたミツキが到着。それにあわせて、バタフライザーが天へ向かう。
間もなくしてカムクワートの周辺に桃色の粒子が飛び、猛攻を重ねんと接近を続けたソルディアが移動、攻撃等一切の行動を停止した。
「シンさん、一定距離内の地上の敵は沈黙しました。この隙にトライライフルの合体をお願いします」
「あぁ! トライボンバーで……トライライフルだっ!!」
止めにドラム缶を小型化したようなマガジン・トライボンバーが連結。これによりトライマグナムはトライライフルへの合体シークエンスを終える。長い銃口を誇るライフルが火を噴き、先ほどから散々苦しめてきたアロアードら空中の敵に一撃をお見舞いする。
「シンさん。この先のマローン・スンプーまでの一本道を開くことは貴方に託します。私は貴方の援護に 回ります」
「オッケー!!これで切り込むその前に……」
緩やかにバタフライザーの高度を下げながら、上空からの追撃をトライライフルとダイヤモンド・クロスで黙らせる。
「バタフライザーに高空飛行は負担がかかるからな! ゴールまで持たせないとな……トライマグナムオ プションEXスタンバイ!!」
地面へ着地する寸前に、バタフライザーから円型のトンファーが取り出され、トライサンダーの離脱と入れ替わる形でトンファーが90度変形して一直線に伸び切ったマグナムの後部と連結。トンファーの持ち手がトリガーへ変形し、右手だけでライフルを掴む。
また先ほどの左ホルスターに収納されたマグナムがひとりでにシンの左手へ移動。マグナムとライフルの2丁を両手へ握る。
「これで血路開くぜ! でやぁぁぁぁぁぁっ!!」
シンの両手から弾幕が放たれ、機械群から一直線へ道を作っていく。弾薬が尽きると左手をリロードさせることに専念し、リロードを終えると宙に浮くトライマグナムを手にする。これを繰り返すことで半永久的に、本人の銃弾が尽きるまで血路を切り開ける。
「さすがシンさん。シューティングアームを装着してこそ本当のシンさんです」
地上の敵を一掃する事に専念しているシンに対し、ミツキはキキョウを操りながらアロアード編隊を片づけていた。
(先ほどの腕“コンバッツアーム”は諜報・工作用に開発された腕。ですがシューティングアームは最初 から戦闘に重点を置いて開発された腕で、腰の二丁拳銃トライマグナムをフルに活用させる為のパーツ を搭載しています。トライサンダーはスタンガンから銃床へ合体し、肩に合体させることで本体のエネ ルギーを借りて銃弾の威力を強化できます。トライスコープ、トライバレル、トライボンバーと共に合 体させた武器がトライマグナムです)
「少々もったいないけどこれで片づけてやる!! こいつで道を開けば後はゴールだけだ!!」
バタフライザーから射出された二つのパーツを掴み、シンはライフルを再度組み替えた。
(シンさんはトライカップバレルとトライスイッチを手にした。トライマグナムをグレネードへ変形させ るつもりですね……)
極太のカップバレルをトライマグナムの、トライスイッチを左腕から射出されたトライボンバーの、それぞれ先端に合体させて、トライボンバーをカップバレル内へ嵌めることで躑弾発射機として運用されるのである。
「これを使うことは全弾の半分近くをパーにしちまうけど。そんな事言ってられないよな!」
トリガーが引かれ、カップバレル内のトライボンバーが勢いよく宙に軌道を描いて飛び、着弾と同時に爆破四散して一定範囲のソルディアを散らせる結果につながった。
トライボンバーは通常のマガジンの5倍。計100発の弾薬を内蔵している大型ヘリカルマガジンだ。 だが、それだけではなくヘリカルマガジンの構成パーツ全体に炸薬が搭載された仕組みを持ち、合体したトライスイッチが信管・起爆薬の役目を果たし、炸薬が爆発することで内蔵された弾薬をも一斉に爆発する仕掛けなのだ。
「これであと少しだ!!」
シンは急いだ。トライグレネードによって開かれたルートを無駄にはしたくないからだ。豪雨が降り注ぐ中でも、シンは留まりを知らない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぬぅ……豪雨が酷いのぅ」
その一方、ムナトーベ国の遠征を終えて援軍をセキへ送った大元であるマローンと何人かの部下がとある地点で疲れを癒す為に休息を取っていた。先ほどまで遠征で暴れまわり、海を越えて往復をしてきたのだ。彼らの疲労度を考慮すれば打倒かもしれない。
「マローン様。この地での休息は不吉だと思われますが……」
「何故じゃ……そうか。ははははは……」
部下からの進言に対しマローンは一瞬顔を顰める理由を知る。だが、理由を知ったのか知っていないのか彼は笑いながら立ちあがった。
「400年前のこの地、桶狭間での出来事。日本列島3大奇襲と呼ばれた合戦の一つ……じゃがわしは同 じような失敗を取らぬ」
思い切り起ちあがったマローン。何を思ったのか腰のダイヤルを調整し、雨にぬれることを承知で前方へ出る。
