第14幕 勝負だ戦友(とも)よ!ライティング・サンダー対ファイブ・フィニッシュ・フィスト!!
時は2万年前より遡る。日本大陸がまだ存在しなかった頃、ビーグネイム大陸が沈む前の話である。ビーグネイム大陸の各国同士、大小の規模を問わずに紛争が絶えない地帯で、彼は戦いに赴いていた。
彼はひとりでに動く相棒ともいえるライドマシーンに乗っては、前線へ切り込むように己のトレードマークともいえる二丁拳銃を引き抜いて、目の前の障壁へ銃弾を浴びせさせる。銃弾を浴びせられた壁は瞬く間に砕け散り、少年は壁を突っ切って次なる目的地へ向かう。
「お見事ですなシン殿」
「あぁ! このくらいの敵しかいないなら俺たち一人一人の質で何とかならぁ!!」
この戦いはキタオミ国とミナミオミ国の戦いだ。ミナミオミ国から独立したばかりのキタオミ国は国力や兵力の差でキタに圧倒的に差をつけられていたが、その逆境を承知で立ちあがった不屈の意志を持つ国民たちがキタオミ国に所属している。
ミナミオミ国の旧世代による陳腐な統治に耐えかねて、新しい力が飛びだした国に若き活気と新しい何かを求める人々たちが集っており、キタオミ国に所属するサムライド達にも彼らの意志を、大きな支えに変えて、国力では不利な状況に置かれていたにもかかわらず、彼らは強敵に互角以上に渡り合えていた。
そんなキタオミ国とエンド国は王家が婚姻を結んだ関係で同盟を締結しており、シンは同盟国の救援、半分彼を軽視するサムライドの上官たちによる捨て駒の扱いだが、そんなことお構いなしで己の戦いに身を投じることを選ぶ。
ミナミオミ国の実力は個々の量産型兵器に頼る、いわば質より量を前面に押し出し戦い方。多勢の前にシンは手ごたえを感じていたが、個々の実力は大したものではないと彼は悟った。
それだけではない。シンが共に戦うキタオミ国のサムライド達の存在も大きかった。現状に満足することなくよりよい未来を信じて戦い、バイタリティー溢れる彼らの決意に自然と闘志がわき上がっていたのかもしれない。
そんな環境のせいかシンは戦いにおいてもどこか余裕を持っていた。だがその余裕故に緩んでしまう心の問題もある。彼の後方へアロアードが迫る姿をシンは気づいていなかった。
「危ない! シン!!」
振り向くと一人の影が、天空から舞い降りながら自慢の爪でアロアードを貫いて落とした。爪が機体の残骸から引き抜かれて、爪の主と爪を結ぶワイヤーが徐々に近づき、彼は爪が一体化してシンのもとへ近付いた。
「サイ! 悪い少し油断した!!」
「大丈夫だよシン。それより僕が空中の敵を撃ち漏らしていた事にも責任はあるさ」
「まぁ気にするなサイ! お前は十分良くやっているじゃねぇか」
「ありがとうシン。それより……」
互いを励まし合うシンとサイ。彼らは他所者同士で同盟国の関係で味方になっているだけだが、それにしても両者の信頼は単なる味方同士以上に強固なものだった。二人は先陣を切り、ミナミオミ国側の総本山を叩こうと急ぐ。
「空中の敵は僕が片づけたから、後は地上での総力戦で僕たちが勝てば国の皆を護る事が出来るよ」
「よし、サイ! 方角はどこだ!!」
「ここから北北西。シスタリバ地方に残りの本隊が集結しているみたいだよ」
「なるほどね……ならサイ、あれで一発仕留めるのみだ!!」
「あれ? シン、その気持ちは嬉しいけれど大丈夫かい」
「大丈夫だ! 俺とお前の大奇襲で敵を混乱させれば大したことねぇよ!!」
「わかったよシン。じゃあ今から準備するよ。敵に気づかれたら意味はないからね!!」
「あぁ!!」
サイが了承すると、シンを羽織絞めする体制に入り、彼を連れて空高く舞う。舞いなが二人は螺旋の渦を描きながら、白と黄色の竜巻の中に彼らの姿は消えていった。
「シン、真下に敵の本隊だよ!」
「よし!ならそのまま突っ込むぜ!!」
「わかったよ!!」
そして、二人の活躍でミナミオミ国の本隊は散り散りとなり、キタオミ国はこの戦いにおいても勝利を飾った。
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戦いは終わった。今は死守した領土の修復と破損した量産型兵器の修理、負傷者の治癒に国の者は全力を注ぐ。
戦後処理においては、当たり前のこの行為だが、最大の違いがあった。それはそのような業務に関係ある仕事を持つ者たちはともかく、老人や女子供まで、明らかに業務に不慣れな者たちが自らそのような業務にあたっている事だ。
彼らのひたむきな姿勢をシンは今まで見た事がなかった。エンド国は自分のような存在が異端視され、サムライドも民衆もどちらかといえば現状に満足して、何も手を打とうとしない愚者ばかりだと考えていたからである。
「サイ……お前の国って羨ましいな」
「そうかなぁ……シンは自分の故郷に誇りを持っていないの?」
「誇りも何も、俺は国からはあまりいい目で見られてないようでね。何も知らずに威張り腐っていた俺がうつけと思われても仕方ないけど、俺なりに強くなろうとしている今の俺ですら国側からすればうっとうしい存在のようでね」
「それで、僕の国の増援に選ばれたという訳か」
「その通り。お前の国を助けるにはミノ国を通らないといけないからな。下手したらそこで死ぬけど、俺はなかなかしぶとい男なんでね」
「死ぬような場所でも生き残る。その繰り返しかな?」
「ご名答。簡単に死んでたまるかってんだ」
自分の心を読んでいるかのようなサイの反応に、シンは自然と気分が良くなる。この様にサイは自分の胸の内に抱えた不満や葛藤の気持ちを察して汲み取る、いわば空気が読めて気配りが出来る性格の持ち主で、彼との戦いを得てシンとサイはいつの間にか冗談交じりで話す仲になっていた。
「しかしサイ。俺はこの国に来てよかったと思っているぜ」
「僕の国にかい? 僕たちが力不足だから皆が苦しんでいるキタオミ国に来て良かったなんて珍しい事を言うね」
「いいや、お前や他のみんなも俺の国のサムライド以上に凄い奴ばっかだよ。あと力不足っていうのは今の場合俺も入るじゃねぇか」
「あ……ごめん、シン」
「まぁ俺もまだまだなところがあるから怒りはしねぇよ。それよりサイ、お前はもっと自信を持てよ。お前は皆からキタオミ国の救世主として信頼されているじゃないか」
「シン……」
「それだけじゃねぇ。国のみんなが今を強く生き抜こうとしているように見えるぜ。俺のエンド国はお前の国ほど危機にさらされていないせいかな、ほとんどの人がだらしないぜ」
