第10幕 強敵!スネーク・サイド!!
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紅蓮の風雲児ことシンキ・ヨースト、不動の砲撃手ことクーガ・ヤスト。そして戦乱の密使ことミツキ・アケチ。彼ら三人は三光同盟の敵対者として同盟からはお尋ね者のような存在だ。
もちろん同盟に敵対する彼らにためらう理由はない。クーガを仲間に加えたシン達は瞬く間に戦力を増大させ、愛知、静岡と旧東部軍団の勢力圏を支配下に置く事に成功。元東部軍団の降伏者、覚醒前だったサムライド達を味方に加えて、彼らの次なる目的地が決まった。
それは北部軍団支配下であり、自軍拠点と隣接した岐阜である。シンたち3人は進軍を開始したのだ。
「スネーク様……本当にシンとやりあうつもりなのでしょうか」
岐阜の非常拠点では彼らの指揮下にある一般の人々を専用トレーラーへ収容し、非常拠点を解体する量産型兵器と何人かのサムライドが存在する。彼らの作業は一定の水準を越す速さと質を保ってはいたものの彼らの部下からは決してモチベーションの高さは感じられない。
「シンキ・ヨーストは東部軍団宿聖であるマローン様を破った実力の持ち主だ」
「あぁ。あの男を中心に新しい勢力が形成されているみたいだが……」
「そうだ、あいつはマローンを破ったってことはマローン以上の実力者、それだけの男がトップに立つ勢力は東部軍団と互角以上の組織だぜ……」
サムライド達の気が乗らない最大の理由は今回の敵シンがマローンを破った事である。やはり五強の一角であり、ケイから信頼の厚い男を倒した男である。
彼らに自信を持って立ち向かえるものは余程の自信家であるに違いがないからだ。その中で一人のサムライドが主君と思える男に嘆願行為を行う。
鬼のような二本角のヘッドパーツに真紅の軍服をまとった褐色の男。愚痴を言うこのサムライド達にとっては主君であり、上司であり、現在北部軍団豪将の地位に就く男スネーク・サイドである。
「スネーク様、シンキ・ヨーストと戦う事は実力的にもおろか、私たちにとってはかつての仲間だったじゃないですか!」
「ウオズミン……お前は怯えているのか」
「怯えではありません!貴方のように己を全てと信じて戦っていくことは危険で……ぐあっ!!」
その時、スネークの右手に握られた鞭が振られ、その鞭は鋭い針のようにウオズミンの心臓にあたる部分を貫く。
スネークウィップ。彼が愛用する鞭でもあり蛇腹剣、そしてウオズミンの胸を突き刺した凶器そのものの兵器である。
「ス、ネーク・サイド……」
その名を呼んで力尽きたのか、その場でウオズミンばったりと倒れて動く事はない。同僚の死に目を、顔を背けたりする他の同僚面々だが、当のスネークは戦闘に消極的な、また弱腰の部下を思いやるような男ではないのだろう。彼を赤の他人のようにほったらかしにして他の部下へ告げた。
「怯える者など俺の部下ではない。いや俺にとっては弱者は必ず滅ぼさなくてはならない存在だ!!」
弱さは罪、この世から滅ぼさねばならない存在である。弱者必滅の四文字こそこの男スネーク・サイドの生き様である……。
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「おいモリナリ! 本当にスネーク様から逃げていいのか!!」
「仕方ねぇだろ! ウジーエ、俺達がシンにやられたらどうするんだよ! それどころかおびえたらあいつに殺されてしまうんだよ!!」
「それよりモリナリ、これからどうするのか~?」
モリナリ、ウジーエ、フィーネの三人はスネークの部下……だったサムライド達である。ウオズミンの無様な最期から次は自分に危機が訪れると察してしまったのだ。
なら出奔するほかに道はなかったのだろう。スネークの目を欺いて彼ら3人は逃亡を図ったのである。
「これから先はどうするのか~?」
「仕方ねぇ! とりあえず西部軍団へ鞍替えするぞ! ガンジー様なら面倒見がいいからな!!」
「確かに。南部軍団を率いるカズマ殿はスネーク様と気性が近い方だし、サクラ様の元で働くだけは勘弁だから無難だろう」
3人の進路は西。西へ急げば望みはまだあるだろう。微かな期待が今の彼らを動かす原動力だろう。
だが、己の保身を図った浅はかな行動が簡単に事を運ぶほど甘い世の中ではない。目の前にはカブトムシとクワガタの角をつけた頭を持つ巨漢コンビが通路を通せんぼしていたのだ。
「ぐあっ!!」
「ひゃーっ!!」
「じぃやぁ!!」
3人の叫びが雑木林の中で響き渡った。それから3人の姿は地上には見えず、つい先ほどまで彼らが存在した場所には巨漢2人が、そんな彼らの頭の角には、3人が存在していたのだ。
「なぁ同志、ハッター様の命令とはいえ破壊しちゃいけないのは納得いかないぜ!」
「落ち着け同志、ハッター様の計画の為に必要な獲物だぞい。ターゲットはまだまだ沢山いるのだ。急ぐぞい」
互いを同志と呼び合うサムライドはアクエーモンとモミーノ。少なくともパワーでは四軍団の中で1,2を争う、西部軍団が誇る赤鬼青鬼の怪力コンビ。
そんな彼らの任務はハッターの考案する東部軍団新生のデモンストレーション用の獲物を捕らえることにある。
「そうだな同志! しかし俺の角は相手を挟む事を得意としているが、同志の角は挟む為の津のじゃないから大変そうだな!!」
「しかたないぞ同志! 俺の角は元々相手を突き刺して殺す為だ。それよりハッター様の拠点へ戻るぞい!!」
「了解だ同志!」
アクエーモンとモミーノはあの時颯爽と登場しては強烈なラリアットで3人組の頭部へ激しい打撃を与えて意識を失わせることに成功した。そして現在は無力と化した彼らを自慢の角で運ぶことが彼らの任務であるのだ。
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「ヤスマサからのデータによると……相手は計2000。こちらは1400といったところだな」
一方シン達を迎撃せんと準備を進める美濃の非常拠点へ軍をすすめた。その目の前にはおそらくシックスが操っているのであろうメカラクリが1機、また量産型兵器の群が多数存在しているようである。
「なぁに心配する事ねぇよ! 指揮官はどうせダメシックスだって分かっているんだからな!!」
「分かったとまでは言いませんが……確かにモニターの奇天烈なメカはシックスとかシンさんが言うとおり実力のなさに定評がある男」
「そうそう! ちゃっちゃと片づけて岐阜とかいう愛知のお隣さんをいただきだぜ!!」
だが、シックスのような暗愚なサムライドを相手にすれば、たとえ敵が多大な軍を抱えていようとも、シンやミツキ達にはなんともないようである。
むしろ、シンにとっては本来の猛る心にさらに磨きがかかってテンションが高まっているようである。
「やけに自信があるなお前……指揮と後方援護は俺に任せろ。指揮官は本陣から動けないからな」
「ゴールキーパー(キャプテン)は確かに動けないですね。貴方が動くとしたら敵の攻撃が貴方へ向けられた時ぐらいですからね」
「まぁフォワードのツートップさえいりゃ撃墜数を稼いでやるよ」
サッカーに例えた軽く洒落た会話と共にシンとミツキはタダツグの操縦席の後部のレバーを引く、
それから2人はスプリングのように機体上部へ飛び込み、その機体上部には愛機であるライド・マシーン”バタフライザー”と”カムクワート”の上へ乗る。
「ゲートオープン! 亥の刻の方角で発進だポコ!!」
彼らが搭乗した事をコンピューターが確認すると、マサノブの手で機体上部から梯子のようなカタパルトレールが10時の刻にセットされた。
「さーて、軽く片づけるとするか!」
「シンさん。水を差すようで悪いのですがこの戦いは北部軍団制圧トーナメントの予選みたいなものです」
「……どういう意味だ?」
「それはたかが第1予選です。ここであの実力のなさに定評のある男を倒しても次がそうとは限らない事です」
「次は勝てるかわからないか……むぅ、こんなときのそれはないぜ」
ミツキの発言は間違いではないが、戦勝ムードが既に漂う今、言うべき言葉ではない。シンも少し闘志が萎えてしまったのか、やや苦々しい表情で彼女に突っ込みを入れる。
「すみません。今回は大変なことになりかねない気がしないでもないのです」
「しないでもない……まぁいいや!どんな相手でもハットトリック決めりゃいいだけよ!!」
(相手を倒す事はハットトリック程度で済むことではないかと……)
『ゲートスタンバイ……敵襲あり』
『ということだ。俺の巨大筒が火を噴いて相手からの攻撃がやんだ途端がチャンスだ! ダブルストライカー頼むぞ!!』
「オッケー!」
迫る敵襲にクーガはタダツグの上部から上半身を外に出し、巨大筒後部のコードを機体内部のエネルギー炉本体に接続されたことを確認する。すると、彼の両肩には真紅の光が凝縮されていく。
「巨大筒……いくか!!」
今、クーガのトレードマークともいえる巨大筒が火を噴いた。火を噴いた先は遥か一直線先の戦場。自分達を狙う量産型兵器の群へ強烈な一撃を叩きこめば遠方で多大な爆発が発生したことがシンとミツキの目からも見えた。
「さすが巨大筒。よくゴールキーパーが放つゴールキックの一撃は強烈だとは聞いたことがありますが」
「あぁ。クーガの巨大筒はマジだぜ! それより……キックオフだ!!」
キックオフの言葉とは関係ないかもしれないが、バタフライザーとカムクワートが敵陣へ向けて発進した。激しい勢いのライド・マシーンを足として、地面すれすれの地で一直線に両者が駆ける。
「貴方のバタフライザーはライド・アーマーとして運用できる多様性に対し、私のカムクワートは単純にマシンとしての運用を念頭に置いています」
「つまり、空中はお前で、地上は俺ってことか!」
「その通りです。貴方のバタフライザーはそこまで高く飛べませんですしね」
「オッケー。なら……こいつだ! トライストレートバレル!!」
シンが指すこいつとはトライマグナムの事であり、バタフライザーから飛び出たトライマグナムのEXオプションパーツであるトライストレートバレルがマグナム先端へ装着された。
そして、合体されたマグナムを握り直した頃には横一列にソルディアの姿が見える。横一列こそが彼の狙い目だ。
「はぁっ!!」
トライマグナムを右に動かしながらトリガーを引く事でストレートバレルに内蔵された五発の弾が横に幕を張るように発射された。横一列へ発射された弾丸がソルディアの頭部を並んで射抜き、貫かれた弾が後方へ飛び幾つもの爆発が陣で発生する。
「軽くデモンストレーションっと……!!」
