第17幕 サムライドと化した少女
サクラ率いる北部軍団の総攻撃を、シン達はなんとか退けることに成功した。そして、敗戦を喫した主要北部軍団幹部が退く事を彼らは好機と見なし、シン達は滋賀と福井の半分を勢力下に置く事に成功。この時彼らの勢力ようやく三光同盟の1軍団と互角の勢力へと規模を高めた所まで達した。そして、シン達は自分達の組織を戦輝連合と名付け、三光同盟へ敵対する姿勢を明らかにした。
だが、シン達を囲む敵は三光同盟であり、第三勢力は存在しない。しかし、三光同盟にとってはシン達を囲む一方でその他の勢力とも関係を持つ。そんな第三勢力もまだ健在であり、五強においては、ミーシャ・ツルギの義闘騎士団が東部軍団のゲン・カイと敵対関係であり、モーリ・トライアローの陰陽党が西部軍団と休戦協定を結んでいる。
そして、あと一人の五強であるジョージィ・ポーと、彼女が率いるチーム厳龍の存在だ。最北東に存在する勢力がいま、中央へ迫ろうと、西への進撃を開始していた。
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「ガウガウガウ! アオーン!!」
世界各国との、そしてサムライド達の争いに巻き込まれる形で荒廃した日本列島において、最も損害が大きい区域がかつての首都が存在した関東地方だ。
関東地方に加えられる土地・栃木において、人の姿でありながら、四股を獣のように動かし、本能の赴くままに暴れる男がいた。紫の髪を震わせ奇声を上げながら、電気に包まれた両腕と両足で、迫るソルディアの頭を感電させては砕き、その頭を踏み台にして、野生児のように両手両足をひっかきまわしてアロアードをズタズタに切り裂いて見せる。
「アウアウアウ! 今日もノリがうまいうまーいうまいっ!!」
「ええ……ひぃやぁ!!」
「こ、こいつおっかねぇ!!」
「逃げるのか!? 逃げるのか逃げるのか逃げるのかぁ~!!」
この様な相手を前にして、迎撃にあたるサムライド達は後退せざるを得なかった。彼、シゲルの野生じみた猛烈かつ苛烈な戦いを前に、彼らは気迫で敗れてしまったと言ってもいい。
だがしかし、彼らには戦略的な後退もあった。シゲルを相手にしなくとも他の相手から叩く手も存在する。彼らの目標は、シゲルの真後ろで進撃を試みるビーグルの存在だ。
「あのライドマシーンを狙えば、この厄介じみたサムライドを追う事が出来るかも知れないぞ!!」
「あ、ああ……ん!?」
「どうした!?」
「いや、このビーグルに攻撃しても全く反応がないんですよ!!」
サムライド達の標的は後方のビーグル・マイザーワルドへ向けられた。1人の命を受けて部下と思われる2人のサムライド達はマシンガンとバズーカ砲を放ちながら猛攻をかける。
だが、トリガーを弾いて一斉に放たれる銃弾と砲弾の雨は全然効果がない。何故ならビーグルへ着弾する前に銃弾と砲弾は、まるで何かに弾き飛ばされるか爆発を起こしてしまい、マイザーワルドへ傷一つもつかない。
「どういうことだ……」
「さ、さぁ……」
攻撃が通用しない理由を彼らは知らない。だが、答えはマイザーワルドの後から前へ、カーブしながら現れた鮫を模したライドマシーン・カワゴシャーク。ホバーで浮遊しながら疾走を続けるカワゴシャークに乗る1人の女性に秘密があった。
「あ、あの女ですよ!」
「あの女は確か……難攻不落、眠れる獅子! ジョージィ・ポー!!」
「ご名答ですね」
彼らに名前を呼ばれたポー・ジョージィ。五強の一角である彼女が誇る能力。それは背中のバックパックから上、左右に展開されたアンテナから張られるO-DAWAシールド.の存在だ。3本のアンテナを起点として、展開されるO‐DAWAシールドに身を守られながら、、彼女はシールドの力を借りてソルディア達を、まるで車がフルスピードで人を轢くように軽々と弾き飛ばしているのだ。
「ふふ。私の名前を覚えてもらえるのはうれしいわ。一応五強の一角だからかしら」
ポーに警戒してか、距離を置いてから一斉砲撃を続けるソルディアだが、軽やかな動きと共に障害物を切り抜け、ソルディアを追い詰めては一斉に弾き飛ばす。
このまま相手の本拠地へ畳みこもうとポーは考えている。しかし、ただ弾き飛ばすだけの倒し方に芸がないと思ったのか、彼女は背中のバックパックの左右に備えられたアンテナパーツを両手に握り、後方で砲火をやめないソルディアの懐へ入り、アンテナパーツの先端をビーム砲として彼女が奮う。
「なんと……五強の1人を俺達が相手にしているのか!!」
ポーと戦っている事実、彼女の猛攻に本拠地で指揮を執る中年の男らしきサムライドウツノは彼女の実力を前に恐怖感を持つ。
「親父! どうするんだよこんなことになりやがって!!」
「あ、兄貴!!」
「クニト、ヒロト止めないか!!」
ウツノの後継機、そう彼の息子らしき2機のサムライド・クニト、ヒロトをウツノは一喝して右手で持ったリモコンを取り出してボタンを押す。
「こうなったら、ウツノ軍のソルディアカスタムを出動させるしかない!!」
「親父! 親父や俺達は出撃しないのかよ!?」
「兄貴! そう血気盛んになったらダメだぜ!!」
「そうだ! クニト、ヒロト、俺達はここで引く事が最優先だ!!」
「父さんはまだ負けたとは考えていないよ兄貴! まだ何処の勢力も噛んでいない空白地帯で再起するつもりなんだよ父さんは!!」
「そ、そうなのか……親父」
「そうだ! 俺達はポーが相手とは知らないで、いやあいつ等が勝手にこちらに迫ってきたからには許してもらえる訳がないから仕方がない!!」
ウツノが言うにはポー達は何の関係も非もない自分達を襲いかかって来た模様である。攻撃を受ける理由もない彼らはここで死ぬ訳にはいかない。彼らは撤退戦として全力を奮っているのだ。
「とにかく! ここでポーを倒せば俺達が五強に名前が轟くかもしれないのによ!!」
「兄貴! ここでは無駄な野心を持つより生き延びることだよ!!」
「そうだ! 生き延びる事最優先だ!! その為には、俺達のソルディアカスタムで時間を稼いでもらうのみだ!!」
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「若! ここは若が出る幕ではないと拙者は思いますぞ!!」
「うっせーなコジロー! 俺様は暴れたりないんだよ!! この位の雑魚くらい軽いウォーミングアップなんだよ!!」
ポーが率いるチーム厳龍は遭遇した相手に一方的にケンカを売りつけている。リュウとコジローの2人も彼女の仲間として、ウツノ達の撤退の時間を稼ぐソルディア達との交戦状態だ。
自分自身のライドマシーンであり、おそらくチーム厳龍の移動拠点でもあるマイザーワルドを動かす為に、1人マシーン内部で留守番を担当するコジロー以外は既に敵陣で暴れ回っている。余裕を見せて相手へ電撃を浴びせるポー、本能のままに暴れるシゲルとリュウ合計3人がチーム厳龍のフォワードだ。
「ヒャッハッハー! マダマダマーダだねおチビちゃんよ!!」
「何ぃ!? おい、テメぇどういうつもりだ!!」
「こーゆーつもりでバーン!!」
リュウがドックガーンとジゴク・ライシスの二丁で相手を迎撃するが、そこでシゲルが彼を挑発する行為を取った。
挑発と共にシゲルは、まず両腕に相手のソルディアの頭を握っては同時にぶつける。次に既に機能を停止したソルディアをそのまま真上へ持ちあげる。そして最後に真後ろへ機体を叩きつけて背後の敵を叩き潰す。この順序を素早く行ってシゲルは4機を叩き潰して見せた。