シンは眼を人々のところへ向ける。そんな彼に一人の女性が近付いては何かのパックを彼へ渡す。
「俺にエネルギーパックをかい? 他所者の俺だぜ」
「いえ、シンさんはサイ様とともに私たちのために力を、しかも他国のサムライドの身で全力を尽くしているのですから、私達の国のサムライドに引けを取りません」
「そうそう。あんたみたいなサムライドを粗末に扱ったら俺たちに罰が当たるぜ!!」
「……」
キタオミ国には共に闘うものの垣根のような障害がないのだろう。自分たちに限られた物資を渡す彼らに、シンはエンド国にはないシチュエーションだと実感して胸が自然と熱くなる。
また、自分が自分なりに必死に戦っても、他のサムライド達から妬まれる事も軽くみられる事もない。実力勝負、のびのびと自分の戦いができる環境がキタオミ国には用意されているからではないか。
シンは”ありがと”との一言とともに、用意されたエネルギーパックを背中のランドセル状のバックパックへ収納した。
「はぁ~お前の国本当にすごいな」
「そうかな……皆が必死に頑張っているだけなのに」
「いや、だけなんてものじゃねぇ。俺もこんな国に生まれたら苦労することはなかっただろうな。なぁ、サイ。俺もこの国のサムライドに……」
「それはだめだよ」
シンが思わず本当のキタオミ国のサムライド、つまりサイの仲間として入ろうとした時サイは否定の言葉をまるで釘をさすように送る。その言葉にシンは少し動揺したがサイはニコリとさわやかな優しい笑みを見せてから理由を説明し始めた。
「シン、君は国からいいように思われていない。皆から愛されていないっていうけどシンには大切な人がいるはずだし、君がそのような行為をして立場に困る人だっているはずだよ」
「俺が鞍替えして困る人……」
シンはしばらく考えるが頭の中で電球がついた。軽く手をぽんと叩いて該当する人物を思い出した。
「そうだよシン。君のトライマグナムやブレイズバスターは君にもっと活躍してもらいたいと思っている人が作ったんじゃないかな」
「ヒラテマ博士のことだなサイ。本当だよな……俺も一応エンド国のために作ってくれて今も俺を支えている人がいるんだよな」
「そうだよ。たとえ同盟国同士でも鞍替えすることは裏切り行為に近いところがあるからね。君が裏切ればヒラテマ博士を裏切る事になるよ」
サイの説得にシンは言葉が出なかった。彼は思わず軽はずみで言ってしまった言葉から、サイによって忘れかけていた何かを指摘された気分になってしまい自分を恥じるように頭を掻いた。
「お前に言われて言い返す言葉がねぇな……俺もバカだぜ。ヒラテマ博士への恩を忘れるとはな」
「シン。一人でも自分の味方をしてくれる人がいる限りシンにはエンド国への居場所が与えられていて、そのエンド国のサムライドとして戦わないといけないんだよ。シンが僕の仲間になってくれる事は嬉しいけど、それで困る人がいるなら僕は嬉しくないよ」
サイは少し悲しげな横顔を見せてからシンへ温和な表情を向ける。
「まぁ今は俺とおまえは頼れる仲間じゃねぇか! 互いに頑張ろうじゃん!!」
「ありがとうシン。僕も今は君を頼りにしているつもりだよ。少なくとも今はね……」
「今? なにかあったのか」
今はね……その一言にシンはサイの悩みが隠されているのではないかと思った。その言葉に偽りはなくサイは少し重い口をぽつんと開き始める。
「シン、今のキタオミ国はエンド国と婚姻関係で同盟を結んでいるけど、キタオミ国と軍事同盟を締結しているエチゼン国はエンド国とは昔から仲が悪いじゃないか」
「エチゼン国か。俺のところと仲が悪いと聞いていたけどどんな国か俺はしらねぇな……」
「エチゼン国はノーザランド地方において屈指の大国。そんな大国からのバックアップもあって僕のキタオミ国は兵力での不安がある程度消えるけど、もしね、この戦いが終わったら僕はどうなるんだろうね……」
「戦いが終わったらか……」
「うん、僕の願いはキタオミ国を正式に独立させて、皆が戦いに巻き込まれないで平和な暮らしを過ごしてもらうことなんだ。だけど、僕はその目的を果たした後に何を果たせばいいのかまだよくわからないんだ」
「……」
「僕がこのキタオミ国を独立させたら僕は何をすればいいのか、またエチゼン国の圧力でエンド国を敵にしたときに僕はシンを敵に回すか、かといってその逆で僕はエチゼン国からの圧力を受けるか……正直僕は今を生きる事が精いっぱいで今の戦いが終わった先の自分がどうなっているか、またどうするべきかよくわからなくて……」
サイはシンへ不安を打ち明ける。今は国の独立を目指して必死に戦う彼だが、その先の明確な目的がまだ定まらず、また目的を果たす為に事を為す事を妨げるエチゼン国の存在が大きかった。人の悩みに対し的確な助言を与えて解決させるサイだが、自分の悩みを解決する手立てを見つける事は困難だったようだ。
「当然じゃないかサイ」
「え……」
だが、今度はシンがサイの悩みを断ち切るように言葉をかける。当たり前のようだがそんな返事が来ると思わなかっただけに彼は思わず首をかしげたが、シンは余裕を持って芝生の上に寝転ぶ。
「今となっては敵だけどな、俺は師匠から手探りで強くなる何かをつかむ事を教わったんだ。強くなる事も何が最適な方法なのかも教えてくれる教科書なんてないぜ。サイ……悩みながら考えながらお前がそれでいいと思った事をやればいいじゃないか」
「そんな単純な……」
「俺はその教えを受けてからずっと手探りで生きてきたぜ。どうすれば俺はもっと強くなれるか手探りで物事を考えたり動いてみたりしてここまで来たんだ。多分俺はこれから先をどう生きるかを手探りで見つけていくんだろうな」
「……」
「サイ、お前がどう生きてどう動くかを縛るものなんてないんだ。お前がそう思った事を貫けばいいじゃん」
先ほどシンを論破したサイだが、今度はシンが論破したようだ。最も彼は頭がどこか抜けているところがある事を否定できないし、ひょっとしたら彼に論破する気はさらさらなかったかもしれないが、彼の生き方はサイにとって何か新しい刺激になったようである。
「僕はこのキタオミ国が平和になればいいし、シンとはこれからも一緒に戦いたいな。シンはこの先の事考えている?」
「俺はもっと高く飛ぶ事以外は行き当たりばったりなんでね」