「自分で言うのもなんだが、わしはビーグネイム大陸における五強の一角を担った華麗なる軍略家。相手 へ奇襲の機会は与えぬ。イストライバズーカ、イストライキャノン、イストライアロー!!」
背中からの“2門のキャノン砲、胸からのバズーカ砲、左腕からの弓矢。計4点からのロングレンジエネルギー兵器が一直線に放たれた。
「おわ!!」
マローンから放たれた四筋の光がシンとすれ違う形で飛び、そのうち一つが本人の頬をかすめた。
「何だ、ここからじゃ全く見えない!!」
「ふふふ。さすがの紅蓮の風雲児・シンキ・ヨーストを持ってしても敵に近づけなくてはただのサムライ ドじゃ」
「その声はまさか!」
腰の通信機から声が聞こえる。ゆったりとしつつも威厳を持つ声にシンは微かに震えた。
「そうじゃ。わしがマローン・スンプー。イーストオーシャン最強のサムライド、五強の一角を担い、今 は三光同盟東部軍団宿聖である華麗なる軍略家だ」
「いきなり称号と肩書きばっかか……俺は好きじゃないぜ。そう謳い文句みたいに言うのはよ」
「ふふ。まぁお主はその手の称号とは無縁じゃったからのぅ。じゃがお主の戦闘能力はわしをも凌ぐ。一 騎討ちなどの正攻法で挑んで勝てるかどうかわからぬ。じゃから、わしの十八番・ロングレンジ殺法、 お主が真価を出し切る前に仕留めて見せよう!!」
「ロングレンジ殺法? おわっ!」
ロングレンジ殺法。シンがこの戦法を知る前に四筋の光が自分を狙うように飛び、彼は身を地面に転がりながら回避せざるを得ない。
泥にまみれ、足を取られ、防戦一方のままトライマグナムを、トライライフルを放つ事も許されない。それ以前に標的が存在しないのだ。
「ロングレンジ殺法……さすが五強の一人ですね」
一方でミツキは後方からの敵を片づけることで精いっぱいだ。指揮官を討つ使命を帯びたシン。彼を守るために量産型兵器の梅雨払いは彼女の役目だ。キキョウを振るい、背中のカムクワートから放たれるビットで彼女は量産型兵器を次々と片づける。
(ロングレンジ殺法。戦いの中で見てきましたが、マローンに供えられた高性能センサーによりはるか遠 方の相手を捕らえ、イストライアロー、キャノン、バズーカの相手の射程外から高威力かつ的確な攻撃 を賭けることにより、反撃の機会を永久に与えずに相手を仕留める。それだけじゃありません……)
「はっ!」
ミツキはシンとマローンの戦いを考えながら、キキョウで青筋の光が放って、アロアードを貫通させた。
(ロングレンジ殺法はエネルギー、ビーム兵器の総攻撃。それだけなら相手のエネルギー切れを誘い込め ば勝因はいくらでもあります。このキキョウからのビームも放つのには限度がありますが……マローン は全身エネルギータンク。あの巨体の半分以上がエネルギーパックで構成されているのですから!)
「くそっ!!」
「シンさん……回避し続けるだけでは勝ち目はありません。エネルギー切れを誘う持久戦へ持ち込むこと が可能な程マローンは甘くありませんから……」
防戦一方のシンに届いているかどうかは分からないが、ミツキはそっと言葉を添えた。
「何とかしないと……そうだ。隙を突くことからだ。ミラージュ・シフト!!」
シンのバックルが輝き、先方から回転する形でもう一人の自分……立体映像が姿を見せた。
「こいつで隙を作る!」
まずシンは前方へ踏み出た。悪天候の中、まず相手の姿を目視できる位置まで移動しないと、反撃に移れないからだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふふふふ。相手の射程外から嬲り殺すことはあまり好ましくないが、強敵を少しでも弱体化させる必要 があるからのぅ……」
あれから接近に成功したシンだが、いまだに攻撃を仕掛けることが出来ず、ロングレンジ殺法に歯が立たないのだ。
「まぁ、あそこまで近づいたことはさすがじゃのう。命中率には自信があるがあそこまでよけ続けるのも のぅ。じゃが、近づけば近づくほど狙いやすくなるもの。お前が何度も回避してもわしのエネルギーが 尽きることはないからのぅ」
地面へ転がりながら回避するシンに対し、不動のまま攻撃をかけるマローン。この力関係の差は明白だ。
「マローンが引きつけられているおかげでなんとか、ここまで近づけた……あれだ」
そしてマローンの目から逃れる形で接近したシンが目にしたのは赤、白、青のトリコロールカラーで塗られた機械の鳥“カイドウⅠ世”の姿だ。カイドウⅠ世をテント代わりに、部下達は半ば雨宿りをしながら宴会気味のノリで観戦している。
「やっぱりな」
油断しきった部下の姿を見た途端、シンは勝利を確信した。さらに言えば彼前方のシンを仕留める事に集中しすぎてマローンは背中をがら空きにしている。このチャンスを持ったかのように彼の右腕のストラングル・チェーンをカイドウⅠ世の真後ろへ引っ掻けて、チェーンを収納する形で体をカイドウⅠ世の方向へと飛ばす。
(やはり背中が留守になりがちだよな……こういう攻撃ばっかりしてると。覚悟しろよマローン!)