「へへへ! 自分が大したことなけりゃこんな技出来やしませーんということなんだがな!! ヒャッハー!!」
「何だとてめぇ……馬鹿にしやがって!」
「若! 若にはシゲル殿のように蹴る殴るよりも、ジゴク・ライシスとかで攻撃する事が一番利口ですよ!!」
「コジロー……俺様を馬鹿にしているのか!?」
「いや、そういう訳ではありませんぞ! 人には得意不得意がある者です! シゲル殿のやり方は野獣と化したシゲル殿だから出来る事ですぞ!!」
「そうそう! 得意不得意あっても仕方なーい! 仕方なーいことなんだフャッハー!!」
「てめぇーら! 俺様の凄さが分からないなら俺様がてめぇを殴り殺してやるよ!!」
「なるほど……っていや、それはダメですよ! 若!!」
「にゃははは! やんのか!? やんのか!?」
「シゲル殿! あなたまで同じような事を、若を刺激させるような事を言わないでくださいよ!!」
「ヒャッハッハー!!」
リュウ自身が何事にも張り合うような性格の持ち主であるが、シゲルは天然か確信かは分からないが、火に油を注ぐような発言をお構いなしにやらかすサムライドである。この様な相手に生真面目なコジローの突っ込みはあまり効果がない模様である。
「ここで俺様が参ったと言えば俺様がこんなキ●●●に馬鹿にされる! 遠慮はしねぇ!!」
「ひゃっほぅ!」
「あぁ……ちょ、ちょっと!!」
コジローが突っ込む間もなく、リュウとシゲルが激しく衝突を開始しようとした。だが、
「なぁぁぁぁっ!?」
「ひゃっはぁぁぁぁぁっ!!」
そんなリュウとシゲルを裁くかの様に両者の背中に激しい電撃が走った。2人がその衝撃に耐えきれずに一度ばったりと前のめりに倒れた後ろには、にこやかな笑みを浮かべながらオダワショッカーを握りながら立つポーの姿があった。
「あらあら。喧嘩はめ~ですよ? 私達はただでさえ5人の少数精鋭のサムライドチームなんですからね」
「あ、あぉーん……」
「お、俺様はまだチームと認めてねぇ! あんな狐のようにせこい女やこんな●●●●と一緒にされてたまるか!!」
「ちょっと若! とりあえず言葉には気を付けてください!!」
2人を子供のいたずらを諭す母親のように叱るポーに、シゲルは犬がじゃれつくように彼女へ恭順の意思を見せるが、元から彼女の部下でもないリュウは突っぱねる姿勢を止めない模様だ。
「あら~シゲルは素直なのに、リュウちゃんったらしょうがないわね~」
「ちゃん付けするな! 俺様を子ども扱いするな!!」
「えーと、大陸歴168年……妹のテストを兼ねた模擬戦で調子に乗って……」
強気な姿勢で反発を止めないリュウを見れば、ポーが何やら勝利を確信したような笑みをちらっと見せた。それからなにやら分かっているような表情で、彼の過去を語り始めようとした瞬間だ。どうやらよからぬ事を知られたのかリュウの表情が急激に赤く染まり、驚きへと変わり、肩目を見開いて先ほどまでの自信があたふたとした感じとなる。
「若、まさかまだそのようなトラウマを……」
「う、うるせぇ! 俺様以外の奴は屑だとかいってな、あれはナルミが反則使うからだ!!」
「えーと、リュウちゃんは身体にダメージを与えるより心にダメージを与えさせる方がいい気がしたからねー(あ、この話本当なんだ)」
「誰から聞いたそれは!!」
「えーと、アキちゃんがリュウちゃんの弱みとしてアキちゃんから教えられたとでも」
「若……」
ポーがリュウのトラウマを口にしようとするが、コジローの言葉の様子では、そのトラウマがどうしようもない話のようだ。彼が操縦席の中では半ば笑いを抑えている。
「えーと、じゃあ反応がないからこの続きを出そうかと思います。リュウちゃんは妹との決闘で負けた罰ゲームとして……」
「あー! あー!! わかった、わーったよちくしょう!! 今回は大目に見てやりゃーいいんだろゴラァ!!」
「ゴラァ……って若、相手の方は五強の一人と呼ばれた方でして、そのような口調では……」
「まぁまぁ。五強の一人とは言っても、私は守る事しか取り柄はないですよ?コジローさん」
「いえ、その守る力がポー殿にあるからこそ……あのような真似が出来るのではないかと……それに」
あのようなとコジローが言う理由は、ポーの最大の武器ともいえるO-DAWAシールドの事だ。戦況は多勢に無勢。量産型兵器の編隊が数で圧倒的に勝っているはずだが、O-DAWAシールドが量産型兵器を寄せ付けていない。だからシールド内部でポーがお説教をしたり、コジローが突っ込みを入れたり、リュウが赤面したり、シゲルが相変わらずフリーダムに荒野を駆けまわっているのである。
「謀聖のモーリ・トライアロー、ロングレンジのマローン・スンプー、切り込みのミーシャ・ツルギに最強軍団トップのゲン・カイ……ときて鉄壁のポー・ジョージィなんてあまり大したことないですよ」
「いえいえいえ!五強としての特色を持ちだして自分を自重しないでくださいよポー殿!あなたがそのような事を言われては拙者を始めとする凡庸な皆さんがどう思われるか分からないですよ!それにですね……」
「コジローさん、敵ですよ!」
「ええっ!?」
ポーは自分を謙遜しているが、あくまで五強の一人。緩い所は緩くすれば、締める所は締める女性である。その他のソルディアを押しのけるように、全身を赤く塗装され、2倍ほどのソルディアが堂々と接近しては、左腕と右腕からはビームがシールドを突き破り、たまたま着弾付近にいたリュウが爆風で吹き飛ばされたのだ。
「のわっ!!」
「若ぁーっ!!」
「新手のソルディアですね。量産型兵器でもシールドが破られる時があるとは思いませんでしたが……」
シールドの一部が破られると、ポーはすぐにシールドを切ってアンテナパーツを両手に持ってからしゃがむ。
「なるほど私を倒す為の様な切り札ですね……ですがこのような意志のない機械の塊に私は負けるつもりはありませんよ! シゲル!!」
「おおっ! あれだな! あれだなあれだな!!」
「そうですよ、あれをやりましょう……はっ!」
「おぅ! きたきたきたきたきたー!!」
ポーは後方から迫るシゲルを察知して飛んだ。シゲルが乗るライドマシーンと思えるビーグル・サラマンダーが突っ走り、マシーンからはドライバーのようなパーツを繋げてパーツの持ち手と腕を追うカバーを兜の様にして被る。
「フォーム・チェンジ!ガライオー・リア!!」
そしてシゲルがマシーンの上部のカバーをぐるぐる巻きにするように身体に括りつけて、残された土台から飛び出して見せた。前方へジャンプした彼は素早く両腕と両足を地面へ付けて、彼の本来の性格らしく野獣のような速度で駆け、頭の先のドライバーの部分が縮み、兜が鬣のように広がってから大地を走りだす。
「出ましたな……。シゲル殿がライド・クロスしたお姿、ガライオー・リア!!」
「コジロー! なんだそのガライオー・リアとかは」
「若、シゲル殿はあれでもポー殿の右腕。大陸屈指の夜襲と言えるカワゴーシ戦争でポー殿を乗せて10倍以上の連合軍に切り込んだ逸話があるのですよ!」
「そんな昔の話俺様知らねぇよ!!」
リュウは全く興味はないが、コジローは過去の戦いで名を残した姿を前にして操縦席の中で震えが収まらないようである。
「では、いきましょうか!」
ポーがシゲルの首に着地すると、2人を包むようにO-DAWAシールドを展開させる。この姿のまま走るガライオー・リアのシゲルを阻む者は何もいない。彼は思いっきり前方へ飛ぶ。光を帯びながら飛ぶ彼女はアンテナパーツを両手にして素早く、早くもソルディア・サルトの攻撃の死角へ向けて突貫を図った
「ノーザン・ブレイカー!!」
