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悪役令嬢、何日生きられる?  作者: I嬢
ー 2日目 ー
8/11

社交界は計画的に

私は鏡の前で、頭を抱えていた。


どうすれば、ガランから命を守れるのか。


あの夢の出来事からその事をより鮮明に考えるように私はなってしまった。


高性能ロボットかAIか何かなのかしら。前世の私ならばそういうのが欲しかったわ本当に!!


前世なら!!


恐ろしいことに、彼は完璧すぎる。


あまりに洗練されていて、逆に何を信じて良いのか分からない。


朝食のスープ一口飲んだだけで喉が焼けるんじゃないかとか、椅子に座った瞬間に背もたれに針が仕込まれているんじゃないかとか。


「くっ......!」


思わず口から声が漏れる。


そもそも何故私がこんなにも気を遣わないといけないのかしら!!


胸にこみ上げるこの恐怖。


私は悪役令嬢ライフを楽しみたいだけなのに.....!


本当に何故こうなる.....本当に.....


だが令嬢アザミールとしてはこれを表に出してはならない。


淑女は常に優雅で、他者の前では冷笑を浮かべるのが礼儀。


というか常識中の常識だ。


貴族のマナーという本があれば前書きとかに書いてありそう。


それを守る限り、ガランにもこちらの動揺は伝わらない。


多分。


いや、伝わっていたらもうとっくに殺されているはず。


知らないフリをしている可能性?


そんな考えなんて、最初に考えた時から頭の中のゴミ箱にぶち込んでいる。


.......すいません、嘘です。


考えるのが面倒なだけです。


とにかく、対策を練らねば。


まずは食事。


「不自然に口をつけない」のは駄目だ。


昨日の朝のように紅茶のカップを落とすのは、いくらなんでも長続きしない。


そう私は自覚し始めている。


しかも、あの後のカップの破片の後片付けで指を怪我したのだから。


メイドに頼んで治癒のスキルで何とかなったけど。


.....やはり駄目ね。


前世で楽しすぎたのかしら。


いや、前世が楽すぎたのか。


彼は優しそうに見えてあの片眼鏡から見える瞳は猛獣の如く鋭く感じてしまう時がある。


あの笑みは気づいている笑みだ。


ならばいっそ、「わざと一口飲んで、残りは時間をかけて飲み干す」という戦法に出るべきか。


これなら、毒が入っていても少量で済む。


そして解毒剤が状態異常回復ポーションを持ち歩けば、ぎりぎり助かる可能性がある。


次に寝室。


昨夜もベッドサイドに座られたが......あれは本当に心臓に悪い。


「夜這いに来たの?」と冗談を言ってはみたが、内心では気絶寸前だった。


だから今夜からは、ベッドの下にこっそり「反射鏡」を置いておこうと思う。


彼が部屋に入れば、気配より早く視覚で確認できる。


驚かされたくないのだ。


二度と。


さらに屋敷の廊下。


あそこは罠を仕掛けやすい。


松明の光が影を長くするから、誰が歩いているか判別が難しい。


特徴的な足音があるならば特定は素早くなるだろうか。


.....となると、それを記録しておく必要性も出てくる。


「もしもガランが私を階段で突き落とすつもりなら......」


私は手帳を開き、罠を回避するルートを記録した。


足音が響きにくい場所を歩くこと、柱の陰には寄らないこと、絨毯の端は踏まないこと。


あと.....魔力探知の道具に引っかからないようにしたりする必要性もあるわね。


ふふん、我ながら完璧だ。


そう、完璧にすればするほど、逆に滑稽で笑えてくる。


まるで自分の屋敷でスパイ映画かサスペンス映画でも撮っている気分だ。


そうして計画を立てていると、ふと予定表の片隅に目が留まった。


『今夜、侯爵邸にて社交会』


え、社交会!?


