第3話
ついに職員会議で、幸阪がとんでもないことを言い出した。
「ひとつ確認しておきたいことがあるんですが」
と、いう前置きで幸阪が言ったのは、男女交際についてだった。
女子校であるこの学園では当初他校生徒との男女交際は禁止されていたが、二十年ほど前に解禁になっているはずだ。だが、「保護者の承諾のもとで」という条件付きの解禁だったと亮太も聞いている。
「したがって、放課後に町でデートしているような生徒を見かけたら、親に電話して承活しているかどうかを語認して、 親が知らないということになればその場で別れさせるということになっていたはずでしたがね、最近どうもそのへんがあやふやになっているような気がしてるわけでして。その申し合わせは。消えていないはずですからね」
職員会議の時間が超過していたため、その発言を最後に会議は終わった。
その晩何人かの若い教員は彼等のたまりば、スナック「スネイク」に集まった。四人がけのテーブルと五人くらいが座れるカウンター席があるだけの、小さな店だった。
カウンターの中にはアラサーくらいかと思われる若いママさんが一人で切り盛りしている。
「まったく今日の幸阪先生のまるで昭和脳の時代錯誤のクレイジーな発言ですけどね、生徒指導部としてもどう戦っていくか悩みのタネですね」
テーブルの奥の席で梅澤がビールのチューハイのグラスを口に運びながらながら言い、隣の若い女教師の小宮が小さく拍手した。
「ま、戦う男、好きよ。そうよねぇ、あれちょっとひどいわよねぇ。あの先生は存在が昭和なのよ」
「たしかにぼくもそう思いました」
梅澤の向かい側に座っている亮太がぽつんと言うと、小宮の鋭い視線がぱっと亮太に向く。
「じゃあ、なんであの場ですぐに言わなかったの? 男は戦わなくちゃ」
「まあまあ」
そこに梅澤が割って入る。
「あの時はもう時間も過ぎてましたし」
「あのう」
力なく亮太も言う。その目は小宮を見ていない。
「男だから戦えなんて言うのは、その、あのう、セク……」
「なあに?」
小宮の視線は鋭い。
「あ。いえ、何でもないです」
その話はそれきりになって、しばらくは別の話題になった。
だがしばらくしてから、ふとまた小宮の視線が亮太に向いた。
「私ねぇ、前から言いたかったんだけど」
小宮もだいぶ酔いが回っているようだ。
「北川先生って、すごく幼いって感じがする。それじゃ生徒の指導なんかできないよ」
「どうしてですかぁ?」
やはり酔いが回っている亮太もついむきになる。
「だって大人になりきって、それではじめて子供の気持ちってわかるものでしょう? 大人じゃなきゃ子供を指導なんてできない」
「でもぼくは今でも、自分は精神的には十八歳のつもりでいますから」
「いやいや、北川君」
そこへ梅澤が口をはさむ。先ほどのように亮太を擁護してくれるのかと思いきや、その口調は厳しかった。
「そんなこと言っても世間じゃ通用しないでしょ。肉体的には大人なんだから、世間もそういう目で見るでしょ」
「世間なんてくそくらえ、です」
「いや、そうは言ってられないでしょ。若いとはいえあなたも社会人なのだし、教員なんだから。特に親御さんはあなたのような若者でも私のような四十近いおじさんでも、ベテランの吉川先生のような人でも”教師”としては同じ目で見るんです」
亮太は黙っていた。梅澤は一杯チューハイを飲んで続ける。
「だから北川君、あなたが言っていたようなことを言っていては、まったく教師失格です」
まだ、亮太は黙っている。
「北川君、いや、北川先生。あなたの教育理念って何ですか?」
「生徒の教師像を打破することです」
やっと亮太は口を開いた。そしてまた黙った。
どうも空気が険悪になってきたのを悟ったのか、若いママさんがカウンターの中から自然に出てきて全く違う話題で話に入ってきた。
亮太が高校時代に持っていた教師像……教師とはどうしようもなく大人で、クラシックと演歌しか音楽と思っておらず、若者文化や恋の情緒などかけらも解さない人種というものだった。そんな教師像を打破し、生徒と友人でいられる教師を彼は目指していた。
だから学園祭のステージで生徒のガールズバンドを見て「なんだあの気違いみたいなかっこうは」と教頭がつぶやいていたのを聞いた亮太は、飛び入りで生徒と同じようなかっこうでギター演奏をやってやった。
これは生徒には大ウケだった。顔をしかめる教師集団には、今の琉璃との恋は絶対に理解されるはずはない。
琉璃と接している時の亮太の心は、二十歳の若者以外の何者でもなかったからだ。