そして、ポーがすぐにアンテナパーツへ背中のバックパックに装着して、シールドの形成に貢献していたアンテナのようなパーツを引き抜き強大な剣ノーザン・ブレイカーを引き抜く。
そして剣を空中で標的へと投げつけてから、彼女が柄へ向けて急降下を開始すると、剣の柄が彼女の足底に接続された。
これにより、足底を鋭利な兵器と化したポーの身体が縦回転を開始し、地上で飛びかかったシゲルはぐるぐると横回転で己の牙でソルディア・サルトを標的にして向かう。
「これが決めてです! 十文字斬突!!」
「がうがうがうがうがおーん!!」
十文字斬突。それがポーとシゲルのコンビが放つ必殺技である。ライオンのような姿と化したシゲルの上にポーが乗りながらO-DAWAシールドを展開させながら突撃をかます。
次に、突撃の直前にポーが飛びあがり、柄を足底からのスタンドに接続させて足底の柄、背中の二つの発生装置を合わせた三点を円錐状のエネルギーシールドに展開させる。
この行動を瞬時に行い、2人の攻撃が始まる。ポーはかかと落としの体勢を決めながら激しく縦へ回転させて、シゲルの牙が相手を貫いて飛び出たと同時に、彼女は縦へ、まるで回転鋸のように敵を真っ二つにして見せた。
「ごめんなさいね。私は皆さんのトップとして個々で倒されるわけには行けませんから」
そして、ポーはノーザン・ブレイカーを握って剣を構えたまましゃがむポーズを決めた。
「さすがでございますな……ポー殿は」
「へっ!あんなの二人がかりでやっただけじゃねぇか!!」
「そういうものでしょうか……」
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「父さん……なんとか逃げのびる事が出来るかなぁ……」
「だ、大丈夫だと思う! あのソルディアがそう簡単に倒されるはずはないからよ!!」
「本当に大丈夫なのか!? 親父!!」
それからウツノら3人の親子サムライドは茨城の方面へ落ちのびようと全速力で逃走を行っていた。だが、
「やはり、言わんこっちゃないですなぁ……ウツノ様とはいえ所詮ただのサムライドということですか」
「な、なんだと!?」
だが、突然自分達を侮辱する声が聞こえた為ウツノは足を止めた。だが周りを見渡しても声がする所はなく、通信機からの連絡も一切ない。必死にあたりを探し回ろうとする彼らだが残念ながら時間が無駄になるだけだ。
「まだ分からないのかしら?」
その時、建築物の残骸が散らばる目の前の地点で、空間が歪んだかに見えた。まるで空間から一面の背景に皺が現れ、徐々に黄色一色の区域が目に見えていく。そして、布が後ろへ回り込むように動いた時、そこには金髪を腰まで伸ばし、耳を頭に生やした少女の姿があった。
「お前はまさか!!」
「はいはーい。謀略七変化ことアキ・モガーミィ。サムライド界における爪弾き者ね」
アキはまだ年端いかない外見ながらも、大の大人を飲み込もうとするほどの深く、計画通りに練ったような笑みを見せる。チーム厳龍において唯一戦線に存在を確認できなかった彼女は、最大の特徴ともいえる九尾の力を借りて背景と一体化しながら、ウツノ達の追跡を行っていたのだ。
撤退に疲れた彼らを包囲にかける時は今だ。アキは指を鳴らすとともにウツノの周囲には彼女の笹切が飛んだ。
「親父!?」
「父さん!!」
「はい、そこのあんたたち。この笹切を一本でも攻撃したらあなたのお父さんがどうなる事か。あと、父のあんたが逃げたりしたら……死ぬよ」
「ぬぬぬ……」
アキの言葉は決して脅しではない。彼女の身体から飛び出した幾多もの小刀“笹切”は彼女の意思で操られるオールレンジの兵器だ。ウツノもこの兵器の存在は知っていることから恐怖を隠しきれない模様だ。
「ま、ままま待て! 俺はあんたを特別恨んでいないし、何かに命令されて戦っているわけじゃないぞ!!」
「あら、命乞いかしら?ま、いつでもあんたを殺す事が出来るから、聞いてあげるけど」
「何だとゴラァ!!」
「兄さん!!」
ウツノの弁明に侮辱するような顔を向けるアキ。そんな彼女を見るとクニトの心に火が付いたかのように叫んだ。
「大体あんたが何の理由もないのに俺達を襲おうとしたからこうなったんだ! 親父が殺される理由なんてどこにもないじゃねぇか!!」
「相手を攻めるのも殺す理由がない?」
「理由ならあるわ。あたしにとっちゃサムライドは一人でも多く片づける存在だからよ!」
だがクニトの叫びはアキにとって痛くもかゆくもない程度の話だ。彼女は相手を滅ぼす為に戦う目標がある。強者にはゴマをすって猫を被る彼女だが、弱者には存在自体が悪とばかりに彼女は苛烈な女として戦場に現れるのだ。
「クニト! 」
「ほぉ。何にでもなるし何にでもする?」
「そ、そうだ、元々あんた達に恨みはないしお前たちの力にもなるし、どんな命令だって受けるつもりだ!!」
「ふーん……」
アキはしばらく腕を組んで考えるが、それはあくまで演技の一つにすぎない。彼女がゆっくり目を開けて指を鳴らした時が全ての答えだ。
「ひぃぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
兄弟二人が震えた。何故なら笹切が一斉にウツノの体を突き刺したからだ。突き刺された個所からは激しく鮮血のような液体が飛び散り、アキの顔にも液体が付着するが、彼女は腕で血を拭うとぺろりと舌で嘗めてキューコンロバズーカを片手に一歩ずつ迫る。
「黒ひげ危機一髪のようにはいかないわね……」
黒ひげとは樽に幾つもの短剣を突き刺して、閉じ込められた海賊を飛ばす玩具だ。全身を笹切で刺されたウツノには似た点があるが、何も飛び出さない、せいぜい血潮が飛び散る点が最大の違いだ。
「ホロホロホロ!」
アキが頭に手を当てると、彼女の頭髪が本来のツインテールの形状へと戻る。それと同時に彼女の右手にはサイジュは化けたバズーカ砲が握られていた。
「さて、ここにバズーカを……」
アキは臆することなくウツノへ近づき腹の笹切をグルグルに回して、傷口を広げた。そして、砲身を差しこむほどの広さを持つ傷になると、キューコンロバズーカを差しこみ、トリガーを引けば……彼の首の部分の爆発とともに首が飛んだ。
「これでよしと……何でもするから命は助けてくれなんて矛盾している発言なのよ」
「あ、あ……」
「まぁあんたが死んで、あたしを満足させてくれただけありがたいけどね」
「てめぇぇぇぇ!!」
アキはウツノを破壊した後も全然悔む事も、戦意の鈍る事もない模様である。そんな血も涙もない彼女へクニトがビームサーベルを展開して切りかかろうとしていた。
「邪魔よ!」
ウツノの生首を軽く蹴飛ばして、アキが笹切を投げて付近の樹へ頭を刺し終えた時だ。すぐにクニトの接近を察知して、キューコンロバズーカがクニトを軽く射抜いて屍へと一瞬にして変えた。
「さて、この世界のゴミは排除しないとね……最もあたしたちもこの世界ではゴミにすぎないんだけどね」
「あ、あ、あ……」
クニトが倒された次は、ヒロトだろう。アキは一歩一歩小動物のように震えるヒロトに近付いていくが、一歩一歩近づくにつれ、彼女の表情が切り替わった。
「あんた、どうしてもってなら今回だけ見逃してあげるけど?」
「……」
なんとアキは彼女からすれば目の前のゴミにすぎないヒロトに対して命乞いを許容する姿勢を見せた。ゴミを徹底的には以上する彼女の考えとは大きく異なるものであり、違和感を抱かせるだろう。
「そうはいかない……屈してたまるか!!」
「そう……」
