【悲報】解雇=無理。
結局私は1日ずっとベッドの上に横たわってばっかりだった。
ベッドの上で本を読んだり、執務をしたりするだけで今日が終わってしまった。
悪役令嬢として.....今日は全く何も出来なかった。
そしてベッドに横たわって彼奴のことを考えていると一つの結論に至った。
.....彼奴を解雇すべきだ。
今すぐ躊躇ゼロで、解雇通知を叩きつけてやるべきだ。
そう私はベッドの上で思う。
私が「殺したはずの」男が生き返って明らかに私の死を企んでいる。
ここで許す理由がどこにあるの?
答えは簡単。
ない。
だから即刻解雇。
所業を問題視しての解雇。
お屋敷から出て行け。
荷物はまとめて明日中に。
メイドたちの前でも淡々と。
これで終わるはずだった。
だが。
彼は完璧だ。
そのたった一言で、私の計画はもろくも瓦解する。
王宮にまで届く縁、冷静沈着な態度、高い忠誠心、誰もが尊敬する礼儀正しさ。
そんな男を私の一方的な「感情」で解雇したらどうなるか。
第一に社会的な後ろ盾が強固すぎる。
彼の推薦状は、王宮の宰相や老執事連盟の顔ぶれをチラ見せする。
爵位の保持、婚姻の交渉、領地の管理。
全てがほんの一瞬で不利な状況に傾く。
第二に法的保護が厄介だ。
私はこの世界の細かい労働法や契約に精通しているわけではないが、執事という職業は単なる使用人の枠を超えている。
特に「王宮仕えの認定」を受けた者は、解雇には厳しい手続きが必要らしい。
証拠、目撃者、ギルドの承認、それに行政の仲裁。
私が今「感情的に」解雇を通しても、書類上で彼が逆に私を告発し、過程で私の個人的な秘密や過失が晒されるリスクだってある。
何より、彼は死んだはずだ。
誰が私の側で「令嬢が執事を殺した」なんて噂を抑えてくれる?
むしろ、私が過去にしたことを掘り返されるのは時間の問題だ。
第三に、彼の能力が実用的すぎる。
ガランの動きは冷徹で、しかも実務的だ。
家計の帳簿、領地の収入、書簡のやり取り、外部との交渉窓口。
彼がいなければ、私の屋敷は一日で混乱する。
朝の来客対応も、御者の手配も、領地の問題の手直しも。
私は大胆に振る舞うのが得意だが、書類処理や細かな根回しは前世から嫌いだ。
コンピュータとかの機械の操作とかは得意だけど、この世界にあるわけないし。
解雇は単なる距離を置く行為に見えるが、実際には彼に「自由」を与え、私が最も恐れる形で動き回る機会を与えることに他ならない。
彼は私を内部から崩壊させることを好むだろう。
私のプライドや秘密を道具にして、最も効果的に私を傷付ける。
そう確信している。
だから、私は葛藤する。
合理的に考えれば、危険人物は排除すべきだ。
だが感情や功利だけで動けば、社会的・法的な反撃を受ける。
私が彼を排斥しようとすれば、それは周囲への不安と波紋を広げ、巡り巡って私自身の立場を弱める。
だが維持すれば、毎朝毎夕、彼の笑顔を見て過ごす精神的消耗は計り知れない。
私はどうしていつも生きることに疲れているのだろう。
私は支配する側でありたかった。
命令し、操り、恐れられる側であって、恐れる側ではないはずだ。
なのに、今の私は「解雇できない」状況にあって、被る側になってしまっている。
プライドの矛盾に気づくたび、胸が締め付けられる。
私が彼を「殺した」過去は、もはや私の強さの証ではなく、古傷として疼くだけだ。
それでも、私は完全に手をこまねいているわけではない。
解雇以外の道を捜して、私は頭を働かせ始める。
事を作り、屋敷から物理的に遠ざける。
あるいは、彼を「更なる出世の道」に誘い出す。
王宮の外交使節の補佐とか、遠方の領主の監督として派遣するのだ。
直接解雇するのではなく、移送する。
だが、彼は賢い。
そんな単純な罠を見抜くかもしれない。
それがデメリットの一つだ。
結局、解雇は「最後の手段」にしておく。
今はまだ、その手札を切る前の段階だ。
私はこの屋敷で生き残る。
とはいえ、明日の紅茶はどうするか本気で悩んでいる。
茶葉を換えようか、それともカップに仕掛けられた隠し蓋を探すか。
小さなことに神経をすり減らすのは、やっぱり嫌だわ。
でも、これが今の私の"現実"なのだから、仕方がない。