ストレートバレルをジャケットのポケットにしまい、再度トライマグナムが単体でシンに運用される。
トライマグナムの売りは連射性である。連射性の効く銃火器類は縁近距離を問わずに威力を発揮するものである。敵陣へ飛び込んではマグナムが心を持たぬ機械へ引導を渡す。
「!!」
その時、後方からソルディアの頭部がロケットのように飛び、頭部から開かれた射出口から頭が回転するとともに銃弾が火を噴く。
無人の機械にしては珍しくシンは意表をつかれたのか、驚きの表情をその時見せたが、相手に裏を狙われようとも、返り討ちにするだけの技量が自分にあればそれでいいだけの話である。
シンはポケットから取り出したトライサンダーをそのソルディアの頭部に叩きつけて、感電させることで落とした。
トライサンダーはトライマグナムのストックとして使用され、トライマグナムのパワーを増大させる役目を果たすが、単体ではスタンガンとしての役割を果たす兵器でもあるのだ。
「あぶねぇあぶねぇ……ソルディア1機1機が地味に改造されているとはな……」
一瞬とはいえ危機に陥ったシン。彼が真上を見上げればカムクワートの頭上でミツキが何体かのアロアードを相手にしているが、やはりシンと同様以前と比べて彼女はやや苦戦を強いられているようである。
「……フレグランススプレーガンが効かない? このスプレーガンはこの場合に役立つのですが仕方ないですね」
フレグランススプレーガンとは、ミツキの腰に用意されたスプレーガンであり、相手の量産型兵器やサムライドの機能を一時麻痺させる粒子を放つ。
その兵器は乱戦時において相手の動きを封じることで使用者に大きなアドバンテージを与えるが、それが使えないようではあまり意味がない。だから、彼女はキキョウを手にして攻撃することにした。
キキョウを畳んで放たれるビームがアロアードを仕留めようとするが、以前のように一撃で相手が落ちず、せいぜい外部装甲が破壊されるぐらいである。
「まぁ、キキョウのビーム兵器はあくまで飾りですから。ビーム兵器はあるにこしたことがないから備えられただけですから……」
だがスプレーガンの、キキョウの、効果がなくてもミツキは全く動じない。何故ならフレグランススプレーガンは外部にダメージを与える兵器ではなく、本来剣として、投擲兵器として使用されるべきキキョウのビーム兵器はあくまでおまけ程度に過ぎないのだから。
いや、キキョウのビームでアロアードの装甲を破壊出来たのならば、結果オーライだったのかもしれない。
「装甲さえ破壊して内部を露出させればこのフレグランスで……」
ミツキの確信的な勝算に基づいた言葉と共に、彼女はフレグランススプレーガンの銃口を内部機械へ押しつけて、トリガーを引けば。精密な内部を守る装甲を失った機体は力なく地面へ落ちた。
「ということです。ですがまぁ……」
物事がひと段落したかのようなミツキの物言いだが、現在の彼女はアロアードに囲まれている。
けれども、そんな事知ったかのように彼女は相変わらず華麗な動きで標的を次々と仕留めていく。キキョウは鉄扇、短剣、ブーメランと彼女に握られながら姿を変えゆき、花弁のように身軽な彼女は、標的を足場にしながら縦横無尽の戦いを空で繰り広げているのである。
「さすがミツキ!言うまでもないな」
シンが彼女の実力に関心をしていると、敵側と同様ソルディアとアロアードで構成された自軍が相手と組みあいを始めた。その上後方からは巨大筒の援護砲撃が、タダツグの強固な装甲を活かした敵陣への突入が開始された。
「シン、ここは俺とミツキがいればなんとかなる! お前は速くメカラクリを倒せ!!」
「ほぉ。ポジションチェンジでフォワード二人、キーパー一人が、フォワード一人、ミッドフィルター二人か!!」
「そのとおりですね。試合はまだ前半ですがハーフタイムまで待つ必要はありませんから。ここでタイムをかけてポジションチェンジといきましょう」
「そうだ。ミッドフィルター二人でフォワードの群を片づければいいだけだ。この試合は1点先取で勝利だからお前は速くいけ」
「ならそうさせてもらうぜ。スライティングやタックルで選手を倒しても勝利にはならないからな!!」
量産型兵器の質については性能差で若干不利だが、シンとミツキが五分五分に戦える程度に数は減らしてあるうえ、クーガとミツキがいれば量産型兵器の質の差など関係ないだろう。量産型兵器には量産型兵器を、そしてサムライドにはサムライド。だからシンは急いだ。これを操るシックスとメカラクリの元へ。
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「ろろろろろろ! メカラクリ・シャミダーレー!とっとと片づけるんだに!!」
そんなシンを前に、ドレッシングの容器が二つ繋がったようなマシンが立ちはだかる。
メカのくせにメカとしての役目を果たせないシックスが搭乗する今回の機体メカラクリ・シャミダーレー。そいつは先端から何か黄土色の液体を一気に彼へ噴射させた。
「うわっ! あぶな!!」
吐きだされた液体の正体はわからないが、敵の攻撃を食らって得するような事はない。本能的に回避する事を選んだシンは、近くの壁に身を隠してシャミダーレーの攻撃から身を守ろうとする。液体はどうやら壁を破壊できないのだろうか。
「!?」
シンがそう確信したしていないかは分からない。だが、壁に手を当てて立ち上がろうとした途端、壁がビスケットのように軽く崩れてしまい、自分の手が壁穴から露出してしまったのだ。
あの液体は溶解液だ。答えがわかった彼は慌てて自分の手を引っ込めて、後方へ撤退を開始しながらトライマグナムで足を止めようとした。
だが……困ったことに折角放った銃弾は、相手の先端からの溶解液に解かされてしまう事がオチだ。
「へへへへ……無駄だによ! この溶解液があればお前の攻撃を全て無効にすることが出来るんだに! 逃げる事も出来なくしてやるんだに!!」
「ちっ!」
シンが避難を開始した林の中を、シャミダーレーが進む。先の林は機体より高い銃僕で入り乱れており、シンより圧倒的にサイズで勝るシャミダーレーの小回りが利かない地面だ。
だが、シャミダーレーは本体を左右に分離させて、また本体側面からは両機をしっかり繋ぐビームワイヤーが展開させた。巨体が容易に通ることが困難と思われる道を、両側の溶解液が樹木を溶かし、間のビームワイヤーが近くの木々をなぎ倒すことで直進を許すのだ。
「やべぇな……あのビームワイヤーなら俺の身体を真っ二つにする事もあり得る……」
近くの樹木に身を隠したシンにとって、シャミダーレーの一直線につきする無ことが可能な圧倒的なパワーは洒落にならない。このまま隠れているままではあのビームワイヤーで斬られるか、溶解液で解かされるしかない。
「ろろろ! シンの奴がこんな所に隠れていたんだに!!」
「見つかったか!!」
その時、運が悪くシャミダーレーが自分を補足してしまった。光の糸が自分の目の前に迫りつつある。
「でやぁぁっ!!」
「何!」
ピンチに追いやられたシンはひょっとしたらの可能性に賭けた。自分を切り倒さんとするビームワイヤーを目前として、スライティングの体勢に入ったのである。
シンからすれば溶解液は前方にしか攻撃できず、ビームワイヤーの敷かれた高さはスライティングすれば自分が潜り抜けることが出来るくらいの高さだったからだ。
そして、ワイヤーが迫るすれすれの地点で、自分の体勢を低くしてワイヤーの下に入り込む事に成功すると、彼の両腕のストラングルチェーンが2機の底部に突き刺さった。
相手の懐に入り込んでしまえば、こちらのものである。シャミダーレーは自分を引き殺そうと疾走をやめず、粗い足場がシンの後頭部や背中に絶え間ない攻撃を加えるが、サムライドにはあまり大したことがない攻撃である。
「さーて、後ろ頭が禿げるのは困るけどなぁいたくはないぜ! こいつでビリビリさせてやるよ!!」
むしろ生身の人間ならば即死するような電撃を放つシンの方が形勢は有利だ。彼の電撃攻撃はシャミダーレーを金色に発光させるだけの威力はあるのだ。
「ろろろろ! 死角の下を取るなんて卑怯だに!!」
とシックスがしびれながら苦言するが、戦いにおいて死角のあるメカを作った彼に問題があるだろう。
戦場では卑怯も何も関係なく、勝てばいい。しかし、勝てばいいのは敵側にも当てはまることであり、単にやられっぱなしではないのだ。シャミダーレーの後部のブースターが後ろではなく、真下へ火を噴いたのだ。真下へ火を吹く答えは空を飛ぶ事だ。シャミダーレーが今、海原の上を飛んだのだ。
「ななな! 飛びやがった!!」
「もっともっと飛んでやるんだに! お前ごときこいつで振り落としてやるんだに!!」
荒々しい飛び方を行い、シンを海の底へ叩き落とさんとシャミダーレーは飛び続ける。だが、彼は敢えてチェーンの片方を右側の本体から引き離す事を選んだ。残りは左腕のクローのみとなってしまい、激しいシャミダーレーの抵抗に自分が振り落とされるのも時間の問題に見えた。
「ダメシックスと呼びやがって、それならお前はダメシンだに!!」
「ダメにダメと言われるとはなぁ……そんな訳ねぇ!」
「ろろろ!!」
すると、シンは背中からダイヤモンド・クロスを一本引き抜き、クローの代わりとして、ピックで登山するかのようにクロスを本体のどてっぱらに突き刺した。
「ざまぁ! ってことだ!!」
その次に、再び右手のチェーンを何とシャミダーレーの腹を絞めるように括り、腕のクローを引っ張ってチェーンの力で本体を絞めて千切ろうと閃いたのだ。
「ろろろ! なんなんだに……そうだに」
狼狽するシックスだが、縛られている無人の僚機を破壊しようとするシンを倒すいい方法があった。それは右側のダイヤルを回転させることで自分の機体の先端を左へ曲げること。その溶解液を放つ先端は彼へと向けられた。
「これで……ってええ!?」
だが悲しいかな、彼が考えたほどどうして物事はうまくいかないようである。狙われたシンは機体の後ろへ身体を動かして、その僚機を盾にして溶解液から身を守った。その結果、僚機の装甲は溶解液を受けて、装甲自身が溶解されてしまうのだ。
「あっ! ちょっと待つだに!! タイムタイム! タイムだに!!」
「あーっと! フォワードのシン選手、キーパーのタイム申告を聞き入れる耳は全く持たない!! おーっと、ブレイズバスターだ!!」
「ええええええええ!?」
待ったをかけるシックスへ聞く耳を持たず、止めのシュートを刺そうとするシン。試合は後半戦残り僅かなのだろう。ここでシュートを決めておけばロスタイムに突入する事はないと思ったからだ。