だが、ヒロトは全く考える事を必要とせずアキの心意気を拒んだ。最も父と兄を目の前で殺した相手に見逃されてもプライドを踏みにじられているようなものだろう。
相手がその様な反抗的な態度をとれば、アキが彼を活かす理由はない。指先一つで動いた笹切が一斉にヒロトの身体を突き刺して、また動かぬ機械と化した。
「馬鹿なゴミね……大人しく逃げるなどしたらあたしも殺さなかったのに……」
この台詞を告げてアキは仲間達へ合流を図ろうと後退する。ただ、彼女は頭を軽く押さえてだ。
「私も甘いのかしら。まだ私も呪縛から逃れていないのかしらね……」
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ウツノらを下してチーム厳龍は南西への進撃を開始した。以東の方面にもまだ敵となるサムライド達の存在はあったが、彼らは関東地方への進撃を選んだ。
南西への進撃行為の理由は、まず関東平野が他国の攻撃を受けてすでに壊滅状態にあった事だ。その地で目覚めたポーによって関東で反発するサムライドの存在がほぼ少なく、非常拠点の民衆から彼女が守り神のような存在感を既に得ていた。
次に、関東より先にまだ見ぬ敵が存在しており、その存在を片づける事がアキの、またチーム厳龍の存在意義だからだ。
「あらゆるサムライドを皆殺しにする事が平和への最短ルート」同胞のような存在をこの手で滅ぼす事を好んで受け入れ、アキにとって今の4人は目的を達成するために必要な道具のような存在。これ以上道具を増やしてしまえば自分の目的を成し遂げるためのはずが手を煩わせてしまう。だから誰であろうと破壊する事が少数精鋭チーム厳龍の使命だ。
そしてチーム厳龍は、ポーが勢力を奮った第二の故郷へ帰還。一方的な進撃に少しの休息を挟んだ。
「しかし、拙者はここまで歓迎を受けていいのでしょうか、若」
「いえいえ、ポー様の仲間であれば誰が貴方達をむげに扱う事が出来るかってーの」
「そうですよ。ポー様はこの世界の守護神ですから」
「へへへ、なーに俺様の実力がこの世界で知れ渡っている証拠よ! 気分いいな!!」
到着した非常拠点では珍しくライドマシーンや量産型兵器の修理を人々が行っている。よほどポーに対する人々の信頼が絶大な証拠である。コジローは慣れない優遇に戸惑い、リュウは自分を称えていると勘違いして上機嫌の状態だ。
「そーそー!こーゆーの悪くないんだっひゃー!!」
そして、シゲルは子供達とのボール遊びに無邪気な心で参加していたりする。リュウとシゲルが能天気のままだが、コジローだけが元々生真面目な性格もあって冷静に考えている模様である。
「シゲル殿も若も気楽でござる。拙者がもっと強ければこう心配する必要もないのですが……」
このような弱音をコジローがぼやく理由は自分の不甲斐なさだ。常識や知識においてはリュウよりもまともであって必然の彼だが、日本列島のサムライド全員からすればコジローはひよっこの部類に分類され、リーダーとして引っ張っていくには実力や経験でも発展途上の位置の実力しか持ち合わせていないだろう。
自分を過信して溺れているリュウはまだ子供、シゲルは第1世代と歴戦の戦士だが、残念ながらポーに従う忠実なバトルマシーンである事を長所としており、戦闘力がずば抜けている事を除けば、今のように子供と本音でじゃれあう良くも悪くも野生の男だ。
そしてコジローは自分自身が押しが弱く、引っ張ろうとしても相手を引っ張れない事を認めている。寄って答えはこの3人には統率力がない。ならば男三人を女二人が引っ張っていかなくてはならない。
これらの理由で、五強の一人であり穏やかな母性を振りまくチームの母であり、超一級の能力を持ち合わせるポーとずば抜けて頭がキレるアキは、まさにチーム厳龍の生命線だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ポー様、今回の件はありがとうございます。もう少しで私の非常拠点までもが」
「いえいえ。今までは私の気まぐれや身を守るために戦いましたが、今回からはこの子のおかげで明確な目標が生まれまして」
チーム厳龍における頭脳役の女2人ポーとアキは非常拠点の責任者と交渉中だ。スキンヘッドの中老男性は、ポーについて理解があるようで、彼女もまたアキを紹介しようとした。
「アキ・モガーミィ。あたしは絶対人を傷つけない。壊すのはサムライドのみの流儀よ」
「ほぉ……サムライドでありながらサムライドを殺す。私たちからしたらありがたい話ですが……珍しいですね」
「……」
「アキちゃん……?」
「いや、すみません。ひょっとしたら私がアキへ怒りを買ってしまいましたらお詫びは」
「大丈夫。ただ私はサムライドがいる限り争いは絶えないと解ったのよ」
「そうですか……」
「そうよね。私もアキちゃんの考えには納得がいくところがあるの。大陸時代の私は広い国よりも人々を守るために戦っている事に精いっぱいになっていて、ほかの国の事を考えた事はありませんでした」
ポーは現在、自分の持論を責任者へ明かす。彼女は自分が眠っている間に国が滅びてしまった現在に対しどうすべきか答えが見つからなかった所、アキとの出会いを経て、日本中のサムライド同士の争いが、何も関係のない人々まで巻き添えにしてしまう事実を知って、サムライドを全て根絶やしにして人々を守ると決めた事だ。
「最も私は一人しかいなかったから。何をすればいいのか分からなかったからかもしれませんけどね」
そして、ポーの表情に陰りが見え、少し顔を俯かせながら声のトーンがやや下がり気味になる。
「1人? シゲルの存在は」
「シゲルちゃんはシゲルちゃんよ。ただ私にもアキちゃんとかリュウちゃんとか同じくらいの子供がいてね」
「子供……え、えーと……誰?」
「ふふふ。情報通のアキちゃんにも知られないように骨を砕きましたからね。まぁ私の後継機として4人の子供がいて。ほら、私は第1世代の旧式ですから寿命もありますから」
「で、その子供は……?」
「無事だったら、アキちゃんについていく事はしていないわ?」
「……」
アキの発言が答えそのもの。少なくとも彼らの後継機はもうここにはいない事なのだ。
「眠りに着く前に私は無事脱出する様子をみたけれど、あの子たちの眠っているはずのソウルシュラウドの中には、誰もいなかったのよ」
ポーにとって期待をしていた彼らが蒸発した事が無念に違いないだろう。その無念の気持ちを捨てて彼女はアキの野心を自分の心の隙間を満たす何かがあると信じて、軍を進めているのである。
「アキちゃん。私が同類を皆殺しにしている事は、子供達がやられた腹いせかしら?」
「いえ……それはないと思うわ」
ポーの口から漏らされた自分の戦いの動機にアキの言葉は詰まったが、理由を聞けば彼女の同意は決して上塗りのように薄っぺらいものではなく、真剣な表情で首を盾に振った。
「なるほど……ポーさん、貴方の決意は私も解りましたし、私たちもなるべく貴方の力になるように協力を惜しまないつもりですが……」
「ですが……って何か後ろめたい事情があるの?」
「いえ、貴方達に協力できない訳ではありませんが、一つ困った事があるのですよ」
「困ったことですか。私でよければ力になりますが」
「そうですね。私の隣の非常拠点、千葉ではサムライドを製造しようと人体実験が行われているのですよ……」
「サムライドを作る……!?」
男の言葉にアキの表情が激しく動揺を見せた。自分が守るべきはずの人類がよりによって、自分が忌むべき存在を生み出そうとしている。あり得ない話は現実か否か、アキの心は動いた。