「……シンらしいね」
「人生簡単に先がわかったらつまらないぜ。行き当たりばったりで現れた問題を乗り越えていくの面白いじゃん。ただなぁお前を敵にはまわしたくないけどな」
「シン……シンは強いね」
「そうか?」
「うん。何事にも怖気ないで自分の目的に向かって突き進む力を持っているシンは強いよ」
「ははは……照れるな、こうまともに誉められることはめったにないからね」
夕暮の空で二人は笑った。そんな二人は他所者同士とは思えないほど気が合っていた。
“あの時お前は俺を強いと言ったけど、俺から言わせてもらえばお前も強い……お前は俺より立派な目的を持っていて護るべきものをしっかりわかっている。お前のような奴が国から慕われる存在なのは当然だよな。サイ・ナ・ガマーサ。今までいなかった俺と同じ立場で気が合うサムライドで、感情的にも能力的にも敵にはまわしたくないサムライドだ。あいつが強いのは俺と同じ何かを持っている一方で俺にはない何かを持っていたからだ。サイは自分にないものを俺が持っているというけど、俺だってサイに俺が持っていない何かがあったから惹かれているかもしれないんだ……ずっとこの関係でいられたらいい。敵になる事なんてない。あの頃の俺はそう考えていたんだ……。”
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時は2060年。2万年以上の悠久の時は、10年ほどの友情を簡単にもみ消してしまうものか。一方が微々たる時の友情を信じていたが、もう一方は友情をないがしろにする事を選んだ。たとえ第3者の介入で絆が蹂躙され操られていても、戦場で敵として出会ってしまった事が悲劇。相手は自分を殺そうとしている。
自分を犠牲にして友を救うなんて言葉は奇麗事だ。現実、奇麗事では何もならない事もある。青臭い友情を信じた彼は今現実を知り、覚悟を承知でかつての友のもとへ駆けた。
「よく来たねシン。いやぁ僕を殺したくないとかいう君だから一時は僕の約束は乗れないと思ったけどね」
「サイ……これだけは言っておくぜ」
「……何をいうつもりだい?」
「この戦いでお前を殺すつもりは俺にはない……だが、俺もこんな簡単に死ぬのはごめんだということだ!!」
豪雨と強風の中で、サイへ向けてシンは指さした。彼の背後では雷鳴が鳴り響き、稲光がシンを照らす。
「ははは。何を言うと思ったらそんな矛盾した事を言うなんて君もこの嵐で頭がおかしくなったのかい?」
「矛盾か何か知らないだろうが俺はやってやるぜ! 全力で無茶をやって俺は完全勝利をつかんで見せる!!」
「面白いね! 全力で無茶をやった結果がこれだっいぇと教えてあげるよ!!」
サイが空中へと高く跳び上がり、体を右へ捻るように回転させながら天へと駆ける。空中で彼は渦を巻き、いつしか漆黒の空には彼を起点とした渦が巻かれて、シンへと放たれようとしたのだ。
「何っ……」
「シン、これは僕からのあいさつ代わりだよ! 僕のストリームツイストに耐える事が出来るかな!!」
「ならば来い! バタフライザー!!」
自分の方へ迫る螺旋からシンは逃げる事を選ばなかった。たとえ強大な竜巻であろうとも、かまいたちを放とうとも己の体に鎧を纏う事で耐える道を選んだの。
渦にシンが飲み込まれていき、バタフライザーのパーツがこれに飛び込んだ時、渦の中からはトライ・ウェスターマー形態としてライドアーマーを身に纏ったシンが飛び出す。
擦れ違い様にサイがシンに接触寸前のところまで迫るように飛び去り、同時に発動した衝撃波に体中が動かされるも、身体が砕ける事も弾き飛ばされる事もない。それは今シンが装着した紅白のライドアーマー・ウェスターマーの力だろう。
「ストリームツイストにもダイナミックプレッシャーにも耐える……それでこそ倒しがいが……」
サイが相変わらず自信高々に余裕を証明する間もなく、トライマグナムが火を噴き、サイの翼の一点に穴を開けて見せる。
シンに視線を当てればトライマグナムをくるくると片手で回して見せて自分へ銃口を向ける彼の姿は、以前の迷いが全く見られないほど堂々とした構えをとる。
「言ったはずだサイ。俺は死ぬ訳にもいかないから……全力でお前の相手をするつもりだ。命を賭けた真剣勝負に妥協する理由はねぇ」
「ほぅ……それこそ面白いじゃないかシン。だけどシン、僕の戦士としての本職は翼じゃなくて……これだよ!」
素早くサイが右腕をベルトのケースへ入れれば水色の光が輝く。引き抜かれればフロスト・フィスト。冷気を放ち、その力で湖を軽く凍結させる力を持つ拳を彼に見せつけるばかりにシンの元へ放った。
「高く飛ぶ事が売りじゃない! 素早く飛ぶ事も僕の専売特許だ!!」
「フロスト・フィストだけじゃねぇ……そして、やっぱり速い!!」
地面に足が付くかつかないか程度の高さの位置したサイが、拳を向けてはフロスト・フィストを回転させながら、彼の身体が他人から目視できないほどの速さで飛ぶ。やがて彼の飛行速度は音速を超えてしまい、目の前のシンには姿を捕らえる事が出来ない。
もし、仮に戦場に第三者が存在したならば、今のサイを流星か何かと誤認してしまうだろう。
「フェンサーギロチン!!」
投げられた剛速球のように、スピードが失速する事をを知らないサイに対し、フェンサーギロチンをシンは構えた。その構えはまるで大リーガーの様。上半身を180度回転させるようにして放つフェンサーギロチンは、シンが感じた風と冷気の触覚によって振るわれた。
“手ごたえはあった……だが!!”
「何っ!?」
その剛速球は細く作られたバット(フェンサーギロチン)には余りにも荷が重かったようである。
フェンサーギロチンの薄い刃に激突したも、衝突したフロスト・フィストからの冷気が瞬く間に刃に蔓延していき、銀色の刃がいつの間にか水色の刃と化して激しい亀裂が入る。
そして、ギロチンが真っ二つに折れて、飛び散った先端が激しく宙で回転しながら大地に鋭く突き刺さった。
「フロスト・フィストを甘く見たら困るよ。このスクリュー・イーグルは絶対零度の大鷲と恐れられる拳なんだよ!!」
絶対零度の大鷲と呼ばれたサイのコークスクリューをシンは知らないはずはなかった。
だが、彼は敵としてスクリュー・イーグルの威力を考えた事をなかった。今、彼はスクリュー・イーグルの恐ろしさをフェンサーギロチンが折られたことで実感しただろう。
