第8幕 川中島、400年目の戦乱!!
現在の山梨はまさに荒野だ。いや、現在の日本列島において平穏が約束された地を探すことが難しいかもしれないが。
それはともかく、山梨において3人がスコップやら採掘機やらダウジングの棒やら、リモコンやら……と、とにかく採掘道具を両手にしてまるで宝探しをするかのように採掘を始めていた。
「さぁ行こう~夢に見た島へ波を超えて風に乗って海へ出よ~!」
「ヨシーナ、それ違うですたい。おいどんたちは地面を掘ることしかしていないですたい」
「それより見つからないで~す! あの四戦士が本当にこの地に眠っているので~すかヨシーマ!」
「イワーナ、おいどんに聞かれても困るたい。それよりヨシーナ、これで本当に大丈夫でごわすか」
「大丈夫大丈夫! 俺のダウジングを信用しなさいって! ダウジングのヨシーナと呼ばれた俺のダウジングでは確かに東北東っと……」
「さっき南南西だって言っていたようでごわす……」
「その前は北北東……怪しいで~す!」
自分の腕を自負するヨシーナのダウジングに関して二人は疑いの眼差しを向ける。ただでさえ彼は当てにならないのにコロコロ位置が変わるようなダウジングしか仕事しない彼へ、肉体労働をしている二人は大目に見る事がそろそろ限界の様である。
「お、俺をそんな疑いの目で見るなよ! そんなに俺が信用できないのかよ!!」
「できないでごわす!」
「信用できないから預金できませ~ん!!」
「「……」」
イワーナの返答の意味が理解できないのだろう。すぐに両者の言葉が詰まった。おそらく彼は信用を信用金庫の信用と意味を取り違えているのだろうか。だが少なくとも現時点でのこの発言は訳がわからない。
「あぁ! そんなに俺のことが信用できないならとっておきの必殺技ダウジングクロー見せてやるよ!! とやぁっ!!」
「と、飛んだでごわす!」
信頼を得られない事にいらっとしたヨシーナがダウジングの棒を両手に握り身体をコマのように回転させて飛んだ。そのコマは頭のリーゼントから地面へ着地して回転が緩やかになるにつれ両手の棒をとある方向へ差した。
「四戦士はここに……」
「いたよー!!」
「……いる!!」
「「……」」
ヨシーナが東の方角にダウジング棒を構えようとしたが、ヒララの声がした方角……つまり西へすぐさま棒を向けた。多分本人はこのダウジングテクニック自分の力だと二人にアピールしようとしているが、当の二人は何とも言えない白々しい目しか向けていない。
「どうやら既に発見されていたようだな……この俺がもう少し本気を出すのが早かったらなぁ」
「ヒララちゃん、見つかったとは本当でごわすか!」
「早く早く!御開帳なのーね!!」
「……」
自称リーダーであるヨシーナが面目を崩さないようにまだ本気を出していないと振舞うが、同僚二人は実力で彼らを発掘したヒララへなびいており彼のセリフは耳に届いてもいない。
その状況でヨシーナ一人が健在を振舞うだけ、彼自身がかえって無常感が増すのある。
「うん! たまたま掘った場所からリボンシュラウドがどんどんどんどん出てきたの! ほら!!」
ヒララの後ろに並ぶソルディアには四つの棺・リボンシュラウドが担がれている。その棺は二万年の間深い土の中に眠っていたにも関わらず、土埃を払えば新品のような光沢を輝かせるはず。これはビーグネイムの技術の賜物だろうか。
「すごいでごわす! これをケイ様に献上すればおいどんみんな出世するでごわす!!」
「まさに三人寄れば文殊の知恵でーす!」
「三人寄れば文殊の知恵~? どういう意味なのそれ?」
「こいつの言っていることはほっとくでごわす。しかしおいどんたちもヒララちゃんと一緒に行動すればお手柄ものだったのに。なにか損をしたでごわす」
「イエス、ミートゥー……」
ヒララの実力に感心するゆえに自分は暗愚なリーダーに従ってしまった事をこの場で悔むヨシーマとイワーナ。だが、彼女は何か言い案が思いついたのか顔をあげて手をぽんと叩く。
「損をしたの? じゃあ、ヒララのこれをみんなで分ければいいと思うよ!」
「そうそう。皆で分ければ4機を一人ずつ……ってええ!?」
そのヒララは意外な発言をかます。彼女からの予想外の言葉にヨシーマはこの幼女の後ろに観音様が光臨されているかのように映る。
「いいのですたいヒララちゃん? これだけの手柄は多分4ランク上に出世するから……ヒララちゃん既に次期宿聖確定でごわすよ!!」
「え~でも~こんなに持って帰るの面倒だし、皆で持って帰ればいいじゃん。だからみんなで四等分だよ! 四等分すればみんな幸せになれるし!!」
「ヒララちゃーん……ヒララちゃんまじ天使ですたい」
「かわいい子には旅をさせろなんてことわざ出鱈目で~す」
「あぁ出鱈目たい。こんないい子を他の軍団に渡したらいかんでごわす……ヒララちゃん、この恩はいつかおいどん3人が返すたい!」
「そんなことしなくてもいいって~いじわるしなきゃ私もそれでいいだけだよ」
「いいや! ここは大の大人がこんなかわいい女の子に恩を売られるだけじゃ情けないですたい!!」
「ヨシーマ、ミーとしてはサムライドに大人子供関係あるかが……ふがふが」
イワーナにしてはここは珍しくサムライドとしてもっともなことを言いだしたが、彼の口をヨシーマが塞いで、御機嫌を取ろうとする。正しい事よりもその場の空気を崩さない事を彼は選んだようだ。
「本当! ありがと~カズマちんと違って2人とも意地悪じゃないからよかったの~!」
「いやあ……」
「ヨシーナ! ミーたちついているようデース!!」
「うるせぇ! 俺がリーダーなのによ。なんだよお前らヒララにあっさり寝返りやがってよ!!」
ヒララからの救いの手に歓喜するヨシーマとイワーナだが、リーダーとしては彼女の様な幼女に助けられたことがヨシーナには納得いかなかった。彼は思い切り頬を膨らませて地面で駄々っ子のように見苦しく手足をばたつかせている模様だ。
「いや、おいどんたちは寝返るなんてこと考えては……」
「手柄四等分に乗っている時点でお前らは俺を捨てたんだよ! 俺リーダーなのによ!!」
「……」
そして外見ではいっぱしの大人のイワーナが今、地面に座り込んで号泣する。最もこの状況が状況ゆえに他人からすれば絶対馬鹿馬鹿しい理由での号泣と思われるはずだ。
「いいか! 俺は他の手柄を発掘するまでここから帰らないからな!!たとえお前らがかえっても……」
「結構重いでゴワス」
「ヨシーマ、人生重荷を背負って遠い道を行くことがいいと偉い人が言っていましーた!!」
「ふふふ、ありがと~♪」
とヨシーナがスコップ片手に振り向けば、既に棺二つを担いで帰るヨシーマとイワーナの姿が見えた。自称リーダーとしては同僚及び部下の独断での撤退は無情の二文字に尽きる。
「あの野郎……俺の許可なしに帰りやがって! ちくしょー!!」
「あ、もしよかったらヨシーナにももう一つのソウルシュラウドあげるよ!」
「何っ!」
「ヒララのソウルシュラウドとヨシーナのソウルシュラウドを合わせて二つ。あの二人が一つしか送っていないのに、ヨシーナが二つ見つけたことにすれば手柄の方で有利になって、出世間違いなし!リーダーの貫録を見せることができるよ!」
「ヒ、ヒララちゅわん……」
それからすぐにヒララからの救いに歓喜の涙を流すヨシーナは彼女の手を握る。幼女を奏でるヨシーナの姿は正直あれだがここで触れない方が彼の為だろう。どのようにアレなのかは想像に任せてもらいたい。
「ヒララちゃん! お、俺はもらうためにもらったんじゃないからね! もらっていいというからもらったんだからね!!」
「うん! もらっていいよ!!」
「もらっても返さないからね! もらっても返さないよ絶対!!」
「いいよー、ヒララ別の手柄探すから」
ヒララに対し何故かツンデレるヨシーナだが、美男でもない男のツンデレはあまり見ていて気持ちがいいものではない。
だが、とにかく彼が二つの棺を担いでうっひょっひょーいと呪文ような言葉を唱えながら帰還する所を見送ると、ヒララはかすかな笑みを浮かべた。
彼女は背中を掻くように右手を入れて、(cmほどの円盤体を取り出す。そんな彼女の隣には、明らかに彼女の何頭身かの差がある丸メガネをかけた一人の女性が近付いている。
「あら~お義姉さま(さま)、せっかく私が見つけたあの人たちを他の人の手柄に回していいのかしら?」
「大丈夫じゃ……」
お義姉さま。彼女がその言葉を言うとともに、ヒララが突如舌足らずな口調から達観したような口調へ切り替わった。8cmの円盤体を腰の小物入れに入れると先ほどの会話の一部始終が小物入れから流され、再生の様子を確認すれば停止を押す。
「あのバカどもも手駒にすれば少しは役に立つだろう。あのような男たちに童の力を見せつければ南部軍団は童の手の中に」
「なるほど。でもお義姉さま? 一人厄介者がいるんじゃありませんか? 確かケイの弟の」
「あぁカズマじゃな。じゃがあの男は武勇に冴えていても、兄への忠義と部下への懐疑心が強いゆえに部下の統率に難がある事を知っているからの……。こうする自信もある」
顔見知りの女性の前に本性を現したヒララは親指を地面へ突きだす。その愛らしくもどこか冷酷さが漂う彼女の仕草に眼鏡の女はトレードマークともいえる丸眼鏡を軽く動かしてみせて彼女と同じポーズをとる。
「これ……ね? お義姉さま、ずいぶん楽しいことを考えますわね」
「あぁわらわの計画は順調だ。いずれ潜んでいる義妹、義弟どもが組織を中から食いつぶしていけばいつの間にか天下は童達のものになるのじゃ。権力が万全なものになるまで童が小娘を演じることくらい容易いことじゃ」
「お義姉さまのあの演技立派でしたわよ~」
「お世辞か? まぁよいわ、樹の中の蟲のように中から食いつぶす事は快感じゃのぅ……」
「いえいえ~褒め言葉ですよ~?」
謎の女性からの言葉と共にヒララの口元は策略と確信が混じる。彼女の野心をあの3人が知るかと言われれば知らないだろう。
最も彼らが知らない事はそう支障は来ない。問題は……カズマ・ソゴウ。ケイの弟であり三光同盟南部軍団宿聖の彼だ。
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「これが四戦士の眠るソウルシュラウド。よくお前達が見つけることが出来たな」
三馬鹿の2人に担がれたソウルシュラウドはとある森林の中に運ばれていた。亀のような移動拠点の前にはケイとカズマの兄弟が腕を組みながら赤褐色の二つの棺に目を凝らす。
「は、はい……ごっつあんでごわす!」
「その通りでーす! ミー達にヒララがプリーズしてくれたのでーす!ヒ・ツ・ギ・プリーズ、これはミー達の物でーす!」
「その通り……ってちょっと待つたい! その件は……」
だが、早くも作戦の不正を暴露してしまうイワーナに対しヨシーマが突っ込みを入れてしまう事態が起こってしまった。さらに既にトップとナンバー3が目の前にいる時点で、不正を暴露してしまった状態から、ヨシーマのいい訳は不可能に等しい。
「……まぁ良い。私はここまでこのソウルシュラウドが早く見つかるとは思っていなかったからな。このような裏があったという事か」