戦いの場に審判がいるわけがない。敵の待ったはこちらにとっては是甲のチャンスなのだ。
「もう終わりだぁに!!」
そしてオチは、シャミダーレーの装甲が解かされていく中で、シンが後ろからひょっこり登場。彼の右腕のブレイズバスターがシックスの操縦する本体を見事に貫いた。
その本体を射抜かれてしまっては、シャミダーレーに飛ぶ力は失われたも同然。海原へ墜落していく機体から彼は素早く飛び降り、彼を迎えようとやってきたバタフライザーへ飛び移って危機から身を逃れることに成功した。
「へへへ、ちょろいちょろい!!」
振り向けば海原にシャミダーレーが沈み、覚えていろよ~と言わんばかりに戦闘機らしき影が何処かへ逃げていく所も見えた。おそらくシックスとロッカ・クルーザーであろう。
ここで追撃を行わないのは無駄な力を費やさないためでもあり、シックスなど取るに足らないサムライドであるからと彼らは考えているのは言うまでもない。
「予選勝利! 勝因は俺の懐に回り込んでからのブレイズバスターだ!!」
「シンさん、こちらも軽く片づけました」
「そうだ。さっさと岐阜の非常拠点へ身をおくだけだ」
「はい。ですがあくまで岐阜の非常拠点は三光同盟の直轄化。やすやすと侵入はできないですね」
「そうだな……」
「へへへ、ミツキ、クーガどうやら俺の出番の……」
彼ら3人の目的地は敵の非常拠点。ローリスクな侵入方法を考えようとするミツキとクーガには、シンが己の頭を書きながら、いかにも秘策を言いたげな目で2人へ顔を向けたが、
「ここにライド・マシーンを隠すべきでしょうか」
「それもそうだな。やはりこの場所がセオリーに」
「……」
だが、いやここはやはりお決まりと言っておくべきだろう。2人からはお馬鹿属性が公認されかけている彼の意見は基本的にトンチンカンなものが多いからだろう。見事なスルースキルが自動的に発動されてしまったようである。
「この展開が来たら、何でおれの話無視する訳!!」
「……お前の意見は大半の確率で聞いた俺が馬鹿だと言いたくなるからな」
「ほら、あれです。私たちとシンさんは今、内野と外野のような関係です」
「内野と外野!? そうなると俺は外野って……」
「はい」
「……」
ミツキは答えを出すとき、それはもう決断が速い。彼女が放った二文字はシンにとってはクリティカルヒット! 効果は抜群だ!! のレベルだ。一時彼を黙らせてしまう追加効果もあったようである。
「こういう時にアッと驚くアイデアで勝利へ導くはずの主役が外野扱いなんて酷いぜミツキ!」
「お前が主役だかどうかは知らないが、今のお前は外野でないと俺達の思考を鈍らせる存在になる」
「あぅ……クーガ酷い」
クーガもまた歯に衣を着せない言動を取るタイプである。率直にいらない子発言されしまってはシンの立場がさらにない。
「とりあえず聞くだけ聞けよ! 俺のポリシーは大勢の雑魚を相手にするよりボスを仕留めて勝つ事! 今回の秘策は俺のエネルギーに全てを賭けた一大作戦だ!!」
「シンさんの命を賭けたような作戦ですか。まぁそこまで言うなら聞いてあげなくもないでしょう」
「そうそう! 俺の秘策でボスを倒してここの非常拠点をゲットだぜ!! !相手を倒せば外野は内野に帰れるしな!!」
(それはどこのドッジボールだ……)
(それよりも、この3人のうち外野は貴方だけ。貴方がいないと試合が出来ないのですが……)
どうやら自信全開のシンの作戦だが、おそらく天然とはいえオフィシャル認定されたお馬鹿な発言が2人の心の内をなんともいえない気分にさせているのかもしれない。だが、ミツキは聞いた方が少しは役に立つだろうと彼の案に耳を傾けることにした。
「これが岐阜の非常拠点か……」
「全く人の気配がないことは……やはりなにかあるようだな」
彼ら3人が到着した非常拠点には幾多かの非常拠点とソルディアが何体か配備されており、人気が全くない、いわば機械だけのゴーストタウンだ。北部軍団の統治下におかれた故か街に生気を感じる事は出来ない。それ程この街では苛烈な統治は行われているからであろうか。
「私達は三光同盟からのお尋ね者なのです。むやみに拠点に入れば私達は迫害されるはおろか、私達を匿った罪で人々が巻き添えを食らう事があります」
「そうだ。ここでは俺達は厄介者の存在だ。存在を消して状況を把握しないといけない……」
「敵の勢力圏だからか……もしも、ここの人に会ったらアウト……ん?」
そんな時、シンは何かの気配を感じたようである。そのまま彼が振り向いてみれば何人かの男達が彼らの後ろにいるのだ。
「ええ……」
「馬鹿! ここで声を上げる馬鹿がいるか!!」
「おやこんな所に人がいますとは……貴方達何のつもりでしょうか?」
とさっきまでの作戦が台無しになってしまった訳か、シンはその場で驚こうとする。クーガが大慌てで彼の口元を塞ぐがクーガ本人も結構焦っていた事は本人も気づいていないだろう。この中でまともに落ち着いた対応を取っているのはミツキだけである。
「あんた、三光同盟のお尋ね者なんだろ……?」
「はい、そうです。としか言えないですね。おそらく私達の顔は同盟においても知られているようですし」
「残念ながらそうだ。だが、俺達はそれを言いにここまで来たんじゃない」
「あんた達が三光同盟への反逆者として名を知られているからこそ頼みに来たんだ」
「……?」
四人組の男はどうやらこの世界の一般人とは一味もふた味も違うような奴らである。反逆者だからこそ自分達に頼み込むことは、彼らが自分達を信頼しているのではないだろうか。3人は淡い期待と信頼を心の中で抱く。
「俺達の非常拠点は三光同盟の支配下に置かれていて、北部軍団はサクラ・イチジョウとかいうサムライドのせいで苦しい生活を送っているんだ」
「サクラ・イチジョウ……」
「俺が効いた噂によると、あの女王気どりの女ならな……」
「女王気どり? 俺はサクラとか知らないが、そんなに奴なのか」
サクラ・イチジョウ。彼女は北部軍団の宿聖であり、岐阜は北部軍団の直轄下である。シンとミツキは彼女の名前を聞いて少し呆れ気味の表情を躊躇わずに見せるがクーガは面識がなかったからか、彼女の事を知らない模様である。
「プライドだけ高く先見性のない。暗愚の二文字がお似合いのサムライド」
「……随分ひどい事を」
「一応サクラの部下に仕えていたので……仕方ないですね」
ミツキが半分呆れたしぐさと言動を見せて、彼女がどれだけ愚か者かをクーガへ知らせようとする。彼女に呼応するかしないかは分からないが、シンも軽くため息をついて口を開く。
「まぁーそうなのかなー。俺のエンド国とあいつのエチゼン国は険悪な関係なんだけど、領土が隣接していないから俺はあいつの実力が分からないし、あいつも俺の事を知らないんだろうな……あ、でも見た目だけで中身が空っぽとかヒラテマ博士が……」
「……随分無茶苦茶言われているサムライドだなそいつは。そんな奴に三光同盟の軍団リーダーが務まるのか?」
「まぁ分かる事はあの女に慈愛の心がない訳ですから、貴方が言っているようここの人々は彼女の奴隷にされ、この地は彼女の力で蹂躙されている話も分からなくはないです」
「そ、そうだ! さすがサムライドだ……あんた達にはお見通しだな!!」
「ええ。たまたまシンさんと私には接点があっただけで、クーガさんのようなサムライド達だけでしたら何も分からないのですが」
「それはあまり嬉しくないフォローだな……」
人々へ事情の説明をフォローするミツキだが、それとは別にクーガを小馬鹿にしたような珍しい言動も見せる。クーガにとっては地理的や政治的な事情もあり大局的な情勢を知ることが出来なかったのだが。
「なぁ、とにかく俺達がそいつを倒せばいいってことじゃね?」
「いや、そこのサムライドさんよ、そいつを倒す前にこの岐阜を直轄化においているサムライド”スネーク・サイド”を倒さないといけないんだ」
「スネーク・サイド……!!」
スネーク・サイド。その名前を聞いた時にシンの表情に戦慄が走り、ミツキもまた微かな表情の変化を見せた。スネーク・サイド。それはシンにとっては戦いにおける師匠であったはずの人物である。あくまであったはずなのだ。
「おいシン、ミツキ今度はまた何だ。俺はまだ知らないことだが」
「クーガさんの場所はミノ国と隣接していないですから知らないかもしれません。スネークは私にとっても複雑な関係なので……」
「……」
「!!」
シンは今、拳を握っては震わせる。その拳の先には何を感じたか。かつての師と戦う事への葛藤だろうか。それとも袂を分けた身として戦う決意だろうか……
「そこでだ。俺達は三光同盟の支配下に逃れる為に何か弱みを掴もうとこいつを手にしたんだ……」
「これは!?」
男の1人から渡されたケースは赤褐色のファイルだが、いくつかのチェーンが括りつけられており、錠には暗証番号を入力しろと言わんばかりの液晶画面と数字のボタンが用意されている。
「これはホログラムメモ!!」
「ホログラムメモ……あぁホログラム映像で記録された情報媒体のことで、この人間の世界では映像媒体のようなものだ」
「……なるほど、俺達からすれば何が何だかさっぱりだったが、無駄じゃないようですね」
「ええ。あなたは無駄な事をしてはいません。それよりこのロックを外せばホログラムメモの謎が明らかになるという訳です」
「そうですか……ならちょうどこの近くにこいつの簡易住宅があります。ここでホログラムメモを開けたりすると他の人々にもそれが知れ渡ってしまいます」
「なるほど……確かにここでメモルを開くと大変なことになりますね」
ホログラムメモはいわば映像による記録媒体。映像と共に音声がその物体から流れるので周囲の人の関心を引いてしまうのである。
「そのとおりだ。俺達はこの家の近くで適度に巡回して関係者以外が立ち入らないように努力する」
「お前がこいつらを監視してくれ。何を起こされたか分からないからな」
「は、はい……」
「……どうやら完全に歓迎はされていないようですね」
「そうだ。お前は一応サムライドだからな。サムライドを信頼して破滅した非常拠点も少なくないから俺達はあくまで慎重に対応するつもりだ。許してくれ」
「仕方ありませんね。この世界でサムライドが基本的に招かれざるお客だとは既に心得ています」
「……」
一人の細長の男に案内される形でシン達3人は近くの非常拠点へ入り込んだ。自分達がまだ知らない謎の解明が迫っている事と、決して肯定的ではない人々の対応を実感しながら……。
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「ここの非常拠点は特に変化はないな」