「僕の必殺ブローは一撃の威力を重視しているだけじゃないよ! 僕のフライング・テクニックが手数を増やす事が出来るんだよ!!」
「後ろか!!」
後ろを振り向けばサイがUターンを決めて右腕をゼンマイのように激しくひねりながら、全身をゴム動力の飛行機のように激しく回転させて拳をぶつけようとしている。自分の右肩をサイが狙う。
相手の攻撃パターンを察したシンが、一歩軸足をずらしてくるっと正面を向けて右手首が真下へ折れた。
「グレン・バーナーフルスロットルだ!!」
突きだされたシンの右手首からは真紅の火柱が真横に上がった。火柱がサイの進撃を封じる壁となる。サイの拳から放たれる冷気の膜に、シンの腕から噴きあがる容赦ない炎の柱。
雨にもかかわらず、全力で放つグレン・バーナーの炎が消える事はなく、冷気と激突を見せる。
この激突は、燃えるシンの情熱と冷静なサイの闘志か。両者は一歩も先に進む事が出来ず、また退く事は絶対に許されなかった。
「グレン・バーナーフルスロットルならお前の絶対零度を食い止めることだってできるぜ!!」
「本当だね。僕の冷気が全然君を氷漬けにすることができないや……」
「ざまぁ見ろ……俺は全力で無茶やっているんだ俺のグレン・バーナーは大雨ごときで燃え尽きねぇ……!?」
しかし、シンの一本気な意地はサイの正攻法に縛られないテクニックに阻まれてしまう。右腕と右腕の激突において、残された左腕でシンの右腕を攻撃する事に気づく余裕がサイには残されていた。その結果、シンの右手が突然何かに引っ張られるように真上へ腕を上げられてしまった。
「な、何だと!?」
真上へ上げられて標的から外れた右腕が相手によって結晶と化す。その時から右腕の感覚が凍傷に遭ったかのように完全に失われ、サイが誇る絶対零度の拳がシンの右腕の肘から先見事に砕いて空中へ飛ばした。
「まずは右腕一本……かな」
自信がありげなサイ。シンから右腕をもぎ取った勝因は彼の左腕にデルタートルが握られていた事だ。
デルタートル、それはサイの腰に装備された三つの六角形型のパーツだが、グローブから引き抜かれたスティックによってビームワイヤーで結ばれており、サイの脳波で自由自在に動き、攻撃はもちろん、相手の動きを封じる事も可能な兵器。ビームワイヤーがシンの左腕を真上で固定したのだ。
「……アームパージ!」
すぐさまシンはコンバッツアームからシューティングアームへ換装をしようとするが、コンバッツアームが全く排除される気配がない。右腕が死んだ。サイに砕かれず残された右肩から肘までが排除する事すらできないほど機能を完全に失っている。手動でないと腕を切り離す事が出来ない。
だが、サイは攻撃の手を緩めない。再びスクリュー・イーグルが、今度はシンの左腕を殺すだろう。
「ちっ!!」
その時シンは何を思ったのか、左手に備えられたストラングルチェーンを器用に操り、左手首を折ってトライボンバーを取り出し、上部の蓋を外して弾薬を左腕の空洞部分へ徹底的に詰め込む事を始め、収まりきらなくなったら残りの弾薬を全てストラングルチェーンで巻きつける方法を取った。
「気でも違ったのかいシン!? 銃に装填する事がマガジンの正しい使い方だってことは銃使いなら分かっていて当然じゃないか!!」
「それだけしかやらない奴は小奇麗な利口さんのやり方なんだよ!!」
シンのジャケットからは黒い物体が飛び出した。トライマグナムだ。トライリモートを装着されて脳波によって移動するトライマグナムが向けられた先は勢いよく飛びかかるサイではない。サイを撃つ事が出来るなら既に自分は選んでいたはずだ。
だが、トライマグナムは意外な標的を選びサイをも驚嘆させる事態を招いた。
「な、な……何だって!!」
「見たか……サイ、全力で無茶をやる事はこういう事を意味しているんだぜ!」
「ば、馬鹿だ! シン、君は大馬鹿だ!!」
シンの選んだ方法はまさに捨て身の戦法。なんと彼は自分の左腕をトライリモートによって遠隔操縦されたトライマグナムによって破壊する事を選んだのだ。
通常のサムライドからすればまさに狂気の沙汰に尽きる自傷行為。だが、この行動の答えがサイのフロスト・フィストの機能を、自分の右腕を奪った彼の拳を故障させたのだ。
「俺がトライボンバーの爆薬を左腕に括りつけたのは……この為なんだよ」
「左腕を弾丸に包んで、そのトライマグナムを撃つ事で左腕を大型爆弾の要領で爆発させて……僕のフロスト・フィストを故障させたのか……」
「そういうことだ……シューティングアーム・シュート!」
左腕の爆発はシンにとっても至近距離だ。身体を上手く動かしても至近距離の爆風にあおられてしまった。彼は空中で体勢を立て直しながら胴体に残った両手の残骸をトライマグナムで撃ち落とし、バタフライザーから飛び出したスペアの両腕が装着された時に彼は大樹の枝にスタっと着地して腕を組みながら構えている。
右手が故障してしまい地上に戸惑うサイに対して、シンは彼より上の場所に存在する。これは形勢逆転の前兆なのか。高く飛べる事がウリでもあったサイより高い位置にシンは存在するのだ。
「この世界の言葉で肉を切らせて骨を断つと言う言葉があるが、俺の戦いは腕を切らせて拳を断つだ!!」
「クレイジーな事を……」
「クレイジーね。だが俺は死ぬ訳にもいかないし、お前を倒す訳にもいかない。だから全力で無茶をやるんだ!!」
意地でも死ぬわけにはいかないシンの後ろには落雷が唸りと共に地面に落ちる。雷光に輝く彼は天を味方につけた瞬間か、それとも悲壮な戦いが激化する宣告のようなものか。
「シン……僕のフロスト・フィストを破ったことは評価するよ。だけどね……僕にはまだ四つの拳が遺されているんだよ!!」
(ファイブ・フィニッシュ・フィスト……ヒート、フロスト、フラッシュ、ハード、ファスト……フロストを破ったら次はどっちだ!!)
シンの脳裏には五つの拳がよぎる。共に戦い五つの拳を見てきた中で、サイのベルトの側面ケースに拳を入れ、その際に放たれる光の色で引き出されるグローブが決まるの答えは白だ。それを察した時にシンは地面へ降りるがサイは既に空へ昇っていた。
「一足遅かったようだね」
「ファスト・フィストを使うつもりなら……フライング・ファルコンが来る!!」
「そうだよ! 地球最速の動物ハヤブサのように……舞う時も降りる時も最速……ハヤブサは高く速く飛んで、その力を地面へ叩きつけるのさ!!