「兄上! あんな子供がこんなに早くソウルシュラウドを見つけられる力があるとは僕には思えないです!そのヒララも誰かに頼ったか、偽物をてっちあげたんじゃないかな!?」
「落ち着けカズマ。その件については本部で棺を解いてから分かる。まぁ期待外れだとしてもそれを戦力の一つ二つに加えてしまえばいいだけだ。最もこの場所を特定した男の自信からすれば多分正解だろう……」
「場所を特定した男? あの男の事かい!」
「はい。仰せのとおりでございますカズマ様」
カズマが目を向けた先にはまずダークグリーンの亀を彷彿される移動拠点が存在する。その移動拠点から聞こえるややしわがれて飄々とする声の主は拠点から拠点の穴から頭を出して、全身を外に晒す。
ダークグリーンの軍服とヘルメットを着用した初老の男性……そう。西部軍団豪将の階級に位置する男ハッター・ノンだ。
「
お前は確かハッター・ノン!」
「カズマ様。実は私は暫くその四戦士の眠る場所を特定する為に暫く組織を離れていたのでございます」
「ハッターの言うとおりだ。ハッターがここのところ姿を見せないのはそれによるものだ」
「道理でここのところ存在がなかったという事か……」
「存在がないとは御尤もなことでしょう。確かに私のような地味な存在は埋もれてしまう者ですから、むっときましたが反論はしないとしましょう」
カズマの発言は本人がその気ではなくとも失礼な言葉である。が、ハッターは精神面でも大人。軽く手を振って気にするなと言葉と共に仕草でアピールをして見せた。
「ですが、私は三光同盟結成前にモミーノ、アクエーモンと共に日本各地を旅していた身ですから。この大陸の地理に関しては結構詳しいのですよ。まぁ私は事情通という程度の能力を持つ男だということでしょう」
「あぁ。流離の傭兵部隊にいた男のことだ。この件の事情はおそらくお前が一番知っているだろう」
「恐れ多いお言葉をケイ様。私も大陸時代にあの戦いに参戦した経験がありますが、私がマークした四戦士は一人一人が強力なうえ、主君への忠誠を貫いています。主君を味方につければ彼は我々の忠実な部下へとなるのです」
「なるほど……ハッター、お前はその四戦士を高く買っているのだな。私は大陸時代あの男と戦いをかわしたことが一度もないから良くわからないが」
事情を知る男ハッターからの語りは説得力があるようでありケイを唸らせるものだ。この男の存在は他の幹部と比較すれば空気のように薄いのだが、言葉を発したとたんに己がここにいる事を誇示させることが出来る実力派ある。
「確かに。カイ国とケイ様のアワ国は土地的にも大きく離れていたから剣を交える機会がない事も仕方がないでしょう。ですがあの戦士の強さは旧東部軍団を遥かに凌ぐものだと私は考えています」
「旧東部軍団をはるかに凌ぐとお前はいうのか」
「恐れ多くも。ですがこのような事柄は論より証拠。もしよろしければ私が新生東部軍団のプレゼンテーションをマネージメントしてよろしいでしょうか?」
「プレゼンテーション? ハッター、お前は何を考えているんだ」
ハッターの考えは武力一辺倒のカズマには今一つよくわからないようである。またハッターの表情は彼がそのような疑問を返すと思っていたようである。
「ええ。元東部軍団の面々を、いやここは思い切って南北の用済みを東部軍団の実力を披露する生贄に捧げてしまおうという考えでごさいます」
「何……」
ハッターからの意外かつ物騒な提案にトップを占める兄弟の表情に戦慄が走った。彼が東部軍団に過度な期待を賭ける理由があるのか、それとも己の考えに自信があるのか。
「おいハッター! お前は南部軍団じゃなく西部軍団だろ!! 僕の南部軍団より西部軍団で勝手に噛ませ犬を用意すればいいじゃないか!」
「いやいやいや。カズマ様、大変申し訳ございませんが西部軍団宿聖であるガンジー様は部下の扱いと慈悲に長けた方でして、ガンジー様の部下を生贄に捧げることはガンジー様の考えから却下されるうえに、強引に事を進めると西部軍団の崩壊を招いてしまう恐れがありますから」
「自分の軍団とトップが可愛いのかお前は」
「左様でございます」
ハッターは抜け目のない男である。大げさな計画に決して自分の軍団を犠牲にさせない考えを揺るがせないのだから。この手の男にカズマは嫌悪感を抱いているのだろう。腕を組みながら見下すような目で舌を打つ。
「ガンジーらしい考えだな。あの男がそのような考えを飲むとは思えないからな」
「左様でございます。西部軍団は地味なれど団結を最大の武器としています。私も西部軍団のサムライドですので、そこの所はご了承を」
ガンジーの考えを読んでケイは高く笑った。最も隣にいる彼の弟は真っ先に不服そうな表情をハッターへ見せつけているのだが。その時彼は突然手をぽんと叩き何か彼の脳内の豆電球が点灯した顔つきを見せた。
「おっと、思い出しましたカズマ様……南部軍団の不要分子を駆除するもう一つの必要性を、いけませんなぁ私物忘れが激しいですなぁ」
「まだ僕に指図をするつもりなのか! 西部軍団の身のくせに!!」
「いえいえいえ……私はカズマ様に耳寄りな、いえ命に関わる報せをここに持ち込んできたのです」
「何……?」
『カズマの奴は現在兄に従ってこの南部軍団の拠点を離れている』
『拠点に帰還する際にカズマの入場を遮って彼を亡き者にすればいいという事でござる……ニンニン』
『カズマといえども我々瀬戸内の三傑が集えば敗れることは目に見えている』
「……!!」
ハッターが腰に取り付けられたスイッチを点ければ何故か三人の者が綿密に打ち合わせを行っている様子が録音されている。それも自分を亡き者にせんとする恐ろしい打ち合わせだ。
「奴らは南部軍団雄闘士ドイ・ドイ、コウ・ムラカミ、ワルディ・サイオンジ……ど、どういうことだ!!」
「そうです。カズマ様、現在南部軍団ではカズマ様へ反旗を翻そうとする不届きものが存在しているのです。これがカズマ様に反旗を翻そうとしている部下達のリストです」
「……」
渡された一枚のリストを前にカズマの目は針の穴を凝視するほどの鋭さで紙面を眺めた。その身体には微かにしかし確かにガタガタと打ち震えるのだ。
「ハッター、これはどういう事だ」
「はい。我々西部軍団はケイ様の命を受けて本拠地の留守を任されています。その間に私は不届きものの監視をモミーノとアクエーモンに任せた所で得られました情報でございます。いやぁよかったですねぇ危なかったですねぇ危機一髪ですねぇ」
「……」
「うわぁ。おいどんそんな計画があったなど知らなかったでごわす」
「ミーたちを仲間外れにしたんですねあいつら! 許せないでーす!!」
「いや、そのような問題ではないでごわす」
カズマの顔つきが蒼白するとは別にイワーマ、ヨシーナは全く知らなかったのか、またトップの立場ではなかったのか全く動じていない、いや動じる必要性もなかっただろう。その一方でケイは俯きながら、また別の意味で身体を震わせる。
「申し訳ございませんが今は音声のみの証拠となります。ですが、彰子映像を本拠に用意してありますのでここは任務終了後その証拠を確認することを私は推奨します。最も私はこのような奴らをその生贄で始末するべきだと考えます。あのような者がカズマ様になり変わっては軍が倒壊してしまうでしょう」
「分かった。下がれ……」
「ははぁ……」
ケイの命令に答えてハッターが引くと、彼の視線はカズマの元に向けられ、重い足取りで目の前の弟に接近する。最も弟は完全に自信を喪失したかのように、否定をしようとする。
「あ、兄上……これは、こんなはずは!!」
「この愚か者が!!」
「なぁっ!!」
兄のストレートが弟の左頬へ容赦なく飛んだ。不慮の事態に心を揺るがされた弟は宙を何難回転しながら、地面へ激しく激突してあおむけに倒される結果となった。また殴り飛ばした兄の表情にはおそらくこの世界で見せた事もない未曽有の怒りが感じられ、その場にいる弟を恐怖の感情一色へ叩き落とすには十分な気迫である。彼が唯一慕う対象から見放された弟は小動物の様に蹲り左頬を抑えたままその場を動かない、いや動けなかったのだろう。
「私は以前から言ったはずだ! お前が持つ部下への不信がこのような事態を引き起こしかねないとな!!お前が己の非を知ったときは私を超える存在になると思っていたが……一大事を引き起こすお前など私の弟ではないわ!!」
「兄上……ですがあいつらは何時反旗を翻すか分からない存在……そんな危険性と紙一重の存在に慈悲の心など!!」
「えぇいくどいわ!」
その言葉と共にケイは弟を情けの一片もないまま蹴り倒す。目の前の兄は修羅だ。鬼だ。カズマは今恐怖を目のあたりにしているようである。
「私は弟としてお前を買いかぶりすぎていたようだな。たった一機のサムライドを弟とみなす私が愚かだったわ!」
「兄上……待ってください! 待ってください!!」
「カズマ……本来なら極刑だが、お前を見る目を誤った私の温情として宿聖の階級剥奪で許そう。ハッター、カズマとソウルシェラウドの護送を頼む」
「は、はぁ……」
「……」
自分を容赦なく殴り飛ばして蹴りつける兄の姿にカズマは恐ろしい何かを察知した。先ほどまで淡々とした様子だったハッターにも微かな恐怖を覚えた模様である
「ふぅ……ケイ様! これが四戦士最後の棺ですよってあれ?」
「……」
そんな時に二人より遅れてヨシーナが到着すれば、ヨシーマは気まずい表情をみせながらため息を吐いた。
「ヨシーナ、ヨシーマ、イワーナ!」
「はは!!」
「今回お前たちを呼んだのは発掘任務だけではない。お前達の力が必要だと見たからだ。私達の兵力はここにいる4人のみだ」
「……」
彼の口から開かれた4人の単語がカズマの心を傷つける結果となる。5人ではなく4人。目の前に戦力として招かれた者は5人であるのに、四人の言葉が兄が既に自分を対象外、つまり戦力外とみなしており、お世辞にも有能ともいえない自分の部下3人より立場が低いものだからだ。
「4人……ってええええ!?」
「ケイ様、たった4人で勝てると思っているのですか!?」
「4人に関係ある諺4人に関係ある諺……」
「落ち着け。ゲンとミーシャの戦いは兵力を消耗しきるまで続くと私は考えている。戦力を消耗し合い、その状態で劣勢になる側へ我々が味方をすればいいだけの話。そこでお前たちを選んだのは三体合神トライベガスの力が必要とされるからだ」
「三体合神トライベガス……俺達の出番っすか!!」
「そうだ。お前達三人は正直いてもいなくても変わらない」
「うっ……」
「だが、それはあくまでもトライベガスの項を抜いた時点での私の評価だ。一人ではどうしようもないお前達は三人で力を合わせた時に並の三人分以上の成果を発揮するからだ」
「おぉケイ様! そうですたい!!」
「俺達は三体合体で若い力をスパークさせて、真っ赤な花を咲かせて見せますから! 要は燃えろファイトだトライベガス、三体合神トライベガスなんですよ!!」
「ゲットディメンジョンスクランブルゴーデース!!」
