「夏のホラー2026」【泣く三味線】
世の中には、聞いてはいけない音というものがある。
耳を疑い、気のせいだと自分に言い聞かせても、いつの間にか脳の裏側にこびりついて離れなくなる音。あるいは、その音の真実に気づいた時には、もう引き返せない場所まで足を踏み入れているような、毒を含んだ音である。
怪事や奇談を集めていると、特定の道具や楽器に宿る「音の記憶」のようなものに出くわすことが稀にある。
古来より長年使い込まれた器物には念が宿ると言われるが、とりわけ動物の皮と銘木を用いて仕立てられる三味線という和楽器は、奏者の情念やその周囲に漂う業を深く吸い込みやすいのかもしれない。
これから記すのは、ある女性が「理想の音」に魅せられた結果、決して聴いてはならぬ怪異の音に人生を蝕まれていった記録である。
貴方がいま耳にしているその静寂の裏にも、何か異質な音が紛れ込んでいないだろうか。
これは、岩岡さんと言う女性から伺った話である。
岩岡さんは、三味線で名人とまで言われた方だったが今は、公民館で趣味の教室を開いて細々と暮らしている。
岩岡さんが三味線を始めたのは、高校生の頃だったという。
きっかけは、近所に住む老人が自宅の縁側で爪弾いていた三味線の音色だった。
老人が手にしていたのは、素人目にも素晴らしいとわかる高級品で、深く澄んだ艶のある音が町内に響いていた。
多感な時期だった岩岡さんはその音色にすっかり魅了され
「自分もいつかあのような素晴らしい三味線を手にしたい」
と強く切望するようになったのだそうだ。
ある日の放課後、通学路の途中にあった古い質屋のショーケースに、一棹の三味線が並んでいるのが目に入った。
吸い寄せられる様に店内へ入った岩岡さんは、息をのんだ。
深く引き締まった密度の高い紅木の棹。
美しい木目が浮かぶ花林の胴。
そして表裏に見事な張りを見せる、きめ細やかな皮。
まともな骨董店や専門店であれば、百万円を下らない極上品であることは間違いなかった。
ところが、添えられた値札には、高校生のバイト代の貯金で十分に払えるような、信じられないほど安い金額が書かれていた。
店主に理由を尋ねても
「ちょっと訳ありでね…」
と曖昧に笑うばかりだったが、憧れに目が眩んでいた岩岡さんは迷わず即座に買い求めた。
家に持ち帰ってから早速、自室に閉じこもった岩岡さんは、夢中でその三味線を弾きまくった。
糸を弾くたび、腹の底まで深く響くような美しく重厚な音が部屋を満たす。指を止めるのが惜しく、時間を忘れて夜遅くまで撥を振るい続けた。
不意に、部屋のドアがノックされた。
扉を開けると、どこか青ざめた顔をした母親が立っていた。
「ねえ…なんか変な音が聞こえない?」
母親は廊下の暗闇を気にしながら、声を潜めて言った。
「赤ちゃんの…泣き声…それも一人や二人じゃない…何人も、大勢の赤ん坊が泣いてるみたい」
岩岡さんの耳には、ただ三味線の心地よい余韻しか聞こえていなかった。
「気のせいじゃないの?」
と受け流し、その夜はそのまま眠りについた。
翌日、岩岡さんはその三味線を持って、三味線を教えてくれていた師匠の老人のもとを訪ねた。
自慢気に見せたものの、三味線を目にした師匠の顔色が変わった。
師匠は一言も音を鳴らさぬまま、三味線をじっと見つめている。
やがて絞り出すような声で
「これ…わしに売る気はないか?」
どこか切迫した尋常でない雰囲気に気圧されたが、手に入れた宝物を手放す気にならない。
岩岡さんはきっぱりと断った。
師匠はそれ以上何も言わなかったが、二度とその三味線について触れようとはしなかった。
やがて、奇妙な出来事が頻発するようになる。
友人たちの前や、小さな発表の場でその三味線を弾くと、聴いていた誰かが必ず不快そうに耳を塞ぎ、不穏な空気が漂うのだ。
そして誰もが
「三味線から赤ちゃんの泣き声が聞こえる…」
と言い出す…それも、一人や二人ではない。
弾くたびに、その場にいる複数の者が
「三味線の音の裏で、大勢の赤ん坊が泣き叫んでいる!」
と訴えるのだった。
人前で弾くのが億劫になった岩岡さんは、誰にも邪魔されない自宅の自室だけで弾くようになった。
その三味線が奏でる音は、聞けば聞くほどに岩岡さんを虜にした。
夜が明けるのも忘れ、毎日毎日、気が済むまで夜を徹して弾き続けた。
だが、その音は着実に家族を蝕んでいった。
ある夜、ついに耐えかねた母親が
「また泣いてる! 泣いてるのよ!」
と狂乱して悲鳴を上げ、そのまま家を飛び出していった。
母親は二度と戻ってこなかった。
父親もまた、疲れ果て娘の岩岡さんを避けるようになり、やがて互いに一切の口をきかなくなった。
家庭は完全に崩壊した。
それでも、岩岡さんは三味線を手放さなかった。
「今でもね、一人で弾いているんですよ」
話を終えてから岩岡さんは感情の失せた静かな声でそう語った。
現在もその家で一人暮らしを続けている岩岡さんは、今夜も密閉された自室で、あの三味線を弾き続けているという。
静まり返った部屋に響き渡るのは、うっとりするほど美しい伝統の音色と撥を落とすたびに重なり合う、数えきれない赤ん坊たちの、けたたましい泣き声だけなのだそうだ。
話を聞終えた帰り道、自分の耳の奥でかすかな耳鳴りが始まっていることに気がついた。
気のせいだと思おうとしても高音の金属音の裏に、なにか湿り気を帯びた異物が混じっているような心地悪さが拭えない。
三味線という和楽器には、伝統的に動物の皮が用いられる。
では、岩岡さんが手に入れたあの三味線には、一体どんな謂れがあり、何の皮が張られていたのだろうか。
あるいは、過去にどのような情念や業が、あの木胴の中に閉じ込められたのか。
質屋の店主が言っていた「訳あり」の真意も、今となっては確かめる術がない。
また、あの時、三味線の師匠であった老人はなぜ「買い取りたい」と申し出たのだろう。
若き弟子を怪異から遠ざけるための師父としての情けだったのか。
それとも、長年音を追求してきた熟練の奏者として不吉で美しい「毒のある音」に魅入られたのか。
岩岡さんは今も、崩壊して誰もいなくなった静かな家で、ひとり撥を振り下ろしている。
彼女に聞こえているのは、うっとりするような名器の音色だけなのか。
それとも、あの赤ん坊たちの慟哭すらも彼女にとっては愛おしい音の一部になってしまったのだろうか。
音というものは、一度耳の奥に入り込んでしまえば、二度と取り出すことができない。
もしこの記事を読み終えた貴方の周囲で、妙な「音」が聞こえ始めたとしても…
どうか、深く確かめようとはなさらないことをお勧めする。