サイは両手のサイクローを前面に突きだしては、激しく回転しながらまるでドリルのようにシンを貫かんとする。このスピードで放たれる一撃はシンを頭部から貫くだろう。飛んで、地面へ落下するサイは既に勝利を確信しているのか。音速の中で笑みを見せた。
「てやぁっ!!」
一瞬の刹那、シンは飛んだ。飛び降りた大樹の枝にストラングルチェーンを括りつけて彼は飛んだ。それに、背中から用意したダイヤモンド・クロスを何故か先ほどまで自分がいた足場へ投げつけた。
「!!」
サイがめがけた先の地面が爆発を起こした。間一髪真上に上昇したサイの被害は軽微だったが、自分はシンの罠に嵌る所だったのだ。シンが戦いのさなか、バタフライザーに搭乗する際にシェパードを射出して、シンが避難すると同時にシェパードを爆発させてサイを爆発へ巻き込もうとした策略をサイへ喰らわせようとしたのだ。
また、フライング・ファルコンはストレートに急降下していく勢いの力で相手を攻撃する必殺ブロー。だが、急に突撃の機動を転換した場合、急降下時の速度が大幅に弱まることで威力が損なわれてしまう。慌てたサイは黄色の光を放ちながらグローブを換装した。
続いて現れた拳がフラッシュ・フィストだ。フラッシュ・フィストは黄色の光に間違いなく、雷の力を秘めた拳。電撃が激しく光る両腕からのダブルパンチが再び枝の上に立つシンへ向かって放たれる。
「ダブルアッパー・カット!!」
「ダブルドリル・シャークキック!!」
電撃を纏う必殺パンチが右、左の順番で飛び出る。だがシンは向かってくる拳をジャンプして、両足から飛びださせたシャークドリルが右、左で彼の両手に細いドリルを突き刺させた。
「うわぁっ!!」
「ドリール・ファイヤ!!」
シンがドリル・シャークをミサイルの要領で射出させて、発射時の反動と同時に空中へ高く飛びあがった。偶然に次ぐ偶然か、いや技と技の応酬が、翼を持たないシンを空へと高く飛ばす。このタイミング、空中の滞空時間中にシンが考えた手段はブレイズバスターでの反撃だ。
右腕から放たれたトライバレル、トライサンダー、トライスコープがトライマグナムに連結され、それらを右手首からの空洞に連結される事で必殺のビーム兵器と化す。
グリップのように折り曲げられた右手首を握り親指のトリガーを折ると黄色の極太の光線が放たれた。
「サイ……!!」
「シン……!!」
互いが叫んだ瞬間、怒涛の爆発がサイを包んだ。煙にサイは消えた。まさか……。シンは一瞬最悪の事態を想定したが、煙の中からは三角形の光が現れて、彼の想像に反してサイは右手に三角形状のエネルギーシールドを突き破って目の前に現れた。
「これもデルタートルの力か!?」
「そうだよ! どうだい、デルタートルはこういう使い方も出来るのさ……!!」
デルタートルは攻撃や相手の動きを封じる事以外にも使い方が存在した。それは3つの円盤を頂点として、エネルギーのシールドを形成して、相手の攻撃を無効、あるいは軽減する事が可能となる。サイはデルタートルを駆使してブレイズバスターの攻撃の直撃をまぎれた。
だが今のサイは敵だ。健在であろうともシンには決して嬉しくない事だ。サイは何かに満足したかのような笑みを見せながら激しく空中へ、今のシンを無視して、彼より遥か高く飛び立った。
「あいつ、俺を確かに見てた……なのになぜ……!」
サイがシンを見逃した事は敢えてだ。空高く飛ぶ彼がその証拠に空中で一瞬姿を見せては消滅してしまった。
「サイはバニシング・フェニックスを使うつもりだ!」
しかし、サイの身体から黒い光が発生した事をシンは見落としていた。落下中でバニシング・フェニックスを使うつもりは彼にはない。
そうとは知らずにシンはダイヤモンド・クロスを手にして突き刺そうとした所、彼の拳をダイヤモンド・クロスで突き刺した所、激しい勢いでシンの拳から振動が伝わってきたのだ。
「バニシング・フェニックスじゃな……いだと!?」
サイの一撃は屈指の威力だ。外からの威力だけではなく内部にも激しい震動が襲い掛かり、下手したら自分の意識が飛んでしまう気がシンには感じられた。
だが、それよりも彼を待っていた事は、受け身を取る事も許されずに地面へ落下してしまった事だ。
「バニシング・フェニックスはシンに破られたからね。だからハード・フィストの必殺ブロー”ストレート・コンドル”との合わせ技でいかしてもらったよ……僕の拳を二つも台無しにしてくれて前よりやるじゃないか……」
そして、地面へ落下していくシンを追いかけるようにサイが急降下を始め、地面へ激しくぶつかり、身体をやや地面へ埋没させてしまったシンに馬乗りになる体制をとる。
「ぼくをさんざん手こずらせてくれたね……これで死んでもらうよ!」
サイにとって二つの拳が壊される事は考えていなかった。その分サイはプライドを傷つけられたようなもの。サイクローが彼の身体を次々と傷つけていくがシンは立ち上がろうとしない。いや、出来ない。ストレート・コンドルの影響で内部に激しい振動による衝撃を受け、目覚める事が許されなかった。
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「馬鹿にしているんじゃないかしらゲンという田舎者は!!」
「サ、サクラ様……いくらなんでも田舎者は、それに五強のゲン様に向かってそのような事は……」
「トリィ! 貴方、ゲンに私と同じ様付けとはどういうことですの!?」
「そ、それは……ゲン様はサクラ様と同じ軍団の宿聖ですし、五強に選ばれた方ですから」
「それだけの理由ですの!?」
「そ、それだけですか!?」
サクラが東部軍団から帰還の際、想像を絶するほどの不機嫌スキルを発動させていた。これに関しては前回の件でゲンにそれだけの素質しかない人物と指摘された事にある。
彼女からすれば逆臣を処断しただけにすぎないが、よく考えれば発言の主が自分の保身を最優先に考える男であり、マガラーナの件も言葉のあや程度のもので計画を練っていたとは信じがたい。ゲンからすればサクラは奸臣の言葉に乗せられてしまった暗君と見えてしまったのだろう。最もゲンだけではなく自分の、他人の組織の半数以上が彼女の実力を疑問視している者が多く、まともに忠誠を誓う者はこのトリィぐらいなのは彼女自身が知る由もない。
「ですがトリィ、貴方がゲンを様と付ける事を私が否定している訳ではありません。そのかわり……」
「そのかわり……?」
「私をサクラ様以上にパーフェクトでエレガントな呼び方で称える事ですわ!!」
「……」
トリィはまたも目を点にしてしまう。サクラが今すべきことはそのような外見やメンツを保つ事ではないだろう。もっともな事を指摘する事は今のトリィでも、少なくともサクラ自身より最良の道を探る事が出来るはずだ。最もそのような進言をした場合には、サクラの機嫌を損ねてしまう事と、受けいれられない事もあり口がつまってしまうが、
「サクラ様! とにかく私達は」
「ガルガルガル!!」
とその時、甲信越から北陸へ向かうルートにおいて何故か狂犬と呼ばれた犬の姿があった。
「な、何ですの……!?」
「北部軍団中闘士ナガシゲール……! どうしてお前がこのような所に!!」
「ガルルゥ!!」
「……この者に言ってもあまり意味はないが……気がふれたか!」
「ふふふ、たかが中闘士。私があなたの様なものに敗れる事がありまして?」
「サクラ様!!」
この時のサクラは珍しく戦う事に関して積極的である。自分の部下とはいえ、狂犬の言葉に相応しく知性が明らかに欠落している男ごときに彼女が破れる訳にはいかないのか。