心の中で叫びシンが飛んだ。彼の真後ろを貫かんとダイヤモンド・カッターを突き出しながら。
「そうくる事も想定していたわい……ミラージュ・シフト。その力の事も計算済みじゃったからのぅ!」
「……!!」
だがマローンは既にシンの計画を読んでいた。素早く後ろを振り返る姿を見レばシンの両目が見開いた。彼は腰から取り出した小刀を片手にシンを突き刺した……はずだった。
「!!」
三つの事態がマローンを襲うことになり、彼は目を極限まで見開いた。まず目の前のシンへ自分が振るった小刀・海刀が貫通したのだ。全く手ごたえがなく。まるで空気を刺しただけのように。
次に彼の周囲に爆発が巻き起こり、自分の視界が遮られたことだ。黒煙に包まれるだけなら、華麗なる戦略家が動揺する事もないが、最後の事態が彼に動揺せざるを得ない結果を与えた。
そして、最後の事態は……自分の背中から胸、腹に幾多もの風穴が開いたことだ。後ろを振り向いた彼は目の前にシンがいた。マグナムの先端から煙を吹いて。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「な、何じゃと……ど、どういうことじゃ!!」
「マローン・スンプー! ミラージュ・シフトから生まれた俺の囮がマローンの攻撃を引き付けているう ちに、本物の俺が後ろから奇襲をかけると思っていただろうな……二人の俺を二重の囮にしたん だ……」
シンの口から告げられる彼の戦術の全貌。その際の口調は勝利を得て楽観的なものではなく、激戦の中、死に物狂いで競い合った相手へ敬意を持ったかのように重い口調だった。
「二重の囮だと……」
「あぁ。あの時あんたの考えていた事をやろうと思ったけど、あんたは五強の一人。それじゃ通じないな と考えたからなぁ本物も囮にするのは結構ヤバかったぜ……。本当かわしてばっかりで、全然攻撃する 余裕がなかったからな」
「ぬ……しかし本物が囮になるとはお前はなんて無茶な……」
「それくらいのリスク、単独行動を目的に作られた俺にとって日常茶飯事。それくらい無茶やらないとい い結果は出ないからな。この世界の諺だと虎穴に入らずんば虎児を得ずという俺に相応しい諺もある ぜ。それはそうと……ロングレンジ殺法を得意とするあんただけど、あんたはそれを実行するために致 命的なもろさを持ってしまったとミツキから聞いてね」
シンの指がマローンの装甲に触れる。装甲に空いた幾多の穴からは赤く光る液体がドロドロと流れ、血の水溜りが足元に出来上がっている。
「ミツキの話だとあんたはエネルギー兵器を使用する際のエネルギー搭載量が他のサムライドより群を抜 いて多い。何故なら装甲と本体にエネルギーパックを内蔵している仕組み、本体に風穴を上げたらエネ ルギーが流出して動力炉の爆発に引火するように、あんたはこっぱみじんだってな! 俺が狙ったのは 勿論それ。さっきの戦いで爆発させずに取っておいたシェパードをあんたの足元へ誘導させて、爆発さ せることであんたの視界を遮り、後ろからの囮に気付いた際、視界を遮ることで俺はギリギリまであん たに近付いて……これでドーン!ってわけだ。苦労したぜ」
「そ、そうだったのか……お前が単なる馬鹿者、うつけとかと思っていたのだが……」
「へへっ。1対1は力だけでなんとかなるほど甘くないからな。でもミツキがあぁ言わなかったら俺もど うすればいいかわからなかったけどな」
改めてトライマグナムを彼の胴体に突き付けたシン。その口からは作戦の全貌を告げられ、彼へ勝利の意か、送別の意を、敬意の意が入り混じった静かな笑みが見える。
「ミツキ……あの戦乱の密使と名乗る小娘と何か関係があるのか。お前は……」
「まぁな。エンド国とミノ国が同盟関係で、ミツキがミノ国の客将扱いだった頃によく行動を共にしてた からな。あいつと縁がなかったら俺は今頃どうなっていたかわからないね。あいつに恩があって、俺は ただその恩を今回の戦いで返しただけだ……」
「そうか……ぐぐっ!!」
マローンの目から黒目が消え、エネルギーが漏れ続ける腹部を抑えて地面へ膝まづいた。致命傷を負ったマローンの生はもう僅かな時しか許されない。
「あわわわ……」
「マローン様がぁマローン様がぁ!」
「もう終わりだぁ!!」
マローンの死を前に、先ほどの宴会気味に観戦していた部下が我先へと逃げ出す。東部軍団はおそらく彼一人によって統率されていたに違いない。たった一点の頂点を失った軍団はガラスのように脆く割れやすい組織。これがそのいい例なのかもしれない。
「まさかわしが破れるとはな……」
「マローン・スンプー……俺がここまでない知恵を振り絞って作戦を練らなかったら間違いなく負けてい たな」
シンにとって送別の言葉を送ると同時に、マローンの胴体が内部から爆発し、破片のような残骸が吹き飛んで地面に落ちた。
「最初からクライマックスってこのことかな……あんたは2万年以上前から強かったぜ」
今までの疲れがどっと表に出て、シンがあおむけに倒れた。荒い息遣いと、呼吸運動が彼の疲労を現していた。
「シンさん……やりまし……」