部屋は一つの灯りと簡易キッチンとテーブルと椅子二台、そして部屋の空気全体的に薄暗い。ミツキはプロテクトに用意されたボタンを入力するが、並の人間ならまともにボタンを押すことはできないだろう。今、彼女の目は暗闇の中で金色に発光していた。
「しかし何だ。この部屋薄暗いにもほどがあるぜ……」
「すみません。電力が不十分ですので。どうです灯りでも通しましょうか?」
「いえ大丈夫です。おそらくこの環境でも特にプロテクトを解除することに支障はありませんから」
ミツキの確かな地震による言葉と共にプロテクトの解除音が鳴り、ホログラムメモルが紅く光った。メモルに対してミツキはやや恐れながら扉の1ページを開いた。
「!!」
スネーク・サイドの姿が映し出された。その姿は褐色の肌と真紅の軍服、そして二本の角を彷彿させるようなヘルメットから彼は鬼のように見える。
『スネークウィップ……蛇腹剣であり、剣としても鞭としても使用可能な兵器であり、先端から本体の腕を通して電流を相手に放つ事が可能である……』
「これがそいつなのかシン、ミツキ!」
「あぁ、こいつのスネークウィップは強力兵器。まだ駆け出しだった俺はこいつで痛めつけられた事もしょっちゅう、また戦場ではこいつを奮うあいつは鬼だった……」
「続けましょうシンさん。ひょっとしたらこれを読みとおしていくうちに新たな謎が分かるかも知れません」
「ああ」
シンとミツキはスネーク・サイドの謎が明かされる事を信じて、興味をたぎらせてシン達はホログラムメモのページを開いてスネークの謎を探ろうとする。そんな3人、特に真剣な彼ら2人をよそに1人の男がそそくさと外へ出ようとしていたのだ。
「おいお前、何処へ行くつもりだ」
「す、すみません。少々お手洗いに」
「お手洗い……厠のことか。この家の中に設置されていないのか」
「すみません。費用の事情があるもので」
「もういい。それより早く戻ってこい。お前の役目は信用を得られない俺達の監視だからな」
「は、はい!」
男は慌てて戸を閉めて外へ駆けだした。それからクーガは腕を組みながら慌てて出ていった男へ軽くあきれ顔を作ったが、彼はふと気付いた。時計の針が進むような音、いやこの家のどこを見渡しても時計など存在しない。もしかしたら……。そう考えている間にも時を刻む音が鳴り響く。
「おいシン、ミツキ! やばいぞ!!」
「どうしたのですクーガさん。私はこの謎を解かないといけないのですが」
「そんな悠長なこと言っている暇はない! シンにいってもどうせわからないが、ミツキ、お前ならこの部屋の異変に気づくはずです」
「どうせ……って俺はどうでもいいのかよ!!」
「シンさん。確かにクーガさんの言っていることは事実でして……」
「俺の事は事実じゃないよな!? なぁ、なぁ!!」
「……私たちがこの部屋に入ってからは、火気の反応が充満しています。かすかに聞こえる奇妙なカウントダウンの音からしますと……」
ミツキが手にしたのはホログラムメモルを縛っていたプロテクト。彼女が解いたロックの裏には既にデジタルタイマーが数字を刻んでいたのだ。
「まさかこのプロテクトの裏が時限……」
「ならこの時限爆弾を破壊すれば早いはずだ!」
シンは素早くトライマグナムを引き抜こうとするが、それよりも早くクーガが彼の右手を掴んで止めた。
「いやちょっと待て! ここで爆弾を爆発させたら俺たちに危険が及ぶ! シン、もう少し冷静になれ」
「け、けどよ! このままいたら俺たちお陀仏だぜ!!」
「いいえ、シンさんクーガさん、私の見たところですとこのタイマーには爆弾は内蔵されていないようです」
「「何!?」」
動揺が隠せないシンとクーガを窘めるようにミツキはプロテクトを両手に持って、裏側に設置された時限タイマーを彼ら二人の視線に入るように持っていく。そのタイマーは時を一秒、いや一ミリ秒の単位で刻んでいるのだ。
「おそらく私の推論ですので根拠に正確性は欠けます。ですが、私がこのプロテクトを解除してプロテクト裏の時限タイマーを起動させるとタイマーの稼働に反応して大量の時限爆弾が起動する仕掛けなのでしょう」
「その時限爆弾はどこに……」
「おそらく家のあらゆるところすべてに爆弾が搭載されています。なので、壁を刺激したりすれば屋敷ごと爆発してしまうでしょう」
「なるほど。とんだドッキリハウスだな」
「ドッキリハウス程度では済まないぞ。とにかく俺達はあの男に騙された。そして脱出にはあの男が通った……」
クーガの眼は先ほどの扉に向けられた。扉を開ければおそらくは脱出が可能なはず。そう思ったが。彼の脳裏によからぬ映像がよぎった途端に顔色が変わった。
「なら早くここから出ようぜ! こんなバカみたいな最期はご免だからな」
「いや、シンちょっと待て。俺が飛ばしていたハンゾウからのデータだが……」
「ハンゾウ……あぁお前のナオマサに装備された監視用の鳥型メカだが……」
「あぁ。万一に備えてこの周辺を飛ばさせていたが、今俺が受信したそいつからのデータによれば……この住宅は既に量産型兵器が包囲されている」
「!!」
クーガの得た情報と発言によって、彼らの脱出作戦は振り出しに戻されてしまう。安易な手は打てないという事実にミツキは腕を組んで考える仕草を取る。
「ドアを開ければ脱出とまではいきませんね。とどまっても外に出てもアウトではないでしょうか」
「ミツキ、お前確かフレグランススプレーガンとかいう機械を麻痺させる兵器を持っていたな! それを使えば何とかなるか!?」
「クーガさん。あなたが目をつけたところはあながち間違いではありません。ですが、家じゅうに仕込まれた時限爆弾の機能を停止させるには時間があまりにもありません……そ れに一部を止めてもまた一部が爆発してしまえばその爆弾に引火して連鎖反応を起こしてしまうのがオチでしょう」
「なんてこった……」
「いえ、方法がないわけではありません。ひょっとしたら私のシードディフェクションならこの罠にも辛うじて耐えることができるかもしれません」
「なるほど! じゃあこのまま大人しくいればいいわけか」
「いや待てシン! ミツキ、お前は助かるだろうが、それなら俺たちはどうなる!!」
「なら私のディフェクションに隠れてしまえばいいのです。私の中に来ればいいと考えますが?」
「なるほど。確かにそれなら大丈夫だな」
「ええ。シンさん、クーガさん。私の中に来てください。中にいっぱい出していいですから」
「……その言葉遣いはやめろ。善からぬことを考えてしまう」
(ちっ)
ミツキの発言は天然か確信か何処か色々な意味で隠語のような響きを伴う。おそらくこの3人の中で最も堅物で真面目なクーガは咳払いをしてから彼女へ突っ込みをかますが、当の彼女はおそらく狙っていたのか、軽く舌打ちをしたような気がしないでもなかった。
「まぁ、とにかく時間がありません。さっさと私の近くに寄ってください。あ、狭いから性的な意味での危害を加えてはいけないですよ」
「誰がお前に加える必要がある……まじめにやれ!」
「まぁクーガさんはとっとと私に隠れればいいとして、シンさん。あなたは脱出してもらうふりをして量産型兵器の餌食になるスケープゴートを頼みます」
「スケープゴート!?……あぁ、なるほどね!」
「ええ。それはそうと早く二人ともディフェクションの中に入って……クーガさん、少し身をかがめてください、あなたの身長が収まるかどうかわかりませんから」
「あ、あぁ……これで……」
「……クーガさん? この世界では洗濯板という隠語がありまして……まさか首を縦に」
「何わけのわからないこと言っているんだお前は!!」
「ミツキ、クーガ、この状況は洗濯板やまな板と板が必要な状況なのか? 厨房はどこなんだ?」
「お前は関係ないから! シン、少し黙れ!!」
「シンさん、時を経ればわかる事ですよ。最も人の場合でして、サムライドに大人も子供もないのですが……」
ミツキからの発言にドギマギしながら突っ込みをいれるクーガと、おそらく精神年齢が子供だからだろう。彼女の言葉の意味がよくわからないシン。だが今は彼女に従った方が得策だろうと本能は認知していたようだ。
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「ケケケケ……スネーク殿の秘密を餌にシンたちをおびき寄せて……それからドーン、外にいてもドーンでっせ……」
「グルルルルル……」
そして彼らが閉じ込められた民家の周りをソルディアが囲み、彼らを束ねる者は二人のサムライドである。
オオカミのようなかぶり物に顔を隠し、毛皮を着用しながら唸り声を上げ続けているサムライドがナガシゲール。そしてネズミのかぶり物のようなキャップを被り巨大な出っ歯と真っ赤なジャンパーの出で立ちの小柄がマエバーミン。ともに北部軍団のサムライドだ。
「ケケケ、しかしこの作戦で俺たちがあの3人をやっつければスネーク殿の立場がなくなるですぜよ」
「グルグル!」
「狂犬ナガシゲール、鼠花火こと俺マエバーミンはエチゼン国、いいや北部軍団の日蔭者から脱出できるですぜよ」
「グルルゥ!!」
「ケッケッケッケ……」
マエバーミンが用意した時計の秒針が時を刻む。秒針が90度動いた時が全てだ。9から12に秒針が異動するまで時間はほとんどなかった。
「やったですぜ!!」
そして、民家が瞬時に爆発した。その爆発は民家の限界まで仕込まれた火薬が一斉に爆発したほかにはない。燃え盛る炎と煙に瓦礫の姿は埋もれて消えた。だが……
「シンか!!」
彼らは一人の男が飛び上がる姿を見た。あわてたマエバーミンはその人影へ量産型兵器を総動員させて彼を墜落させようとした。全方位からの一斉砲撃にその姿は地面へ叩きつけられたかかに見えた。
「ケケケ! お前がこの爆弾屋敷から脱出した際も俺は十分計算済みなんですぜ!!」
「なっ……!!」
だが、影が薄れていくとともに一つのつぼみが開花した姿を見て、開かれる花びらからは3人の姿が。シン、ミツキ、クーガ。その彼らである。
「なななっ! どういうことなんですぜ!?」
「グルグルグル!!」
「どうやら俺の幻を本物と思い込んでいたバカがいたぜ!!」
「ええ。おかげで不意打ちを免れたと言いましょうか」
ここで説明をしなくてはならない。爆発の際にシンはミラージュシフトでもう一人の自分を用意しておいたのである。
既に一人の自分はあくまで幻なので、屋敷の屋根をすり抜けることくらい簡単だ。もし、あの際屋根を破壊していたら時限爆弾が起動してしまい、爆破時間前に屋敷が爆破してしまっただろう。それほど屋根が破壊できないものと2人が知っているのなら何故あの際真上へ逃れたシンを本物とみなすことができただろうか。この作戦はシンのいちばちかのトリックを鵜呑みしてしまった二人の失敗にもあった。