相手のせいかもしれないが、彼女の桁外れのプライドがこの時に限って功を奏したのではないか。トリィは一瞬不安の裏で感心の感情まで芽生えてしまったが、
「何故なら! 私にはトリィがいるのですよ!! 北部軍団烈闘士トリィを甘く見てもらっては困りましてよ!!」
「……私ですか?」
「もちろんですわ。あのような下衆、私が手を出す必要性もありませんわ。トリィ、私の付き人として恥じのない実力を見せなさい」
「は、はい……」
この時点でトリィは少しでもサクラに期待した自分が馬鹿だったと言う事をまた知らされる結果となる。彼女はやはり口だけで実力はない。だから自分にお鉢が回るのか。しかし任されてからにはナガシゲールを相手にすることを避ける事は出来ない。
「グルグルグル……」
「ふふふ。トリィは私が見込んだ烈闘士。私が認めない貴方に負ける事がなくてよ……」
「サクラ様……いいえ!ナガシゲール、それまでして貴方が来るなら私もあなたを処刑しなくては……きゃっ!!」
トリィはトリィなりに戦うつもりでいる。彼女は不器用なりにリーフェストに搭載されたサーベルを構えて、円錐状の先端が光っては相手を一撃でしとめようと固める。
だが彼女の信念は、彼の本能を前には無用だ。本能に忠実なナガシゲールがサクラを狙う。本能に忠実なればナガシゲールを止める理由は何もない。空中に飛んでサクラの右腕をかみちぎらんとばかりにかみついてきたのだ。
「ひぃっ……!!」
トリィの脳波でソルディアを動かすことは可能だ、だが、この場で兵を動かせばナガシゲールの接近に腰を抜かして震えるサクラはどうなってしまうのか。ナガシゲールの強靭な牙で噛み切られてしまう恐れがあるだろう。
ナガシゲールが確信か天然かは分からないが、主君の首というアドバンテージを利用してナガシゲールがサクラの首へ噛みつく。
また、サクラを事実上脅迫している為、動きもしないトリィを単なる壁としてみなして、ナガシゲールがサクラの首から離れようとしないのだ。
「サクラ様! おのれ……私のサクラ様に、それに自分の主君へ牙をむける不届き者を私は許せない!!」
自分なりの戦意と気迫でナガシゲールを誘導しようとするが、彼は全く気にかけようともしない。なら意地でも主君へ引きつける彼を殺してまででも主君を救わなければならない。
「そうだ。ライレーンさんのくれたデータにはナガシゲールは地上戦を得意とするが、本能の身で動き、高等な技術を持つ相手には弱い……それに私には与えられた力がある」
トリィはライレーンから与えられたヒントを手掛かりに、自分の能力を相手の特性と照らし合わせて、最善の策を練ろうとする。
戦いはおそらく地上戦となる。ならば地上戦へ適したランドフォームだ。トリィが一旦リーフェストへ自分の身を入れたが、
「トリィ!貴方が殻にこもる事は許されませんわよ!!」
「何を勘違いしているのですかサクラ様……」
「そう言っている間に貴方! 貴方が今どうなっているのかお分かりになられて!!」
「え……!?」
だが、トンチンカンな勘違いを起こしたサクラに気を取られたでタイミングが狂ってしまい、気がつけばトリィを閉じ込めた棺が空中へ引き寄せられる。
空中へ引き寄せる物体は長方形の箱に丸のこ、板のこ、全身から刃を展開させる空飛ぶ物体だ。無個性の量産機とは全く異なる奇異な機会。あれはシックスの開発したメカラクリ以外の何物でもない。
「ちょ、ちょっと! どういうことですの!? シックス!!」
『サクラ様~申し訳ないんだに……メカラクリ・ノコギーリーを開発したまではいいけど、そのメカラクリを奪われてしまったんだに!』
「メカラクリを奪われたですって!? なんですの!あんな頼りにならないメカラクリがよりによってトリィを苦しめている事はどういう事ですの!?」
「ろろろ~矛盾している事を言うのはやめてほしいんだに~私だって好きでこのような状況で役に立つメカラクリを作ったわけでもないうえに、好きで奪われたんじゃないんだに~勘弁してほしいだに~」
「貴方! 帰ったら死刑ですわ!!」
「ええ!? そんな、このメカラクリを奪ったのはマエバーミンなんだに!わかってほしいんだに~私は無罪だによ~!!」
この時点でサクラへ命乞いをするシックスだが、たとえ彼に悪気があろうとなかろうとも被害を受けているサムライドが彼女であることがいわば運のつきだ。彼女を前に正当性を主張しても、言い訳をしても結果は元の黙阿弥で終わってしまうだろう。
「ええい! 離しなさいよ!!」
「グルグルルルルル……」
「あぁこのサムライドは本当に低能ですわね! トリィ、何とかしなさい!!これはわたくしからの命令でしてよ!!」
棺の中に閉じ込められたトリィへサクラはプライドを崩すことはなく彼女へ命令を下し続ける。今、彼女は絶体絶命の危機に追いやられているが、そこで本来の気高い気性を曲げることはなく、容赦なく向かうところは良くも悪くも彼女そのものだ。
しかし、リーフェストはノーコギーリーによって左右の面を貫かれてしまい、さらに底部からの半月が彼女の出入り口を塞ごうとしている。このまま扉が開けられてもトリィは犠牲になってしまうはずだ。
「私はともかく、サクラ様の危機を救う事に手間をかけるなんて……でも、私はこのリーフェストがあればもう一つの力が発揮できますよ!」
リーフェストの扉が観音開きにされた答えは、トリィがのこぎりの犠牲に遭うことなく、リーフェストの真上に立ちあがった事がだ。
リーフェストこそトリィにとっては唯一無二の存在でもあるライドマシーン。彼女をあらゆる姿へ変える事が出来、またその変身時の隙、棺からそのまま姿を出すと、無防備な状態から敵の攻撃を阻止する事が出来、またある程度の空間へ自在に自分を移動させる力を秘めているのだ。ある程度とはいえ、敵の隙を突く事は簡単である。ノーコギーリーの真上にメイド服を身にまとったトリィがいる事が証拠だ。
「真下や両端を凶器で身を包んでいるまではよくても真上は隙だらけですね。これなら私でも勝つ自信があります」
メイド服と可憐なコスチュームに身を纏うトリィだが、その可憐と別の意味で彼女は苛烈だ。両肩に備えられた菜箸のようなニードルが。激しく車輪のように360度回転させて上部の装甲をひっかくように突き刺しては、二本の縦線を描いてノコギーリーを引き裂こうとする。
だが、敵も黙って攻撃を受ける事を選ばない。底部の丸鋸が引っ込み、上部にその刃が出ようとしている。さらに先ほど自分をとらえた極細のドリル、また翼の平鋸が彼女を襲おうとしていた。
しかし、とどめを刺す方法がトリィには用意されており、左足のスプーンを手にした途端彼女はスプーンの腹を叩きつける。
腹の棘が敵を叩きつけて、指令系統を破壊したとみた。機体が傾きかけるが彼女は念には念を入れるタイプだろう。何度かスプーンを叩きつけた時に、スプーンの先端を外してフォークと化した食器という名の凶器で相手を突き刺す事をトリィは選ぶ。フォークの先をまるでトライデントのようにして彼女は機体を一本の槍で貫かせて、自分のとどめをさらに確信的なものにする。
「サクラ様!少し危ないですがこれで……!!」
ノーコギーリーが地面へ落ちる中で、トリィは一定の間隔を見計らって腰のシューターを飛ばして一直線に飛ぼうとした。
しかし、ナガシゲールは両腕を真後ろに向けた状態で、腕を横に回すとロケットパンチの要領でトルネードを巻いてはシューターの軌道を見失わせようとする。彼の予想は当たりシューターは先ほどまで直進して飛んでいたはずなのに、やはり見た目から軽量化されていた兵器だろう。竜巻に巻き込まれる形で螺旋の勢いに縛られてしまうがオチだ。
「!!」