ケイの考えは実力主義による。どうしようもない奴でも一芸があれば彼は取り立てるタイプの男の様である。そんな自分のような下っ端に労いの言葉を送るケイにヨシーナは良くわからないがおそらく歓喜の意味を示す返事をする。
「まぁ良い。私は実力主義だ。その実力がどのような点であろうとも一芸に長ければ組織にいる事は許されるのだ」
「「「ははーっ!!有難いお言葉を!!」」」
三人組の言葉を背に受けて、ケイはゆっくり後ろを振り返る。
(最もこの戦いの勝者は決まっている。義を貫く者に野心を燃やす者は敗れるであろうが、我々が介入すれば勝敗は転じるはずだ……最も義を貫く者に我々の悲願は聞き入れてもらえないだろうしな……)
そんな彼の志を知るかつての弟は兄だった人物に瞳を向けるが当の本人は目を向けようとはしなかった。
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その一方義闘騎士団は長野へ進軍を続けていた。新潟の非常拠点から集めた量産型兵器の数は計1000。その大軍を率いる蒼き巨体の戦車を守る騎士そのものの四機のサムライドが先陣を務めていた。
「さて紅き軍神を私の手で止めなければな……」
「あぁ。あの野郎を討ち取るチャンスだ! 絶対ぶっ潰してやる!!」
「そうそう!! あのような品のないサムライドなんて僕とミーシャ様の愛の前に吹っ飛ばされるのみさ!!」
「……」
ミーシャはともかくカキーザ、ナオの士気は高揚状態だ。最もナオの高揚状態は別の意味でかもしれないが、まぁそんな3人の気迫を前にサタケは表情を震えさせていた。
「な、なぁサイト?」
「なんだサタケ? まさか恐怖風に吹かれたか?」
「そ、そんなことじゃないって! ただミーシャさんがゲンを倒すことに覚悟決めているようだけどそんなにゲンとミーシャさんは因縁深い相手なのかなーって」
「なんだサタケ、お前ビーグネイム大陸の激戦として名高いリバーインサイダー戦役を知らないのか!?」
小声でサイトに尋ねるサタケだが、余程彼にとっては驚き、そして呆れてしまう内容だったのだろう。彼は思わずサタケの耳元で声をあげ、サタケは慌てて耳を塞ぐ
「ちょっと大げさな……だってあんたらコーシン地方のサムライドだけど俺バリーイースト地方のサムライドだし」
「いや、バリーイースト地方だからってコーシン地方からそんなに離れていないんだな。とにかくその戦いにはな、お前のバリーイースト地方で最強ともいえる五強の一人・ポー・ジョージィと彼女のサガラ国が絡んでいるのに知らないのかよ」
「し、しらなかった……」
「……」
この時サイトは悟った。こいつ大陸時代に何も世間を知ることなくここまで生き延びてしまったのだろうか。このような奴には改めて大陸の出来事を教える必要があると。
「君の国はよほどカントリーな国なのかい!?」
「う、うるせぇ! 俺は義賊として悪人やそこらへんの野良サムライド相手に活動していただけで……大国のサムライドなんて知る必要もなかったんだよ」
「お前裏返せばそれ世間から相手にされていなかった事なんだな……どんだけローカルでマイナーな国で生まれたんだな」
「ご、ごめん……」
「いや、謝られてどうにかなるような……よし、理由も分からないまま戦えなんて無茶だし、この戦いの経緯を簡単に説明してやるよ。お前何世代のサムライドだ?」
「えーっと確か俺は大陸歴147年生まれだから第4世代だな」
「よし、時間もないから大まかに説明するぜ。お前の生まれた頃と言えば俺の故郷エチーゴ国とカイ国、サガミ国が最も勢いがあった国なんだ。これくらいは常識だからさすがのお前も分かるだろう」
「ま、まぁ……(へ、へぇ~そうだったんだ……)」
「(まさかこいつ何も知らなかったのか……)」
サタケの本心はあっさりサイトに見抜かれてしまったようである。だがここで突っ込みを入れるとナオが勝手に介入してしまい話が明々後日の方向へ飛ぶ恐れがあったと感じたので敢えてスルーすることに決めた。
「その大国の共通点と言えばミーシャ様はもちろん、今回の敵ゲン、そして2人にとっては敵でもあり味方でもあるポー・ジョージィと五強に名を馳せる強豪を生んだことだな」
「強豪を生んだ国はそれだけ強いってことかな?」
「それはどうかわからないがまぁそれでオッケーにしておくんだな。強国が小国を圧倒するのはもちろん、力を持つ新興の国はかつて権力を振るった古くからの名門をも圧倒していく。カイ国とサガミ国が代表的な例で今までそういった名門を下してきたことで大陸に名を轟かしてきたんだな」
「なるほど……うちの国とは違うんだな」
「それはそれでって……いや、まてよ」
「サイト! ここは僕らから説明させてもらうよ!!」
サタケの反応に耳を傾けて腕を組むサイト。何か思い当たる節があるようだが、そこへナオのライドホースが突然彼の元へ近づいてきたのだ。
「ノン! 無暗に勢力を拡大するだけが戦いじゃないのさ!!ミーシャ様は欲がないから僕が憧れるほど清らかでいられるのさ!!」
「……」
とこの空気を読まないナオがこういう時に限って割り込んでくるものなのだ。ナオがミーシャを想う気持ちをどうこう言うつもりはないが、彼女の口からの言葉はほとんどが意味を他人が把握することが難しいのである。
「ま、まぁ分かりやすく言えばミーシャ様はゲンやポーとは違うことだな。俺達の故郷エチーゴ国ははミーシャ様だけでなく政権の方も領土欲がない人が多い訳で他国を侵略するんじゃなく、侵略した相手を何度も撃退することで世間からエチーゴは強国だとみなされるようになったんだ」
「ゲンやポーが攻め上手だとすれば、ミーシャさんは守り上手ってことか?」
「そう考えればオッケーだな。それで名声が高まるにつれ他の国からの信頼を得てエチーゴを盟主とした大同盟を組んでミーシャ様の力で同盟国を守ることでエチーゴは侵略行為なしでカイ国やサガミ国に肉薄するほどの勢力を得たんだな」
「そうさ! ミーシャ様の人徳に皆が心を打たれたのさ! まるで僕のように!!」
「とまああいつはほおっておいて。それからエチーゴの同盟先のシナノ国をカイ国が支配したことで戦いは始まったんだ」
「それでミーシャさんとゲンが激突……」
「いーや、それがそういう事態につながらなかった訳。過去3回様々な事情で直接の決戦は実現しなかったんだ。その間にエチーゴは都の勅命や都の官職を持つ国を保護していわば大義名分を用意したんだけど、カイ国はサガミ国と同盟して侵攻活動をやめなかったんだ」
「……」
またもナオの介入があったが、サタケは今回でスルースキルを習得した模様である。スルースキルは彼女にとっては天敵何故か馬上で胸を押さえて苦しんでいるが、その2人が深く考える必要はない。
「大義名分を知らない怖いもの知らずと言う事かな……」
「まぁ実力勝負の世界だったからな。それで161年にサガミ国がエチーゴの同盟国に侵攻した事がきっかけでミーシャ様が軍を動かしたんだけど、サガミ国がカイ国に援軍を求めたことで俺達の因縁の戦いが起こってしまったんだな。カイ側ではヤマカーン参謀の提案した“ウッドペッカー”で勝負に出たんだな」
「ウッドペッカー? ヤマカーン? 何それ、俺聞いたことないけど」
「俺にもよくわからないけどゲンを生んだ科学者かつ実戦経験も豊富な参謀でもある人らしいんだな。そのゲンは父でもあるヤマカーン参謀の”ウッドペッカー“を賛成したけどな、それは本隊と別動隊で俺達を前後から挟撃する作戦に乗った……」
「ところが! その作戦をミーシャ様が知って、ミーシャ様は兵力を割いて本陣に奇襲をかけてウッドペッカーフォーメーションを破ったのさ!! どうだいサタケ、ミーシャ様の先見の凄さはダイヤより透き通った心を持つミーシャ様だからできることなのさ!!」
「……お前、その時まだ騎士団に入っていなかっただろうが……」
「ええ!? サイト、ナオって様子から騎士団のスタメンだと俺は思っていたけど……違うのか!?」
「……」
ナオの堂々と自信あふれる会話の様子からだと彼女のミーシャへの想いの強さは彼女から信頼を置かれている証だとサタケは考えていた。その考えを告げればサイトの言葉がつまり、とりあえずサタケの横に近付いた。
「これはナオに聞かれると厄介だから一回しか言わないぞ……ナオの奴はミーシャ様の追っかけで騎士団に入り、まだ10年も経ってないんだ」
「……」
その事を聞くとサタケの表情はやや呆然とした者へ変わったようである。10年も経たないと聞くと我々人間のスケールではそこまで短い期間とは思えないが、サムライドは生まれてから死ぬまで生涯現役なので、10年はそこまで長い期間ではないのだ。
「俺以上の実力はあるにはあるんだが、あいつもお前と同様ゲンとの戦ったことがないんだ。ゲンに勝てると余裕全開なんだがなぁ……」
「どうしたんだいサイト! さっきから余所余所しいじゃないか!!」
「いや、何でもないんだな! まだ新人同然のこいつに戦いのイロハをちょっとな……」
「新人かぁ……僕もまだ駆け出しの頃が合ったのもいい思い出だね!!」
「……(お前も駆けだしから抜けきっていない気がするんだがな)」
楽園に突入したかのように表情を緩ませながら馬を軽やかに乗りこなすナオの様子をサイトはやはりスルーすることにした。自分の本来の役目がこいつのせいではるか向こうに飛ばされると思ったからだ。
「まぁあいつを気にしたら負けだと思ってくれってまぁ、話を戻してミーシャ様の部隊に俺もカキーザも……もうここにはいない騎士団の精鋭がミーシャ様の部隊にいた。戦いは義闘騎士団の本拠地を挟撃しようとするゲンのウッドペッカーの裏を掻いて、自ら全勢力を部隊を割いて手薄になった本隊へ叩きこんだってわけだ!」
「なるほど……それで勝ったって訳……」
「サイト……ここで俺達が勝ったら今の戦いはないんだな。負けてもないんだがな」
「つまり引き分けってことか……でもその義闘騎士団の全てをつぎ込んでも手薄の部隊を倒せなかったってゲンがよっぽど強かったってことなのか?」
ゲンはよほど強い事だろうか。サタケの何げない問いにサイトはやや歯がゆい思いながらも苦虫をかみつぶしたような顔を一瞬見せて顔をあげた。この意味に関しては彼が単に強いから困るとの意味ではないようである。
「あぁ。確かにゲンは強い。正直認めたくないけどミーシャ様と実力はほぼ互角だ。けどあのときはゲンの力だけじゃなく、敵の気迫が俺達から必勝のゴールを奪い去ったんだ、なぁカキーザ」
「おいサイト! そこで俺に話を振るんじゃねぇ!!」
「そこを何とか頼むよ……な?」
「“な“もくそもあるか! あれだけ俺が心を震えさせられた戦いはあれが最初で最後!! 俺にとって最初で最後の屈辱を引っ張り出すんじゃねぇ!!」
話をカキーザに振れば彼は物凄く反発した。事情を知らないサタケはびくっとしながらなぜそこまでと思っているが、サイトは彼の扱いに慣れているのか、彼自身のスタンスを崩すつもりは全くない。
「あの……カキーザさん凄い怒っているけど……いいの?」