「アキちゃん、落ち着いて……と言いたいところですが、それは本当かしら?」
「そこまでは私も確信はしていませんが、この非常拠点でも何人かの人々が神隠しに遭い、隣の非常拠点では老若男女問わずに生贄のようにささげられてしまうと聞いた事があります」
「そうですか……」
「なら、とにかくあたしは事情を知らないといけないわね……」
とアキは笹切を各所へうまく動かす事を始めた。笹切はただのオールレンジ兵器ではない。搭載されたカメラアイの映像を、視神経へ赤外線によって送り込む事で遠くの様子を把握する事が出来る。これらの兵器を使えば隣の非常拠点での事情が分かるはずだが、
「……」
「どうしたのかしらアキちゃん、状況をつかめないのかしら?」
「認めたくないけど……送り込んだ笹切の反応がないわ。何かに破壊されたか、赤外線を遮断されたかのどちらかね」
「ということは……やはり」
「はっきりしないけど、怪しい事だけは解ったわ。直接あたしが乗り込んで調べたほうが早いかもしれないわね」
「アキちゃん……ですが私を留守にすると、この非常拠点の指揮系統が不在になってしまいます」
「……なるほど、あたし達の男3人ともにどうしようもないからね」
「あらら……女尊男卑」
「あたしは事実を言っているだから仕方ないわよ」
アキが指す男三人とは誰の事かは言うまでもない、彼女の発言に該当する彼らを考えては、ポーは軽く苦笑しながらもポーは何かを思いついて両手を叩いた。
「どうしたのポーさん? 何かひらめいたのかしら」
「ええ。アキちゃんを守るとっておきの護衛役がいた事を忘れていたわ」
「誰?」
ポーの閃きにアキは首を横に曲げるが、彼女が出撃した際に答えは明らかなになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ヒャッハー! 敵だ敵だ~敵とドンパチできりゃー最高だぜヒャッハー!!」
「……なんでこいつと私が組まなければいけないの」
キューコンロに飛び乗ったアキが千葉へ急ぐ。そんな彼女の隣にはなぜかサラマンダーで急ぐシゲルも一緒だが、彼女からすれば当たり前か、このような野生の男に着きあう事が出来る者は彼を部下として大陸時代からの付き合いだったポーのみだろう。
「俺、ポー様からアキの命令を聞けって言われた! だから当然だヒャッハー!!」
「そ、それだけの話……」
「俺最高だっひゃー! アキたんの犬になれてよぉ!!」
「あたしは全然嬉しくもないんだけどね……ポーさんどうしてこんな奴を」
先程思いついたポーの閃きはシゲルをアキの部下として同伴させることだ。戦えばよい性格と、命令さえあれば忠実な手足となる戦闘能力を秘めたシゲルは、我が強いリュウややや青臭い常識や良識を持つコジローにはとても真似が出来ない
どのような事でもポーからの命令に忠実、いや本人は忠実である事も気にはしていないが、アキの命令を聞けと言われたからにはアキが彼のご主人さまと単純な考えを持つ男がシゲル・ジョー。電光石火の野獣の肩書きを持つ男である。
「はぁ……全く男3人ともにあれだわ」
シゲルが反応するかしないかは分からないがアキは苦言を漏らす。そして今回の任務において、彼女はもう一つの感情が芽生えていることも自覚していた。
「サムライドを作るなんて懐かしい事を思わせてくれるじゃない……想えば私も生まれてきて一緒に戦ってきて……」
過去を振り返れば、思い出したくもない何かを見つけたか、苦みのある表情を浮かべる。この陰を持つ複雑な表情の先に、何を掘りだしたかはアキにしかわからないが、首を振って彼女は正面を向いた。
「いや、あたしはもう過去は捨てた。ここで過去を振り返って何になると言うの……」
「ポー! 気をつけな気をつけな気をつけな~!!」
「え……きゃぁっ!!」
その時だ。だがしかし、シゲルに気をつけろと言われていても、アキの目の前には何も見えず、彼女は光の膜に弾き飛ばされてしまう。
「何かのエネルギー反応があるみたいね」
「そうなんだなーそうなんだなーそうなんだなー!!」
シゲルはサラマンダーとライド・クロスを果たす。先端のドライバーがドリルのように回転しながら、両手、両足が前方へ折れ曲がり彼の身体を包むサラマンダーの一部が開き、キャタピラが展開された。
ガライアー・グール。地上・地中での行動を想定したか、モグラの姿を模したライドマシーンである。
「あぁもう!あのバカ一人で突っ走って……」
シゲルは先端のドリルを回転させながら本能で突き進むが、アキの命令なしでは、彼がいつどこで脱線をしてもおかしくない。彼女エネルギーの消耗がもったいないと思うが、この先を進むためには九尾の力を使わなくてはならないと見た。頭を両手で押さえて離せば、きつね色の耳と、頭髪が金髪のロングヘアーと化す。
「これでよしと」
アキを阻む赤外線の網に対し、アキは中央の尻尾の先端をつまんで、右腕に抱えるようにして先端を強力な膜へ向けた。そして尻尾の先端を折り空洞を向ければ、赤外線の網が尻尾の中に吸い込まれたかのような反応を示した。彼女が持つ九尾の力の一つ、全収壺。尻尾一尾のみだが、一尾が許容可能なエネルギーや物質を閉じ込める事が可能となる平気だ。
「おっと、これ以上は吸い込めないようだけど、十分ね」
尻尾の吸収量に限度を感じて、アキは赤外線の膜が張られた場所へ飛び込んだ。しかし、たとえ抜け穴を作る事ができても、赤外線によるサムライドをも弾き飛ばす不可視の網を作った相手はタダものではない。アキは改めて警戒を強めてシゲルを追った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ここがその拠点になるわけね」
そして、2人が通り抜けた先には、古城のような館が佇む。館から反応の先にアキはピタッと動きを止めた。
「へっへーここから戦いなわけか!!」
「ってあ、ちょっと! あんたどこへ行くつもりなの!!」
「ひゃっはー……ぎゃん!!」
何も考えず、シゲルは急いで古城へ殴り込みを駆けようと勢いよく接近する。だがしかし、古城を囲む何かの光の膜に彼は弾き飛ばされ、見事に地面へ叩きつけられてしまったのだ。
「またもサムライドを弾き飛ばすシールド。やっぱり相手はただ事じゃないようわね」
「アキ・モガーミィさんですね……」
「……あたしの事を知ってるのかしら」
その時、古城からは透き通ったような声が聞こえた。アキは平常心を保ちながら古城に道の存在が潜んでいる事を再認識する。
「そう。貴方はミュージィ・エルサーダによって開発された第4世代サムライドで……大陸時代にはいも……」
「これ以上言ったら……許さないよ」
その声はアキの過去を詮索するような内容を告げていくが、アキは過去を捨てた身。過去を振り向かせる事は彼女の怒りを買うも同然の事である。
「ごめんなさい。ですが、あなたを私は怒らせるつもりはありません」
「怒らせるつもりはない? でもあんたはどっちにしろあたしの手で倒さないといけないのよ。サムライドとしてね」
「サムライドですか……私の言い分も聞いてくれないのですか?」
「あたしに聞く耳を持たないね。あたしはサムライドさえ皆殺しにさえすれば世界が平和になると思っているからね」
「なるほど……人間達はイノセンスだとあなたは考えるのですね?」
「当たり前じゃない!」
古城からの声とのやり取りの中、古城からの声は平常な様子を保ちながら淡々とアキに反発していくことで、少しずつ彼女の怒りを買っていく。
「それにアキさんの事を私は知っています。ですので、ここは攻撃するよりも話を聞いてもらえないでしょうか?」