「......忘れていたわ。」


思わず声を上げてしまった。


侯爵邸の夜会。


それは上流階級の若き令息令嬢たちが集まる、一大イベントのような物だ。


私は去年一度参加したのだが.....悪役令嬢として好き勝手に振る舞ったせいで、私の名が悪名として更に轟く事になった。


だけど、あの時は少しやりすぎだったかもしれないと今では後悔している。


その事すら、情報通なガランは知っているかもしれないから。


だがしかし、今夜は残念ながらそのように振る舞いはしない。


何故ならば.....私が密かに憧れている令息のコリウス様が来るはず事になっているからだ。


金糸のような髪、澄んだ瞳、気品と知性を兼ね備えた理想の紳士にして、私のような令嬢からちやほやされているにも関わらず、それを鼻にかけたりしないから更に人気を集めている。


ホント、罪な男。


私のような悪逆令嬢には到底ふさわしくないと分かっていても、胸の奥で思わずときめいてしまう。


ぼんやりと思い出すのは前世。


仕事づくめで殆ど休みなんて無くて、まさにブラック企業と言ってもいいくらいに忙しかったという記憶が蘇ってくる。


でもやはり、どんな仕事をしていたのかと言うことに関してはまだまだ思い出せない。


霧の中に埋もれてしまっている。


でも、仕事ずくめの毎日だからこそ、趣味の時間なんてまともに取っていられなかった。


だからこそ、恋なんてする余裕すらなかった。


だけど、悪役令嬢として、悪役令嬢のままで恋愛をしてみたいという気持ちはある。


そして、たまたま私の中で、その片思いの対象になったのがコリウス様、という訳だ。


ほんの少しでも、あの人の近くに座れたなら、それだけで今夜は宝石のように輝くだろう。


だが。


「......油断しては駄目。」


私はガランの不気味な笑い方を思い出した。


本当に腹が立つという所を超えて最早怖くなってきたくらいだ。


社交会は私にとって絶好のチャンスであると同時に、絶好の罠でもある。


人混み、喧騒、そして煌びやかな仮面の下に隠れた悪意。


あの場所でなら、ガランは容易に手を下せる。


差し出されたワイングラスに仕込まれた一滴。


ダンスの最中に床へ滑らせる一歩。


もしくは、背後から短剣を突き立てても私は最悪気づかないかもしれない。


「コリウス様に会いたい......でも、死ぬなんて嫌。」


私は頭を抱えた。


どうすれば、社交会で生き延びつつ憧れの令息に近づけるか。


作戦を立てねばならない。


まず一つ目の策。


「ガランと二人きりにならない」。


当然だ。


社交会の最中、彼に背を預けるなど自殺行為。


でも常に他の令嬢や令息に囲まれていれば、彼も安易に動けないはず。


二つ目。


「コリウス様の近くに座る」。


これは戦略的にも有効。


彼の隣にいれば、ガランの行動はさらに制限される。


......まあ、緊張で倒れるかもしれないが。


「よし......」


羽ペンを置き、深呼吸。


だが鏡に映った自分の顔を見て、嗤ってしまった。


恐怖で顔色は青白く、目の下には薄い隈。


これで「悪逆令嬢」の仮面を保てるのか疑わしい。


だが、それでも笑わねばならない。


笑っていれば、まだ余裕があるように見えるから。


「コリウス様......」


私は小さく呟いた。


どうか今夜、ほんの一瞬でも貴方と目が合いますように。


そして、その瞬間、ガランが私を殺しませんように。


悪逆令嬢アザミール、本日の目標。


『社交会で死なずに、コリウス様に会うこと。』


私は手帳にそう書き込み、大きく丸をつけた。


昼下がりの食卓はいつもより少し華やかに見えた。


窓の外では庭師が剪定鋏をカチカチと鳴らしている。


今日の昼食は軽めに、だけど麗しくと頼んでおいた。


どんなに一流なコックでもこんな傲慢で抽象的な頼みが来ると一度は躊躇してしまうだろうか、と私はふと思って口にしたのだ。


でも、その事を伝えたコックがこんな感じに素早く料理を出してくれるようになったらきっとそのコックは二流から一流になると私は踏んでいる。


私の心はもう夜会の豪奢な光景へと飛んでいた。


目の前のプレートには薄くスモークされたサーモンが並び、ハーブの香りがふわりと鼻腔をくすぐる。


本当はサーモンではなく、「ラックス」という名前の魚らしいのだが、まあ味はまんまサーモンだ。


この味は前世でも食べた事があるのか、覚えている。


カトラリーは色々あって、スープスプーン、オードブルナイフ、フィッシュナイフ、フルーツナイフ、アイスクリームスプーン、バタースプレッダー、そしていくつかのフォーク。