駆け付けたミツキが彼へ労いの言葉を送ろうとした瞬間、彼女は見てしまった。爆発の煙から一本の三又槍が勢いよく飛び出し、真下へ、シンを突き刺すかのように落下してきたのだ。
「!!」
目の前に槍先が見え、シンは体を転がして攻撃をかわす。交わした先で、再度浮上する槍にはマローンの首が確認できた。
「これで終わったと思うな紅蓮の風雲児! わしは五強の一角、無様な死は恥じゃあ!!」
マローンの叫びと共に槍が下され、再度転げながらシンはこれをかわす。
「マローン・スンプー……首だけになっても俺を倒すつもりか! あんたが切り札を使って戦うつもりな ら、俺も切り札を使ってやるぜ!!」
シンは、左手首を折って腕から飛び出したトライサンダーとトライバレルを掴んで、横に転がりながらトライマグナムの先端と後方に連結させる。
腕に残されたスコープを地面へ投げ捨ててマグナムを腕に、オプションパーツが空になった腕に接続し、グリップを左手首と合体させる形で新たなグリップへ変形。右手がグリップを握ると同時に銃口が真紅に輝いた。
「死ねぇぇぇぇぇい!!」
「いけぇぇぇぇ! ブレイズバスタァァァァァァァァッ!!」
トリガーが引かれた。黒金の槍先がシンを貫く前に、真紅の光がマローンを射抜いた。
「はぁっ!!」
トリガーを離したシンの右手にはダイヤモンド・カッターが握られる。力が尽きたのか、地へ落ちていくマローンの頭部を串刺しに貫通した。
「……」
ダイヤモンド・カッターの先にはマローンの生首。シン対マローンの戦いはシンの勝利で終わったことは、誰が見ても明らかだ。
「マローン・スンプー……討ちとったり!!」
喉からガラガラ声でのシンの言葉。それは激戦を勝ち抜いた事を意味するものだ。笑みを浮かべながらシンは大の字になって目を閉じる。
その姿はまるで試合を終えた選手達のように力をすべて出し切ったものかもしれない……彼の勝利を祝福するかのように空は何時の間に雲がない晴天な青空だった。
「さすがです、紅蓮の風雲児シンキ・ヨースト。1対1ではまともに戦いたくない相手ですが……味方にす ればこの上頼れる存在……重いです」
ゆっくり近づいたミツキがシンをそっと抱え上げ、ひとりでに到着したバタフライザーの上へ彼を軽く放り込んだ。
2060年6月12日午後14時……東部軍団宿聖マローン・スンプー、桶狭間にて戦死。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「何っ!? マローンはんが戦死されたってほんまやろかぁ!?」
禍々しい暗闇を幾多もの蝋燭で照らす空間。そのうち東西南北に位置する四本の蝋燭の内一本の火は既に消失していた。
一人の男ケイを取り囲む形で存在する四つの大型スクリーン。そのうち映像が写されたその一面からガンジーが狼狽した感じでケイへ真相を確かめようとする。
「本当だ。マローン殿がこうも早く敗れるとは私にとって大番狂わせだ」
「そりゃせやろ! マローンはんを倒したのはどなたはんでっか~!!」
「シンキ・ヨースト。紅蓮の風雲児と呼ばれた男だが、大陸時代は特に名をとどろかせる程の男ではなか った……正直ノーマークだ」
今までの計画を破綻に追い込まれたのか、ケイは額を抑えながらマローンの死を悔やむ意と彼への憎悪が混じった声を出す。
「シンキ・ヨースト、奴は俺の標的だ! おいケイ! 俺だ!! 次の戦いは俺が出る!!」
「ちょっとスネーク! ケイ様に無礼を!」
「無礼もどうもあるか! シンは大陸時代からの俺の宿敵、俺の獲物だ!! 他の奴らに倒される訳には いかんわ!!」
誰もそのような事を言わないが、北部軍団のモニターにはスネークが荒々しく出撃を志願した。
「いやいやスネーク様、ここはむやみに出撃はするものではないと私は思うのですよ」
「黙れシックス! これは俺の戦い! お前はいてもいなくても変わらない存在はすっこんでろ!」
「ろろろ……スネーク様、そりゃああんまりですよ」
「ケイ! 俺はシンの事を一番知っている!! 大陸時代からの因縁だからな!!」
「ほぅ……」
スネークの激しい出撃への自己主張にケイは腕を組んで考える。だが、
「いやスネーク、貴様は確か大陸時代、国が同盟関係として仲間同士だったのでは?」
「何だとっ!!」
「そのような奴に単身で出撃することなど許せないな」
「む……」
「ふふっ。ですよねサクラ様? ここは私に出撃命令を……」
だが、ミランがスネークの出撃を反対し、直属の上司でもあるサクラの掌に頬を寄せる。その従順な態度。私は貴方のしもべです。貴方の忠実な部下ですと言わないばかりだ。
「ふふ……ミラン、貴方って方はいつもいつも……ペットにして可愛がりたい程いい子ですわね。ケイ 様! どうかここはそのミランを出撃させていただけないでしょうか」
「ミランか……ミランの鏡次元殺法は未曽有の恐怖になることは間違いないな」
ケイもミランを出撃させようかと考えていたのか、先ほどのスネークよりも好意的な態度を微かに見せる。
(ふふふ……ミランはいい子。ミランがシンとかどこの犬かわからないサムライドを仕留めれば、北部軍 団がトップを得て、私は玉の輿……ですわ!)