「……」
アキは声の主の話を聞く事を選んだ。自分の大陸時代の過去を知る点が脳裏によぎり、謎を明かしたかったからだ。
「では……特別にあなたを招きましょう。貴方には知らせる事もありますしね。どうぞ」
声の主に言われるまま足を一歩、先程のバリアーが張られた場所へ踏み出した。だが、特にダメージを受ける事がないと知り、古城の中へ彼女は向かう。
「ヒャッハー! いよいよ、敵陣、敵陣……ぎゃん!!」
アキに続いてシゲルもモグラの姿で突入を図ろうとするが、彼が向かう時には何故かバリアーが再度張られていたのか、弾き飛ばされてドリルが地面に突き刺さってしまう。
「ヒャハハ……なら地面だッハー!!」
と、先程と同じ地面から掘り進む方法で古城内に突入しようとするが、地下に展開されたエネルギーに弾き飛ばされて、彼が地面へ跳ね返されてしまう
「同じ方法を二度受けませんし、貴方のような野獣と化した方には何を言っても分からないと思いますので」
「ひゃは……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こ、ここは……」
それから、物騒な場所をアキは目のあたりにすることになった。たどり着いた声の主が存在する屋敷には、ラボらしき古城内のカプセルの存在に目が付いた。カプセルの中には培養液で老若男女の肉体が培養されており、左には腕や足などの部品が機械化されたまま放置されている奇妙な光景が視界に映り戸惑いを感じているのだ。
「はじめまして、アキさん。私はユキ。水戸城ユキと呼ばれた少女です」
「そう。あんたがこの古城の主ね」
そこに古城の主が現れたが、彼女は漆黒のタイツに足を隠し、ゴズロリの衣装を纏い、灰色の髪に漆黒のリボンを付けた。アキの想定と反する少女だった。
「はい。この古城は、今の私の住処ですし、私のラボです」
「ラボ?」
ユキの言葉に対しアキは瞬時に状況を理解した。彼女がサムライドを作る少女であると見た。
「はい。非常拠点の皆さんを私が部品として培養しています。どうせ行くあてのない人たちですし、たとえ誰かが死のうとも私には何も関係がありませんから」
「何でそんなこと言えるのかしら? あんた何様のつもりなの」
「私は……少なくとも殆どの人類が私の敵だと考えているつもりです」
「……!!」
この時アキは微かに震えた。人間でありながら人間を忌み嫌う。自分達が守るべき存在の中に、余りにも自分と相反する考えを持つ異分子が存在する事が信じる事が出来なかったのだろう。
「私、いえ私の先祖はこの世界で延々と忌み嫌われていましたから。だから私にとって人類は滅んでしまってもいいと思いましてね」
「どういうつもり……」
アキが言葉を返そうとした途端、何を思ったのかユキがゴズロリの衣装を脱ぎだし、身の回りの着衣を最後の一枚を除いて、自分は純白のありのままの姿をアキへ見せつける。だが、美しく透き通るようなキャンバスには赤褐色の生々しい痣が刻み込まれている。美しいどころか惨い生身を他人へ彼女は晒している
「これが14年の中で傷つけられた証拠です……同じ人間、貴方が守るべき人間に付けられてしまいました」
「……どうして付けられたのよ」
「それは、私の一族が被差別集団にされた事からです。私は、いえ私のご先祖さまも……」
「……」
「この最後の一枚を取った先は、私も見せたくありません……それにこの傷を晒すだけで私は泣きたくなります」
アキが呆然としている間に、ユキは先程の衣服を纏おうと身体を動かす。また彼女が指した最後の一枚は純白の下着だが、その先には想像のつかない悲しみの傷跡が焼きつけられているのだろう。彼女の状況を察して敢えてアキは何も言わない事を選ぶ。
「どうです。私にとって人類は最も滅んでしまえばいい存在だとずっと思っていました。ですが非力な私は、運命の時が来るまでこの様な慰め物として盥回しにされてきたのです」
「運命の時って……まさか」
「そうですね。貴方達の同胞がこの世界を破壊してくれたことで私は希望を見出したのです」
「なるほどね。あたしの同胞は、あたしにとっても死んでしまえばいい存在……そんな存在に感謝しているなんて、あなたは私からすれば敵かしら」
「はい。そうなりますね」
ユキの事実上宣戦布告をアキは大人しく腕からの笹切をユキへ突きつける。しかし彼女は全く動じることなく、クスクスと笑いだした。
「何がおかしいのかしら? 本当はやりたくないけど、あたし、あんたを殺す事も出来るよ?」
「それはどうでしょうか……」
ユキは表情を少し緩ませて左腕を普通に身体から切り離す。左腕を地面へ置くと、棚に置かれた幾多もの腕の山から一本の左腕を間接へ接合させて、なんも変哲もなく腕を動かして見せた。
「あなた義手を使っているのかしら?」
「義手よりも、私の身体のパーツは換装が効きますから」
「あんた……どういう事かしら」
「そうですね。私はこの世界で生活をしていた14歳があなたと同じ存在に生まれ変わったと考えてください」
「同じ存在……まさか!?」
アキは目を丸くするが、ユキは微笑んだ。全くの余裕な彼女と、彼女に隠された想い事実とのギャップの差にアキの身体が徐々に震えあがっていく。
「う、嘘もほどほどにしなさいよ! 人間がサムライドになるなんてね……」
アキは否定する事を選んだ。大陸において人をサムライドとして改造手術を施された例は少なくはない。しかし、現代と大陸は時の流れと反比例するかのように、科学と技術には天と地の差がある。この常識から否定以外の答えはないはずだった。だが
「私の元に傷だらけのサムライドが来た時に、私の運命は変わりました。私があの方の受け皿になる事を選んだからです」
「受け皿……と言う事はそのサムライドの部品を移植したのね!」
「はい。あの方がその手の事に詳しいうえ、私もやり方を知っていましたから。受け皿としての改造手術は思ったより痛くありませんでしたよ。私の14年間と比べれば全然……」
「あんたが手術を知っているの!? どういうことか……」
首を盾に頷かせたユキは後ろから何かのファイルを出す。開けばホログラムでとあるデポの様子が映し出された。
「こ、これは……あたしの!!」
「勘がいいですね。私の遠いご先祖様はデワ国の技術者で、そう。貴方の誕生に関わった人です」
「ビーグネイム大陸からの生き残りなの!? あんた!!」
「はい。ご先祖様の時代に何も知らないこの世界の人達の殺戮から逃れて、身を隠しながら過ごしていました……」
アキは震えた。自分を生んだ人物の子孫がその場にいる事に驚愕もしたが、子孫が生き延びるまでの経緯に対し畏れを感じているからだ。
「ですが、江戸時代において、差別される側に選ばれてから、この世界におけるストレスの捌け口に私達の一族、いえ私達の他の大陸からの流民は選ばれてしまったのです」
「江戸時代の身分差別……ってもう200年近く前に終わった事じゃないの!」
「分からないですね。200年以上虐げられた傷跡はこの時代にも引き継がれてしまいます。何をしなくとも、例の一族と蔑視されることもありますから」
「……」
「だから私は決めました。この世界を荒らしているサムライド達が守るべきビーグネイムの人達の無念を受けて日本を荒らしていますから、私はサムライドの味方になる事を決めました」
ユキは自分や一族の屈辱を背負って立ち上がった。何世紀前から受けた仕打ちとその後遺症は人類の手によって今だに受け続けている。この負の連鎖を断ち切るには……苦しみを与え続ける人類をこの手で始末する事しかないからだ。