これらは私が来た時からちゃんと置いてある。


これはこの世界に来てからの常識だ。


最初はごちゃごちゃしていて中々覚えられなかったことは内緒で。


サーモンを口に運ぶたび、心拍が高鳴る。


それは恐怖ではなく、今では期待の高鳴りだ。


あのコリウス様が、今宵どんな顔をするか.....想像するだけで頬が緩む。


私は何度も鏡の前で練習した笑顔や、礼の角度を頭の中で反芻していた。


きっと今夜の私は、誰よりも輝く。


そう信じて疑わない。


その時、扉が静かに開いた。


「.....最ッ悪.....。」


ガランだ。


何も持っていない銀の盆を抱え、歩みはいつも通り正確で、でも今日はどこか調子が良さそうに見える。


.....来たわね。


何が彼をそうさせるのか、考えるだけで胸がざわつく。


彼は私の前に立ち、言葉を平然と投げた。


「お嬢様、機嫌が良さそうで何よりです。何か良いことでも?」


私は一瞬、口に運んでいたフォークを止めた。


彼のこの「親切」はたいてい操作済みの落とし穴だ。


パッと見て、地面と同化しているタイプの厄介なやつ。


だから当然、私ははぐらかす。


社交会を邪魔されたくない一心で、声色は軽やかに、表情は何の覚悟もない令嬢を装って。


「まあね、今日はちょっと楽しみなことがあって。特に大事な理由があるわけじゃないの。ただ、雰囲気がいいだけ。そんな気分なの。所で貴方は何かしていたの?」


「.......庭師様の新しい持ち手が青色の剪定鋏が届いていたので渡しに行っていたのですよ。」


ふーん、庭師、ね。


だがその裏で私は冷静に彼を観察する。


ガランの瞳の端に、微かな反応が走ったかどうか。


彼の唇の動きが、いつもと少し違わないか。


全てが情報だ。


私はその情報を零すまいと、笑みを厚く塗り固める。


「でも......お嬢様、本当にそれだけですか?.....もしかして、今夜の社交会の事でも悩んでいるのですか?」


その一言に私の内側で小さな凍りが走る。


さりげない質問。


だけどその「さりげなさ」が一番怖い。


私は瞬時に判断する。


どう答えるのが一番安全か。


正直に「コリウス様に会いたい」と言えば、彼はきっと計算して動く。


じゃあ嘘をつけばいい。


そっちの方が明らかに手っ取り早いし、上手く行けば彼を騙す事だって出来る。


まあ.....本当に騙されるかどうかは.....よく分かんないけどさ。


私は咄嗟に思いつく言い訳を並べ始める。


「社交会?ああ、行くつもりよ。でも、別に大それたことはしない。ただの舞踏会でしょ。大勢の人がいて目立つことはできないし、私が特別扱いされる理由もない。心配しなくていいのよ、ガラン。」