「まぁカキーザはカキーザだから。お前も騎士団だからなこの戦いの凄さを知っておいた方がゲンを、いやお前の敵を相手にする際の力になるんじゃないかと思うからな。実際ナオにも俺が話したことがあるしな。カキーザ、ここは彼の為に頼むよ」
「そういう問題じゃねぇ! サイト、これ以上な……」
「やめろカキーザ」
「ミーシャ!!」
過去を詮索されて気が立ったカキーザが一人馬を走らせようとした時だ。ミーシャは彼を軽く窘めるように一声かけた。
「まぁいいじゃないか。お前があの戦いを汚点と言うなら私にとってもあの戦いは最大の汚点だ……汚点を知られようが知られまいが義を貫く事には支障はないではないか」
「……ミーシャ、あんたはそう言うけどな」
「もしやカキーザ、お前は私ほどの器が」
「はいはいわーったよわーった! 義闘騎士団筆頭カキーザ・カーゲイの器は底知れずだ!! そう言わせたいんだろてめぇは!!」
何故か照れ隠しに叫ぶカキーザの突っ込みをミーシャは笑って返す。だがその笑いは何処か冷たい。決戦を前に控えた彼女の余裕か。それとも汚点に関する自虐だろうか。
「カキーザは昔も今も騎士団の切り込み隊長だったけどな、あいつが気迫負けした戦いはこれぐらいなんだな。向かってきたのはヤマカーン参謀何だが。何せ相手が人間だったからな」
「その人、作戦失敗の責任を償うとかでまさか……」
「多分それで間違いないんだな。そして俺達が敵を片づけている一方で本陣に切り込んだミーシャ様の烈風真拳乱舞がゲンを仕留めようとするシーンを俺は見る……はずだったんだ」
「見るはず……?」
その言葉にサタケは首をかしげた。おそらくだれかにその技を阻まれたのではないだろうかと彼は考えたが、
「いや、あの技は決まったんだ。ゲンが、ミーシャ様が放つハリケーンに巻き込まれる所も俺はこの目でしっかり見た……そしてまた別の人影が自ら渦の中に入ってきて、その人影がゲンを仲間達のいる所へ弾き飛ばした光景も俺は見たんだ。そいつのおかげでゲンは命拾いしたんだがな……」
「その……多分身代わりになった人が問題なのか?」
「そいつはテン・キュウ。ゲンのたった一人の弟なんだ」
「弟!?」
弟の存在にサタケは声を思わず上げて驚いてしまう。そんな彼が見た先にはサイトの首が俯きかけておりその時の悲劇を彼は思い出そうとしていたのかもしれない。
「そうなんだな。どうやらゲンが最も信頼し、右腕を任せるほどよく出来た弟が兄を庇って烈風真拳乱舞の前に散ったんだ……」
「……」
「そして、ミーシャ様はゲンを仕留めると確信してエネルギーの大半をそれで使い果たしてしまった上、こちらへ向かってきた別動隊がテンの死を知って俺たちに猛攻をかけてきてとても勝てそうにないから兵を退いたんだ」
「そうだ……あれは私にとって最大の汚点だ」
「ミーシャさん!?」
サイトから語られる凄惨な戦いに身体が震えてしまったサタケ。そんな彼をフォローする意思はあったかなかったかわからないが、コクピット越しにミーシャが重い口を開く。
「もし私が未熟でなければゲンを仕留めることが出来たし、また寸でのところであの弟を殺さずに済んだのかもしれない……私は未だに忘れられない。弟の残骸を抱えたゲンが私を睨みつけた時のあの目を……あの目の奥を考えるだけで私は動く事が出来ず立つ事がやっとだったかもしれない」
「そ、それだけ壮絶な戦いだったんですかそれは」
「そうだ。あの戦いの後ゲンは相変わらず侵略行為を続けたが私と戦うつもりはなかった。おそらく私以上の権力を手にして完膚無く私を叩きのめすつもりだろう。あれからポーとも敵対し、彼のやり方に反対する娘まで手にかけたあの男は……私を仕留める事を背負った凶器のような存在だ」
「……」
「あれから私もあの男と戦う事をやめた……いや出来なかった。どうやら2万年飛んで10年も私はあの男の執念から逃げていたのかもしれないな……この時までは……」
「あぁそうかもしれねぇなミーシャ。今度こそあの野郎を倒してやる。あの野郎に俺は何度も煮え湯を飲まされたからな……」
この新天地においての決戦はミーシャにとっても決意の現れである。粗暴な言動が多いカキーザにも彼女の心境は理解したのだろう。いつもの皮肉の底には自分なりの戦う動機が現れているのである。
「イエス! サタケ、僕とミーシャ様がいればゲンとか何か知らなくても多分あっさり倒されてしまうものさ!!」
「……(お前、さっきの会話から空気読めよ……)」
何故かサムアップするナオだが、この状況を考えれば微笑ましいことではない。だがこの会話をサイトが突っ込もうとも彼女はおそらく素でこのような言葉を口に、つまり彼女の決意は本物だと言う意味でもあろう。
「そうだ。俺達は……」
「待て! カキーザ、ナオ、サイト!!」
「ど、どうしたんですかミーシャ様!!」
「……この先に奴がいる!!」
「「「……!!」」」
奴がいる。ミーシャからの一言が三人のスイッチを入れる。カキーザはともかく、温厚なサイトにもシリアスな雰囲気が漂い、色々破綻しているナオですら戦場に向かう麗しくも凛々しき騎士同然の顔へと切り替わった。
「ええっ!? ええ……奴ってまさか……ちょっと待って俺まだ心の準備が」
と、そこにたった一人心の準備が出来ておらず馬上であたふたするサタケの姿が。大陸時代からの騎士たちと比べて彼はまさに新入りの騎士同然。
「あいたっ!」
そんな狼狽する主人の様子を見たくなかったのか、バントウがサタケの足に噛みついた。しかしその行為は敵対や失意などではない、平常心を取り戻してほしいと思う愛犬の願いでもある。大陸時代からのパートナーでもあるバントウの気持ちは鎧越しに伝わり、馬上で冷静さを取り戻すことで己の健在をアピールするとした。
「そうそうサタケ。ここで気を抜いたらバントウに失礼だぜ。バントウも一度は命を捨てたけど再び蘇ったからな」
「あ、あぁ……」
サイトの言う事は最もである。サタケは空元気を振舞うが内心ではがくがくブルブルである。
『よくこの場に現れたとでも言っておこうか。ミーシャ・ツルギ! そして義闘騎士団!!』
「ゲン・カイ!!」
「ひぃっ……」
サタケが一人怯え、ミーシャが彼の声に反応を返す。ゲンの返事は淡々とした言葉の中に過去のやりきれない無念と怒りの念が込みあがっていた。
「ミーシャ・ツルギ。俺はあのときの二の舞は踏まんと敢えてお前を待ち伏せてやった。お前に兄妹や親子がいないことが報復できずに腹ただしいがな……」
「ゲン……やはりお前はあの事を……」
「それだけじゃない!」
ミーシャなりに気遣う言葉をゲンは聞く事を選ばない。彼の目には弟の敵だけではない。未来を狂わされた事から繋がる怒りが炎を包んでいたのだ。
「俺にここまで屈辱を味あわせたのはお前が最初だ! 最強の名にふさわしい俺を四度破って、俺の支えまで奪いやがった……今回こそ俺はお前に決着をつける! それが俺の破綻した過去への埋め合わせだ!!」
「……」
「それだけじゃねぇ。この長野の地が俺とお前の決着をつけるには相応しい場だと思ったからだ!!」
「この長野が決着をつけるにふさわしいだと!? おいどういう意味だてめぇ!!」
「落ち着けカキーザ! 俺の調べが役に立つか経たないか分からないけどよこの大陸では500年ほど前に川中島の戦いと呼ばれる戦いがあったんだ。その戦いは武田信玄と上杉謙信という当時の日本で最強とうたわれた男たちが5回にわたって戦ったんだけど結局勝敗が付かなかったという伝説の戦いなんだな」
長野の地川中島には日本の両雄が激闘を繰り広げた過去がある。二万年の時を蘇って復活した戦士達により500年ぶりに激闘で地をあらそうとしているのだ。
「5回にわたって……ということはまさか!!」
「そうだ。この地でお前と五度目の戦いになるが、その時代の戦いと違い俺が引導を渡すことでサムライドの歴史が、俺の未来が動き出すと言っておこう!!」
「ゲン……悪いがそれはない!!」
ゲンの野心を貫かんとするのはミーシャの義である。彼女の叫びと共に連れたソルディア、アロアードが一斉に進軍を開始したことで戦いの火ぶたは切って落とされた。
「お前の野望が何も関係のない者まで巻き込もうとしているのだ!あの頃と違い一つの国であるこの大陸に内乱を起こすことは私が許さん!!」
「綺麗事を抜かすなぁっ!!」
ミーシャの意見にゲンが怒号するかのように叫んだ。一斉に進軍しては、相手と激突を起こすソルディア。個々同士の戦いが決戦の始まりとなるが、兵力の差はゲンの方が半数程優位である。この指揮官が愚者ならば、ミーシャの統率能力でどうにかなるが、ゲンの統率能力も彼女に決して引けを劣らないものだ。
「相手はおそらく1600……こっちは1000か」
「千単位なんて……俺こんな戦いに参加したの初めてだぜ」
「お前どんだけローカルなところで育ったんだな。それより、このままだと俺達義闘騎士団が押されてしまう。どうするカキーザ!」
「どうもこうもねぇ! ぶっ倒してやらあ!!」
「そう! 今こそ思い知らせればいいのさ!!ミーシャ様と僕たち義闘騎士団の素晴らしさを!!」
その声と共にカキーザは駆け、迷うことなくナオも駆けた。両者が駆ける理由は全く異なる理由だろう。騎士団長の誇りを賭けるカキーザと、ミーシャへの忠義を示さんとするナオ。何かを背負って向かうには実力・キャリアの差は関係ない。背負った物の重さとそれを成し遂げんとする想いの強さであるのだ。
「やれやれ、あいつらと来たら……ミーシャ様、どうします」
「これでいい。兵力差から差があるが、あの四人が復活していない今、サムライドの質と量ではこちらの方が上だ。600の兵力差など騎士団がカバーするにはもったいないほどだ」
「そ、そうですか……でもカキーザもナオも無茶したらとことん無茶するタイプ。下手すれば……」
「その場合に備えてこそのお前ではないか。義の裏方よ」
ミーシャとカキーザの2人斧切り込み候補が切り込むが、相手は多勢である。そのような地に戦いに向かう事がサイトにとってはやはり不安があるようであるがミーシャは彼女なりに気を気を利かせてそんな彼をフォローする言葉を送る。
「ミーシャ様! という事は私もですか!!」
「そうだ。どういう訳かあんな個性の強い者が残ってしまった騎士団をまとめることが出来るのはお前のおかげだ。戦闘面でもお前の力が騎士団をまとめ上げているのだ」
「そ、そんな殺生な。私などカキーザやナオに比べれば裏で支えることがやっとのことでして、表舞台での活躍など」
「ほぅ。お前はあいつをこの場で飼殺しにするつもりなのか?」
前線に出る事を謙遜するサイトの心情を受け止めながらミーシャは一人の男を指す。それはサタケだ。彼は二人が切り込んでいった戦場から遠く離れた場所で足ががくがくふるえていたのだ。
「サタケ、あいつあんな事言っていたのに……」
「そうだ。仲間の敵打ちなどあれで怯えているようでは不可能だ。この戦いで奴に眠る意地と勇気を見せてやらねば……あいつはダメなままだ」
「……確かに」
「サイト、人もサムライドも飛翔するにはきっかけが必要だ。きっかけを見つけて、それを乗り越えたら後は自然と空へ羽ばたく方法を覚えるものだ。お前はナオのきっかけを見つけた男だという事を忘れてしまったのか?」