「そういうことだったんですぜか!」
「グルグル……」
「そういうこと! さぁて、どうやら俺の非常拠点では俺たちは本当に招かれない客のようだな」
「クーガさん、あくまで事情が事情です。ここは穏便に目の前の敵を倒すだけで十分でしょう」
「わかっている!」
「……とまぁそういうことだ。あんたらここで覚悟してもらうぜ!!」
とシンたちがびしっと指を指すと、一陣の風が吹いて風が吹き荒れる。だが、
「それはお前たちにそっくり返さねばならない!!」
「「「!!」」」
「「!!」」
その時砂塵を上げるような大声に、敵味方共に震える。敵である者勿論、味方であるはずの者ですら恐怖を抱いたほどだ。その男は6尺ほどの巨体を持ち厳つい顔が他の者へ恐れを抱かせるには十分なほどの男であろう。
「お、お前は……」
「スネーク・サイド!!」
「そうだ。久しぶりだな、ミツキ、そしてシン!!」
男の顔は右側の深傷と細かい傷で彩られた歴戦の戦士の顔だ。彼の片手にはスネークウェイブが握られている。戦いの準備は万端ということであろう。
「スネーク・サイド……確かお前の師匠じゃ……」
「いや、それはあの頃までの話! 今はアゲハの敵として俺はお前を討つ!!」
「えぇ。私にとってもあの頃のスネークは頼りになる方でしたが、今はアゲハの敵。私の数少ない親密な関係だったアゲハの敵です」
「俺が師匠とはふざけたことを……だがシン、お前が姉弟子として尊敬していたアゲハを一撃で俺は葬り去った! その弟分のお前が俺にかなうわけがないわ!!」
「なんだと……」
「……」
アゲハを弱者と切り捨てられた事にシンはまるで思いっきりハンマーで心を撃たれたようだ。自分の姉のような存在でもあり、またミツキからすれば数少ない友人をこのまがまがしい大男に討たれたと考えるだけで彼ら二人の怒りに火が付いてしまう。
それだけではない、シンは決して気が長い男でも許容の心を人一倍持ち合わせている男ではない。2万年前からの宿敵に姉弟子を殺されたと考えているだけで彼に止める理由は見つからなかった。
「弱者必滅! 所詮弱きものは必ず滅ぶ宿命よ!! その師匠の教えが悪かったのだろうな!!」
「言いたい事言いやがってスネーク! てめぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「馬鹿め! 戦場で短気を起こした方が負けとなるわ!!マエバーミン、ナガシゲール! お前はあのおまけをやれ!!シンは俺の標的ゆえに攻撃を加えることは許さん!!」
「ガルガルガル!!」
「という訳でいくですぜ!!」
自分へ飛びかかろうとするシンに対し、スネークは自ら戦いの相手を引き受け、そして部下であるナガシゲールとマエバーミンへ命令を送った。3対3の戦いが岐阜の地で幕を開けようとしているのだ。
「おまけと言われるとは。貴方のような相手におまけとは言われたくないですね!」
「ミツキ、お前が熱くなるのは珍しいな……」
「いえ、わたしはただあの敵を倒さなくてはいけないと思っているだけです。私は熱くなっていませんよ」
「そうか……だが、それはもっともだな、いくぞ!!」
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「へへへ! ミツキ・アケチ久しぶりですぜ!!」
「あなたのような無能に言われたくはないですね。マエバーミン」
「けっけっけっけ……」
侮辱ともいえるミツキの返事に対して、全く堪えていないのだろう。笑いながらマエバーミンの両手が擦られる。その擦られた両腕には静電気の力で電撃が宿り、彼が両手を広げた途端に金色のグローブが拳に装着された。
「エレクトリックサンダースラップ!」
「甘い……!!」
電撃が包むマエバーミンの右手がミツキをはたこうとするところ、彼女ははキキョウを真横にしてたたき返そうと動く。
「なっ!!」
激しい勢いで鉄扇と掌が激突した。だがその場で立ち続けたのはミツキのみである。
「キキョウのグリップは耐電仕様ですから……あ、単に貴方がパワー負けしていることは否定できない事実ですが」
「けけけ……あんまりですぜミツキ!」
「戦場にあんまりも何もありません。私の信義上貴方を破壊することは避けますが、それでも私に敵対するなら貴方を再起不能の一歩手前までは送る自信が私にはありますよ」
「破壊することは避けるとかどうしてお前はそう、優等生気どりなんですぜ!!」
「破壊しない事を優等生気どりと結び付けられるとは……それはそれでこまりましたね」
「ともかく!」
マエバーミンはジーパンのポケットから取り出した鉱石を取りだすとその石を出っ歯でガリガリガリガリと削るようにかじりだしたのだ。やがてそれを口へ頬張ると両頬がビリビリと電気ショックを放つかのように発光しだし、尻尾がピンと真上へ伸びたのだ。
「でましたね。あなたのような電気ネズミに雷の石を与えても進化するとは思いませんが……」
「俺はまだ進化の域に達していないんですぜ! しかーし、この時点で進化したら覚える技が大幅に減るからですぜよ!!」
「それは貴方の実力が低いからではないでしょうか? そういえば電気ネズミの世界においても進化前が進化後より強かった話を聞いた事ありますね」
何処でそのような話を聞いた事は分からないがミツキはその手のキャラクターが聞いてしまった落ち込まざるを得ない内容を堂々と話す。
「進化の域に達していないからって俺がお前より弱いとは限らないですぜよ! フィクショナルスピン!!」
マエバーミンは腰から独楽を投げ飛ばした。地上に独楽が着地すると、その独楽が摩擦熱の影響か瞬く間に炎に包まれながら回転した状態を保ち、すぐにミツキへ迫っているのだ。
「ねずみ花火のようですね……ですが、花火の不始末は火事の元ですよ」
淡々とした感じでミツキの腰からはフレグランススプレーガンが放たれた。この兵器も所詮機械な上、サイズからしてフレグランススプレーガン等の兵器への自衛装置は存在していなかっただろう。スプレーを放てば2個の独楽の回転が急速に緩やかなものとなり、彼女の足元には元の独楽がこつんとぶつかって回転を止めた。
「あ、これは独楽でしたか……!?」
その時、真上を向けばマエバーミンが巨大な出っ歯で、ミツキを攻めんと飛びかかっていたのだ。
「くたばるですぜミツキ! ビーグバークトゥースですぜよ!!」
「巨大な出っ歯……面白みのない名の技を食らってくたばる事は嫌いですが、それよりも貴方のような醜悪な男に接吻を受け入れるほど私は寛容ではありませんから……覚悟した方がいいですよ」
ミツキのキキョウからのビームは出っ歯を前に弾き飛ばされた。このままでは出っ歯が彼女を襲うのは時間の問題だ。その時に彼女が用意した武器はゼラニウムブレードだ。
「!!」
「これをこんな男に使うことは屈辱の二文字につきます。殺しはしませんが、えぐい仕打ちをしてもいいような気がします」
「その言葉そのまま返すことにするですぜ! 俺の出っ歯は乳歯でこの硬さなんですぜ!!」
「……サムライドに歯の生え変わりがあったかなかったかまではしりませんが……」
剣先と柄を握って迫りくるマエバーミンの強烈な出っ歯からを塞ごうとするミツキ。だが、出っ歯からは電流が流れているのだ。
ゼラニウムブレードの柄は耐電仕様だが、剣先はそうではない。彼女はサムライドの装甲をも軽く切り裂く剣先を自傷することがないように適度な力加減で支えているのだが、右腕には電撃が走る為一歩でも間違えたら自分の右手が己の剣で切断されてしまうのだ。
「けけけ! ファーストキスはマシュマロの味だとかいうですぜ!!」
「マシュマロですか……硬く痺れさせるマシュマロ……」
「ケケケケケケ!!」
ミツキを仕留める事を確信したマエバーミンは己の前歯をミツキへ突き刺そうと前のめりに力を入れた。
その時にミツキの右手はゼラニウムブレードから離れて、彼女を守る最後の壁が解かれてしまったのだ。迫りくるは電磁の糸に包まれた出っ歯。そんなものに貫かれたら美少女としてはもちろんのこと、サムライドとしては情けない姿だろう。
「なっ……!!」
だが、ミツキは外見から小物のオーラが漂う不細工なネズミ小僧に負けるはずがない。小物の2文字が指す言葉は外見的な意味でも、内面的な意味でもだ。
「私にそのような事をするにはまだその域に達していないですし、貴方のような屑にその域に達してもらう訳にはいかないのです」
ミツキの淡々とした言葉には微かな羞恥心と恥辱への怒りが込められているように少し感情が入っている。ここで現在の状況について説明せねばならないだろう。
ゼラニウムブレードを解いた瞬間、マエバーミンの出っ歯がミツキへ接近を開始した。だが、顔真下へ下ると同時に彼女は前かがみになり、左手だけで握られたゼラニウムブレードをそのままマエバーミンの顎へ、出っ歯を回避しながら口内から後頭部へ貫く事を選んだ。
その剣が突き刺した時に滴るのは真紅の液体と微かなスパーク。貫いた箇所が頭部に影響があるかどうかは分からないが、致命傷を負わせたことは疑いないだろう。
「あまり私を怒らせないでください。本当ならゼラニウムブレードを貴方のような屑に使った事へ貴方に怒る共に、不甲斐ない私を責めたくなります」
「よ、よくも本体に傷をつけたでずぜ! 許せないですぜ!!」
その時、口を貫かれて喋ることが出来ないと思われるマエバーミンから声がぢts。だが、その声は聞こえる方が全く違う。声はネズミの耳と思えるパーツが付属されたキャップから聞こえ、さらに彼は己の身体を本体と呼んでいるのだ。
「こい! ナガシゲール、ラットルーフ!!」
「ガオーン!!」
マエバーミンの被り物からした声と共に、先程まで別の区域で激戦を繰り広げていたと思われるナガシゲールと、狼のように荒れた毛皮に包みこまれ、ネズミのフォルムを持つライド・マシーン”ラットルーフ”がミツキに貫かれた自分へ向かって参じた。
「あの野郎どこへ! おい、ミツキ何があった!!」
「クーガさん。恐らく私のデータ内には記録されていない事態が発生しているようです」
どうやらナガシゲールと戦っていたと思われるクーガがミツキの元へ駆け付けた。だが彼らは、雑魚の匂いを放つ2人が1機と共に何かを行おうとしている事が見て取れた。
その前兆か、先程ミツキに貫かれたはずのマエバーミンがナガシゲール、ラッドルーフから放たれた何かに引かれるように剣が抜け、彼の被り物が宙に浮かぶ3機のトライアングルを形成するように浮上を開始した。
「ライドクロス! 狂獣合身!!」