しかし、仮にナガシゲールがそこまでは計算としても、どうやら先は計算をしていなかった。このまま勢いに押されて竜巻を過ぎれば何の問題もなかったかのように一直線でシューターがナガシゲールの肩を切り裂いた。
「グアアアアアアアアッ!!」
「今だ……!!」
ナガシゲールがようやくトリィを相手にしたようだ。首を向けて彼女へまさに狂犬のように牙をむけながら、両足に得た跳躍力を全開にして飛ぶ。その勢いで飛ぶ彼へトリィは動じない。そして斜めの対角上でぶつかる瞬間を見たときにトリィは飛ぶ。
「フォーム・チェーンジ! ショック・フォーム!!」
「グル!?」
宙に浮くトリィは腰の後ろに取り付けられたプレートを自分の頭の後ろへ寄せると、地面へ顔を向けるように体制を変える。
このまま体勢を変えただけではなく、彼女の両腕が前に突き出され、両手がフォークを握る。とどめに彼女の美しい両足が瞬時にフリルスカートへ収納されて、気がつけばトリィは突撃を試みるかのようなマシーンへと姿を変えた。
「グアアアアアアアアッ!!」
「やはり、クレイジアブレイドで来た……なら」
ナガシゲールが突き出したものは以外にも己の牙ではなく、彼のさやから抜いた太刀だ。「ナガシゲールは己の身体で本能のままに戦うが、クレイジアブレイドを使うときは、相
手に対して彼の本能が恐れを感じてしまい、己が傷つきにくいように武器を使う……ライレーンさんのデータ通りだ!!」
トリィの脳裏にはライレーンからのデータがよぎった。ナガシゲールが剣を振っている事は自分を恐れている。本能しか動かない彼が恐れているならば、思い切り大胆に攻めてもかまわないことだ。
「空中で少しだけでも高度を上げる事が出来れば!!」
クレイジアブレイドと彼女が接触し、剣が彼女の後頭部をかすろうとした瞬間。トリィは少しだけ、プレートを彼にぶつける程度に頭を突き上げた。
「グアアアアアアアッ!!」
頭を突き上げた時にはクレイジアブレイドが弾き飛ばされていく。そして、両手で握られた先端のフォークが、うまくナガシゲールの顎から先を突き刺して、さらに彼女の背中に用意されたバターナイフのように丸みのある翼6枚のうち2枚が彼女の首を真っ二つに、まるで断頭台のように切り落とした。
一瞬の事態でナガシゲーは散った。そして切り離された事をトリィが確認すると、彼女の姿が自然と元へと戻った。
「やった……サクラ様!!」
「ト、トリィ……私は大丈夫でしてよ? あんな理性のかけらもない狂犬に負けると思いなして」
自分へ駆けつけてくれるトリィをサクラは心のうちで一瞬拠り所のように接しかけた。しかし自分はエチゼン国のサムライド部隊長であり、北部軍団の宿聖。下手に弱みを見せることは許されないのだろう。すぐに首をプイっと横を振っていつもの自分を演じて見せる。
「よかった。サクラ様が無事そうで」
「当たり前じゃないの。私がこの程度の狂犬に倒される分際だと思いまして?」
だが、トリィにはサクラの掌をころっと変えたような調子のいい態度もどうでもよかった。何故なら、自分はまともにサムライドを倒す事が出来て、サクラを救う事が出来たからだ。元々戦闘用ではなかった彼女は、桜への絶対の忠誠を誓う一方、自分に自信が持てない事へ強い葛藤を持っていた。
しかしライレーンから与えられたデータを受け取った時が、自分が戦う為のサムライドととして才能を開花させるきっかけとなった。元々データを分析する事は彼女にとって強くなる為でもあり嫌いではなかった。そこにライレーンがコンビを組む事を想定して自勢力のサムライド達を分析したデータが加わった。コンビを組む為に分析されたデータは、視野を変えれば相手をどのように攻めるかが記されているも同然だ。
さらに、自分は状況に応じて7種のフォームに姿を変える事が出来る。相手の弱点が分かり、弱点を突く戦い方に関しては並のサムライドより上。トリィは戦闘経験が浅くとも、ライレーンからのヒントと本人自身の十分な能力があったからこそナガシゲールを倒すことに成功したのだ。
それよりも、トリィはサクラを助ける事が出来て悔いはない。しかし、間もなくトリィは想像を絶する事態をサクラに見た。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「サクラ様!?」
その時サクラは頭に激しい衝撃が走ったのか、激しく叫んでから白眼の状態でゆったりと真後ろに倒れてしまった。
「サクラ様……いったい何が……それよりショーツ・シューツ、サクラ様を頼みます!私はサクラ様を無事北部軍団へ連れて行かないと……!!」
トリィには何が何か全く分からない。今はサクラのライドマシーンであるショーツ・シューツにサクラを担ぐように低空飛行させて、彼女を無事本拠地へ返す必要があるとトリィは見た。
トリィによって北部軍団は本拠地へ合流を始めた。何故サクラが突然あのような異変に襲われたのか……トリィが知らない突然の事態は、シンとサイとの死闘から明らかにになろうとしていた……。
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「やべぇ……このままじゃ俺もたねぇよ」
シンの意識は徐々に深淵から浮き出ようとしていた。戦いの中で傷つき、友を殺す事もできない。ただ友にやられるだけでこのまま自分は果ててしまうのか。
「しっかりしろ俺。こんな所で俺が破れたら……この世界を守って、この世界でもっと強くなるはずの俺の夢はどうするんだ……」
激しかったサイのクローと拳がシンの顔を、身体を傷つける。これらの攻撃が、彼は意識の途絶えから目覚めるきっかけとなる。自分はこのままやられる訳にはいかない誇りと意地がある。夢を成し遂げなくては。シンはこのまま黙っている訳にはいかないと情熱を再び燃やし始める。
「う……うう! うぁぁぁぁぁぁ……」
シンが目を覚ました時に、馬乗りになって攻めるサイから続くはずの猛攻が来る気配がない。もしここで意識を取り戻していたら、サイの猛攻をどのように切り抜けるかをシンは考えただろうが、サイは攻撃の手を加える事はない、いや出来なかったのだ。
何故なら、目の前にいるサイは自分に希上位の状態で連続攻撃を仕掛けていた時とは打って変わり、頭を激しく抑えながら、押し寄せる激痛に耐える事が精いっぱいだったのだ。
「何があった……まさか!!」
目の前の光景が分かるまで少し時間がかかったが、事を理解した時にはシンにもまんざら絶望だけではない事が分かった。
今、サイが異変を起こしている事は何かの奇跡が起こっているようなものだ。あの時の戦いでのシチュエーションが再来している現実があった。
「まだ俺に望みがあるってことか……」
背中をちらっと見るシン。以前相討ちの名の元に敗れ去った時と今の自分。同一人物にとっての最大の差異は、シンが切り札を、第三の力を手にした事だ。
だが、第三の力はまさに暴れ馬。トライマグナムと比較すれば圧倒的な威力を誇り、ブレイズバスターと比較すれば隙がない。威力、隙の点では第三の力である第一、第二の力に勝るが、非の打ちどころのない力にはリスクが大きい。使用した際には腕が破壊されるならまだしも、エネルギーが腕を破壊するだけでは収まらず、心臓部まで作動する事もある。
「どうするシン。こいつを使う事は俺にとってもリスクが高い……だけど……」
「シ、シン……僕は君を倒す……僕は君を倒す!!」
サイが激痛から己の頭脳を振り切らせて、鉄拳と爪をシンへ向ける。右手のハード・フィストが激しく回転しては、シンの外側から内側を刺激しようとする。
“これ以上やられっぱなしでいられるか。何もできないまま死ぬのは犬死だ……“
「死ねぇぇぇぇぇシン!!」
