"Cat and Dog"
兄の部屋に於ける僕たちの戦いは、意図せず膠着状態に突入していた
僕は足を取られて転んだ兄に後ろから組み付いていたのだが、蹴ろうと伸ばした足の先の、位置が悪かった
股間に踵を突き刺してやるつもりだった僕の足は、現実には兄の太腿の付け根を求めるように激しく擦り、そこで停止していた
二人とも一声も発しない
しかし、互いに互いの乱れた呼吸の音、そして同じようなリズムで暴れる心臓の鼓動は躰の合わさった部分から伝わっていた
「兄さん、一応聞きますけど……」
「───違う!」
まだこちらが何も言わない内から、兄が慌てて取り繕い始める
「興奮してない!」
「いま、あー…ええと……」
「息が上がっちゃって……」
僕は自分より五歳も年齢が上の兄を、生まれて初めて『可愛い』と思い始めて居た
「でも」
からかうように、兄の耳元に囁く
その背中が我慢出来ず跳ねる様に、僕は面白くなり始めて居た
「僕の素足、綺麗だと思いませんか?」
兄の心拍数が上がるのが解る
気にしない風を装いながら、視線が僕の裸足の爪先へと向かっていくのが、抱きしめた躰の筋肉の動きではっきりと解った
「兄さん」
囁くと、また兄の躰が跳ねる
可愛い
僕は、からかう事の悦びを知り始めて居た
「もっと足を、躰側に動かしましょうか……?」
脂汗が、じわっと兄の躰に浮かんだ
好きな匂いだ
僕は突然思った
『魅了されているのは、僕たちのどちらなのだろう』と
その時、この部屋の在る二階へと近付く騒がしい足音が聞こえた
この音は、母だ
「なんか、大きい音しなかった!?」
──したよ!と、僕は母に叫び返す
──例えば、母さんの声とかね!
足音から、母が部屋に入ろうとする気配が有った
僕たちは慌ててお互いから離れると、意味も無くその場に正座した
瞬間、部屋のドアが開かれた
「あんたたち、何してんの?」
もっとも過ぎる疑問を母が口にする
僕は、兄が何か話そうとしたのを遮るように「兄さんがいじめる!」と、嘘泣きをしながら母に飛び付いた