「そ、それは覚えていますよ! あの件に関しては忘れろという方が無茶かと……」
「ならそれでよい。サイト、お前はバランサーでもあり、隠れた天才だ。どんとやってこい」
「ミーシャ様……」
口を一文字につむりサイトの決意はサタケの方向へ向けられた。仲間の敵を討つために強くなる道を歩んだ彼が肝心な所で怯えている姿は温厚なサイトでも納得がいかない物だからである。
「ひやぁぁ……あんなすごい大群に二人で突っ込んで大丈夫なのかなぁ……」
「大丈夫なんだな! それより二人じゃなく、三人、いや四人で突入すれば逆転勝利だな!!」
「四人? えーと、カキーザ、ナオ、サイトに……た、確かミーシャさんだよな?」
「そこで何でミーシャ様の名前をだすんだな! 4人目はお前なんだな!!」
「4人目が俺……ええっ!?」
自分が指摘されてしまうとサタケは驚きを現すのか、手を口の前に添えてしまう。そんな彼にサイトは首をかしげながらため息を吐く。
「お前なぁ……さっきの意気込みはどうしたんだよ」
「いや、そりゃあそうだけどさ……ほら、まだ心の準備が出来てなくて」
「心の準備がどうこうじゃない!覚悟を決めたら突っ込んでいくのみなんだな!」
「覚悟……さすが騎士団のお方だけど……俺、茨木から来て、そんでもって騎士団入門初日でして、すくなくとも10年は……」
言葉だけで行動に移すまでサタケは煮え切らないで。下手すれば彼は口だけのサムライドであろう。そんな彼を前にとうとうサイトは頂点に達した。
「あぁもう! バントウお前はどう思う!?ご主人様のことを考えたらお前はどうするべきだと思う!!」
「ちょ、ちょっとサイト……俺の相棒に……」
ヘタレのご主人に代わって、サイトがバントウに行動を問いかける。サイトとバントウの関係はまだ1,2日ぐらいしか経っていないのだが、バントウは彼の意見に答えて駆けた。それも敵陣の真っただ中に飛び出したのだ。
「あぁバントウ待てよ! いくらお前でもここで突っ込んだら死ぬぞ!!」
「サタケ! あいつは俺に命令されただけでホイホイ動くような軽い犬じゃないんだな!! お前のことを思ってバントウは無茶をしても向かったんだ!!」
「のわっ!!」
人が変わったかのようにサイトは思いっきりサタケの背中を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた彼は勢いに乗じてライドホースごと前へ走り出した。
「飼い犬を飼い主が見捨てたらだめだ! 飼い犬の期待にこたえるのが飼い主って奴だ!!」
「くそ~あぁもうどうにでもなれ!!」
捨て鉢のようにサタケも二人に続くようにライドホースと共に駆けた。目的はバントウの救出だが、敵陣に向かったことには変わりはない。
「よし、なにはともあれあいつは戦場に向かったぞ! そしてあいつを殺さないことが副団長の俺に課された使命だ!!」
その意志と共にサイトも前線へ飛び出す。副団長としての意地と誇りかサタケを守る為の想いかは分からないが、彼も出撃したことで騎士団4人が前線に立つ事になったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「バントウ~出来る事なら早く戻ってこ~い」
戦線の中で、心細い言葉ととともにサタケはバントウを探しに向かうが、あくまでも敵の真っただ中である。当の彼は身体を細めて戦場の間を潜り抜けようとするが鎧を着た戦士の行動としてはナンセンスのように感じられる。
「お~い、バントウ……ってこの状態で本当に大丈夫なのか」
「大丈夫だな! 何を気弱ぶっているんだな!!」
「サイト!」
「言っておくがなぁお前さっきからかわそうとしているけど流れ弾の攻撃ばかり受けていることに気づいているか?」
「俺が流れ弾ばかり……ええ」
腕を見れば、足を見れば相手からの銃弾を受けては装甲が弾き飛ばしているのだ。まるで何の問題ですか?と彼に問いかけてくるような気がするほど彼のライド・アーマーが並大抵のものではないと知らされた。
「まぁ、普通だとこういう流れ弾が結構痛いんだけどライド・アーマーを装着した俺達義闘騎士団は無敵。兵を率いて、己で相手を倒すには十分な力をお前は持っているんだ!」
「俺が大勢の敵を倒す力を持っているのか……?」
「あぁ、そうだ! この周辺のソルディアは今俺が指揮をしていてな、お前にダメージが来ないように少ないソルディアをフルに活用して相手の動きを食い止めているんだな!!」
「……」
「まぁ副団長はそういう裏の事もしないとあいつ等を無事生かせることが出来ない訳だ! それよりこのチャンスを無駄にしちゃあいけないんだな!!」
「あ……あぁ。サイト、確かこいつの首に俺の武器が入っているんだよな?」
「あぁそうなんだな! ライドホースには首に騎士団用の特殊武装が内蔵されているんだな!!」
「ジュヴィーダ!!」
サイトから確認を取ったサタケの声と共に彼のライドホース・ジュヴィーダは首を下げ、その際に展開されたコンテナから一本の棒が落ちようしているところを見逃さなかった。
「これがもしかして!」
「そうなんだな! お前のナイト・ウェポン” Sew-Begas”だ! 手前のボタンを押せば何となく使い方が分かるはずだ!」
「ソー・ベガス……?」
よくわからないままサタケの手に握られた棒の柄に用意されたボタンを押せば棒が伸展し、彼の背丈の倍以上の尺へと発展していく。彼は驚きの感情も示したが、それとは別の手慣れた感情も込みあがってきたことを己の心で感じ取っていた。
「お前が愛用していたライドロープをヒントに作った兵器だな! 懐かしいと思わないか!!」
「あ、ああ……しかし俺のライドロープよりはるかに長いのに全然重くないぞ!!」
「そりゃあお前がライド・アーマーを装着しているからだな! 折角だからあのアロアードを撃ち落としてみろ!!」
「撃ち落とす? 突き刺すんじゃないのかよ!」
「まぁここは俺に騙されたと思ってビームを撃ってみろ!」
「ええ?こ、こうでいいのか?」
良くわからないサタケはとりあえず棒先を先端へ向ける。その瞬間先端から緑の光が放たれ、空のアロアードを軽く貫いて地面へ落としてみせたのだ。本人にその自信はなくてもだ。
「え、ええええ!? こいつこんな機能があるのかよ!」
「そうなんだな。こいつはビームを放つ所がライドロールとの最大の相違点だ。更に本人の意思で複数の射出口からビームを放つ箇所も選べるから本来の打撃武器としても使えるんだな」
「すげぇ……俺ビーム兵器なんて使ったことなかったのによぉ……」
「ビーム兵器はサムライドの強弱を分ける一つの要素なんだな。最も使いこなせるか使いこなせないかはサムライド次第だが、あって使いこなせて損はないんだな」
初めてのビーム兵器にサタケの心が揺らいだ。このビーム兵器こそ自分の新しい力ではないだろうか。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように彼の瞳には純粋な輝きが戻り、先程とは全く正反対のハイな表情をサイトへと向けた。
「そうか、じゃあこういう事も出来るか! サイト、お前の指揮するソルディアをいったん引かせてくれ!!」
「え? そんな事をしたらお前が蜂の巣になってしまうんだな。そりゃあライド・アーマーの装甲は高いけど過度な期待は禁物なんだな」
「大丈夫大丈夫だって! 大陸時代俺が使っていたやり方があるんだ!!」
「……そこまで言うなら仕方ないんだな。退くんだな!!」
サイトの指揮と共にソルディアの無限軌道が後方へ退く。後方へ引けば少々のタイムラグを得て相手側のソルディアが動く。相手を追う者もいれば、中央の彼も追う者がいる。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
その時サタケが激しく回転した。ソー・ベガスを両手に握り回転する彼の先端には緑の光がともり、回転する彼には光輪が包み込む形になり、棒自身の威力で相手を突き、また光が相手を切り裂かんとする。かつての戦い方に適応した新たな武器を己の手足の様に操らんとしているのだ。
「おぉ……こんな使い方が……」
「たぁぁぁぁぁぁっ!!」
次に先端を地面へ突きつけてサタケは飛んだ。棒高跳びの要領で飛ぶ彼の行動は十八番である。だが、彼は意外にもソルディアの真上に着地して光が包むソー・ベガスを重力を任せるままに前方から並ぶソルディアに叩き斬る。
「名付けて深緑天地落としっと!」
「おおっ……」
サタケの想定外の活躍にサイトは目を丸くする。今与えられた新兵器ソー・ベガスを手足の様に彼は操っているのだ。
「やはりそうなんだな。その気になれば何とかなるもんだな……あの武器はサタケでないと全てを発揮できないような武器何だな」
サタケの戦いっぷりにサイトは意外なことを呟く。そんな彼を見る一方でサイトが眺めるのはツートップともいえる存在だ。
「でやぁぁぁぁぁぁっ!!」
紅の騎士は勇敢に戦い、己の二倍の丈ほどのソルディアを相手に臆せず立ち向かう姿は騎士の一言に尽きる。いや、騎士の単語では彼の戦いの根底に流れる概念を内包することは出来ないであろう。彼の戦いに流れる喧嘩腰の姿勢は騎士道と反するものであるからだ。
兜の角で敵を突き刺し、両手に装備され強大なドリルからは真紅の光を放ちそして己のドリルが天を貫かんとばかりに巨体へ風穴を開ける。それが彼の戦いだ
「相変わらず思うが弱いな! 弱い奴が戦場にのこのこ出るとこうなるんだよ!!」
それだけじゃない。彼の身体はライドホース”アポロイド"と合体されているのだ。四足の足で戦場に荒れる姿はまさにケンタウロス。その蹄は相手の身体を駆けのぼり、頭部を瞬く間に踏み潰して粉砕していくのだ。
「これで射程内に入った……空にいてもな弱けりゃ意味ねぇんだよ!!」
その叫びと共に90度後方に折れたアポロイドの頭部に紅い光が籠り、連結する形で己の腹部を輝かせる。
「行け!ファイヤートロンペ!!」
彼の腹部の鎧から紅の渦が放たれる。紅の渦に身動きがとられたアロアード話す術もないまま吸い込まれていき、高エネルギーの中に消滅していくのみだ。
「ざまぁみろ……あぁん!?」
高出力のビームを放って上機嫌の彼だが、そうはいかないようである。彼の高出力の光から逃れたアロアードMk2編隊の先端からビームによる応酬が始まったのだ。
「野郎……ちっビュンデルヴィルヴェルヴィントじゃ……面倒なんだよ!!」
そのセリフととともに右腕のドリルが射出される。光に包まれたドリルは地上の相手を軽く蹴散らしては、遥か先で爆発を起こした。
「さぁて、道を開けたからにはお前らが邪魔なんだよ!!」
その彼の右腕にはランサーが装備された。ブリッツェンオクスタンとの名称を持つ兵器に切られ、突かれ空中の敵は散るのである。
(カキーザ・カーゲイ……大陸ではカキーザに分別あればノースランドで右に出る者はいないと言われた男。戦い方は無茶苦茶だが強いことに変わりはない!)