結局、私はいつか完全に自由になるための準備を進めるのだ。
すぐに解雇できない。
その事実が、今日も私の胸をじわじわと食い尽くしていく。
ベッドに横たわると、屋敷の古い梁が軋む音が、まるで遠い足音のように聞こえる。
今日の出来事を思い出しても、そこには彼の笑みがあり、動作の端に必ず「計算」がある。
いつも完璧な所作に、いつも過不足なく役割を演じる目配せ。
私はそれを「便利」と呼んでいた。
だが、便利であることが同時に一番恐ろしいということに気づいたのはつい最近だ。
解雇の書面を突きつければ良い。
そう思えば楽だ。
だが彼はエリートだから、ただのひと言で終わる問題ではない。
かつて私が彼を「消した」過去は、解雇という表面上の勝利でどうにかなるほど単純ではない。
そんな考えが頭をぐるぐると回っていると突然扉の音がした。
音は、いつものように穏やかで、人を安心させる不愉快さがある。
静かに、しかし確実に扉が開く。
足音はしない。
ただ空気が重くなるのを感じる。
やがて彼の輪郭がはっきりと現れた。
「お嬢様。お休みになれますか?」
ガランはいつもの礼儀正しい声で、言った。
彼は無言でベッドサイドの椅子に腰を下ろす。動作は静かで、まるで影を纏うように滑らかだ。
「夜分遅くに失礼します。」
蝋燭の炎の光の反射で、目が一瞬だけ硬く光った。
そこで私は意地悪な冗談を口に出したくなった。
笑いで恐怖を追い払おうとするという前世から変わらないいつもの癖だ。
「夜這いに来たの?それとも新手の寝込み斬りかしら?」
冗談だ。
私は自分でもそう思う。
だがそれは、殺意を面白さに変換してしまいたいだけの弱い試みでもあった。
だが彼はその冗談に、微かな笑みで答えた。
「お嬢様、私にそのような不届きな行為をする趣味はございません。」
当然だ。
「冗談よ。あなたが夜這いなんて、そんな下等なことをするわけないって。」
私は肩をすくめて、髪を掻き上げる仕草をしてみせる。
するとガランはゆっくりとこちらを見て、ふっとため息のような息を吐いた。
「お嬢様はお優しい。そうして冗談で場を和ませる。しかし、現状ではお嬢様が冗談で済ませられないことをご存じでしょう?」
その言葉の端に、私が最も恐れている事柄が詰まっている。
彼は私をいたぶるために長々と説明するような人物ではない。
静かに、確実に、事実を示し、私自身が自分の恐怖を自覚するよう促す。
それが彼のやり方だ。
「殺害予告を大々的に公言する者は大抵愚かです。」
ガランの声は低く、だが冷たく響いた。
「しかし、お嬢様が"一度私を殺した。その日から、我が身の選択を強いられることになったのはご存知ですよね。主従の枠を超えた出来事は両者の地位すらも変える.....。お嬢様はきっと解雇したくても私達を解雇できませんし、殺せません。」
彼は何も盾にせず、ただ真実を淡々と並べる。
真実は刃のように鋭い。
私は彼を解雇できない恐怖と、私が抱くプライドの間で揺れる。
私の指は寝室の鈴の紐に触れていた。
もしもの時に鈴を引けば、侍女が飛び込んでくるだろう。
しかし、誰が来る?
来る者は味方か敵か。
来た瞬間、彼の証言で私がどんな目に遭うか。
可能性は果てしない。
私は誰かを呼ぶ事を諦める事にした。
「私の仕事はお嬢様を守ること、そして.....必要とあらば、お嬢様の秘密を守る代価を払うことです。」
言葉は柔らかいが、そこに含まれる契約の重さを私は知っている。
守る代わりに支配する。
支配されることに、どこかで同意してしまった自分がいるかもしれない。
どうせ残るのは冷たい現実だけだ。
解雇の書類は書けない。
私はガランが退出した後に布団の中で目を見開いて天井の模様を数えながら、明日は何をするか考えた。
朝が来れば、また彼は盆を持って立つだろう。
私の紅茶はいつも通り出されるだろう。
私の冗談はいつも通り返されるだろう。
そして私は必死にまた一日を生き延びる。
だが、生き延びるだけでは足りない。
解雇できない怖さはまだまだ、続く。
だが、それを怖いと認めることこそ、私が生き延びる第一歩なのかもしれない。
私はそんな事を思って眠りについた。
1日目、終了。