「ガォォォォォォォン!!」
両者が叫ぶとともにマエバーミンの手足が垂直に伸び切り、頭部が胸の内に収納された。また、ラッドルーフと同程度のサイズだったナガシゲールが機体の中に搭載され、その中で棒状のパーツがマエバーミンとクロスする形でドッキングを果たす。そして内部のパーツが射出されたラッドルーフの各所のパーツが変形することでナガシゲールの部分を露出され、最終的にはラッドルーフはナガシゲールを包み込むアーマーの姿としてライドクロスされた。
そして、二人の前に現れた彼の姿は犬の頭部を模したヘルメットに顔を隠しているが、そのヘルメットの上からはマエバーミンの本体が被さるように接合された。両耳に値する部分が光るとともに機体は動きだし、ハンマーのような姿と化したマエバーミンの本体を両手に握りしめられた。
「ミツキが言う通り仮に俺達が落ちこぼれの屑だとするですぜ! しかーし!!2人が1つに合体したらどうなるか分からないですぜ!!」
「何だと……」
「へへへ! ナガシゲールは力だけはそこそこあるが、狂犬とあだ名される程の馬鹿! そして俺は力より頭で勝負するぜ!! ナガシゲールの力と俺の頭脳が一つになったらすごいですぜ! ついでに武器に変形した俺を力だけが取り柄のナガシゲールが振ればそこ そこな威力になるですぜ!! 狂獣合身ナガシゲール・マッドハンターなんですぜ!!」
「……」
「クーガさん、合体してしまえど私とクーガさんで連携すれば大したことは……」
「いや、ここは俺が行かせてもらう」
「クーガさん?」
ミツキは冷静に対抗の手立てを考えていた。だがクーガの考えはどうやらこの際の彼女の考えの上を行っていたようである。相変わらず淡々とした感じのミツキも少しは気が向いたようである。
「ほぉ2人分の俺に1人で挑むとはいい度胸ですぜ!」
「どうやら自信だけはあるようだな、自信だけは」
「ななな!!」
その時クーガは平常心を保ちつつ軽く相手を見下すような表情で挑発を果たした。自分より巨体の相手であろうともクーガの闘争心が折れる事はない。そして前へ出ようとするミツキに右手を彼女の前にさっと下すことでそれを止めてみせる。
「ミツキ、こんな半人前以下は俺一人で十分だ」
「クーガさん、私の計算では2人で挑んだ方が合理的かつ迅速に」
「いいや、俺一人でいい。お前はシンを助けてやれ」
「……」
「俺は余所者だから細かい事は分からない。だが、お前とシン、そしてあのスネークとは何か因縁があるよう関係らしいな。それにあの馬鹿は熱くなりがちな奴だ。あぁいう奴ほどフォローが必要な上、そうされてこそ全力を発揮できる奴だ」
クーガはこの3人の中では最もストイックで現実的な硬派だろう。だがこの男にもそれなりには気遣いや思いやりというのを不器用なりに嗜みがあるのだ。
「それに、ずっとシンやお前にスポットライトが当たっているからには、俺を一度くらいメインステージに立たせても罰は当たらないはずだ」
「そこまで言われるならわかりました。クーガさんがそう考えるなら私は従います。私情もありますが、シンさんの負担を私が減らせるならそれでいきます」
「今、細かい理屈は無用だ。お前は早く行け!」
「了解しました」
ミツキはカムクワートを全開にして、おそらくシンとスネークが死闘を繰り広げている別の地へ急ぐ。シンの為にも、また自分にとっても敵であるスネークを討つためにも。そんな彼女を横目で見送るクーガは一度目を閉じてからナガシゲールの方へ振り向かれた。
「お前の期待に応えるほど俺は暇ではないし器用でもない。それに俺一人でお前を倒せばいいだけだ」
「ちくしょー! 俺達落ちこぼれを馬鹿にしやがって!!」
「事実だからな!!」
「にゃろう! 電磁炎弩級ハンマーですぜ!!」
ナガシゲールの両手に持たれた金槌らしきハンマーがクーガへ振るわれた。彼以上の大きさを誇るサイズの兵器を前に彼は臆する事もなく、退く事もなくただ力を溜めるように構えた。
「ここから一歩も引かないとは俺達を馬鹿にするなですぜー!!」
「はぁっ!!」
その時、クーガの強大な拳が電磁炎弩級ハンマーへ激しくぶつかり合った。それは強大な質量の襲撃を己の全重量を賭けた拳で迎え撃つような光景だ。衝撃の元に一つの大きな波紋が発生した。そして、
「ぐぐぐ……たかが拳で!!」
「最近俺が聞いたあの馬鹿の武勇伝の真似をしたまではいいとして、どうやらこいつがもたないようだな」
こいつとはクーガのグローブの事である。強大な力を受けてグローブには微かな亀裂が見えていたのだ。
「へへへ! 無茶をやった代償は大きい所ですぜ!! 俺の電磁炎弩級ハンマーをそうそう簡単にはじき返されてたまるかよ!!」
「そうだ。悔しいがお前の電磁炎弩級ハンマーは凄い。俺は見くびっていたようだ」
「その通りですぜ!? 電磁炎弩級ハンマーは俺の分身のエネルギーを両端に電撃と火炎に変えて質量と共に相手へぶつける事が出来るのですぜ!!」
「ほぉ。本体を武器に変えて、力のある相方に振るわせることで武器としての役目を果たす訳か」
「イエス! やっと俺達の素晴らしい力が分かったですぜ?」
一度闘志を失ったのか、クーガはナガシゲールへ腰を低くして彼が自慢する土壌を作り上げる。だがその姿勢を取った彼には別の考えがあった事は、次の瞬間に彼が取った行動で理解が行く事だった。
「いいや、それとこれとは話は別だ」
「何!?」
「確かに俺は見くびっていたが、それはあくまでも少々だ。たかがそれだけで俺が負けるとまではいかないだろう」
クーガは不敵な笑みを見せながら不屈の精神を表現する。それと同時に己の象徴でもある両肩の砲身が真上に向き、背中に手を移動させるとともに巨大筒は形を変えて彼の両手に握られた。
ビッグバーストボンバー。司令官としてのクーガが巨大筒を使うなら、切り込み隊長としてのクーガがこのビッグバーストボンバーを使うといってもいいだろう。
「やれやれ、俺に馬鹿の真似は無謀すぎたから、俺らしく無難な方法でやらせてもら……いや、俺に早まった真似をさせる必要がない程度の相手だろう」
「おなじハンマーで勝負するんですぜ!? いい度胸ですぜ!! たぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
今強大な鎚がぶつかり合い。しばらくは何発かぶつかり合う事を続けてはいたが、幾度もぶつかり合い息が切れ始めそうになった瞬間、ナガシゲール、いやマエバーミンだった、その微妙に賢い頭脳は現時点で気づいてしまった。
「まさか! おまえは……ですぜ!!」
「そうだ。お前の電磁炎弩級ハンマーとビッグバーストハンマーの最大の違いはそれがサムライドであるか、ただの武器であるかだ」
クーガが電磁炎弩級ハンマーの弱点をビシッと指摘して見せた。それは武器が本体であり、さらにその本体の質量をそのまま相手へぶつける打撃武器であったことが命取りだということだ。
頭脳と本体が分離している今は特に痛みはないだろう。だが、その本体を酷使した結果がマエバーミンを再起不能へ追い込む結果につながってしまう事をおそらく2人の中途半端な頭脳では気がつかなかったようである。
「俺はただの武器であるこいつで打ちあっても俺は特に困る事はない。どうだ? 俺はまだ息が切れていないから続けても別にかまわない。最もその時点でお前の分身は死ぬ結果だからな」
「あわわわわ……ですぜ」
「恐れているか……どうやらその結果を考えればお前2人は俺の考えを読めなかった訳で、俺にとってお前らは半人前、いや四半人前といってもいいな」
自分達が気付きもしなかった弱点がさらされた今、2人分の力を合わせても目の前のクーガは背丈で勝っていても遥かに強大な相手に見えた。このままやり合っていたらマエバーミンは破壊されてしまい、なにもしなくても敗北が待っているのだ。
「ええい!俺達は3人を倒すことが無理でも! やり遂げるですぜ!!」
「何!? おい、何処へ行くつもりだ!!」
その時、ナガシゲールは突然Uターンしてクーガから逃亡を開始したのだ。いきなりの敵前逃亡に若干戸惑いながらも、相手を逃す訳にはいかないとクーガもまた追撃を開始した。
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「スネーク・サイド! 俺がお前を超えることが出来る事見せてやらぁ!!」
「相変わらずだなシン! だがな!!」
簡易住宅が敷かれた住宅街で2人の銃撃戦が繰り広げられる。シンがトライマグナムを握るなら、スネークのサイドショットは外見上からはグリップの直線状に値する銃口から光弾を放つ兵器かと思われる。
だがそのサイドショットはただの銃ではない。シンが目の前の紅い光弾を避けるまではいいが、何かに反応して彼は何もない場所から逃れるように移動したのだ。その結果、光弾は地面を抉り、またその付近の簡易住宅が何も直撃していないにもかかわらず、思いっきり直撃の痕跡を壁へ刻み込んでいたのだ。
「サイドショットを避けることなど俺には想定済みだ!!」
「サイドショットを避けるが想定済みとは! 強がりもほどほどにしやがれ!!」
互いの口からサイドショットの単語が出るが、ここで不可思議な兵器サイドショットについて説明せねばなるまい。
サイドショットとは平常通りのビーム攻撃の一方で、二手にエネルギーを分離して放つ事が可能である。まず先端から真紅のビームを放ち、僅かかつ不定期なタイムラグを得てもう一方の光が両端のうちどちらかの砲口から放たれるのである。
相手は先に放たれた光を回避するか撃ち返すか、あるいは受け止めるなどの行動を取るが、そのビームに気を向けすぎてもう一方別方向からの光に無防備となってしまう。さらにエネルギーを分化させて放つ先手の攻撃はあくまで囮程度なので派手な光を放つ割にダメージは微々たるもの。いわば目くらまし同程度の攻撃であり、後手の不可視なほど極細のニードル状の光こそエネルギーを凝縮させた本物にである。
この攻撃に対して取る方法と言えば両方とも避けて見せる事だ。シンは嘗ての師匠だった頃のスネークがこの兵器を何度も使用している所を見た上、一寸の駆け引きに関して天性の才覚がある彼は針のような光を見逃すことがなかったのである。
「あんたのサイドショットは何度も何度も見させてもらったからな! スネーク、俺は あんたの手の内を知っているんだ!! お前を抜かすことぐらい容易……」
「くはない!!」
「なっ……」
余裕をもったシンの勝利宣言を瞬時に否定したスネーク。だが彼の足もとが突然ぽっかりと穴が開いたのだ。
(こいつはクレイモアバズーカを打ちこんだ後!俺を捕らえるトラップか……!!)