「させるかぁっ!!」
振り下ろされた拳へは、ホルスターからのトライマグナムを突きだして対抗する。一瞬にしてトライマグナムの先端下部から展開された刃がサイのハード・フィストに突き刺さる。
「……!!」
もう一方のトライマグナムにはオプションパーツが装着されていた。それがトライナックルダガーだ。
実際に、拳銃はいざという時近距離戦での殴り合いにも使用される。このトライナックルダガーはその事態に陥った際に活躍するオプションパーツで、近距離戦での威力はダイヤモンド・クロスとほぼ互角なので代用としても使う事が出来、さらにトライマグナムとして従来通りの運用も可能な兵器である。
この突然の不意打ちにサイが驚くが、シンも別の意味で驚く結果になった。それはサイの背中の翼だ。先程牽制として一発放ったトライマグナムが翼を射抜いて綺麗な穴を開けていた事だ。
空中戦においてはおそらくサイは全力を発揮していなかった事もあるから気付かなかったが、背中に空いた一発の穴が起死回生のヒントになる。自分へのリスクも甚大だが、これを逃す事は馬鹿だ……。
「接近戦でこれを使ってくるとは思わなかったよ……でもね、全然痛くないよ!!」
「サイ……最初に友として申し訳ないと言わせてもらうぜ」
「友として……何を訳の分からない事を未だに……」
「次に敵として、俺を知る好敵手として言わせてもらうぜ……こればかりはお前も知らないはずだ!!」
「おしゃべりはここまでだよ……コンドル・クエイカーで死ねばいいんだ!!」
右を止めても、左の拳が彼へ振るわれる、だが今こそこいつを使うのみ。左手で素早く背中のバックパックにセットされたダイヤモンド・カッターと同程度の長さの切り札”ライティング・サンダー"がとうとう公の場で明らかにされたのだ。
「新兵器か何だか知らないけど……コンドル・クエイカー舐めてもらったらこまるよ!!」
「その言葉そっくり返すぜ! ライティング・サンダー、2万年を超えたお前の初陣だ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「てやぁぁぁぁぁぁっ!!」
コンドル・クエイカーが、ライティング・サンダーが互いが接触する。そしてライティング・サンダーが先に翼に空いた穴へ針を通すように入った。
「サンダー・フィニーッシュ!!」
シンが人差指でトリガーを引いた。空の暗雲からは一瞬閃光が走った。ライティング・サンダーでの必殺技サンダー・フィニッシュが発動した瞬間だ。
「これでいける……アームパージ……!」
あとは被害が回らないように、シンは左腕を飛ばす。しかし、左腕はよりによってサイクローに突き刺された。しかし、技の発動まではシンの方が早かったかもしれないが、技の命中に関してはサイの方がはるかに速かったからだ。
さらにサイクローが貫かれた時に腕の神経がいかれてしまったのか。アームパージを叫んでも左腕が全く外れようともしないのだ。
「腕が外れない……!?」
「これで残りはあと右腕のみ!でも君の心臓をこの……ファスト・フィストのスピニング・ファルコンで……!!」
「ちくしょう……ええい! どうにでもなれやぁ!!」
「死ねぇシン……ぐ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
スピニング・ファルコンが放たれようとした瞬間、奇跡は起こった……!!
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「こ、これは!!」
シンにとって目の前の事態はまさに奇跡だ。天から降りかかった裁きの雷がサイの背中を激しく打ち付けて、翼を焦がさんとする力が彼に加わる。ライティング・サンダーの、そしてサンダー・フィニッシュの力だ。
ここまではシンも想定内だ。だが自分の左腕が、いや自分に全くエネルギーによる痛みがない。何故だ。答えは本来なら彼に感電するはずの電気エネルギーが、サイの左腕から本体へ感電してしまった事から分かった。
「まさか……奇跡だ! いや、それよりも!!」
シンをも戸惑う突然の事態。ここで説明をせねばなるまい。シンはライティング・サンダーを、サイはサイクローを放った。
しかし、ライティング・サンダーが呼び寄せた雷が先端に直撃する直前に、サイがサイクローで左肩関節を貫いたことで本来ならシンの左腕から本体へ伝道するはずの電撃が、サイクローが導体になってしまったことで、シンの左腕からサイクロー、サイの右腕、そしてサイの本体を感電させる結果になってしまった。
とどめにシンの左腕の神経が断たれたことで左腕が破壊される激痛を感じる事はなかった。本来の直撃直前にアームパージさせて腕を犠牲にして、本人の被害を最小限に断つ彼の戦法は、偶然によってサイに更なるダメージを与える結果につながった。これは計画的勝利ではない。互いの刹那における瞬時的判断の応酬の末に時の運がシンに味方したにすぎない。
サイはともかく、シンですら読めなかったサンダー・フィニッシュが直撃するまでの時間がシンへ上手く事を運んだ瞬間だった。
「ダイヤモンド・クロス! ストラングルチェーン!!」
しかし念を入れてシンは己の左腕にトライマグナムを突きつけて本体と腕を離脱させて、唯一残された右腕のストラングルチェーンを付近の樹の幹へ巻きつけて彼の身体がサイの感電に巻き添えを食らわないようにして離脱。右腕で枝を掴んでバランスをとって着地を決めた。
「あ、ああ……」
「や、やったのか……」
感電の末にサイは意識を失いうつ伏せに倒れ、シンもまた立っている事がやっとだった。だがシンにはまだ残されている事がある。サイを救う事だ。よろよろとはいえ、彼はサイの元へ駆け付けて、右腕でゆすりながら彼の意識を覚醒させる。
「サイ! 大丈夫かサイ……!!」
「……」
「まさか、俺のライティング・サンダーの威力が強すぎたのか……俺が死んでもサイが死んだら完全勝利じゃないって言うのに……サイ! サイ!!」
慌ててサイの身体を揺するシン。だが、彼は息をまだしている事に彼は気が付いた。まだサイは死んでいない。
「シン……」
「サイ!?」
かすかな声と共にサイの目がゆっくり開かれた。彼の瞳は今、狂気と闘争心に駆られる何かに操られるような虚ろな瞳ではなかった。今の瞳は……大陸で知り合った頃のように、共闘して知った自分と互角の実力者で、揺るぎない信義と優しさを持った穏やかかつ意志の強さが見える瞳だ。
「嘘だろ……サイ、お前」
「あれ? 背中に異変が……ってシン! どうしたのその腕は……アームパージすればいいはずじゃ!!」
「ちょっと色々あってな……」
「色々……大丈夫シン、いったい何があったの!?」
「いや、何でもねぇよ……お前が、あの頃のいつものお前がそこにいるほど安心できる事はねぇ」
優しい言葉が聞ける。シンは自然と気が緩やかになった。先程までの覚悟と警戒によって張りつめられていた緊張の糸がぷつんと切れてしまい急に疲れの色が出て睡魔がおそいかかってきた。
「シン、シン……どうしたの!?」
「大丈夫だ……お前はサイなんだよな。お前は……へへへ」
「そうだよ。サイ・ナ・ガマーサだってことに変わりはないよ」
サイが無事な所を目にして、急速にどっと疲れてゆっくりシンは眠りに就く。サイが自分を揺らすようにして起こしてくれる時の振動が今はゆりかごのように心地よかった。
たとえサイの洗脳が完全に解けたかはまだ保証がないが、優しかったあの頃のサイが今そこにいる事が……今の自分にとっては安心できた。たとえ他人から見たら不安定な絆が自分にとっては何よりも確固たる信頼の証だった……。