私の声は滑らかだった。


まるで何も恐れていないような声色。ここまでは計画通りだ。だが.....それもガランに私の思惑に気づかれたら全て終わりだ。


本当にそれだけだと言わんばかりに、フォークをテーブルに置く。


その仕草は、私がどれほど緊張していないかを誇示するために演出されたものだ。


「ふむ、そうですか。」


ガランは白い手袋の手で顎に手を当てて考えるような素振りを見せる。


何を考えているのだろうか.....それは私の方からは見抜けない。


人を見抜くことと言うのは世界を超えて必要なことだと私は思っている。でも、ガランは首をほんの少し傾げただけで、それ以上は追及しないように見えた。


彼の瞳は私の顔をなぞり、まるで私の心の裏側を読もうとしているようだ。だけど、読ませないわよ。


「お嬢様、では一つだけ。もし何かございましたら、直ちにお申し付けください。私が傍におりますから」


「ありがとう、ガラン。でも大丈夫。あなたが心配する必要はないわ」


私は囁くように言ってみせる。


だが、その「大丈夫」は完全に偽りだ。


ガランが微笑む。彼の笑顔はいつだって完璧に見える。だが私には分かる。彼は知っている。社交会の予定、来る人々、そして、私の「憧れ」が誰なのかも。


「そうか、それはよかったです。」


彼は軽く頷いた。そして、肩越しに私の昼食を一瞥し、小さな注意を添える。


「嗚呼、そうでした。こちらの薬箱に目を通されますか?」


その言葉は一見親切だ。


だが裏があるのかもしれない。


私の手がわずかに止まる。


薬箱?何故このタイミングで.....?


嫌な予感がする。


「いえ、大丈夫よ。今は必要ないわ。」


声に微かな強さを込める。


彼は穏やかに笑い、わざとらしく肩をすくめるように見せて見せかけた無関心を装う。


「かしこまりました。ではごゆっくりと」


彼は静かに去っていく。扉が閉まると、そこだけ時間が少しだけ変わったような気がした。安堵のような、却って増す不安のような、混ざった感情が胸に残る。


私は一口、サーモンを噛んだ。


ハーブの酸味と塩気が口の中に広がり、心が一瞬静まる。


だが静まりは束の間。


音もなく、思考が襲ってくる。


(彼は知っている。社交会のことくらい、知らないはずがない)


私は心の中で自分に言い聞かせる。


合理的に考えてもそうだ。


執事としての彼の任務範囲は広く、屋敷の予定表から宮廷の噂話に至るまで、目通しがあるはずだ。


(彼は知らない振りをしている)


私は憶測を確定させた。


彼があえて知らないふりをして、私を試している。


そうに違いない。


彼は私を守る顔で、実は私の行動を着々と縛っていってるのだ。


有害的な植物だってそうだ。


蔦でぐるぐると対象を巻き取り、ゆっくりと時間をかけて毒を使うタイプもいる。


最悪な事にガランは両方を兼ね備えているようだ。


彼は利口すぎる。


だからこそ、私は彼に一枚上手を見せねばならない。


私はつい本心が漏れそうになるのを飲み込みつつ、淡々と付け加える。


「見苦しい真似をするつもりはないわ。ただの観賞。社交会での振る舞いは自分で管理するから。」


彼はその言葉にただ一瞬だけ目を細めた。


それから、ほとんど気にも留めないように微笑む。


「承知しました。」


彼の口ぶりは穏やかだが、その「承知」が何を意味するのかは分からない。


だからこそ。


言葉の一つ一つを怪しみ、今後の行動に繋がる伏線を考える必要性を私は感じた。


夜の帳が下りるまで、時間はまだある。


問題はその間に何をするか、だ。


無意味に時間を過ごす気は無い。


私はメニューの残りを平らげ、最後に甘いデザートを一口。


小さな幸福が口の中で弾けるたび、心の奥の不安は少しだけ鳴りを潜める。


空気は重く感じたが、サロンの空気は変わっており、開いた窓からは風が通り、カーテンがそよぐ。


その音は、ガランの足音とも似ている。


私は顔に微笑みを浮かべつつ、胸の中で静かに誓う。


(今日も、私の舞台は私が演じきる。あなたの知らないところで、私が一手先を.....いや、三手先を読むのよ)


そう思いながら、私は立ち上がる。


コリウス様の瞳に一瞬でも映るように、私は準備を続ける。


だが同時に、ガランの知らない振りには、いつか必ず意味があるのだと私は確信していた。


彼の微笑みの奥には、夜よりも冷たい何かが潜んでいるのだと。


だからこそ、誰かにガランが生き返ったという事を伝え、仲間になってもらう必要がある。


信じてくれないかもしれないけど.....。


私はそう思いつつ、歩を進めた。

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