穴の下には鳥も血のような粘着弾がべっとりと張り付いている。クレイモアバズーカとは相手の動きを封じる事を目的に開発されたバズーカ砲であり、先端からは粘着弾が放たれるが、この落とし穴トラップはクレイモアバズーカを利用したトラップであることには間違いない。
「ストラングルチェーン!!」
このまま粘着の地面に身体を任せてしまったら自分は師であった宿敵に返り討ちにされてしまうだろう。一瞬の判断が生死を分ける戦い。ストラングルチェーンが簡易住宅の屋根に引っ掛かり、チェーンを急速に収縮させて、己の身体を真上へ持っていこうとする。だが、
「それも想定済みだ!!」
「何!?」
しかし、シンが反撃開始の機会を手にすることは難しい。何故なら簡易住宅の外壁が一斉に外れ、バルカン砲台らしき兵器が滞空状態のシンの視界に映って入った。
「全砲座! 標的は紅蓮の風雲児だ!!」
「わわわ!!」
砲座は一斉にシンへ光の線を貫くように通す。現時点では無防備のシンにできることはどれか1台でも抵抗力を削ぐ必要にある。その為眼下の砲台へトライマグナムが放たれる。
「1発! 2発! ええい、これでどうだ!!」
弾数は4発。その4発が砲台の砲身に突入して先端の砲身が破裂した。砲身がない砲台など無害に等しい。その地に着地して反撃開始の時を伺おうとするが、スネークはその場から一歩たりとも動かずに軽く笑って見せた。
「くたばれ! スネークウィップ!!」
「うわっ!!」
目の前にはスネークウィップが迫る、余りにも相手が早すぎたのだろうか、スネークウィップに対抗することができず、とりあえずジャンプしてチェーンの力を借りて別の足場へ着地しようとしたが、足を踏むと途端に落とし穴が発生した。
そんな彼はこの落とし穴を前にまた空中を逃げ回ろうとしたが無防備な時間を晒す訳にはいかないと思ったのか、付近の砲台へ身体を張りつけるようにしがみつく事を選ぶ。
「どうした! あのスネークウィップを避ける事しか貴様はできないのか!!」
「うるせぇ! まだここからなんだよ!!」
「ここからか……その割にお前はトライマグナムしか駆使していない! ストラングルチェーンも移動の補助にしか使わないとはお前らしくない!!」
「俺の戦いは俺が決める! 敵であるお前にあぁだこうだと指摘されたくはないね!!」
「強がりは今のうちだ! お前があの砲台のビーム攻撃からチェーンを破壊されることなく空中を自在に移動できるはずはない! 俺の攻撃ではストラングルチェーンやお 前が傷一つ受けてもおかしくないはずだがお前は今だ攻撃を受けていない!!」
「……!!」
スネークに論破されたかのようにシンの目が見開いた。触れられたくはない、知られてはならない事を感付かれてしまったのか、彼の額からは一筋の冷や汗が流れおちたかのように今は見えてしまう。
「あんたがこの非常拠点に罠ばかり仕掛けているから俺が攻撃できないんだ! 1対1の戦いに小細工ばっかしかけやがってせこいにもほどがあるぜ!!」
「せこいにも程があるか……青臭い事を言うな」
真っ向に彼のやり方を指摘するシンだが、スネークにはもう彼の手の内が分かっていたのだろう。やり方に綺麗汚いがあるかと視線で語り、そして思いっきり見下すような目を見せながらゆっくりと口を開きだした。
「お前の考えが分かっているが、敢えて俺の考えを言ってやる。俺は強い!だからお前に卑劣だ姑息だとも言われようともお前を倒す為なら俺はあらゆる方面に全力を尽くす主義。戦闘前から有利な状況を作る事もまた戦術だ馬鹿め!!」
「戦術とかカッコいい事言いやがって! 俺はそんなせこい方法で死ぬ訳にはいかないからな!」
「根拠のない自信をお前は自負するが、それで何が変わるという!!」
強がるシンを一喝するかのようにスネークは叫ぶ。根拠のない自信を表明しようとも、スネークの完璧な手筈を覆せるかどうかは微妙な所である。
「根拠のない自信に頼って勝つのはお前の運がいいからだ! サムライドたるもの勝利をもぎ取る為に完璧な下準備が必要だと言う事はお前に分かるまい!!」
「分かりたくないね! 俺は気が短い方なんでね!! 結果がすぐ出なきゃあ気が済まないもんね!!」
「馬鹿が……!!」
スネークの理論はシンには性格的に合わない上に、宿敵の関係である以上分かるはずがない。最も当のスネークもかつての弟子とはいえ敵である彼に教えを授ける訳もなく、まるで兵である自分の主義で彼を一蹴せんとするばかりにだ。
「戦争に卑怯も何もあるか! 例え悪逆だと、外道だと言われようとも最後に生き残る者は強者のみ。強者こそ全てだということをだ!!」
「あんたのような強者が全てなら……この世界もあの世界もおしまいだな!!」
「青臭く強情な理想を振り回そうとも力が伴わなければ強大な力の前に蹴散らされるのみだ!」
それでもスネークに言い負かされるわけにはいかないと奮戦するシンだが、何か考えが読めたのか無防備な背中を彼の目の前に晒したのだ。
「弱さは罪、罪の象徴である弱者は必ず俺が滅ぼす……それが俺の弱者」
「背中を向けるとは……まさか、俺がお前の滅ぼすべき存在にも達していないからでもいうのか!!」
スネークの敢えて隙を見せる行動はシンの心を逆なでするに値する。かつての師とはいえ自分が密かに慕っていたアゲハをこの手で殺めた男だ。彼女の敵討ちとして袂を分れて決闘に挑もうとも、相手にならない、足元にも及ばないと言われたようなものだからだ。
「うっ……」
その時、シンの身体銃に異変が走った。突然片膝をついて全身でもがき苦しむように身体をかき乱すとともに、何故か彼の身体が徐々に透けていくのだ。背後の彼の異変をスネーク走っていたか否か、答えはスネークの口元が緩んだ事にある。
「しかたあるまい。それはお前がお前じゃないからだ! シンキ・ヨースト!!」
「何だって……!!」
「シン! お前は美濃の非常拠点に到着してからミラージュシフトを本物のように行動させて俺達の目を欺こうとした!お前の考えではミラージュシフトのお前と俺を戦わせて俺がエネルギーを消耗した時に俺を倒すつもりだったはずだ!!」
「!!」
「ミラージュシフトはレーダーですら撹乱する幻。電子的な方法で本物か偽物かを見分けることは至難の業だが、お前が透けるか透けないか、そしてお前の行動パターンから本物か偽物かを見分ける事は簡単でな……」
シンが仕掛けたトリックはスネークの前には赤子同然の模様である。今付近の森林からガサゴソと音を立てて人影が現れた事にスネークの目はそちらへ向けられる。
「お前は俺がほぼ動くことなく、俺のトラップの前にお前は幻であることを誤魔化そうとするだけで目的を果たせず無駄骨を折っただけだ。おそらくお前はバタフライザーのエネルギーを借りてまで幻を持続させようとしたが……読みが甘かったな!!」
「ちっ……スネーク、変な所に気が付く奴だ!!」
「俺の推測ではお前はもう戦う事は出来まい! いわば弱者だま!!」
「弱者とか簡単に決めやがって俺を殺すつもりだな!!」
「殺すより滅ぼすだがな!!」
言葉では強がるシンだが、内心は実力の面でもスネークに叶う自身はない。
さらに自分はミラージュシフトの長期使用のせいでエネルギーを消耗しており、本物同士の対面では既に自分は不利だ。
そんな不利を表面だけでも支える事は、自分の意地だ。譲れない。譲ったら負けと考える彼の意地だ。
「いえ、滅は滅でも自滅です」
その時、ミツキが急接近して飛んでシンの前に立ちはだかるように到着した。
「ミツキ、お前あの二人との戦いは……」
「あの方の実力が私の域の半分にも達していませんでしたのでこちらへ加勢します」
「どうやら運は貴様をある程度は助けてくれるようだな。ある程度はな!」
「口を慎んでくださいスネーク・サイド。私はアゲハの無念を晴らさなくてはなりません」
「お前もアゲハアゲハか! 最もアゲハが俺に破壊されるほど弱くなかったらこのような事はなかったがな」
「なんだと!!」
「……!」
シンとミツキの2人にとって例えどれだけアゲハが大事な存在であろうとも、アゲハの名前はスネークにとっては取るに足らない雑魚の様である。そのような心外な事を言われてシン本人もヒートアップしてしまうが、ミツキからの無言の圧力が、彼の動きを止めてみせてスネークへ威圧を掛けようとする。
「シンさん、貴方はエネルギーが僅かですから無理をしないでください」
「し、しかしなぁ!俺はあいつをな」
「私もスネークを随分恨んでいます。正直あの方に対しては加減が効かず破壊してしまう恐れがあります」
「加減を知る、いや加減をいい訳としてサムライドを破壊できないお前が俺を破壊とはな! 出過ぎた事を言うわ!!」
2人は自分を前に動かない。そこでスネークは腹の底から大笑いしながら自分と彼らの実力の差を誇示しよう侮辱して見せる。
「口を慎みなさい……結果はどうでしょう……!!」
「おいミツキ! 無暗に動くと罠が……」
ミツきが動いた。だが、スネークの周辺は罠一面である。罠一面の地形に彼女が何も考えずに飛びこむ事はないとシンは思っていたが、実際彼女はそれをやろうとしているのだ。彼女の無謀な行動は普段から無茶上等の無鉄砲な彼ですら躊躇を感じさせてしまう程だ。
「カムクワート・ストレート!!」
ミツキに握られたゼラニウムブレードの刃を背中に装着されたカムクワートに連結された時だ。素早く彼女の両手には合体された兵器・カムクワート・ストレートが現れ、それで彼女はスネークに切りかかるつもりではないかと傍観しているシンは考えてしまう。
だが、ミツキはトラップの存在に気づいていたのだろう。カムクワート・ストレートは前ではなく真下に、地面へ突き刺す事を選ぶのだ。
「心配は無用です。その程度の罠を見過ごすような私ではありませんから」
粘着トラップが付着した落とし穴にカムクワートの先端が突っ込まれ、柄の部分を足場にするように空中で体勢を整えたミツキは、足場と化した柄を蹴るようにして空中を舞う。今の彼女は一枚の花弁のように彼女は宙へ飛ぶ事を選んだのだ。
「空中から狙うつもりならそれでいい! どうせ弱い奴が負けるだけの話だ!!」
「制空権を得ることこそ戦いのセオリーです……!!」