義闘騎士団筆頭であり義を背負う喧嘩野郎の肩書きを持つ男カキーザの戦いっぷりを眺めるサイトだが、横に見える人物はナオの姿である。彼女もまた愛馬”ヴィーナ”と一体化して戦場を駆けるが彼女の戦いは彼とは違う。ヴィーナの華麗な足取りは勿論、本人の槍さばきには力押しで相手を片づけるのではなく、最小限の力で相手をなぎ倒しているかのようである。
「僕はビューティフル・ファイトを心がけているからね! 僕の戦いは美しいから強い!美しいから強いのさ!!」
ナオの右手には橙の弓が握られた。その橙の弓を右手で握り、左手は片手剣ファイスサーベルを横一直線に弓へ添えることで、サーベルの先端から矢状の光がこもる。
「これで放ってみせるよ! イリュ-ジョスをね!!」
その技名と共にオレンジの光が放たれた。光の形状はフェニックスのように羽ばたきを決め、一直線に開いた道を更に広げんとばかりに真横に道を切り開こうとするのである。
「僕の花道は何もない清らかな道なのさ! 花道を邁進する為にはこの力が大事なのさ!!」
開かれた花道を麗人の騎士が駆ける。真上のアロアードを冷静な表情と共に右手のイリュージョスアローで射抜き、左手が空いた際はファイスサーベルで至近距離の敵を己が蝶のように舞いながら軽くかき乱すように翻弄しては一気に蜂の様に刺す。
(そしてナオはまだ騎士団では駆けだしだが……十分切り込み隊長として匹敵する!彼女の弓・ファントム・アルカシェスは騎士団最強の遠距離兵器だ!)
「てやぁぁぁぁぁぁっ!!」
そしてサタケは与えられたソー・ベガスを奮う。天へ長く伸びた兵器を振り回す若騎士が新たに加わったのである。
(荒々しい戦いこそカキーザ、華麗なる戦いこそナオ、そしてサタケの戦いはまだ駆けだしゆえに一番勢いがある戦いなんだな……二人に比べればまだまだだが、あいつには俺の自 信作を渡したんだま!!)
自信作とはもちろんソー・ベガスのことである。新機軸を搭載した新兵器を使いこなすことは意外と戦い慣れしている者では扱いにくい者である。何故なら己の戦いのノウハウが確立されているからである。こういう新兵器はまだ戦い方が固まっていない人物が使ってこそ本領を発揮する場合もある。その兵器を軸にした戦法を立て易いからである。
(三人の切り込み隊長が騎士団に入る!後は俺がなんとかフォローすればあの風林火山を倒せるかもしれないんだな!!)
サイトの行動は両肩に用意されたバズーカ砲を放ちながら、ソルディアの編隊を操作することである。
ひょっとしたらこの状況で進めば俺は勝てるのではないだろうか。サイトにその考えがよぎった。だがサイトは一人を計算に入れていなかった事をまだ知らなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「てやっ! たぁぁぁぁぁぁっ!!」
ソー・ベガスは若き騎士サタケの手で操られている。切る、突く、射抜くの三パターンの攻撃が多数の敵を蹴散らしているのだ。
「すげえ……こんなに痛快な戦いした事俺は初めてだ! こいつさえあれば、あいつらだって俺が倒すことが出来るかもしれねぇ」
あいつ等とは自分の仲間を葬った小娘と何も知らずに彼女の味方をしてしまった二人組のことだろう。今のサタケは絶好調だ。実力はどうかわからないが、少なくとも精神は”ひょっとしたら何とかなるんじゃないか、いや何とかなるかもしれない”でいた。
「ひゃっほう! 最高!!」
思わず今の状況を口にして前へ突いた瞬間だ。何か固い手ごたえを彼は感じたのだ。その手ごたえは量産型兵器よりも遥かに固く、また細い物体なのだ。
「あれ……?」
「うひゃー! おいらと同じ長い槍使ってるっす!! いやおいら槍より長いっす!!」
「な、何だ……ってうぉい!!」
サタケが気づけば槍の先端には少年が堂々と構えながら立っている。その少年はあどけない表情で何も分からないように、ただ何となく自分とよく似た槍を持っているのだ。
「どういうことなの……ってそこから降りろ! 降りないとこいつで」
「うわっ! うわぁっ!!」
上下にブンブンソー・ベガスを振り回すサタケ。だが、真上へソー・ベガスを上げた瞬間に彼は重力の法則に従うかのように真っ逆さまへ落ちたのだ。
「なぁっ!!」
「のわっ!!」
重力の法則にしたがえば額同士ぶつけてしまう訳だ。両者がずっこけて額を抑える訳だが、兜に覆われたサタケが額を抑える姿は滑稽である。
「何なんだよお前! 今勢いに乗っている俺涙目だぞ!!」
「おっと! おいらユキムラ!お師匠の一番弟子でして、義闘騎士団を倒すことがおいらの使命っすよ!!」
「義闘騎士団? そうなると俺は騎士団ってことでお前はミーシャさんがさっき言っていたゲン・カイが用意した未知の存在ってわけか!!」
「どうやら義闘騎士団ってことっすね! ならおいらと勝負するっす!!」
事情を知った両者は戦意旺盛である。ユキムラの手には六紋槍が握られるのだが、サタケは仮面の奥で軽く笑って見せた。
「どうやら俺に槍で対決を挑むとはいい度胸じゃねぇか!」
「……? どういう事っすか?」
「俺のソー・ベガスは同じ槍だけどなぁ! お前の六なんちゃらより遥かに強いんだよ!!」
自信満々のサタケの言動と共にソー・ベガスが地上に突き刺さった。高跳び用の棒のようにしなる棒をばねにライド・アーマーに包まれた彼が宙を飛んだ。
「うひゃあ! すごいっす!!」
目の前で飛ぶサタケに驚くユキムラだが、彼に静粛の時間は与えられず本人の蹴りが彼を吹っ飛ばした。後ろへ吹き飛ばされる彼の様子を見てサタケは心の内で笑いながら着地して、ビシッと指をさして見せる
「お前の槍は俺のとは違い曲がらないし……ビームも出ない!!」
「なぁっ!」
「どうだ! お前はそれでも槍で勝負するつもりか! なはははは!!」
サタケの蹴りで吹っ飛ばされた上に、ビームを放つソー・ベガスの先端がさらにユキムラへ追い打ちをかけるように突く。そしてまだ勝負が決まった訳でもないのに彼は笑い飛ばすが当のユキムラは自慢の六文槍を地面に突き刺して、落下する自分のクッション代わりに槍の柄をすべり棒を握るように、横へ回転しながら彼は軽く着地を決めた。
「なるほど~ビームを出して曲がる仕組みはおいらの六文槍に……あ!」
何を思いついたかユキムラは六紋槍を二つに折った。折れた槍のうち一本の先端からは瞬時に白い刃が展開されたのだ。
「ななっ!」
「あーそうだ忘れていたっす!おいらの六文刃はビームザンバーだったこと自分でも忘れちゃったりして」
ザンバー片手に手へっと笑いながら頭を軽くたたく。最も目の前でサタケが軽くあっけに取られているのだが本人は全くその事を考慮していないであろう。
「な、ななな……こいつは俺の最新鋭なのに!」
「おいら一応第6世代だから最新鋭だったりして!」
「いや、これは……うん多分現代につくられたこのソーベガスはお前より最新鋭だ! サイトの秘密兵器を俺は信じるのみだ!! 最新鋭、最新鋭、最新鋭……」
「おっ! 面白いことになったもんにー!!」
最新鋭と訳のわからない言葉を呟きながらサタケは駆けた。ユキムラも興味津々で相手に向かうが、内心は全く異なるものであるのだ。
「てやぁっ!!」
「そりゃっ!!」
ザンバーと槍が激しく触れることで緑と白の光が飛んだ。ビーム同士の討ち合いに火花が目前にまで迫る。
「うひゃあ……ビーム兵器すごいっすねぇ」
「そうだこいつは最新鋭だーこいつは最新鋭だーこの最新鋭に勝てるわけがないんだ! 兵器の新式勝負で俺が勝って、次はパワーで勝ってやるんだ!!」
「のわわっ!!」
その言葉と共にサタケが槍の柄でユキムラを押し返した。よろけるユキムラへめがけて先端で突くのみ。確信した彼は急いで止めを刺そうと動く。
「最新鋭の前に散れぇぇぇぇぇぇっ!!」
「シンク・ド・レッダー! 六文手っす!!」
窮地に陥るユキムラは槍を一つにして、先端にシンク・ド・レッダーから放たれたハンドを装着させる。己より長身の槍を少年は相手へ向ける。握られた槍先の拳でサタケへカウンターをお見舞いするのであろうか。
「このソー・ベガスに貫けないものはない!!何故なら最新式だ……ぶごわっ!!」
その瞬間、何故か握られたままの先端のハンドが開いた。また開かれた掌には幾多ものスパイクでコーティングされた鉄球・六紋檄がサタケへ放り投げられたのだ。彼を握りしめるほどの手に握られた鉄球である。ライド・アーマーを装着していなかったら相当なダメージであったろう。
「どうっすか! この六文手と六文檄はそのビーム出す奴にはないと思うっすよ!!」
「ちくしょう……最新鋭だからって少々油断したぜ!!」
体勢を立て直そうと立ち上がるサタケにユキムラは攻撃を仕掛けない。それは戦士としての情けなのだろうか。いや、無邪気な少年にまだ情け云々は理解得難いだろう。
「額に輝く日輪はおいらの印……煌めく力を借りて……」
そんなサタケが立ち上がった時に目にしたものはユキムラの左腕が時計回りに回っている事である。目を閉じてポーズを決めるユキムラは隙だらけだ。サタケは勝機を得た。
「油断しているなら最新鋭で止めだ!!」
「今必殺の灼輪灯っす!!」
「のわっ!!」
そして閃光がユキムラの額から放たれた。その光は通常のサムライドの視界を奪う程の輝度だが、顔を兜で覆っていたサタケにはある程度そのダメージは軽減される。
「これで時間稼ぎを……のわっ!!」
「おいら汚い真似はしたくないっす!!」
だがユキムラの真意は目くらましではなかった。ソー・ベガスを破壊する事である。光に耐えながらビームを放とうとしたサタケのソー・ベガスだが、先端が爆発を起こし放たれたビームは一瞬にして消滅してしまったのだ。
