即死級の毒よりかはマシな気が。
<毎週見てくださっている皆様方へ謝罪のお知らせ>
すいません.....!
村正(連載中のメイン作品)の予約投稿の癖で22:30に設定してしまいました......
(気づいたのが18時くらい。村正の投稿時間と被らないようにする為、更新された連載作品の中に埋もれないようにするため40分遅らせました。)
いつもは22:30(今回のみ23:10)ではなく10:30です!!
次回から時間に気をつけます......!
ああ、あれは夢だったのか。
私は安堵しながらベッドから身体を上半身だけ起こす。
カーテン越しに差し込む光で目を覚まそうと思った瞬間、入ってきたのは悪魔。
端正な顔立ちに、笑みを貼り付けたまま、銀の盆を持っている。
盆の上には白磁のティーカップとポット。
そして、ふわりと香る紅茶の匂い。
だが、その香りを嗅いだ瞬間、私は眉をわずかにひそめた。
これは紅茶の香りに混じって、微かに金属の匂いがする。
この匂いは知っている。
似たような物を知っている。
前世の世界の暗殺者が使う、即効性の低い有機毒だ。
効果は小さめだが、何度も摂取し続けるといつかは死に至る。
この世界における有機毒はどんなのかは知らないが、少なくとも魔術やスキルを使った痕跡は無さそうだ。
となると植物系の毒か。
いきなり殺しにかかってくると思ったら.....まずはこれで試しに来てるのね。
やっぱり昨日のは夢じゃなかった。
現実なんだ。
この執事は.....私の事を殺しにかかっている。
殺した私を恨んでいるんだわ。
匂いを知っている者でなければ気付かないほどの微量だが、積み重なれば確実に死に至るのは確実だ。
一体何処からこんな物を仕入れたのかしら。
「おはようございます、お嬢様。今朝は特別に香り高い茶葉をご用意いたしましたよ。この周辺の森に住むエルフにも人気な茶葉です。」
ガランは恭しくカップを差し出してくる。
茶葉、ねぇ。
その茶葉が本当にエルフの愛用している物とは考えにくい。
ここから一番近いの森に住むエルフは人間嫌いが激しいはず。
それを人間であるはずのガランが知っているのは絶対におかしい。
いや、人間じゃないかもしれない。
となると....入手するまでのプロセスは裏ルートか。
闇ギルドか.....それとも.....彼の笑みは穏やかで、完璧に整っている。
だが、その目だけは笑っていない。
薄い氷の膜が張られたような視線が、私をじっと観察している。
まるで私がこの毒に気づくのか、飲むのか、拒むのかを楽しんでいるかのように。
なんて酷い執事なのかしら。
確かに、自業自得かもしれない。
けれど生き返ってくるなんて予想出来るわけ無いじゃない....。
嫌だ....。
せっかく前世での疲れから解放されて悪役令嬢として振る舞い続けていたのに....。
嫌だ....。
まだ死にたくない....。
死にたくない.....っ.....!
「お願い......お願いだから、やめて......私を殺さないで.....私が悪かったから.....」
私の気持ちは気づいたら言葉になっていた。
乾いた床に響く私の声はか細く、震えに満ちていた。
「お嬢様......その声の震え、良いですね.....何というか.....失礼ながら興奮してしまいます.....」
何を言ってるのかしらこの執事は。
彼は私の顔をまじまじと見下ろした。
コイツの顔面無駄にイケメンね。
あーぶん殴りたい。
彼の笑顔はやけに優しく、でもその優しさがかえって背筋を凍らせる。
まるで冷たく鋭利な刃物を押し当てられているような気持ちだった。
「どうして......どうしてそんなに私を殺したいの?」
私は涙をこらえきれず、嗚咽まじりに問いかける。
「私にはまだ、生きる理由があるの!......でも、ここで死ぬなんて......お願い、助けて......」
ガランはただ静かに微笑み、低い声で言った。
「お嬢様、残酷な現実をお伝えしましょう。お嬢様の"生きる理由"など、この屋敷にいる誰も興味はありません。ましてや、私のことを殺したお嬢様には、実際の所は何の価値もないのです」
その言葉が、私の胸を針で刺したように痛かった。
膝の震えはさらに大きくなり、手のひらが汗でぐっしょりと濡れていく。
「でも......私は......!」
必死に言葉を探すが、ガランは冷たい笑顔のまま遮った。
「"でも"は無意味です。貴方は、あの時の私をバラバラにした。それが、全ての始まりです。」
彼の指先が、私の頬を掠める。
触れられた皮膚はまるで氷の彫刻のように硬直した。
「今、この瞬間も、貴方の命は風前の灯火。私の"復讐"という炎に照らされて、いつ消えてもおかしくないのです。」
その言葉に絶望が波のように押し寄せ、私は声にならない叫びを上げた。
「お願い......お願い......」
だが、ガランの目には何の同情も情けも映っていなかった。