「貴様! 確かに俺は同盟関係でシンと縁があった! だが、俺は国の為に袂を分かった存在……シンを 倒すことが母国への最大の報いになるのだ!!」
「ほぅ。貴様は表ではそう言って、裏ではシンと結びついているのではないか!?」
「貴様ぁっ!!」
「やめてくださいミラン、スネーク! ここは争っている場合じゃありません!!」
「うるさい! 戦闘もろくにできないカスは大人しくしていろっ!!」
「う……」
スネークとミランの諍いを止めようとするトリィだが、ミランに彼女は怒鳴り返されてしまう。この光景からすると北部軍団の幹部関係は宜しいとはとても言えない。
「サクラ……お前の軍団、協調性が脆いな……」
「ケ、ケイ様……いえ、それは個々の戦闘意欲が旺盛で、幹部が皆他の軍団より能力が優秀なのです わ!! それゆえに多少の協調性の脆さをカバーできる個々の強さが……」
「それで裏切られたらお前はどうするつもりだ? 個々が強いからこそ裏切られた際の反動が痛い……サ クラ、北部軍団宿聖のお前なら分かるはずだが……」
「は……はい」
「もし幹部で裏切り者が出たら、その際は該当者を始末するのはもちろん、監督不届きで厳罰処分だ…… 軍団を統率出来ぬものが他軍団を出し抜くことは不可能だな」
「申し訳ございません……」
サクラの言い訳もケイにとっては全然意味のない。ケイの言葉はサクラにとってはやはり絶対なのでただ謝るだけだ。
「先ほどから北部軍団の面々しか言葉を聞いていないな。西部軍団宿聖ガンジー……お前はどう対応す る」
「ケイはん決まっておりますがな! わての西部軍団はそちらに関しては黙認、傍観、静粛を保つ事にし て、主命は現状維持のままにしとくわ! 申し訳ありまへん」
「ほぅ……」
「ガンジー? 貴方怖気付いたのかしら」
「まぁ待て。何かしら考えがあるんだろう。ガンジー、聞かせてもらおうか」
ガンジーの意外な返答に対しサクラがおちょくろうとするが、ケイは表情を変えずに理由を聞く事を選ぶ。
「はいな。ケイはんのことやのでお分かりだと思うんやが、まずマローンはんはビーグネイム大陸の五強 なのはご存じのはず! えらい申し訳ございまへんが、五強に名を連ならへんウチらにその一角を簡単 に倒せまっか!? 正攻法でやったら無駄に死者が出るだけでんがな!!」
「ほぅ……」
「そや! 無駄に死者を出すことは組織としてやってくには御法度! ここはまずそのシンとか言う奴の データを集めて、対策を練った方がえぇーや! このままやってもうたら赤字でんがな!!」
「なるほど……さて、宿聖の意見は私にも一理ある。他の者はどうだ?」
「ケイ様、私も同じです。ここは慎重に出るべきです」
「まぁ俺も同じってことにしといてくれ。面倒なのは御免だしな、最もそいつが美女だったら面倒でも手 を出すかもしれないけどよ」
「ケイ様。私は上官の命令は絶対、ガンジー殿の意見に従うまでです。いや、それとは別に敵を知らない で戦いに赴く事はタブー。戦場へ向かう者の基礎知識ともいえます」
「ほぅ……部下もろともその考えならば、私の言う事は何もないな……」
ケイの問いかけに対し、ライレーン、ザイガー、そしてハッター。以上彼の部下もが同じ考えを提示してきた。それを聞いてガンジーは微かに笑いながら彼への追及を終える。
「お前の意見は間違いではないな。さて、南部軍団宿聖カズマ。お前はどう出る」
「はいはいはーい! 勿論出撃でーす!!」
「ミー達合身巨神トライベガスチーム! 三位一体のトライアングルでがんばりまー……ひぃつ!!」
何故か名乗りでたヨシーマとイワーナ。だがイワーナを壁に貼り付けるようにショーテルが飛び、彼は壁へ叩きつけられてしまいヨシーマのリアクションは止まった。
「兄上……僕はこれで行かせてもらいます」
ショーテルを投げた主・カズマが取り出したのは2枚のトランプ。その絵柄はジョーカーとスペードの3だ。
「カズマ、それはどのような意味をあらわす?」
「兄上。この世界のゲーム“大富豪“ではジョーカーが最強ですが、スペードの3には弱い事を御存知で すよね」
「それくらい私でも知っている。スペードの3は弱小だがジョーカーを流す力がある」
「ええ。スペードの3は弱小ですが、1点に強い。そのようなサムライドをシンの元へ送り 込むのです」
「カズマ? そのようなサムライドを送る必要がどこにあるのですの?」
「はぁ……これだから。よくもまあ尻軽女に宿聖が務まるものだなぁと僕は思うね」
「な、なんですのっ!?」
「やめろサクラ、それにカズマ!!」
突っかかってくるサクラへ軽くあざ笑うように対応するカズマ。二人の衝突寸前の空気をケイの一喝で沈める。
「カズマ、その理由を説明してやれ……軍団の中にも理解がない者どもいるだろう」
「分かりました。兄上の命令となれば仕方ありませんね。弱小のサムライドでもシンを倒すことは不可能 にしても、ある程度のデータを集める事は可能。死んでも弱小一人二人を失っても痛くも痒くもない。 これが第一の理由かな」