「ど、どういうことなんだ! 最新鋭のくせに故障してしまったのか!?」
「そうじゃないっすよ!おいらの灼輪灯を浴びたら鉄や金属がみーんな脆くなっちゃうっす!」
「う、嘘だ……」
勝利を確信したユキムラの両腕からくの字のカッターが飛ぶ。それを受け止めようとソー・ベガスを横に突きだそうとしたサタケだが、カッターを前に柄がすっぱりと切れてしまい、ソー・ベガス内部のメカを露見させてしまったのだ。
「嘘じゃないっす! おいら嘘つくのきらいだもんに!!」
「ひやぁ……どうするんだよこれ、最新鋭のこいつがやられちゃ俺はまさにもう終わりだぁだよ……」
「お師匠が言ってたっす! 強い武器も扱うのは自分次第って!弱いと強い武器だけが取り柄になってしまうっすけど、強いと更に強くなるって言ってたっす!!」
「う……」
何気ないユキムラの言葉はサタケの図星だ。先ほどまで自信を胸にして戦いを続けた両者だが、現在になっては両者の力関係がはっきりしてしまっている。これは自信の拠り所によるものであろう。サタケは最新鋭の新兵器に期待を賭けていたが、ユキムラは自分自身の力に期待を賭けていたのである。
「さーて、これで騎士団一人倒したことになってお師匠も大喜びするっす!!」
「ひやぁぁぁ……あのユキムラさん、そこを何とか? 俺、ミーシャの元に一日しか入っていないし、そうそう! 俺は仲間の敵打ちが目的で義闘騎士団の仲間じゃないからゲンさんの味方になればいいと思うよ! うん……」
「ええ……困ったっすねぇ。お師匠義闘騎士団は容赦なく倒せって言っていたもんなぁ」
「ほ、ほら武士に情けは必要だって言葉があるしな? な? ここで情けを売っておくと後で得するよ! 俺が保証するから!!」
「え~サムライドにとって敵対する存在は容赦なく片づけろってお師匠に教わったっすよ……むぅ」
「お前のお師匠何なんだよ……もう少し良心的になぁ……」
「お師匠を馬鹿にするなっす!!」
「のわわ!!」
さっきまで首を横にかしげてきょとんと子供のように振舞っているユキムラだが、ゲンへのさりげない一言がユキムラのスイッチを入れてしまった。火に油を注ぐとはこのことであろう。
「お師匠を馬鹿にすることはおいらを馬鹿にする事っす! おいらはお師匠が正しいと思ってずっと生きていたっす!!」
「や、やべぇ……火に油注いじまった……」
ユキムラの純粋な表情の奥で瞳からはおっかない感情が込みあがり、幼い少年の背景ではオーラが炎のようになっていると見える。
「おいらの灼輪灯を浴びたら装甲はボロボロになるっす! この一突きで義闘騎士団を討ち取るっす!!」
騎士へ臆せず少年は近付く。そして六文槍が降られた……。
「グァァァァァァァッ!!」
「ええっ? な、何なんっすか!?」
その時ユキムラの後方から蒼き犬が飛んだ。蒼き犬の爪が胴体を引っ掻き、その牙がなんと六文槍の柄をかみちぎってまったのだ。
「バントウ! お前無事だったのか!!」
「お、おいらの槍が! お師匠からもらったおいらの槍が……放せっす!!」
「キャイン!!」
自慢の槍がおられたユキムラはまだ子供だった。先ほどまでの余裕と落ち着きが揺らぎ、自分と師匠の誇りを傷つけたバントウへ怒りの拳が飛んだ。
「お師匠がおいらにくれた六文槍を真っ二つにするなんて許せないっす!!」
両足のキャノンがバントウをめがけて飛ぶが、バントウの尻尾から青い煙が上がり、ユキムラの無軌道な砲撃は彼に軽くかわされてしまう。そんなバントウは怯えるサタケの首を軽く噛んでは、自分の背中へ乗せて疾走を開始したのだ。
「バントウ、助かったぜ……でもお前大丈夫か」
「アオッ!」
戦意を失ったサタケに対しバントウは吠える。砲弾の雨が続く中バントウは思わぬ行動に出た。
「え……」
「アオーン!!」
それは崖から落ちる事である。最も以前の戦いでアキ達にとって崖にたたき落とされるみじめな敗北を披露しただけあって、サタケにはトラウマがあるのだが。
「なぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
やはりサタケは再び悲鳴を上げる。ライド・アーマーはユキムラの灼輪灯を浴びて劣化しているのだ。叩き落とされたらまたもや危機に陥ってしまうだろう。だが重力の流れは無情なもので彼の行先は真っ逆さましかないのだ。
「あの犬はどこっすか! それにあいつもいないっす!!」
煙が晴れた頃ユキムラが必死にバントウとサタケを探し回るが、彼らの逃げ場を知るはずはないだろう。残念ながらまだ幼い彼が見つけることは不可能に等しかった。
「それより六文槍が真っ二つに折れちゃったっす……けんど」
六紋槍の破損した箇所を軽く折るようにユキムラは取り除いた。片手には綺麗なハーフサイズの六文槍が残されているが、彼はまだ戦意を失っていないのだ。
「六文槍は半分でも使えるっす! 六文釵!!」
断面から展開された小さな刃身。柄を握るユキムラには先ほどの戸惑いは吹き飛んでいた。
「お師匠の力になれるかどうかは分からないっすが!おいらはお師匠を幸せにしないといけないっす!!」
サタケを倒すことをユキムラは中断し、別の存在へ牙をむく事を選んだ。残りの騎士団員である。
「……」
ユキムラがその場から去って行った後だ。斜面には一匹と一人が張り付いていた事を気づく者は誰もいないだろう。
「バントウ。お前そんな機能をつけられていたなら最初から言えよ……」
「アオ!」
バントウの前足には黒く細いワイヤーが射出され、先端に取り付けられたクローが崖に食い込んでいたのだ。それだけじゃない。後ろ足には爪がドリルのように岩盤へ窪みを開けていたのだ。そのおかげでサタケは窪みを取っ手にすることで崖からの転落を免れたのである。
「いやぁ良かった……今度死んだら助かるかどうかわからないしなぁ俺……」
飼い犬が這い上がりながらも、主人の為に足場を少しずつ作っていく。その足場を得てサタケは崖から先へと這い上がっていくが正直複雑な心境である。
「しかし情けねぇなぁ……はぁ」
あのときは冷静に考えることが出来なかったが、考えてみれば自分の初陣は散々なものである。雑魚を相手にただやみくもに暴れ回る姿は、15の夜に盗んだバイクで行き先も分からぬまま走りだすように唐突な行動である。
そして自分と同じサムライドには完膚無きまでに叩きのめされる。強力な兵器を手に入れて最強になったつもりの自分は最強と思わずにしろ最強の素質を持つ相手にメッキを剝され、その盗んだバイクを没収されてしまった高校生の様である。
「なぁ……本当に俺強くなれるのかなぁ……」
「アオ……」
ため息をつきながら生への片道切符を手に真上に延びる道を進むサタケ。車掌のように彼を駅までに案内する飼い犬はただ主人の憂鬱を気遣う事しか今はできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「カキーザ! どうやらサタケがやられたらしいよ!!」
「あの馬鹿。やっぱ新人はそんなもんなんだってーの!!」
ソルディアを己のドリルで叩きのめすカキーザは、ナオの報告を受けて呆れ気味の内容を返答する。
「最もサタケを倒したのはユキムラという僕もアンノーンなサムライドらしいよ!」
「ユキムラ……ミーシャが言ってた奴だな」
「そうさ。ユキムラ・ナダ……この百戦錬磨の騎士団の僕も見たことがない相手なのさ!どのような相手か僕が腕試しをしてあげたいじゃないか!!」
「お前は一応新入りだろうが!!」
ナオの発言に突っ込むカキーザだが、すぐさま異変を感じた。自分の懐によからぬ気配を感じたのだ。念を入れてランサーを気配へ向けた瞬間に側面に衝撃を感じ取った。
「てめぇがそのユキムラだな」
「そうっすよ! 鎧をつけているってことはあんた達もおいらの敵っすね!!」
「ちぃっ!!」
目の前のユキムラへランサーが振られるが、カキーザは軽い身こなしで飛んで避け、バック転を決めて地上へ足を着かせた。その瞬間彼の額からはまたもや日輪の力が放たれ、彼もサタケ同様それを浴びてしまったのだ。
「何の真似かと思えば目くらましかよ!上等じゃねぇか!!」
「甘いっすよ!!」
紅く光るビュンデルヴィルヴェルヴィントと白く輝く六文刃が打ちつけられる。が、結果は言うまでもない。巨大な円錐が平ぺったい三角形によって見事に崩されてしまう結果となったのだ。
「やられただと……俺のビュンデルヴィルヴェルヴィントが」
「へへっ! サタケとかいう人と同じやり方で倒せそうっすね!!!」
「何……!!」
ユキムラの言葉は最初出まかせかとカキーザは考えていた。しかし先程ビュンデルヴィルヴェルヴィントを貫いて飛んできた六文刃を避けた際に兜を刃がかすめていたのだ。最もライド・アーマーの一部ゆえに通常なら大した脅威にならずに済むはずだったが、その兜に一筋の亀裂が入り、次々と細かい亀裂が入ってきた所から異変を感じたのだ。
「カキーザ! あの光……ひょっとしたら装甲を紙の様に脆くする力があるんじゃないかい!?」
「何だと……道理であんなに脆い訳か」
「どうやら引っかかったっすね! 今度は六文釵で止めっすよ!!」
空中で飛ぶユキムラが握る六文刃の光が収束し、端からは白銀の刃が姿を現す。その刃がカキーザへ投げつけられたときは死刑宣告。断頭台のギロチンが真っ逆さまへ落ちる時なのだ。
(サタケとかを逃がしたのは残念っすが、こいつも何とかなりそうっす! このままいけば義闘騎士団を討ち取ってお師匠が喜ぶっす!!)