天からスネークへミツキが飛びかかる。彼女の両手に握られた武器はキキョウ。愛用扇子の二刀流で彼を切り刻もうとするが、彼はとっさの所で背中から引き抜いた肩手斧の刃をキキョウに当てるようにして攻撃を受け止める事を選んだ。
地形の利はミツキの有利だ。だが本人その者のパワーはスネークに分がある。その答えが、両者が均衡に渡り合う事だ。
「どうした。制空権を制したならば俺のトマホークを押し返すことが出来るはずだ。そして俺を倒すことが出来るはずではないのか!?」
「……おしゃべりをする暇はありませんよ……」
余裕を見せて貫録を示すスネークに対し、今のミツキにはどこか飄々と、また淡々とした感じがあるにはあるが、内面ではまんざらでもない気に晒されているのだ。実際彼女の言葉にはやや怒りと受けてとれる感じなのだ。
今、ミツキの冷静なポーカーフェイスがスネークの手で引き剥がされようとしているのだ。
そして、精いっぱいの平常心と共にキキョウの先端からはビームを放つが、トマホークの刃は余程硬質なのか、ビーム属性の攻撃への耐性があるのだろうか。ビームで刃を貫こうとしても全く刃が溶解したり、亀裂が入ったりする事はなかった。
「ふふふ。ナガランダー・トマホークをその程度のビームで破壊できると思ったのか!?」
「さすがですね……!」
スネーク攻撃を受け止められても、ミツキは脚部からのスラスターを全開にさせてある程度の高さで滞空時間を継続しようと粘りながら攻撃の手を緩めない。
しかし、スネークのナガランダー・トマホークはよほど強固な武装であろう。右手で横に斧を持つだけで、手数の多さで勝負するミツキの攻撃を度々食い止めているのだ。
「スネークの奴、ミツキの攻撃を片手で食い止めていやがる……!!」
ミツキとの戦いにおいて、スネークが誇る想像以上の強さに驚きが隠せないまま死闘を眺めるシン。だが、後方からは何機かのソルディアと先陣を率いるサムライドの姿が近くにいるのだ。
「なんだ! あいつら新手の増援か!?」
「気をつけろシン! あいつは何かやらかそうとしている!!」
「何だって!?」
彼らの後を追うクーガの言葉から目の前のサムライドに警戒するシン。ソルディアを率いる彼・ナガシゲールを相手にしようとトライマグナムをホルスターから引き抜くが、
「お前を相手にしている暇はないんですぜ! 取り押さえるんですぜ!!」
「のわっ……!!」
だが、ナガシゲールには、シンを相手にするつもりは全くない。彼の指揮するソルディアの面々が一斉に腹部からワイヤーを放ってはシンの手足を絡め取ってしまったのだ。
「くそ、何しやがる離せ! まさかあいつはミツキの背後に回り込んであいつを倒すつもりなんだな……!!」
ワイヤーの力で身体の身動きが取れないシン。だがナガシゲールは電磁炎弩級ハンマーを両手にしてミツキの背後を取ろうと接近しているのである。このままでは彼女は敵の挟撃に遭ってしまう。
「ふふふ! シンは俺の獲物だがまぁよいわ! ミツキごときはお前が加勢しても俺の沽券に関わる事はない!!」
「……!!」
「へへへ……死ぬんですぜ!!」
ミツキが振り向いた瞬間、ナガシゲールの電磁炎弩級ハンマーが今、彼女に襲いかかる。だが、
「何っ!?」
その時にミツキは、脚部のスラスターを切ることで、地面へ着地して一頭身分背丈が高いナガシゲールの電磁炎弩級ハンマーをかわす。
しかし、そのハンマーは空振りの結果とはならず、見事に顔へ強烈な一撃を叩きこんだのである。最もそれはスネーク・サイドであるが。だが、何故かナガシゲールは手元が狂ったなどの理由でやらかしたのではない。それは、戸惑うどころかニヤリと笑っている事が証明しているようなものだ。
「き、貴様……!!」
「俺にあの3人を倒す事は無理ですぜ……何せ敵の敵ですぜ~?」
「まさか……?」
敵の敵は倒す事は不可能と告げて戦線を離脱するナガシゲール。疑問と共に顔面に受けた傷を前に思わずナガランダー・トマホークを落としてしまいその場でよろけてしまった。
ミツキにとっては反撃の好機が到来したが、彼女には心にふと疑問を感じさせる言葉があったのだ。
「敵を倒す事は無理。だから敵の敵であるスネーク・サイドを攻撃した」
と言うがそれは理由にはならない。しかし、その言葉の裏にはスネークもまた敵、いや味方の敵、味方の皮をかぶった敵とスネークはマエバーミンにみなされている。三光同盟の北部軍団は決して一枚岩ではない。綻びがちらほら存在するのではないだろうか。
だが時間はミツキに考える時間は与えない。スネークが体勢を立て直すまでに逆転のできる体制を作っておく必要があったからだ。
「スネーク!ここで覚悟を決めてもらいます!!」
そして今、顔を抑えていたスネークの死角を突くように短剣に変形したキキョウで斬りかかろうとするミツキだったが、
「ギロチンカット!!」
「なっ……きゃっ!!」
顔を抑えていたはずのスネークの右手が拳を作って前方へ飛びだされた。腕の関節に仕込まれた丸型ギロチンが激しく回転しながら、ミツキの頬をかすめるように彼の拳が飛べば、彼女を殴り飛ばされた。
殴り飛ばされた状態の彼女はまるで強風によって枝から散ってしまった花弁そのもの。花弁は落下先の正方形状の入口に引き込まれてしまい、クレイモアバズーカの弾によって粘着されて身動きが取れないのだろう。穴に引き込まれては身を出す気配がなかった。
「あの男2人はおそらく……あいつの差し金か!」
「まさか味方に裏切られるとはな! でもアゲハを殺したお前には相応しい末路だぜ!!」
だがスネークにはミツキを片づけてもシンが残っていた。ソルディア4機をすぐに無力化したシンは、素早く右腕にトライライフルを連結させて己の右腕を切り札へと変形させて照準を彼へ絞っている。
「ブレイズバスターをくらいやがれ! スネーク・サイド!!」
「俺を殺すつもりだな……面白い。お前を倒すことが使命の俺だ! 倒される運命のお前に俺が倒れるか!!」
ブレイズバスターの先端には真紅の光がともる、その光が放たれるまではあと数秒と言った所でありスネークの敗北が決まろうとしていた。
「ぐぅわぁぁっ!!」
「シン……!?」
その時想定外にも限度がある事態が発生した。自分の至近距離で起こった大爆発によってシンは切り札を吹き飛ばされ、スネークは右手で顔を抑えながらもスネークウィップを左手に握っていたのだ。
「痛ぇ……何だ! ブレイズバスターが破れたなんて!?」
「止めに拘るからだ馬鹿者が!!」
「あの男、あの鞭をブレイズバスターの銃口へ刺したことでエネルギーのはけ口を防いだのか!!」
先ほど全く逆転してしまった光景がクーガの目の前で起こった。彼が説明したとおりに彼の視点に立ち説明する必要がある。
先程の目前で発生した光景はシンがブレイズバスターを放つ直前にスネークが自身のエネルギーを注いだスネークウィップを、ブレイズバスターの銃口へめがけて放った事で発生した。
その銃口にはスネークウィップが差し込まれる形となり、さらにスネークウィップから電撃がバスターに流されたことでバスターのエネルギー許容が限界に達して爆発を起こしたのである。
「何を選ぼうと、止めは止めだ! お前の必殺技ブレイズバスターが俺を倒す方法だと考えた事が裏目に出たようだな!!」
「ちくしょう……」
「お前の弱さを悔めば悔やめ。どうせお前は俺に敗れた時点で弱者だ……予測してもいない被害を被った俺に負けるからな……はっはっはっはっ!!」
顔 を抑えながら笑うスネークの左手が弾く音を立てた。弾く音と共に雲を割って飛ぶのはゴールド&ブルーのドラゴンだ。彼は口からロープを放って主人を天へむかわせる役目を果たす。
「シン一人を倒す事は容易いが今の俺は3人相手に太刀打ちする自信はない……最も傷が癒えた時は別だがな!!」
「に、逃げるのかスネーク……!待て、スネーク・サイド!!」
「逃げるのではない! 見逃すだけだ!! 次の機会にお前達3人を弱者として俺が必ず滅ぼす為にな!!」
ドラゴンからたらされたロープにつかまったスネークはドラゴン型ライド・マシーン“バルサンダー”と共にサムライドの視力が付いてこられない高さまで姿を消えていった。
彼の撤退にあっけにとられるクーガ、身動きが取れないミツキ、そして……うつ伏せに倒れたシンを地上に残してだ。
「あの男シンを、ミツキを手玉に取るほどの強さだ……おいシン、ミツキ大丈夫か!!」
クーガはその場から動いてシンの元へ近づくが、彼は左腕で身体を起こしながら息を切らしている光景を晒していた。
「ちくしょう……スネーク・サイド! 何でおれはあんたに勝てないんだ!!」
「……」
「あんたが俺の師匠だったからか! あんたがお前は俺より強かったアゲハを倒したからか! あんたにとっちゃ俺は不釣り合いなのか!!」
今、シンは叫んだ。敵を倒せない事にやりきれない怒りが込みあがり、敵を討てない己の非力さを悔む気持ちが決壊寸前までに達した。
おそらく彼の右腕が無事だったら地面を何度も叩いて抑えきれない気持ちを吐き出していただろう。だが右腕を失ったシンは拳で平面の地を叩く代わりに濡らす事を選んだ。
だが、叩いても決して彼の夢が叶う訳ではないように、濡らしても彼の事を為す事は出来ないのである。己の実力がその域に達していない限りだ……。
「スネーク・サイド……やはり彼に私は力が及ばないのでしょうか。アゲハ……私とシンさんは事を為そうと戦い続けてきたも戦場の大蛇である彼の牙を折る事は出来ず、この地でも大蛇の牙は朽ち果てていないようです」
穴の中でミツキも呆然とした表情で天を眺める。その日空は太陽の輝きが激しく、深い穴の中に落とし込まれたミツキにとっては手に届かず、その時点で目を覆ってしまうような強烈な光を放つ太陽のような存在がスネーク・サイドであるかもしれない。
シン、ミツキ。2人が翼を得てスネークの元へ追いつこうとしても、遥か先のスネークは熱を発して2人の翼を蝋のように溶かして大海原へ突き落とすだろう……彼ら二人が敵を討つには太陽にも屈しない強大な翼を、力を得なければならないのだ。
2060年6月24日。スネーク・サイドを前に3人はこの地で初めて強烈な敗北感を味わう事となった。進軍状況が一歩前進しても、敗北感も味わった事は変わりはなかった……。
続く