(カズマはん……あんた殺生な事を考えるなぁさかい)
カズマの理論に対しガンジーは今一つ納得がいかないが、それを口にすると口論になりかねないので敢えて黙った。
「まぁこれなら、ダイヤでもハートでもクローバーでもいいけれど……」
カズマは笑いながら他の面々に見せた3枚のトランプを破って捨てた。そして先ほどのスペードの3をよく見えるように前へ押し出す。
「ここからがスペードの3ではなくてはならない理由です。ジョーカーに当てはまるシンにとってスペー ドの3になり得る存在はシンと深いかかわりがある存在。シンの事をよく知っているかと思います…… スネーク以上にね」
「お、俺より深くシンを知っている奴がいるだと!?」
「そう。しかも君の部下に彼はいるはず。わかると思うけれどね」
「まさか! あいつの事か!?」
スネークにはカズマの言った事に対しかなり覚えがある。だがその表情には驚きのニュアンスともとれる表情が見える。
「僕が知っている限りでは北部軍団中闘士ノーブル・ユーキ、彼がスペードの3だ」
「やはりそうか! しかしノーブルの奴はシンとは比べ物にならないほど弱い! それでも奴を行かせる のか!?」
「確かに彼は弱い。それは僕も同意しないといけない。でもそれはあらゆる敵を相手に想定した場合に見 た結果で、シンを相手にすれば、彼は能力以上に粘るはずだ。仮に敗れても大したことはないけれどひ ょっとしたらダークホースになりうるかも知れないね」
不気味な笑みを浮かべながらスペードのエースとジョーカーを重ね、両手でトランプを真っ二つに破った。
「こんな結果もあり得るわけだ。これが僕の考える作戦、スネーク。よかったらこの作戦に乗ってくれな いか?」
「スネーク! こんな方の意見を信じてはいけませんわよ!! 貴方は私の部下! 逆らいは許しません わよ!!」
「……」
カズマに協力を依頼されるスネーク。スネークの上官の立場として、またカズマを忌み嫌う故に彼女はカズマに協力を反対するが、
「うぬ! まぁノーブルごときに倒せるとは思えないが、その手の視線で考えるとまぁ悪くはない!! 俺がシンを倒す膳を立てることぐらいあいつにも出来るだろう!」
「ありがとう。話が分かる相手と打ち合わせることはは素晴らしいものだね」
「スネーク! あなた!!」
「黙れ! 俺はシンを倒せるならどのような手でも使うつもりだ!! はっはっはっはっ!!」
「く……」
スネークの意外な返事に対しサクラは歯を食いしばって怒りを表現する。最も当のスネークは大笑いをして聞いてもいないのだが。
「へへへさすがカズマっち。ヒララ、見なおしちゃった」
「うるさい……僕は兄上の役に立ちたいから動いているだけ。お前のような子供を喜ばせる事等考えてい ない!」
「むぅ~! いじわるいじわるいじわる!!」
カズマにかまってもらえなくてヒララがじたばたするが、カズマは全く相手にしないで不動の姿勢を保つ。
「これで決まったようだな……スネーク、そのノーブルを送りこむように頼むぞ」
「はっ……」
「では、以下を持って対策案会議を終える!」
ケイからの言葉と共に一斉に画面のスクリーンが黒くなる。そして、
「マローン殿が戦死するとは……マローン殿がいない東部軍団は烏合の衆。新たに東部軍団を形成する必 要があるな……シンキ・ヨースト、お前の名前は覚えておくぞ……」
マローンの死を無駄にはしないと、ケイは一人長剣を握り、宙を斬る。
「残る五強は難攻不落、不動の獅子ことポー・ジョージィ、西の謀聖モーリ・トライアロー、蒼き軍神ミ ーシャ・ツルギに紅き風林火山ゲン・カイ……少なくともこの何れかを我が陣営に加えなければの話だ がな……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
五強の一角マローン・スンプーの戦死。アナログな伝達手段しか残されていない世界とは反対にサムライド達にはすぐさまこの報せが伝わり、それと同時にシンキ・ヨーストの名前を日本列島に轟かせる結果となった。
関東の地……ムナトーベ国の攻撃に巻き込まれかつての都。今はもう瓦礫の山だった。
「さすが、難攻不落……こいつの壁を破る事はできそうにない……」
「ガウガウガウガオーン!」
三機のサムライドが力なく倒れ、彼らの前には狼のように四股で地面を支えて立つ一人の男の姿が。また、その後ろには淡い紫のチャイナドレスと腰までのパープルヘアーが荒れ狂う風になびき、美脚がスリットから見える。
「マローンさんとは三国同盟の影響で戦線を共にした身。その際マローンさんが目の敵として、目の敵に している紅蓮の風雲児の存在を聞かされていましたが……まさかそのようなことが……」
「ありえないありえないありえないことなのか~ガオーン!!」