着地する際にユキムラの表情には自信と期待が見えていた。勝てばお師匠に褒められるし、勝つ自信は十分ある。笑顔で地面に着地する彼だが、幼い彼は相手の力量を見極める事を早まってしまい、勝ちに急いでしまった事を気づいてはいなかった。
「これで終わり……あれ!?」
詰めが甘かった。六文釵を相手に突き刺せば勝てるユキムラの仮定を間違いとは言わないが、カキーザに六文釵を受け止めるだけの能力があったことを少なくとも計算に入れていなかったようである。
「あぶねぇな……最もかっこよくはいかないもんだな」
柄を握ったが先端の刃が兜に刺さっていた。だがあくまで兜であって頭部でないのだ。何の問題もなく六文釵を引き抜けば、釵を起点にした亀裂が深まり頭から破片が地面へ音を立てて落ちていくが、それはあくまで兜なのである。
「兜が脆くなってら……もうちょっと遅けりゃあヤバかったかもな」
兜を剝されたカキーザの素顔に恐怖の二文字などない。あるのは敵への憎悪と逆襲のみだ。確かにユキムラの言動と行動はサタケをやっただけの事はある。だが自分はサタケと同程度に比較される存在ではない。それを証明するかのようにお前のターンはここまでだと彼は笑いながら素手で槍を曲げて見せた。
「お、おいらの六紋槍がぁっ!!」
残りの槍をダメにされたユキムラへカキーザは躊躇いもなくその槍を顔面めがけて投げつけた。勢いよく後ろへ転倒するユキムラにはアポロイドから下馬した彼自らの足がユキムラの背中を踏みつけては足を上げ、上げてはまた背中を踏みつける。
「うぐ……うぐぐ……」
「どうだボウズ! どうせ最新世代だろうと俺のような第1世代を軽く倒せると思ったら大間違いなんだよ!!」
「カキーザ……それは美しくない戦い方じゃないか……もっと」
「黙れ!ナオ、お前は美しさの為なら死んだっていいとか言うけどなぁ! 生きるか死ぬかの戦いに綺麗汚いもねぇんだよ!!」
うつ伏せに倒れた相手へ容赦なく続くカキーザの暴力。だが当の彼は相手をいたぶるだけでは満足しないようで、ユキムラの背中に足を乗せるだけでなく、左手を両腕でつかんだのだ。
「カキーザ! まさか……」
「あぁやってやるよ! 俺のライド・アーマーを台無しにしやがってただで返す奴は馬鹿 なんだよ!!」
「や、やめろっす……」
顔をカキーザの方向へ向けたユキムラの額からは灼輪灯が放たれる。だがその光は今の本人が置かれた状況を反映しているかのように、弱弱しく覇気のない光だ。たとえ相手への闘志があっても身体が追いつかないのだ。
「ボウズ! 弱い奴が戦場に出るとこうなることがオチなんだよ!!」
「ああーっ!!」
だが最後の粘りは虚しかった。彼によって勢いよくユキムラの左腕が身体から離れたのだ。関節部分からは火花が飛び散りユキムラは叫んだ。兵器には感じられない痛みがユキムラを傷つけるのだ。引っこ抜いた左腕を前にカキーザは微かな笑みを浮かべながら地面へ叩きつける。
「まだ終わっちゃいねぇよ!!」
痛さに狂わされたかのように地面へのたうち回る彼を思いっきり踏みつけて動きを止める。戦場のカキーザは騎士とは思えない荒々しさだけではない残虐っぷりも並大抵のサムライドを遥かに上回っているのだ。その光景はやや天然のナオにすら恐怖心を植え付けさせ、思わず目をそむけたくなってしまうようなインパクトがあった。
「どうだてめぇが俺に無謀な挑戦を挑んで、ライド・アーマーを破壊したツケの大きさを身体で払わされる気持ちはよ」
「な、何の事っすか……おいらは負けないっすよ! あのサタケとかいう騎士みたいに命乞いはしたくないっすよ!!」
「あいつは騎士じゃねぇ! 騎士だろうがタイマンやって勝てば何やっていいってことをまだてめぇは知らないようだな!!」
「おいらはまだ負けていないっす! 負けたと思うまで負けないってお師匠が言ってたっすから!!」
絶望的な状況であろうともユキムラの瞳はまだ燃えている。幼いが故に汚れを知らない純粋な闘争心はある意味強い。どれだけ絶望的な状況に陥っても心の炎を燃やし続けることが容易だからである。
「てめぇ、強がりもほどほどにしやがれ! てめぇはもう負けなんだよ!!」
遂にカキーザはもう一本を奪おうとした……!!
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「……!!」
その時カキーザの真後ろから恐ろしい早さで接近してくる何かを感じた。荒々しくも残虐な男だが彼は決して無謀な猪突猛進の男ではない。本能が恐怖を訴え、顔を、いや身体をひねった途端に引き裂かれる痛みに彼は落ちた。己の胸から左肩まで綺麗に鮮血が流れ激痛に傷を右手で抑えざるを得なかった。
そんなカキーザが脳裏によぎらせたことは万一ユキムラの右腕をもぎ取ることに執着していたら既にこの世に自分はいなかったという事である。先ほどの自分の位置を綺麗に切り裂かんと相手はしたのだから。
「にゃろう……な、なんだ」
痛みをこらえて振り向いたカキーザが見た景色は荒野ではない。荒れ狂う風の中で林が靡き、林の奥には一つの火の玉が、火の玉の後ろには緑林に包まれた遥か巨大な山脈に聳え立つ。
「か、風が走っている……林が耐えている……火が燃えていて……そして山がそびえていやがる!!」
「人はそれを風林火山と言った!!てやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「お……お師匠!」
ユキムラにとって起死回生のチャンスだ。火から現れた拳が彼を包む火を天へ投げ飛ばす姿を彼らは見た。目の前から火が消えれば元の荒野に景色が変わり1機のサムライドがサーベル片手に構えを取っていた。
「ゲ、ゲン・カイ!!」
「ユキムラ……俺の心の支えを粉砕しようとするとはカキーザ!!」
「心の支えだと……あぁ俺達はてめぇの支えを奪ってきたからな! 思えばてめぇの親父を討ったのも俺だったな!!」
カキーザの不敵な笑みにゲンの心が微かに揺れる。たとえ重傷を負おうとも彼もまた闘争本能を絶やすことないサムライドであったのだ。
「戦いは支柱を奪ってから大黒柱を落とすのがセオリー。だが支えなしで立てない柱なんぞ弱い存在なんだよ!!」
「カキーザ! やめた方がいいよ!!その身体じゃ……」
「うっせぇ。俺には倒れる訳にはいかねぇ理由。ただそれだけでこの地に立っている! 支えを気にするあの野郎に負けるはずがねぇんだよ!!」
「ダメさカキーザ、君の戦いは美しくない!!」
「美しい美しくないは俺にとっちゃナンセンス。こんくらいがちょうどいいハンデ……って放しやがれナオ!」
ナオの静止を振り切ろうとするカキーザであるが、抑える側はライド・アーマーを装着しており、振りほどこうとする側は深手を負っている。彼もまたたぎる闘争心に身体が追い付いていないのだ。
「心配するなナオ!」
「ミーシャ様!!」
その時ナオを救うかのように天からの声が響いた。晴天の空を薄い雲が包み、やがて雲の層が薄くなるにつれ、地上へさす光が明るく深くなっていく姿を見た。
「ミーシャ? お師匠、なんか変な像が見えるっす」
「まさか……」
右腕で立ちあがったユキムラは目の前の奇妙な現象にきょとんと首をかしげる。雲から武神を模した像が光臨する。宝塔と三叉戟を手にする像の顔は気高く大らかであり、広大な無を現すかのように表情は落ち着いている。それゆえに無の表情からは畏怖と崇拝の感情を見る者に与えるのである。
「あれこそミーシャ様なのさ! あの気高い姿こそ毘沙門天形態なのさ!!」
「とおっ!!」
その声と共に像の目が光り、像が大の字に手足を動かすと胸からの爆発が像を包む。その爆発の中で人影が宙で前転を決めて着地すれが神々しい空は静かに薄れていく。
「来たな……ミーシャ・ツルギ!!」
「……」
上半身をパーツで纏っただけのゲンに対し、ミーシャは己の身体を白と赤の鎧に身を固めている。汚れない純白と真紅の色は誇り高き清廉の戦士である彼女を現しているかのようだった。
「下がれカキーザ、ナオ……この過った道を行く男には私が決着をつけなくてはいけないのだ」
「ほぉ。貴様随分と、お前が俺を誤らせた癖に」
「それはそうだ。あの時お前を仕留めることが出来なかった事はあのときの私の汚点……その汚点を今ここでお前を倒すことで晴らすのだ」
「その言葉そっくり返してやるよ。父を、弟を殺ったお前を粉砕することでな! 猛虎スラッシュ!!」
「飛翔紋剣!!」
ゲンの手には紅い剣が握られており、ミーシャもまた両肩から展開させた白き剣を両手に握る。燃えるように逆立つ光を宿した剣を片手にゲンは獰猛に、湖のように静かな光を放つ剣を両手にミーシャは静かに……互いの元へ駆けた!!
続く