「私達を虐げた人間がみんないなくなってしまえば、私は、いえ私達ビーグネイム大陸の生き残りは誰からも虐げられる事はありません……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「何ですか……」
「あんたがこの世界を滅ぼしても、差別されてきたあんた達が解放されるかどうか分からないし、余計酷い目を見るかもしれないのよ! それでもいいって言うの!?」
「殺されるとかですか?」
「そうよ! あんた、分かりもしない望みに自分を賭けるなんて無謀にも程があるわよ!!」
「無謀ですか……」
アキは何時もの挑発的な姿勢ではない。人としてあり得ない行動を移そうとするユキを説得しようと必死に止めようとしている。彼女の説得、無謀の二文字にユキが食い付いたが、
「ですが、無謀の二文字に私の未来を賭けないといけない状況を作ったのは誰ですか?」
アキが最もかつ現実的な事を口にしてユキを思いとどまらせようとしても、彼女には無駄な事だ。
丁寧でおしとやかな口調に対してユキの決意は鉄の様に固い。どうなってもいい。今の状況を抜け出せる望みが少しでもあるならば、彼女は身を投じる事も厭わないのだろう。
「このまま黙って苦難に耐えていれば、私のような差別される宿命の人達は絶望の中で無駄死にするだけです。最も私もこの身体になって長く生きられるか微妙な所ですが」
「微妙な所……!?」
「もっと優れた設備と時間があれば私も70年は稼働出来そうですが、私はこう考えています。無力のまま犬死するより、人間達を抹殺してから燃え尽きる。太く短くですよ」
ユキはにっこりほほ笑みながら物騒な生き様と決意をアキに告げる。彼女ですら少々引いているが、ユキは何を言われようともこの決意を曲げる事はない。
「ですから、私はサムライドと化したこの力で量産型兵器を手駒にして、人間達を拉致してきました。本当なら殺す事も出来ましたけどね?」
「拉致……何が目的のつもりなのあんた!」
「目的ですか? 本当なら人間を抹殺する事ですが、私はサムライドへの改造方法を知っています」
ユキがアキに見せつける物は、やはり彼女の過去や大陸、デワ国の記録が収められたホログラムメモだ。これさえあれば自分は人間を超えた力や方法を手にすることが出来ると言わんばかりにユキは彼女へ見せつけている。
「ですからどんどん人間どもをサムライドに改造させるつもりです。最も私達ビーグネイムの流民の忠実な奴隷に成るように脳改造を施すつもりですけどね」
「……な、なんですって!!」
「あ。面倒ですから、殺すときはひと思いに殺しますよ。一人一人作る事も面倒ですし、増えすぎたら増えすぎたで問題がありますしね」
「……狂ってるわ!!」
内心でアキは確信せざるを得なかった。ユキはもはや人間ではない。彼女は自分たち一族の逆境が常人の軌道から反れて、機械の身体を持つ復讐鬼として生まれ変わってしまった。
「どうですか? 何も言えない事は言い返す事が出来ないからですか?」
「……」
「ふふ。私にどうして戦うのか教えてほしいからとか、目的の為に自分達が力になる事が出来るから考えを変えてとか……あと幸せになる為には自分が悲しくても不幸でも、他人を傷つけたらほしい者も幸せも何も見つからなくなるとか偽善めいたことは……」
「バッカじゃない!?」
「……!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アキが吼えた。ユキの復讐の二文字の元に行われる、残酷かつ物騒な行為に元人間、彼女が受けた仕打ちに酌量の余地を持って説得を試みたが、矯正する事が不可能とみて人間ぬ対する彼女なりの優しさを拭い、サムライドに対する憎悪を現す。
それだけではない、いや彼女が常に持ち合せる冷静、狡猾、知的な面までも捨て去ってしまったかのようにい彼女は吼えた。
「あんたに助け舟を出すつもりなんて全然ないわよ! 人間を抹殺して、奴隷にしようとするなんて、あんたが痛い目を見て、その仕返しというちっぽけな理由にすぎないでしょ! それだけでこんな馬鹿やるようなあんたをあたしは許さないわよ!!」
もうアキはユキを説得するような行為を蹴った。この少女は人間を捨ててサムライドへ走った。守るべき存在から倒すべき存在として彼女は認識を下したからだ。
「馬鹿やるなんて酷い言い方ですね。ですが確かに私は人間どもへの仕返しのつもりもありますし、レクリエーションですよレクリエーション」
「ほら! やっぱり、あんたはバ……」
「ですが、貴方も人の事言えますか?貴方がサムライドを殺す理由は平和の為という建前で、……妹さんを殺したことへのトラウマがあるからですよね?」
「!!」
ユキの言葉でアキの目が見開いた。ユキは最近サムライドになったにも関わらず、心理戦においてアキを手玉に取るような言動を取っている。今までもアキの主張をのらりくらりと受け止めながら、自分の主張をアキへぶつけているが、今、アキへ決定打が放たれた。
「忘れましたか? 私のご先祖様がデワ国の技術者であることを。私は貴方がサーベルプリンセスの肩書きの頃に、スカイプリンセスの妹さん、トキノ・ナカノの事を知っています」
「トキノ! あんたトキノの事を言うつもりなの!?」
アキはいきなり狼狽を見せた。彼女にとって妹の存在はブロックワード。頭を押さえながら表情が苦しみに歪められてしまう。
「トキノはアキさんを慕い、貴方もトキノを可愛がっていました。いつも二人一組の貴方達でしたが、大陸歴164年1月25日。“1・25の反乱”と呼ばれるデワ国の事件を貴方は忘れる事が出来ないはずです」
「止めて! 止めなさい……それだけは!!」
「2人が引き離された時が運命。国を転覆させようとした科学者たちの集団に妹さんを反乱が正当化であることを吹きこまれてしまった事が悲劇ですね……からね」
『お姉ちゃんが間違っているよ!!』
『やめなさいトキノ! 今からまだ間に合うけど、これ以上あんたがそいつらの元に就いていると、あたしは国の命令であなたまで殺さないといけなくなるのよ!!』
“頭の中で……何かが掻きまわされているような。あぁ……青紫のあの子……トキノで……これが、あたしのあの時の戦いなんだ……。
『トキノ、あんたは反乱を企てて失敗した奴らに、逃げる時間を稼ぐために彼らに利用されているのだけなのよ』
『違うもん! 今は失敗したけど、あの人達は私達の国を良くしようとして、立ち上がった人達なのよ!!』
「違うわトキノ! あんたは捨て駒扱いされているだけなのよ!!」
トキノ、あんたには気づいてほしかった。普段はおっちょこちょいで、どこか抜けた所もあるけど、それでもあたしにとってあんたが大切な妹で、一緒に戦ってきた大切なパートナーであることを。
あとね、あたしはあんたが本当は芯の強いサムライドだって、知っているし、あなたが見せるまっすぐな所は私にはない長所だから、姉として嬉しかったし、羨ましい所よ。
でもね、トキノ、貴方のそのまっすぐな所が利用されているのよ!!
『気づいてよトキノ!!』
『お姉ちゃんこそ間違っているよ!!』
『あんたは自分勝手に国を壊そうとしている奴らに手を貸しているのよ!!』
『お姉ちゃん! だからこの国を良くしようと考えている人達を踏みにじらないでよ!!』
あの時……何で噛みあわなかったの。あの時感じた不協和音……こんな気持ちを感じた事は大陸時代、一度もなかったのに……読めない、読めなかったのよ! あたしはあんたが何を考えていたのか!!