戦離れしたような高貴かつ丁寧な女性だが、彼女が難攻不落、眠れる獅子として五強の一人に数えられるポー・ジョージィである。荒廃した地で彼女はただ一人戦場を歩く。化ほぼ人の住む事のない荒野と化した地で守るべきものもない。ただ襲いかかる存在から己の身を守り、返り討ちにする日々が続いていた。
「シンキ・ヨーストは聞いた話だと母国でうつけ者扱い、そんな方が大勝負で逆転勝利を収めてその名を 轟かせる。私のような人。それだけに油断はできないですね……ただ」
「ただ? ただただただ!?」
ポーは風の方角から進路を確かめて北東へ足を運ぶ。
「ただ一度名前をとどろかせてからですと、それから幾多もの脅威が襲いかかるもの。シンさんと同じ境 遇を得て名をとどろかせた存在はこの私とアキ国のモーリ・トライアローぐらい。この私もそれからの 困難を乗り切って五強に名前を轟かせる事になりました……紅蓮の風雲児が華麗なる軍略家になり変わ る一角になるか……あっけなく戦死するか……どちらでしょうね」
ポーはシンを半分自分に重ねて感慨深く語る。ひょっとしたら自分と同じ大物なのかもしれない。それまでは傍観すべきだと彼女は決めた。
「行きましょう北へ……この地にいても私が得られるものはなにもありません。私はこの新天地ですべき 事を探さなくてはいけません」
「がおーん!!」
荒廃した関東の地において、二人が目指す先は東北方面だ。そこに自分達がすべきことがあると信じて、二人は進むのみだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「パパン! 聞いた聞いた!? マローン・スンプーがシンキ・ヨーストとかいう人に倒されたって 話!!」
場所は変わって中国地方……戦火にもかかわらずほぼ無傷の屋敷に少女のあわただしい足音が聞こえた。
「なんじゃジュジュ! 今わしは日記をつけているところじゃから!せっかくの楽しみの時間を邪魔しな いでくれないかのぅ!」
「えー! だってだってマローン・スンプーがやられたんだよ! パパンと同じ五強の一角! 五強の一 角! ごきょーの……」
「あぁジュジュ! 分かっているから分かっているから!」
袴を着用した初老の男の元に、まだ小学生くらいの少女・ジュジュが慌ただしく廊下を走る。
「なぁ親父、そのマローン・スンプーがやられたっていうけど、そんなにすげーことなのか?」
「お姉ちゃん! これ結構重大な話だよ!!」
「そうじゃキッカ。これは結構重大な話。マローン側は計2500に対しシンとかいうサムライド側の軍 団は200。この数量的な差での逆転勝利は稀じゃぞ」
もう一方現れた彼女・キッカはメッシュの聞いたオレンジのボサボサ頭をかきむしり、特攻服を彷彿させる上着とポンタン、それに物騒な特殊警棒を片手にしている。
「確かに、あのときのイックシーマ戦争でも相手は2000、こっちは400で勝ったし、その前のカワ ゴーシ決戦ではポーが1100と8000の差で勝利した例があるけど……兵力比からするとこの二つ の戦いに勝るとも劣らない逆転勝利劇だよね、パパン!」
「そうじゃ。じゃがこの二つの戦いは色々謀や作戦による勝利だが、シンとやらはマローンの首をこの手 で挙げて勝利した……これは相当な戦闘能力を秘めているとみた」
男は温和そうな口調で真剣な事を口にして腕を組みながら考える。一見彼らは家族のような存在だが、彼らは全員サムライド。その男がモーリ・トライアロー。西の謀聖だ。
「敵陣を真っ向から切り込んで首を上げるとはなぁ……そいつは筋が通ってるぜ親父!」
「そんな問題じゃないよ! そのシンとかいう人とどう接するつもりなのパパン!!」
「どう接するかか……勿論わしら陰陽党は永久中立。他勢力との関わりは最小限に抑えるもの。今のわし らにできる事はわしらによって平穏を取り戻した中国地方を他サムライドからの侵略されないよう守り 抜く事じゃ……」
モーリは窓に顔を向けると、人々が町並みを復興しようと奮闘している。人々は今を生きようと必死に努力し、他人と協調を怠らない。モーリは彼らの建設的な再起への道を蹂躙させたくはないのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「マローン・スンプーがやられたとはな……」
「はい。ミーシャ様。どうやらシンキ・ヨーストというサムライドが直接彼の首をあげたようです!」
「ほう……首を上げたか。面白い」
「いかがなさいますミーシャ様、場所からするとまだ脅威になるとは思いませんし、特に 対する理由も ありませんが」
新潟の地では一人の男は、一人の白布に頭を包み、修行僧衣と袴を足して2で割ったような衣装に袖を通した人物に事件の全容を伝え、今後の対策を聞く。
「そうだな……なら放っておけ」
「やはりそうですか……」
「うむ。敵対する理由も同盟する理由も見つからない。私の敵は義を反し、義を卑下する存在。そして私 の友は義を愛し、義を崇拝する存在だ。義こそがすべてなのだからな……」
「義ですな? 義を愛し、義を崇拝する者が集い、義を反し、義を卑下する者を成敗する。それが義闘騎 士団の規律です!」