「お嬢様、覚えていてください。私が貴方に執着するのは、貴方が唯一、私の死を生み出した存在だからです。私は貴方の側にしか帰れない。そう、地獄の果てでも永遠に。」
彼の声が重く響き、部屋の壁にこだまする。私の心臓は激しく打ち鳴り、視界が揺らめいた。
「だから......生き延びたいのなら、もう無駄な命乞いはやめてください。」
ガランは静かに立ち上がり、背を向けた。その背中に、無慈悲な終焉の影が伸びている。
「私は、いつでもお嬢様の隣にいます。逃げ場などありません。必要ありません。」
そう囁いたその瞬間、部屋の空気が一変した。冷たい風が吹き込み、窓ガラスが震える。
私は震えながら、膝の上に顔を伏せた。
これが......私の運命なのか。
だが、私の中に確かな決意も芽生えていた。
どんな恐怖が待ち受けていようと、生き延びてみせる。
ガランの「嬉しさ」が何であれ、それに屈するわけにはいかないのだ。
この終わりなき狂気の中で、私は私自身のために戦い続ける。
全ては、生きる為に。
結局私はカップを受け取らなかった。代わりに、わざと寝起きの声で"悪役令嬢"を装って言う。
「全く......朝から紅茶って、胃に重いわよ。」
「そうですか......ですが、お口に合うと思いますよ。」
ガランは一歩、静かに近づく。
カップの表面がわずかに揺らいだ。
私の視線と彼の視線が重なった瞬間、彼の唇がほんの僅かに吊り上がった。
この男、間違いなく私を殺すつもりだ。
もしかして、ガランはただの執事ではないのかもしれない。
「せっかくですし、一口だけでも......。あ、私からの口移しでもいいですよ?」
ガラン、頼むから絶対にそれはやめなさい。
私のプライドが死ぬから。
ガランはあくまで柔らかい声色で言いながら、私の手元にカップを押し付けるように差し出してきた。
私は微笑みを作り、カップの縁に口を近づけるフリをした。
紅茶の表面に私の吐息がかかり、わずかに香りが揺れる。
これは本物だ。
私を殺すための毒だ。
「......悪くない香りね。」
「でしょう?」
ガランの笑みが深くなる。
その笑みは私がこの世界に来てから感じたどの笑顔よりも、残酷だった。
そして私は悟った。
これは偶然ではない。
きっと、今日だけでは終わらない。
ガランはあらゆる手段を使って、私を殺そうとする。
毒、罠、事故に見せかけた暗殺。手を変え、品を変え、何度でも。
この屋敷で生き延びることは、ただの生存ではない。
終わりなき殺意の静かな戦争だ。
冷戦、って言うのかしらね。こういうのは。
実際に私が前世で生きていた世界で遥か昔にあったことらしいけど。
私はカップを机に置き、にこやかに言った。
「悪くない香りだけど......今日はやめておくわ」
「......そうですか」
その瞬間、ガランの漆黒の瞳の奥にわずかに黒い波が揺れた。
失望か、それとも次の策への期待か。どちらにせよ、その笑みは崩れない。
今朝は紅茶だった。では、明日は?
パンかもしれない。
スープかもしれない。
あるいは、ベッドの脚を一本だけ緩めて、眠っている間に転落させるかもしれない。
私は唇の端をわずかに吊り上げた。
やれるものなら、やってみなさい。
この命、簡単には渡さない。
記憶が残ったまま二度目の人生を謳歌している私を舐めないことね。
そして.....いつか此奴を解雇して自由になったら私の悪役令嬢ライフを取り戻す。
私はそう決意した。
この残酷な環境で、何がなんでも生き延びてみせる。
どうせ死ぬなら、こんな理不尽な殺され方をするよりは、自分の意思で死にたいじゃない?
この世界をもっと私なりに楽しんでからよ。
ガランはわずかに目を細めたが、すぐに微笑みを取り戻した。
「では......お食事のご用意をいたしますね。」
彼は一礼し、静かに部屋を出て行った。
私はカップを持ち上げると、その水面に写る自分の顔を見た。
そしてそのままカップを床に投げつける。
ガシャン、と割れる音が部屋に響き渡った。
残っているのは破片だけ。
私はそれから目線をすぐにベットに移し、ベッドに大の字になって倒れ込んだ。
ああ......ベッドって良いわね。
贅沢だわ。
これからガランが私を殺そうとする計画が練っている事をこの時の私はまだ知らなかった。
.....でも、私にはまだいくつか問題が残っている。
ガランが私を殺そうとしているのは勿論だけど.....それ以外に深刻な事がある。
それは.....前世の記憶をはっきりと覚えていないこと。
私が前世住んでいた世界にある物は色々と知っているし、覚えているのだが.....個人情報を何一つ覚えていないのだ。
名前、性別、年齢、職業.....全てだ。
なので私が前世どんな人間だったかは覚えていない。
私はこれからもアザミールとして生きる為に前世の記憶を完全に取り戻す事は必須な事なのだ。