『アキ……早く反乱分子を潰しなさい。トキノは貴方の妹だけど、トキノは既に重罪を犯しているのよ』
『で、ですが……』
あたしの通信機に声がした。ミュージィ、あたしにとっては母さんに当たる人ね……トキノにとっても母さんなのに、母さんは姉妹の娘の片割れを殺せというのね……。
『貴方がトキノを殺さなかった時には、国からの命令で貴方まで破壊する事になってしまうわ。大丈夫、トキノの代わりはちゃんと用意しているから』
……スペア? トキノと同じ能力を持っていても、同じ性格を持っていても、それはトキノであってトキノじゃないの母さん。トキノはトキノしかいないの……トキノじゃないとダメだもん。
あたしだってトキノと一緒に動く事が出来るなら、出来るなら……そうしたいけど、あたしがそんなことしたら、国からあたしまで狙われてしまう。あたしにはトキノ、あんたほどの勇気と度胸は持っていないから出来ないの。
そして、ここであたしがトキノを逃がしたら……母さんはあたしのスペアを用意して、あたしを見限ってしまう違いないわ……このままトキノ、あんたを討たないとあたしの存在意義がなくなっちゃう。そんなのは嫌! あたしは殺されたくなかったの……だから、だから……トキノ!!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「でやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ひゃはぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
一方古城の外部ではリュウが構えるジゴク・ライシスが火を噴き、シゲルのエレクトリックドライバーが古城を守る量産型兵器を突く。
「しかしアキ殿、何を手こずっているのでしょうか」
「おかしいわねぇ……」
リュウとシゲルが切り込み隊長として先陣を飾り、ポーとコジローは拠点で、前線へ同行を選んだ有志と共に量産型兵器を操る。彼女により展開されたO-DAWAシールドにより、前線へ同行する人々と拠点は鉄壁の防壁に守られている。
「どーだコジロー! 俺様の戦いに無駄はないはずだってーの!!」
「ひゃはははは……どーなんだかね!」
「にゃろう! だったら撃墜数で勝負だ!どーせ俺の方が上なんだがな!!」
「上かどうかはやってみないと分からないね! ヒャッハー!!」
リュウがシゲルに馬鹿にされたかは分からない。リュウのジゴク・ライシス、ドッグガーンの二丁が、まるで龍が唸りをあげるようにソルディアの群を片づける。
最もシゲルが彼を挑発する事は狙ってやったか天然かは分からないが、平時以上の勢いを今のリュウは見せていた。
「さて、皆さん……私達に協力してくれる事は嬉しいですが、相手は同じ人間ですよ……」
「いえ、例え同じ人間でも、サムライドに味方するような真似をする人間は裏切り者。敵として倒さなければ平和は来ません」
「全てのサムライドを敵としている私達も相手からすれば裏切り者でしょうか」
「いえ私からすれば味方ですから。今は信頼します」
「そうですか。しかし、平和を守るためには小を犠牲にする事も必要ですから……」
ポーは非常拠点責任者へ告げた。大の為に小を殺す事は彼女も了承する事があった。彼女は平和の為には強くなくてはならない。平和を乱す相手に立ち向かうために、彼女は五強の一角まで上り詰めたサムライドだからだろうか。
「皆さん、あとはマイザーワルドへ避難して指揮を送ってください」
「ポー殿! 貴方はどうするつもりでございますか?」
「私は一気に本拠地に突っ込むつもりです。チームの頭脳ともいえるアキちゃんが心配だからね」
全員の撤収を確認して、ポーが素早くO―DAWAシールドを解き、カワゴシャークに飛び乗る。標的は古城の入口。彼女が今、全速力で突入した。
「は……」
アキは意識を取り戻した。戦いの中の激動で放心していた彼女の意識が戻ったのだろう。目の前のユキは何故か放心状態のアキを攻撃することなく、
「あれだけの勢力でバリアーが破られるとは……私も話し過ぎたようですね」
「……あいつらが来てくれたのね。馬鹿でどうしようもなくてもそれなりには事を片づけるようだね」
「そうですが。それより……」
「!!」
仲間の到着にアキは彼女なりに安堵した気分になるが、ユキのとった行動に彼女はまたも緩んだ緊張の糸を張り詰める結果となった。
何故ならユキは握られた機関銃で培養カプセルに入れられた人間達へはらわたをぶちまけるかのように攻撃を開始したからだ。相変わらず平穏な表情のトキノだが、彼女の眼は彼女なりの焦燥感と、残りわずかな余命も相まって生まれた人間たちへの怒りによって機関銃が震えながら、憎悪すべき肉体に死の烙印を押しつけるようにだ。
「どちらにしろ、役目は果たしています。私はより多くの人間どもを抹殺して、私のような不幸な……」
そして、全てを破壊しつくすと、ユキは両足の飛行パーツを駆使して古城から逃れようとする。だが、
「!!」
アキは無意識に笹切を投げ、小刀の先端がユキの胸を貫通した。いきなりの攻撃に対し彼女は眼を点にしながら地上へ叩きつけられていく。無言のまま何かを威圧するように真下の彼女に視線をぶつけるアキ。だが、
「ここまでなのね……私……ごめんね、私が感情に走らなかったら、私のように人間どもに苦しめ続けられているビーグネイムの皆を救う事が出来たかも知れないのに……」
「……」
この時、アキは一瞬はっとしたような表情を見せた。遂にユキを殺めてしまった事が原因か。だが、彼女の脳内では、ユキを殺めた事を意地でも正当化させてやると考えており、表情から考えが見えた。
「争いで自分の受けた傷を癒そうとしても……どんどん悪循環がひどくなっていくのよ。だからここで仕留めさせてもらったわ」
「……なるほど、貴方も私と同じ事をしている気がしますが、サムライドは所詮戦う事を前提に生まれた存在。やるかやられるかが日常ですから」
ユキは静かにアキへ告げる。サムライドは戦いの中でしか生きる事が出来ない存在。それは人間とサムライドが理解しあえる事はないとの暗喩か。
「人間でありながらサムライドの味方になろうとした私とサムライドでありながら人間の味方になのうとした貴方……お互い同じ血を引く存在を敵に回しましたね」
「えぇ……でもあたしは後悔していないわ。あたしは自分がやっている事に間違いはないと考えているから」
「私も間違いではないと思っています。ですが血を引く存在を敵に回せば、それだけの報いがある事が私には分かりました。それは……」
ユキの言葉が続こうとするが、研究設備が爆発を起こし、後ろへ倒れ込んだユキが逃げる間も与えずに古城内の爆発に巻き込まれて姿を炎に消した。
だが、アキは聞き逃すことはなかった。ユキの捨て台詞を……
「同胞を敵に回す貴方も報われない宿命……」
ユキが突きつけるアキの宿命。延々と燃えていく古城の中へはポーが到着した時、アキは一人呆然と立つ。アキの視線の先にはユキが遺したホログラムメモがある。彼女がビーグネイムの流民であることの唯一の支え、二万年前の悲劇と、400年の逆境、彼女の全てがこのホログラムメモには記されている。
それだけではない、もし自分がこのホログラムメモを開いた時には消えた大陸の謎を明かす事が出来るはずだ。ホログラムメモをアキは手に取る。だが、
「……」
アキは躊躇いながら炎の海へホログラムメモを投げ捨てた。ホログラムメモも躊躇うように炎に焼かれないとしていたが、最後は諦めて炎の中へホログラムメモは静かに消えていった。
アキは諦めた。過去を知ることなど自分には何の意味もない事を悟ったからだ。この世界で争いの火種になるサムライド達を根絶やしにすることがこの世界で生きる意味だと彼女は見つけていたからだ。
内心アキは泣きだしたい気持ちになった。自分は妹を捨てて、そのトラウマの代償としてそのような凶行へ走っている。また今、本来守るべき存在をアキは殺めてしまったこともだ。やりきれない気持ちを抑えて肩を震えさせるアキへポーはそっと手を添える。
「アキちゃん。貴方が守る大きい存在の為には小さい存在を切り捨てないといけないの……貴方の事だからそれくらいはわかっているはずでしょ?」
「分かっているわよ……ただ季節外れの雪に触れて寒気がしただけよ……それだけなんだから」
ポーは過酷な現実の戦いを突きつけ、アキも自分が茨の道を踏み込んでいる事を改めて認識を持つ。燃える古城の中で民衆を守る為の一つの戦いが終わりを告げた。一人でも多くの民衆を守るためには例え同類とはいえ障害を取り除かなくてはならない。そんな悲しい戦いが静かに幕を閉じた。