「うむ……報告は以上か?」
「はい!」
「分かった。なら下がれ。私は滝に打たれてくる」
その声と共に彼女は衣服を脱ぎ棄て、目を除いて機械に覆われた後姿を見せて滝へ向かった。
「ふぅ……」
「ふがふがふがふがふが……」
そして、報告を終えると彼は柱にきつく縛り付けられていた少女の縄を解く。縄を解かれた彼女はさるぐつわを外す。
「どういうつもりなんだいサイト!」
「いや、ナオ……その、えーと、その……ごめん」
「御免じゃないよ! ミーシャ様に僕を会わせてもいいじゃないか!!」
「いや、ナオ、お前が用件を伝えようとすると色々ミーシャ様を持ちあげすぎて事実が歪曲されるし、お 前のミーシャ様への愛が暴走すると困るし……」
「僕の愛が暴走して困ると言うのかい? 僕は一人の男としてミーシャ様を愛している!愛は素晴らしい 事じゃないかー!!」
「いや、お前女だろ……それにミーシャ様も女の方だ!」
「大丈夫! ミーシャ様は麗人のように振舞っている! そして私もそのように振舞っている。女が男と してふるまえば、どちらでもいけるのさ! そうじゃないかサイト?」
「いやいやいやそれ違う!! それ言ったら女装したら両性オッケーとかいう屁理屈じゃないか!!」
サイトは縛られた彼女ナオに対する屁理屈に頭を痛める。彼女は同じ騎士団のメンバーだが、ミーシャ への愛がただ事ではない。言動からすれば彼女の暴走っぷりが分かるはずだろう。
「神よ……もしいるのなら私とミーシャ様を結ばせてください……」
「いや、それは多分無理。……あぁよかった、こいつをさっきの場にいさせたら絶対滝へ向かっていた な」
「滝!?」
サイトのぼやきをナオの地獄耳は聞き洩らさなかった。滝のキーワードから彼女の脳へ連結される内容は、修練を兼ねた彼女の水浴びだ。そこへナオが割り込んだら大変な事になりかねない。
「おいナオ! どこ行くってーの!!」
「ちょっと精神力の修練にねって、僕を何故止めるのかい!? 僕は至って健全だよ!?」
「やーめーろ……とにかく自重しろ!!」
サイトはフルパワーでナオの動きを止めていた……。そんな二人とおそらく目を合わせないであろう。青髪の男が一人腕を組んで岩を背にもたれていた。
「やれやれ、これで大丈夫なのかよ……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お師匠!マローン・スンプーって確かお師匠の仲良しさんだった人っすよね!」
「仲良しさんか……懐かしいな。確かにあの男とは同盟を組んだ事もあった。しかしシンキ・ヨースト。 ひょっとしたら……」
「でもお師匠の方が強いっすよ!! 大丈夫っすよ!!」
「そうだな……そうあってほしいものだな!」
一人の少年が若い外見と共に歴戦の経験を持つかのように威厳を持つ男に話しかける。その少年は自分より長い槍を片手に、まだあどけない表情で笑って見せるまだ年端もいかない。
「あの男は俺の求める強さへの道を満たしてくれるかどうか……ミーシャに次ぐかあるいはそれ以上の強 敵になるかどうか……だな」
「ミーシャなんかこてんぱんっすよ! おいらが保証するっす! お師匠が最高っす!」
「こいつぅ相変わらず俺を褒める事が上手い奴だな……」
「へへへ……」
彼は少年の頭をなでる。ごつごつとした手だがその愛撫からは並以上の親しみを感じるようにも見えた。
「それはそうと、俺はミーシャとの決着をつけねば……あいつのせいで俺は……」
「お師匠……」
「ユキムラ、もしミーシャと決着をつけるときがきたらお前が一番隊長だ! 心してかかれ!!」
「はい! お師匠の為ならおいらがんばるっすよ!!」
ユキムラを可愛がる男がカイ・ゲン。肩書きは紅き風林火山。五強の一人で、総合的な能力を考慮すると屈指の実力者なのかもしれない。
そんな彼らの上に二人の人影が宙に浮く。レッドオレンジとブルーパープルの髪をなびかせて。
「ミツキ、どうやら凄い奴を仲間に付けたようだな……」
「ふふふ。これならミツキも大任が果たせそうですね……」
「ああ。復活したサムライド同志の小競り合いを終わらせて」
「2大勢力の総力戦で全ての戦い……ビーグネイム大陸からの戦いの歴史に幕を閉じる」
「三光同盟の最大対抗勢力を作るのはミツキ……お前の手にかかっているんだ……」
二人はすぐさま何処へと姿を消した。サムライド同志の争いは彼らにとって悲しい宿命なのか、それとも生きる意義なのだろうか……二万年の断絶を経て再開された戦いの日々をどう受け止めるかは彼らサムライド自身なのだから……。
続く
次回予告
「サムライドとは何か? 戦う宿命を背負った者たちに試練は課される。目の前に現れた彼はたとえお前を見下しても……シンよ、お前は彼を撃つ事が出来るか? 限界を目指すお前は情けを捨てる事が出来るか?」
次回機神旋風サムライド、「銃声よ!過去を断て!!」
過去をぶちぬく時は今だ!ライド・オン!!