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第4話

 翌朝登校路で、琉璃に会った。


「亮ちゃん」


 と、後ろから声をかけられふり向くと、ちょうど朝日を背にして琉璃の輪郭が黄金に縁どられ、その中に笑顔があった。


 朝に琉璃と会うことはあまりない。あるとしたら、「立ち係り」と職員の間で呼ばれている係に、亮太がなった時くらいだ。

 「立ち係り」とはこれも小野の発案によるもので、遅刻防止のため校門に教員が立ってチャイムとともに校門を閉める役だ。

 この学校ではHR(ホームルーム)前に、教室で五分間の「沈思黙考」の時間がある。五分間、生徒はただ黙って席に座り、声を発することは許されない。また眠ってしまわないように目を閉じることも許されていない。

 遅刻した生徒はその「沈思黙考」の時間が終わるまで閉じられた校門の中に入れない。

 この校門を閉める役の「立ち係り」は担任のない教員が、一週間交代で当たる。

 とにかく寒い。かじかむ手をこすりながら、始業のチャイムと同時に門を閉める。そのあとに登校した遅刻生徒は、門の外で立ったまま「沈思黙考」をしなければならない。

 朝の弱い亮太は自分が遅刻しないようにするのが精一杯で、立ち係りの時はたいてい頭がボーッとしていた。


 亮太はこの日は立ち係ではなかったから、朝の職員朝礼に間に合えばいい。時間的にはまだ余裕がある。

 そんな時に登校する瑠璃と会ったのだ。


「今日は二時間目ね」


 と、歩きながら琉璃が言った。亮太の授業のことだ。


「授業がそれだけだったらいいのに。もう、他の先生いらない。 亮ちゃんだけだったらなぁ」


「俺も生徒が瑠璃だけだったらいいのにな」


  そう言いつつも、学校に着いてしまった。その日の立ち係の、亮太とほぼ同年代の社会科教師の大村に一礼して、先に亮太が校門に入る。

 もうここからは別世界。ここから亮太は瑠璃と「教師と生徒」を演じなければならないのだ。


 それから数日たって、琉璃たち三年生は授業が終了して自主登校になった。

 そんなある日の夜も八時過ぎに、亮太のスマホのLINE着信を知らせるバイブが鳴った。

 琉璃からだ。


[今から亮ちゃんの部屋、行っていい?]――


 「え?」という顔を、亮太はした。瑠璃がこの部屋に来たことは、まだ一度もない。

 亮太は少し考えてから、返事をした。


    ――[こんな遅くに?]


[たまたま近くに来てるから]――


「あのね、バレンタインデーのチョコ渡したい]――


「学校じゃ会えないから]――


 たしかに瑠璃はもう登校していない。

 ただたとえ登校していたとしても、学校では女子生徒同士でもバレンタインのチョコの受け渡しは禁止になっている。チョコレートなどの菓子類の持ち込みは校則違反だ。ましてや生徒から教師へなど、人目に付かずに渡せるすべはない。


 「だめ?」――


 亮太の頭の中に、いろいろな思考が廻った。

 まずこんな時間に女子高校生が外を出歩くことはどうか……たしかにここは、八時過ぎに女子高校生が普通に外を出歩いていて、それで何の問題にもならないような都会ではない。


    ――[一人で?]


[当り前じゃない]――


    ――[一人暮らしの男の部屋だよ]


[私たち、付き合ってるんだからいいじゃん]――


[恋人同士なんだから]――


 たしかにそうだ。一人暮らしの男性の部屋に女の子が一人でまずいんじゃないかと最初に考えた亮太の思考を、亮太自身が打ち消した。もし、そんな理由で瑠璃が来ることを拒んだら、それではまるで大人ではないか……。亮太がいちばん忌むべきと大人……

 そんな思いが、亮太に


    ――[いいよ]


    ――[バス停まで迎えに行く]


 という文字を打たせていた。

 亮太はすぐにアパートの部屋を出て、坂を下りてバス通りを少し駅の方べ歩いた。その時、向うから来る琉璃を見つけた。

 学校では規則で二つに結んでいた髪も、今日はおろしてストレートなので、それがやけに新鮮に見えた。

 歩きしな、琉璃はチョコレートを渡してくれた。


「ごめんね。本当は手作りのをって考えてたんだけど」


「いいよ、べつに。これで充分。俺、義理チョコはたくさんもらったことあるけど、これ生まれて初めてもらう本命チョコだって思っていい?」


「もちろん!」


 力強い返事が返ってきた。

 アパートの部屋で、テーブルに向かい合ってすわって紅茶を出すと、亮太は例の幸阪のクレイジーな発言の話をした。


「なにそれ、信じらんない!」


 瑠璃はそのの連発だった。


「だよな」


「それじゃ私と亮ちゃんの付き合いだって校則違反じゃない」


 ただの校則違反ではない。教師と生徒という、もっと大きな世間の壁がある。亮太の頭をそんなことがほんの微かにかすったが、あえてそれは言わなかった。


「ねよ、開いて聞いて」


 瑠璃の方が話を続ける。


「ほんとあの幸阪って先生、めっちゃむかつく。 ほら、私の髪ってちょっと茶色いでしょ。これ小学校の時から水泳やってたから、塩素でこんな色になっちゃったんだよ。それなのに幸阪は、染めてるんだろうって一時間近く説教!」


「あれ? なんであいつ教務なのに、生徒指導部がやることをやってんだ?」


「そのへんはよくわかんないけど」


「とにかく。あいつ一人のせいで学校じゅうがぎくしゃくしてるんだよな」


「先生たちの間でも?」


「そう」


「あいつねぇ、ある子が万引きして捕まった時に、その子のお父さんと知り合いだったらしくてそのことうやむやにしたんだって。それで私のことばかり目のかたきにしてるんだよ、信じられる?」


「まじかよ。ま、俺にも風当り強いけど、俺もがんばる。それにさ、琉璃が他の先生からなんて言われたって、俺だけは琉璃の味方だから」


「私だって!  亮ちゃんにどんなに風当り強くても、私がいればいいじゃん」


{そうだね」


 それからスマホに入っている亮太の学生時代の写真とかを見せることになって、瑠璃の隣に亮太は椅子を移動した。

 しばらくはスマホの画面をスクロールし、時には画像を拡大して見せたりしながらあれこれ説明していたが、ふと二人の目が合った。

 気がつくと、息がかかるほどそばに瑠璃の顔があった。

 亮太は瑠璃の手をそっと握った。


「俺の顔の前で目つぶれる?」


 琉璃は静かにうなずく。

 二人の唇がそっと重なった。

 増環の胸の鼓動が伝わってきた。

 もしかして今の琉璃なら、これ以上進めたかもしれない。

 だが、亮太にはできなかった。心のどこかにくだらない倫理感が残っていた。

 亮太は琉璃のからだをそっと離した。

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